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幽体離脱体験日記
世間では超能力が存在するとかしないとか良く大騒ぎしている。
それを見ていつも思うのだが、超能力とは何か?定義づけ
されてないように思う。
そこで、超能力をここで定義しておきたい。
超能力とは人間が物理の法則を超えた能力を示すことである。
超能力とは物理の法則でとりあえず説明が付いたとしても
とうてい普通の人間には出来そうもなく、そうとうな変わり者にしか
出来そうもない能力。
世間一般の考え方は漠然と定義1を連想するのではなかろうか?
ここで、議論が完全にちぐはぐとなるわけで、絶対存在しないと
断言する人は定義その1、を存在するという人は定義その2を
それぞれ対象としているのだと思う。
お断りしておきたい、定義1が存在すると考える人は、単なる
与太者である。
幽体離脱体験日記をご覧のかたは私の立場すぐお分かりでしょう。
これは超能力に限らず、宇宙の全てにおいて一貫して同じ主張を
繰り返したいのです。
(1) 物理の法則に反する現象=絶対無し
(2) 物理の法則に反しない現象=何でも有り
私はいつも自分の立場を明確にしたいそう考えてるのです。
なにごとにも否定も肯定もしないと発言する人が多いが、この様な人は
なぜ自分で考えようとしないのだろうか?否定も肯定もしないとは
自分は何一つ分からないと宣言してることになる。
ここで提案があります。(2)の立場をとる肯定派は今後超能力でなく
特殊能力、あるいはかくし芸と呼んだらどうだろうか?
霊的能力もかなりあいまいに使われる。
(1)の立場の霊的能力なら、いんちきであり、もちろん(2)の立場なら
なんの問題もないだろう。
ただし私は人間が普通に良く見る夢なども霊的能力と考えています。
つまり神が宇宙を創造したのと同じ物理の法則で説明が付くと
夢は意識による物質化現象で、見ている間は実在すると
考えているわけで、世間の霊的能力とはずれてると思います。
(この件は日記の夢は物質であるをご覧ください)
人間が言葉を話すなども同じく霊的能力と判断しております。
世間では神様ならなんでもできると誤解する人が大勢います。
ここで断言しておきたい。物理の法則に反することは神にさえ
できないと。神は物理の法則の範囲内で全知全能なのです。
神様は超能力者ではなく私たち人間と同じ物理の法則に
支配される存在です。自分で決めたルールを自分だけは
守らないのであれば、それを誰もルールとは認めないはずです。
神にルールはないのか?そう私は主張するのです。
ここで、皆様方の参考までに、どこからどこまでを与太と
批難できるのか、実例集をまとめてみた。
(もちろんテンカマさんのまねっこ。彼のFAQを見て感銘を
受けたからだ)<ただ私、FAQて意味分かりません>
まず(1)のケース物理の法則に反するので絶対無しからです。
これから、おまえの目の前でこのトランプを消して見せよう。
本当にトランプが消えたので、私驚きました。
しかし待てよトランプは本当は消えたのではなく、宇宙のどこかに
隠しているかもしれない。手品師がどんなに本当に消えたと
主張したところで、有を無に変えることはあきらかに物理の法則に
違反します。
したがいまして、私の判断は「与太である」です。
昔、アリババという人が、手の中から時計を取り出して信者に
配っていた。これは物質化現象だと当時大騒ぎになった。
私も実はテレビで見て驚いたのだが、その時計良く見ると
セイコーと書いてあるのだ。どうせ空中から取り出すのなら
ロレックスのほうが信者も喜ぶはずだが。元々、ただのはず。
ヨッシー
神様どうして私いつもこんなに貧乏なんですか?
お願いです私にロレックスの時計を与えたまえ。
神様
ヨッシーよおまえの願いをかなえてあげよう
ヨッシー
本当ですか、神様
神様
神様はうそが嫌いなのだ
良いかヨッシー、少しだけ待って俺、俺がそのドーデモエックス
とかいう時計造って見せよう。
神様
えーと、あそこにちょうどいい、星がたしかあったな、
ありゃ確か太陽とかいうたが、(わしの記憶違いでなければ)
あの星を超新星爆発させてみよう。時計一個ぐらい
何とかなるじゃろう。
私は、神様のこの迷惑な計画はっきりと断りました。
ヨッシー
神様先ほど、少しだけ待てといいましたよね。
(掲示板的揚げ足取り)
いったい何年待てというのですか?
