| 情報発表時刻 | 2011年3月11日 15時1分 |
| 発生時刻 | 2011年3月11日 14時46分ごろ |
| 震源地 | 三陸沖 |
| 緯度 | 北緯38.0度 |
| 経度 | 東経142.9度 |
| 深さ | 10km |
| 規模 | マグニチュード 7.9 |
| 震度7 |
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| 震度6強 |
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| 震度6弱 |
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| 震度5強 |
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| 震度5弱 |
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| 震度4 |
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| 震度3 |
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| 震度2 |
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| 震度1 |
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- 2011 03
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明治三陸地震 1896年(明治29年)6月15日 死者:2万1915名 行方不明者:44名 昭和三陸地震 1933年(昭和8年)3月3日 死者1522名 行方不明者1542名 チリ地震津波 1960年(昭和35年)5月22日 死者142名 VTR 東日本大震災 2011年(平成23年)3月11日 |
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三陸沖地震、宮城沖地震との関連性わからず (2日前) 2011年3月9日 20:39 日テレ
政府の地震調査委員会委員長で東京大学・阿部勝征名誉教授は、9日昼前に発生した三陸沖の地震について、「将来、発生が懸念されている宮城沖地震と共通点はあるものの、震源の距離が約100キロも離れていて、関連性は判断できない」と述べた。 9日昼過ぎから文科省で開かれた政府の地震調査委員会の定例会では、昼前に発生した三陸沖の地震について報告は行われたが、データなどが間に合わず、評価や議論は行われなかった。その後の会見で、調査委員会の阿部委員長は、個人的な感想と断った上で、「プレート境界で発生する逆断層型地震など、想定される宮城沖地震と共通点はあるものの、9日の地震の震源が東に約100キロも離れていて、現時点では関連性は判断できない」と語った。 政府の地震調査研究推進本部によると、想定される宮城沖地震は、今後30年以内に発生する確率が99%と全国で最も高く、宮城県内の一部で震度6強の強い揺れが予想されている。また、阿部委員長は、9日の震源付近では、過去に発生した地震後に比較的規模の大きな余震が1週間程度続いたことがあるとして、余震活動に十分注意してほしいと話している。
長周期地震動、都庁のエレベーターも一時停止 (2日前) 2011年3月10日01時44分 読売新聞
9日昼前に三陸沖で発生し、宮城県内で震度5弱を記録した地震の影響で、48階建ての東京都庁第一庁舎(新宿区、高さ243メートル)ではエレベーター40基が一時停止した。 都庁のある新宿区は震度2だったが、超高層ビルなどを大きく揺らす「長周期地震動」で揺れが大きくなったとみられる。 同庁舎では地震発生後に揺れを感知するセンサーが作動して、エレベーター42基のうち、地下駐車場に設置された2基を除く40基が管制運転となり、近くの階に自動停止。乗客を降ろした後、揺れが収まるまで数分間止まった。同庁舎には職員らの移動用のほか、展望室直通の観光客用のエレベーターもあるが、中に閉じこめられた職員や観光客はいなかった。 |
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ほぼ全域で震度4 県民の暮らし直撃 津波養殖施設に被害 (2日前) 2011年3月10日 読売新聞
津波で被害にあった大船渡湾の養殖施設(9日午後3時48分) 9日午前11時45分に起きた三陸沖を震源とする地震で、ほぼ全県にわたる広い地域で震度4を観測した。大船渡には地震発生の31分後に60センチ、久慈にも1時間28分後に50センチの津波が到達した。大船渡では1人が軽傷を負った。避難勧告は、大船渡、洋野、普代の3町村で出たほか、各地で自主避難する人もいた。公立高校は入試の最中で、宮古などでは試験を一時中断し、終了を遅らせる学校もあった。津波で養殖施設が被災したほか、壁が剥がれるなどの被害も相次いだ。新幹線をはじめ鉄道各線は一時運転を見合わせ、携帯電話もつながりにくい状況となった。
県総合防災室によると、盛岡や宮古など22市町村で震度4を観測し、全市町村で震度2以上だった。その後も余震が続いた。 大船渡市赤崎町では89歳の女性が避難する際に転倒、頭を切る軽傷を負った。津波は、釜石でも午後0時18分に40センチ、宮古でも同1時4分に30センチを観測。大船渡は1996世帯、5555人に避難勧告が出て、住民らは高台に避難、洋野や普代でも計343世帯に避難勧告が出た。陸前高田、大槌など6市町で計454人が自主避難し、各地で消防団員らが水門を閉め警戒した。宮古市田老では停泊していた小型漁船が転覆した。津波注意報は午後2時50分に解除された。 県教委によると、大船渡、大槌、宮古、山田、田野畑の計38校で、集団下校や教室待機などの措置が取られた。釜石中では職員室と多目的ホールの壁が幅5センチ、長さ約1メートルに渡って剥がれ落ち、鵜住居小でもトイレの鏡が割れた。 遠野の授産施設「石上の園」では壁や瓦が、滝沢村では中学校の外壁タイルが脱落、鵜飼の民家で屋外ホームタンクが倒れて灯油100リットルが流出した。盛岡では、県立博物館の展示室スポットライトが落下、青山小で廊下のタイル、厨川中で壁が一部剥がれ、障害者支援施設「しらたき工房」の屋根材が一部落ちた。
三陸沖地震養殖施設再び津波被害 (2日前) 2011年3月10日 読売新聞
三陸沖を震源に9日正午前、栗原、登米両市と美里町で震度5弱を観測した地震は、太平洋沿岸部に3時間余り津波注意報が発令されるなど一時緊迫した。約1年前のチリ地震による津波被害から復旧中の三陸沿岸の養殖施設は再び、津波に襲われ、この日に実施された公立高校の入試会場にも悲鳴が響いたという。
■いかだ50台流される 気仙沼市の杉ノ下漁港にある津波計は9日午後0時22分頃、95センチの津波を観測。同18分頃には石浜漁港でも78センチの津波が観測された。マグロ漁船船主の佐々木長利さん(50)は「地震直後に10センチほど潮が引き、40分後に高さ50センチほどの津波が来た」と話した。 県漁協などによると、津波で養殖用いかだなど約50台が流された。南三陸町の志津川湾では整然と並ぶワカメの養殖施設がくの字に曲がり、気仙沼市のカキ養殖いかだも流された。 三陸沿岸は昨年2月のチリ地震による津波の被害を受けたばかりで、漁業者からは落胆の声が広がった。昨年の津波で収穫量が3分の1に減少した気仙沼市大浦地区では、今回で34台の養殖施設のうち約20台が流された。同地区の養殖業男性(72)は「昨年に続いて、収穫が始まったばかりの時期に来た津波。今年は成育が悪く、かつてなく収穫量が落ちる」とため息。 県漁協志津川支所は「ワカメの収穫の最盛期で頭が痛い」と話した。
■県沖地震との関連 仙台管区気象台は9日、記者会見し、「今後も最大震度4程度の余震が予想される」と注意を呼びかけた。発生が想定される県沖地震の想定震源域と今回の地震の震源は約100キロ離れ、「関連はない」とした。東北大の松沢暢(とおる)教授(地震学)は「今回の地震で、近接する県沖地震の震源域に力がたまり、県沖地震の発生が早まった可能性がある」と話した。
三陸沖震源の地震相次ぐ、宮城などで震度3 (1日前) 2011年3月10日03時57分 読売新聞
10日午前3時16分頃、三陸沖を震源とする地震があり、盛岡市、宮城県気仙沼市、福島市、茨城県常陸太田市、新潟県南魚沼市など広い範囲で震度3を観測した。また、同3時45分頃にも、三陸沖を震源とする地震があり、宮城県石巻市、栗原市などで震度3を観測した。 気象庁によると、震源の深さはいずれも約10キロ、マグニチュードは6・2、6・1と推定される。 これらの地震により、多少の潮位変化がある可能性があるが、被害の恐れはないという。
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宮城県で震度4、9日の余震か 福島で一時、津波注意報 2011/03/10 10:14 【共同通信】 (1日前)
10日午前6時24分ごろ、宮城県で震度4の地震があった。気象庁によると、震源地は牡鹿半島の東沖約130キロで震源の深さは9キロ。マグニチュード(M)6・8と推定される。気象庁は一時、福島県沿岸に津波注意報を出した。 9日に宮城県北部で震度5弱を観測した地震の余震とみられ、東北から関東、北陸、東海の広い範囲で揺れを観測した。10日も午前3時16分に東北や関東、北陸で最大震度3(M6・2)など余震が相次ぎ、9日以降の有感の余震は30回を超えた。 気象庁は記者会見で「M6級の余震も複数ある。活動は徐々に収まってくると考えられるが、今後1週間程度は最大震度4程度の余震の恐れがある」と注意を呼び掛けた。 JR東日本によると、東北・山形・秋田・上越・長野100+ 件の各新幹線は平常通り運転している。 また、9日の地震100+ 件の津波で養殖施設が流された岩手、宮城両県で漁協関係者らは10日、被害状況を確認するための本格的な調査を始める。 |
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http://typhoon.yahoo.co.jp/weather/jp/earthquake/2011-03-11-14-46.html
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http://typhoon.yahoo.co.jp/weather/jp/earthquake/2011-03-11-15-15.html
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11宮城県北部で震度7の地震、M8.8推定 2011.3.11 14:55 サンスポ
11日午後2時46分ごろ、宮城県北部で震度7を観測する地震があった。 気象庁によると、震源地は三陸沖(北緯38.0度、東経142.9度、牡鹿半島の東南東130km付近)で、震源の深さは約10km、地震の規模(マグニチュード)は再修正され8.8と推定される。 この地震で気象庁は大津波・津波の津波警報を発表した。東北地方太平洋沿岸、北海道太平洋沿岸中部、茨城県、千葉県九十九里・外房、伊豆諸島。これらの沿岸では、直ちに安全な場所へ避難するよう呼びかけている。これ以外に津波注意報を発表している沿岸もある。 震度3以上の地域は次の通り。 震度7 宮城県栗原市 震度6強 宮城県北部 宮城県中部 震度6弱 岩手県沿岸南部 岩手県内陸南部 宮城県南部 震度5強 岩手県沿岸北部 岩手県内陸北部 福島県中通り 福島県浜通り 震度5弱 山形県村山 震度4 秋田県沿岸南部 秋田県内陸南部 山形県庄内 山形県置賜 茨城県北部 震度3 山形県最上
福島第1・第2原発が自動停止 2011年3月11日 15:28 日テレ
東京電力」によると、地震により、福島第1原発の1号機、2号機、3号機は全て自動停止した。また、福島第2原発の1号機、2号機、3号機、4号機も、自動停止した。 新潟・柏崎原発は11日午後3時20分現在、問題なく運転している。 原発停止による電力供給の影響については、現在調査している。
お台場のビルから炎 九段会館でけが人 (03/11 15:32) TV朝日
現在まで警視庁に入ってきている都内の被害の状況です。地震の発生直後、東京・江東区お台場のビルから火が出たと通報がありました。ビルの屋上付近から出火していて、現在も延焼中ということです。けが人などの情報はまだ入ってきていません。また、足立区竹ノ塚でも住宅火災が起きたという通報があり、確認作業が続けられています。千代田区九段の九段会館では、天井が落ちて少なくとも3人のけが人が出ているということです。
【地震】宮城北部で震度7、関東でも震度5弱 (03/11 16:20) テレ朝
午後2時46分ごろ、宮城県沖を震源とする大きな地震がありました。宮城北部は震度7、東北と関東の広い地域で震度5弱以上の揺れを観測しました。 地震の規模はマグニチュード8.4に修正されました。余震が続いています。注意して下さい。この地震で関東から東北地方・北海道の太平洋岸に大津波警報が出ています。津波はすでに到達しています。できるだけ高い所に避難してください。宮城県や岩手県には大津波が押し寄せていて建物や車などが多数流されています。東京・千代田区の九段会館では、建物に大きな被害が出て多数のけが人が出ている模様です。東京電力によると、関東地区、神奈川、茨城、栃木、埼玉、千葉、群馬、静岡の405万戸が停電しているということです。「切れた電線が非常に多いので触らないようにしてほしい」ということです。岩手県の宮古港では津波が押し寄せています。警視庁によると、東京・江東区砂町4丁目の劇薬を扱う会社で気化した薬品を吸って2人が倒れているということです。
地震:羽田は運航再開 成田は閉鎖 2011年3月11日 19時16分 更新:3月11日 23時8分 毎日
地震の影響で混雑する羽田空港=2011年3月11日午後6時37分、尾籠章裕撮影 成田国際空港会社は地震の後、滑走路2本とも閉鎖し点検に入った。亀裂などは見つかっていないという。管制官は避難した。ターミナルや空港内で火災の発生はなく、旅客は一時駐車場など屋外に避難させた。 国土交通省東京空港事務所によると、羽田空港は地震直後から点検したが、4本の滑走路に異常は見つからず、11日午後4時までに運航を再開した。ターミナルなどにも被害はないという。ただし、空港につながっている東京モノレールや京急電鉄の運転がストップした。
車、家屋のみ込む大津波、堤防から濁流「むちゃくちゃ」 2011.3.11 19:59 産経
沿岸の街は水没し、家や車が高波に跡形もなく流されていった。11日午後、東北を中心に発生した震度7の東北・太平洋沿岸地震。建物の天井が落ち、窓ガラスは割れて散乱し、道路には亀裂が走った。あまりの激しい揺れに逃げ出す人々。目の当たりにした惨状に「むちゃくちゃです」と呆然(ぼうぜん)と立ち尽くした。 仙台市南部を流れる名取川河口付近。ビニールハウスと民家が並ぶ地帯は、一瞬にして津波に襲われた。10メートル以上の高さの濁った水が川を逆流、堤防を超えた。 津波は田園地帯に流れ出し、炎上する民家も飲み込んだ。堤防付近の幹線道路にも押し寄せ、走っていたトラックや乗用車がなすすべもなく流されていった。 太平洋から2キロの仙台空港(宮城県名取市、岩沼市)にも津波は押し寄せた。敷地内には乗用車などが流れ込み、2本の滑走路は濁流に埋まった。 突然の激しい揺れに、市民はパニック状態に陥った。宮城県登米市の職員は「地面にもひびが入り、パニックに近い状態」。宮城県警若柳署の女性職員は電話で「今揺れています。庁舎前はむちゃくちゃです。建物を出ます」と慌てた様子で応対した。
百貨店など店が立ち並ぶ仙台市青葉区。男性は「2分ぐらい揺れた。最初は横に揺れ、だんだんその揺れが大きくなった。船が揺れるような長い揺れだった」と青ざめた。建物からは多くの人が飛び出し、ビルからはがれきが落ちてきた。余震も続き、下校途中の小学生たちは泣き叫んだ。 宮城県庁では大きな地震を予告するチャイムが鳴った直後に激しい縦揺れと横揺れが10秒近く続いた。 仙台市青葉区宮町の女性会社員(38)は「家の中のものがいっぱい壊れた。ガラスも割れた。裸足のままで家から飛び出した。荷物を取りに戻るのも怖い」。近くの会社から避難してきた同市青葉区の会社員(38)は「ビルから飛び出し、高い建物がないところまで飛び出してきた。家族と連絡が取れず不安だ」と話した。 青森県八戸市でも腰に達する高さの津波が襲った。道路を茶色い濁流が縫うように流れていった。 茨城県日立市の「日本AEパワーシステムズ」日立工場では「窓ガラスが割れ、外れた階段のナットも落ちてきた」と従業員。茨城県大洗町でも船が横倒しになったりひっくり返り、港が泥だらけになった。
3階まで大津波、家や車は濁流にのみこまれる 2011年3月11日20時29分 読売新聞
しぶきをあげて海面を走る津波、茶色の濁流に次々とのみ込まれる車や住宅、真っ赤な炎や黒煙を上げる石油コンビナート――。
11日午後、東北と関東、そして首都圏を襲った東日本巨大地震は、国内観測史上最大となるマグニチュード8・8を記録し、多くの人々の命を奪った。特に宮城、岩手の両県では、津波の直撃で沿岸の街々がゴーストタウンと化し、建物の倒壊や土砂崩れも各地で発生した。余震は夜になっても続き、避難所に逃れた人たちは恐怖に声を震わせた。 大津波が3階まで押し寄せた。宮城県では三陸沿岸の町を巨大津波が相次いで襲った。気仙沼市では多くの家や車が濁流にのみこまれ、流された。時間が経過するに従い、被害が広がりをみせている。仙台新港で「高さ10メートルに達する大津波が襲った」との情報がある。午後4時には気仙沼沿岸を6メートルの津波が押し寄せた。名取川沿いに津波が駆け上ったとみられる。
宮城県警の南三陸警察署は、庁舎3階まで海水が押し寄せた。また、石巻市大街道地区では、住宅の軒下にまで津波が達した。ずぶぬれになった男性が「電話を貸してくれ」と叫んでいた。「車に人が閉じこめられている。手を貸して」と声をからした。 その近くで、赤ちゃんを抱いた若い女性が「幼稚園に通う子供たちと連絡が取れない」と余震におびえていた。 県や県警に入った情報によると、七ヶ浜町で死者が出ているとの情報がある。仙台市宮城野区で中学生とみられる1人が津波にのみ込まれ、行方不明となっている。 石巻市北上では住宅10棟が津波に流され、行方不明者が出ている模様だ。仙台港南防波堤では住民20人が取り残されている。仙台港にまで浸水被害があった。 県は「気仙沼市内は広範囲にわたって水没している」とし、被害状況はつかみきれていない。 塩釜市によると、同市沖の浦戸野々島で10棟が流された。島民約300人は中学校に避難しているという。
地震:屋上避難1万人 各地で火災 仙台 2011年3月11日 21時49分 更新:3月12日 1時16分 毎日
宮城県によると、同県気仙沼合同庁舎に約200人、公立志津川病院に約300人、県庁に約100人が避難し、県内で100万戸が停電している。仙台市内では火災が各所で発生し、同市内の学校5校の屋上に避難した児童や住民らが取り残されている。市立中野小学校では約600人が屋上で救助を待っていたが、自衛隊や消防のヘリによって12日未明までに約150人が救出された模様だ。 仙台市宮城野区では男子中学生1人が波に流され行方不明になった。太白区向山の旅館が倒壊し、3人が閉じこめられた。 石巻市北上町白浜で住宅10棟が津波で流された。同市では落下物により1人が死亡し、内海橋で多数の行方不明者が出ている模様だ。名取市の仙台空港の滑走路は浸水している。南三陸町、女川町では津波により住宅などが水没。東松島市内では裏山が崩れ70人が取り残された。 通信会社社員の関敏ひこさん(61)は仙台市中心部にある35階建てビルの21階で仕事中に最初の揺れに遭遇した。「まるで荒海の船内のようにオフィスが上下に揺れた」。周囲の書類やパソコンなどが飛び散る。女性社員ら同僚を気にかけながらも、とっさに机の下に潜り込むのが精いっぱいだった。窓の外を見ると、向かいの高層ビルが振り子のように揺れ、10メートルはあるアンテナが折れ、垂れ下がっていた。仙台駅の方からは黒煙が上がっているのが見えた。「仙台に一体、何が起きたんだ」。自宅には83歳の母を残しているが、共働きの妻ともども、連絡が取れていない。
5強を記録した柴田町の職員は「緊急地震速報が地震がくる15秒くらい前に出たので警戒はできた。しかし、長い揺れが2〜3分続き、立っていられない状態だった。多くの人が机の下に入っていた」と話す。役場ではロッカーなどから書類がたくさん落ち、ロッカーも倒れた。庁舎周辺の住宅の屋根瓦が落ちた。職員は「内陸なので海岸沿いの地帯はない。けが人などは現在防災担当などが会議中でよく分からない」と戸惑った様子だった。 涌谷町では、地震発生当時は議会開会中だった。横揺れがひどく、職員は何とか立っていられるほどの揺れを感じた。03、05年にも大きな地震があったが、今回はそれ以上で、揺れはなかなか収まらなかった。午後5時半現在、町内で道路の陥没が10カ所以上起き、5、6カ所は道路の通行が困難だという。 仙台市消防局によると、同局が把握しているだけで、火災21件▽救助43件▽救急搬送46件▽ガス漏れ7件−−の出動事案があった。宮城大学は12日に予定していた入試後期日程の延期を決めた。
仙台市によると、同市沿岸部では津波を避けて建物屋上などに計約1万人が避難している。 ◇避難所は灰皿にろうそく 避難所になっている仙台市若林区の文化センターでは、約400人が灰皿にろうそくを立てて、身を寄せ合っていた。80歳の母親と避難した会社員、小林茂雄さん(53)は「母の体調が心配だ。いつまでここにいるのか分からない」と不安そうに話した。母親は肺の病気を患っており、酸素ボンベが必要だが、あと1晩しかもたないという。また同区の主婦、成田妙子さん(69)は「避難所にはラジオもなく情報が何も入ってこないので不安だ」。
家屋や畑、次々のみ込み=「こんなに迫ったことない」−上陸の津波、広範囲で・宮城 2011/03/11-21:23 時事
大地震で発生した津波は、東日本の太平洋岸に相次いで上陸、勢いを落とすことなく、家屋や畑、車を次々とのみ込みながら、市街地に迫った。「こんなに迫ったことはない」。住民らはこれまでにない規模の災害に言葉を失った。 NHKなどの映像によると、仙台市の仙台湾に午後3時50分に上陸した津波は、名取川の河口付近から数百メートルの幅を維持。真っ黒い波を不気味に揺らし、水面に何台もの車や材木、大型の漁船などを浮かべ、畑の方向へと一気に進んだ。畑では整然と並んだビニールハウスを次々となぎ倒し、広範囲にわたって巻き込んだ後も収まらず、一部が近くに流れる名取川に合流。川の流れは逆行し、付近は一面水に漬かった。 近くでは走行中の車もあり、津波に気付き、一斉に逆方向に逃れたが、一部はのみ込まれた。波がいったん収まると、沖からは第2波が。横一列に白い波を立て、再び陸地を脅かした。海岸から約1キロにある仙台空港(宮城県名取市)でも津波が押し寄せ、滑走路の大半が土砂で埋まった。駐車場では車やバスがひっくり返ったまま。建物屋上には救助を求める人の姿もあった。 福島県相馬市の港では、津波が大きく渦を巻きながら陸へと押し寄せた。同港近くの複数の家屋で火災が発生。波は住宅地へと浸水していった。 青森県八戸市の港では同5時ごろ、津波が引き始め、陸上からライトが点灯したままの車が海に向かって流されるなどした。複数の大型の船が打ち上げられ、陸に横倒しで転がったまま。約30分後には通行するトラックの姿も確認できた。 宮城県気仙沼市長磯船原の主婦(62)によると、自宅裏のJR気仙沼線近くに、船の浮き玉が津波で流されてきた。「津波がこんな身近に迫ったことはない…」と言葉を詰まらせ、「近所のアパートも流された」と肩を落とした。
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栃木県内は震度6強 1人死亡55人負傷 2011年03月12日 朝日 栃木 11日午後、三陸沖で発生した東日本大震災で、県内でも宇都宮市で震度6強を観測するなど各地で強い揺れを記録。芳賀町のホンダ工場で従業員の男性1人が壁に挟まれて死亡したほか、那須烏山市で民家4棟が倒壊し、2人が行方不明になるなど大きな被害をもたらした。
午後2時46分に発生した最初の地震で震度6強を観測したのは宇都宮市のほか、真岡市と大田原市、高根沢町。震度6弱が那須塩原市、那須町、芳賀町、那珂川町。それ以外のほとんどの市町で震度5強以上を観測した。 県警や県の対策本部によると、芳賀町下高根沢の本田技術研究所四輪R&Dセンター12号棟で、設計フロアにいた従業員の菱沼正之さん(43)が、倒壊した壁や天井に挟まれて死亡した。さらに1人と連絡がとれないという。棟内には一酸化炭素が充満、警察が救出のために踏み込めない状態が続いた。 那須烏山市では民家4棟が倒壊した。このうち同市神長では土砂崩れで2棟が倒壊。南那須地区広域行政事務組合消防本部によると、古谷正彦さんと妻の節子さんが行方不明になり、同本部や那須烏山署などが捜索を続けた。 下野市小金井4丁目の国分寺中学校では体育館天井の石膏(せっこう)ボードが落下、頭を切るなどして生徒26人が軽傷を負った。当時、1、2年生の約320人が集会を開いていた。 鹿沼市上野町では、地震後に瓦の状態を見ようと屋根に上った男性(66)が転落、腰の骨を折る重傷を負った。益子町塙では、下校中だった益子西小の生徒1人が倒れてきた道沿いの塀でけがを負い、病院に搬送された。日光市では店内でスピーカーが落ちるなどして5人が負傷した。
宇都宮市大谷町の民家の敷地では直径10メートル、深さ8メートルの円形の陥没が起きた。けが人はなかったが、車や納屋が穴に吸い込まれるように傾いた。近くの市道にも長さ7メートル、幅2メートル、深さ50センチの陥没が起きた。 那須塩原市井口の国際医療福祉大学病院では病棟などが大きく揺れ、190人前後の入院患者や職員が建物の外に避難するなどした。大田原市の大田原赤十字病院では患者の一部を市の体育館などに緊急避難させた。 宇都宮市や矢板市、さくら市で建物火災が複数発生。那須町では老人ホームの調理室から出火したが、いずれもけが人はなかった。 県の対策本部によると、56万8千軒が停電となった。各地で停電により交通信号機が停止。警察官が手信号で交通整理にあたったが、市街地や幹線道路で渋滞が発生した。 交通網では、東武鉄道とJRがいずれも県内の全線で不通。日光市足尾町のわたらせ渓谷鉄道足尾―間藤間では高さ1・5メートル、幅約100メートルにわたって土砂が崩れ、線路が埋まった。高速道路は東北道、北関東道、日光宇都宮道のいずれも全線で不通。国道408号もがけ崩れで通行止めになった。 県によると、午後7時現在で、県内の人的被害は死亡1人、重傷5人、軽傷50人、行方不明2人。
気仙沼で大規模火災、陸前高田市街壊滅的被害 2011年3月12日00時35分 読売新聞
しぶきをあげて海面を走る大波、茶色の濁流に次々とのみこまれる車や住宅、真っ赤な炎や黒煙を上げる石油コンビナート――。 11日午後、東北と関東、そして首都圏を襲った東日本巨大地震は、国内観測史上最大となるマグニチュード8・8を記録し、大津波が町を跡形もなく消し去った。特に宮城、岩手の両県では、沿岸の家々ががれきの山と化し、夜になって数百人の遺体が見つかった。余震は続いており、避難所に逃れた人たちは恐怖に声を震わせた。津波は前例を見ないほど広い範囲で太平洋沿岸の町を襲い、大きな被害を与えた。 青森県では地震発生直後、八戸市で2・7メートルの津波が押し寄せた。八戸港に停泊中の大型漁船は陸に押し上げられ、車やプレハブ小屋ものみ込まれた。県警本部などによると、同市にある紙製品製造業のプレハブ事務所も流され、中にいた従業員約20人のうち6人が病院に搬送され、1人が足を骨折した。 海岸に近い八戸市立江陽小学校には住民が次々と駆け込んだが、停電のため電気は使えないまま。避難してきた住民らは、ろうそくをともし、いつでも逃げられるよう靴をはいたまま不安げに過ごしていた。
