・生まれてみたら、ハーフだった。父はドイツ系のアメリカ人。目の色は青だったそうだ。
・僕の目の色は薄い褐色。髪の毛は茶色。天然ウェーブ。
・カトリックの幼稚園に入った。園長先生はカナダ人の修道女だった。幼稚園から中学の半ばまでカトリック教会に通った。フランスのカトリックの話をよく聞かされた。小学校二年で洗礼を受けた。ミカエル、大天使だ。悪魔の王ルシフェルと戦った天使の長。中学の一年の時に堅信礼を受けた。ローレンシオ。ローマ帝国の初期の殉教者。鉄の網に横たえさせられ、体の両面を焼かれながら信仰を守った聖者。
・中学で進化論を学び、転んだ。
・小学校の四年生の時に、合唱部に入れられた。ボーイ・ソプラノ。卒業までコーラスの練習に励んだ。
・小学生の時から本が好きで、近所の人がよく本をくれて、むさぼり読んだ。その頃、貸本屋というのがあって、漫画も小説もたくさん読んだ。
・五年や六年の時に、絵のコンクールで特選をとった。
・その頃から詩を書き出した。
・中学では天文気象クラブと新聞部、新聞部は先生に入れと言われて入った。
・本格的に詩を書きだした。佐藤春夫が最初に熱烈に読んだ詩人。
・高校は伊東静雄のいた大阪府立住吉高校へ進んだ。
・コーラス部と文芸部に属した。コーラスはテナー、副指揮者。
・詩と短歌と俳句、小説に評論を書いた。
・一浪の終りかけに、高校の友人が寄ってたかって詩集を作ってくれた。「僕自身について」

・大阪市立大学の文学部に入学したら、左子真由美さんが友人との共著詩集「あもるふ」を教養部の食堂のところで売っていて、知り合った。
・リアリズム研究会という文芸サークルに入り、書き手がいないので、新聞を出す時は彼女に詩を貰いにいっていた。
・卒業して数年後に詩の雑誌を作ろうと思い、どうしてか彼女の居所を知っていて、何人かを集めて、「ぽ」という雑誌を創刊した。昭和49(1974)年1月10日創刊。 
・「僕自身について」は、友人のグループが「竹林の七賢人」にちなんで、「竹林館」という出版社名をつけたので、僕のところから出す詩集は、出版社「竹林館」からということにした。
「関西文学」の同人になり、随分長い間、編集同人をした。賞の詩部門の責任者で毎年、千件以上の作品を読んで、50編まで絞り込む作業をした。
・9年間、そこで「同人雑誌評」を担当した。
・関西書院や「VAN書房」から出版のノウハウを学んだ。
・十年前に、「大阪フィルハーモニー交響楽団」の専属の合唱団の団員になった。第二テナー。
「関西詩人協会」を創設し、初代の事務局長、ホームページ・システム・オペレーターを担当した。

・所属は、「PO」の会(会長)、関西詩人協会運営委員国際交流担当、日本現代詩人会、昭和文学会、四季派学会、IWA(International Wrighters Authurs Association)、日本文芸家協会。
・竹林館のグラフィック・デザイナー、ホームページ・システム・オペレーター、倉庫管理。
・4月21日生まれ、星座は牡牛座か牡羊座かのどちらか。
好きな花 薔薇、百合、シクラメン。
好きな食べ物 肉類、果物、おさしみ。
好きな音楽 クラシック、シャンソン、カンツォーネ。
 チャイコフスキー、エルガー、フォーレ、マーラーなど。
  ・好きな色 青。
古代や中世の文学が好き。
血液型はB型。典型的なB型とよく言われる。