熟語、成句、慣用句をめぐって

熟語、成句、慣用句とはどんなものか、
どんな種類があるか。この議論は別の機会にする。
ここでは、これらに対する私の考えだけを述べる。

フィンランド語には熟語、成句などが少ない?

フィンランド語を学び始めたころ、 熟語や成句、慣用句が一切ない言語だと思った。 少したったころも、慣用句などの少ない言語だな、 と思い続けていた。 ある研究会で「フィンランド語には慣用句などが少ないですね」 と言ったら、 「それはその学習書の方針の問題。それはあるでしょう」と 言われた。 最近になって、フィンランド語にも、多くはないが、 そういうものがないわけではない、と悟った。
慣用句などは、よほど使用頻度の高いもの 以外は初歩の段階では紹介すべきではない、と思う。 当たり前のことながら、初歩の教科書では その言語の基本構造を教えるべきだ。

ドイツ語の名詞はほとんどすべて慣用句を作る?

ドイツ語では、 普通の独和辞典でも、 ほとんどすべての名詞には、 それと他のことばとを組み合わせた言い方が載っている。 これすべて熟語、成句あるいは慣用句というわけだ。

日本語の慣用句

熟語や成句や慣用句は歴史や文化と結びついて生まれる。 日本語はこれらが多いほうである。 日本語学習者の中には、熟語、成句、慣用句に 興味を持つ者がいる。 また教師もそのような教材を用意する。 すると、例えば「人体部分を含む慣用句」などに興味を持ち、 これを集めてみようという学生が出てくる。

実用○○語検定試験に出る慣用句

実用○○語検定試験というのがある。 しかし、問題を見てみると、実用に役に立つような ことを問題にしているわけではない。 前置詞の問題、理屈では解けない問題、 知っていなければ分からない問題などだ。 熟語、成句、慣用句の問題も多い。 これらは知らなければ解けない。
「実用」と銘打っても、 実用性を直接 計っているのではなく、 どれだけ勉強したかを、あまり使わない熟語を 知っているかどうかで計っている、としか考えられない。 あるいは、出題する教師の方も どんな問題が「実用」のためにいいのか分からないので、 今まで慣れ親しんだ問題しか出せないのだろうと思われる。

おわりに

その国の文化や歴史を学ぶために 慣用句は重要だ、という主張がある。 しかし、言語の学習者としては、これが逆になる。 つまり、慣用句を理解するために、 文化や歴史のことを知る必要がある、と考えるのだ。
これは、何のために言語を習うのか、という問題と関連する。 これは別に考えてみよう。
インターネットで見ると、 イタリアの新聞、例えば Lastampa の TuttoScienze には、 ガリレオ・ガリレイの伝統のせいか、 天文学の話がよく載る。 こういう文章には文化的な慣用句は出てこない。 一般に科学的な文章にはこれらは出てこないだろう。 だから、私は好んで読む。