昭和33年3月卒業

宝珠山中学同窓会写真集

(其の一)

平成16(2004)年1月11日(日)

福岡県朝倉郡宝珠山村 千代丸温泉・伊東屋

2004年1月22日

撮影・編集・文責:田口 善敏

始めに何から語ろうか。ホームページ「忘れがたきふるさと」開設から宝珠山中学同窓会出席まで。

「忘れがたきふるさと」のトップページにも書いたように、宝珠山中学卒業直前の昭和33年1月、私は宝珠山村を離れた。前年の8月に親父が転勤になり、転勤先の嘉穂郡稲築町から通学出来る高校を受験するためである。嘉穂郡嘉穂町の大隈中学に転校し、山田市にある県立山田高校に入学したが、1年でまた県立稲築(現・稲築志耕館)高校に転校した。従って、私は宝珠山中学を卒業した訳ではない。が、しかし、3ケ月だけ通学した大隈中学に愛着が持てるはずはなく、いつも「宝珠山村立宝珠山中学OB」と自称し、永年にわたって学歴詐称を続けていた。

インターネットを初めて1年半後の1998年春、大阪教育大学教授の大田富雄先生(現・福岡教育大学教授)の「宝珠山村」を紹介するページを発見し、メールを送ったところ思いがけず電話をいただいた。当時は私と同じ高槻市にお住まいで、「それじゃ、お会いしましよう」ということで、むさ苦しい我が家でお会いし、ふるさと談義に花を咲かせた。インターネットを通じて知り会った大田先生には“あの懐かしい村の風景”を写した数々の画像を送っていただいた。大田先生の「ふるさとを大事にする心」に触発されて、2000年1月に「忘れがたきふるさと」の原形となる“僅か1ページのホームページ”を衝動的にアップした。その後福岡教育大学に異動された大田先生は前年10月、「宝珠山ふるさとフェア」に足を運ばれ、梶原昌弘くん、安岡義之くん、室井収蔵くんの写真を送って下さった(この項は「私のふるさと・宝珠山村 私の原風景」を御覧下さい)。梶原昌弘くんが村役場の助役を勤めている事もこの時知った。また開設当時、リンクをお願いした「カネダイ」の井上靖子さんから近郊にいる旧友達の消息を知らされた。無断でリンクを貼っていた「fpress」の渕上編集事務所の渕上孝文氏を通じて、宝珠山小学校の藤田良治教頭先生(現・宝珠山小学校校長先生)と知り合い、“懐かしい村の風景、村と学校の行事写真”を数多く送っていただいた。「これはこのままにしておくのは、もったいない」と思い、「宝珠山小学校は、いま」のページが出来上がった。藤田教頭先生は3月に「北筑後教育事務所」に異動されたが、その後はパソコン教育担当派遣講師として勤めておられた芦刈早苗先生(現・エディスパソコン学院日田校校長先生)、熊谷眞理子校長先生(現・小石原小学校校長先生)が貴重な“宝珠山小学校情報”を送って下さった。

その後、宝珠山村役場のメールアドレスを知り、梶原助役にメールを送ったところ、思いがけず電話をくれた。こうして、宝珠山村との距離が再び身近になってきた2001年5月、思いきって「忘れがたきふるさと」に帰る事にした(この項は「宝珠山は、いま いざ帰らん、宝珠山村に」を御覧下さい)。2002年4月には、あの藤田良治先生が再び宝珠山小学校の校長先生として戻って来られた。5月、博多出張の合間を利用して宝珠山小学校を訪れた(この項は「ふるさと宝珠山村よ、こんにちわ 我、母校の教壇に立てり」を御覧下さい)。

そして2003年11月、宝珠山中学校同窓会の案内状が届いた。卒業しなかった中学同窓会からお誘いがあったのだ。高校と大学の同窓会には何度も出席したことがある。しかし、この私には中学の同窓会だけは一生出席出来ないものと諦めていたが、お声が掛かったのだ。有り難い事です。ふるさと宝珠山村を離れて幾星霜、また再び、あの学び舎に席を並べた旧友達に会う事が出来るとは、この上もない喜びである。先年村役場に梶原助役を訪ねた折「宝珠山中学の同窓会をする時は呼んで下さい」と、お願いしておいたことが現実になったのだ。梶原助役、ありがとう。幹事のみなさん、ありがとう。ふるさとを離れて46年間、片時も忘れる事が出来なかった宝珠山村に、宝珠山中学同窓会のため、私は帰ります。いや、帰らねばならないのだ。これで、やっと、宝珠山中学卒になれるのかな。

2004年1月9日(金)夕方、新幹線で博多に着き、福岡放送を訪ねた。1年前までは私どもの会社・エイデックが福岡放送のホームページを委託されて制作していたこともあり、また38年間勤めた読売テレビ放送の系列放送局でもあり、知り合いが多い。ここに勤務されている石川弘ライツ事業部長は、福岡県内の市町村をすべて巡回され、村起こしの提言を数多くされている行動的な人物です。また、その実践のため宝珠山村に民家と山林を購入されています。休暇を利用して宝珠山村を訪れ、板壁や土壁を昔ながらの工法で自らコツコツと修復中で、将来は永住されるとか。将来の宝珠山発展に尽くしてくれるおひとりです。

