2000年3月25日(土)〜4月2日(日)。

歴史の華咲く古都 ブダペストとウィーン・プラハ・ベルリン 9日間

参加者23人+添乗員
一人参加の男性 吉川を含めて5人
一人参加の女性 2人
熟年夫婦 5組
姉妹 1組
4人家族 1家族
   
日 程 
3月25日(土)成田 → ベルリン
  26日(日)ベルリン
  27日(月)ベルリン → プラハ
  28日(火)プラハ
  29日(水)ブラハ → ウィーン
  30日(木)ウィーン → ブダペスト
  31日(金)ブダペスト
4月1日(土)ブダペスト
  2日(日)帰国

3月25日(土)

成田 → ベルリン
5時20分に起き、5時52分に家を出る。 7時 新宿。8時43分 成田空港第2ビルに着いた。 3階の出発ロビーに人が大勢いる。 柵の中に入るのに並んだが、預ける荷物がなかったから、 並ばなくてもよかったのだ。 9時8分 受け付け。1番か。
9時50分〜55分 説明。添乗員は○○さんという若い女性。 出国審査の部屋に入るのに並ぶ。出国審査でまた並ぶ。家に電話した。 10時38分 やっとC86ゲートへ。11時10分 機内に入る。 49K席。窓際だが、スチュワーデスがつめている「調理台」のすぐ横だ。 11時30分 動き出した、と思ったら、いったん止まって、47分に飛び立った。 頭痛薬を2錠 飲んだ。
9時30分 食事。 日本と目的地とは時差がある。 飛行機の中では時間はどう流れているのか、図をかいたりして 考えてみた。
10時10分〜20分。学校の先生と娘にはがきを書いた。 はがきは機内にあった航空会社の絵はがきを使った。
添乗員、時差のため時計を直しなさい、とうるさかった。 まだロンドンに着いていないのに直しなさい、と言う。 こちらは着いてから直すことにしているのに。
11時25分 着陸。==ロンドン時間 2時25分。 予定より 40分 早く着いた。
ロンドン・ヒースロー空港
バスでビルディング間を移動する。 はがきを出したいので、ポストがないかと探したら、あった。 切手はどこで売っているかと聞いたら、本屋で売っていると言われた。 38ペンスの切手4枚一組で売っている。2枚をはがきに貼って出した。 もう1枚 息子に宛てに書いて出した。
乗り継ぎ便を待っているとき、 大学時代の同窓生に似た人を見かけたので、 慎重に近づいて行って声をかけたら、やはり同窓のKさんだった。 やはり東欧ツアーで来ているが、スロバキアに行く分だけ 日程が1日 多い。あとは我々のツアーの日程と大体 同じだ。 「また会うね」と言って別れた。
7時50分 発、8時 動き出す。 9時25分 着陸。==ベルリン時間 10時25分。10時35分 出る。
ドイツ ベルリン
テーゲル(Tegel)空港で添乗員、出口を間違えた。 左側に Ausgang とあるのに、どんどん右の方へ行ってしまう。 いったん立ち止まって、また行こうとする。 やっと間違いと気が付いて、もどった。 日本語を話すドイツ人のガイドが出迎えていた。 10時57分 バス発。ホテルの部屋の鍵、開けにくい。

3月26日(日)。くもり。


寝たのは 12時10分。この日からサマー・タイムで1時10分。 爆睡したが、3時に目が覚めた。また寝て、次に4時、6時40分と目が覚めて起きた。 朝食後、7時5分から18分までちょっと外に行ってみたが、何もなかった。 市電が近くを走っており、川があった。
ドア、不調。同行の人が手伝ってくれたが、開かなかった。 フロントへ行って、開けてもらうように頼んだ。 ドイツ語で言ったのに、英語で答えやがる。
昨日と違うバスが来た。 きのう 23席ぎりぎりで、添乗員、ガイドのMさんに 「席が多いバス、手配できなかったんですか」と怒っていた。 ガイドさん、携帯電話で会社に連絡していた。
ガイドのMさん、 1年間 日本の日本語学校で日本語を習ったと言う。
Mさんの日本語を直してあげた。
「正面でブランデンブルク門です」と 必ず場所名詞に「で」を付ける。
また「○○年に建てられました」でいいところを 「建てられていました」と言う。
これは注意したら、直った。
夕食。 7時30分〜8時30分 ホテルで。サーモン。 昼食の方がおいしかった。
早めに食堂に行ったので、先に飲み物のメニューを見付けた。 シェリーがあったので、それがいいと思った。 添乗員が値段表を読み上げる前にそれを注文した。 おいしかった。5deで5マルク。
6人は食事の時間に少し遅れて来た。 Mさんが最寄りの電車の駅を教えてくれたので、 2時間ぐらいでどこぞへ行ったのだ。 最寄りの駅と言っても、ホテルからかなり離れている。 それで遅くなったようだ。
ウェイター、その遅れて来た人に 先に出しやがって。

