よみもののまち
よみもののまち・裏通り
よみもののまち・外苑前通り
よみもののまち・広小路通り
よみもののまち・浜通り
よみもののまち・Uロード
「七月は織姫と彦星の交換殺人」(霧舎巧・講談社ノベルス)
できればこれは新刊で買った方が良いでしょう。
やむなく古本の場合は、栞のついているものを。
評:☆5<2004.5.20/Thurs.>
「裁判長!ここは懲役4年でどうすか」(北尾トロ・鉄人社)
これは裁判記録としても資料としても価値が高いと思う。
見かけたら買いましょう。おすすめです。
評:☆5<2004.5.21/Fri.>
「ちゃれんじ?」(東野圭吾・実業之日本社)
エッセイ集。スノーボードに興味のない私にも
おもしろく読めました。力量でしょうね。
評:☆4<2004.5.22/Sat.>
「私はどうして私なのか」(大庭健・講談社現代新書)
自己意識が発生するためには、他者意識が発生しなければ
ならない。鏡の例示は論文に使えそうです。
評:なし<2004.5.23/Sun.>
「インターネット書斎術」(紀田順一郎・ちくま新書)
「引く」文化、「参照する」文化としてのインターネットの
特性をよく捉えた評論でした。さすがです。
評:☆5<2004.5.26/Wed.>
「八月は一夜限りの心理探偵」(霧舎巧・講談社ノベルス)
今回のトリックは驚き。一度きりだわ。
評:☆5<2004.5.29/Sat.>
「<ほんとうの自分>のつくり方」(榎本博明・講談社現代新書)
啓蒙書みたいだった。生きづらい人は読みましょう。
専門的には、「自己物語」なのに浅野智彦の名前が出てこないのが
どういうわけなのかよくわからん。
評:なし<2004.5.29/Sat.>
「牛乳アンタッチャブル」(戸梶圭太・双葉文庫)
私の初トカジは良い印象を残しました。
かなりの度胸だわ、この人。他のも読もう。
評:☆5<2004.6.1/Tues.>
「理解できない他者と理解されない自己」(数土直紀・勁草書房)
数理社会学の畑だと思うのだけど、論理的で読みやすいです。
注意点は、開き直った主張ではないということ。
評:なし<2004.6.5/Sat.>
「燃えよ! 刑務所」(戸梶圭太・双葉社)
中盤のおもしろさは群を抜いています。ダレないのが良い。
評:☆4.5<2004.6.8/Tues.>
「まぼろしの郊外」(宮台真司・朝日文庫)
論文「青森のテレクラ少女」のインパクトは凄かった。
読ませるぜ宮台。
評:なし<2004.6.12/Sat.>
「簡単に断れない。」(土屋賢二・文藝春秋)
この人の作品は著者紹介を先に読まれたい。
評:☆5<2004.6.13/Sun.>
「『しきり』の文化論」(柏木博・講談社現代新書)
世界について考える=構成について考える=主体について考える
=私について考える=他者について考える(順不同)。この人は
それを「しきり」で説明した。私にはおもしろかったです。
評:☆4<2004.6.20/Sun.>
「毒草を食べてみた」(植松黎・文春新書)
タイトルに負けました。著者が無事に毒草ライフを
送られることを願います。
評:☆4<2004.6.22/Tues.>
「<対話>のない社会」(中島義道・PHP新書)
人間、言わなきゃわからんのよ。
全面的に賛成ではないけど、大半は同意。
評:☆4<2004.6.23/Wed.>
「クイズ文化の社会学」(石田佐恵子、小川博司編・世界文化社)
言及されるクイズ番組の統一性(結果的にだろうけど)に
驚き。エポックメイキングな作品って共通なのね。
評:なし<2004.6.24/Thurs.>
「Q&A」(恩田陸・幻冬舎)
ラストの恩田節をどう思うかで評価が出るでしょう。
私にはわけのわからんものとして映りました。でも、途中が良い。
評:☆4<2004.6.28/Mon.>
「高校野球の社会学」(江刺正吾・小椋博編・世界思想社)
1章の「劇場としての甲子園」が特に良かったです。
演劇的アプローチって有効なんだよやっぱり。
評:なし<2004.6.30/Wed.>
「博士の奇妙な思春期」(斎藤環・日本評論社)
論壇に忠実というか、極度に知的というか、
「頭の良い人」という印象。「リストカットと去勢」が良かった。
評:なし<2004.7.6/Tues.>
「青空の方法」(宮沢章夫・朝日文庫)
コテコテにつくりこまれていないところが良いですね。
評:☆4<2004.7.14/Wed.>
「ナ・バ・テア」(森博嗣・中央公論新社)
慣れた人には「あぁ、やってくれた」と感じさせるような
小説ですね。小説というより、詩に近いかも。
評:☆4<2004.7.15/Thurs.>
「趣都の誕生」(森川嘉一郎・幻冬舎)
「エヴァ」→97年→海洋堂に端を発する企業の移転、建設
ラッシュ→「趣味の構造が場所を形成」した例としての秋葉原の誕生。
評:なし<2004.7.16/Fri.>
「百器徒然袋――風」(京極夏彦・講談社ノベルス)
榎木津はむちゃむちゃだから榎木津だと思うのだけど
少し読者サービスに走りましたね。でも良い。
評:☆5<2004.7.19/Mon.>
「プロ野球よ!」(日経ビジネス人文庫)
新聞記者たちの眼を一般化しすぎてない?