また、岩手県では陸前高田、釜石の両市の中心街や山田町などが壊滅的な被害を受けているとみられる。地震発生約1時間後、県警が上空から観測したところ、陸前高田市は市街地の約半分が波にのまれ、間もなく市街地が確認できなくなったという。山田町では午後3時半過ぎに役場まで水が押し寄せ、市街地全域が水没したとの情報もある。 陸前高田市に隣接する大船渡市の綾里地区でも中学生23人を含む計48人が行方不明になっている。 宮城県では三陸沿岸の町が巨大津波に相次いで襲われた。県警によると、仙台市若林区荒浜地区で200〜300人の遺体が発見された。このほか、気仙沼沿岸には名取川沿いに津波が駆け上ったとみられ、午後4時に6メートルの津波が到来。県は「気仙沼市内は広範囲にわたって水没しているようだ」とし、被害状況はつかみきれていない。 宮城県警の南三陸警察署は、庁舎3階まで海水が押し寄せた。また、石巻市大街道地区では、住宅の軒下にまで津波が達し、ずぶぬれになった男性が「電話を貸してくれ」と叫んでいた。「車に人が閉じこめられている。手を貸して」と声をからした。赤ちゃんを抱いた若い女性は「幼稚園に通う子供たちと連絡が取れない」と泣き出しそうな声で話した。 石巻市北上では住宅10棟が津波に流され、行方不明者が出ている模様。塩釜市によると、同市沖の浦戸野々島で10棟が流された。島民約300人は中学校に避難しているという。
福島県北部の南相馬市でも広い範囲で津波に襲われたとみられ、県相馬地方広域消防本部の担当者は「多数の死者が出ているようだ」と語った。現場近くは津波を警戒し、通行止めになっている。県によると、楢葉町では冠水のため40〜50棟の家屋が流されたという。 岩手県によると、花巻市の葛丸ダムの下流3キロ付近で土砂崩れが発生。その先の民家5棟と老人介護施設が孤立した。12日早朝、土砂の撤去作業を始める予定。 地震後には、流出した重油に引火するなどして、各地で大火災が発生した。 千葉県市原市では地震直後から、コスモ石油千葉製油所の石油コンビナートが炎上。液化石油ガス(LPG)のタンク付近が火元とみられ、その後も別のタンクで3度爆発があり、黒煙とともに数十メートルの激しい炎が上がった。この火災で30歳代の男性が全身やけどの重傷を負った。製油所に隣接するチッソ石油化学五井製造所の石油プラントも延焼した。 宮城県警によると、仙台市内にあるLPG施設でも、火災が発生。気仙沼市ではタンクから流出した重油に引火して大規模な火災が発生し、県は「甚大な被害が出ている」と発表した。市街地で大きな被害が出ているとの情報もある。
東北沖大地震:生産・物流ストップ トヨタ・ソニーも スーパー軒並み休業 毎日新聞 2011年3月12日 東京朝刊
11日発生した東北沖大地震によって、震源地の東北地方を中心に、東日本の広い範囲で経済活動がマヒ状態に陥った。自動車、電機、鉄鋼など基幹産業の主力工場は軒並み被災して多くは生産停止に追い込まれ、コスモ石油の千葉製油所(千葉県市原市)のように火災が発生した工場も相次いだ。列島を結ぶトラックや鉄道による物流網は寸断。広範囲で停電が起こるなどインフラも各地で機能不全に陥るなか、国内企業各社は従業員の安否確認などに追われ、事業活動正常化の見通しは立っていない。 東北地方には日本を代表する製造業の主力工場が多数立地しているが、大地震の影響で軒並み生産を停止している。 震度7を記録した宮城県栗原市と、震度6強だった同大衡村に工場を構えるトヨタ自動車グループのセントラル自動車は、地震発生直後に操業を停止。岩手県金ケ崎町に工場がある関東自動車工業も操業を止めた。
トヨタ紡織子会社のトヨタ紡織東北でも宮城工場(宮城県大衡村)のほか、北上工場(岩手県北上市)と金ケ崎工場(同県金ケ崎町)の3カ所で操業を停止した。 日産自動車は神奈川県内の横浜工場と追浜工場、栃木県の栃木工場、福島県のいわき工場の計4工場で生産を停止。このうち栃木工場といわき工場の鋳造工場で小規模な火災があったが、いずれも鎮火した。 ホンダは埼玉製作所(埼玉県狭山市)、栃木製作所(栃木県真岡市)、浜松製作所(浜松市)の3工場で操業を停止。栃木県芳賀町の研究施設では、天井や壁が崩れるなどして三十数人のけが人が出たほか、従業員1人が死亡した。また富士重工業も、本工場(群馬県太田市)など8工場で操業を停止した。 住友金属工業の鹿島製鉄所(茨城県鹿嶋市)は高炉2基の火は落としていないものの操業をとりやめ、従業員を避難させた。 ソニーは宮城県多賀城市、登米市、白石市、福島県郡山市、本宮市の計6工場で、従業員が避難し操業を停止。多賀城市の磁気テープなどを生産する工場では1階が浸水した。 東芝は岩手県北上市の半導体工場が操業を停止。富士通も岩手県金ケ崎町の子会社の半導体工場が停電し、操業を止めた。 パイオニアは青森県十和田市と山形県天童市の生産設備への被害を確認。キヤノンは宇都宮市などの工場で一時停電し操業を停止。ダイキン工業は鹿島製作所(茨城県神栖市)の生産をストップ。カシオ計算機も山形県の工場が停電でラインを停止した。
◆小売り 大手スーパーのイオンでは、利府店(宮城県利府町)で来店中の子ども客が死亡したほか、相馬店(福島県相馬市)で女性パート従業員が死亡した。他の店舗でも客や従業員にけが人が出た。11日は、東北地区133店舗のうち山形県内の6店舗のみ通常営業した。他の店舗は、建物の安全性を見たうえで営業を再開する方針だ。 一方、セブン&アイ・ホールディングスは、12日に宮城県災害対策本部にミネラルウオーター(2リットル)3万本などをトラックとヘリコプターを使って配送することを決定。ローソンも、宮城県など被災地の災害対策本部と連絡を取り、水(500ミリリットル)2万本などを配送する準備を進めている。イオンも被災自治体に水(500ミリリットル)3万本、おにぎり3万食などの支援物資の配送を予定している。 百貨店では、仙台三越(仙台市青葉区)が地震直後に臨時休業し、12日以降の営業は未定。首都圏でも、J・フロントリテイリングが大丸東京店など都内の店舗を地震直後に休業した。 食品メーカーでは、森永乳業の関連会社、東北森永乳業で、牛乳などを製造する仙台工場(仙台市宮城野区)の1階が津波で冠水。当面操業を停止する。サッポロビールも仙台工場(宮城県名取市)で製品や空き瓶が多数破損した。
◆エネルギー エネルギー関連では、地震の影響でコスモ石油千葉製油所の液化石油ガス(LPG)貯蔵タンクから出火、複数のタンクに延焼している模様だ。経済産業省原子力安全・保安院によると、1人が重傷、2人が軽傷。タンクの支柱が折れて破損し、ガスが漏れたのが原因という。製油所は全操業を停止した。 石油精製最大手のJX日鉱日石エネルギーでも11日夜、地震で操業を停止した仙台製油所(仙台市)のLPGタンク付近から出火。鹿島(茨城県神栖市)、根岸(横浜市)の両製油所も操業を停止した。一方、Jパワー(電源開発)は磯子火力発電所(横浜市)2号機と鬼首地熱発電所(宮城県大崎市)を、日本原子力発電は東海第2発電所(茨城県東海村)をそれぞれ停止した。
◆コンビナート 石油化学コンビナートでは、三菱化学の鹿島事業所(茨城県神栖市)が、エチレンやポリエチレンなど全プラントの操業を停止。設備の損害やけが人は確認されていないが、現在安全確認中で、操業再開のめどは立っていない。製品の出荷も中止している。 住友化学千葉工場(千葉県市原市、袖ケ浦市)も、設備への被害はなかったが、安全確認のためポリエチレンとポリプロピレンの製造プラントの操業を停止した。
◆宅配便・郵便 地震の影響で東日本は鉄道網が寸断、港湾や空港、道路網にも大きな被害が生じている。陸運では、ヤマト運輸が北海道と東北6県行きの全商品の荷受けや集荷を中止。関東地方行きについても、クール宅急便などの荷受けを中止した。他地域でも集荷や配達に大きな遅れが生じそうだ。郵便などでも配達遅れが見込まれる。また海運では、日本郵船所有の貨物船3隻が福島県内の港に停泊中に津波の被害を受け、航行できなくなった。
東北沖大地震:津波、流される命 激震、一瞬で倒壊(その1) 毎日新聞 2011年3月12日 東京朝刊
◇市街地は水没 福島、300世帯安否不明 突き上げるような激しい揺れが東日本を襲い、海岸線では大津波が住民や家屋をのみ込んだ。11日午後2時46分に起きたマグニチュード8・8の大地震。国内の観測史上最大と推定され、宮城県北部は震度7の激震に見舞われた。津波は最大で約10メートルに達した所もある。仙台市若林区では200〜300人が水死体で見つかり、福島県南相馬市では300世帯が安否不明との情報もある。陸海空の交通網はまひし、ライフラインも断絶する中、人々はかつて体験したことのない恐怖の夜を迎えた。
■宮城上空ルポ 見渡す限りの大地がヘドロのように濁った津波にのみ込まれていく。宮城県名取市の仙台空港をヘリコプターで飛び立った直後の11日午後3時55分過ぎ。津波がさっきまで自分がいた空港全体をあっという間にのみ込んだ。どれくらいの被害があるか見当もつかない。あの場にとどまっていたら……。血の気が引く思いで、夢中でシャッターを切った。 別の取材で青森県八戸市からヘリで東京に向かう途中、宮城県沖で機内の無線や携帯電話に流れたニュース速報で東北地方の大地震発生を知った。 仙台市内の上空を飛ぶと、ビル屋上に人々が避難し、白いヘルメットをかぶり身を寄せ合って立つ姿が見えた。工場の煙突が倒れ、駐車場で多くの車がぶつかり合っている。JR仙台駅前には人だかりができていた。
上空からの撮影を終え、午後3時50分ごろ、太平洋岸から約1キロにある仙台空港に給油のため着陸した。だが、パイロットが危険を感じて即座に離陸。その直後に津波が押し寄せて来た。陸地全域がみるみるうちに黄土色の波にのみ込まれた。倒壊した家の木材くず。自動車。空港に着陸していた飛行機。見渡す限りの光景が波にさらわれていく。津波で流された後で民家から炎が上がる。その民家は波間に漂いながら、なお黒煙を上げていた。ヘリの燃料がほとんどない中、約10分間上空から撮影を続けた。ふと海を見ると、巨大な白波が見えた。 海岸から約10キロ離れた山中の工場敷地に緊急着陸した。無事に陸地に降り立ち、一瞬だけほっとした。携帯電話はつながらず、公衆電話でタクシーを呼び、写真を本社に送信しながらタクシーで仙台市内へ向かった。約20キロの道のりは大渋滞で進まない。全域が停電しており、窓の外は暗闇だった。「この先どうなるのか」。被害状況も分からず、不安が募った。【写真・文 手塚耕一郎】
海上保安庁によると、石巻港に係留していた建造中の船1隻が津波で港内を漂流し、深夜から浸水し始めた。作業員約100人のうち、20人は岸壁に跳び移ったとみられるが、約80人が取り残されているという。第2管区海上保安本部(塩釜市)と自衛隊ヘリが救助に向かっている。
■岩手 岩手県警によると午後10時現在、県内7市町で34人が死亡した。沿岸地区を中心に多数の行方不明者が出ている。 宮古市の老人施設「ケビンハウス」では、入所者や職員が津波に巻き込まれ、行方不明になった。市内の別の老人福祉施設「あおぞら」では70人が孤立し救助を待っている。大船渡市内で建物の倒壊は300棟を超えた。スーパーの屋上で多数が救助を待っている。 陸前高田市では小友町、高田町、気仙町などが水没。県立高田病院の屋上には約200人が避難している。山田町の県立山田病院でも1階が浸水し、入院患者ら60人が2階に避難した。大規模な火災も発生しているが、道路が水没し、消火作業に支障を来している。 東北新幹線は盛岡駅と新花巻駅の間で停止。JR盛岡支社は乗客約1000人の受け入れを県に要請した。 宮古市ではヘリコプターから見たところ、市街地の5割が水没しているようだという。 盛岡市の盛岡駅前では鉄道が止まり帰れなくなった1000人近くが、一時宿泊所として開放された施設やバス内で過ごした。市は、夕方には駅前の2施設を宿泊場所として開放し、バス会社から10台のバスを確保。人々は、いすの上で毛布にくるまり、目を閉じていた。
◇仙台空港ビル、1300人が救助待つ 「海が迫ってきた」 「海がまるごと迫ってきた」。海岸から約1キロ離れた宮城県名取市の仙台空港のビルには地震後間もなく、1階の天井の高さに達する津波が押し寄せた。「上の階に逃げろ」。ビルに空港職員や乗客らの悲鳴が響き、ほとんどが3階に避難した。津波警報で家を飛び出した幼稚園児ら付近の住民や、近くの老人ホームの高齢者とスタッフもビルに集まり、11日午後9時半現在、約1300人がビル内で救助を待つ。 空港ビル職員の男性は電話取材に「信じられないほどの勢いで水が押し寄せた。映画のようだった」。同ビル職員の堀田智恵さん(37)は「空港ビル近くの駐車場の車が津波で流され隣のビルにぶつかった。(あまりの光景に)ぼうぜんと見ているだけの人が多かった」と震える声で話した。 ビルは地上3階建て。1階の防災センターに非常用の電力設備があるが、水浸しのためか作動しない。このため暖房も照明も使えず、寒くて真っ暗な中、携帯電話のバックライトを頼りに足元を照らし、テレビではなく携帯電話のワンセグ放送で情報を入手している。断水も続いており、ビルの土産物店のペットボトルの飲料を飲み、菓子や弁当を食べているという。一方、宮城県警によると、仙台市若林区荒浜の海岸近くで多数の遺体を発見した。津波による水死とみられる。【田中龍士、服部正法】
◇死亡が確認された方々 地震で死亡し身元が判明したのは次の皆さん。(敬称略) 《東京》江東区、会社員、谷安浩(64)《千葉》千葉市稲毛区、会社員、来摩民男(64)▽野田市、村田元克(67)▽習志野市、初田修(96)▽山武市、佐瀬祐雄(80)《群馬》館林市、無職、坂村正子(88)《栃木》さくら市、会社員、菱沼正之(43)《茨城》常陸太田市、冨岡慶子(75)▽常総市、無職、内海登志子(45)▽高萩市、無職、河井敏子(86)《宮城》気仙沼市、警察官、千田浩二(30)▽平間和夫(52)▽渡辺和彦(53)▽仙台市泉区、長山朝子(88)▽大崎市、青沼忠夫(86)▽大和正弘(47)▽相沢モリジ▽利府町、柴田和雄(5)▽多賀城市、斉藤公子(74)▽塩釜市、小島伝(77)▽七ケ浜町、本舘勝則(46)
東北沖大地震:津波、流される命 激震、一瞬で倒壊(その2止) 毎日新聞 2011年3月12日 東京朝刊■福島 ◇南相馬の老人ホーム、10人が死亡 十数人生き埋め 福島県内の各地の消防によると、同県北部の海岸部では津波によって新地町から南相馬市まで約30キロの住宅が壊滅状態。計4000世帯が水浸しだという。南相馬市の小沢、渋沢、金沢の3地区で300世帯の安否が不明で、消防の担当者は「朝になればもっと悲惨な状態が分かるだろう」と話した。 県などによると、津波や火災などで死者や行方不明者が相次いだ。南相馬市原町区の老人ホーム「ヨッシーランド」では施設が倒壊、十数人が生き埋めになった。職員と入所者計約200人のうち10人の死亡を確認した。多数ががれきの下敷きになっている模様。 相馬市によると、同市尾浜で6〜8人乗りの市社会福祉協議会のワゴン車が津波に流され3人が死亡。同市馬場野のスーパーでは壁が崩れ、店内にいた20代女性が下敷きになり死亡した。いわき市では火災で2人死亡、津波にさらわれて年配の男女2人が死亡した。 須賀川市滝本郷地区の区長によると、簀ノ子川上流の藤沼貯水池の堤防が決壊。住宅5棟が流され、中学2年生から90歳までの4人が行方不明。 新地町によると、沿岸部の約500棟が津波に流された。JR常磐線新地駅の駅舎が流され、列車も横転している。同町の相馬火力発電所では、浸水のため作業員1000人が取り残されており、自衛隊が救出に向かったという。 さらに、白河市では家屋倒壊や土砂崩れで計9人が行方不明。大熊町でも1人が重体、行方不明2人がいる模様。津波により、楢葉町では住宅40〜50棟が流されたり壊れたりしたという。 遺体安置所になった南相馬市の県立原町高校。夕方から白い布に包まれた遺体が次々と体育館に運び込まれた。床付近にある小さな窓越しに見ると遺体が数体、床に整然と並べられていた。入り口に警官2人が立ち、外部の人の出入りをシャットアウト。救急車が遺体を運んできたときだけ、救急隊員を通した。行方不明者を捜しているとみられる中年男女2人が訪れたが、遺体との面会はかなわず引き返した。
■宮城 ◇仙台、屋上避難1万人 各所で火災発生 宮城県によると、同県気仙沼合同庁舎に約200人、公立志津川病院に約300人、県庁に約100人が避難し、県内で100万戸が停電している。仙台市内では火災が各所で発生し、同市内の学校5校の屋上に避難した児童や住民らが取り残されている。市立中野小学校では約600人が屋上で救助を待っていたが、自衛隊や消防のヘリによって12日未明までに約150人が救出された模様だ。 仙台市宮城野区では男子中学生1人が波に流され行方不明になった。太白区向山の旅館が倒壊し、3人が閉じこめられた。 石巻市北上町白浜で住宅10棟が津波で流された。同市では落下物により1人が死亡し、内海橋で多数の行方不明者が出ている模様だ。名取市の仙台空港の滑走路は浸水している。南三陸町、女川町では津波により住宅などが水没。東松島市内では裏山が崩れ70人が取り残された。 通信会社社員の関敏ひこさん(61)は仙台市中心部にある35階建てビルの21階で仕事中に最初の揺れに遭遇した。「まるで荒海の船内のようにオフィスが上下に揺れた」。周囲の書類やパソコンなどが飛び散る。女性社員ら同僚を気にかけながらも、とっさに机の下に潜り込むのが精いっぱいだった。窓の外を見ると、向かいの高層ビルが振り子のように揺れ、10メートルはあるアンテナが折れ、垂れ下がっていた。仙台駅の方からは黒煙が上がっているのが見えた。「仙台に一体、何が起きたんだ」。自宅には83歳の母を残しているが、共働きの妻ともども、連絡が取れていない。
5強を記録した柴田町の職員は「緊急地震速報が地震がくる15秒くらい前に出たので警戒はできた。しかし、長い揺れが2〜3分続き、立っていられない状態だった。多くの人が机の下に入っていた」と話す。役場ではロッカーなどから書類がたくさん落ち、ロッカーも倒れた。庁舎周辺の住宅の屋根瓦が落ちた。職員は「内陸なので海岸沿いの地帯はない。けが人などは現在防災担当などが会議中でよく分からない」と戸惑った様子だった。 涌谷町では、地震発生当時は議会開会中だった。横揺れがひどく、職員は何とか立っていられるほどの揺れを感じた。03、05年にも大きな地震があったが、今回はそれ以上で、揺れはなかなか収まらなかった。午後5時半現在、町内で道路の陥没が10カ所以上起き、5、6カ所は道路の通行が困難だという。 仙台市消防局によると、同局が把握しているだけで、火災21件▽救助43件▽救急搬送46件▽ガス漏れ7件−−の出動事案があった。宮城大学は12日に予定していた入試後期日程の延期を決めた。 仙台市によると、同市沿岸部では津波を避けて建物屋上などに計約1万人が避難している。
◇仙台の避難所は、灰皿にろうそく 避難所になっている仙台市若林区の文化センターでは、約400人が灰皿にろうそくを立てて、身を寄せ合っていた。80歳の母親と避難した会社員、小林茂雄さん(53)は「母の体調が心配だ。いつまでここにいるのか分からない」と不安そうに話した。母親は肺の病気を患っており、酸素ボンベが必要だが、あと1晩しかもたないという。また同区の主婦、成田妙子さん(69)は「避難所にはラジオもなく情報が何も入ってこないので不安だ」。
◇「家が消えた」−−福島・白河 土砂に埋まる民家、何度も襲う余震−−。福島県南部の白河市に11日夜、入った。郊外の傾斜地にある葉ノ木平では、土砂崩れが発生し、数人が生き埋めになった。現場では消防と警察の救助隊員約30人が重機を使って懸命の救助活動にあたった。 現場では数十メートルにわたって裏山が崩れ、数軒の家が跡形もなく消えていた。気温0度。マスク姿の住民の男性は、ぼうぜんと救助作業を見守っていた。幅5メートルの道路は一部が数十センチにわたって陥没、破裂した水道管から出たと見られる水がひざの高さにまであふれ、民家の方向に次々と流れ込んでいた。 近くの自宅で製本所を営む女性(52)は「地震の直後に窓の外を見たら、一面に砂ぼこりが上がり、杉の木が音もなく次々と倒れた。あっという間に家が埋まった。中に80代の男性がいるようで心配だ」と話した。 取材中にも何度も揺れた。女性はおびえた表情で柱をつかみ、「いつまで大きな余震が続くのか」と話した。【遠藤孝康】
JR東、運転取りやめ=新幹線や在来線、帰宅困難者多数−仙台空港閉鎖・交通乱れ 2011/03/12-02:17 時事
東北地方太平洋沖地震の影響で、交通機関は11日、各地で大きく乱れた。JR東日本は東北、上越、長野など全ての新幹線と、首都圏、東北地方の在来線全線で同日中の運転を取りやめ、首都圏の私鉄各線や地下鉄も軒並み運転を見合わせた。 このため多くの帰宅困難者が発生、枝野幸男官房長官は同日夜、全省庁に帰宅困難者向けに駅周辺の公共施設開放などを指示した。 JR東や国土交通省によると、東北新幹線で上下10本、上越新幹線で上り1本の新幹線が駅間で立ち往生した。また宮城県東松島市の仙石線野蒜−東名間を走行していた列車1本が津波で流され脱線。岩手県大船渡市の大船渡線大船渡−下船渡間を走行していた2両編成列車も連絡が取れないという。 東海道・山陽新幹線は一時、全線で運転を見合わせた。首都圏の地下鉄や私鉄は夜になり、一部で運転を再開。終電時間の繰り下げや終夜運転を行った。 東北道や常磐道など高速道路49路線が通行止めとなった。首都高速も12日未明まで全線で通行止め。茨城県鉾田市では、国道354号の鹿行大橋が崩壊した。 国交省によると、仙台空港は冠水し閉鎖。山形、奄美、喜界の3空港も閉鎖された。成田空港も一時滑走路を閉鎖した。同空港と羽田空港でそれぞれ約1万3000人が足止めされた。日本航空と全日空によると、地震発生時に飛行中だった航空機は全機無事。ただ成田空港や羽田空港に向かっていた計61便が目的地を変更したり引き返したりし、乗客1万人以上に影響が出た。日航は11日の運航便のうち、国内線143便と国際線15便の欠航を決定。全日空も国内線168便と国際線21便の欠航を決め、両社合わせて約7万人の予約客が影響を受けた。また12日は日航が国内線38便と国際線8便、全日空が国内線36便、国際線18便の欠航を決めた。
仙台空港は滑走路水没…東北・関東大地震 2011年3月12日06時01分 スポーツ報知
仙台空港に押し寄せた津波にのみ込まれる車や軽飛行機。手前は建物の屋上に避難した人たち(共同通信社ヘリから) 11日午後2時46分頃、東北地方を中心とする東日本で強い地震があり、宮城県北部で震度7を観測した。地震の規模を示すマグニチュード(M)は8・8で、1923年の関東大震災のM7・9を上回る国内観測史上最大。世界でも歴代5番目の大地震となった。震源地は牡鹿半島の東南東130キロ付近で、震源の深さは約24キロ。 仙台市を南北に流れる名取川河口付近…海から押し寄せた巨大津波が川を逆流し、堤防からあふれ出す。船や車、住宅ものみ込み、畑を覆い幅数百メートルまで広がり続けた。茶色い濁流は、一段高くなった高速道路にあっという間に迫り、インターチェンジそばまで到達。接近する流れから逃れるように走り去る車や、慌てて車を降りて、走って逃げる人もいた。 仙台市の臨港地区にあるイベント会場「夢メッセみやぎ」では、港から向かってきた津波が駐車場の車を全てのみ込み、ぶつかり合って出火した車もあった。「ああっ、車を流された」と話す男性。「怖い、死にたくない」と泣き叫ぶ女性。過去に大地震を経験した60代の女性は「あのときは近所の人がいっぱい圧死した」とつぶやいた。 会場にいた約200人は、隣の3階建てビルの屋上に避難。臨月の30代の女性は「立ってられない。生きた心地がしない」と夫の手を握り、おなかにコートを掛けて救助を待った。 海に近い宮城県名取市の仙台空港も“水没”した。白いコンクリートの滑走路に濁流が流れ込み、みるみる辺り一面茶色に。車がひっくり返り、2本ある滑走路のうち1本が水没した。空港ビルの屋上には、ヘルメットをかぶった人、乗客とみられる人が大勢避難した。 宮城県警は夜になり、仙台市若林区荒浜で200〜300人の遺体が見つかったと発表。被害はますます広がりそうだ。 うち東京外国語大は16日、筑波大と東京海洋大は17日、電気通信大は19日に試験を延期。群馬大も時期未定で延期。前橋工科大と高崎経済大はセンター試験の得点で合否判定し、残りは延期かセンター試験のみで判定するか検討中という。
地震:仙台沿岸に300人遺体 気仙沼全域で火災 毎日新聞 2011年3月12日 1時32分(最終更新 3月12日 6時47分)
毎日新聞のまとめによると、12日午前0時半現在で、死者は少なくとも138人、行方不明者は531人に上る。重軽傷者は627人。都県別の死者は岩手57人▽福島42人▽宮城20人▽茨城、千葉5人▽東京4人▽青森2人▽神奈川、栃木、群馬1人。福島県内の消防によると、津波によって沿岸部の住宅密集地で約300人が安否不明になっているという。宮城県警によると、仙台市若林区荒浜で200〜300人の水死体が見つかった。名取市消防本部によると、市内の沿岸部でも遺体が見つかっている。
宮城県気仙沼市などによると、市内では午後6時半ごろから火災が発生し、市内全域に延焼。JR気仙沼駅と島部の大島地区で火災の規模が大きいとの連絡があり、陸上自衛隊員を派遣している。岩手県災害対策本部などによると、大船渡市三陸町の福祉施設「三陸の園」では30人が流された。綾里地区では中学生23人を含む48人が所在不明だ。宮城県石巻市では住宅10棟が流され、名取市の仙台空港も浸水するなど、東北の沿岸各地で多数の家屋が津波に流されている。 茨城県鉾田市と行方市を結ぶ国道354号の鹿行大橋は津波で倒壊し、走行中の乗用車が川に転落した。 福島県南相馬市では老人ホーム1棟が倒壊した。職員と入所者計約200人のうち多数ががれきの下敷きになり、十数人が生き埋めになった。同県・白河では土砂崩れが起き、5世帯8人が生き埋めになった。仙台市内では4人が生き埋めになったほか、火災が各所で発生。千葉県市原市や仙台市北部の石油コンビナートでは大規模火災が起きた。
港が、空港が、町が沈んだ…10メートルの大津波 2011年3月12日 06:00 スポニチ
東北地方太平洋沖地震で、東北や関東の太平洋沿岸を中心に巨大な津波が到達。岩手県、宮城県、福島県などでは多くの行方不明者が出ており、集落ごと流された地区があるとの情報もある。東京でも震度5弱を観測するなど関東地方でも強い揺れが起きた。震源から遠く離れた首都圏でも、火災や建物の一部が崩れるなどの被害が出て、死者やケガ人が多数出ている。 東北地方太平洋沖地震で、北海道、青森、岩手、宮城、福島、茨城各県には巨大な津波が到達。仙台新港で高さ10メートル、福島県相馬市で同7・3メートル以上を記録し、各地で多数の死者、行方不明者を出すなど甚大な被害を出した。専門家は大津波の規模を「100年に1度起きるかどうかの国内最大クラス」と分析した。 地震発生から約1時間以上経過した午後4時ごろ。宮城県名取市付近では、倒壊した建物のがれきや漁船が濁流とともに流れ込み、広大な田園地帯の光景が一瞬にして変わった。 海沿いにある仙台空港。白いコンクリートの滑走路に濁流が流れ込み、辺り一面茶色に。車がひっくり返り、2本ある滑走路のうち1本が水浸しとなり見えなくなってしまった。空港ビルの屋上には、ヘルメットをかぶった人、乗客とみられる人が多数避難した。 また、仙台市郊外では逃げるように急いで走る車の後ろをもの凄い勢いで津波が追い掛けた。宮城県警によると、石巻市の造船会社が所有し、約100人が乗った船が津波で沖に流された。