神様
そうだな、一億年もあれば十分じゃろう、、、、
私は神様の真意にいまさら気付いたのです。「神でさえこれほど
苦労するのになぜおまえは自分で働いて時計をかわんのか?」
さて、上記のアリババのケースですが、セイコーの時計
おそらく300グラムくらいでしょうか。1グラムの物質を作るのには
原爆一個のエネルギーが必要です。(E=MC二乗より)
もし時計が空中から出てきたなら、地球は滅亡してたはずです。
よって私の判断は「与太である」です。
次に(2)のケース物理の法則に反しないので何でも有りです。
私は10年ほど前、まだ母と同居していたころ
犬を飼っていた。大型のシーズー犬で、名前はプチです。
私はこの犬にいろんな芸をしこんだのです。
その芸のうち最も自慢してた芸は、えさを手で隠して、両方の手を
プチに見せながら、「どっちだ?」と聞くと彼は必ずこっちと
指差すのです。何と何百回試しても一度も間違えません。
芸をしこんだ本人が一番驚いたのですが。皆に自慢しても、
それは犬だから当然というのです。
これは犬の嗅覚が優れてるということで今の科学でも説明できます。
(これを人間がやれば皆驚くでしょう。あるいは犬以下と批難される)
この実験いずれ人間でも試してみたい。もちろんえさは、納豆か
くさや、だろうが私は参加したくはない。
しかし、このプチには他に信じがたい超能力があったのです。
私とプチとは大の仲良しでした。
(もう随分と前に死にました。プチの冥福心よりお祈り申しあげます。)
いつもプチとじゃれていたのですが、プチの表情が突然ハッとした
表情に変わることがあるのです。そして必ずプチは玄関へと
走ってくのです。私が心配して、オーイ、プチどうしたオシッコかと
聞くと、彼は違うというのです。そして彼が玄関に座ってピッタリ15分で
母が帰ってくるのです。毎日のことなのですが、母の帰りはいつも
まちまちで、12時過ぎて帰るときはかなり出来上がってました。
「よしゆきくん、君はまだ生きてたのかね。我が家のためにも早く
死になさい」 とかしつこくからむんです。
15分前なら母が電車からおりて改札を出た頃です。
とても不思議に思った母にある日聞いたのです。
「俺が帰ってくるときもプチは玄関でまってるのかい?」
「そうね10分ぐらい前から玄関でまってるわよ」
母との5分の差はプチが手抜きしてるわけでなく私のほうが
足が速いからだ。私はブッチャケ、母に聞きました。
「うちのプチ、超能力犬なんだね」すると母はこんなあほうなこと
言いました。「あんたそんなことだからろくな学校行けなかった
じゃないの?犬はねあんたよりずっと耳がいいのよ、すこしは
プチを見習いなさい」 私あきれました。いくら犬が耳がいいからと
改札から一斉に何百人もの人間が降りてくる音や、通りを
車が走ってる中どうして飼い主の足音を聞き分けるんだろうか?
そうでなくても最近母が物忘れが激しくすこしボケたのか
心配になりました。
ある日テレビでこんな実験やってました。
犬が何分前から玄関でご主人様を待つのかという実験です。
カメラは犬とご主人様の両方を追います。
この番組ご覧になった方も多いのではないでしょうか?
主人の勤務先は自宅より約50キロ離れていて通勤には90分
掛かります。そして犬は90分前には必ず玄関で待つというのです。
もちろん帰宅時間は家族にも分かりません。
犬はいつも居間で寝てます。主人が勤務先のいすからさて帰宅
しようと立ち上がった瞬間、急に犬はそわそわし始め、玄関に
向かいました。するとそこに主人の同僚が来て居酒屋に誘うのです。
犬はまた居間に戻り居眠りを始めました。しかし居酒屋で
主人が勘定を済ますと、またもやそわそわし始めて
玄関に移動したのです。この犬、無駄を省くために必ず
主人がこれから帰宅するという意思表示をせぬ限り玄関には
移動しないのです。犬にはなぜ50キロ離れた場所のことが
わかるのでしょうか?この距離では音が聞こえるという説明には
かなりの無理があります。犬にはテレパシーのような能力が
本当にあるのでしょうか?ここで次の点に注目してほしい。
主人は何らかの情報を犬に向けて発信しているが、犬が
それを受信しても人間には受信が出来てないということです。
これに付き2つの説明を用意しました。一つ目は人間は
送信機だけが現在も残っており受信機のみ壊れている。
今一つは、主従関係による説明だ。主人=送信機
手下=受信機という一方通行のコミュニケーションしか出来ない
という説明だ。犬社会は主従関係が絶対であり人間社会は
これがないのではという考え方だ。会社に社長がいても平社員は
本当は社長のことを心よく思ってないと考えるのです。
おそらく犬から見たご主人様は絶対の存在であり命より
大切、そう考えてるはずです。(プチは違ったらしい)
世に言うテレパシーなどはこれに該当すると考えるわけで
犬に出来て人間にできないは不当であります。いずれ、論理的な
説明もなされ、今の時点でこのような現象が物理の法則に
違反するとはとうてい考えられないので、私の結論。
「テレパシーは絶対あり」です。
精神世界の掲示板で見つけたこの「波動水」に一目ぼれした。