評:☆3<2004.7.20/Tues.>
「沿線ダンス・ダンス・ダンス」(池田藍・三一書房)
途中で投げ出せなかったところに私の弱さがある。
句点の位置に違和感をおぼえると、もうどうしようもない。
評:☆3<2004.7.21/Wed.>
「消費社会論」(間々田孝夫・有斐閣コンパクト)
「社会的消費者」になれば良いそうです。
評:なし<2004.7.28/Wed.>
「ツ、イ、ラ、ク」(姫野カオルコ・角川書店)
こういう、背徳を前面に押しだした恋愛小説は
とても好みです。暗さが良い。
評:☆4.5<2004.7.28/Wed.>
「笑い学のすすめ」(井上宏・世界思想社)
笑い学、ぜひ発展させましょう。
私は公開日記に見られる笑いを研究します。
評:☆5<2004.8.2/Mon.>
「変体少女文字の研究」(山根一眞・講談社文庫)
'74に誕生、'77に一般化した丸文字が普及した背景には
そういう方向に向かわせる時代の流れというものがあった。
'89発行で、その後の「かわいい」の普及を言い当てたのは
お見事。しかし丸文字は消えた。なぜか。それをわれわれが
追究しなければならないだろう。
評:☆5<2004.8.2/Mon.>
「トップラン&ランド完」(清涼院流水・幻冬舎文庫)
これで私は流水を卒業できます。
そのための作品としては素晴らしかった。
評:☆3<2004.8.4/Wed.>
「『自分』を生きるための思想入門」(竹田青嗣・芸文社)
やっぱり物語しかないのかね、自我を安定させるのは。
評:なし<2004.8.5/Thurs.>
「介護入門」(モブ・ノリオ・文藝春秋九月特別号)
いわゆるラップ調なのだけど、私は嫌いではありません。
むしろここでは、この口調でこそ表現できる愛がある。
大麻とラップと介護の有機的なつながりがどうのこうのという
選評、私は好きではないです。
評:☆4<2004.8.17/Tues.>
「トラッシュ」(山田詠美・文春文庫)
レベルの非常に高い恋愛論という印象。
すごく高いところからずっと語られつづけているような。
評:☆4<2004.8.22/Sun.>
「乙女なげやり」(三浦しをん・太田出版)
エッセイ集。格段におもしろさが増しましたね。
この人にとって知識はエッセイのストックに化けるのだと
思うのですが、今回はそれを殆ど使わずにこの成果。
評:☆5<2004.8.23/Mon.>
「重力ピエロ」(伊坂幸太郎・新潮社)
ずっと読みたかった本です。それだけに期待が高すぎて
上品で知的な書き方が「あたりまえ」という評価になって
しまいました。楽しめることは確かです。
評:☆4.5<2004.8.24/Tues.>
「工作少年の日々」(森博嗣・集英社)
英題は「UNDER CONSTRUCTION FOREVER」。
「飛行機の証明」がいちばん読み応えがありましたかね。
評:☆5<2004.8.26/Thurs.>
「泣く大人」(江國香織・角川文庫)
エッセイ集。「雨」って犬の名前だったのね。
評:☆4<2004.8.31/Tues.>
「クビキリサイクル」(西尾維新・講談社ノベルス)
小説をよく読んでいるな、というのが第一印象。
だからデキも良いのだけど、かきまぜすぎだよー。
評:☆4.5<2004.9.6/Mon.>
「ネットワーク・リアリティ」(木村忠正・岩波書店)
消費経済+ケア経済という合わせ技の有効性は認められると
思う。ただ現実問題として、これを国会で提唱し、実現させると
いうレベルにまで、誰が持っていけるだろう。
評:なし<2004.9.7/Tues.>
「迷宮百年の睡魔」(森博嗣・新潮社)
これは単独で読むと混乱しますね。
というか森作品はどれも複雑に絡みあっているので
単独で読むと意味がわからないものが多そうですが。
評:☆4<2004.9.13/Mon.>
「日記の魔力」(表三郎・サンマーク出版)
「日記は書くものであると同時に、いやそれ以上に、
読むものなのだ」(p4)。この言葉がいちばん気に入った。
評:☆4<2004.9.17/Fri.>
「φは壊れたね」(森博嗣・講談社ノベルス)
書きたいことは理解できました。が、あの状況を
設定した意図がわからん。あれも現実の多層性ということか。
評:☆5<2004.9.18/Sat.>
「101個目のレモン」(俵万智・文春文庫)
だいぶあけすけな書き方になりましたね。
ひとつ扉を開けたような。
評:☆4<2004.9.21/Tues.>
「アフターダーク」(村上春樹・講談社)
一気にずいぶん読みやすくなったのだけど、そのぶんだけ
現象の理解が難しくなったような気がします。つじつまを
合わせようと思っちゃいかんのかも。
評:☆4<2004.9.25/Sat.>
「クビシメロマンチスト」(西尾維新・講談社ノベルス)
維新ちゃんは物語というか人を冷酷に、しかし
パワフルに壊すね。そこが京極夏彦との違いだろうか。
評:☆4.5<2004.9.28/Tues.>
「クビツリハイスクール」(西尾維新・講談社ノベルス)
前作の方が壊し方が凄かったですね。今回はおとなしいです。
玖渚も出ないしなー。
評:☆4<2004.9.29/Wed.>
「人生激場」(三浦しをん・新潮社)
文句なしにおもしろいエッセイでした。
ここまで急激におもしろくなったのは、何かあったのか。
評:☆5<2004.10.16/Sat.>
「21世紀の現実」(宮台真司、鈴木弘輝編著・ミネルヴァ書房)
私の研究に直結するのは5章の角田論文です。
評:なし<2004.10.19/Tues.>
「わしらは怪しい探検隊」(椎名誠・角川文庫)
私の椎名誠初体験。目黒考二の解説がおもろかった。
評:☆4<2004.10.19/Tues.>
「『ウチら』と『オソロ』の世代」(中村泰子・講談社文庫)
女子高生考現学。資料としてもおもしろいです。
評:☆4<2004.10.25/Mon.>
「41歳からの哲学」(池田晶子・新潮社)
文部科学大臣になろうとは、妙に世俗的じゃないの。
評:☆4<2004.10.25/Mon.>
「暗黒館の殺人」(綾辻行人・講談社ノベルス)
下巻のp577で泣きました。それはさておき、
綾辻トリックもここまできたか、という印象。脱帽。
評:☆5<2004.10.27/Wed.>
「プロ野球のサムライたち」(小関順二・文春新書)
この人の文章は正義感にあふれていて、信頼性を抱かされますね。
こんな良い本をブックオフに売った人間の気が知れない。
評:☆5<2004.11.1/Mon.>
「この役立たず!」(堀井憲一郎・文藝春秋)
ずっと探していた本で、期待どおりの読了感でした。
こんなおもしろい本をブックオフに売った人間の気が知れない。
評:☆5<2004.11.1/Mon.>
「バッテリー」(あさのあつこ・角川文庫)
これは児童文学なのか!?