3月27日(月) 

ベルリン → プラハ
3時に目が覚めた。夢を見ていた。 また寝て、次に4時30分に目が覚めた。 眠れないので5時30分に起きてしまった。
6時15分 モーニング・コール。 45分から朝食のところ 30分に早く行く。 ラウンジで見たドイツ語の新聞に ポケモンのことが出ていた。
7時30分 出発。 車窓からの景色を一々言ううるさい奥さんがいた。 「あれ、あんな所に汽車が」とか「かわいい教会」とか。
8時54分 トイレ休憩。 ここでドイツ語の新聞を買ってしまった。 朝 見たそのポケモンのことが出ている新聞だ。
9時19分 出発。51分 高速道路出口。 Ausfahrt とは「高速道路出口」の意味と分かる。 マイセンの方に曲がった。 高速道路だが、前より少し細い道になった。 平野の中を進んで行く。
10時30分 マイセンに着いた。
マイセン 陶磁器工場、陶磁器博物館 見学。
こちらが帰りかけたとき、Kさんらが入って来た。
◎陶磁器作りのデモと説明の日本語が完全に同期していたので、 デモの人、日本語が分かるのかと思って聞いてみたが、 そうではなかった。
12時10分 出る。
ドレスデン 昼食 1時。 左出口に座ったら一番 最後に料理を持って来た。 右出口だったら、最初だったのに。
ツヴィンガー宮殿
ブリュールのテラス
『君主の行列』
小雨。広場は寒かった。現地ガイドが遅れて来た。 添乗員、英語を通訳する。
  
美術館 傘を預ける。 出口で休んでいると、イタリアの学生らがいて、少し話した。
4時25分 ドレスデン出発。
「MULLER」の「U」の上に小さい「E」 の乗った表記の看板を見た。
チェコに向う。山道に差し掛かる。 雪が残っている。
5時46分国境。 こういう国境超えは初めて。 人がバスに乗って来て一人一人パスポートを見る。 これはドイツ側。
チェコ 両替所はサービスがわるい。 込んでいても、もう一つの窓口を開けようとしない。 夕食にビールが付いているから、両替は明日でもいい、 と添乗員に言われたので、両替しなかった。
プラハ 夕食のレストランまで暗くなった町をだいぶ歩いた。 夕食はビール付き。木の椅子がばか重たい。
ホテル 風呂場はタブになっているが、 小さくて風呂ではない。シャワーしかできなかった。 12時に寝た。

3月28日(火) 