翌日は“第二のふるさと飯塚市”に足を運び、昨年の7月水害にあった嘉穂劇場、本町商店街を見て廻った。直方市に住む稲築高校時代の旧友・鋤田(旧姓・森)祥子さんは「驚異的な降雨量のため飯塚の市街地は、1.5mの高さまで水没した。直方の自宅は床下まで浸水」と電話で伝えてくれた。飯塚バスセンター隣のアイタウン3階で「嘉穂劇場復興支援 嘉穂劇場72年の歩み〜これからも飯塚とともに〜」が開かれていることを知っていた私は、数々の小道具、ポスター、チラシ、チケット等の展示物を見て廻り、記帳と寄付を済ませた。飯塚市には若くして亡くなった私の大学の先輩でもあるAさんの奥様が住んでいらっしゃる。娘さんの携帯電話に電話をして、御自宅を訪れようとしたが、電話は転送され、何とハワイまで繋がった。娘さん達とハワイに滞在とのことで、またも会えずに残念でした。また高校時代の恩師で先年突然亡くなった有隅嘉徳先生の奥様が住んでいらっしゃる。本町商店街を少し入った御自宅を訪れると、運良く御在宅であった。仏壇に手を合わせた後、奥様と有隅先生との昔話に花を咲かせ、水害時の様子等をお聞きした。幸いにして、有隅先生宅は1階が車庫になっており、住宅そのものが水没することはなかった、とか。日暮れまではまだ時間もあり、嘉穂町小野谷に後輩のEくんを訪ね、御親戚の方達と思いっきりローカルな話題で盛り上がった。当日は老いたる母が住む嘉穂町の実家に泊まる。明日訪れようとする朝倉郡宝珠山村は、ここから嘉麻峠を超え、朝倉郡小石原村を降りたところにある。

そして11日(日)、宝珠山中学同窓会の日が来た。嘉穂郡嘉穂町から朝倉郡宝珠山村まで私を運んでくれるのは、昨日訪れたEくんである。お袋の実家の近所に住む幼な馴染みであり、大学の後輩でもある某新聞系広告代理店の社長である。彼は私が1年間だけ学んだ県立山田高校の出身である。3年前に嫁を連れて初めて宝珠山村を訪れた時、JR大行司駅前の「釈迦が岳旅館」から田川の「石炭博物館」、飯塚の「嘉穂劇場」を案内してくれた。

10時過ぎに嘉穂町牛隈の自宅からおよそ40分で宝珠山村の中心・大行司に着いた。12時の開場まではまだ時間があるので、JR宝珠山駅まで足を延ばし、大分県との県境にあるJR宝珠山駅舎、毎秋には「宝珠山村ふるさとフェア」が開かれる「村民グランド」、介護施設「宝珠の郷」等を見て廻り、11時過ぎに千代丸温泉伊東屋に到着した。Eくん、ありがとう。

同窓会会場である千代丸温泉伊東屋は旧・宝珠山小学校があったところのすぐ下にある。当時、宝珠山村には大行司小学校と宝珠山小学校があり、昭和47年に統合され、宝珠山小学校として新たに開校。翌年の昭和48年に大行司小学校の跡地に新校舎が完成した。旧・宝珠山小学校はその後、校舎をそのまま利用して一般向けの宿泊施設として開放されている。梶原昌弘助役は旧・宝珠山小学校の卒業生であり、私は大行司小学校の卒業生ということになる。また同所には(社会福祉法人)朝倉恵愛会「千代丸デイサービスセンター」が平成9年10月に認可され、介護福祉施設として村民に活用されていたが、昨年11月にJR宝珠山駅近くにある「宝珠の郷」に統合されている。宝珠山村に炭坑があった頃、村に住んだことのある俳優・高倉健さんが父の同僚であった熊谷正勝氏を訪ねたのは、この「千代丸デイサービスセンター」である(この項は「宝珠山は、いま いざ帰らん、宝珠山村に」を御覧下さい)。

同窓会が始まるまで、伊東屋のロビーで昔話に花が咲いた。卒業生名簿にも記載されていない私の事は、みんな知らないのではないか、と思っていたが、そうでもなかった。「憶えていますよ」と声を掛けてくれた。むしろ私の方が憶えていない人が多い。宝珠山中学を卒業せずに出席したのは、永島潔くんと私の2名。中学2年終了後、広島に転校した永島君は、第一鉱区の職員住宅(炭住)で一緒に遊んだ仲ですから、これはもう懐かしい友です。顔と名前が一致する川村啓十郎くん、先年会った下川修旦くんが欠席でした。会いたかったなぁ、啓ちゃん。後で幹事さんに聞くと、昭和33年3月にはおよそ100名が卒業し、今回は住所が判明している80名に案内状を郵送し、恩師4名、卒業生35人が出席した。これはもう驚くべき出席率ですね。出来るだけ同級生の顔を記録しようと、全員の写真撮影を心掛けた。