7メートルを超える津波を観測した相馬市では濁流が約5キロ内陸まで押し寄せ、数百棟の家屋がのみ込まれたとの情報も。市内の病院は負傷者の受け入れ態勢を整えたが、救急車が被災者にたどり着けない状況。開業医の早川知彦さん(50)の医院には数百メートルの距離まで津波が迫った。早川さんは28人が犠牲になった78年の宮城県沖地震に加え、95年の阪神大震災でも神戸市内で被災。「揺れは阪神の方がすごかったが、今回はゆらゆらと長かった。被害は相当ひどいのではないか」と話した。 93年の北海道南西沖地震では最大で高さ約30メートルの津波が北海道・奥尻島を襲い、犠牲者230人を出した。津波に詳しい独立行政法人「港湾空港技術研究所」の高橋重雄・アジア・太平洋沿岸防災研究センター長は「高さや被害域の広さとも国内で過去最大級」との見方を示した。
福島第二原発で作業員1人死亡 第一では2人が不明 2011年3月12日8時0分 朝日
東京電力は12日未明、地震の発生直後に福島県の福島第二原発で協力会社の作業員が死亡し、第一原発で社員2人が行方不明になっている、と発表した。 死亡したのは国勇(こくゆう)工業(同県相馬市)の男性作業員(54)。東電によるとハヤカワオサムさんで、詳細を確認している。クレーンを使って第二原発の排気筒の耐震工事をしており、地震後にクレーンの操縦室に閉じこめられていたという。別の作業員が、頭部から血を流しているのを発見した。脈や呼吸は確認できなかったという。 行方不明の2人は、いずれも第一原発第一運転管理部の社員で小久保和彦さん(24)と寺島祥希さん(21)。第一原発4号機から蒸気を受けて電気をおこすタービン(羽根車)の建屋にいたらしい。
「数キロ内陸まで津波」 東大地震研・佐竹教授 2011年3月12日10時16分 朝日
被災から一夜明けた12日朝、インド洋大津波など津波の調査経験が豊富な東京大学地震研究所の佐竹健治教授(地震学)が朝日新聞社機「あすか」に乗り、上空から被害の様子を調べた。 朝日新聞社機は東北地方を太平洋岸に沿って北上した。沿岸では田畑や住宅地が水浸しになっており、岩手県大船渡市から福島県相馬市周辺まで約150キロにわたって津波による壊滅的な被害を受けていることが確認された。 佐竹教授は「相馬市から仙台市、宮城県石巻市、大船渡市にかけては、岸から陸にむけて数キロの幅で広い範囲が浸水している」と指摘。海岸沿いで地盤が沈降したため、押し寄せた水がたまったままになっている可能性があるという。 佐竹教授は「インド洋大津波などで集落が消えてしまうような被害を見てきたが、同じような被害が日本でも起きるとは」と話した。 宮城県女川町では、海岸近くの住宅が広い範囲で押し流されているのが確認された。「女川では、住宅やビルの被災状況からみて、押し寄せた津波が湾で狭められて、高さが10メートル近くになったとみられる」という。
同県気仙沼市の沿岸部では、オレンジ色の炎と白い煙があちこちで確認でき、沖合へ流れ出た油が海面に広がっていた。「気仙沼で打ち上げられた船は、岸壁から1キロ近く押し流されている。津波の強さと高さを示している」と佐竹教授は話した。午前7時50分現在、火災は大船渡でも続いていた。 岩手県陸前高田市の海岸付近の低地では、ビルを除くほとんどの建物が壊され、押し流されていた。木造住宅が残っている高台とは対照的で、佐竹教授は「壊れた住宅のがれきが2、3階建てのビルの上に押し上げられており、ここでも津波の高さは10メートル近い。沿岸付近の家の壊れ方は予想以上にはげしい。海からの高さのわずかな差が、被害を大きく分けている」と話した。三陸沿岸の歴史的な巨大地震で、津波だけで千人以上の死者が出たとされる869年の貞観地震(M8.3)では、津波が当時の海岸から仙台平野では1〜3キロ、石巻平野では3キロ以上にわたって広がったことが、これまでの調査で分かっている。佐竹教授は「今回の巨大地震でも、貞観地震と同様のメカニズムで大規模な浸水が起き、多数の死傷者が発生した」とみる。 福島県沖から宮城県沖にかけての広い範囲で、陸から押し運ばれたとみられる流木やごみが沖合に帯状に連なる様子がみられた。場所によっては沖合10キロ近くまで広がっている。(山本智之)
【東日本大地震】100台以上のメルセデスベンツ炎上か 2011年3月12日(土) 10時29分 レスポンス
3月11日発生した東北地方太平洋沖地震(東日本大地震)で、茨城県日立市にあるメルセデス・ベンツ日本の車両置き場が津波を受けた後、火災が発生している模様。新車のメルセデスベンツ100台以上が炎上したとの情報もある。日立市には、輸入されたメルセデスベンツ新車を点検・整備する「日立新車整備センター」がある。日立港近くにある新車の車両置き場が津波の被害を受けて、一部の車両から出火、12日未明にかけて火災が発生した模様。12日朝の段階でも火は現在も完全には鎮火していない。浸水した車両も含めて200台以上のメルセデスベンツが被害を受けたと見られる。
米で男性1人流され死亡=西海岸、中南米に津波到達 (2011/03/12-10:30) 【ロサンゼルス、サンパウロ時事】米西海岸・アラスカ津波警報センターによると、東日本巨大地震による津波は11日(日本時間12日)、米西海岸や中南米諸国に相次ぎ到達した。CNNテレビは、米カリフォルニア州北部で津波の写真撮影を試みて波にさらわれた25歳の男性が死亡したと伝えた。 報道によれば、同州北部の港では高さ2メートル前後の波で小型漁船など50隻以上が押し流され、係留施設が一部損壊。ロサンゼルスやサンフランシスコの日本総領事館によると、現時点で在留邦人の被害情報はない。 メキシコ北西部沿岸にも津波が届いたが、潮位の変化は軽微で被害はなかった。南米チリでは太平洋に浮かぶイースター島で小規模な津波が観測され、政府は本土沿岸部に避難勧告を発令。非常事態が出されたエクアドルでも、ガラパゴス諸島や沿岸地域で高台への避難指示が出され、警戒のため原油の出荷が停止された。
宮城・茨城沖大地震で238人死亡〜警察庁 2011年3月12日 10:34 日テレ
警察庁などによると、12日午前9時30分現在、宮城・茨城沖大地震による死者は全国で238人に上っている。岩手県で74人、宮城県で51人、福島県で82人、東京都で5人、茨城県で10人、栃木県で3人、群馬県で1人、千葉県で9人、神奈川県で3人となっている。これとは別に、仙台市若林区で、津波で死亡したとみられる200〜300人の遺体を警察官が確認したという。 また、行方がわからなくなっているのは、全国で725人。青森県で3人、岩手県で134人、宮城県で42人、福島県で530人、茨城県で3人、千葉県で13人の行方がわからなくなっている。 ケガをした人は全国で1028人で、内訳は北海道で1人、青森県で48人、宮城県で166人、秋田県で4人、山形県で5人、福島県で167人、茨城県で349人、千葉県で82人、栃木県で90人、群馬県で18人、埼玉県で19人、東京都で49人、神奈川県で29人、高知県で1人となっている。岩手県では多数の負傷者が出ているということだが、まだ把握しきれていない。 宮城県警は、地震による行方不明者に関する相談ダイヤルを開設した。当分の間、24時間対応するという。 相談ダイヤル:022−221−2000
【地震】茨城などで橋崩落 高速・一般道通行止め (03/12 10:35) ANN
各地で橋の崩落などが相次いでいます。国土交通省によると、茨城県行方市の鹿行大橋は、長さ405メートルのうち中央部分の56メートルが湖に崩落し、走っていた車が転落した可能性があるとみられています。また、宮城県でも、国道45号に架かる気仙大橋が崩落したという情報があるということです。国土交通省のまとめによると、一般道では、東北地方を中心に203区間が通行止めになっているほか、高速道路も43路線が通行止めになっています。
福島第一原発1号機、燃料棒一部露出か 冷却剤の水位減 2011年3月12日11時4分 朝日
東京電力は12日、格納容器の圧力が高まっている福島第一原子力発電所1号機について、核燃料を冷やす冷却剤の水位が「マイナス」を示している、と発表した。水位は水面から燃料棒の上端までの深さで、値が大きいほど冷却に余裕がある。マイナスは燃料棒の一部が露出していることを示し、約4メートルある燃料棒のうち、50センチほどが水に漬かっていない状態だという。 同社は「(核燃料を覆っている)被覆管が溶けている可能性もあるし、ない可能性もある」と述べた。ただ、原子力安全・保安院は、燃料棒の一部の露出なら安全性は保てる可能性がある、としている。
【地震】死者613人 不明784人 地震・津波で 03/12 13:43 ANN
11日に国内の観測史上最大のマグニチュード8.8、宮城県北部で震度7を観測した大地震は東北地方を中心に甚大な被害をもたらしています。 警察庁によると、地震によって死亡した人は613人以上、行方不明者は784人で合わせて1300人を超えています。日本列島の太平洋岸には、今も広い範囲で大津波警報、津波警報が出ています。11日午後2時46分ごろ、三陸沖を震源として発生した地震の規模は国内の観測史上最大のマグニチュード8.8と推定され、宮城県北部で震度7、東北と関東の広い地域で震度5弱以上の強い揺れを観測しました。震度3以上の余震は今も観測されています。この地震で、北海道から静岡、和歌山、徳島、高知の太平洋岸に大津波警報が出ているほか、北海道から九州、沖縄の沿岸にも津波警報が出ています。また、日本海側にもすべての地方に津波警報や注意報が出ています。津波は広い範囲で何回も到達しています。海に近くにいる方は高いところに避難して下さい。気象庁によると、福島県相馬市で最大波7.3メートル以上の津波が観測されたほか、東北地方を中心に4カ所で最大波3メートル以上の津波が観測されました。警察庁によると、12日午前11時半現在、地震によって死亡した人は613人以上、行方不明者は784人で合わせて1300人を超えています。死者・行方不明者が最も多いのは福島県で、合わせて612人となっています。このほかにも、仙台市若林区の沿岸地区で200人から300人の遺体が発見されていて、死者はさらに増えるものとみられます。けがをした人は全国で1128人、全壊した建物は2500軒以上だということです。三陸沖を震源とする大地震の余震が続くなか、午前3時59分ごろには新潟県中越地方を震源とした大きな揺れがあり、長野県北部で震度6強、新潟県中越で震度6弱を観測しました。この後、午前4時31分ごろと午前5時42分ごろにも長野県北部で震度6弱の地震が起きています。
日産、津波などで新車2300台に被害 2011年3月12日
日産自動車は12日、茨城県日立市の日立港で、米国向け輸出のため保管していた自動車約1300台が津波で損壊したもようだと発表した。主に高級車ブランド「インフィニティ」の車両という。宮城県多賀城市の「宮城サービスセンター」にあった新車約1000台も津波で損傷を受けた。いずれも販売できる状態ではないという。
日産 出荷前の1300台、津波で損壊 日立港 2011年3月12日14時28分 朝日
日産自動車が栃木工場で生産し、米国へ輸出するために日立港(茨城県日立市)に保管していた高級車「インフィニティ」約1300台が、津波で損壊した。国内の販売会社へ出荷するために、宮城サービスセンター(宮城県多賀城市)で保管していた新車約千台も同じく津波で損壊した。 生産拠点などでは、エンジンを製造するいわき工場(福島県いわき市)や車両を組み立てる追浜工場(神奈川県横須賀市)など、関東・東北の各地の工場や、出荷用の岸壁の設備が壊れる被害が出た。週明けの14日は、部品の調達に支障が出るため、地震被害がほとんどない九州を含む全工場の稼働を取りやめる。その後の再開のめども立っていない。
街は消えてしまったようだ…上空ルポ 2011年3月12日14時43分 読売新聞
岩手県最南部にある陸前高田市の市街地。 いや、市街地があるはずの場所に住宅がほとんど見あたらない。街が消えてしまったようだ。かろうじて残るのは、鉄筋コンクリート造とみられる中層建築物だけ。その中の一つの屋上から、救助のヘリコプターにつり上げられている被災者がいた。 南の県境を越えるとすぐに、リアス式海岸の奥深く、宮城県気仙沼市が見えた。津波に襲われ、夜になってからは激しい炎になぶられ続けた漁業の街。海水に囲まれ、孤立した福祉施設とみられる建物がある。屋上には、シーツのような物を組み合わせて作った「SOS」の大きな文字が、必死の訴えを伝えてきた。 人影は見えない。いったい、施設の人は無事なのか。さらに南下し、南三陸町、石巻市などが連なる沿岸を飛んだが、街をのみこんだ津波の爪痕と、立ち上る白煙が続くばかりだった。
午前8時過ぎ、函館空港を飛び立ち、太平洋岸を南へ向かった。8時23分、青森県八戸市の倒壊した家々が眼下にあった。八戸港にある工場では、押し流された機材が散乱している。沖では、浮いた油が渦巻き模様を作っている。 さらに南下し、岩手県に入る。湾の奥にある久慈市の市街は津波にさらわれていた。地面が海水に浸り、日差しを反射して光っている。続いて、白煙の上がる集落が見えた。岩手県山田町。藻くずとなった街並み。津波が押し寄せていた11日とは違い、穏やかな海面にがれきが点々と漂っていた。 8時53分、大船渡市。岬のように海に張り出した平地は完全に津波にのみ込まれ、街があった形跡すらうかがえない。わずかな高台に十数台の乗用車が集まっているのが見える。車外に人の姿も見える。ぼうぜんと上空を見上げていた。 宮城県気仙沼市では、タンクの重油が流出した湾岸で、黒煙が激しくわき上がっている。内陸の市街地もいまだ海水に覆われ、まるで空襲に遭ったように、所々に白煙が上がっている。 まだ残っている建物も、津波に押し流されたものが多く、元はどこにあったのか定かではない。港周辺では、大きな船が何隻も折り重なるように陸地に打ち上げられ、建物の屋根を押しつぶしていた。 南下を続け、石巻市上空に。白煙で街が覆われている。市街地の様子がよく見えないほどだ。家屋から火が出ていることが、かろうじて見て取れる。 福島空港に降りたのは午前10時半頃。2時間半の飛行で、人の姿を見ることはあまりにも少なかった。あの街々で、昨日までたくさんの人々が生活を営んでいたのだ。言いようのない悲しみがこみ上げた。(読売機「みらい」から社会部・安田弘司)
【地震】自衛隊の特殊武器防護隊 原発現場で待機 03/12 16:10 ANN
防衛省によると、福島第一原子力発電所に自衛隊の中央特殊武器防護隊40人が化学防護車4両などとともに、現場で待機しているということです。また、80人の自衛隊員が周辺住民の避難誘導を行っていて、総務省によると、福島第一原発の周辺、10キロ以内のうち6割の住民が避難したということです。 また、防衛省によると、福島第一原子力発電所に待機している自衛隊の中央特殊武器防護隊は現在、原子炉の炉心を冷やすための大量の水を運び込む作業に全力を挙げているということです。
【地震】原子力保安院「水蒸気排出に成功」の見方 (03/12 16:15) TV朝日
原子力安全保安院は12日午後、炉心溶融が始まったとみられる東京電力福島第一原発1号機の原子炉格納容器の圧力低下を目的に行った水蒸気の排出に「成功したと見られる」と発表しました。ただし、これは水蒸気を排出する弁を開けるという緊急避難的な措置のため、周辺の放射線量は上昇しています。保安院は避難範囲の10キロを変更する必要はなく、指示に従って行動している限り、住民の健康への影響は心配ないとしています。
福島第一原発の緊急事態、想定上回る危険水域 2011年3月12日13時21分 読売新聞
原子炉格納容器内の圧力を下げる作業が始まった福島第一原発1号機の緊急事態は、経済産業省原子力安全・保安院の当初の被害想定を上回る危険水域まで達していることが12日わかった。 政府の緊急災害対策本部が公表した資料によると、昨日午後10時の時点で最悪の事態が想定されたのは、原子炉の水位が異常低下した同原発2号機。想定では、水位低下で、核燃料棒が露出し、溶融。最悪の場合、格納容器内の圧力が通常運転時の1・3倍程度の527・6キロ・パスカルに達し、爆発を避けるため水蒸気を放出するシナリオを描いていた。実際は、水位が安定し、放出は不要だった。 燃料損傷の危険が迫っていたのは、実は1号機だった。12日午前2時半に、格納容器内の圧力は、通常時の2・1倍の840キロ・パスカルに達していたことが確認された。想定をはるかに超え、燃料の溶融が起きていてもおかしくない事態だった。 圧力を下げる作業が行われる同原発1号機では、施設内の中央制御室の放射線量は、通常の1000倍に達している。現時点では放射線量は少なく、燃料の損傷を示すような異常は検知されていない。すぐに炉心溶融につながる最悪の事態(過酷事故)に発展はしないものの、放射性物質の漏えいの原因につながるような内圧の上昇、何らかの燃料棒の損傷や異変が起きている可能性がある。 このような状況では、炉心が過熱している恐れがある。それが圧力上昇の原因とも考えられる。圧力が異常に高まると、緊急用の冷却水を原子炉内に注入する緊急炉心冷却装置(ECCS)の稼働もできなくなり、制御がますます困難になる。微量の放射性物質を含む水蒸気が外部に放出される程度なら深刻ではないが、燃料棒が損傷して露出し、水蒸気と反応して爆発するような事態になれば、大量の放射性物質が外部に放出されることになる。1979年の米スリーマイル島原発事故と同様の最悪のケースになる恐れもある。
死者・不明千数百人 東日本大震災 2011年3月12日 15時35分 沖縄タイムス
東北、関東の東日本に甚大な被害をもたらした国内史上最大の地震は、12日も強い余震が頻発した。被災地の警察本部がまとめた死者は計434人、行方不明計784人に上る大震災となった。岩手県陸前高田市など津波により壊滅的な被害が出た地域が相次ぎ、死者・行方不明者は計千数百人となるのは確実。警察庁によると、岩手、福島など5県で計約21万人が避難した。 福島第1原発は放射性物質が漏えい、第2原発は冷却機能を喪失しており、政府は両原発に「原子力緊急事態宣言」を出し第1原発は半径10キロ、第2原発は3キロ以内の住民に避難を指示。福島県双葉町などの住民計約8万人が避難を始めた。第1原発1号機は正門近くの放射線量が通常の70倍以上に急増。第2原発は、非常時に炉心を冷やすプールの水が100度を超えた。 経済産業省原子力安全・保安院は12日、福島第1原発1号機の周辺で、放射性物質のセシウムが検出されたと発表した。保安院幹部は「炉心の燃料が溶け出しているとみてよい」と話した。 枝野幸男官房長官は12日午前の緊急災害対策本部で「千人以上が命を落としたとみられる。内閣、国力を挙げ救難に取り組む」と述べた。
青森県八戸市災害対策本部によると、岩手県・野田湾で12日朝、4メートルの津波を観測。岩手県警によると、陸前高田市では市役所3階まで津波が達し、市街地にはわずかな建物しか残っていない。宮古市の沿岸部と山田町のほぼ全域も水没した。陸上自衛隊によると、宮城県女川町は大津波で町全体が冠水、壊滅状態となった。枝野官房長官は記者会見で、被災地の中で岩手県住田町、大槌町と連絡が取れていないと明らかにした。 宮城県気仙沼市では最大で直径1キロに及ぶ大規模火災が3カ所で発生した。警察庁によると、住宅など建物2517戸が全壊し、424カ所で道路が損壊した。自衛隊や警察などは被災地でヘリコプターによる救援活動を始めた。防衛省は、派遣する自衛隊員を約2万人に増員する。菅直人首相は今後、5万人規模まで増派する方針。 JR東日本は東北、山形、秋田の各新幹線を12日も終日運休。東北など9自動車道が全面通行止めとなった。 気象庁は日本海側に津波注意報を出し、列島の海岸線全てが大津波、津波警報・注意報の対象となった。
気象庁は12日午後1時50分、東日本大震災で沖縄地方全域に出していた津波警報を津波注意報に切り替えた。大東島地方については警報を解除した。空と海の便の乱れは続いている。また、安全のため沖合で停泊していた久米島と那覇を結ぶ「フェリーなは」の乗客27人を含む36人は全員無事で、泊港へ入港した。県警によると午後2時半現在、津波による被害は確認されていない。 沖縄を発着する空と海の便は12日も欠航が続き、旅行客や離島の足に影響が出ている。 那覇空港では約270人の旅行客らが夜を明かし、早朝から空席を求める長い列ができた。 仙台から観光に来ていた結城真彦さん(29)は「津波があった場所から約2キロに実家があるが、波は来ておらず、家族や友人の無事が確認できた」と安堵(あんど)の表情。「仙台空港の駐車場の車が流されていた映像を見た。私の車も流されているはず。仙台には帰れないし、どうしようか考えている」と話した。 東京出張から帰る息子を迎えに来たという那覇市の女性(61)は「もう怖くて、テレビにかじりついて昨日は眠れなかった。沖縄に帰るという連絡がうれしかった。いつもは迎えに来ないけど、早く顔を見たくて」と到着ロビーで息子の姿を探した。
街並み崩壊・ひきつる叫び声…被災地、すさまじき光景 2011年3月12日16時15分 朝日
東日本を襲った地震と津波から一夜明けた12日、宮城県の被災地に朝日新聞の記者が入った。
■中学校から「助けてー」 12日午前6時すぎ。南北を石巻湾と北上川に挟まれた宮城県石巻市。女川町に向かおうと川沿いの堤防道路をタクシーで進むと、山地の谷間にある集落の家々が、水につかっていた。 破壊された住宅の木ぎれが水面を埋める。家々は1階のドアや窓が破れている。「この先で堤防が決壊したんだ。女川になんて行けないよ」。すれ違いざま、男性がこわばった顔で教えてくれた。 大きな木が根元から倒れこみ、道をふさぐ。アスファルトの亀裂も、深さ1メートル近くあろうか。白と黒の大きな塊が転がっていた。体長1.5メートルほどの乳牛の死体だった。 タクシーを降り、歩いて堤防を進む。 「ここ! ここ! 助けてー」。女性の声が響いた。水につかった中学校の3階の窓に人影が見える。男性3人が、水面に折り重なる木ぎれの上を慎重に歩いて助けに向かう。思うようには進めない中、学校を目指していた。 さらに数百メートル進むと、堤防が突然途切れた。土手もアスファルトも、まるで巨大な手で引きちぎられたように、300メートルほどがすっぽりとなくなっている。 堤防の先端で作業服姿の男性が向こうを見つめていた。遠藤孝幸さん(30)。決壊した堤防の先にある集落に、妻の千明さん(28)と小学生の2人の息子が取り残されているはずだという。地震直後から一度も連絡が取れない。 「なんとか連絡だけでも」。焦り、興奮、疲れ。さまざまな思いが垣間見える顔で独り言のようにつぶやく。「歩いて行けないこともないんじゃないか?」。だが、余震で津波が来たら? そう言うと、「そうだよな。ここにいたってしょうがないんだよな。でも何の情報もないのに、どうしたらいいんだ」。いらだちが口を突いた。 「寒いから、中にいろー」。堤防から30メートルほどの民家に向かって叫ぶ男性。ガラス窓に若い女性の顔が見える。 高橋春夫さん(51)は、仕事先の青森から車を飛ばしてやっと自宅にたどり着いたばかりだった。水につかった自宅2階に長女の恵さん(19)を見つけ、安堵(あんど)した。だが、父母と妻、子ども2人の安否はつかめないままだ。「地震で堤防が決壊するなんて、思ってもみなかった」 別の家の2階には男性が取り残されていた。「そこの家におばあちゃんが残ってないかー?」。そう叫ぶ。 指さす近くの家はすでにかなり傾き、2階部分すら一部が水中にある。「2階にいるはずなんだよー」。数人で堤防の土手からのぞき込む。声もかけてみるが応答はない。 集落の背後にはうっすらと雪をたたえた山々が連なる。向こう側には、連絡がとだえ陸の孤島と化した女川町がある。達するルートは三つ。だが、そのうち二つ、堤防道路と鉄橋は途絶えた。残るは南側の海沿いの国道398号。徒歩で向かう。(松川敦志)
■声震わせる消防員 石巻市では、胸のあたりまで水につかりながら、自宅に戻ろうとする人もいた。 避難した人らは倒木などを拾い集め、11日夜からたき火で暖を取っている。町内会の人たちはボートで救出活動を続けている。 中心街のパチンコ店で働いていた今井健一さん(23)と居酒屋経営の佐藤勝男さん(54)は11日午後4時ごろから、自動車販売店入り口の直径10センチほどの鉄パイプにしがみついて助けを待った。 今井さんは「佐藤さんに鉄パイプをのぼろうと言われ、必死でよじのぼった」と話した。雪の中、2人で抱きしめ合いながら寒さをしのぎ、12日午前1時半ごろにボートで助けられたという。佐藤さんは「本当に死ぬかと思った」と話した。 港近くの自宅に戻ることができない会社員三浦よし子さん(41)は、車の中で一夜を明かした。「夫から『自宅の2階ベッドまで水が来ている。隣と裏の家が流され、うちも危ない』と連絡を受け、心配で仕方がない。小1と小3の娘と連絡が取れない。ちゃんと小学校で避難していてほしい」。祈るような表情で話した。 また、石巻港に面する工業団地や住宅など各地で火災が相次いで発生している模様だ。冠水で消防活動が制限され、ベテラン消防員は「こんなことは前代未聞。どこまで助けられるか」と声を震わせた。(西尾邦明)
■逃げる男性、目の前で 12日午前6時前、200〜300人の遺体が見つかったとされる仙台市若林区の荒浜地区をめざした。発見された現場があるという海岸の方に向けて歩くが、泥とがれきでまっすぐ進めない。余震が続き、大津波警報が出ているため、警察官や自衛隊員も海岸付近に入れていない。 道路は、車や梁(はり)がついた屋根、ひん曲がった標識やねじまがった電柱でふさがれていて、時に四つん這(ば)いになって進む。畳、たんす、冷蔵庫、テレビ。ありとあらゆる家具や生活用品が散乱している。泥と水で足の甲の部分まで埋まる。 「救助まだですか?」「119番しても全然来てくれない」。午前7時半ごろ、自動車整備工場の建物2階で、横山哲史さん(29)が声を上げていた。 横山さんによると、地震後しばらくして、警察官が拡声機で「津波だ、逃げろ」と絶叫した。海の方を見ると、煙のようなものが見えた。松林が倒され、電柱が次々となぎ倒されていった。「ゴゴゴゴゴゴー」と音がし、木の残骸が流れてきたという。男性が走って向かってきたが、津波にのまれたのが見えた。 横山さんは妻妙子さん(30)と長男幸ノ介くん(6カ月)、父、母、祖母の6人家族。車に乗り込んで逃げようとしたが、後ろから来た津波に追いつかれた。車はサーフィンのような格好になり、200〜300メートル津波に運ばれて、田んぼに落ちた。12日午前6時まで、6人で車中で過ごした。車の前部分から浸水してきた。「死ぬんじゃないか」。諦めかけた。 12日午前6時ごろ、後部座席の壊れた窓から逃げて、自動車整備工場の2階に避難した。祖母は水にぬれて震え、寝込んでいた。午前9時すぎ、上空に現れた救助ヘリに引き上げられて救出された。 粟野信治さん(36)は11日、背後の「バキバキバキッ」という音で津波に気づいた。松林が波になぎ倒される音だった。「5、6メートルくらいの高さの黒い波が向かってくるのが見えた」。近くにいた長女(5)、長男(3)を車に乗せ、夢中で逃げた。3キロほど車を走らせ、何とか高台にたどりついた。「逃げ切れなかったら、死んでいた」(佐々木隆広、奥田貫、安仁周)
■ゆがんだ車、道端に 宮城県の沿岸部に12日未明、福島県側から車で入った。 浸水した仙台空港周辺。沿岸に近い空港へと真っすぐに続く県道を走った。交差点の信号は停電で真っ暗。赤色灯をつけた消防車とすれ違う。車道の両脇には車の列。車内で眠る人、疲れた表情を見せる人。このまま車内で夜を明かすようだ。 南北に交差する「仙台東部道路」を過ぎて風景が一変した。急に路面がぬれ始め、道路脇には流されて車体がゆがんだ車が放置されている。家屋の柱とみられる木材や、ごみが散乱していた。 あたりには潮のにおいがする。周囲に所々たまっている水は海水だ。地面に数センチ堆積(たいせき)している砂を指ですくうと、海水のにおいがした。「空港まで2.6キロ」。そう記された表示を過ぎたあたりから、道路が一面冠水し、進めなくなった。 「ライフラインもだめ。コンビニもだめ。水もない。最悪ですよ」。周辺の住宅街の路上にいた男性は一気にまくし立てた。(佐々木隆広)