午前 小雨
3時20分に目が覚めた。 また寝て、次に5時20分に目が覚めた。
朝、ホテルで両替した。20ドルが 640コルナになった。 「20ドルをコルナにしてください」というフレーズが ちょうど『旅の会話集15 ハンガリー、チェコ、ポーランド語』 という本にあったので、それを使った。 Promente mi dvacet dolaru na koruny.
午前 プラハ城。カレル橋。バーツラフ広場。 午後 自由行動。
現地ガイドは若い日本人の男。 プラハ城の衛兵はハンサムな男がなると言う。
「触ると願いがかなう。触ると警報音が鳴る」と レベルの違う話をする。
黄金の小道 今は「すりの小道」と現地ガイドの男が言う。 カフカの住まいだったという No.22 の家 (今は店になっている)の前で写真を取った。 プラハの写真集、日本語はトランスレーションがまずい、 どうせならチェコ語のをと思って手に取ったのを レジに持って行ったら、これはポーランド語だ、 とレジの人に言われた。あちゃあ。 この写真集は写真の説明だけで、長い文章がないから、 日本語版でもよかった。
カレル橋いろんな国から学生たちが来ている。 何語を話しているのかな、と聞き耳をたてた。イタリア語に似ているようで 少し違う。それはポルトガル語だった。
Erpet ガラス製品を売る店。 ここで解散。この店では紅茶などのサービスがある。
昼食 レストランで一人参加の男性たちが ウェイトレスを見て「いい被写体になるなあ」などと言っていた。 それで Mohu si vas vyfotografovat? (写真とってもいい?)と 聞いてやった。Ano(いい)という返事だった。
午後 電車に乗ろうと切符を買ったが、 添乗員に、参加者の1人で足の不自由なおじさんと いっしょにいて、と言われた。 おじさん 買った物を持っているので、 いったんホテルにもどることにした。 また、足がわるいので地下鉄やバスは無理と思って、 タクシーに乗ることにした。 近くに止まっていたタクシーにホテルまでいくらかと聞くと、 400コルナと言った。 それなのに、着いたら、メーターには 550ぐらいと出ていて 500コルナ払わされた。 おじさんが払った。おかしなメーターだ。
ホテルの自動販売機 これは硬貨を食べるだけだ。 コーラの自動販売機に 25コルナ入れたが、 コーラが出て来なかった。
インターネット・カフェ 1分3コルナと書いてある。E-mail ができるという。 しかし、自分のアドレスが特定のところに登録してないと、 できないらしい。
少し早いが、4時に夕食を食べに ホテルを出た。 ホテルのミニバスで 250コルナで市街地まで行く サービスがあるのを見付けた。
4時20分ごろ着いた。 寒い。街角にテントを張っただけのコーヒーなどの 飲み物を出す店があった。 そこにいると、ストーブをたいていて暖かいことは暖かい。 コーヒーが 70コルナと高い。
30ドル両替した。No Commission と書いてあってもあぶない。 Service Charge というのが別にあるのだ。 Commission は 97.60コルナと高かった。
夕食は中華。 添乗員が中華を食べに行きたい人を募っていたので、 いっしょに行くことにした。 500コルナか1700円。1コルナ 3.4円になるわけだ。 料理はおいしかったが、部屋がど暑かった。 我慢できなくなって「暖房を切ってくれ」と言った。 中国人らしい従業員、無言でにこりともしない。 が、窓を開けてくれた。すこし温度が下がった。
帰りはタクシー。 添乗員が店の人に頼んで呼んでくれ、 300コルナとしてくれた。 3人 乗ったので、1人 100コルナだった。

3月29日(水) 

プラハ → ウィーン
5時20分に起きてしまった。 6時にモーニング・コールのベルが鳴った。 朝食に行ったとき、ロビーでまたKさんに会った。4回目。
7時30分 出発。8時40分 トイレ休憩。 9時 出発。10時20分 チェスケー・ブジェヨヴィツェに着いた。
チェスケー・
ブジェヨヴィツェ
Budweiserビールはここの地名に基づくとか。 時間の都合で先にビール工場見学をする、と言う。
工場見学 こちらの都合で勝手に時間を変えていいのかな、と思った。 案の定、都合がわるいらしい。受付けで添乗員「ノーノー」 と言っている。30分も待てないということらしい。
工場のガイド、チェコの人で英語を話す。 ビール工場 見学で、添乗員が英語を通訳する。
11時50分〜12時20分 広場まで歩いて行く。 そのときドイツ人の運転手にドイツ語で話してみた。 バスでデンマークやイタリアにも行くことがある、と言う。
12時20分レストランで昼食
チェスキー・
クロムロフ
廃虚のような岩山の下のトンネルをくぐって行くと、 水の豊富な川が流れている。 広場まで行ったが、お城には行かなかった。
広場で休んでいるとき 女の子を二人 連れたお母さんがいた。 ツアーの仲間の1人が英語で話しかけた。 私も近づいて行って、 会話の『本』を見ながら、チェコ語で その女の子の年を聞いてみた。
ここの自由時間は長く、寒かった。 2時40分から4時30分までだ。4時45分 出発。
水は大きいのを買うといいと思った。 特にチェコでは安いから。 イタリアに行ったときは、水をラッパ飲みする人は いなかったが、ここではラッパ飲みする人も何人かいた。
オーストリア 国境超えは一人一人パスポートを係り官に見せる。 係り官はそれをコピーしていた。
両替20ドルと 22,000リラが 375シリングになった。 手数料はどちらからも取る。 端数が出ないように手数料を加減しているようだ。
ウィーン 夕食のレストランを探すのに手間取った。 運転手が大声のドイツ語で何か言っているのが聞こえた。 狭いところで大きなバスをUターンさせるのがうまいので、 思わず、みんな拍手した。
ホイリゲ 夕食はホイリゲというところで。 陽気なおじいさん2人が音楽を奏でていた。 特に、日本のメロディーもやってくれていた。
飲み物の注文を取りに来るので、ワインを注文してしまった。 あとで夕食には飲み物 付きだと知った。