「バッテリーII」も楽しみです。これから読みます。
評:☆5<2004.11.6/Sat.>
「私が語りはじめた彼は」(三浦しをん・新潮社)
「しをんのしおり」の著者と同一人物とは思えん(良い意味で)。
期待度の高さに呼応する出来栄えでした。愛憎劇をそれとわからぬような
タッチで描くというのは、気持ちの書き方がうまいということです。
評:☆4.5<2004.11.11/Thurs.>
「バッテリーII」(あさのあつこ・角川文庫)
読者としては「バッテリーIII」を期待してしまう。
読者を選ばない作品ですね。
評:☆5<2004.11.15/Mon.>
「よくわかる犯罪社会学入門」(矢島正見ほか編著・学陽書房)
よくわかりました。個人的には第15章の「中和」が
研究に使えそうかな。
評:なし<2004.11.16/Tues.>
「<私>の存在の比類なさ」(永井均・勁草書房)
これを理解できるほどの哲学的素養と読解力がなかった。
時を隔ててまたチャレンジします。
評:なし<2004.11.20/Sat.>
「間宮兄弟」(江國香織・小学館)
江國香織がこういう人たちに焦点を当てるとはね。
新境地といえるでしょう。たぶん。
評:☆4.5<2004.11.21/Sun.>
「この日本人に学びたい」(松尾スズキ・知恵の森文庫)
エッセイ集。欄外の注釈が妙におもしろかったです。
文章自体は宮沢章夫と印象がダブります。
評:☆3<2004.11.24/Wed.>
「ゴフマン世界の再構成」(安川一編・世界思想社)
好きな社会学者を訊かれたらゴフマンを挙げますね、やっぱり。
第2章、第4章がおもしろかったです。恋愛の第5章も良いですが。
評:なし<2004.11.28/Sun.>
「J-POP進化論」(佐藤良明・平凡社新書)
考え方はおもしろいと思うのだけど、どれほどの一般性が
あるのか、ちょっと判断がつきませんでした。
評:☆3<2004.11.30/Tues.>
「<わたし>という危機」(渡辺哲夫・平凡社)
「わたし」と統合失調症の「オレ」との間の「私」の違い。
よくわからんかったが読んでソンはしなかったように思う。
評:なし<2004.12.2/Thurs.>
「ポケベル・ケータイ主義!」(富田英典ほか・ジャストシステム)
97年発売なのです。先取り議論のオンパレード。
ほめてますよ、もちろん。
評:なし<2004.12.5/Sun.>
「ルー=ガルー」(京極夏彦・徳間書店)
初版といえどもう少しちゃんと校正してほしかった。
物語のデキが素晴らしいだけに余計な部分で興ざめ。
評:☆5<2004.12.5/Sun.>
「虚構の時代の果て」(大澤真幸・ちくま新書)
やはり「第三者の審級」の説明はなされるのですね。
大澤節炸裂ですが、自分なりに換言してしまえば理解できます。
評:なし<2004.12.10/Fri.>
「キマイラの新しい城」(殊能将之・講談社ノベルス)
あなたは二度やられます。
評:☆4.5<2004.12.17/Fri.>
「人間は考えるFになる」(森博嗣、土屋賢二・講談社)
同一ページに「スーパ」と「スーパー」が混在しているあたりに
別々の校正の雰囲気を感じました。
評:☆4<2004.12.22/Wed.>
「きれぎれ」(町田康・文春文庫)
「きれぎれ」の終わらせ方を見るにつけ、詩人。
小説というより詩的という感想も、的外れではないでしょう。
評:☆4<2004.12.24/Fri.>
「哲学者かく笑えり」(土屋賢二・講談社文庫)
「小説現代」に掲載されたエッセイ集。
これを100円で売ったブックオフに乾杯。
評:☆4.5<2004.12.24/Fri.>
「サイコロジカル(上)」(西尾維新・講談社ノベルス)
妙に哲学的な維新ちゃんでした。
ここでの予想は、犯人は博士。
評:☆5<2004.12.25/Sat.>
「サイコロジカル(下)」(西尾維新・講談社ノベルス)
やはり哲学的な維新ちゃんでした。
からくりはわかったけど、犯人がわからん。誰だ。
評:☆5<2004.12.27/Mon.>
「工学部・水柿助教授の逡巡」(森博嗣・幻冬舎)
森博嗣で「期待しすぎた」という感想を抱いたのははじめてです。
前作がおもしろすぎたよね。
評:☆4<2004.12.30/Thurs.>
「ロッキン・ホース・バレリーナ」(大槻ケンヂ・メディアファクトリー)
これも期待しすぎました。前作が良すぎました。
評:☆3<2005.1.2/Sun.>
「数奇にして有限の良い終末を」(森博嗣・幻冬舎)
これは良かったですね。「htmlメールは送らないでください」と方々に
書いてありますが、メールを送る人は日記を読んでいないのでしょうか。
評:☆5<2005.1.6/Thurs.>
「言いまつがい」(糸井重里監修・ほぼ日ブックス)
p.90「まめ天狗」がいちばんおもしろかった。
一度ならず聞いたことのあるネタもあるけど、それはご愛嬌。
評:☆4<2005.1.7/Fri.>
「人のセックスを笑うな」(山崎ナオコーラ・河出書房新社)
このタイトルでなかったら読まなかったかも。
せつないといえばせつないのだけど、旅人を好きになると
いうのは、こういうことなのです。
