流派案内

「茶道宗徧流昔話」


むかし、むかし、ある所にお茶の木を育てている若者が住んでいました。可愛い3人の息子と4人の弟子がありました。とても貧しい暮らしですが、毎日、毎日、一生懸命にお茶の木を育てていました。
かつて若者にはお爺さんがいました。お爺さんはとても大きな大きなお茶の木を育てていました。ほかの誰よりも上手にお茶の木を育てる偉い人でした。おじいさんが育てた大きなお茶の木はどんどん大きくなり、お城の屋根よりも高くなりました。これを見た王様が「けしからん、わしの立派な城より大きいとは何事だ。」と怒りだしました。そして「こんなに大きなお茶の木なんか切ってしまえ。」と言うと、ほんとうに大きなお茶の木は切り倒されてしまいました。おじいさんも罰を受け殺されてしまい、さらに住んでいた家もつぶされてしまいました。
それ以来、若者は王様を嫌いになりました。でも、好きなお爺さんと同じようにお茶の木を育てて暮らしています。家も小さくてとても貧しい暮らしですが、一生懸命にお茶の木を育てています。
やがて、3人の子供も大きくなりお茶の木も上手に育てられるようになりました。1人は立派な木で出来た家へ雇われてお茶の木を育てることになりました。もう1人は百万の石で出来た家へ行ってお茶の木を育てました。最後の1人は高い松の木のある家に行ってお茶の木を育てました。3人の息子たちの行き先が決まり一安心でした。
残るは4人の弟子たちです。その中に頓知の一休さんに似た小坊主さんがいました。とても上手にお茶の木を育てるので特に見所の有る可愛い弟子だと思い、坊主を辞めてお茶の木を育てることを専門にするよう勧めました。
ある時、お城の大臣様よりお茶の木を育てる人がほしいから是非来てくれと頼まれました。もう自分は若くはないのでこの小坊主あがりの弟子に行かせることになりました。はなむけに自分の持っているお茶の木を育てる秘伝を授けて送り出しました。
小坊主あがりの弟子は張り切ってお城の大臣様の家でお茶の木を育てることになりました。ところがお師匠様がすぐに亡くなってしまいました。お師匠様を思うと悲しくて、悲しくて、悲しみに暮れる毎日でした。しかし、お師匠様が授けてくださった秘伝を思い起こし、一生懸命にお茶の木を育てました。その秘伝のお陰で立派なお茶の木が出来上がりました。町中でも評判になり、誰一人知らぬ 者はない名人になったということです。この小坊主あがりの弟子の名を「山田宗徧」といいます。
そして、お茶の木を育てる秘伝を代々伝えてきましたその家は「茶道宗徧流」と呼ばれています。

             文責 出田宗祐(平成15年2月4日)

宗徧流本部:鎌倉浄明寺