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〜四つ木明治期の風景@〜 |
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| 上の地図は参謀本部陸軍部測量局から発行された明治13年の地形図、下の地図は平成10年の地形図です。 さて、どこが違うでしょうか? まず、荒川放水路が存在しません。そして京成鉄道、四ツ木駅もありません。また住宅があまり存在していないことがわかります。 さらに詳しく見ていくと明治13年の地形図より @街道沿いに民家が集積している。 A渋江村に農村集落が広がっている。 Bすでに西光寺がある。 C現在の道と思われるものが何本か確認できる。 これにより、この当時四つ木は街道沿いを中心に賑わい、そしてその裏には農村集落が広がっていたまちであった事がわかります。また、現在の道の原型と思われる道が、竹の湯の前の道など何本か確認できます。 また、文献によると明治15年6月1日をもって四つ木、亀有間の曳舟が廃止となり、ちょうどこの地図の測量が行われている頃、曳舟が姿を消したことがわかります。 そして、「よつぎ」という地名はさまざまな説がありますが、この地図を見ても分かるとおり、四つ角が栄えていることがわかります。この四つ角のことを「ヨツジ」と呼び、これがなまり「ヨツギ」となったという説が有力とのことです。 |
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