評:☆4.5<2005.1.8/Sat.>
「逸脱とコントロールの社会学」(宝月誠・有斐閣アルマ)
構造論、相互作用論、行為者論の問題点をカバーしつつ
独自の視点を採りいれて「社会的世界論」を提示し、逸脱と
コントロールの社会現象を斬っています。わかりやすいですね。
評:なし<2005.1.10/Mon.>
「バッテリーIII」(あさのあつこ・角川文庫)
野球ものは試合展開が中途半端になりがちなのだけど、
物語に主眼を置いているせいか、全然ダレないですね。
シリーズ中で(今のところ)いちばん好きです。
評:☆5<2005.1.11/Tues.>
「昨日うまれた切ない恋は」(益田ミリ・メディアファクトリー)
p122の「あたしの部屋あたしになじんでいく男」が良い。
p134の「しあわせならいいキミが誰といたって」も良い。
エッセイではなくて、ショートストーリーでしょうか。
評:☆5<2005.1.12/Wed.>
「リトル・バイ・リトル」(島本理生・講談社)
期待どおりでした。「生まれる森」はどこに収録されるの
でしょうか。出たら読みましょう。
評:☆5<2005.1.18/Tues.>
「グローバル社会の異文化論」(岡村圭子・世界思想社)
「ある文化的コンテクストのなかで育ったローカルなものが、
記号として外部へと運ばれ、なんらかの基準にフォーマット化される
こと、そしてそれによって、他のさまざまな文化的コンテクストの
なかで再生され、異なった文化単位と比較可能なものになること」
(p139)これが本書の「グローバリゼーションとローカリゼーションの
同時性と相補性が保たれるプロセス」という趣旨の骨子です。
博士号もとるわ、こりゃ。浅野智彦以来の衝撃でした。
評:なし<2005.1.20/Thurs.>
「臨床社会学のすすめ」(大村英昭、野口裕二編・有斐閣アルマ)
前半の5章は研究ともだいぶかぶっていて、大変
おもしろく読めました。もっと早く読むべきだったなぁ。
評:なし<2005.1.23/Sun.>
「自殺自由法」(戸梶圭太・中央公論新社)
やはり途中がめちゃめちゃおもしろい。
第二部は飽きたのかな。
評:☆4.5<2005.1.23/Sun.>
「ヒトクイマジカル」(西尾維新・講談社ノベルス)
この物語群が続いているうちに骨の髄まで堪能しつくす
べきなのかも知れない。近いうちに終わりそうな気がする。
評:☆5<2005.1.30/Sun.>
「笹塚日記 うたた寝篇」(目黒考二・本の雑誌社)
前作は料理本のような雰囲気だったけど、今回は元に
戻ったかも。しかし読ませるぞ。
評:☆5<2005.1.31/Mon.>
「袋小路の男」(絲山秋子・講談社)
表題作、つかまえられそうでつかまえられない感じの
描写がうまい。それをじれったく感じさせない、という意味でね。
評:☆4.5<2005.1.31/Mon.>
「蹴りたい背中」(綿矢りさ・文藝2003年秋号所収)
物語がはじまる前、の物語という解釈を私はしました。
とするならば、この作品はなかなかだと思います。
評:☆4.5<2005.2.2/Wed.>
「社会問題の社会学」(中河伸俊・世界思想社)
中身は構築主義的展開のレビューのような感じでした。
再確認みたいな。その中でも第一章は秀逸。役立ちます。
評:なし<2005.2.4/Fri.>
「フーコーとクイア理論」(タムシン・スパーゴ著・岩波ポストモダンブックス)
私にはp16だけ役立ちます。「自分たちの罪を聖職者に語ること、
病状を医者に説明すること、談話療法を受けること、これらは罪の告白、
病気の告白、犯罪の告白、真実の告白となる。しかもこの真実なるものは
性に関係していた。これらすべての告白の場において、語り手は自分の
セクシュアリティにまつわる物語を生産し、権威を持った人物がこれを解釈する。
こうして暴き出される『真実』は、もちろん、発見されるのではなく
生産されるのである」(Spargo、吉村育子訳、2004:16)
評:なし<2005.2.4/Fri.>
「ナンシー関の『小耳にはさもう』ファイナルカット」
(ナンシー関・朝日新聞社)
もう未掲載のものはないと思うが、どうだろう。
尾崎豊状態というのはどうもイヤだなぁ。
評:☆5<2005.2.6/Sun.>
「パラドックスの社会学 パワーアップ版」(森下伸也ほか・新曜社)
第2章第2節の「人間関係のパラドックス」が、ゴフマンの
「儀礼的無関心」とか出てきて個人的におもしろかったのだけど、
これは入門書というよりむしろ、デュルケムとかウェーバーとかを
ある程度説明できる人が読むとおもしろいと思う。専門書でしょう。
評:なし<2005.2.8/Tues.>
「晴れた日は巨大仏を見に」(宮田珠己・白水社)
景色の中に突如として現れる巨大仏。謎だ。
評:☆4.5<2005.2.8/Tues.>
「花伽藍」(中山可穂・新潮文庫)
「鶴」と表題作がとにかく良い。さすが中山可穂。
よくネタ尽きないなぁ、縛りがあるのに。
評:☆5<2005.2.10/Thurs.>
「グランド・フィナーレ」(阿部和重・文藝春秋三月特別号)
なんか物足らん。みなまで言わん良さかも知れんが、終幕が