■「家はないだろう」 約100人の遺体発見との情報がある宮城県名取市。目の前に現れたのは、がれきの山だった。地震から一夜明けた早朝から、自衛隊や消防などが生存者を捜しながら、がれきの撤去作業に当たった。 道路だった場所の真ん中を家がふさぎ、角材や横転した車が道に覆いかぶさる。火がくすぶる所もあり、焦げ臭いにおいが漂う。 「どこに頼めばいいのさ」。午前9時前、男性が自衛隊員に詰め寄った。津波が来るとの情報があり、撤去作業は一時中断。寝たきりの女性が家に残されていると思われるが、腰の所までに水が浸水し、近づけなかったという。男性はいらだった様子をみせ、自衛隊に指示された場所に向かった。 近くの閖上中学校の屋上には、100人以上の人が救助を待っていた。自衛隊にすぐに救助してほしい人が4人いるとの情報がある。また、スーパーがあった場所で、がれきの下に取り残されている人もいそうだという。 一晩をがれきの上で明かした人もいた。午前7時過ぎ、女性3人と赤ちゃん1人が自衛隊の小舟で救出された。救助された女性は「がれきの上に取り残された。水に流れてきた毛布をつかんでくるまっていた」と涙を浮かべて話し、救急搬送された。 早朝に閖上付近にきた男性(57)は知人と連絡が取れないという。「昨日から何十回も電話をかけた。電池がなくなるぐらい。水がひかないと無理だ」。知人は、がれきの山のさらに奥に住んでいるという。「言葉がない」 専門学校の男性(20)も崩れた屋根の上に立ち、惨状を見つめた。「すごいとしか言いようがない」。自宅は立っているところからさらに1キロ先。「家はないだろうし、なるようにしかならない」(篠健一郎)
福島第1原発で爆発 4人けが 水素ガスの爆発か 2011.3.12 17:28 産経 東京電力は12日、福島第1原発1号機建屋で爆発があり4人がけがをしたことを明らかにした。福島県富岡町には、「冷却用の水素ガスの爆発があったとみられる。詳しくは調査中」と連絡があったという。 現地にハイパーレスキュー隊が向かった。 福島県などによると、福島第1原発1号機周辺で大きな揺れの後、爆発があり、原子炉内建屋の天井が建屋内に崩落したとの情報があるという。
東北沖大地震:福島第1原発、放射性物質漏えい 燃料棒損傷か 毎日新聞 2011年3月12日 東京夕刊
経済産業省原子力安全・保安院は12日、東京電力福島第1原発1号機の原子炉容器内の水位が下がり、燃料棒の一部が最大90センチ露出し損傷している可能性のあることを明らかにした。国内初の炉心溶融になる恐れもある。消防車が大量の水を供給している。また、同原発の正門で通常の8倍、1号機の中央制御室で同1000倍の放射線量を計測した。この地震で放射性物質漏えいが確認されたのは初めて。政府は健康に影響を与える数値ではないとしているが、念のため12日、同原発の半径3キロ以内としていた避難指示を「半径10キロ以内」に拡大。12キロ南にある福島第2原発も同日、半径3キロ以内に避難、10キロ以内に屋内退避を指示した。 保安院によると、福島第1原発1号機では格納容器内の圧力が一時、基準の2倍超の8・4気圧になった。圧力が上がりすぎると容器の破壊につながるため、東電は弁を開けて、蒸気を外に放出する作業を始めた。電源が確保できないため作業員が手動で二つある弁のうち一つを開けたが、残りは難航している。放射性物質を建物外に放出するのは初めて。微量で避難指示も出され、住民の安全は確保できるという。 2号機では、原子炉内の水位が燃料棒の先端より3・7メートル高く、燃料は水中に没している。一時、緊急時に原子炉を冷やす冷却装置が稼働せず、炉心溶融も心配されたが、装置の稼働が確認された。3号機では原子炉内に冷却水が注入され、安全が保たれている。 福島第2原発の1、2、4号機は、圧力抑制室の温度が100度を超え、圧力を一定に保てなくなっている。炉内を冷やすポンプは、地震で海水をかぶり故障している模様だ。1〜4号機についても蒸気を外に放出する準備を進めている。
東北沖大地震:原発の脆弱性浮き彫り 福島第1、蒸気放出は苦肉の策 毎日新聞 2011年3月12日 東京夕刊
今回の地震に伴い、東京電力福島第1原発や同第2原発では、トラブルが相次いだ。特に第1原発1号機では、放射能を閉じ込める上で重要な格納容器の損傷を防ぐため、格納容器の弁を開けて圧力を下げる一方、微量の放射性物質を外部に出すという苦しい立場に追い込まれた。蒸気放出は苦肉の策だ。 福島第1原発1号機の格納容器内の圧力が上昇し、容器の破損につながる懸念が生じている。経済産業省原子力安全・保安院は「地震によって圧力容器と配管の間などから放射能を含んだ微量の水分が格納容器内に漏れ出た結果、圧力が上昇した可能性がある」と推測する。手作業で格納容器の圧力を逃がす弁を開ける作業が始まったが、難航している。 また、福島第1原発の敷地境界の正門で、放射線量を測定する敷地内のモニタリングが通常の8倍などを観測。初めての放射能漏れとなった。原因として、地震によって福島第1原発1号機の電源が失われ、外部に比べて原子炉内の圧力を下げる機能が失われた結果、微量の放射性物質が漏れ出た可能性があるという。 今のところ一般住民の健康被害は出ていないが、東電柏崎刈羽原発を襲った07年の中越沖地震に続き、地震に対する原発の脆弱(ぜいじゃく)性を改めて示した。今回の地震はM8・8と国内最大だ。大地震後に耐震基準は引き上げられてきたが、原発の稼働を継続するならば、国などが想像もしなかった巨大地震に対応しなければならないことを示している。
◇福島第1、第2原発 第1は東京電力初の原発として、1971年3月に1号機が営業運転を始めた。現在6基の原子炉が稼働する。第2は、第1の約12キロ南にあり、82年4月に1号機が営業運転開始。計4基が稼働している。いずれも、燃料の核分裂反応によって生じた熱で水を沸騰させ、できた蒸気でタービンを回して発電する「沸騰水型原子炉」で、計10基の総発電量は約910万キロワット。
東北沖大地震:日産、全工場操業中止 ソニー、1200人が工場で一夜 毎日新聞 2011年3月12日 東京夕刊
12日もソニーやトヨタ自動車などの操業が停止した生産拠点は再開のめどが立っていない。各社とも被害の把握や従業員の安全確保を急いでいる状況だ。 ソニーの宮城県多賀城市の磁気テープなどを生産している工場では、津波で1階部分が浸水し1159人が上階に避難して一夜を明かしたが、12日朝も水が引いていない。近隣の住民も約110人が避難してきている。 日産自動車は12〜14日に国内全工場で予定していた操業の中止を決めた。トヨタ自動車は宮城県内の完成車工場の状況の確認を急いでいる。 生産拠点の従業員の負傷も相次ぐ。三菱製紙の八戸工場(青森県八戸市)では11日、津波浸入で子会社の従業員5人が流され負傷。キヤノンの宇都宮工場(宇都宮市)では従業員十数人がけが。パナソニックは宮城県名取市の仙台工場などで天井の一部が落ち、数人がけがをした。
一方、11日から高炉2基の操業を停止している住友金属工業の鹿島製鉄所(茨城県鹿嶋市)では同日夜、火災が発生したが、12日早朝に鎮火、けが人はいなかった。 同じく11日に火災が発生していたコスモ石油千葉製油所(千葉県市原市)とJX日鉱日石エネルギーの仙台製油所(仙台市)は、12日午前11時半時点で鎮火情報はない。 キリンビールは仙台工場(仙台市宮城野区)でビール貯蔵タンク4基が倒壊。山崎製パンも仙台工場(宮城県柴田町)など2工場が停電で操業停止。フジパンでは建設中の宮城県岩沼市の工場が津波で浸水し、2階に避難した従業員ら約300人が取り残されている。
東北沖大地震:凍える被災者 屋上に取り残され−−宮城上空ルポ 毎日新聞 2011年3月12日 東京夕刊
◇必死で布振り「助けて」 大津波から一夜明けた被災地を本社ヘリで午前6時から約2時間半飛んだ。福島県南相馬市から宮城県塩釜市までの約100キロの沿岸部に広がっていたのは泥水とがれきに覆われた惨状だった。 宮城県岩沼市や名取市では、海岸沿いの防風林が数十キロにわたり内陸部に向かってなぎ倒されていた。泥水の世界が海岸から約3キロ続く場所もある。根こそぎ津波に押し流され、升形の基礎部分だけが残った家屋が無数見える。どれだけ多くの命が奪われたのか。壊れた建物ががれきとなり泥水に浮いている。形をとどめたものの傾いたまま流され、水につかった家屋もあちらこちらに。漁船が道路に乗り上げ、ガードレールがアメのように曲がっている。 宮城県多賀城市では、新日本石油のコンビナートから黒煙が上がり、熱気がヘリの機内にも伝わる。巨大な円筒形のタンクが傾いている。コンビナートの油が流れ込んだのか、松島の海にはあちらこちらで油が浮き、まだら模様を作っていた。 仙台市の海岸近くでは、老人ホームなのか「潮音荘」と書かれたコンクリート造りの建物の屋上で、5、6人の男女が手を振って救出を求めていた。周囲は水没していて陸路での救助は容易ではない。 名取市でも建物の屋上に約10人が避難していた。幼稚園くらいの女の子の姿もあった。民家2階でオレンジ色の布を必死で振る人もいた。どれだけの人が取り残されているのだろうか。 仙台港のコンテナは積み木を崩したように散らばり、福島県新地町のJR常磐線新地駅では、車両4台がひっくり返っていた。海岸に目を向けると、流された消波ブロックが陸地に点在し、津波の猛威を見せつけていた。【川辺康広】
◇がれきの中を避難−−仙台・若林 「頑張ってください」。がれきの中から救助した女性に自衛隊員らが声をかけ、着ていた上着を次々と重ねた。助け出された女性は寒さで小刻みに震えていた。 津波が押し寄せた後、200〜300人が遺体で見つかったという仙台市若林区荒浜。一夜明けた12日早朝、道路はがれきが散乱しているため、1・5キロほど歩いて現場に向かった。 倒壊した家屋のがれき、道路脇に押し流された何台もの車。地震発生から約14時間経過しても、足元はひざ下まで水につかった。ここで人々が暮らしていたという雰囲気はまったく感じられなかった。 現場に向かう途中、大きく損壊した自宅で一夜を過ごしたとみられる着の身着のままの姿で避難する被災者とすれ違った。救助隊に背負われながら避難する高齢者や子供。支給された毛布に身をくるみながら歩く被災者の姿が目立つ。 「全部だめだ」。すれ違った被災者の男性が顔を伏せて話した。【須藤唯哉】
東北沖大地震:インフラ、混乱続く 被害把握「困難」、停電なお510万戸 毎日新聞 2011年3月12日 東京夕刊
◇道路・通信網寸断 地震発生から一夜明けた12日、東北地方は幅広い地域で停電や断水が続き、鉄道の運行もストップした状態が続いた。道路や通信網も寸断され、自治体の職員からは「被害が把握できない」と悲鳴があがる。首都圏では私鉄や地下鉄、JRの在来線が動き始めたが、朝になって家路に就く人がホームにあふれる駅もあり、混乱が続いた。
■電力 東北電力によると12日午前10時現在、管内411万3460戸で停電中。青森、岩手、秋田、宮城県で全域停電、山形県のほぼ全域と福島県の一部で停電が続いている。内訳は青森79万3167戸▽岩手75万4437戸▽秋田53万2233戸▽宮城138万8379戸▽山形45万2357戸▽福島19万2806戸。 また、12日午前3時59分に発生した信越地方の地震の影響で新潟県内の1313戸が停電し、午前10時現在で81戸の停電が続いている。中部電力によると、同じ地震の影響で午前9時半現在、長野県内の約100戸も停電中。 東京電力によると、12日午前10時現在で管内99万7618戸が停電している。内訳は茨城64万2657戸▽栃木21万4817戸▽千葉13万4611戸▽神奈川5533戸。東京都と埼玉、山梨、静岡、群馬各県では復旧した。電力各社は「極めて厳しい受給状況が予測される」として節電を呼びかけている。13日以降、地域ごとに順番に停電させる「輪番停電」の可能性もあるとしている。
■ガス 仙台市ガス局によると12日午前11時半現在、同市と周辺2市3町の約36万2000戸でガス供給停止が続いている。同局の工場からガス供給を受ける塩釜ガス(宮城県塩釜市)も約1万2000戸への供給を止めている。東京ガスによると、午前11時半現在で茨城県日立地区の3万8戸への供給停止が続いている。いずれも復旧の見通しは立っていない。 また、京葉ガスによると、千葉県浦安市の埋め立てエリアで液状化現象が起きているとみられ、ガス管に水が浸入した。午前11時半現在で同市内の約5100戸への供給を止めている。
■水道 岩手県災害対策本部によると、沿岸の自治体を中心に水道管の破裂や破損が相次ぎ、断水が続いている。津波で給水施設が被害を受けた自治体もあるとみられ、対策本部の職員は「被害が大きすぎてまだ断水戸数は把握できない」と語った。 宮城県では午前10時半現在、塩釜市や多賀城市など16市町で全域が断水。福島県北部3市3町に水道を供給する福島地方水道用水供給企業団によると、福島市など管内9カ所で水道管の破損が確認され、全域への給水を停止しているという。 山形県や秋田県でも午前11時半現在、地震による停電の影響で給水が止まる施設があり、局地的に断水が発生している。青森県では青森市や太平洋沿岸の一部自治体で断水が発生した。
■電話 NTT東日本によると12日午前10時現在、加入電話約48万5000回線とISDN約7万9500回線が使用できなくなっており、11日夜と比べ固定電話で通話ができない地域が広がった。フレッツ光は一部が復旧したが約20万8600回線が使用できていない。通話規制は、12日未明に解除した。携帯電話は11日よりつながりにくい。午前10時現在NTTドコモ3961▽KDDI(au)約3800▽ソフトバンクモバイル2307▽イー・モバイル625−−の基地局でサービスが止まっている。
■鉄道 東北新幹線では線路上で止まった4本の新幹線の乗客ら計約2600人が車中で一夜を明かした。東北、山形、秋田の各新幹線は12日も終日運休の予定。長野県で震度6強を記録する地震があった影響もあり、上越、長野の両新幹線も運転を見合わせているが、12日午後4時ごろ運転再開の予定。東北の在来線は12日中の運転再開の見込みが立っていない。 一方、東海道新幹線は始発から通常通り運行。首都圏の在来線も大部分が全線で運行を再開したが、いずれも運行本数は通常の3〜5割程度になる見通し。午前11時50分現在、宇都宮線、高崎線、山手線外回りの運転を見合わせている。 関東・首都圏の私鉄・地下鉄も東京メトロや京成電鉄など多くの線で運転を再開しているが、ゆりかもめは全線で運休。 首都圏では朝になってから帰宅する人も多く、一部の都心の駅は早朝から多くの人でごった返した。
■高速道路 東日本高速道路会社によると、午前8時半現在、全面通行止めとなっているのは八戸、青森、釜石、秋田、日本海東北、東北中央、東北、磐越、常磐の各自動車道。山形自動車道も一部を除き通行止めとなっており、東北ではほぼ全ての区間で通行できない状態になっている。関東地方では東関東自動車道、東京外環道などで通行止め。関越自動車道などは全面開通したほか、首都高速も神奈川県や西東京を中心に徐々に通行止めを解除している。
■船舶被害 海上保安庁によると12日午前4時現在、津波のため船が座礁したり転覆・漂流している被害は東北地方から太平洋側の四国に拡大。北海道、青森、岩手、宮城、福島、茨城、和歌山、徳島、高知の9道県で少なくとも計22隻が確認された。宮城県では気仙沼港で漂流物から出火、住民が屋根に乗ったまま家屋ごと漂流中。塩釜港沖では漁船の乗組員9人のうち4人が行方不明となり、出火している船舶もあるという。
■入試中止・延期 文部科学省は12〜13日に後期日程試験などを実施予定だった国公私立大学のうち32校が、試験を中止すると発表した。中止を決めたのは青森県立保健大▽弘前大▽岩手大の岩手会場▽岩手県立大▽東北大▽宮城大▽宮城教育大▽山形大▽秋田県立大の仙台会場▽福島大▽福島県立医科大▽前橋工科大▽群馬大▽高崎経済大▽茨城大▽茨城県立医療大▽筑波大▽埼玉大▽埼玉県立大▽千葉大▽千葉経済大▽電気通信大▽東京海洋大▽一橋大▽東京外国語大▽東京農工大▽東京未来大▽明星大▽目白大▽横浜国立大▽淑徳大▽神奈川県立保健福祉大。
東北沖大地震:首相、ヘリで視察 毎日新聞 2011年3月12日 東京夕刊
菅直人首相は12日午前、陸上自衛隊のヘリで東京電力福島第1原発を訪れた後、仙台市など被災地を上空から視察した。首相官邸に戻った首相は記者団に「津波の被害が大きいと実感した」と語り、第5回緊急災害対策本部会議を開催した。 首相は同日、福島第2原発にも原子力緊急事態宣言を発令。会議では「放射能漏れはまだ出ていない。念のため退避を進めている」と述べ、住民に冷静に対応するよう呼びかけた。また、全閣僚に「国民の命、生活、財産を守るのが私たちの使命。頑張り抜いていただきたい」と指示した。 枝野幸男官房長官も記者会見で「内閣を挙げて、この国の国力を挙げて救難・救援に当たっていきたい」と強調。地震対応のため10年度第2次補正予算案を編成するかどうかについては「今、やれる支援を全力を挙げてやる」と述べるにとどめた。【影山哲也】
岡倉天心ゆかりの文化財「六角堂」、津波で消失 2011年3月12日20時22分 読売新聞
文化庁の12日午後6時現在のまとめによると、岡倉天心ゆかりの登録有形文化財「茨城大学五浦美術文化研究所六角堂」(茨城県北茨城市)が津波によって消失するなど、9都県で21件の文化財被害が確認された。 六角堂は天心率いる日本美術院が北茨城に拠点を移す際、1905年、思索の場所として天心が自ら設計した。 ほかに、仙台市の重要文化財「東照宮」で、門や鳥居の礎石がずれたほか、茨城県常陸太田市の史跡「水戸徳川家墓所」では、墓碑が倒壊するなどの被害が出た。
山スキーで不明、1遺体発見=ほか2人捜索、地震で雪崩か−北ア・杓子岳 2011/03/12-20:55 時事
長野、富山県境の北アルプス・杓子岳(2812メートル)の小日向山付近で山スキーをしていた男性3人が帰宅しないと11日午後9時半ごろ、家族から長野県警大町署に連絡があった。県警が12日朝からヘリなどで捜索。同日午後2時10分ごろ、男性の遺体が見つかり、不明となっていた同県白馬村の農業石川哲也さん(31)と確認された。 同署によると、ほかに行方が分からないのは、同村北城の山岳ガイド市川昌さん(42)と、同県松本市島立の同県職員林哲央さん(39)。 3人は日帰りの予定で11日朝に入山。石川さんが見つかったのは小日向山の東側で、深さ約3メートルの雪の中に埋まっていた。付近には新しくできたとみられる雪崩の跡があり、11日の東日本大震災で発生した可能性がある。 同署は、13日早朝から残る2人の捜索を再開する。
函館の男性水死 東日本大地震 道内初の死者確認 03/12 23:09 北海道新聞
12日午前7時ごろ、函館市若松町の無職手倉森圭治さん(67)が自宅で倒れているのを警察官が発見した。手倉森さんは病院に運ばれたが、間もなく死亡が確認された。死因は水死。 函館西署によると、東日本大震災による津波で、手倉森さんの自宅の部屋の壁には床上46センチまで浸水した跡があった。同震災による道内での死者確認は初めて。 同署によると、手倉森さんは1人暮らし。11日の地震100+ 件発生直後、付近の住民が手倉森さんに「危ないから逃げましょう」と声を掛けたが、「家族の写真が(部屋に)あるからいい」と家にとどまっていたという。手倉森さん宅付近には避難指示が出されていた。
地震の死者1000人超へ、福島原発爆発で格納容器は破損せず 2011年 03月 12日 22:46 JST ロイター
11日午後に発生した東北地方太平洋沖地震で、死者は1000人を超える見通しとなった。東京電力の福島第1原子力発電所1号機では炉心溶融が発生、12日午後3時26分ごろには、爆発とともに白煙が上がり、建屋の天井が崩落した。 ただ、格納容器は破損しておらず、事故を防ぐため、午後8時過ぎに東京電力が容器を海水で満たす作業を開始した。 枝野幸男官房長官は12日夜の会見で、午後の爆発について「炉心の水が不足して、水蒸気が発生。格納容器の外側の建屋の壁が爆発したもの」と説明。「(原子炉のある)格納容器は破損していないとの報告を受けており、放射性物質が大量に漏れ出すものではない」と語った。 さらに、住民への退避指示の範囲を半径20キロ以内に拡大したことについて「海水を満たすという新たな対応をとる可能性が出たため、万全を期すことにした」と述べた。 福島第1原子力発電所の1号機では地震発生を受けて格納容器の圧力が高まったため、12日午後に空気を外部に放出する作業を開始。しかし、核分裂時に発生するセシウムという放射性物質が検出され、原子力安全・保安院では炉心溶解が起きたとみている。日本の原発で炉心溶融が起きるのは初めてのこと。午後3時26分には爆発が起き、東電社員2人と協力会社社員2人の計4人がけがをして病院に運ばれていた。
福島第2原子力発電所でも、1、2、4号機で圧力抑制室の温度が100度を超え、原子炉の圧力抑制機能を喪失、政府は11日の第1発電所に続いて原子力緊急事態宣言を行っていた。 警察庁や防衛省によると、地震発生後に東北地方を襲った大津波などで、仙台市で200人─300人の遺体が発見されたほか、福島県南相馬市では1800世帯が壊滅状態となった。宮城県気仙沼市では大規模な火災が発生。総務省によると、岩手県陸前高田市はほぼ壊滅状態だという。 警察庁が午後5時にまとめた情報によると、死者は574人、行方不明者は586人。NHKのまとめによると、この地震による死者は1000人を超えたもよう。死者・行方不明者は合わせて1500人を超えるとの報道もある。
菅直人首相は12日夜、記者会見し、福島第1原発で周辺住民に退避指示が出されたことに関連し「1人の健康被害が出ないよう全力を尽くす」と語った。さらに、「未曾有の国難とも言うべき地震だ。1人でも多くの命を救うため、きょう、あす、あさってを頑張りぬく」とした。 地震の影響で発電設備が停止しているため、電力の供給力不足が生じる可能性が出ている。海江田万里経済産業相は「電力供給設備の復旧に全力をあげているが、電気の使用にあたっては極力節電するようお願いしたい」とする談話を発表した。 野田佳彦財務相は12日、東北地方太平洋沖地震への対応について記者会見し、救援活動の状況からみて被害の掌握には時間がかかるため、年度内の補正予算編成は困難との見解を示した。被害掌握後、当面の生活支援などの対応には予備費を活用するほか、住宅や家財の損失には所得控除を、事業用設備の損失は必要経費への算入を認める方向で検討していることも明らかにした。
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新幹線に20時間閉じ込め 紫波で780人 2011/03/13 岩手日報
東北新幹線上りのはやて・こまちが11日の地震の影響で紫波町犬渕で緊急停車し、乗客約780人が12日朝まで20時間近く車内に閉じ込められた。 JR盛岡支社は12日午前8時ごろから乗客の救助作業を開始。乗客を高架下への降り口まで徒歩で誘導し、バス9台で盛岡市のJR盛岡駅までピストン輸送した後、アイーナなど市内の避難所へ案内した。昼ごろまでかかった。同支社によると、体調を崩すなどした人はいないという。 乗客は荷物や土産などを両手に持って互いの無事に安堵(あんど)しつつ、一様に疲れた表情。家族らと連絡が取れず、携帯電話を何度もかける姿も目立った。 県内の親戚の家から神奈川県藤沢市へ帰る途中だった会社員菅原圭也さん(43)と妻明子さん(48)は「夜はとにかく冷えて、持っていた服を使ってしのいだ。車内も真っ暗で、携帯電話の明かりだけが頼り。外の状況も分からず怖かった」と不安な一夜を振り返った。
ダム決壊 5棟流出 福島・須賀川 2011年03月13日 河北新報社
福島県須賀川市にある農業かんがい用の藤沼ダムが11日、決壊した。流域の家屋5棟が流され、8人が行方不明に。12日午後3時までに4人の遺体が見つかった。 決壊は地震直後だったという。泥流が流域の家屋や田畑を襲った。流されなかった住宅も流木に壁を打ち抜かれたり、泥流で家具が押し流されたりする被害に遭った。 ダムの約1キロ下流に住む農業小川祐治さん(68)は「ガラガラガラと変な音がして自宅を出た。大木が一気に流れてきた。恐ろしかった」と振り返った。 自宅の床上が泥水で浸水した無職男性(48)は「鉄砲水が来たので110番した。いくら巨大地震といってもダムが弱かったのでは」と話した。 藤沼ダムは1949年完成した。えん堤は高さ18.5メートル、長さ110メートルで貯水量は150万立方メートル。土の堤の一部をコンクリートで補強していたという。(片桐大介)
巨大地震県内17人死亡 /茨城 2011年3月13日 読売新聞
284人負傷、建物倒壊126件…38市町村で7万7200人避難
東日本巨大地震の発生から一夜明けた12日、県内の被害状況が次々と明らかになった。県警によると、地震による死者は17人に上り、負傷者は284人となった。建物倒壊は126件、道路損壊は371か所、橋の損壊は32か所で、火災は建物で9件、車両で134件発生した。この影響で38市町村の7万7200人が一時、公共施設などへ避難した。水道、ガス、電気などのライフラインや各交通機関が寸断され、復旧の見込みは立っていない。
◆犠牲者◆
北茨城市平潟町では11日午後、津波が押し寄せ男女4人のうち3人が流された。いずれも近くの渡辺正雄さん(67)と高橋ミツエさん(73)が死亡。もう一人の鈴木愛子さん(73)は無事救助された。同市では、大津町の松川智子さん(52)、磯原町磯原の平塚幸男さん(80)ら男女3人が溺死した。
龍ヶ崎市では地震発生直後、人形店経営成島洋三さん(69)が、崩落した同店小屋の天井の下敷きになり、12日未明に死亡した。常陸太田市内田町の冨岡慶子さん(75)は11日、自宅敷地内の木造2階納屋が倒壊して下敷きになり死亡。鹿嶋市泉川では12日未明、民家の浸水調査をしていた消防隊員がうつぶせで死亡している笠掛勇二さん(70)を発見した。壁には高さ約1・30メートル付近まで水位が上がった形跡があり、津波による溺死の可能性が高い。
水戸市松本町では11日、田口恵子さん(37)が本棚の本の下敷きになり死亡。高萩市では11日、力新堂接骨院に来院中の近くの河井敏子さん(86)が屋外に避難した際、玄関先から崩落してきたコンクリート製ひさし(縦約3メートル、横約1・7メートル)の下敷きになり、死亡した。
常総市では11日、乗用車の助手席に乗っていた無職内海登志子さん(45)が地震に驚いて車を降りた際、前進してきた車とブロック塀の間に挟まれて死亡した。大洗町では11日、無職猿田照一さん(85)が地震発生直後、車に乗ろうとして転倒し頭を打って死亡した。行方市麻生では12日、無職奥村豊さん(79)が倉庫のがれきの下敷きになって死亡した。
疲れた表情を見せる被災者(12日午前7時50分、鹿嶋市鉢形の鉢形公民館で) 東海村の東京電力常陸那珂火力発電所では、煙突(高さ約220メートル)の頂上付近で、足場を取り付けていた広島市の男性作業員4人が約60〜20メートル下に転落し、12日に死亡が確認された。一緒に作業していた男性3人と救助に向かった作業員2人は煙突に取り残されたが、防災ヘリなどで救出された。同発電所付近は液状化現象で、約320人の作業員らが一時、敷地内で孤立状態となった。
◆避難所など◆
鹿嶋市の鉢形公民館では11日夜、住民約200人が一夜を過ごした。おにぎりの炊き出しが行われたが、住民らは不安な表情を浮かべながらテレビを見たり、配られた毛布にくるまったりしていた。東光代さん(87)は「夜もぐらついて寝てなんかいられない。家はどうなっているんだろう」。娘と孫の3人で避難した古賀清美さん(62)は「これからの生活が不安」と声を絞り出した。同市役所では12日早朝から、10トン給水車に住民らが長蛇の列を作り、ポリタンクなどに水をくんでいた。
水戸市立三の丸小学校では、教室に入れなかった人が階段や廊下などに座り込んでいた。宇都宮市から観光で訪れ、帰宅できなくなった石塚洋子さん(69)は「教室にあったカーテンに、ほかの15人とくるまったが寒くて怖かった」と疲れた様子で話した。県立高萩高校体育館には約700人が避難し、ストーブの灯を囲んだ。生後9か月の長男を抱えた主婦(28)は「水がなくてお湯をわかすのも大変。ミルクをやれるか心配」と不安そうだった。
