「軍人の見合い」の巻

 私の父と母は見合い結婚である。どちらも鳥取県米子市の出身。婚姻届けは
昭和20年5月10日に出されている。終戦の年の大変な時期だから、実際の挙式は
もっと以前におこなわれていたと考えられる。

 父は陸軍士官学校卒業の職業軍人である。長身で顔立ちが整い、軍服姿は女性
たちの憧れであったとも聞く。母は地主のお嬢さんであり、色白の美人である。
母の若い時の写真が手元にあるがたしかに美人である。で、その両親から生まれ
た私は、自然の法則に従い、顔立ちが整っているはずである(※家族から異論・
反論・オブジェクションがあり、実際は異なっている可能性が大きいみたいです)。

 母から聞いた話では、見合いの後は数回会っただけで間もなく挙式をあげたと
いう。両家の間では既に結婚が決まっていたお見合いだったのであろう。

 父と母は見合いの席でどのような話をしたのだろうかなどと思う時がある。

母「ご趣味は何でございますか」
父「はっ、囲碁と魚釣りが好きであります」と、いうような会話にはならないだ
ろう。軍人は個人的な趣味など言ってはならないのである。

父「綺麗であります」
母「ええ、お庭の花がとっても綺麗ですわ」
父「いえっ、花ではなく貴女が綺麗だと言ったのであります」と、いうような会
話にもならないだろう。軍人は見合いの席で殺し文句など言ってはいけないので
ある。第一、父にはそうした才覚はない。

 見合いはどんな具合で進んでいったのだろうかなどと勝手に想像してみる。
季節は春、

母「お国のためのお勤めご苦労様でございます」
父「はっ、自分は国のために尽くすのみであります」

愚直な父はこの場の話題など思いつく術もなく、そこは母が継いでいく、
母「お庭の白いアセビのお花がとても綺麗ですわね」
父「はっ、綺麗でありますが、アセビは毒草であります」

母「あら、そうでございますか。そう言えば聞いたことがございます。お詳しい
のですね」
父「はっ、軍人は植物に詳しくなければなりません。戦地で食料が尽きた時に野
生の植物で飢えをしのぐのであります」

母「そうでございますか。それで、アセビは毒草でございますか」
父「はっ、アセビは「足しびれ」からきた名前で、花や葉に毒があり、食べると
腹痛・嘔吐、重くなると呼吸困難に陥り、最悪の場合は死に至ります」
母「まあ、怖い花でございますこと」
父「また、『馬酔木』と書きますが、別名をウマクワズ・ウマゴロシ・ウシゴロ
シとも言い、これを食べると動物はけいれんを起こして死んでしまうのであります」

そんな怖い話は止めて、そろそろ話題を変えて母のことを聞くとかすればいいも
のを、機転の利かない父のことだから話題は狭く、その分深くなって行ったのか
もしれない、

父「自分の専門はキノコであります。」
母「キノコ?キノコって、あのキノコでございますか?」

父「そのキノコであります」
母「赤や青などの鮮やかな色のキノコは毒キノコなのでございましょう?」

父「いえ、それは俗説であります。例えば、タマゴタケ。これは真っ赤な色をし
ておりますが食べられます。また、キタマゴタケ、これは真っ黄色をしておりま
すが食べられます。茶褐色のチャタマゴタケも大丈夫であります。やっかいなの
がタマゴタケモドキであります。これはタマゴタケとほとんど区別がつきません
が、猛毒であります。食べると毒死するのであります。タマゴタケモドキに向かっ
て、『貴様はタマゴタケモドキであるのか、タマゴタケであるのか!』と、誰何
しても応えてはくれません。これがやっかいであります」
母「でもお分かりになるのですか」
父「はっ、自分には分かります。専門でありますから。そして、」

(お父さん、もういいよ。他の話題にしようよ、他の話題に!)
父「そして、キノコ類ではテングタケ科のキノコに猛毒が多いのであります。その
大将がドクツルタケであります。白くて優しい形をしておりますが猛毒中の猛毒で
『死の天使』と呼ばれております」
母(なぜか笑いだす)「ふっ、ふっ、ふふふ、ふふふっ」

父「何でありますか?」
母「やはり軍人様でございますね。さっきから毒だとか死ぬだとか、そんなこと
ばかり」

 さすがの父も気がついた様子で、少し苦笑いを浮かべる。
父「そげですか?」(「そうですか?」の鳥取地方方言。随分リラックスしてき
た様子である)
母「そげです」(母も随分リラックスしてきた様子である)

父(笑)「は、は、はははっー」
母(笑)「ふっ、ふっ、ふふふっ」

と、こうして見合いは順調に進み、双方お互いに好感を抱き成功裏に終わったと
考える。

 一つだけ、その母には疑問が残った。父は見合いの席でも軍帽をかぶったまま
であった。自分の家族に聞くと、「当ったりまえじゃ!相手は軍人さまじゃど!
軍人さまは公人じゃ!見合いの席でも軍帽を脱いだりはせん!陛下から賜ったも
のは身から離したりはせんもんじゃ!」 納得である、相手は軍人なのである。

 こうして、両家めでたく華燭の典を挙げ、そして初めての二人の時間となる。
父もやっとくつろいで接したのであろう、軍刀をはずし、軍帽を取る。そして、
ここで母は衝撃的な光景を目にするのであった。

 母は見てしまったのである、みごとに禿げあがった父の頭部を。いわゆる若禿
げである。見合いの席で一度も軍帽を脱がなかったのはこれだったのである。母
は「あっ、あっ、頭に毛が . . . !」と言葉を失うのみであり、あの憧れの軍
服姿の勇士像は足下から崩れ去るのであった。「嘘でしょう?」と、その後一週
間は泣き通したという(母からは「騙された、騙された!」と何度も聞かされた)。

 父は見合いに当たり、家族や親戚一同から(おそらく母の家族からも)秘策を
受けたのであろう、
「ええが(いいか)、見合いの席では絶対軍帽は脱ぐでねえよ。お前は様子はえ
えが、軍帽だけは脱ぐな?わがったか?」周囲の厳格な秘策を忠実に守り、そし
てその作戦が功を奏し、母も父を気に入り両家めでたく挙式となったのではある。

 遠い昔の話である。その父も母も黄泉の人となり、遠い浄土の世界で話してい
るかもしれない、
母「そげでしたかあ?」(そうでしたか?)
父「そげだった!」(そうだった!)

 そして、直立不動の軍服姿の若き父が現れてくる、「はっ、軍人の見合いは大変
なのであります!」


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