3月30日(木) 

ウィーン → ブダペスト
4時に目が覚めた。6時20分、40分に起きた。 8時〜30分 朝食。9時 ホテル出発。
シェーンブルン宮殿 日本人のおばさんガイド。 主にマリー・テレジアの話。
イセタンチョコレート2箱と モーツアルトのCDを買った。
2時17分、昼食後 出発。 オーストリアはあわただしかった。
添乗員、バスの中で音楽のテープを流す。 ドイツではベートーベンの曲。シンフォニー第九と第二だった。 チェコではドボルザーク、スメタナの曲だった。 オーストリアではウィーンを出て ハンガリーのブダペストに向うとき、 ウィンナー・ワルツだった。 これをうつらうつら聞いていた。 リズムに合わせて時々“3人の楽団”が前列に現れるような 感じがした。
3時15分国境
ハンガリー 
3時40分やっと通過した。 50ドル両替した。4時8分 出発。
5時〜7分 パンノンハルマにちょっと寄る。 岡の上に立つ修道院。ハンガリー語 最初の文書があると言う。
カセットのコードがすぐスパゲッティ状態になってしまう。 2回もほどいた。雨になった。5時35分ごろ虹が見えた。 7時 ブダペストに近づいた。
ブダペスト 橋を渡る。 ホテルの場所が分からなくて 20分ほど町をぐるぐる回る。 思わぬ“観光”になった。
ホテル添乗員「ノーノーノー」と 言っている。食事の時間をどうしても8時にしてほしいと。 9時15分から「ドナウ川クルーズ」に行く人がいる、 自分がウェイター(ウェイトレス)をするから、と。 実際、食事時に飲み物のワゴンを引いて注文を受けていた。 トカイを飲んでみようと「トカイ」と言ったが、 彼女「トカイは....」と言ってついでくれない。 それで、普通のワインにした。 トカイは 700フォリント、 普通のワインは 300フォリントだった。
ホテルの部屋は 606号室。エレベーターに乗ったら下に行って しまった。ありゃ、タオルで体を覆った女性が乗って来た。 下にはプールがある。
食事時、イタリアの学生が大勢いた。 サッカー選手の写真を見せてきたことからイタリア語を話した。 紙にひとことイタリア語を書いてもらった。 添乗員 イタリアのツアーによく行くようで、 イタリア語が話せる。 寄って来て、いっしょにその書いてもらったものを読んだ。
飲み物代に古い 500フォリント札を出したら、使えない、 と言う。
数人が「ドナウ川クルーズ」に行ったが、私は行かなかった。。 ガイドは日本語を話すアニコさんという人だそうだ。 「私が日本語が話せる理由は」と言い出した。 「主人が日本人です」と言う。 2時間 足らずでみんな帰って来た。

3月31日(金)