日立市立駒王中学校は、避難者で身動きができないほど。女性(76)は「余震が起きるたびに寝ている人たちが起き上がり、『ワー』と声を上げていた」と振り返り、「寒くて一睡もできない。早く家の布団に寝たい」と疲れた様子だった。
停電が続くなか、食料や日用品を販売するスーパーには市民が殺到。水戸市元吉田町のスーパーは、1人が購入できる商品を4点までに制限した。約1時間待ったという女性(28)は「まずは家族の食料が確保できたので良かった」と家路を急いでいた。同市笠原町のホームセンターでも、早朝からトイレットペーパーや乾電池などを買い求める客が長蛇の列を作った。商品が散乱したため、販売には限りがあるといい、男性(42)は「本当は食料が欲しかったが、仕方ない」とこぼしていた。
食料・ガソリンに行列 山形 2011年03月13日 朝日
地震発生から一夜明け、広く停電が続くなか各地で12日朝から、食料やガソリンなどを求める人が列をなした。 山形市の中心街・七日町通り沿いの八百屋では午前9時から菓子やペットボトルなどを店舗前で販売。買い求める人でごったがえした。近くに住む女性(34)は「子どもたちがすぐ食べられるものを確保したかった」と話した。JR山形駅前の百貨店「十字屋」も、入り口付近に食品などを集めて販売。100人ほどが行列を作った。昨晩は近くのホテルに泊まった天童市の会社員女性(26)は「岩手の海岸沿いに住む祖父母と連絡が取れない。心配です」。同市若宮3丁目の「イオン山形南ショッピングセンター」は駐車場の一部で日用品を販売。近くの女性(40)は「夜になる前に懐中電灯や携帯電話の充電に使う電池が手に入って良かった」。同市あさひ町の「ヤマザワあさひ町店」では、レジが使えず精算は店員が1人で対応。混乱を避けるため1人ずつ入店させた。30分ほど待った主婦(47)は「昨夜も店を探したがコンビニも真っ暗。いつ復旧するのかわからないから」とパンなどを買い込んだ。 新庄市五日町のホームセンターには、使い捨てカイロなど停電生活の必需品を求める市民約100人が午前8時半に並んだ。灯油ストーブや湯たんぽなどは前日に売り切れ。多くの客はカップラーメンを箱ごと買い求めていた。 新潟方面などから送電を受けている鶴岡市内は、地震発生直後に起きた停電も2時間半ほどで復旧。営業しているスーパーやコンビニには、朝から食料などを求める近隣市町村の人たちの列が出来た。 同市余慶町のガソリンスタンドには、午前9時すぎに車50台以上の給油待ちの列ができ、隣接する大型店の駐車場まであふれた。酒田市の会社員の男性(40)は「酒田は停電でどこも開いてない。生活必需品がないと生きていけないから待ちます」。
▽ 電化マンション明かりも暖房も 東北電力山形支店によると、12日午後4時現在、県内ほぼ全域で停電しており、全戸の約6割の35万781戸に電気が通じていない。全面復旧の見通しは不明で、特に日本海側は津波による発電所の被害が大きく、復旧に数日かかる見込みだという。 11日夜、山形駅近くのオール電化設備の17階建てマンションは冷暖房、照明、台所機器、エレベーターなどあらゆる機能が使えなくなった。 10階の会社員男性(39)と妻(38)、子ども3人の5人家族は、子どもが工作で作ったキャンドルや夫妻が結婚式で使ったろうそくを照明代わりにし、コートを着込んで過ごした。「コンビニとスーパーに買い出しに行ったが、カップ麺もお湯を沸かさないと食べられず、あきらめて水だけ買ってきた」という。 夕食は朝食の残りと缶詰めでしのいだ。水道も使えず、トイレは風呂の残り水を使った。男性は「耐震構造なので倒壊しないとは思っていたが、電気が使えない不便さを実感した」と困り顔だった。
▽ 交通網寸断不安な一夜 山形新幹線が運休となるなど県内外で交通網が寸断され、不安を抱いて一夜を過ごした人も多かった。 羽田空港では12日、山形空港や庄内空港と結ぶ便はいずれも満席となった。空席待ちをしていた鶴岡市の会社員本間武さん(41)は11日、仕事を終えて空港に向かう電車の中で地震に遭遇し、ホテルで一晩を過ごしたという。「この便を逃すと帰る術がない」と疲れ切った表情で話した。 鶴岡市の会社員女性(37)は出張先の横浜市の会社に泊まった。社内ではみな開き直った様子で酒盛りをしていたという。「とにかく帰れるのでほっとしている」 JR新庄駅では約60人が12日朝まで、豪華なシートや内装が自慢の快速列車「リゾートみのり」で寝泊まりした。地震当時、たまたま陸羽東線のリゾートみのりがとまっていたための措置。ディーゼル車なので停電でも暖房が働いてポカポカ。不満の声はなかったという。60人は午前9時45分ごろまでにJR側が用意したバスやタクシーで山形、湯沢、酒田方面に向かった。
乗客70人は避難=4列車の乗務員無事−JR東 2011/03/13 00:15 時事
JR東日本は12日、地震後に宮城県と岩手県で乗務員と連絡が取れなくなっていた列車4本について、乗客計七十数人の避難と乗務員の無事を確認したと発表した。 同社によると、仙石線の野蒜−東名間(宮城県東松島市)の列車は地震後、車掌が乗客約50人とともに野蒜小学校に避難。運転士は一人で自力で仙台市にたどり着いた。 大船渡線の大船渡−下船渡間(岩手県大船渡市)の列車では、運転士が乗客15人と大船渡中学校に避難し、別の乗客5人が自分で避難した。 気仙沼線の松岩−最知間(宮城県気仙沼市)の列車は、乗客数人が自分で避難。運転士は列車の移動防止措置を講じ、営業所に戻った。 大船渡線の盛駅(大船渡市)に到着した別の列車も地震に遭ったが、乗客は地震前に降りていた。
福島第一1号機で爆発…90人以上が被曝か 2011年3月13日01時05分 読売新聞
東日本巨大地震で被災した東京電力福島第一原子力発電所(福島県大熊町、双葉町)1号機の原子炉建屋で12日午後、水素爆発が発生し、作業員4人が負傷、放射性物質も飛散して敷地外にいた住民ら3人が被曝(ひばく)した。 1号機は原子炉内が過熱しており、経済産業省原子力安全・保安院は、炉心が溶融した可能性を指摘。東電は、運転再開が困難となる海水の注入に踏み切った。その作業に備え、福島県は同日夜、避難指示の範囲を半径20キロ・メートル圏へ拡大した。一方、宮城県南三陸町では、住民約1万人が不明になっていることがわかった。捜索が進むにつれ、多数の集落の壊滅が判明し、被害は未曽有の規模に拡大している。 12日午後3時36分頃、福島第一原子力発電所1号機建屋付近で、ドーンという大きな爆発音とともに白煙が上がり、原子炉建屋が骨組みを残して吹き飛んだ。同日夜、記者会見した枝野官房長官は「格納容器と建屋の間にたまった水素による爆発で原子炉建屋の壁が崩壊した」と語った。
残存した格納容器には損傷はないが、原子炉内の燃料集合体の一部が高熱で溶ける炉心溶融が進み、過酷事故に発展する恐れがあるため、東電は、炉内に核分裂を抑えるホウ酸と海水の注入を始めた。専門家は「廃炉覚悟の最終手段」と分析する。 東電によると、爆発時、原子炉建屋内にいた同社社員2人、協力会社2人の計4人が負傷。病院に運ばれたが、意識はあったという。社員らは圧力が異常に上昇した格納容器内の水蒸気を逃がす作業をしており、格納容器内から噴き出した高圧蒸気が爆発につながった可能性もある。 同1号機では、原子炉を冷やす水を注入するためのポンプの非常電源などが入らず、原子炉の十分な安全性を失っていた。格納容器内の圧力が異常に上昇していたため、12日朝から作業員が建屋内に入り、弁を開ける作業やホウ酸を注入する準備をしていた。
枝野長官によると、爆発前に毎時1015マイクロ・?の放射線量が観測された原発周辺で、爆発直後には同860マイクロ・シーベルト、約3時間後には同70・5マイクロ・シーベルトと、爆発後にむしろ放射線量は減少していた。政府は、同日午後6時25分、同原発周辺の住民の避難範囲を半径10キロから20キロ・メートルに拡大した。 福島県によると、原発から3キロ・メートル圏内にある双葉厚生病院の患者、職員90人以上が12日、被曝した可能性がある。3人を検査したところ3人とも除染ですむ程度の被曝をしていた。爆発時に避難のため学校で待っていて被曝したらしい。 爆発で建屋上部が吹き飛び骨組みだけになった福島第一原子力発電所1号機(東京電力提供)
【地震】岩手県内で依然、多数が孤立 消防庁 03/13 01:12 TV朝日
岩手県内では、地震後に孤立し、いまだ救助を待つ人たちの状況が次第に明らかになってきました。消防庁によると、大船渡市の「マイヤ本店」屋上に53人、「プラザホテル」に15人から30人、「まるごビル」に歩行不能の1人を含む3人、「ただの旅館」に6人、「北日本プライフィット」の屋根に2人がそれぞれ救助を待っている状況です。また、釜石市では、釜石海上保安部の4階に22人が取り残されています。さらに、唐丹中学校、平田小学校、箱崎小学校、尾崎小学校、鵜住居地区防災センターに多くの人が取り残されています。大槌町赤浜地区の無線中継所では数十人が救助を待っています。宮古市の温泉施設「マース」では10人が孤立しています。
中国、日本に救援隊派遣へ=四川大地震の恩返し 2011/03/13 01:45
【北京時事】中国地震局は12日夜、東日本大震災の被災者に人道援助を提供するため、中国国際救援隊15人を13日朝、日本に派遣すると発表した。同隊が日本に派遣されるのは初めて。 2008年5月の四川大地震では、日本政府が国際緊急援助隊を、他国に先駆けて中国に派遣。懸命な救援活動が中国側から高く評価された。 温家宝首相は11日、菅直人首相宛ての見舞電報で支援提供の意向を表明。国営新華社通信は「四川大地震で日本から支援を受けた恩に報いたい」という論評記事を配信していた。
地震の津波、世界中で被害をもたらす 2011年3月13日 2:58 日テレ
東日本大地震による津波は世界中で被害をもたらしている。 インドネシア東部・パプア州では日本時間11日午後8時半ごろ、高さ1.5メートルの津波が観測された。この津波で1人が死亡、5人が行方不明となった他、住宅20軒が壊れたり水につかったりした。パプア州では、津波の1時間前に警報が出され、住民の多くは高台に避難していた。
アメリカ・ハワイ島の西側では、高さ3メートルを超える津波が観測された。沿岸部の住宅が屋根の部分まで水につかり、車やボートが押し流されるなどの被害が出たが、ケガ人は報告されていない。 津波は日本時間12日未明にアメリカ西海岸にも到達した。オレゴン州やカリフォルニア州では約2メートルの津波が観測され、カリフォルニア州では、津波の写真を撮影していた男性1人が死亡した。
【地震】自衛隊10万人態勢に 救助活動に全力 03/13 09:23 ANN
政府は、東日本巨大地震で派遣する自衛隊の規模を10万人態勢に拡大して、被災者の救助活動にあたることになりました。 北沢防衛大臣は13日朝の防衛省の災害対策本部の会議で、「総理から10万人をめどに態勢を引いてくれということであった。統幕長以下、全軍をよく視野に入れて10万人態勢でと思っている」と述べました。また、派遣部隊の指揮を東北方面総監に一元化する方針を示しました。一方、松本防災担当大臣も「72時間という時間もあるから、とにかく孤立して助けを求めている人のところに行く」と述べています。政府は「救助はきょう、あすが勝負だ」として、被災者の救助に全力を挙げる方針です。
【地震】東松島市に200人以上の遺体 野蒜地区 03/13 11:42 ANN
警察庁は、宮城県東松島市の野蒜地区で、新たに200人以上の遺体が見つかったと発表しました。 宮城県警は現在、野蒜地区で見つかった200人以上の遺体の収容作業を進めています。一方、仙台市若林区荒浜で見つかった200人以上の遺体については、現場に近づけていないため、まだ収容できていないということです。警察庁によると、13日午前10時現在、地震によって死亡した人は、新たに分かった野蒜地区での遺体の数を合わせると1100人に上るとみられています。また、行方不明者は639人となっています。
キリンビール、地震の被害額は少なくても数十億円 2011.3.13 12:15
キリンビールは13日、東日本大震災の発生で、ビールの貯蔵庫が倒壊した仙台工場(仙台市)など、地震による被害額が少なくとも数十億円にのぼることを明らかにした。 地震の被害では、新たに取手工場(茨城県取手市)のビール貯蔵タンク3基が傾いたほか、工場の天井の一部が損壊していることが判明した。貯蔵タンク4基が倒壊した仙台工場は当面、稼働再開が困難な状態だという。取手工場については、設備の修繕や点検作業を急ぎ、早期の復旧を目指す。同社は「被害状況によっては今後、被害額がさらに増える可能性もある」(広報)と話す。また、安否が未確認だった十数人の従業員については、全員の無事を確認したという。 一方、地震の被害を受けていない千歳工場(北海道千歳市)、横浜工場(横浜市)の2工場と東日本地域の物流センターでは、14日の出荷を停止する。仙台、取手両工場から出荷している東北全域と関東の一部地域で、商品の供給が滞るおそれがあることから、いったんすべての工場の出荷を全面停止し、物流ルートを見直すためという。
【地震】千葉 死者13人、不明10人 03/13 13:14 ANN
千葉県でのこれまでの被害のまとめが入ってきました。千葉県のまとめによると、13日正午現在、死者が13人、行方不明者が10人、負傷者は91人に上っています。また、地震によりこれまで千葉市内などで建物の火災が23件起きましたが、現在はすべて鎮火しています。建物の全壊は旭市などをはじめ24棟、半壊については102棟、一部破損にいたっては1166棟に上るということです。さらに、床上浸水は山武市や九十九里町などで444棟、床下浸水は九十九里町などをはじめ169棟に及んでいます。
屋根に乗って漂流2晩、福島沖15キロで男性救助 海自 2011年3月13日16時14分 朝日
防衛省によると、13日午前11時10分ごろ、福島県双葉町沖15キロの洋上で、漂流中の建物の屋根の上で男性が助けを求めているのを、海上自衛隊の護衛艦「ちょうかい」が見つけた。11時半ごろ収容し、艦載ヘリで同県内の病院に搬送したという。 同省によると、男性は福島県南相馬市の新川広光さん(60)。津波で流された自宅の屋根の上で、2日近く助けを求めていた。新川さんは意識がしっかりしており、名前や住所を話せる状態という。
漂流3日、沖合15キロから奇跡の生還! 2011.3.14 05:05 サンスポ
目を覆いたくなるような惨状。耳をふさぎたくなる窮状ばかりの中、奇跡のニュースが飛び込んできた。まさに「九死に一生」。東日本大震災による絶望から、劇的な希望が生まれた。 防衛省統合幕僚監部によると、海自イージス護衛艦「ちょうかい」に救助されたのは福島県南相馬市の新川広光さん(60)。「ちょうかい」は仙台市から千葉県銚子市にかけての沖合を担当するグループの1隻として活動。福島県沖を捜索中だった13日午前11時12分ごろ、海岸から約15キロの沖合にさしかかった。 艦の進路は北西、速度は12ノット(約20キロ)。見張り員が大型の双眼鏡で、右斜め前、約5キロ先に手を振っている新川さんを発見した。「ちょうかい」はライトを照射、汽笛を鳴らしながらそのまま進み、近くまで行くと搭載している内火艇(小型ボート)を下ろした。 新川さんは津波で倒壊した家屋や流木などのゴミが集まっている中で、広さ約6畳ほどのわずかに海面に出ている家屋の屋根に乗っていた。 ベージュの作業着姿で、漂流中に拾ったというヘルメットをかぶり、名前と住所を書いた紙を入れた缶を所持。約1メートルほどの棒の先に結びつけられた小さな旗を左右に打ち振っていた。 午前11時29分、内火艇に救助されると、一瞬ホッとしたような表情を浮かべ、手渡された清涼飲料水を一気に飲み干した。そして次の瞬間、泣き崩れた。 「近くを通りかかったヘリコプターや船に気づいてもらえなかった。自宅から2本持参した栄養ドリンクの2本目を飲んでしまい、今日が最後かなと思っていた」 救助した隊員にしみじみと語ったという新川さんは、「ちょうかい」に収容後、艦載ヘリで午後1時55分、同県相馬市にある病院に到着した。左手や額に傷がある程度で意識ははっきりしているという。 「家から1度逃げたが、妻と物を取りに戻ったところに津波が来た。自分は屋根につかまって助かったが、妻は流された…」 奥さんの行方は分かっていないが、新川さんの尊い命は救われた。海自幹部は「丸2日も漂流して無事だったのは、天候がよく海が荒れていなかったなどの好条件が重なった。運がよかった」と話す。自衛隊は今後、史上最大の10万人規模で救出作戦にあたる。そこに第2、第3の奇跡があってほしい。
【地震】死者1001人、不明678人 警察庁 03/13 14:20 ANN
警察庁によると、正午現在、地震により死亡した人は1001人以上、行方が分からない人は678人に上るということです。 死者・行方不明者は約1700人となっています。宮城県では仙台市の若林区荒浜で見つかった200人から300人の遺体を含め、死者・行方不明者が528人以上にのぼっています。このほか、新たに東松島市野蒜地区でも200人以上の遺体が見つかり、警察などが収容作業を進めています。死者・行方不明者は岩手県で537人、福島県では515人にのぼっています。また、けがをした人は北海道から高知県までの1道1都14県で1437人にのぼっています。このほか、全壊した建物は2651棟、道路や橋の損壊も509カ所となっています。
東北地方太平洋沖地震、M9.0に-世界で4番目の規模 2011年3月13日 14時41分 更新 jp.ibtimes
気象庁は13日、東北地方太平洋沖地震の規模を、これまでに発表していたマグニチュード(M)8.8から、M9.0に改めたと発表した。これは世界で過去4番目に大きな規模となる。気象庁が外国の地震観測データを用いて今回の地震の破壊の様子を調べたところ、3つの巨大な破壊が連続的に発生していることがわかったという。その結果に基づいて再解析したところ、今回の地震の規模はM9.0とわかった。 世界で記録の残る巨大地震のうち、過去最大のものは1960年に起こったチリ地震のM9.5。次に1964年のアラスカ地震のM9.2、そして2004年に起こったインドネシア・スマトラ沖地震のM9.1となる。 東北地方太平洋沖地震では、大きな余震も頻発している。気象庁によると、余震は岩手県沖から茨城県沖の長さ約500km、幅約200kmの領域で発生しており、ほぼ本震の震源域に相当すると考えられる。過去の地震の事例と比べ、今回の地震に伴う余震はかなり多く発生している。気象庁では震度5弱以上の大きな余震がたびたび発生する可能性があると注意を呼びかけている。
日米共同対応始まる、「ロナルド・レーガン」物資補給開始 2011.3.13 16:13 産経
仙台沖に到着した米海軍原子力空母「ロナルド・レーガン(RR)」は13日午後、海上自衛隊と共同で陸上への物資補給を開始した。 RRのヘリ2機と、海自のヘリ1機が連係し、補給艦「ときわ」が輸送してきた非常用の食料3万食を、宮城県気仙沼市の五右衛門ケ原運動場に運んでいる。 また、米海軍厚木基地(神奈川県厚木市)に所属するヘリ8機が午後3時半、岩手県陸前高田市で孤立している被災者計約640人を救助するため、同基地を離陸した。午後5時に到着後、近隣の病院や避難場所などに輸送する。
津波監視体制に課題 気象庁 津波の規模把握できず 2011.3.13 16:50 産経
マグニチュード(M)9・0という巨大地震となった東日本大震災は、強い揺れに続いて大きな津波を発生させ、東北地方の太平洋沿岸に甚大な被害をもたらした。しかし、潮位を計測する沿岸の施設が地震後軒並み機能しなかっため、津波の規模は今も分かっていない。監視体制に課題を残すことになった。
観測点に障害が残っている。実況の監視は重要なので、災害に強いものにしなければいけない」 13日午前9時、東京・大手町の気象庁の会見室。大震災で東北地方にあるほとんど観測施設で障害が発生したことを受け、気象庁の横山博文地震津波監視課長は観測施設の「インフラ強化」を課題に挙げた。津波の観測は多くの人命にかかわるだけに早急な対策が求められるが、復旧のめどは立っていないという。 海面の高さは、沿岸に設置された「検潮所」と呼ばれる施設で観測している。海水を導いた井戸の上からワイヤで浮きを垂らし、浮きの上下動で海面の高さを測定。このほか衛星利用測位システム(GPS)衛星を使い、沖に浮かべたブイの上下動を計測する「GPS波浪計」などもある。 気象庁によると、東日本大震災後、観測データが途絶えているのは、青森県八戸市から福島県いわき市にかけての太平洋沿岸に設置された18カ所の検潮所。岩手県宮古市や釜石市に設置された検潮所の波形データでは、地震発生直後に潮位が下がり、その後一気に上昇したが、間もなくデータが途絶えた。沿岸の検潮所では、これまでに3〜7メートル超の津波が観測されているが、気象庁はデータが途絶えている検潮所では、10メートルを超える津波もあったとみている。 大津波が発生した場合も想定し、水圧で海面の高さを測ることができる水圧センサーを備えた「巨大津波観測計」も併設されているが、データは電送されてこなかった。 横山課長は「基本的に検潮所は海辺にある小屋。10メートルくらいの津波で浸水してしまう。浸水しても観測可能な機器を持っているが、それも稼働しなくなるほどの津波だった」と述べ、想定をはるかに上回る災害だったことを示唆した。 データは検潮所に保存されていないうえ、今回は検潮所の施設自体が津波で倒壊、流出した可能性もある。津波の規模は今後、現地の被害状況をみて推定する以外ないという。 観測施設の機能が停止したことで、余震の緊急地震速報で誤った情報が発表されるなど影響も出ている。 データを電送する装置を津波の及ばない高台に設置したり、停電時のバックアップ電源を確保するなど、災害に強い観測施設の整備が喫緊の課題だ。気象庁は「津波の測定、地震の全体像をいかに早く推定するか。技術的な面で整備を進めていかなければいけない」としている。
米空母部隊、被災地沖に到着=支援開始、活動拠点に (2011/03/13-21:27)
【ワシントン時事】東日本大震災で、米海軍は13日、空母「ロナルド・レーガン」や随伴するイージス艦など計4隻が同日(日本時間)、被災地の沖合に到着したと発表した。複数の艦載ヘリコプターが人道支援物資の輸送活動を開始した。 空母は自衛隊や海上保安庁などの救難ヘリの補給拠点として使用する。空母部隊とは別に、宮城県沖には駆逐艦「ジョン・S・マケイン」など4隻が配置に就いた。 このほか大型ヘリを搭載した揚陸艦を北海道に向かわせている。北海道で自衛隊員700人を乗艦させ、秋田県に運ぶ。さらに、第7艦隊旗艦ブルーリッジや海兵隊が乗艦した強襲揚陸艦「エセックス」など4隻が16日から被災地沖に順次到着する予定だ。
東電社長が謝罪、辞任は否定 「津波が一番の問題だ」 2011.3.13 22:53 産経
東日本大震災に伴う福島第1原発の事故で、避難した人が被ばくしたのを受けて、東京電力の清水正孝社長は13日夜、都内で記者会見し「放射性物質の漏えいにより、広く社会に大変なご心配とご迷惑をお掛けし、心よりおわび申し上げます」と謝罪した。ただ自身の責任については「福島の安全確保が最大の責務だ」と述べ、現時点での辞任を否定した。 清水社長は事故の原因について「(施設の老朽化などよりも)津波が一番の問題だ。機器が壊れて機能を失ったのが最大の要因。津波が想定を超える水準だった」と釈明。「津波対策はこれから検討すべき重要な問題。今回の教訓を踏まえて関係機関と議論を重ねたい」と話した。 一方、周辺住民の健康への懸念に関しては「福島第1原発の敷地境界での放射線量は現在、毎時80マイクロシーベルト。ただちに人体に影響が出るレベルではない」と影響は低いとの見方を示した。
14原発防護策 破たん 2011年03月14日 朝日 福島
大地震は福島県に最悪の事態をもたらした。東京電力福島第一原発1号機は爆発後、天井が崩落、敷地境界では基準値を超す放射線量を記録した。一方、県警によると、震災による県内の死者は12日午後2時現在、116人、行方不明者は502人。県災害対策本部の発表によると、避難者は11万9197人で、大熊町1万1363人、双葉町7243人などが多い。住宅の被害は、全壊705棟、半壊120棟、一部破損1140棟。24万戸で停電している。
午後3時半ごろ、ドーンという爆発音が福島第一原発からあがるとともに、白煙がもくもくとあがり始めた。約40年にわたり、大きな事故もなく運転を続けてきた第一原発の信じられない姿だった。 煙が見えたのは、原子炉建屋とタービン建屋の間付近だが、原子炉格納容器が壊れたかどうかはすぐにわからない。福島市内で取材に応じた東京電力幹部は「どういう原因で起きて、どういう影響をもたらすのかは精査しなければならない」と答えるのが精いっぱいだった。ただ、爆発によって社員数人が負傷したことだけはすぐに判明した。 12日は時を追うごとに、第一原発の状況が深刻さを増していった。東京電力は原子炉の水位を保つ懸命の作業を続けたが、午後1時半過ぎには燃料棒が人の背丈ほど水面から露出してしまった。 その後も炉心融解の恐れが伝えられるなど、緊迫の度は増すばかり。県幹部は「燃料棒が露出したことは尋常でない事態。国と事業者の責任において最善の策を講じてほしい」と強く求めた。 爆発はそれからまもなく発生。被災の様子を伝えるテレビ画面からは、大きな白煙をあげ続ける福島第一原発の姿が映し出され続けた。 原子炉で万一の事態が起きても、運転を「止める」、原子炉を「冷やす」、放射能を「閉じこめる」という何重もの防護が原子炉の安全を保つ。原発立地地域の人たちは、国や東京電力からそう安全性を説明され続けてきた。 しかし、そうした防護策が次々と破られ、爆発の事態に。十分な情報がないまま、避難場所を転々とした立地地域の住民は言葉を失った。
岸壁に打ちあがった漁船、路上に転がる漁具や車。いわき市の小名浜港は津波から一夜明けた12日朝、大きな爪痕が残っていた。住民らによると、揺れが収まった後、海面が音を立てて隆起し、岸壁を越えた。係留中の漁船は上下左右に大きく揺れ、乗用車などが住宅街へ押し出された。 近くで食堂を経営し、避難し、この朝戻ってきた照沼三枝子さん(61)は、散乱した冷蔵庫や棚、テーブルを見て「もう、商売はできないかも」と途方に暮れていた。 同市久之浜は津波で家々が倒壊しただけでなく、大火にも襲われた。時計・電器店を経営する伊藤保幸さん(60)は、「津波が来るぞ」の声で高台へ逃げた。約30分で戻ると、今度は近所で火災が起きた。「炎が自分の家に迫ってきた。ああ、もうだめなんだなあ、と思ったら泣けてきた」と話した。 宍戸政彦さん(49)は、妻の由喜恵さん(35)と母の陽子さん(54)と相馬市内で縫製工場を営んでいる。地震直後、長男の中学1年亮さんが帰宅しているのではないか、と心配した由喜恵さんと陽子さんは車で磯部地区の自宅へ戻った。その約30分後、津波がすべてをのみ込んだ。亮さんは学校にいて無事だった。「2人がどこかで無事でいてくれることを祈ってます」 新地町駒ケ嶺の農業後藤清雄さん(74)方では、この日家族が総出で家の掃除に追われていた。「建てて3年目」というオール電化だが、1階部分は居間や風呂場など、泥が堆積(たいせき)し、家具はぐしゃぐしゃにかき回されていた。「この流れ着いたゴミ、米作るには片付けなきゃなんねえけど、町でやってくれんのか」 一方、県南の白河市葉ノ木平の土砂崩れ現場では11日夜から、家族らが近くの空き地にテントを張り、救出作業を見守りながら、雪が降りしきる夜を明かした。10人を超えるとみられる行方不明者は朝になっても一向に見つからない。「早くしてくれ。死んじまうっぺ(死んでしまう)!」。悲痛な叫び声が辺りに何度も響いた。
東日本大震災:浦安、液状化で断水 県内死者14人、不明10人に /千葉 毎日新聞 2011年3月14日 地方版