あまりにも突然すぎる。行間を読ませる作家だったのか。
評:☆4<2005.2.12/Sat.>
「『おたく』の精神史」(大塚英志・講談社現代新書)
文体がどことなく斎藤環チックであるばかりか、終始自己語りという
印象。そのことはあとがきでも書かれているのでまぁ良いけども、
評価する人としない人が完全にわかれる評論だと思う。
評:なし<2005.2.17/Thurs.>
「CINEMA BOMB!」(鷺沢萠・アクセス・パブリッシング)
映画エッセイ。この人の日記はおもしろいのだけど。
評:☆4<2005.2.19/Sat.>
「404 file not found」(見つかりません制作委員会・九天社)
アイディア勝ち。だけど誤記や誤植が多いなぁ。
あと、巻末の→「英和 Google」と入力すると、Googleという英単語の
意味を検索できます。「和英 グーグル」で和英探索が、「乗り換え 東京 大阪」
で乗り換え経路検索が可能になります(p160)、の記述が役立ちました。
評:☆4<2005.2.21/Mon.>
「変身」(東野圭吾・講談社文庫)
「死」をどう捉えるかということに関して、おそらく
もっとも早く「観念的な死」という概念を採りいれた小説。
タイトルがちょっと安易かな。
評:☆4.5<2005.2.22/Tues.>
「住まいのつくり方」(渡辺武信・中公新書)
第8章だけ読むと軽妙洒脱なエッセイ。それ以外はほぼ学術書。
それでも知的好奇心を喚起して大変豊かな書物。建築関係者以外にもおすすめ。
評:☆5<2005.2.25/Fri.>
「美人画報」(安野モヨコ・講談社文庫)
きれいな女性たちの日々の努力、知っているようでわれわれ男性は
やはり知らない。特に男性が読むと良いエッセイでしょう。
評:☆5<2005.2.26/Sat.>
「ためらいの倫理学」(内田樹・冬弓舎)
自分が間違っているかも知れないということを常に意識して
書くことが「学問的な誠実さ」であるということ。そして
「書く」こととは「書かないこと」を現示させることであるということ。
評:なし<2005.2.28/Mon.>
「明け方の猫」(保坂和志・中公文庫)
表題作が良かった。この人の作品を読むといつも
小説の終わらせ方について考えさせられる。
評:☆4<2005.3.4/Fri.>
「ホモ・モーベンス」(新原道信・窓社)
この人は今まで会った中でも出色の印象深い(というか
衝撃的な)人で、移動する人である自らを発見し、その記述に
命を懸ける人です。キーワードは、「複合体としての自己」と「根」。
評:なし<2005.3.12/Sat.>
「スポーツの社会学」(亀山佳明編・世界思想社)
第1章(野球)と第2章(マラソン)が良かったですね。
「遊びの論理学」はよくわからんかった。
評:なし<2005.3.13/Sun.>
「我が妻との闘争 極限亭主の末路編」(呉エイジ・アスキー)
第3弾。あいかわらずの高爆笑度なのだけど、書き下ろしの
一編がどうもいただけない。ほのぼのした物語はいらんと思う。
エンターテインメントはエンターテインメントに徹してほしい。
評:☆4.5<2005.3.16/Wed.>
「ウェブログの心理学」(山下清美ほか・NTT出版)
blogは「データベース型」と「日記型」に分けられる。
継続意向は自己理解、コミュニケーション、プラスのフィードバック
という面に主に現れる。特にデータベース型ではこれに加えて
情報操作というモチベーションも見られる。目新しい点はこの継続調査の
結果くらいだけど、意外性がないよね。想像の範囲内という気がする。
評:なし<2005.3.21/Mon.>
「間取り相談室」(佐藤和歌子・ぴあ株式会社)
今回は相談室形式を採っていますが、材料のおもしろさは
同じ。彼女のコメント力が出ましたね。
評:☆5<2005.3.22/Tues.>
「文学の兆候」(斎藤環・文藝春秋)
私が斎藤環を手にとってしまうのは「この本だったらわかるかも」と
いう期待感をいつも抱かせられるからなのですが、今回もまた
わかりませんでした。格調高すぎて。保坂和志とか島田雅彦について
述べられた回は、やはりそれなりに楽しく読めたわけではありますが。
評:なし<2005.3.23/Wed.>
「2005年度版 プロ野球問題だらけの12球団」(小関順二・草思社)
今回はプロ野球の構造に言及した記述が多くて、例年の
力のこもった分析は少し影を潜めた印象。でも、良い読み物で
あることには変わりないです。
評:☆5<2005.3.28/Mon.>
「コインロッカー・ベイビーズ」(村上龍・講談社文庫)
私はこの物語を生々しさの追究だと思っていて、とするならば
やはり「生」への小説なのだけど、そうくくってしまうとやはり
違和感がある。その違和感と闘え、と教えられているのでしょうか。
評:☆4<2005.4.4/Mon.>
「ネイキッド」(杉浦リョーコ・講談社F文庫)
徹底した「い抜き」がいかにも若いという印象を受けますが、
それを抜きにしても、私見を物語に埋め込むのが上手な点など
今度の展開に希望を持たせる要素がいっぱいです。恋愛もgood.
