日本語教育[文法] 講義要録

吉川 武時

これは日本語教育学会主催の研修会での講義要録で、 『日本語文法入門』を書くきっかけとなったものである。

はじめに

(1)一般言語学での文法

一般言語学では、文法を大きく
  1. 音韻論(Phonemics)……意味の区別に必要なオトの種類はいくつあるかを調べる。
  2. 形態論(Morphology)……語形変化を調べる。
  3. 構文論(Syntax)……文の構造を調べる。
の3部門に分ける。コンピュータの比喩で言えば、
  1. 音韻論 文字セット
  2. 形態論 コマンドとパラメータ
  3. 構文論 コマンドの組合せによるプログラム
ということになろうか。

(2)日本語教育での文法

日本語教育での文法は国語の文法とは違う。 日本語教育では、「文法」ということばより 「文型」ということばが好んで使われている。 その理由として次のことが考えられる。
  1. 文型(本来の意味の「文型」)によって 能率よく日本語を教えることを考えている。
  2. 「文法」ということばは、 国語の文法の五段 活用とかいう表を思い起こさせるから、 あれとは違うんだということを強調する必要がある。
実際、国語の文法の活用表では日本語は教えられない。 「活用表」のおかしな点は、 まず表の中に「過去形」がないことであろう。 「食べた」は「動詞の連用形に助動詞がついたもの」と分析され、 二語の扱いになっている。 「食べて」のことを日本語教育では、 テの形(te-form)と言う。 要するに、単語の認定のしかたが違うのである。

(3)文法の重要性
  ==コミュニケーションの基礎として==

なぜ、日本語教育で文法は重要か。 最近、コミュニケーションの重要性が強調され、 「文法ばかり習ってもしようがない」とか、 「文法は習わなくてもいい」とかとよく言われるが、 本当にそうだろうか。
ことばの一つの大きな働きは、 自分の意志や考えを相手に伝えることである。 その時、文法(ことばの決まり)なんか 知らなくてもコミュニケーションができる、 というのは誤りである。 コミュニケーションに際しては、発音も重要であり、 ことばの組み立て、つまり文法も重要である。 つまり、文法はコミュニケーションの基本として 重要なのである。

1 日本語文法の考え方

日本語の文は、基本的に述語動詞と、 それの取る様々な補語とから成り立っている。 日本語の単文については、次の2点を把握すればよい。
  1. どんな動詞がどんな補語を取るか。・・・・構造文型
  2. 述語動詞の形と意味との関係はどうなっているか。・・・・表現文型
日本語の複文については、上の2点に加えて、 次の2点を把握すればよい。
  1. 連体修飾構造。
  2. 単文をどうつないで複文を作るか。

2 表現文型 一覧

本を読む。(叙述・現在)
本を読みます。(叙述・丁寧・現在)
本を読みました。(叙述・丁寧・過去)
本を読んでいます。アスペクト(いる)
本を読んでしまう。 〃   (しまう)
本を読んである。 〃   (ある)
本を読んでおく。 〃   (おく)
本を読んでくる。 〃   (くる)
本を読んでいく。 〃   (いく)
10本を読んでみる。試行(みる)
11本を読んでください。依頼
12本を読みなさい。命令
13本を読もう。意志
14本を読みましょう。誘いかけ
15本を読むでしょう。推量
16本を読んだことがある。経験
17本を読んだほうがいい。勧め
18本を読みたい。希望
19本を読んでほしい。
20本を読んでもいい。許可
21本を読まなければならない。義務
22本を読んではいけない。禁止
23本を読まなくてもいい。不必要
24本を読めば、……条件
25本を読んだら、……
26本を読むと、……
27本を読むそうだ。伝聞
28本を読みそうだ。様態
29本を読まれた。受身
30本を読ませた。使役
31本を読ませられた。使役の受身
32本を読んであげる。やりもらい
33本を読んでくれた。 〃
34本を読んでもらった。 〃
35本を読んでいただく。 〃

3 表現文型 各論

1〜3 叙述:普通体と丁寧体(デス・マス体)
普通形・丁寧形というのは述語の形の問題である。 普通体・丁寧体というのは文体の問題である。 ダ体・デアル体(普通体)とか、デス・マス体(丁寧体)とも言う。 文末では○○形と○○体はそろうが、文の途中では、 そろわないことがある。もちろん、そろえてもよい。
雨がふるから、行かないことにしました。
  雨がふりますから、行かないことにしました。
4〜9 アスペクト テの形+補助動詞
  1. 〜ている
    1. 進行の状態 今雨が降っている。  
    2. 結果の状態 窓が開いている。  
    3. もとからの状態 山がそびえている。  
    4. 経験 去年 山に登っている。  
    5. くりかえし 毎日 掃除をしている。  
  2. 〜てしまう  
    1. 完了 年賀状を全部書いてしまった。  
    2. 対抗的 古いものは捨ててしまおう。  
    3. 逸走的 火が消えてしまった。  
    4. 無意志的動作 うっかり忘れてしまった。  
    5. 不都合 冷蔵庫に入れないととけてしまうよ。
  3. 〜てある  
    1. 結果の状態 窓が開けてある。  
    2. 動作の完了 そのことはもう知らせてある。
  4. 〜ておく  
    1. 準備 風が入るように窓を開けておく。
          発表の前に資料を集めておく。
  5. 〜てくる  
    1. 徐々の変化 空が明るくなってきた。  
    2. 動作の始まり 雨が降ってきた。  
    3. 現在までの継続 今までいろいろなことを研究してきた。  
  6. 〜ていく
    1. 徐々の変化 空が明るくなっていく。
    2. 現在からの継続 これからいろいろなタイプの人が育っていくだろう。
10 試行 テの形+「みる」