6時20分 目が覚めた。 30分 モーニング・コール。
ガイドはレーカさんと言う。 「じゃ、お集まりのバスにお乗りください」と言ったのが 最初に聞いた彼女の日本語だ。 レーカさんの日本語にはまいった。 上手、見事。抑揚、気持ちの入れ方などしゃべり方もとてもいい。 添乗員や日本人ガイド顔負けだ。 教科書にないような表現・語彙を使う。
レーカさんにどこで日本語を習ったか聞いたら、 日本に5年間 住んでいたと言う。 大学はどこかと聞いたら、そのとき中学生だった、と言う。
レーカさんに「日本語が上手だから、 写真を取りたい」と言ったら、「美人だからでしょ?」と 言い返された。実際、美人だ。そして、冗談に「1枚 千円」 と言われた。
8時 出発道の左右にローマ時代ごろの 遺跡があった。
ドナウベント 望遠鏡が壊れていた。 20フォリントのコインを食べりゃがって。
エステルゴム 9時26分。9時55分〜10時10分 写真タイム。
土産物屋10時50分〜11時14分。
センテンドレ 12時5分。
コバーチ・
マルギット博物館
レーカさんの説明がいい。絵はがきを買いそびれた。 「絵」はがきを1枚だけ買った。
12時45分 出発 
ブダペスト 1時12分 ペストにもどって昼食。 レーカさん 大ビールを勧める。
英雄広場2時40分。 2年前に行ったことがある。 今回はその裏手にも回った。 裏手にはサーカス場や遊園地や動物園や有名な温泉があった。 レーカさん、英雄の一人一人について説明した。 どれも聞かせる話だ。
聖イシュトヴァーン大聖堂 3時10分〜45分。
漁夫の砦4時40分〜5時。 ここで集合写真を取ることになった。1600フォリント。
王 宮 跡そこまで歩かされた。 足のわるいおじさん、一番 最後になった。 何もない。説明を聞いただけ。
マーチャシュ教会 6時 ミサ中5分間だけ中に入れた。
6時15分 ホテルにもどる。7時15分 ホテルを出発。 夕食はフォークロア・ディナーショー。 民族音楽に合わせて人が踊る。 民族衣装を着た女の人が来て、いっしょに写真を取る。 それをお皿に張ったものを売るわけだが、買わなくてもいい。 1000円か 2400フォリントだと言う。 2000フォリントなら買おうと思っていたが、買わなかった。 男性と女性に別れて座った。 ビールビンを床に立てて、目隠しをして歩く。 プロは上手にできる。 お客の一人が挑戦した。 目隠しをしたら、店の人がビンを取り除いてしまった。 お客が上手に歩けたつもりで、 目隠しを取ると、床にビンがない。 そこでお客がびっくりする。そういう余興もあった。
ゲレールトの丘夜景を見る。
明日の外出に際して 添乗員が「レーカさんも被害にあったことがあるので、 強制的にパスポートを預けてもらいます」と言う。 それでみんなパスポートを添乗員に渡した。

4月1日(土)