評:☆5<2005.4.5/Tues.>
「青空チェリー」(豊島ミホ・新潮社)
表題作、30ページ強ながら鮮烈かつさわやかなエロスを
残して軽やかに去っていく作品です。これから期待。
評:☆4.5<2005.4.7/Thurs.>
「格闘する者に○」(三浦しをん・新潮文庫)
5年前に書かれたとは思えん。もともとレベルが高く、
それを維持し、なお、「私が語りはじめた彼は」に至って
完全に彼女は昇華した、ということ。
評:☆5<2005.4.9/Sat.>
「わたしの旅に何をする。」(宮田珠己・旅行人)
この本はあまり見かけないので、見かけたら購入しましょう。
土屋賢二をよりカジュアルにした感じなのかなぁ。
評:☆4.5<2005.4.10/Sun.>
「物語消滅論」(大塚英志・角川ONEテーマ21)
タイトルからも物語という形式を厭うているのかと
思ったら、そうでもないらしい。主張が見えづらい一冊。
評:なし<2005.4.18/Mon.>
「<意味>への抗い」(北田暁大・せりか書房)
第7章「引用学」がやっぱりおもしろかった。「ユリイカ」で読んだ
これがおもしろかったから期待したのだけど、それ以外は文章は読みやすい
けれども、どうも私の興味をひかない。
評:なし<2005.4.25/Mon.>
「恋するJポップ」(難波江和英・冬弓舎)
恋愛を軸にした歌詞分析。指摘されてはじめて気づいたのだけど、
確かにこういう学術書はなかった気がする。歌詞分析そのものは
北田暁大とか見田宗介もやっているのだけどね。恋愛は新鮮。
評:なし<2005.4.25/Mon.>
「きんぴか」(浅田次郎・光文社)
地の文がぶっちぎりでおもしろいうえに、福田和也評する
とおり、義理と人情のがぶり寄り。久々に終幕が楽しみな小説でした。
評:☆4.5<2005.4.27/Wed.>
「癒しとしての笑い」(ピーター・バーガー・新曜社)
私の目指すところの「笑える論文」の体現者。重要参考文献です。
評:なし<2005.5.1/Sun.>
「笑いの社会学」(木村洋二・世界思想社)
神経回路に焦点を当てて笑いに関する理論仮説を打ち立てた
世界で最初の論考(だと私も思う)。ただ、よくわからんかった。
そうなんだろうなきっと、と思うくらいで。
評:なし<2005.5.1/Sun.>
「ZOKU」(森博嗣・光文社カッパ・ノベルス)
1話から4話までのおもしろさは抜群。5話のラストで
いつもの森節になっているのは、続けないということなのかな。
せっかく「遊べる」タイトルなのに。
評:☆4.5<2005.5.9/Mon.>
「泳ぐのに、安全でも適切でもありません」(江國香織、集英社文庫)
短編集。私は彼女は「エッセイ→長編→短編」の順で好きなのだけど、
彼女はもともと「読ませる」のがとても上手だし、物語に力もある。
彼女の強さは、それを長く続けられることだと思う。ゆえに長編の方が
おもしろい。短編だと「それだけで一本」でも良いものが多くて、膨満感。
評:☆4<2005.5.12/Thurs.>
「θは遊んでくれたよ」(森博嗣、講談社ノベルス)
海月君がますます犀川化。萌絵の立ち位置が以前と逆転している
のですね。犀川先生もちゃんと出てくるけど。
評:☆4.5<2005.5.14/Sat.>
「ナラタージュ」(島本理生、角川書店)
恋愛はいかに持続するか、がテーマなのかな。
セックスの描写はうまい。
評:☆4<2005.5.21/Sat.>
「どきどきフェノメノン」(森博嗣、角川書店)
この作品は森博嗣を恋愛小説家として有名にするかも
知れません。恋愛「前」を描くのがとても上手。じらすじらす。
評:☆5<2005.5.26/Thurs.>
「恋愛の不可能性について」(大澤真幸、春秋社)
私がいってきた「ない」ことが任意の存在を想定すると
いうのは彼の議論とつながるものだった。戦略的自己構築もそう。
第4章の「貨幣における他者性」が論文に引用できるかな。
評:なし<2005.5.29/Sun.>
「ウェルカム・ホーム!」(鷺沢萠、新潮社)
第2話の終末がちょっとスピード感ありすぎだけど、
それでも涙腺は緩みました。この人はやはり良い話を描きます。
評:☆5<2005.5.31/Tues.>
「ヴァイブレータ」(赤坂真理、講談社文庫)
多数寄せられたという読者カードを読みたいのだけど、
おそらくそれは桜井亜美に届けられるものと同質であるような
気がします。ハタチくらいのときに読んでいたら、感想がきっと
変わっただろうな、という作品です。
評:☆3<2005.5.31/Tues.>
「フレーム憑き」(斎藤環、青土社)
宮台真司の映画評の方が、自分が社会学畑にいるからか
興味深く読めた。斎藤環はやはり文章が格調高すぎ。
でも手にとってしまう。今回も抗えず。
評:なし<2005.6.2/Thurs.>
「猛スピードで母は」(長嶋有、文春文庫)
