旅の写真集 イエメン(1) 2008年5月
2008年5月約2週間、S旅行社のツアーにて巡りました。
数週間前にイエメンのマーリブにて、二人の日本女性の誘拐事件が報道され、不安の中で出発。
しかし街中で出会う人々は穏やかで、競争社会とは無縁に自然体で暮らしているみたいで、印象が全然違っていました。
←イエメンの山岳要塞都市ハジャラ
標高2300mの山の断崖に、4階〜5階建ての石積みの建物が連なって町が造られ、階段を登ったゲートから町の中に入る。1000年前の建物に今なお約400人が暮らしている。
ペルーのマチュピチュよりも凄いと感動しました。
↓ハジャラの町を下の町マナーハから見上げた遠望
左下はハジャラ街中
←ザビード
イエメンの中で最古の都市で、13世紀から15世紀にかけては、イエメン王国の首都で、教育・宗教の中心地であった(世界危機遺産)。
質素な外観の金曜モスク。ザビードの街中には、全部で86のモスクが残っている。
←モカのかってのメインストリート
アラビア半島南西端の港町。紅海に面していて、1 7世紀コヒーの積出港として栄え、モカーコヒーの名前の発祥地でもある。
しかし、今は寂れた廃墟に等しい町並みとなっている。
産業が廃れると町も廃墟になる証。
←ザビル山から見下ろしたイエメン第二の都市タイズの町並み。
イエメンは国土の70%が山岳地帯で、至る所で山肌に段々畑が美しい模様を描いている。
先祖伝来の畑を今も昔と同じ手作業で耕している。
←アルワ女帝の町ジブラ。タイズから山道を登り2時間で着く。
この町は、11世紀から 12世紀に栄え、スライフ朝の都となっていた。アルワ女帝は、シバの女王と並ぶアラビアの2大女王の一人。
↓アデンのクレーター地区の町並み。アデンは湾に面した港町で、対岸のアフリカ系住民が多いようだ。
左下 紀元前に造られたというアデンタンクと呼ばれる貯水槽。古来より、大雨時の洪水防止と水の供給用として使われていた。
←アデンから空路ムカッラに着き、そこからセイユーンに向かう途中のワディ・ハドラマウト渓谷。
谷底はワディと呼ばれる枯れ川で、所々にナツメヤシが栽培されるオアシス都市がある。
ムカッラからは、数ヶ月前に観光客が襲われるという事件があったということで、バスの前後に警察がエスコートしてくれました。
←セイユーン近郊のタリムの町並み
13世紀からインドネシアやシンガポールなどとの交易で富を築いた商人の館が並んでいる。白いミナレットは、高さ約50 mのアル・ムダールモスクのもの。
←砂漠の摩天楼シバーム遠望
日干し煉瓦によって造られた5階から8階建ての建物が、約500棟立ち並ぶ。城壁内には約7 000人の住民が生活している。このような日干し煉瓦の建物の維持は大変で、裕福な家だけができるようだ。
幾つかの建物は崩壊しつつあり、ユネスコ等により保存修復工事が進められている。
↓イエメンの人々。
どこの町に行っても、元気な大勢の子供に会える。この国に少子化問題はなさそうである。
↓ ハジャラの道路 むきだしの水道管が施設されている