黄  砂    4・5・6月/06

 

3月から5月にかけて黄砂現象が発生しやすいと気象庁のHPにあった。この黄砂現象は大昔からあるものの、2000年以降での観測日数が増加しているのが顕著。日本へは偏西風に乗って砂と一緒にいろいろなモノがやってくる。中国、韓国、日本は偏西風でつながっている。当然中国での環境保護なしでは日本の環境保護も考えられなくなっている。温暖化の影響で、南太平洋のツバルは沈没して国が消滅する危機にある。地球は一つしかない。 今こそ発揮4R Refuse Reduce Reuse Recycle。

 


広州から増城へ向かう高速道路からの風景。今年は雨が多く、入道雲が出るようになったのはつい最近になってから。農作業は手作業が多く、そういう畑が延々と続きます。遠くに見えるのは開発中のビル。至る所で開発が行われています。増城までは車で約1時間。

2006・6・24

 

増城に着くと山という山は全て茘枝で埋め尽くされている。今年は雨が多くて収穫は例年に較べて40%ほど少ないということでした。

2006・6・24

 

陽に当たっているところの茘枝は暖かい。日陰の所になる茘枝はひんやりしていて甘みも多いように感じる。同じ樹なのに随分違います。種の大きさも実によって違うのも面白い。絶えず品種改良をやっているらしい。

2006・6・24

 

曇り空なので日差しはキツクないようで実は厳しい。日焼け止めは必須です。そして茘枝は食べ過ぎるとお腹を壊します。皮と中実の間に渋があるからだそうです。10個くらいが限度だと地元の人は言っておりますが、美味しいので20個以上は食べているでしょう。しかし、この暑さです、茘枝狩りの時間は30分〜45分ほどで終了。

2006・6・24

 

休日出勤してTPM活動しているメンバーや出張で不在のメンバーを除いて都合のつく者だけで参加。揃いの白い帽子も流れ出てくる汗で頻繁に被り直し。

2005・6・24

 

竜眼は茘枝のシーズンが終了してから出回るようになる。今は未だ硬くて食べることが出来ない。会社のマンゴーも実をつけていると話題になった。南の方では果物が豊富で飢饉が少ないのではないか。それでも昔は広州でも飢饉があり、仙人が連れてきた5頭の羊が稗の穂を残していき、その穂のお陰で広州人は飢えを凌ぐことが出来たという説話がある。よって広州のことを穂城とも言います。

2,006・6・24

この続きは以下のBLOGで

広州・香港讃岐うどん交流会

と記入したまではいいのですが、このブログは中止することにしました。そのままの状態でフリーズです。

 


端渓硯は中国四大硯の一つとして有名なのだそうです。その産地が広州から西北へ90kmほど行った肇慶(ZhaoQing)という所にあります。高速道路から見える山々はその雰囲気をかもし出しています。高速道路で広州から1時間30分弱で到着。

2006・5・2

 

肇慶市内に隣接して七星岩風景区には7山5湖があり全体で大きな庭のようになっていて散策する大勢の人で賑わっていました。今回、北門〜南門まで徒歩で2時間かけて歩いた。オープンエアの電気自動車がひっきりなしに走っているので疲れたらそれに乗れば楽に回れる。湖にはボートもあるのでそれで移動することも可能だけれども、歩いた方が景色を楽しめていい。

2006・5・2

 

山は石灰岩で出来ているので鍾乳洞もある。又急峻な山を登れる階段もついているので、時間と根性と興味があれば山に登るのも良し。ホテルに一泊すれば硯の買い物も含めて十分風景を楽しめるところだと思います。町の中の店での硯は本当に沢山あり、選り取りみどり。値段は交渉しだい。町の入り口には硯を造っている工場も立ち並んでいるので、そちらに行くのもいいのではないかと思います。

2006・5・2

 

七星岩風景区の北側の門の近くに湖の中に生える樹がある。湿地公園という名称もあり、植物も豊富。湿度は極めて高く、この日は小雨もぱらついて100%近い湿度ではなかったか? 歩いていると直ぐに汗が出てきてタオルが必要。ハンカチでは追い付かない。見ていると現地の人達はほとんど汗をかいていないように見える。汗腺が私達とは違うのかもしれない。