 
お願い

当ページは未完成のまま写真をアップします。「同窓会」は長い間会わなかった先輩・同級生・後輩が急に再開する訳ですが、名前は憶えているが顔を思い出せないことがしばしばあります。私自身今回の「同学年の同窓会」でも、同様でした。失礼なことですが、今でも名前が解らない旧友もいます。また、この写真を見た当日欠席の同級生、先輩や後輩の方々にも、元気な姿を確認して貰いたいのですが、名前が記載されていない写真では、それも出来ません。そこで後日幹事さんとも連絡をとり、出来るだけ同級生の名前を載せたいと思います。当日出席した同級生はもちろん、先輩・後輩、その御家族、御近所の方、お知り合いの方で、ここに記載されていないお名前の同級生を御存じの方は、お手数ですが、田口までメールでお知らせ下さい。名前をすべて記載すれば「昭和33年3月卒業 宝珠山中学校同窓会CD写真集」が完成します。どうかよろしくお願い致します。

もし名前を間違えて記載されている場合は、御連絡下さい。最大の失礼をお詫びし、後日訂正致します。

平成16(2004)年1月22日

大阪府高槻市 田口 善敏

 

情報の提供、ありがとうございました

「昭和33年3月卒業 宝珠山中学同窓会同窓会写真集」を公開するにあたり、「私が名前の解らない同級生の名前を教えて欲しい」と情報の提供を求めました。まず、広島に住む同窓生・永島潔くんから、続いて小林(旧姓・樋口)和子さんの弟さん・樋口雅美さん(筑紫野市在住)から、カネダイの井上靖子さんから、メールで同級生の名前が次々に知らされました。そして最後に、地元幹事のひとりであった梶原昌弘くんから大型の封書が届き、すべての名前が判明致しました。

改めてインターネット網の速効性、利便性を痛感しています。ここに情報を提供下さった皆さんに、ありがとうございます、と感謝の言葉をお贈り致します。宝珠山村に何らかの関係がある方の情報提供によって、「宝珠山中学同窓会写真集のページ」が完成します。当日出席出来なかった同級生、私達の年代に近い宝珠山中学同窓生の皆さん、遠くにお住まいの御兄弟・御親戚の方々、我々の知人にも、写真と名前でその存在を確認が出来ると思います。これでやっと、写真原画とこのページの「CDパッケージ化」に取り組めますが、この時点で、会場で配布された「卒業生名簿」を一緒にCD化して、郵送することを思い付きました。「同窓会名簿」が収容された「同窓会写真集CD」です。それでこそ「永久保存版」と言えましょう。但し、同級生諸氏のパソコン・ソフト環境が不明のため、いくつかの形式での製作が必要になりますが、検討してみることにします。そんな訳で、紙ベースの資料を確認しながら入力し、デジタル化しなければなりません。今しばらくの御猶予をお願い致します。

本日、全ての旧友達の名前を書き添えました。一応厳重にチェックはしたのですが、記載ミス・誤字脱字があるかもしれません。引き続き、当ページに対する情報提供の御協力と御支援をお願い申し上げます。

平成16(2004)年2月7日

大阪府高槻市 田口 善敏

それでは、46年前にタイムスリップして、あの木造校舎で席を並べて学んだ懐かしい旧友達に会いましょう。

   

画像番号(036)

左から井上勝重くん、仲道尚克くん。

画像番号(037)

左は橋爪勲くん。右が私、田口善敏。

   

画像番号(038)

左から中間(旧姓・井上)建子さん、佐々木喜八くん。

画像番号(039)

左から永島潔くん、坪田(旧姓・井上)シマエさん、

中村(旧姓・中村)光枝さん。

   

画像番号(040)

左から田中共栄くん、橋爪勲くん、

井上勝重くん。

画像番号(041)

手前左から佐々木(旧姓・伊藤)利子さん、

佐藤(旧姓・秦)好枝さん、熊谷喜八郎くん。

後方は、画像番号(039)参照。

   

画像番号(042)

左は松木春海先生。右は安岡義之くん。

画像番号(043)

左は中村桂司先生。右は樋口籐吉先生。

宝珠山中学同窓会写真集 早見リスト&掲示板

同窓会写真集(其の一)開会前 画像番号036〜043

同窓会写真集(其の七)伊東屋 画像番号155〜174

同窓会写真集(其の二)伊東屋 画像番号044〜065

同窓会写真集(其の八)伊東屋 画像番号176〜201

同窓会写真集(其の三)伊東屋 画像番号066〜086

同窓会写真集(其の九)伊東屋 画像番号202〜221

同窓会写真集(其の四)伊東屋 画像番号087〜107

同窓会写真集(其の十)日田市 画像番号222〜237

同窓会写真集(其の五)伊東屋 画像番号108〜129

同窓会写真集(其の十一)日田市 画像番号238〜254

同窓会写真集(其の六)伊東屋 画像番号128〜152

宝珠山中学同窓会掲示板

忘れがたきふるさと 目次  

宝珠山村よ、こんにちわ 我、母校の教壇に  

昭和33年3月卒 宝珠山中学同窓会(2)

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