全員がそれは変だと批難していたがなぜだろう。
波動水とは、それほど有害なものだろうか?世間では一般に
今の科学で説明できないものを否定する傾向があるが、
科学で説明できないのと存在しないは結びつかない。
光や重力など今の科学では説明できてないが、まさか重力を
存在しないという人は少ないと思う。私がこの波動水を肯定する
ペンライト氏に代わり説明しよう。私の勝手な解釈も入るので
ご了承願いたい。人間はじめ全ての生命体は気とか波動とか
呼ばれる今の科学では説明の付かぬエネルギーのようなものを
外部に放射してるというのだ。そして、それが水などに伝播する
ことがありその水を飲んだ人が、「元の気」を出した人から
その通り「元気」の一部を分けてもらうという原理だ。
「波動水」、なんともおしゃれだ。もしこのネーミング
「元気なおやじのエキス入り」とかだったら買う気がしない。
ネーミングは重要だ。私も自分の理論を他人に説明するとき
このネーミングには一番気を使う。ネーミングがもっともらしくないと
説得力がないからだ。もし16茶の成分に「元気なおやじのエキス」
が入ってたら私もいやだ。でもスーパーで16茶の成分分析を
してみろとごねてる客はあまり見かけない。(私の知り合いに一人)
酒の名前で「上善如水」、ジョウゼンニョスイというのがある。
これは老子の言葉で「上善は水の如し」からのネーミングで
宇宙で一番すぐれたものが水であるという意味です。
水は味もにおいもなく、無個性だが万物を養う、が転じて
才能豊かな人ほど自分の能力を表に出さないという意味です。
孫子の兵法には「兵の形は水にかたどる」というのもあり
水にかたどるとはパターンを同じにしてはならぬという意味です。
実は私が掲示板で議論するときいつも「孫子の兵法」を
使ってるのですが、水は不思議です。ありふれたものほど
逆に不思議なのです。水は形を持たず、入れた容器の形を
いつもとり続けるのです。私はだからいつも水選びに
こだわり続けるのです。
一般的にはこの「気」とかいうもの否定されがちです。
残念ながら今の科学では測定する装置がないからだと思う。
否定派の根拠はいつも希薄だ。その人がどれほどの「気」を
出してるかは人間にしか判断できないからだ。しかし、よく
時代劇にでる場面で剣豪同士がすれ違っただけで「おぬし、できるな」
とかはあながち、うそとは思えない。おそらく武芸の心得のある人は
よっぽど、へぼくない限りこの気というものを感じるはずだ。
さっき、殺気を感じたなどという「殺気」というものが実在するか?
という問題だ。私には、武芸の心得はほとんどないが、バクチには
いささか自信がある。マアジャンで初対面の人でもとびぬけて
強い相手は戦う前から有る程度分かる。こんな経験は皆が
日常的にするはずだが、やはり自分が剣豪にでもならぬ限り
実感ができないというのが本当のところだろう。
古いことわざに「へたくそは筆も選べず」というのがあるが、
だれがどう考えてもへたくそに筆のよしあしが分かるはずない。
問題は、この良く分からん人間の「気」が水などの液体あるいは
その他の非生物に伝播するかという問題だが、
わたしの知り合いにすごくついてない人がいる。
私がその人について「あなたは、マイナスの気を出している」
と表現したら、周りの全員が反発した。ある日のこと
そのすごくついてない人が車を路上駐車したら、10台ほどの車から
そのひとの車だけレッカー移動されたのだ。彼の車、真ん中に
とめて合ったのになぜ?そういうと他の友人が「あの人
マイナスの気を出してるからねー」とボソリとつぶやいた。
不思議なことに皆その人とあまり行動を共にしたくないらしい。
全員、自分までつきが落ちると真剣に信じているようだ。
もし人間の「気」とかいうものが人間同士感染するなら
水に伝播してもなんの不思議もない。そこには論理的思考があり
その結果物理の法則に反する現象とは認定できないからだ。
私の結論
「波動水」は絶対あり。
最初に申しあげたいのは、超能力の存在証明は超能力の
存在証明にしかならないということです。これを死後世界の
存在証明と誤解する人がおおいはずです。
人間の意識とか霊魂とか呼ばれるなにかが肉体抜きで単独行動
しているとの考えは誤りです。もしこれらが肉体や脳の機能を
かねるなら最初から脳なんて必要ない。人間は、脳があるから
人格や個性を持つのです。日記をご覧のかたはおわかりだと思うが
霊も肉体と意識よりなり意識と肉体の1対1対応は永久に崩れません。
おそらくこの誤解、霊はオールマイティーで何でも出来るとの
誤った観測より来てるような気がします。つまり霊を肉体や脳をもたぬ
物理の法則をくつがえす存在と、洗脳されてるわけです。
それと超能力の証明がなぜ難しいかというとこれがほとんど
個人的体験だからです。2人でテレパシーの実験をしてお互い
今来たよねとかいうても世界中の人に全部試すのは困難だからです。
おそらく体感機などのインチキも多く認定は困難です。
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