2006・5・2

 

町から少し行ったところに鼎湖山風景区というのがある。これはその入り口でこの日はここから先は車乗り入れ禁止。門の向こうに電気自動車がありそれで途中にある 慶雲寺入り口まで行く。そしてその後普通のバスに乗り換えて山頂に向かう。ハイキングにもいいので歩いている人達もいる。汗は直ぐに出てくる風もあまりないので、汗だくになります。

2006・5・2

 

山頂にある湖は緑色をしていました。泥水で濁った茶色の珠江を見慣れていると極めてみずみずしく見える。空気も広州では味わえないくらい綺麗に感じる。臭いもないし、咳き込んで喉を痛めることもない。それにしても人出が多い。こんな山の中でも人で一杯。

2006・5・2

 

慶雲寺の中にある石の彫り物、龍が彫ってある。寺は階段状に各種のお堂が立ち並んでおります。今回は山頂から寺を経て寺の入り口まで降りる経路をたどる。およそ30分ほど階段を下り続けて入り口にたどり着きました。途中、サトウキビを搾ってジュースとして売っていて一杯4元。ちょっと高いですが、山頂近いのと適度に甘いのでとても美味しかった。

2006・5・2

 

日本人留学僧栄叡がこの慶雲寺で病没したという。戒律を与える事が出来る高僧を日本に招請する目的で興福寺から派遣された彼は10年間唐に住み、終に鑑真和尚の説得に成功。相次ぐ渡日失敗の後5回目の渡日を楊州から実行した。その時東シナ海で嵐にあい船は遠く海南島に流される。一行が陸路桂林から端州、広州を経て楊州へ向かう途中の事であった。もの凄い苦労の跡がうかがえる。日暮れて道遠し。 井上靖の『天平の甍』に詳しく記載されております。

2006・5・2

 

<追伸>

栄叡(ようえい、えいえい)は鑑真他と海南島で一年間過ごしその後に、移動を開始したが、『過酷な旅と南方の酷暑で体力を消耗して・・・・』とあるHPに記してあります。この日の汗だく体験で全く同感。北回帰線下にあるこの地はまさに湿地帯ですから。広州商工会の会報今月号で『広州スタイル』云々というのがあります。これは、シャツをズボンの中に入れずに外から出しておき、歩いている途中で暑くなると腕まくりならず腹まくりをやってお腹を空冷する方法を言います。若い女性ならばおへそが見えて可愛いですが、大人の男の太鼓腹ではね? 一部写真を撮りましたが、掲載は控えました。ご想像ください。


 

第99回広州交易会の国際展示場内でのブースは何百とあり、陶器やランプ家具調度品ありとあらゆるものが陳列されて世界中のBuyerが交渉しております。交易会は前半後半と開催され一週間前の前半週は工業製品が主体でしたが、後半は生活用品が主体となっています。ガーデニング、室内装飾等、日本の店に並んでいる商品も恐らくMade In China でこの交易会のような取引から流れて行っているのだと実感されます。交易会は春と秋年2回開催されますので、この秋は記念すべき100回目。清時代鎖国されていた時に広州だけが貿易を許されていたので、それから数えると歴史はもっと古くなる。

2006・4・30

 

下の写真の一本の天辺に咲いた花。今年は天候の所為か花の色合いが薄い。本来は真紅なのですが、少しピンクがかっています。大きさは掌大で中国南方航空の尾翼に描いてあるのはこの花です。

 2006・3・21撮影

 

樹を植えて緑地化の意志を象徴、記念植樹として木綿の樹(広州市の樹)を植えてもらっている。今年はその一本に花をつけた。花は3月末に咲き始め1〜2週間で散り、その後葉をつけていくのは桜の花とよく似ております。雨期に入ると芝生がドンドン生長していきます。高温多湿はこれ等の植物にとっては天国でしょう。湿度は100%近くになることもありますから。

 2006・3・21撮影