◇「風呂やトイレ我慢」 東日本大震災による液状化現象が、県内の東京湾岸部を襲った。浦安市では水や道路などのライフラインを寸断し、市民生活が危機的状況に追い込まれている。とりわけ断水が深刻だとして、森田健作知事は13日、自衛隊に協力を要請。災害史上初めて海上自衛隊が飲用水を運ぶ専用艦を派遣し、市民への給水をサポートした。断水に加え、液状化で地面から噴き出た土砂が各所であふれ、歩道や車道が割れ、建物が傾くなど被害も広がっている。一方、県内の震災被害の全体像も判明しつつある。県や県警は同日、県内の死者は14人に上り、行方不明者も10人いると発表。同日午後6時現在で判明した全壊・半壊家屋は計433棟で、12日の4倍近く膨らんだ。
浦安市民は地震発生直後から、県水道局などが実施する給水場所に行列を作っている。 「昨日(12日)は2時間半も並んだ。地震発生から風呂にも入れず、へとへとだ」。給水場所の同市立日の出小学校で、会社員の山田良一さん(40)はポリタンクを抱え、不満をこぼした。「都内に行けば銭湯があるが、ガソリンも販売制限され、車は使えない」 会社員の藤堂憲幸さん(59)は「小さなタンクしかない。並ぶのは今日だけで3回目。人が少ない時間帯を狙って並ぶ」。給水を受けると足早に自宅へ。「とにかく何もできない。風呂、トイレ、料理。全部我慢している。飲み物はジュースを買ってしのいでいる」と疲れ切った表情だ。 浦安市猫実の男性会社員(40)は「トイレが流せず、子どもは風呂場でさせる」と打ち明けた。入船北小学校で給水を受けた無職、米倉安雄さん(75)は初めて給水に訪れた。防災無線での呼びかけが聞きづらく、給水実施を知らなかった。「市は広報をもっと徹底して」と話す。 海上自衛隊は13日、同市に水を運ぶ専用艦「水船」を派遣。310トンを積み、正午ごろ同市千鳥に接岸し、県の給水車に水を移してピストン輸送に協力した。指揮官の泉田利幸2等海尉は「最大の支援をします」。 JR新浦安駅前のスーパー「ダイエー」では、水入りペットボトル(2リットル)を買い求める客が途切れない。広報の社員によると、13日も午前10時の開店前、入り口に800人ほどの行列ができた。購入は1人2本に制限。売上本数は普段の10倍ほどという。 総菜やパンやレトルト食品も飛ぶように売れた。「入荷したものを右から左に出している状態。『とにかく水がほしい』という人ばかりです」 同市の大規模な断水について、県水道局は「液状化の影響で、地下に埋まっている配水管が破損し、相当数の漏水箇所があるため」と説明する。妙典給水場(市川市)から水を供給しているが、通常の水圧で送っても漏水が激しく、水圧が下がって届かないという。現在、配水管の破損箇所を修理中で、8〜9割の修理が終われば通常供給に戻るとしているが、破損箇所が多く、復旧のめどは立っていない。 市内各所には液状化で噴き出した土砂がたまり、道路が波打ち、至るところでテープやカラーコーンで通行が規制されている。車は走りにくそう。歩道が割れ、バス停が傾いているところも。住民、とりわけ高齢者は歩くのに難渋している。また、土砂が乾き、土ぼこりとして車に巻き上げられ、まち全体が黄色っぽくかすんでいる。まち行く人々は、マスク姿の人が目立ち、ハンカチを口に添える人も目立つ。【駒木智一、荻野公一】
◇新たに身元確認 県警は13日までに、新たに次の方々の遺体の身元を確認した。 旭市横根、島田チエ子さん(91)=津波で倒壊した家屋から水死した状態で発見▽旭市平松、宮内晴美さん(66)=路上で水死した状態で発見▽旭市椎名内、江波戸清さん(71)=津波にのまれ窒息死し路上で発見▽旭市飯岡、小池喜久子さん(65)=海岸で水死状態で発見▽同、小池正彦さん(67)=津波に巻き込まれ水死か▽旭市平松、平川りんさん(83)=民家の扉の下敷きになり水死▽旭市椎名内、古川国治さん(89)=全身骨折し外傷性ショックで死亡し海岸で発見▽旭市下永井、鈴木きみさん(86)=水死し路上で発見
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◇被害・ライフラインの状況 〓負傷者〓
127人(うち重傷者5人=市原1、船橋1、銚子2、佐倉1)
〓避難者〓
18市町の避難所74カ所に計1795人。
〓建物の被害〓
火災25件(千葉18、市川2、船橋1、鎌ケ谷1、八街1、八千代2)。全壊273棟(市川1、船橋1、習志野2、香取10、旭254、山武2、横芝光3)。半壊160棟(銚子1、旭139、香取2、山武15、横芝光3)。一部損壊2638棟(船橋2、習志野6、柏377、銚子35、成田17、香取334、栄2、東庄625、茂原12、山武10、いすみ1、印西17、東金1、旭371、多古422、市川49、四街道24、野田213、酒々井70、横芝光50)。床上浸水454棟(銚子30、旭83、山武209、いすみ5、九十九里88、一宮29、横芝光10)
〓鉄道〓
運転見合わせ=JR成田線(成田−我孫子)、鹿島線(佐原−鹿島神宮)、山万ユーカリが丘線。
〓道路〓
通行止め=常磐道、流山有料道路。国道・県道の一部に通行止め区間が残る。ガソリンスタンドでは売り切れが相次いでいる。
〓水道〓
断水は浦安7万7000戸、市川8万1000戸、千葉市美浜1万2000戸、習志野5400戸、香取1万9550戸、旭1万8736戸、山武郡市1万4000戸など。浄水場や給水場で応急給水を実施中。各地に給水車も出ている。
〓電気〓
停電は県内全域で復旧。
〓ガス〓
供給停止=京葉ガスが浦安5445戸。
〓電話〓
回線規制が続いている。
〓医療〓
県内すべての災害拠点病院で患者受け入れが可能。休日・夜間急病診療所も通常通り対応できる状態。
〓学校〓
公立小中高校・特別支援学校の計471校で施設に被害。週明けの14日、公立校は少なくとも251校が臨時休業。各市町村教委も小中学校の休業を検討している。
〓公営住宅〓
県営住宅は、ひび11団地、水道管などの破損16団地、液状化による通路の破損など13団地。
〓漁業関連〓
東京湾で約90隻が転覆。8漁協のノリ養殖施設が損壊。外房で約40隻転覆、約40隻乗り上げ。利根川では5隻転覆、20隻乗り上げ。銚子漁港で道路が陥没。飯岡漁港も液状化で一部陥没。栗山川(横芝光)、片貝(九十九里)、太東(いすみ)、勝浦の各港でも施設に損害が出ている。
=13日午後6時現在県まとめ
余震恐れ外出控え 行事中止や休園相次ぐ 2011年3月14日 読売新聞
東日本巨大地震の発生から3日目の13日、日曜日で都内は晴天に恵まれたが、被災地を思っての自粛か、余震を恐れてか、公園でバーベキューを楽しむ人は少なく、お笑いイベントも中止された。節電を呼びかける大学生がいる一方、食料品やガソリンの確保に焦る市民の姿も見られた。
■自 粛 国営昭和記念公園(立川市、昭島市)の13日の入場者数は約6000人と、先週の日曜日(6日)の半数にとどまった。広報担当者は「地震の影響で外出を控えているのではないか」と話している。「バーベキューガーデン」も、6組36人が利用しただけ。今月5、6日の週末は約200人ずつが楽しんでおり、多くのテントでにぎわうはずの広場は閑散としていた。 友人らと遊びに来ていた稲城市、会社員山田ミヨ子さん(60)は、岩手県釜石市に住む姉と連絡がとれていないと言い、「公園に来るかどうか迷ったが、家でニュースを見ながらふさぎ込んでいても良くないと思った」と話していた。 複合商業ビルのアレアレア(立川市)は13日、恒例のライブ「お笑いアレア」を中止した。広報宣伝室は「タレントが地震をネタに不謹慎な発言をする可能性もあるので」と説明する。 銀座・中央通りは12日に続いて歩行者天国が中止になった。紳士服店の男性店員(50)は「歩行者は、いつもの週末の1割もいない。地震で外出する気分にもならないのでしょう」と、ため息まじりに話した。
■安全第一 東京サマーランド(あきる野市)は13日、今月末まで臨時休園すると、ホームページ上で発表した。「余震が発生する可能性があり、安全を第一に考え、急きょ14日以降休園することになった」と理解を求めている。 三井アウトレットパーク多摩南大沢(八王子市)は地震直後から全店を休業し、13日からはスーパーのみ営業を再開した。同パークは「建物の100%の安全を確認して、オープンしたい」と説明している。 109シネマズグランベリーモール(町田市)やTOHOシネマズ府中などの映画館も、安全確認を理由に休業が続いている。
東日本大震災:津波、10メートルの防潮堤越え 海岸の1キロ先まで 毎日新聞 2011年3月14日 地方版
◇「昭和のより大きい」 東日本大震災の県内死者数は13日午後4時現在、267人にのぼった。陸前高田市などまだ把握できない市町村もある中、多くの人の命をのみ込んだ津波の姿が、人々の証言で少しずつ明らかになってきた。 宮古市田老では、津波が二つある高さ約10メートルの防潮堤を乗り越え、家々を押し流した。明治、昭和の大津波で壊滅的な被害を受けてきたが、住民らは「昭和8年の大津波より大きい」と口をそろえた。津波は海岸から約1キロ離れた三陸鉄道の築堤まで押し寄せ、海岸との間にあった家屋の大半が倒壊した。 同市田老、漁業、大棒賢作さん(63)が防潮堤の上に腰掛け、自宅跡を見つめていた。「何十年も積み重ねてきたものが全部パーだ」とつぶやいた。 地震直後、高台にある常運寺に妻とかけのぼった。海の遠くから「ドン」という音が響くと、高さ15メートルほどまで海面の水位が上がり、津波は防潮堤の内側に流れ込んだ。住宅や町工場の屋根が傾くと、数秒後には見えなくなっていった。津波は、ほどなく二つ目の防潮堤も乗り越えた。ギシギシと流れる家屋がぶつかり合う音が響き、港に500隻ほどあった漁船も姿を消した。「アー」と、避難した人々の口からうめき声が漏れた。 潮が引き、自宅の様子を見に行った大棒さんは「影も形もなかった。家財らしき物すらない」と目を伏せた。避難所となった寺で夜、毛布をかぶっても寝付けない。余震が立て続けに訪れ、今後の生活を考えると起きてしまう。町職員や行政相談員などを務めた記録を収めたパソコンも失った。「想像できますか。先のことをどう考えれば良いのか」と、ため息をついた。 同市災害対策本部によると、13日午前11時現在、田老地区だけで9カ所に計1425人が避難している。【山口圭一】
奇跡の生還!60歳男性 45時間漂流も助かった 2011年3月14日 06:00
東日本に甚大な被害をもたらした東日本大震災から2日たった13日、宮城県警の竹内直人本部長は地震の同県の死者について「万人単位に及ぶことは間違いない」と指摘した。行方不明者は数万人に達する勢いで、避難者は45万人超。被害が拡大する中で、福島県南相馬市の新川広光さん(60)が同県双葉町沖約15キロの洋上で漂流しているところを海上自衛隊に救出された。
救援活動を行っていた海上自衛隊のイージス艦「ちょうかい」が福島沖を航行中、海上に漂う家屋の廃材や流木の間から動く影を見つけた。 「人じゃないか?」 ライトを照らし、汽笛を鳴らすと、新川さんがベージュの作業服姿で6畳ぐらいの屋根の板の真ん中に座り、救助を求めて、赤い布を付けた竹竿を振っていた。 救難ボートを降ろして自衛官が手をさしのべると、一瞬ホッとした表情を浮かべたが、手渡された清涼飲料水を飲み干すと、ボートの上で泣き崩れた。手や顔に軽傷を負っていたが元気な様子で、自衛官に「津波が来ることを聞き、一度家の外に出たが、忘れ物を取りにまた自宅に戻った。そこで、津波が来た。妻は流された」などと話した。 自宅があった南相馬市は震度6弱を記録。大津波警報が発せられ、6メートルを超える津波が街を襲い、約1800世帯が壊滅する甚大な被害があった。新川さんは一緒に流れていた屋根に何とか登って、太平洋に流れ着き、漂流中に拾ったヘルメットをかぶって助けを待っていた。 漂流は約45時間。「近くを通ったヘリコプターや船に気づいてもらえなかった。自宅から2本持参した栄養ドリンクの2本目を飲んでしまい、きょうが最期かなと思っていた」。万が一の覚悟もしており、名前と住所を入れた缶も持っていた。 福島県には地震直後から、「大津波警報」(高いところで3メートル程度以上の津波)が出ており、約30時間後の翌12日午後8時20分に「津波警報」(同2メートル)に引き下げられ、13日午前7時半に「津波注意報」(同0・5メートル)となった。新川さんは荒波と寒さ、妻の安否の心配や心細さに耐えていたようだ。 救助された後は艦載ヘリコプターで同県相馬市内の病院に搬送され、両手に包帯を巻き、顔にばんそうこうを張ってもらうと、「命があっただけでも良かった」とつぶやいた。入院の必要がないため、近くの親戚の家に身を寄せたという。 病院関係者によると、終始言葉少なだった。治療に当たった女性看護師は「体の傷より精神的ショックが大きいのでしょう」と気遣った。
東日本大震災:大量の土砂、作業阻む 白河・葉ノ木平、13人生き埋めか /福島 毎日新聞 3月14日(月)10時26分配信
◇100人が捜索続ける 13人が生き埋めになっている可能性のある白河市葉ノ木平の土砂崩れ現場では、13日も自衛隊や消防団員ら約100人が捜索を続けたが、大量の土砂が作業を阻んだ。 同市災害対策本部によると、杉山の一部が11日の地震で高さ約10メートル、幅約100メートルにわたって崩れ、住宅やアパート10棟ほどが押し流され埋まった。 地震後、近所の人から通報があり、11日夕から土砂の撤去作業が始まった。高さ10メートルにもなる土砂を、ショベルカーで崩し、ダンプカーで運び出す方法で行われているが、土砂の中から水が染み出すなどして難航。 のみ込まれた家には、82歳から5歳までの男性6人、女性7人がいたとみられる。5歳と6歳の兄弟とみられる幼児も含まれる。同市対策本部は「土砂の撤去に全力を挙げる方針」としている。 近くの人は「これまでは、災害には無縁だったのに。まさか10人以上ものみ込まれるとは思わなかった」と話した。【和泉清充】
東日本大震災:ロシアから救助隊75人、今夕にも 毎日新聞 2011年3月14日 14時30分
外務省は14日、東日本大震災を受け、ロシア非常事態省の救助隊を受け入れることを発表した。第1陣の50人は航空機でモスクワから成田空港に向かっており、同日夕にも到着する見通し。第2陣の25人はヘリコプターで極東ハバロフスクを出発した。到着次第それぞれ仙台市周辺に向かい、生存者の捜索・救助活動にあたる予定。
当局「日本産食品の放射能汚染を警戒」、市民は争って購入=香港 2011/03/14(月) 15:39 サーチナ
香港の食物・衛生局の周一岳局長は14日、日本からの輸入食品に対して、放射線輻射(ふくしゃ)の検査を強化したことを明らかにした。東京電力の福島第一原子力発電所が放射性物質の漏洩(ろうえい)を起こしたことに対応した。一般市民の間では逆に、日本産食品などを争って買い求める動きが発生している。中国新聞社が報じた。 周局長によると、今のところ、問題がある食品は出ておらず、仮に放射性物質による食品の汚染が発生したとしても、「日本政府は自主的に差し止めてくれる。日本が汚染された食品を輸出することはないと信じている」という。 香港市場における食品と食品原料は中国大陸からの輸入品が圧倒的に多く、日本産食品は高級品の扱いだ。品質がよく、「安全・安心な食べ物」として評価されている。 今後、日本産食品の輸入が止まる可能性があると心配した市民が、購入に走った。粉ミルクの場合、朝早くから行列ができた店もある。13日には平時の2倍程度売れ、1人で大量に購入した客もいたという。 海産物を買い求める人も増加した。特にアワビは通常の8倍の売れ行きだ。業者によると「この仕事を始めて以来の販売量」という。日本におけるアワビの加工場は青森や岩手に多く、大震災のため「入荷が極端に減少するだろう」と考えた人が多いようだという。(編集担当:如月隼人)
NZからも援助隊=「困難な状況、助けたい」−成田空港 2011/03/14-18:31 時事
東日本大震災の救援活動のため、ニュージーランドの緊急援助隊45人が14日、成田空港に到着した。先遣隊7人と合流し、同日中にも宮城県に向かう。主に津波の被害が出ている地域で、生存者の捜索活動を行うという。 隊員のほとんどは、先月の同国大地震で被害の大きかったクライストチャーチ市で救助活動を行ったといい、休みなしで活動に臨む。 ミッチェル・ブラウン副隊長(46)は「(同市と同じような)困難な状況を迎えている人を助けたい。日本国民には深い哀悼の意を表したい」と話した。
【地震】宮城・南三陸町などで新たに2000人の遺体 03/14 17:25 ANN
宮城県内では、南三陸町などで新たに約2000人の遺体が発見されました。 宮城県の担当者:「南三陸町では1000体の遺体がある」 宮城県の災害対策本部会議では、新たに南三陸町で約1000人の遺体が発見されたと報告がありました。町の職員が遠くから目視で確認したということです。さらに、石巻市と女川町の複数の港でも合わせて1000人の遺体が発見されています。また、気仙沼市によると、市内2カ所の小学校に設けられた遺体安置所には合わせて140人の遺体が搬送されているということです。宮城県警のまとめによると、検視を終えた遺体は785人に上りますが、身元が確認されていない人も多くあります。
米空母のヘリ乗員17人から放射線検出 2011年3月14日19時39分 読売新聞
米第7艦隊は14日午後、仙台市付近で救援活動を行っていたヘリコプターの搭乗員から低レベルの放射線が検出されたと発表した。 福島第一原発の北東約160キロ・メートル付近を航行していた原子力空母「ロナルド・レーガン」などの艦隊は、念のため、原発の風下を避けた海域に退避した。救援活動は続ける方針としている。 放射線は、同空母に帰還した3機のヘリに搭乗していた計17人とその作業空域などから検出された。福島第一原発から放出された放射性物質だとしている。検出量は最多でも、人間が自然界で1か月間に浴びる量より少なく、せっけんで洗って取り除いたという。
【地震】死者2000人超、うち身元が判明は約500人 03/14 22:10 ANN
14日午後8時現在、東日本巨大地震の主な被災地である岩手県、宮城県、福島県の3県で、死者数は2000人を超えていますが、そのうち約500人の身元が判明したことが分かりました。 警察庁によると、午後8時現在、主な被災地である宮城県、岩手県、福島県の3県で、死亡した人は合わせて2012人に上っています。その遺体のうち、遺体の見分が終わったのが約1180体で、さらに身元が判明したのが約500人だということです。また、その500人のうち、約150人がすでに遺族などに引き渡されたということです。警察庁は、検視のできる警察官を被災地に派遣して身元の特定などを急いでいます。
米英の救援隊到着=中国隊も活動開始−「やれること何でも」・岩手 2011/03/14 22:32 時事
東日本大震災で、米英両国の医師や消防隊員らでつくる国際救助隊が14日午後、岩手県住田町に到着した。同町の小学校を拠点に、津波で大きな被害を受けた隣の大船渡市で15日から活動を始める。 取材に応じた隊員によると、救助隊は総勢約200人。青森県の米軍三沢基地からヘリコプターやバス、トラックで駆け付けた。200人は8割が消防隊員、残りは医師や救助犬を伴った捜索隊員という。 米国救助隊の班長クリス・シャフさん(44)は「まず第一に生存者の捜索と救助。それから遺体の引き上げだ。食べ物を配ったり、日本が望むことは何でもできる」と話した。「生存の確率が低くなるとされる被災後72時間が過ぎたが」と聞かれると、「米国の被災地では7〜10日たってから救出したこともある。やれることは何でもやりたい」と強い意気込みを見せた。 市災害対策本部に大阪市消防局から派遣され、調整役に当たる西岡義博さんは「海外の隊員たちの強い気持ちはありがたいが、日没後の活動は非常に危険。15日から市中心部や最も被害の大きい場所で活動してもらう予定だ」と話した。 前日に現地入りした中国の国際救援隊計15人は捜索を始めた。彭碧波医療班長(42)は「中国からの派遣は初めてだが、2008年の四川大地震で日本の救援隊は大変助かった。恩返しをするつもりで頑張りたい」と力を込めた。 港から流された漁船が残るJR大船渡駅近くから作業を開始。川にがれきと一緒に埋まった車の中を確認していた。スマトラ沖やニュージーランドの大地震でも派遣された隊員の1人は「形をとどめている家屋もあり、経験上、生存者がいると思っている」と話した。
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九州各地から支援物資続々、被災地へ相次ぎ出発 2011年3月15日 読売新聞
九州各地で14日、東日本巨大地震の被災地に救援物資を送る動きが広がった。 長崎県と長崎大は、県内から集まった救援物資を長崎大水産学部の練習船「長崎丸」(842トン)に積み、出発した。県の備蓄品の毛布3000枚や下着5900枚、水産加工業の組合が贈ったかまぼこ類約1トン、県漁連提供の煮干し800キロなど。飲料用の貯水タンク(180トン)や海水を淡水に変える造水機能も装備している。 福岡県は、備蓄していた乾パン1万8000食や紙おむつ1万4700枚などをトラック2台に積んで福島県へ送り出した。沖縄県と同県浦添、名護市は給水車計5台を福島県に派遣することを決めた。 鹿児島県は、川内原発のある薩摩川内市で保管していた放射線防護服200着を福島県へ送った。原発立地14道県知事で作る「原子力発電関係団体協議会」を通じ要請を受けていた。薩摩川内市も、米2500食分や乾パン350食などを福島県南相馬市へ送った。 佐賀県は保存食やペットボトル入り飲料などを宮城県に輸送し始めた。玄海原発がある玄海町などに備蓄していた防護服なども福島県に送る。 一方、熊本県菊池市は14日、公費で義援金5000万円を送ることを決定。今年度補正予算に盛り込み、市議会で可決された。送り先は未定。同市は人口約5万人で、市民1人当たり1000円として額を決めた。財政調整基金を取り崩して賄う。市は1998年から、岩手県遠野市と友好都市提携を結んでいる。
米の揚陸艦が苫小牧入港…陸自部隊を被災地へ 2011年3月15日 読売新聞
東日本巨大地震で、被災地に陸上自衛隊第5旅団(北海道帯広市)の隊員などを移送するため、米海軍の揚陸艦「トーテュガ」(約1万6000トン)が15日朝、北海道苫小牧市の苫小牧西港に接岸した。陸自北部方面総監部によると、米軍艦艇による自衛隊部隊の移送は初めて。 陸自派遣部隊の約240人と、ヘリコプターの燃料を積んだタンクローリーなど約80台を青森港に運ぶ予定。同艦は青森港を経て、さらに仙台市沿岸に向かい、災害支援にあたるという。 同艦は、米軍の太平洋艦隊に所属、長崎県の佐世保基地が母港。アドリアン・ラグランド艦長は「日米関係を示すいい機会。できるだけ早く輸送を行い、被災地の人の助けになりたい」と話していた。
日本の震災を喜ぶ外国人女性が動画を公開 / すごい数の反論動画が集まる 2011年3月15日
クロアチアの日本大使館前での黙祷など、日本だけでなく外国人も心を痛めている東北関東大震災。アメリカからも救援が来ているが、そんな中でも悲しいことに日本の震災を喜ぶアメリカ人女性がおり、その喜ぶ姿を動画サイトYoutubeに公開。世界中で閲覧され問題となっている。簡単に説明すると以前その女性は神を信じない者に罰を与えるよう、神にお祈りしたそうだ。そうすると神は数日後に日本に地震を起こしたとの事。「日本は手始めには素晴らしい場所」と言っており、日本だけでなくアメリカの神を信じない者全てにも罰を与えたいと思っているようだが、アメリカでもこのような考えに賛同する者はいない。この動画が公開された後、様々な反論の動画が大量にYoutubeにアップされ、日本だけでなくアメリカ人たちもこの女性に怒りを覚えているのである。現在は元の動画は削除され視聴できなくなっているが、数々の反論動画は閲覧することが出来る。アメリカをはじめ外国人たちも心から現在の日本を心配しており、無神経な行為には心を痛めているようだ。
世界のメディアが伝えた地震と教訓 2011.03.15 Tue posted at: 13:08 JST CNN
(CNN) 日本を襲った巨大地震と津波、原発事故による壊滅的な被害を目の当たりにして、各国の新聞は14日の紙面で自国の地震対策や原子力発電所が学ぶべき教訓について論説を展開した。米紙ニューヨーク・タイムズはオバマ大統領のエネルギー政策に言及し、「この週末までオバマ大統領や議会は、原子力は確実なエネルギー供給源であり、気候変動問題解決の一端を担うとの認識で一致していた。1979年のスリーマイル島事故以来、実質的に麻痺状態だった米国の原子力産業は復活しようとしていた。今、そのすべてに対して疑問が突き付けられている」とした。ロサンゼルス・タイムズ紙は、同市では地震発生の危険が高いにもかかわらず、建物の品質は日本の基準に遠く及ばないと指摘、「われわれが壊滅的な地震に見舞われるかどうかではなく、いつ見舞われるかの問題だ」と警鐘を鳴らしている。
ニュージーランド・ヘラルド紙によると、地震で多くの犠牲者を出したばかりのクライストチャーチ市長は同日記者会見し「この町の人々は、それがどんなことかを誰よりも理解している。日本の悲劇の大きさは想像さえ及ばない」と語った。
【原発】水素爆発で1人被ばく 福島第一3号機 03/15 05:53 ANN
東日本巨大地震の影響で、福島第一原発ではトラブルが相次いでいます。1号機に続いて3号機でも水素爆発が発生したほか、2号機の燃料棒がすべて露出するなど深刻な状態が続いています。 2号機では14日午後、冷却装置が停止したため海水を注入する作業が行われました。冷却水の水位は回復していましたが、午後11時ごろ、圧力容器内の水蒸気を排出するバルブの異常が原因で、水位が再び急低下しました。これにより、燃料棒がむき出しの状態になっています。一方、3号機では14日に1号機と同様の水素爆発が発生しました。格納容器への損傷はないとみられますが、東電の社員1人が被ばくしました。また、福島第一原発の正門付近では、1時間あたり3130マイクロシーベルトと、これまでで最も高い放射線量を観測しました。燃料棒の冷却作業で放射性物質を含んだ蒸気が放出されているためとみられます。
白河崩落1遺体発見 死者3人に 2011年03月15日 09時40分 福島放送
のり面崩落で民家が押しつぶされ、13人の住民が土砂崩れに巻き込まれたとみられる白河市葉ノ木平地区で14日も、自衛隊、消防、警察などが約200人態勢で救出に当たった。災害救助犬18頭も投入し、懸命な救出活動を続けたが、同日夕方までに新たに1人が遺体で見つかった。白河地方広域市町村圏消防本部によると女性は同市葉ノ木平、平山智子さん(70)。家族が確認したという。死者は3人となった。
津波に流された空自F2支援戦闘機、宮城県 2011年03月15日 11:11
東北地方太平洋沖地震で発生した津波で、航空自衛隊松島基地(宮城県)では航空自衛隊のF2支援戦闘機が多数水没した。
【原発】放射性物質の漏れも 福島第一2号機 03/15 10:45 ANN
福島第一原発2号機で、圧力抑制室が損傷し外部に放射性物質が漏れている恐れがあることが明らかになりました。 経済産業省と東京電力によると、福島第一原発2号機で15日午前6時14分に爆発音がありました。圧力容器内の圧力を低下させる圧力抑制室が損傷しているということです。放射性物質が外部に漏れて被ばくする可能性があるため、注水作業に関わる作業員約50人以外はすべて原発の外に退避しています。第一原発の正門付近の放射線量は、午前8時半ごろに制限値の16倍となる8217マイクロシーベルトを検知したということです。
東日本大震災 燃える孤立の島 気仙沼・大島に2000人 毎日新聞 3月15日(火)11時15分配信
津波で大きな被害を受け火災が発生している大島。奥は火災の煙に包まれる気仙沼市街地=宮城県気仙沼市で2011年3月15日午前9時8分、本社機から貝塚太一撮影