江國香織の影響を受けた女性の文章という印象を
受けたのだけど、男性でしたね。表題作も「サイドカーに犬」も
淡々としつつも筆致が強くて、注目に値する作家だと思いました。
評:☆5<2005.6.6/Mon.>
「お笑い進化論」(井山弘幸、青土社)
マンザイやコント、ピン芸によって作り出された
「パラレルな世界」のリアリティが、笑いを生み出す。
つまり、笑いとして認定されるという意味で「批評」という
要素が加わったわけだね。ラストで近代的自我の話を
つなげていて、こりゃやばいと思ったのだけど、方向性は
私とは違う。私は物語によってつくりだされるパラレルワールドの
信憑性の話に行く。
評:なし<2005.6.9/Thurs.>
「東京スタディーズ」(吉見俊哉・若林幹夫、紀伊国屋書店)
北田暁大、赤川学が出色。出色って、「今度じっくり
読みかえしたい」という意味だけど。
評:なし<2005.6.13/Mon.>
「カーニヴァル化する社会」(鈴木謙介、講談社現代新書)
私も阪神優勝のときの雰囲気には注目していて、「応援」と
して論文を書こうと思ったのだけど、彼のいうとおり「祭り」と
とらえた方がすっきりしそう。借り物の本だけど、どこかで買います。
評:なし<2005.6.19/Sun.>
「聞きたい言葉」(村山由佳、ジャンプJブックス)
コーヒーシリーズ第9弾。じれったいのだけどそれを
感じさせないところ、つまりセックスに安易に流れない
ところが、この物語の強さなのかとも逆に思う。
評:☆4.5<2005.6.21/Tues.>
「発想法」(川喜田二郎、中公新書)
いわゆる「KJ法」の解説書。私はこれと似た手順で
論文を書きます。確かに使える。紙と付箋があればできる。
評:なし<2005.6.22/Wed.>
「他者性の時代」(河上正秀編、世界思想社)
第1章「『生命倫理』入門」と第3章「『じぶん探し』について考える」が、
特に第3章が社会学的自己論とのからみにおいて興味深い論文でした。
そんな本を図書館で借りてしまいました、私。
評:なし<2005.6.22/Wed.>
「ジジェク自身によるジジェク」(スラヴォイ・ジジェク、グリン・デイリー、
河出書房新社)
立場を明確にするということ(p66)、選択などないということ(p146)、
物語るということ(p197)。自己内対話だったら最高だったけど、
自己分析を嫌う彼がその方法を採ることはないだろう。
評:なし<2005.6.23/Thurs.>
「少年非行文化論」(矢島正見、学文社)
不良のイメージ調査とかやったら、ナンシー関が以前指摘した
「日本人は銀蝿的なものに対して寛大」が実証できるかも。
第8章の非行少年たちの自己意識が示唆的。
評:なし<2005.6.27/Mon.>
「シングル単位の社会論」(伊田広行、世界思想社)
子どもが「自分は好きな人に育てられる権利を持っている」と
気づく過程(社会化の過程)に触れないと説得力がないと思う。
シングル単位を「フィクションのひとつ」(p249)と位置づけて
いるところは、研究者として好感が持てる。ただ、性別廃止を
論ずる人が「僕」を一人称で使うのってどうだろうねぇ。
評:なし<2005.7.4/Mon.>
「シングル単位の恋愛・家族論」(伊田広行、世界思想社)
選択的関係(p238)とか他者とは理解できないものと認める
(p242)とか書いていて驚いたのだけど、いかんせん批判の仕方が
感情的にすぎる。「バカ」とか書いちゃいかん。
評:なし<2005.7.6/Wed.>
「ケータイは世の中を変える」(T・コポマー、北大路書房)
「マクルーハンは宇宙旅行の出現で、私たちの地球は夕方に
散歩に出かける程度の大きさまで小さくなったと書いているが、
ケータイは『散歩』の範囲を地球規模にまで拡大した」(p105)。
「場所にとらわれないコミュニケーションは、そのときどきの行動を
結びつけただけではなく、日常的相互作用の分散化をも引き起こした。
つまり、人々のポケットの中に街が存在するようになったのである」(p116)。
後者の言い方、好き。英語で読みたかった。
評:なし<2005.7.7/Thurs.>
「羽生」(保坂和志、朝日出版社)
羽生は「こう打ったらこう打ってくるだろう」という
ふうには考えていないのだろう。お互いが最善手を打つことを
想定しているから、最後の場面からさかのぼって打つことが
できるのだろう。保坂和志のあとがき「『〜について考える』と
いうのは、仮説を出しつづけることだ」(p191)が素晴らしい。
評:☆5<2005.7.8/Fri.>
「スタートライン社会学」(久門道利ほか、弘文社)
第7章「逸脱」がわりとおもしろめ。全体的には入門書と
いうより、ちょっと知っている人のための概説書。
評:なし<2005.7.10/Sun.>