11 依頼の表現 テの形+ください
否定は「〜ないで+ください」。 丁寧な依頼を表すのに次の言い方がある。
[例]読んでくださいませんか。(授受表現*否定形)
   読んでいただけませんか。(授受表現*可能表現*否定形)
ここ「読んでいただませんか」は間違い。 これを試験に出すと「これでも間違いではない」 とたいていの学生が言いのがれようとする。

12 命令の表現 連用形+「なさい」
「読みなさい」。 この他に直接的な命令形「読め」もある。

13〜14 意志の表現 意志形
意志形は意志と誘いかけを表す。 原則的には、普通形の意志形は意志を表し、 丁寧形の意志形は誘いかけを表す。
  普通形丁寧形
意志読もう読みましょう
誘いかけ読もう読みましょう
15 推量 叙述形+「だろう」

16 経験の表現 過去形+「ことがある」
「〜たことがある」全体で一つの述語と考える。 これを複合述語と言う。

17 勧めの表現 過去形+「ほうがいい」
否定は「〜ない+ほうがいい」。 過去形「〜た」がすでに起こった状態を想起させる ところから、勧めの表現になったものと思われる。 現在形+「ほうがいい」(読むほうがいい。)は、 直接、勧めの表現にはならない。勧めの表現は、 比較の表現から発展したものである。

18 希望の表現 連用形+「たい」
こうしてできあがったものは 一種の形容詞になる。 対象を表す助詞は「が」か「を」か、問題になる。 「水○飲みたい」では「が」が正しいと思われるが、 一般の例では「を」が多い。 この問題を「水○飲みたい」で代表させるのは適当ではない。

19 希望の表現 テの形+「ほしい」
「ほしい」は単独の形容詞としても用いられる。 動作を欲求の対象とするときは、 テの形+「ほしい」とする。 「*Vことが ほしい」とする間違いがタイの学生に多い。

20 許可の表現 テの形+「も いい」
類型に「〜ても かまわない」がある。

21 義務の表現 否定のバの形+「ならない」
類型に「〜なければ いけない、 〜なくては ならない、 〜なくては いけない」がある。

22 禁止の表現 テの形+「は いけない」
許可の否定に当たる。
[例]読んでもいいですか。
   いいえ、読んではいけません。
類型に「〜ては ならない」がある。

23 不必要 「〜なくても いい」

24〜26 条件の表現
27 伝聞の表現 叙述形+「そうだ」
読むそうだ。      読んだそうだ。
 読まないそうだ。  読まなかったそうだ。
 読んでいるそうだ。・・・・
のように「そうだ」の前には叙述形が来る。
形容動詞の場合も同じ。
静かだそうだ。 静かだったそうだ。

28 様態の表現 連用形+「そうだ」
「読みそうだ」「うれしそうだ」。 できあがったものは一種の形容動詞になる。
様態の意味は述語の種類によって次のように分けられる。
  1. せまい意味の様態 このうなぎはおいしそうですね。
  2. 切迫 あ、花びんが落ちそうだ。
  3. 予測 今度の試合には負けそうだ。
  4. 未発 あの人なら別荘を買いそうだ。
1.は、主に形容詞、2.は、ある種の瞬間動詞で、 話し手がその現場を目撃するという状況の場合、 3.は、Aに当てはまらない瞬間動詞。 以上はすべて無意志動詞であるが、 4.は、意志動詞という点で上の3つと異なる。

29 受身の表現「読まれる」
   直接の受身間接の受身
自動詞     雨に降られる。
親に死なれる。
他動詞(行為者が明示される場合)
先生にしかられる。
(行為者が明示されない場合)
この雑誌は毎月10日に発売される。
(持ち物)私は財布をとられた。
(部分)太郎は顔をなぐられた。
(==)次郎は顔に石を投げられた。
(その他)隣に大きなビルを建てられた。
日本語の受身の特徴は表を横に見た「自動詞の受身」ではなく、 表を縦に見た「間接の受身」である。 「私の財布がとられた」は間違いか、とよく学習者が質問する。 新聞、雑誌などで最も多用される受身は、 直接の受身の行為者が明示されない形である。

30 使役の表現「読ませる」
強制が使役の形の基本的な意味である。 使役表現の広がりとして、 次のようなやりもらい(32〜35)の表現と組み合わせた 謙譲の言い方を挙げることができる。
[例]手伝わせていただきます。

31 使役の受身の表現
この形には長形と短形がある。
32〜35 やりもらい(授受表現)
やりもらいの表現は、 だれがだれのために行う動作か、という点で 次の3つに分けられる。
  1. 自行他利「やる、あげる、さしあげる」
  2. 他行自利「くれる、くださる」
  3. 自行自利「もらう、いただく」
それぞれの動詞の違いは、尊敬の対象による違いである。 この中では 2.の間違いが多い。
やりもらいには、単なる品物の授受と、 動作・恩恵の“授受”がある。 前者では、上に挙げた動詞が本動詞として用いられており、 後者では、補助動詞として用いられている。
[例]太郎は次郎にノートをあげた。(品物の授受)
   太郎は次郎にノートを見せてあげた。(動作・恩恵の授受)