6時30分 モーニング・コール。7時 朝食。 11時までにもどってこなくてはならないので、 きぜわしないと思ったが、中央市場に行くことにした。 添乗員が先に切符を1人1枚ずつ買って来てくれていた。 ちょうどタイミングがわるく、切符の注文のとき自分は 食堂にいなかったので、僕の分はない。 添乗員はトラムで温泉に行くのだそうだ。 中央市場に行くには地下鉄がいい、と地下鉄での行き方を 教えてくれた。
7時35分 数人で中央市場に出かける。 地下鉄の方へ歩いて行った。自分は切符を5枚 買った。 Deak ter で乗り換え。次の線でどっちの方向に行けばいいか、 おばあさんに聞いた。 4つ目の駅で降りてから、どっちへ行けばいいのか みんな知らない。 一度 地上に出てしまった。またもどったが、一時、 仲間を見失ってあわてた。 通りかかった男に nagy pianc へはどう行くのかと聞いた。 すると、その男、ハンガリー語でまくしたてた。 そしてその男の指さす方向に行ってみた。 「中央市場」は Vasarcsarnok と言う。 これを知っていればよかった。
中央市場 8時20分〜9時30分。 まず、トカイがあるか見た。小さなびんに入ったのが 450フォリントだった。3 puttons のだ。 もっと上ので小さいびんのがないかと聞いたら、 ないと言うので、仕方なくそれを買った。
2階でトカイを飲んだ。 5 putton のが 1de(デシリットル)で 600フォリントと 書いてある。それを頼んだ。すると、ばかにたくさん コップに入れる。そして、1200フォリントだと言う。 ここに 600と書いてあるよ、と指さすと、 小さいコップを持ち上げて、600フォリントのはこれだ、 と言う。それでいい、とその小さいコップに入れてもらった のを飲んだ。
地下鉄は乗り換えの度に切符が必要なのに、 行きには1枚の切符で来てしまった。 あとで聞くと、うっかりして「罰金」を取られた人が 4人いたそうだ。1人 1300フォリント。
切符は1枚 95フォリントで5枚 買っておいた。 その中の1枚は来るとき使った。 残りの4枚をおじさんに見せたら 「これ 100フォリントか」と言って、硬貨を見せる。 「そうだ」と言うと「切符 どうせ使わないでしょう」と 交換してほしい、と言う。 それで、1枚を 100フォリントと交換した。 乗り換えの度に切符が必要と分かったとき、 もう1枚 上げた。 自分がもう1枚 使って、5枚 全部 なくなった。
駅からホテルにもどる途中でネクタイを 売っていた。100フォリントから。 みんな「安い」と言って買っていた。
10時20分 ホテルにもどる。
10時50分〜11時50分 ソファーで待つ。
11時50分バス発。パリ経由 帰国へ。
添乗員、僕の機内持込みの荷物が大きいことを心配して 「この(肩掛け)かばんはいいんですよ。 免税品の袋ならいくらでも持ち込める。 免税品の袋に入れ替えて」などと言ってくれた。
空港でトカイを買った。5putで 18.5DM。 6putは 59.5DM と3倍以上する。 残ったフォリントを再両替しようとしたら、 窓口が閉まっていて出来なかった。
2時20分 ブダペスト発。窓側。隣の女性に disembarkation カードの書き方を質問された。 「permanent domicile」の意味が分からないらしかった。 このカードは結局 要らなかった。 その人の名前は「良子」と書く。 何と読むのか、試された。「ながこ」と読むのだと言う。 うちの娘はSUOMIというと言うと、音がきれい、 と言った。しかし、フィンランドのことをSUOMIと 言うとは知らなかった。
4時35分 定刻にパリ到着。 パリ・ドゴール空港 フォリントはここでは両替 出来ない。 関西に帰る人たちと別れる。 添乗員は今度はそちらに乗る。 7時 発のところ 50分 遅れて、7時50分に飛び立った。 席は58Hで右窓側の一番 後ろだ。中央の列だったら、 もっと後ろがある。
機内のテレビと新聞で「有珠山爆発」と 「自由党 連立を離脱」のニュースを知った。 スチュワーデスが新聞はいかがと歩いて来た。 通路の向こうの人は「野球が始まったから、 スポーツ新聞が見たい」と言った。 僕は「どうせフランスに来たんだから、 フランス語の新聞がほしいよう」と言ったら、 スチュワーデス「すごいですね」と言う。 そして、フランス語の新聞を持って来てくれた。 Le Figaro だ。

4月2日(日)

1時40分 定刻に到着。 2時35分 京成線の電車。3時47分 日暮里。 4時40分 新宿で特急に乗る。5時35分ごろ自宅に着いた。


補うこと

ドイツだったかチェコだったか、 レストランを出るとき、ボーシとくつで を表している トイレの表示を見た。 珍しいと思ったので、写真に取っておこうと思ったが、 少し暗いところだったので、取らなかった。



レーカさんの日本語 にはまいった。 教科書に出ていないような表現、語彙を使う。
  • 世の中が変わり果てる
  • 跡形もなく消える  
  • 立て込んでいる  
  • ご案内させていただきます  
  • 新品同様  
  • ほろ酔い  
  • か弱い女性  
  • 全く顔が違う  
  • 雲一つない  
  • インパクトがある  
  • ダントツ  
  • 焼け落ちる  
  • 出店  
  • 短い一日ではありましたが  
  • 足早に  
  • いたらない点  
  • どじをやる  
  • どちらかというと  
  • 〜という感じがしないでもない  
  • 売れすじの作品  
  • 二人だけの世界に没頭している  
  • 夜も昼もなく  
  • 不思議な雰囲気が漂っている町  
  • 見どころ  
  • 世界征服を企む  
  • 貧乏人のかたを持つ  
  • とんち話  
  • こじんまりとした  
  • 二人ぐらいしか入れないと思えるほどの大きさのチャペル  
  • 鳥の巣のあるじ  
  • 間違っても落とさないように

おわり