津波でタンクから油が流出し、大規模な火災が発生した宮城県気仙沼市鹿折(ししおり)地区。被災から4日たってもあちこちで火がくすぶり、住民たちは、灰じんと化した街を前に立ちつくした。気仙沼湾内の島・大島ではまだ火が消えておらず、孤立状態の住民たちが不安な避難生活を強いられている。 鹿折地区には大型漁船が市街地のあちこちに打ち上げられた。火に包まれた西側の一角は、元が何なのか分からない真っ黒ながれきの山で覆われている。住民が重機を使って、焼け跡の中に道を切り開き始めたが、多くはまだ我が家に近付けない。 「父が見つからない。どうやって捜せばいいのか」。会社員の男性(40)は自宅の焼け跡近くで、ぼうぜんとたたずんでいた。地震で一緒に逃げた父は、物を取りに帰宅した時、家ごと大波に流された。その後に立ち上った炎は自宅の痕跡すら消し去った。 激しい揺れ、すさまじい波、そして炎。「こんな事態になるなんて、想像もできなかった」。男性はいまだに眼前の現実が信じられないようだった。 大島の火災は13日夜をピークに鎮火傾向だが、今でも断続的に炎が上がる。「子供たちだけでも何とか避難させてほしい」。対岸から自宅のある島を見つめる養殖業、村上広志さん(40)はすがるように訴えた。大島は人口約3000人。このうち1000人は仕事などのため島を出ており、残された高齢者や子供を中心とする2000人が孤立状態になっている。 鹿折地区の火災で、火のついた漂流物を介して大島にも燃え移ったとみられる。島からは透析患者が運び出されたが、多くの住民はそのままだ。男手が不足しているため、中学生たちが避難所への延焼を防ごうと、周辺の草を刈っているという。 家族を島に残し、気仙沼市中心部に仕事で来ていて被災した自営業の男性(62)は「島民の避難ができないなら、自分らを島に運んで消火させてほしい」と焦る気持ちを抑えられない様子だった。【前谷宏】
福島第2原発は安全に停止=4基とも「冷温停止」に−東電 2011/03/15-11:35 時事
東京電力は15日、東日本大震災で被災した福島第2原発4号機(福島県富岡町)が同日午前7時15分、原子炉内の温度が100度を下回る「冷温停止」の状態になったと発表した。危険な状態を脱し、安全に停止した。 第2原発は地震発生時、1〜4号機すべてが運転中だったが、直後に自動停止。その後、1〜3号機は冷温停止しており、これで4基すべてが冷温停止状態になった。
地震死者2000人を超す…警察庁 2011年3月15日12時41分 読売新聞
東日本巨大地震で、死亡確認された人が2000人を超え、2475人に上ったことが、警察庁の調べでわかった。 同庁のまとめでは、15日午前10時現在、死者は宮城県1254人、岩手県675人、福島県492人など。行方不明者は計3118人、負傷者は計1889人に上っている。 宮城県南三陸町など孤立状態だった地域での捜索活動が本格化したほか、不足していた遺体の収容場所の確保や県警による検視が進み、15日午前0時の段階より死亡確認が578人増えた。 宮城県警の竹内直人本部長は、県内の死者数について「万人単位になることは間違いない」との見通しを示している。南三陸町や岩手県大槌(おおつち)町では、それぞれ約1万人の所在が確認されておらず、最終的な死者・行方不明者は数万人に上る見込みとなっている。
東北新幹線 一部で運転再開 3月15日 13時4分 NHK
地震の発生以来運転見合わせが続いていた東北新幹線は、東京駅と栃木県の那須塩原駅の間で、15日の午前9時前から運転が再開されました。当面は、1時間に1本程度の運転になります。JR東日本は、地震発生直後から東北新幹線の線路や架線、それに信号設備などの点検や修復を進め、東京から那須塩原駅までの間が安全に運転できることが確認されました。そして、15日の東京発午前8時56分の「なすの557号」から運転を再開しました。地震から3日ぶりに運転される新幹線には、被災した自宅に戻る人や、親戚の家に水や食料を届ける人たちが乗り込みました。仙台から関東に遊びに来ていて帰れなくなり、親せきの家に泊まっていた高校3年生の女子生徒は「とりあえず那須塩原駅まで行って、レンタカーで仙台まで帰ります。家族の無事は確認できましたが、すごく心配です」と話していました。仙台の自宅に戻る男性は、「地震のときは海外旅行中でした。自宅は大丈夫のようですが、友だちと連絡が取れず心配です。那須塩原に泊まり、それから先、どうするか考えます」と話していました。また、福岡県から栃木県の娘の家に向かう女性は、「娘の家の中はぐちゃぐちゃになったようだ。ライフラインが通じていないというので、食料をトランクに詰めて持って行きます」と話していました。東京から那須塩原の間で運転が再開された東北新幹線は、1時間に1本程度の間隔で運転される予定です。すべて各駅停車の「なすの」で、グリーン車以外は全席自由席です。一方、那須塩原駅より北の区間は、設備の被害がおよそ600か所に及び、全線で運転が再開できるまでには、かなりの時間がかかる見通しです。
【地震】死者・行方不明者6000人超 警察庁 03/15 13:26 ANN
東日本巨大地震による被害はさらに広がり、この地震による死者は2400人を超え、行方不明者と合わせた数は6000人を超えています。 警察庁によると、15日午後0時現在、地震で死亡した人は、宮城県で1254人、岩手県で675人、福島県で492人など2475人に上っています。行方不明者も、福島県で2069人、宮城県で1219人、岩手県で315人などとなっていて、死者・行方不明者は合わせて6086人に上っています。けが人は約1900人いるということです。建物にも甚大な被害が出ていて、全壊が3345棟、半壊が2528棟、一部破損が約5万棟となっています。東京電力は15日も計画停電を実施しています。午前7時から午前10時まで神奈川県、埼玉県、栃木県、群馬県の一部の70万世帯で停電となりました。別の地域の25万世帯でも、午前10時から午後1時まで停電を行いました。一方、福島第一原発2号機では、午前6時14分に爆発音がありました。経済産業省と東京電力によると、圧力容器内の圧力を低下させる圧力抑制室が損傷しているということです。燃料棒が溶けてしまうメルトダウンの可能性を否定できないとしています。放射性物質が外部に漏れて被ばくする恐れがあるため、注水作業に関わる作業員以外はすべて原発の外に退避しています。第一原発の正門付近の放射線は、午前8時半ごろに制限値の16倍となる8217マイクロシーベルトを検知したということです。また、ほぼ同じ時刻に発生した4号機の火災は、災害応援に入ったアメリカ軍などが消火にあたり、正午現在、火は消えているということです。菅総理大臣は午前11時からの記者会見で福島第一原発から半径20キロ以内からの避難を呼びかけるとともに、半径20キロから30キロの住民には、屋内に退避するよう呼びかけました。
4号機、水が蒸発し水素爆発か 燃料棒露出の可能性も 2011年3月15日13時45分 朝日
福島第一原発4号機でも15日午前6時ごろに大きな音が発生した。東京電力が確認したところ、原子炉建屋の5階屋根付近に損傷がみられた。さらに午前9時38分ごろ、原子炉建屋4階北西部付近で出火を確認。正午前までに鎮火した。 音がしたのは2号機で起きた爆発音とほぼ同時で、東電は音が2号機のものか4号機のものか、双方で発生したのかは不明としている。枝野幸男官房長官は午前11時過ぎの会見で、貯蔵してある使用済み核燃料から水素が発生して、水素爆発を起こした可能性があると述べた。 4号機は地震時、定期検査のために運転停止中だった。ただ、原子炉建屋の5階にあるプールに、原子炉から取り出した使用済み燃料が保管されていた。使用済み燃料は熱を持っており、プールに水を循環させて冷やしている。ところが、地震で循環システムを動かす電力を失った。 通常、プールの温度は40度以下で管理している。ところが、14日午後4時18分時点では約85度まで上昇していた。燃料の周囲を満たしている水が蒸発、燃料棒がむき出しになって水素が発生した可能性がある。ただ、運転停止後時間がたっており、発熱量は小さめだという。実際にむき出しになったかどうかは、確認できていない。 火災が発生した4階付近には、原子炉の出力を調整する再循環ポンプ用の電源装置があり、モーターに潤滑油が使われているという。 また、放射線量は午前10時22分時点で、3号機付近で1時間あたり400ミリシーベルト、4号機付近で100ミリシーベルトを測定した。400ミリシーベルトは、緊急時の作業員でも15分間しかその場にいられない数値にあたる。 枝野官房長官は「4号機の(火災の)影響が大きいとみられる。身体に影響を及ぼす可能性があることは間違いない」と述べた。
東電、茨城と千葉の被災地を除外 計画停電 2011/03/15 13:56 共同通信
東京電力は15日、東日本大震災で被災した茨城県と千葉県内の旭市、浦安市、香取市を計画停電の対象から除外する方針を両県などに伝えた。 茨城県では津波などで19人が死亡しており、現在も停電や断水が続いている。また、千葉県旭市でも津波などで12人の死者が出ている。 千葉県の森田健作知事は15日、県庁を訪れた東電千葉支店の近藤聡副支店長に「被災地だけはやめてほしいと何度もお願いしていた。被災している人たちの気持ちを考えて」と要請。近藤副支店長は「配慮が足りず大変申し訳ない」と陳謝した。 東電は14日に初めての計画停電を実施。旭市や茨城県鹿嶋市の避難所でも停電になり、茨城県の橋本昌知事は対象地域から外すよう求めていた。
【地震】リーマンショック上回る下落幅 8200円台に 03/15 14:20 ANN
平均株価が暴落しています。福島原発での事故が深刻さを増していることなどから、売りが膨らみ、一時、下げ幅が1300円を超えるなど、リーマンショックのときの下落幅を上回りました。 東京証券取引所では東日本巨大地震や福島の原発事故など、日本経済への悪影響が拡大するとの懸念から、リスク資産を換金する動きが強まり、売り一色となりました。下げ幅は一時1300円を超え、リーマンショック後の2008年10月16日の下落幅1089円を上回りました。日経平均株価は、8200円台をつけるなど、取引時間中としては約1年11カ月ぶりの安値水準となりました。また、東証では東証株価指数先物で、行き過ぎた株価変動を防ぐための措置として、サーキットブレーカーを発動し、15日午後0時50分から15分間売買停止しています。
津波から92時間、75歳女性救出 岩手・大槌の住宅 2011年3月15日14時23分 朝日
大津波に襲われ大きな被害が出た岩手県大槌町大槌で15日午前10時40分ごろ、被害にあった民家から75歳の女性が救助された。地震発生から約92時間ぶりで、生存率が大きく下がるといわれる「発生後72時間」を約20時間過ぎての救出劇だった。女性は低体温症の症状があるが、命に別条はないという。 大阪府が派遣した救助隊が救出し、女性は隣接する同県釜石市の県立釜石病院に搬送された。女性は津波などの被害を受けた民家の1階の廊下付近で、縮こまって座っていた状態で発見された。隊員によると、女性はずっと同じ姿勢で家の中で救助を待っていたという。 同日午前10時過ぎに、避難所に避難していたこの女性の息子から「家の中にお母さんがいる」と消防に連絡があり、救急隊員が駆けつけたところ、女性を発見したという。 家は津波をかぶって被害を受けたものの流されてはいなかった。
【停電】第5グループの計画停電 午後4時まで予定 03/15 14:53 ANN
東京電力は15日午後4時までの予定で第5グループの停電を行うなど、早朝より各地域で計画停電を実施しています。15日ここまでの対象世帯は、165万軒に及んでいます。 現在停電となっている第5グループの対象は、千葉県、神奈川県、静岡県の一部の約70万世帯となります。午後0時20分からの予定でしたが、午後1時より開始となりました。午後4時までの予定です。今朝は、第3グループで午前7時から午前10時まで神奈川県、埼玉県、栃木県、群馬県の一部の70万世帯が停電となりました。第4グループの計画停電は午前10時から午後1時まで群馬県、埼玉県、栃木県の一部の25万世帯で実施されています。15日ここまでに165万世帯で実施されています。夕方については、特に電気の使用量が高まると予想され、東京電力は、停電を行う可能性が高いとしています。
東芝など原子炉納入業者、福島原発対応に乗り出す【震災関連速報】 11/03/15 15:06 東洋経済
危機的状況にある福島第1原子力発電所の事故を受け、原子炉納入業者は必要な設備の供給など、事故への支援に乗り出している。 同発電所の原子炉納入業者は、1号機が米GE(ゼネラル・エレクトリック)、2号機がGEと東芝、3号機が東芝、4号機が日立製作所。原子炉形式はいずれも沸騰水型軽水炉(BWR)。このうち東芝がすでに冷却用タービンを現地に搬送しているなど、各社が設備や技術面の支援を始めている。 1号機と3号機は水素爆発で建屋が崩壊、2号機も爆発によって格納容器の一部が破損したと見られている。定期点検中で停止していた4号機も、使用済みの核燃料が収まっている建屋で水素爆発とみられる火災が起きた。福島第1原発からは大量の放射性物質が出ており、日本最悪の原発事故はいまも現在進行形で展開している。 (長谷川 高宏 =東洋経済オンライン)
浜岡原発:高さ12メートル超の防波壁、新設へ / 静岡 毎日新聞 2011年3月15日 19時30分
東京電力福島第1原発と同じ沸騰水型原発3基を持つ静岡県御前崎市の中部電力浜岡原発で、高さ12メートルを超す防波壁を新設することを中電が15日、地元への説明で明らかにした。東日本大震災の大津波を踏まえ、発生が想定されている東海地震に備えるための措置だとしている。 中電によると、防波壁は遠州灘海岸に沿って立地する同原発敷地の海側に長さ約1.5キロ、高さ「12メートル以上」にわたって建設。「12メートル」の根拠を中電は明確に説明していないが、水谷良亮・浜岡原子力総合事務所長は「最低それくらいあれば(住民が安心できる)と考える」と述べた。設計段階でさらに高くする可能性があり、壁の幅や材質などは検討を進めるという。【舟津進】
町長「不明」の大槌町、職員奔走 避難所運営や安否確認 2011年3月15日21時49分
被災した2階建ての大槌町役場(左)=13日、岩手県大槌町、疋田多揚撮影
津波で庁舎が破壊され、町長らが行方不明になっている岩手県大槌(おおつち)町。インフラも指揮命令系統も機能不全寸前の中、15日午後、町議会が開かれて対策を協議した。生き残った職員たちは、避難所の運営、安否確認……と山積する仕事に奔走している。 「行方不明者は数千人としか分かりません」。高台にある中央公民館の談話室で開かれた町議会。15人の町議を前に、町長役を担う東梅政昭副町長(66)が疲れ切った様子で説明した。11年度の予算案を可決し、安否確認の進捗状況を確認した。 加藤宏暉町長(69)と町議1人、課長7人ら幹部を含めた町職員三十数人は行方不明のままだ。住民基本台帳を管理するサーバーも流され、約1万5千人の住民のデータが消失。職員らは、各避難所で安全が確認された人たちの手書き情報を集めて名簿をつくり、町民らが閲覧できるようにしている。
津波が庁舎を襲ったのは11日午後3時半過ぎ。東梅副町長は、階段を駆け上り、はしごをつたって2階建て庁舎の屋上に。屋上に町長の姿はなかった。 「がれきとともに、2階の天井近くまで波が押し寄せてきた。壁も突き破られた」 停電と断水が続く中、同町では42カ所の避難所に約6200人が身を寄せる。対策本部と避難所をつなぐ電話は9カ所しかなく、ガソリンも十分にない。そんな中でなお山火事が相次ぎ、消火が追いつかない状況だ。 「大槌ふれあい運動公園」の避難所では、弓道場の土間に段ボールを敷いて約600人が寝泊まりしている。ストーブは6台、毛布もわずか。配置された4人の職員では手が足りず、配膳(はいぜん)やトイレの清掃、補給物資の整理などは、自然発生的にできた町民ボランティアが担っている。 約800人が過ごす安渡小学校の避難所を担当する職員、佐々木健さん(54)は13日、緊急車両証を受け取るため、自分の判断で岩手県庁に向かった。ガソリンや灯油、粉ミルクなどを購入し、避難所に戻ると午後8時半を過ぎていた。だが、食糧も毛布も全く足りない。避難所が提供できた食事は、13日は朝と夜、避難者一人におにぎり一つずつだけだったという。 ある職員は「一部では、食糧がないかと町内の建物を探し始めた住民もいる」と行く末に危機感を募らせる。(吉永岳央、河村能宏、矢島大輔、疋田多揚)
建屋残骸で異常放射線量=4号機建屋に穴2カ所−燃料プール、温度上昇・福島第1 2011/03/15-20:14 時事
2011/03/16 11:00 am 浪江町 知人家族 北茨城市に避難済み
東証、大引け概況 2011年3月15日 21時56分 日経平均の下落率は10.55%となり、1987年10月20のブラックマンデー時(▼14.9%)、リーマンショック後の2008年10月16日(▼11.4%)に次いで、史上第3位となった。売買高は昨日の48.84億株を超え、過去最高となった。
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韓国民を激怒させた東北地方太平洋沖地震の歪曲報道 ネットでは「ガンバレ日本」義援金 2011年3月16日 日経ビジネス
東北地方太平洋沖地震が発生した金曜日の午後、韓国でも正規の放送が中断され、緊急速報でニュースが始まった。刻々と伝わる被害の大きさに言葉を失ってしまった。この映像が本当に日本で起きていることだなんて、信じたくなかった。 仙台には韓国領事館がある。東北地方には、東北大学の留学生や在日コリアンを含め多くの韓国人が住んでいる。外交通商部によると、東北地方太平洋沖地震後、14日午前までに安否が確認されていない韓国人は21世帯70人、死亡は1人となっている。いずれも海岸地域に住んでおり、津波に襲われたとみられている。
「日本だからこそ被害の拡大を食い止められた」 東北地方や東京に住んでいる韓国人らは、メールやTwitterを利用して「私は無事です」とメッセージを家族に伝え、安心させた。携帯電話はつながらなかった。日本にいる韓国人のTwitterのつぶやきには共通した「あること」が書かれてあった。「日本だからこそ被害の拡大を食い止められた」。家をなくし家族をなくした被害者が大勢いる中、こういうことを言っては申し訳ないが、これが外国人である韓国人の共通した意見だった。
しっかりと耐震構造になっており、どんなに地震で揺れても、倒れたり割れたりしないビル。子供の頃から受けている避難訓練のおかげか、とても沈着で、秩序を守る市民。バス停やタクシー乗り場では弱者に配慮して譲り合う。「韓国人も見習うべき」、「日本が先進国と言われる理由はここにある」と日本人の強い精神力に感動したというつぶやきが後を絶たない。 もし韓国でこのような地震が発生していたら、地震そのものよりも、パニックになった人が起こす2次災害による被害の方が大きかっただろう。 避難所においてさえ、お先にどうぞとおにぎりやお茶を譲り合。給水場では我慢強く並ぶ。何時間も待ったにもかかわらず水をもらえないこともある。それでも苛立ったり怒ったりせず次の給水を待つ。足を怪我したおばあちゃんが、「私よりもっとひどい怪我をされた方がいるだろう。応急処置してもらうのは申し訳ない」と謝っていた、物資が不足しているというのに、店番のいないお店の商品がそのまま残されていた。 恥ずかしい話、韓国だったらあり得ないことだ。これが被災地では当たり前の光景だということに驚いた韓国人が本当に多い。
静岡県富士宮市で震度6強…津波の心配なし 2011年3月16日02時20分 読売新聞
15日午後10時31分頃、静岡県東部を震源とする地震があり、静岡県富士宮市で震度6強を観測した。 気象庁によると、マグニチュードは6・4、震源の深さは約14キロと推定される。この地震で、山梨県富士河口湖町、山中湖村などでは震度5強、静岡県富士市、御殿場市、小山町などでは震度5弱、静岡市、熱海市、沼津市などで震度4を観測した。 東京電力によると、この地震の影響で富士宮市などで約2万軒が停電。中部電力によると、浜岡原子力発電所には被害はなかった。 気象庁は16日未明、記者会見を開き、この地域で起こるとされている東海地震との関連について、横山博文・地震津波監視課長は「場所、メカニズムともに東海地震の想定とは違う。(専門家で構成される)判定会の臨時会は開かない」と述べた。
大津波に耐えられるか 志賀原発 3月16日03時10分更新 富山新聞
東京電力福島第1原発で放射能漏れ事故が続き、「志賀原発は大丈夫か」と地元関係者の間で不安が広がっている。福島と志賀はどう違うのか。同様の事故は志賀原発で起きないのか。検証すると、志賀原発は10メートルの津波が来ても福島の二の舞にはなりにくい立地のようだ。 福島第1原発の事故をもたらした最大の原因は、地震に伴う津波だ。 福島第1原発に近い相馬市で観測された最大の津波は7・3メートル。仙台新港では最大の10メートルの津波が起きた。これに対し、福島第1原発では最大で5メートル程度の津波しか想定していなかった。 実は志賀原発が想定している最大の津波も5メートル程度と、福島と同じだ。だが、志賀と福島では原発が立地する場所の標高が違う。福島第1原発の標高は不明だが、映像などをみる限り、さほど高い位置に立っていない。
一方、志賀原発は、一番低い位置にあるタービン建屋でも海抜11メートルの高さにあり、原子炉建屋は21メートルの高さにある。仮に、東日本大震災並みの大津波が来ても、福島のような大きな被害が出る可能性は小さいとみていいのだろうか。 実際、宮城県の女川原発は、立地地域が津波で壊滅的な被害を受けたにもかかわらず、原発が高台に立地しており、大事故につながる被害は出なかったとされる。 もちろん、波が陸地にぶつかった後どんな動きをするかにもよるので、いくら高台にあっても「絶対、大丈夫」とは言い切れない。 福島第1原発の6基は、運転開始から31〜40年経ち、いわば「高齢化」した原発だ。最も古い1号機は開始から40年、人間で言えば「初老」だ。これに対し、志賀原発は1号機が17年、2号機が5年と比較的新しい。
原発の「寿命」に国の規定はないが、各事業者は30〜40年の運転を想定しており、40年を超える場合、国の指針による保守管理方法の変更が必要。福島第1の1号機は2月に10年間の運転延長が認められたばかり。福井の敦賀1号機、美浜1号機に続き3基目だった。 原発は長く運転すると、圧力容器の材質がもろくなったりするため、温度管理や検査を充実させる。人間でも初老になれば体にガタが来て健康管理が必要。その点、志賀原発は2基とも成人すらしておらず、「元気そのもの」のはずなのだ。
福島第1原発の製造メーカーは、1号機が米ゼネラル・エレクトリック(GE)、2、6号機が東芝とGE、3、5号機が東芝、4号機は日立だ。 志賀原発は1、2号機とも日立だが、15日には、志賀と同じ日立製の4号機が定期検査中にもかかわらず、水素爆発を起こしたのが気掛かりだ。 一方、原子炉の型は、福島の全6基と、志賀1号機が同じ「沸騰水型軽水炉(BWR)」というタイプ。原子炉内に導いた冷却水を沸騰させた蒸気でタービンを回転させて発電する仕組みとなっている。志賀2号機は改良型沸騰水型軽水炉(ABWR)だ。 改良型の大きな特徴は、これまで以上に耐震性が高いこと。再循環ポンプを原子炉圧力容器内に入れ、原子炉建屋と一体の原子炉格納容器を採用したことから、地震に強い構造という。 志賀原発、福島第1原発の耐震性の評価をみると、想定する地震による最大の揺れ(基準地震動)は、ともに600ガルと同じ。数字上は同じレベルの揺れを考慮していると言える。 一般的に、2つのプレートの境界があり、プレートの動きによる地震が多い太平洋側の方が、日本海側より大きな地震が起きやすいとされる。 だが、志賀原発は2007年3月の能登半島地震で、一部が想定の2倍近くを上回る揺れを観測。新たな指針に基づく耐震安全性評価で、基準地震動を490ガルから600ガルに引き上げた経緯がある。 想定外の揺れを記録した東日本大震災と、想定外の事態が起き続ける福島第1原発の事故により、国内外で原発に対する信頼が大きく揺らいでいる。志賀原発は本当に大丈夫なのか、北電も地元も、もう一度検証する必要がありそうだ。
「入荷すぐ売り切れ」日用品、首都圏も品薄に 2011年3月16日03時09分 読売新聞
東日本巨大地震の衝撃は、首都圏の物資の流通にも影響を与えている。 生産拠点が大きな被害を受けたり、消費者が不安心理から買い占めたりした結果とみられ、流通関係者は「買い占めは控えてほしい」と呼びかけている。
◆ガソリン 首都圏ではガソリン不足が深刻化している。コスモ石油の千葉製油所(千葉県市原市)は地震による火災で、操業がストップした。同社広報室によると、国内の四つの製油所の1日の原油処理量は計55万5000バレルだが、うち約40%を千葉製油所が占めていた。「JX日鉱日石エネルギー」グループも国内8か所の製油所のうち仙台など3か所が稼働を停止している。 東京都台東区のあるガソリンスタンドは元売りからの供給が途絶えたため、12日から営業していない。従業員は「仕入れのめどは全く立たない」と嘆く。 品川区の会社員谷口正和さん(63)はガソリンを探し回り、ようやく大田区のスタンドにたどり着いた。「いざというときに逃げられないと困る。給油できてほっとした」と話した。このスタンドは1台あたり30リットルと販売量を決めており、15日は給油待ちの車が1キロぐらい列を作ったという。 政府は14日、石油元売り会社に義務づけているガソリンなどの石油製品の法定備蓄量を、販売量の70日分から67日分に引き下げた。3日分を市場に放出するのが狙いで、資源エネルギー庁は「日本全体で見れば、石油供給能力には問題はない」としている。
◆日用品・食料品 高層マンションが立ち並ぶ東京都江東区豊洲。ベビーカーに長男(2)を乗せた主婦(34)は、カップラーメンなどがたくさん入った買い物袋を下げていた。女性は、「小さな子どもがいるので、停電や地震を考えると心配で。過剰反応かもしれませんが」とすまなそうに話した。入手しにくくなっている紙おむつは、小さな子供がいる友達と情報交換をして探すのが日課になっているという。 スーパー「たつみチェーン豊洲店」では、カップラーメンやパン、ペットボトルの水などを入荷しても、午前中には売り切れてしまう。村松義康店長(52)は、「パンなどは、メーカーが被災地に優先的に送っているので、在庫が不足気味。お客さんも不安で必要ない分も買っているように見える」と困り顔だった。 東京都中央区のドラッグストアでは、トイレットペーパーやウエットティッシュなどがほぼ売り切れていた。店員は、「入荷はしているが、発注よりずっと少ない量しか入らず、すぐに売り切れてしまう」と話す。 首都圏を中心に展開する大手スーパーによると、避難所での生活に必要な水や電池などは東北地方に優先的に出荷しているうえ、1人当たりの購入点数も多いことが品薄状態に拍車をかけているという。製パン大手の山崎製パン(東京)でも、宮城県柴田町にある仙台工場が被災したうえ、政府の要請に応じ、被災地への緊急食料として、14日までに計約60万個のパンを提供したという。 また、食品卸大手「国分」(東京)によると、首都圏などでパンや弁当などが品薄になっているのは、ガソリンや軽油が入手しづらく、輸送手段に影響が出ていることも一因といい、「買いだめは悪循環を招く。メーカーの復旧を信じて冷静になってもらいたい」と話す。
どこにいるの僕の家族…小3、カード手に避難所回り 2011年3月16日9時26分 朝日
約2千人が避難している宮城県石巻市中心部の市立門脇中学校で15日、段ボールに白い紙を貼り、黒い文字でこう書いたカードを掲げた男の子がいた。
あいさわ かずゆき のり子 京子 しまゆうと ゆうな