「社会を<モデル>でみる 数理社会学への招待」(勁草書房)
22章のネットワーク分析が好き(だけどmixiの本の方が詳しい)。
数学がわかるとこの考え方への疑問も出てくるんだろうな。
私はわからんから受け入れるしかない。
評:なし<2005.7.12/Tues.>
「社会学に正解はない」(中根光敏ほか、松籟社)
役立つのは第1部の黄色い部分(論文の書き方)と
入門書のような脚注。初学者にはおすすめしません。
評:なし<2005.7.12/Tues.>
「映画の構造分析」(内田樹、晶文社)
映画分析自体は作品を見ていないとどうにもできません。
その前の「物語」の説明(p25とかp54、55とか)は
言葉が平易で大変良いです。
評:なし<2005.7.13/Wed.>
「古道具 中野商店」(川上弘美、新潮社)
この人は一抹の淋しさを描くのも上手なのですね。
もともと人物とか風景が上手なだけに、向かうところ敵なし。
評:☆5<2005.7.14/Thurs.>
「帰ってきたもてない男」(小谷野敦、ちくま新書)
大澤真幸の伴侶とか宮台真司の伴侶とかをこの本で知りました。
言説分析をしながらおもしろい文章を書ける稀有な人ですね。
裏ジャケットの顔写真が妙にソフトです。
評:なし<2005.7.15/Fri.>
「草の上の朝食」(保坂和志、中公文庫)
てっきり読んだと思っていて、読みはじめたときも
「読んだかも」と思っていたのだけど、読みすすめると
やはり読んでいませんでした。宣伝文を書きましょう。
この本があなたの心に残らないはずはない。
評:☆5<2005.7.17/Sun.>
「これが現象学だ」(谷徹、講談社現代新書)
自己論(想起や時間、他者という概念のもとでの)が
フッサールの現象学とからんでくるとはね。そして、私の
考えるような存在証明の社会学(ゼロとか)にも発展できるのだね。
キーワードはフッサールだったのかね。
評:なし<2005.7.18/Mon.>
「トマソン大図鑑 無の巻」(赤瀬川原平編、ちくま文庫)
トマソンを現代風に言い換えるとキャプラーです。
全2巻の1巻めなのだけど、2巻めの方がおもしろい。
ただ、先見の明というか、「四谷階段」ひとつでこれは名著。
評:☆5<2005.7.19/Tues.>
「トマソン大図鑑 空の巻」(赤瀬川原平編、ちくま文庫)
トマソン色褪せず。いつ見ても「??」必至。
爆笑より高品質。
評:☆5<2005.7.19/Tues.>
「行為と演技」(アーヴィング・ゴフマン、誠信書房)
状況の定義を維持するための印象操作、なのね。
評:なし<2005.7.21/Thurs.>
「さくら」(西加奈子、小学館)
幸せが虚構でしかないことを、おそらく意識的に描いた作品。
その虚構性を虚構性のまま出してこられる、数少ない書き手。
換言すると、物語がうまい。
評:☆5<2005.7.24/Sun.>
「日本の敬語論」(滝浦真人、大修館書店)
「敬語は距離の表現である」(p258)。これだけ。
語用論の話はあいかわらずわからんけども、冗談の話とか
日記の話とか、私の研究と近づく面も多い。結局は自他間の
絶対的差異の話にいきつくからね。
評:なし<2005.7.26/Tues.>
「夜のピクニック」(恩田陸、新潮社)
本屋大賞受賞作。期待を込めて読んだのだけど、いつもの恩田節。
もともとのレベルがレベルだから安定として読めてしまう。
この本を推す人は、恩田陸を知らなかっただけではないか?
評:☆4<2005.7.29/Fri.>
「現実の向こう」(大澤真幸、春秋社)
理想→虚構→不可能性の時代。
他者が絶対的な差異であるからこそ、それをうけいれる
(他者にある意味でなる)ことの重要性が、いま求められている。
評:なし<2005.8.2/Tues.>
「学者の値打ち」(鷲田小彌太、春秋社)
誰にでもわかる言葉で書け、ということですね。
学者の格付けに果敢に挑んだ意欲作。
評:なし<2005.8.3/Wed.>
「風味絶佳」(山田詠美、文藝春秋)
好き度は前作「PAY DAY!!!」の方が上。だけど、
表題作と「海の庭」がとても良い。この二作は読まれたし。
評:☆4.5<2005.8.4/Thurs.>
「逃亡くそたわけ」(絲山秋子、中央公論新社)
同じく直木賞候補作の「夜のピクニック」より好き。
ロードムービーなので、好みというだけかも知れませんが。
どちらも映画になるでしょうし。
評:☆4.5<2005.8.5/Fri.>
「現代小説のレッスン」(石川忠司、講談社現代新書)
第一声は「あぁ、買わなくて良かった」。
単に私が、文芸評論家の文章をおもしろく思えないだけです。
評:☆4<2005.8.6/Sat.>
「先生はえらい」(内田樹、ちくまプリマー新書)
師を師たらしめるのは弟子である(学ぶ者の主体性)。
こういう本を書く内田樹が好き。
評:☆5<2005.8.7/Sun.>