石巻市立釜小学校3年の相沢寿仁(としひと)君(9)だ。父親と母親、祖母、いとこ2人の名前を大人に書いてもらって、自分でなぞった。あの日、一緒にいたが、大津波で離ればなれになった。 避難所を回り、被災者の間を縫うように歩く。近くの石巻中学校や石巻高校にも足を向けた。門脇中学校に来るのは、この日で4回目だ。おばあさんたちから肩をたたかれ、お菓子を握らされる。でも手がかりは見つからない。 まだ小学生だから、避難所全体に拡声機で呼びかけてもらう勇気はない。記者が仲介し、家族の名を読み上げてもらったが、誰も来なかった。 「家族みんなで逃げるぞ」。11日、地震が起きた直後に、父親が軽自動車で小学校まで迎えに来てくれた。家族4人といとこ2人が乗り込み、市中心部の小高い丘の上に立つ門脇中学校を目指して、港沿いの県道を車で突っ走った。
「津波が来てる、左に左にっ」。ハンドルを切るように促す、お母さんの大きな声が聞こえた。右側から、車よりもずっと高い波が来ているように寿仁君には見えた。津波から逃げるように左側に進んだが、駐車場で行き止まりになった。その瞬間、車が海水にのみ込まれた。 何かわからないが、いろんなものが車に当たり、窓に少しだけヒビが入った。両手にけがをしながらも、寿仁君は必死に窓を割って壊し、隣に座っていた中学1年のいとこ、ゆうと君と手をつないで窓の外に脱出した。 しかし、「木かなんかが流れてきて、手を離しちゃった」。「としくん、としくん」と叫ぶゆうと君の声と、「助けて、助けて」というおばあちゃんの声が、次第に遠ざかっていった。 その後のことは、気を失って覚えていない。30分ほどたって目を覚ましたら、服の一部が竹の枝に引っかかり、廃材の上に寝ていた。近くの男性に助けられ、びしょぬれの服を着替えさせてもらった。
そこに、顔見知りの理美容店主、北原満成さん(64)がたまたま通りかかり、家に引き取られた。 「あまり心配するな。何度も言ってるだろ。早く家に帰ってくるんだぞ」。そう、満成さんは気遣う。「うん、そうする。心配しない」。寿仁君は気丈に答えるが、不安そうな表情は隠せない。 市中心部は、いまだに水没している地域が少なくない。「道路が通れるようになったら、家を見に行く」。そう、寿仁君はきっぱりと言った。 被災者たちが伝言板に使っているホワイトボードには、彼の字のメモが貼ってあった。「明日もくるからね 寿仁」(西尾邦明)
行方のわからない両親やいとこの名前を書いたカードを両手に持ち、避難所を捜す相沢寿仁くん=宮城県石巻市泉町、西尾写す
カードには「明日もくるからね 寿仁」と書いた=宮城県石巻市泉町、西尾写す
なぜ自衛隊を使って被災地に食料、毛布を投下しないのか 2011年3月16日 日刊ゲンダイ
話にならない無能バカ政府 「食料、水がない」「毛布をくれ」「ガソリンもない」――。 東日本大震災から5日経ったが、各地の避難所が深刻な危機に瀕している。阪神大震災の時は地震発生後4日目には食料などが行き渡り、被災者は一息ついた。ところが、今回は生き残った被災者が飢えと寒さという“2次被害”で苦しんでいる。「大津波が押し寄せた福島県いわき市には、被災から5日たっても、ただの一度も支援物資が届かない避難所まである。命からがら逃げてきてもロクに食事が取れず体力が衰弱し、すでに3人の高齢者が亡くなっています」(地元自治体関係者) 信じられない話ではないか。 津波で町全体が根こそぎ破壊されたため、道路、列車が使えない。海には大量の浮遊物があり、船も容易に近づけない。仙台空港は水浸し――という事情はあるにせよ、この混乱はひどすぎる。明らかに政治の責任、大失態なのである。 地震発生後、菅政権は福島原発で無策を露呈した。予備のバッテリーが使えなくなり、炉心を冷やす水を送るポンプがダウン。重大危機の発生は歴然だったのにアホみたいに放置し、格納容器の建屋が吹っ飛び、放射能がダダ漏れになってから、避難地域を拡大させた。「放射能が漏れてから避難させるって、何ですか。ふつうは大きめに避難地域を指定する。それを徐々に縮めていく。危機管理の基本です」(民主党議員) 計画停電も無計画の極みだ。「当初、東京電力は企業や交通機関の準備、対応を考慮し、前日の夕方に計画停電を発表する予定でした。ところが、菅首相が『苦渋の決断』を自ら国民に呼びかけることにこだわった。節電啓発大臣に起用された蓮舫氏も出てきて、首相に続いて、国民に呼びかけた。こんなパフォーマンスをやっていたものだから、東電の発表が午後8時半にズレ込み、大混乱になったのです」(官邸事情通)
●自衛隊の動きが遅れたのは菅のせい 自衛隊を動かし、米軍に協力を求め、道路が寸断されているのであれば、空から物資を投下すればいい。とにかく、これだけモノがある日本で、避難所に食べ物がないとはどういうことか。あり得ない政治の怠慢なのである。軍事ジャーナリストの世良光弘氏はこう言う。「私も小松基地にあるC130を出して、食料を投下すればいいと思います。なぜ、それができないのか。これも菅首相のパフォーマンスのせいです。首相は当初、2万人だった自衛隊の動員数を5万人、10万人と上積みさせましたが、幕僚は何も聞いていなかった。首相が思いつきで口にしたことなんです。5万人がいきなり10万人になり、現場は大混乱になった。そのため、今度の震災の指揮系統を東北方面隊にするという決定も大幅に遅れた。自衛隊はなかなか、本格的な活動ができなかった。確かに72時間以内に生存者を探すことは大事ですが、自衛隊は首相のパフォーマンスに振り回されている格好です」 軍事評論家の神浦元彰氏は「C130からパラシュートで落とす場合は高度150〜200メートルが必要。その高さから投下すると、風で流される。ヘリで運ぶ方が確実と思っているのだろう」と言う。 そんな訓練はしていないという事情もあるらしい。とはいえ、食料自体はあるのである。自治体が動かず、ガソリンがないから配れない。だったら自衛隊がヘリでも輸送機でも使って、フル稼働するしかないではないか。避難所の被災者52万人は生きるか死ぬかという瀬戸際だ。菅のパフォーマンスは論外だし、政府は手段を選ばず、何でもやるべきなのである。
仏、自国民の日本脱出急ぐ…エールフランスで 2011年3月16日09時02分 読売新聞
【パリ=林路郎】フランス政府は、東京周辺に滞在中の仏国民を速やかに国外退去させるため、エールフランス航空に対し、臨時便を可能な限り用意するよう要請した。 フィヨン首相が15日、国民議会(下院)で明らかにした。 仏政府は、福島第一原発から漏れた高濃度の放射性物質が東京に到達するなどの「最悪の事態」を警戒しており、首都圏に約2000人程度残っているとみられる自国民に重ねて退避を勧告している。
計画停電は7都県282万世帯 3日目、生活影響深刻化 2011年3月16日 10時26分 (共同)
東京電力は16日午前、地域ごとに交代で電気を止める「計画停電(輪番停電)」を東京と埼玉、神奈川、千葉、栃木、群馬、山梨の7都県の一部地域で実施した。対象は計約282万世帯。14日から始まった計画停電は3日目を迎え、鉄道の運休や店舗の臨時休業など市民生活への影響は深刻さを増してきた。
停電は、埼玉県川越市や甲府市などの「第4グループ」(午前6時40分ごろ〜午前10時ごろ)と、横浜市、宇都宮市などの「第5グループ」(午前9時20分ごろ〜午後1時ごろ)の一部地域で3時間程度実施。その後、第1、第2、第3の順で各グループごとに夜まで停電させる予定だ。 15日夜には静岡県で強い地震が発生したため、東電は16日の計画停電の対象から、沼津市や御殿場市など管轄する同県東部地域を外した。 この日は気温が低めで推移するとみられ、電力の供給力不足が懸念される。東電によると、午後6〜7時のピーク時の需要が3800万キロワットと想定されるのに対し、供給力は3300万キロワットにとどまる。需要が大幅に高まれば、第4、第5グループは1日に2回(最大計6時間)停電になる可能性もあるという。 15日は管内の一部地域で約500万世帯が停電。東電は少なくとも4月末まで続ける見通しだ。
160万世帯で断水続く 3月16日 10時38分 NHK
厚生労働省によりますと、16日午前0時現在で、東北地方から関東地方にかけて、12の県で少なくとも160万世帯が断水しているということです。被災地では依然として連絡が取れない市町村があり、実際に断水している世帯はこれより多いとみられます。
断水している世帯は少なくとも▽福島県で32万世帯、▽宮城県で29万世帯、▽岩手県で11万世帯、などとなっているほか、関東地方では▽茨城県で67万世帯が断水しています。被災地では依然として連絡が取れない市町村があり、実際に断水している世帯はこれより多いとみられます。また、15日、東京電力が計画停電を実施した影響で、栃木県、千葉県、群馬県、神奈川県、それに静岡県の5つの県のあわせて3472世帯で断水したということです。厚生労働省は、断水している世帯が多い福島県や宮城県、それに茨城県など、6つの県に飲料水などを供給する応急給水車309台を派遣して対応に当たっています。
死亡・不明 1万1000人超 3月16日 9時46分 NHK 今回の地震と津波で沿岸部の多くの地域が壊滅的な被害を受け、警察庁のまとめで、これまでに死亡が確認された人は3700人近くに上り、死亡が確認された人と行方が分からなくなっている人はあわせて1万1000人を超えました。
【宮城県】警察庁によりますと、宮城県ではこれまでに1816人の死亡が確認されたほか、2011人の行方が分からなくなっています。沿岸部では壊滅的な被害を受けた地域が多く、宮城県警察本部によりますと、女川町や石巻市がある牡鹿半島のいくつかの浜辺で、それぞれ100人前後の遺体が見つかったということです。また、県によりますと、南三陸町でもおよそ1000人の遺体が見つかったということです。さらに、南三陸町では、町の人口のほぼ半数にあたるおよそ8000人と連絡が取れておらず、確認を急いでいます。このほか、人口およそ1万人の女川町では、5000人余りが体育館などに避難していますが、町によりますと、残るおよそ5000人の安否が確認できていないということです。【岩手県】岩手県では、陸前高田市や大船渡市など沿岸部を中心に1296人の死亡が確認されているほか、行方不明者は3318人に上っています。ただ、行方不明者については、釜石市で人数を把握できていないということで、さらに増えるおそれがあります。【福島県】福島県では、いわき市や南相馬市などで大きな被害が出ていて、県内であわせて509人の死亡が確認されています。また、県内では2220人の行方が分からず、このうち浪江町ではおよそ900人と連絡が取れていないということです。【他の東北・北海道】このほか、▽青森県で3人が死亡、1人が行方不明、▽山形県で1人が死亡、▽北海道の函館市で1人が死亡しています。【関東】関東地方では、▽茨城県で19人が死亡、1人が行方不明、▽千葉県で16人が死亡、7人が行方不明、▽東京で7人が死亡、▽栃木県で4人が死亡、▽神奈川県で3人が死亡、▽群馬県で1人が死亡しています。警察庁によりますと、今回の大震災で、これまでに死亡が確認された人はあわせて3676人、行方が分からない人は7558人に上り、あわせて1万1000人を超えました。災害で死者と行方不明者が1万人を超えたのは、戦後では初めてです。
東日本大震災:原発から20キロでも放射線量が高濃度 毎日新聞 2011年3月16日 10時31分
福島第1原発から北西に約20キロ離れた福島県浪江町内の放射線量が、人間が屋外で1年間に浴びても健康に影響が出ないとされる放射線量限度の2233〜2890倍に当たる1時間当たり255〜330マイクロシーベルトに達していることが、文部科学省の調査で分かった。浪江町内には介護施設などに避難できない住民が多数いるとの情報もあり、文科省は「問題がある数値で官邸に報告した」と説明した。
調査は15日午後8時40分〜同50分にかけ、同町内3地点で計測機器を積んだ「モニタリングカー」を使って実施した。その結果1時間当たりの放射線量は▽19キロ離れた場所で車外255マイクロシーベルト、車内223マイクロシーベルト▽20キロ離れた場所で車外270マイクロシーベルト、車内220マイクロシーベルト▽21キロ離れた場所で車外330マイクロシーベルト、車内300マイクロシーベルト−−となった。
文科省によると通常の生活で1年間に浴びても健康に影響が出ないとされる放射線量は1000マイクロシーベルト、同町内の数値は屋外にいると3時間前後で限度に近付くことになる。屋内でも車内に近い数値が計測されることも予想され、文科省は16日から「測定者の健康に被害が出ない範囲で計測を続ける」としているが、住民の健康被害については「分析する能力がない」としている。【篠原成行】
福島の避難民「南下」 2011年03月16日 朝日 茨城
福島第一原発が相次ぐ爆発で深刻な事態に陥るなか、福島県内から避難するため「南下」する人たちが急増している。
県内の市町村には15日朝から、福島県からの避難受け入れを求める電話や、問い合わせの電話が増え、中にはすでに避難民を受け入れ始めた自治体もある。ただ、多くの自治体は、態勢が整わず受け入れを断らざるを得ない状態。県は市町村が対応しきれない分について、県有施設へ受け入れる方針を決めた。 福島県いわき市に隣接する北茨城市には、避難所になっている小学校などに受け入れの希望が相次いだ。前日にはすでにいわき市から避難してきた3家族計11人を受け入れるため集会所を開放。15日午後5時までに受け入れ人数は61人に達した。「人道上、断るわけにはいかない」と豊田稔市長。 水戸市役所にも朝から多くの問い合わせがあり、約30人の避難住民が直接、市役所などを訪れた。このため午後7時から保健所で訪れた人たちの服や皮膚の放射線を測定。安全を確認した上で避難所などで受け入れた。 いわき市から家族4人でやって来た主婦(27)は「ようやく安心できました」と話した。
同じく福島県に接する高萩市も朝から問い合わせが続いた。避難所は被災した市民約1500人で埋まっているため、市の福祉施設を開放し、急きょ20人を受け入れた。 だが、受け入れられる自治体ばかりではない。 大子町にもこの日朝、福島県からの2組が直接、役場に訪ねてきた。電話での問い合わせも数件あった。が、町内ではまだ水道などのインフラが十分に復旧していないため、断ったという。 つくば市は午前10時ごろ、福島県だけでなく同じ茨城県内の常陸太田市の住民から、避難受け入れを求める電話が入った。市は政府の避難指示を受けた福島第一、第二原発周辺の住民の受け入れをすでに決めているが、避難計画に含まれない住民まで受け入れる態勢は整っておらず、断った。 こうした市町村からの報告を受け、県原子力安全対策課の担当者は「役所の駐車場にとどまるケースがいくつかあり、市町村も対応に困っているようだ。こうした人たちも、県の施設を中心に案内したい」と話している。
放射能飛散、不安も襲来 2011年03月16日 朝日 茨城
被災地を、今度は放射性物質飛散の不安が襲った。福島第一原発での爆発音があった15日、県内でも一時、放射線量の測定値が通常値を大きく超えた。隣県の福島から南へ逃れようという人たちへの対応に、自治体は追われた。震災から4日たったが、日常はまだ遠い。 15日に入り、福島県に近い県北地域を中心に、放射線量の測定値が軒並み上昇した。 福島第一原発2号機、4号機で爆発音が起き、県北の3カ所に県が設置している放射線量測定器のうち、北茨城市では早朝、通常の100倍近い1時間当たり5・5マイクロシーベルトを記録。高萩市でも早朝に同4・4マイクロシーベルトを記録した。いずれもその後、徐々に低下し、夕方現在で通常の10倍程度に下がっている。 県北以外でも上昇した。東海村の東京大学研究施設では朝、5マイクロシーベルトを超えたため、法律に基づき国に通報した。つくば市にある産業技術総合研究所でも、敷地内で午後1時半に1・5マイクロシーベルトを記録。いずれも、福島第一原発から出た放射性物質によるものとみている。 県原子力安全対策課によると、5マイクロシーベルトは胸部レントゲン1回分の放射線量の10分の1程度で、「健康に影響はない」という。水戸市はこの日昼、ホームページや臨時メールマガジンで、市内の放射線の観測値は健康には影響ないとし、「普段通りの生活を」と呼びかけた。
東北地方太平洋沖地震・ロビーに津波も全員が避難 茨城県大洗町・大洗ホテル (11/03/16) travelnews
3月11日の地震で4メートルを超える津波に見舞われた茨城県大洗町。大洗漁港の堤防の外側の海沿いに建つ大洗ホテルには16日午後になっても電話は通じないが、ウェブサイトには、地震翌日の12日に旅館スタッフが書き込んだブログが掲載されている。「とり急ぎの報告ですが」で始まるブログは、津波当日の対応や建物の被災状況などを伝えている。(要旨)当日はチェックインしていた宿泊客や会議の客を大洗磯前神社へ避難誘導しました。お客様、従業員とも無事に避難しました。1回目の津波で、ロビーは浸水。漁港方面の方へ海水が入り込み、海岸付近に停車していた車や漁船が流されました。その流された漁船の一艘がロビーのガラスを割りロビーへ。客室などは大丈夫です。避難命令が出てからご来館いただいたお客様はお帰りいただき、車以外でご来館されたお客様は当館マイクロバスで一晩待機いただきました。このアイデアは新潟県中越沖地震を経験された浪花屋夕凪亭様(新潟県柏崎市)から以前に聞いたお話しが役に立ちました。食料とお布団を運びました。お客様と握った塩むすびをいただきました。本当においしかったです。ライフラインの復旧も遅れており、電話回線も混雑しております。今後ご予約いただいているお客様へご連絡するのも難しい状況です。また、無理してご来館されても、当館で受け入れられる状況ではございません。直接ご予約いただいているお客様はキャンセルのご連絡は不要でございます。帰宅して、ニュースで見た、あまりに恐ろしい光景が目に焼き付いています。被災された皆様に心よりお見舞い申し上げます。そして少しでも多くの人が助かる事を心よりお祈り申し上げます。当館は不幸中の幸いだったのかもしれません。すぐに営業を再開するのは困難でございますが、できる限り早く再開し、お客様をお迎えできますよう、スタッフ総出で頑張りたいと思います。この困難を新たな出発の起点として、前を向いて進みたいと思います。
避難者続々県内に 2011年03月16日 朝日 山形 深刻な放射能の放出事故が起きている福島第一原子力発電所の周辺住民らが、続々と県内に避難している。一方、東北電力の計画停電が16日から始まることが決まった。暮らしの不安が消えない中、被災者への支援の輪は日に日に大きくなっている。
「子どもはこれからの人生がある」「放射能の傷は15年たっても残る」 県内に避難してきた福島第一原発の周辺住民たちは、口々に切実な思いを語った。 福島県と接する米沢市には家族や親類らと車に分乗した人たちが次々訪れている。14日午後に約100人。15日はさらに増え、市は市民体育館合宿所と青年の家に加えて体育館のアリーナを開放した。 福島県南相馬市のホームヘルパー近野信子さん(45)は家族8人で逃げて来た。13日に「死にたくなければ早く出て行った方がよい」と警官に言われ、福島市の避難所へ。14日に米沢に入った。「15、16年経たないと南相馬には帰れない」と覚悟している。 山形市緑町の市厚生会館の避難者は15日午後2時までに約110人に達した。退避地域の近くにある福島県相馬市の建設業の男性(38)は妻と3歳の長女、義父母、妻の妹親子と7人で14日、車で山形市に来た。「大人は最悪(放射能を)いくらかぶってもいいけど、子どもはこれからの人生があるから」と話す。
山形市のもう一つの避難所の山形まなび館には約60人が避難し、近所の住民が炊き出しなど支援をしている。市は避難所の増設も検討中だ。 高畠町高畠の町中央公民館にも15日午後3時現在、福島県からの避難者が50人ほどいる。町は16日以降、避難場所を4カ所に拡大し、約330人を受け入れる方針だ。 南相馬市の会社員佐々木清意さん(32)は友人の家や避難所を転々とし、15日未明に高畠町に着いた。避難先は原発から20キロ以上離れていたが、ニュースを見て「原発はもうやばい。山形まで行けば大丈夫だろう」と判断したという。佐々木さんのように避難勧告の圏外の住民も多く避難しているという。同市の森岡正さん(79)は15日朝、高畠町に来た。「放射能は15年たっても傷が残る。若い人は大変だ」と漏らした。
町ではおにぎりや漬物などの食事を準備。近くの温泉施設の無料券も用意している。 県の保健所で被曝(ひ・ばく)測定検査を受ける人も急増している。 山形市の村山保健所では、14日は約50人が受けたが、15日は午前中だけで約180人が来たため、測定装置を1台から2台に増やした。 妻と、4歳と11カ月の子ども2人とで避難してきた南相馬市の男性(32)は津波で自宅が全壊したという。検査では全員、高い数値は測定されず、「津波に放射線。どこに行けば安全かわからない。でもまずは安心しました」。
米沢市の置賜保健所では15日午後5時までに検査を受けた人は313人。20キロ圏外に居住していて問診だけ受けた人は594人に上った。 三川町の庄内保健所では、被曝測定機器が常備されていなかったため、外部被曝と甲状腺被曝を測定できるサーベイメーターを手配中。態勢が整い次第、希望者の検査を受け入れたいとしている。 一方、山形市内のホテルは軒並み満室だ。仙台市泉区の会社員西内宗一郎さん(38)は妻と子ども2人を連れて14日夜、山形市に着いた。「友人たちは不便な生活を強いられている。避難できた私たちは運がいい」と語った。 仕事で宮城県石巻市にいた西内さんは、同僚と津波に巻き込まれた。小学校に逃げたが、濁流が1階部分まで押し寄せた。目の前で水にのまれた人もいた。「夜は教室のカーテンを破り、くるまって過ごした」。ヒッチハイクで仙台へ行き、避難所にいた妻子と再会したという。 今後、妻の実家のある長野県に向かう。「長野で家族を預けたら、水や食料を持って宮城の同僚を回るために戻ります。避難したくても出来ない人の役に立ちたい」
暮らし・経済に余波重く 2011年03月16日 朝日 山形
◇燃料・食品の不足深刻 燃料や食品の不足など、東日本大震災の余波が県民の暮らしや経済活動に重くのしかかってきている。公共交通機関が元に戻らないなか、八戸市など被災地を中心にガソリン不足は日増しに深刻に。生鮮食品や備蓄用の食品も商店の棚から次々と消えていく。16日から計画停電も始まり、さらに耐乏生活を強いられる。あの、震災前の生活に戻れるのはいつだろう。
◇復旧に支障、物資も運べず 県内で深刻なガソリン不足。八戸市では復旧工事のための重機を動かす軽油が足りず、県内各地でトラックが動かせず物資不足も。県は国に被災地向けの優先供給を求めているが、県石油商業協同組合は「ガソリンスタンドでの供給再開は早くて1週間後」といい、見通しは厳しい。 15日早朝、八戸市の国道に150台もの車が約500メートルの列を作った。渋滞の先はガソリンスタンド一光八戸給油所(同市長苗代)だ。 市内でガソリン売り切れの店が相次ぐなか、同店はできるだけ長い日数、販売しようと、「1日350台、1台10リットルまで」としてきた。それでも15日は午前6時開店で午前9時半には閉店。阿部正則所長は「販売制限をしても、あと3日はもたない」。午前3時から並ぶ車もあるという。不足する原因の一つは、各スタンドにガソリンを配る油槽所が津波の被害に遭ったこと。その一つ、「カメイ八戸油槽所」はオイルタンク4基とも、タンクからオイルを出すポンプが壊れた。同油槽所の堀切川一百合・所長代理は「この辺の油槽所はどこも同じ状態。すぐには再開できない」と話した。
県石油商業協同組合によると、15日は、県内約800店のスタンドのほとんどが売り切れで営業できなかったとみられる。県内向けのガソリンは通常、青森市か八戸市の油槽所に小型タンカーで運ばれているが、今は一般向けのガソリンは運ばれていないといい、同組合は「タンカーがこれから来るとしても、県内での販売再開には1週間かかる」と話す。 青森港の油槽所には15日朝、ガソリンなど5千キロリットルを積んだ小型タンカーが到着したが、「タンクローリーは市内は素通り。被災地の宮城や岩手に行くようだ」(青森市総務課)という。 昭和シェル石油(東京都)の広報部は「青森も含め被災地が優先。ただ、東京でも通常の倍ほどの需要になり、全国で配送が滞っている」。タンクローリーも多くが津波で流されており、配送も厳しいという。さらに福島第一原子力発電所の爆発で、同社広報部は「国の判断で太平洋側をタンカーが航行できなくなる可能性がある」とした。 復旧工事を担う建設会社も「ガス欠」。ショベルカーやブルドーザーなど数十台を持つ八戸市の大手建設会社、田名部組は「各車両の軽油タンクが空になれば終わり。補充の見込みは現状ない」。燃料を長持ちさせても最大1週間の作業しかできないという。
15日は作業員を現場に運ぶ車のガソリンがなく、道路工事をあきらめた。岩手、宮城両県からも災害復旧工事の依頼が来ているが、同社幹部は「人助けのために行きたいが、人も重機も動かせない」と悔しそうに話した。 自治体も燃料の節約に走り始めた。 青森市は14日、災害対策連絡本部を開き、「ガソリンの供給再開は1週間はない」として節約対策をまとめた。市民病院と市立浪岡病院では暖房の設定温度を下げるなどして今ある重油を1週間持たせるという。暖房用の重油節約のため、市内の全公民館も15日から閉鎖した。不燃ゴミの収集は、収集車約100台のガス欠が近いとして1週間中断する。 八戸市もガソリン不足で市営バスの運行本数を16日から当面縮小。ゴミ収集も16日から当面中止する。市立市民病院では、看護師が出勤時にガソリンをなるべく使わないで済むよう勤務を3交代から2交代にすることも検討する。
学校給食にも影響が出ている。青森、弘前市教委は配送車の燃料調達が難しいとして、大半の市立小中学校の給食を今学期はやめる。 商品を運ぶトラックの燃料不足も深刻だ。12日営業を再開した八戸市のホームセンター「ホーマック類家店」では乾電池や携帯型ストーブ、コメや飲料水、カセットコンロなども売り切れ、商品棚はからっぽのままだ。 同店の佐藤稔成主任は「完売した商品を補充するメドはたっていません」とため息をついた。
被災地のATM壊し金盗もうとして逮捕 2011年03月16日 朝日 岩手
釜石署は15日、被災地の現金自動出入機(ATM)を壊して現金を盗もうとしたとして、自称、大槌町新港町の会社員中村重孝容疑者(43)を窃盗未遂の疑いで逮捕し、発表した。同署によると容疑を認めているという。 発表では、中村容疑者は午前7時35分、釜石市大町2丁目の岩手銀行はまゆり支店のATMをバール状のもので壊し、現金を盗もうとした疑いがある。通行人が近くにいた警察官に通報した。支店は津波で営業を休止し、ドアやガラスが割れ、出入り可能な状態だった。
福島第一3号機から?高濃度放射能、4号機では再び火災 2011年3月16日12時58分 15日に撮影された福島第一原発の4号機(奥)と3号機(左手前)。東京電力が公表した
東日本大震災で被害を受けた東京電力福島第一原発3号機(福島県大熊町)で16日午前8時半ごろ、白煙が上がっているのが確認された。核燃料を貯蔵するプールが沸騰している可能性がある。同日朝には、原発付近では高い放射能が観測されたが、2号機の原子炉格納容器の損傷による可能性があるという。
原発の正門近くでは午前10時40分ごろ、毎時1万マイクロシーベルト(10ミリシーベルト)の高い放射線が計測された。 3号機の白煙について、枝野幸男官房長官は午前11時過ぎの記者会見で、「3号機の格納容器から水蒸気が出ているとの報告を受けている。(放射能を含んだ)水蒸気から一時的に高い数値が確認されたのではないか」と述べた。経済産業省原子力安全・保安院は「2号機の格納容器の圧力抑制室で破損が起き、高濃度の放射性物質が外に出ている可能性がある」と話している。 東京電力は3号機の白煙について、核燃料の貯蔵プールの水が蒸発しているとの見方を示した。 東電によると、プールには約9カ月前から約500本の燃料棒が保管されている。原発では地震後、外部からの送電や非常時発電機が止まり、冷却水を供給する電源が確保できないため、沸騰して水蒸気が出ているとみられるという。高温の燃料棒が空気中に露出すると、燃料棒を覆っている合金がもろくなり、燃料棒が破損する恐れが強い。この場合、大量の放射性物質が出ることになる。プールは格納容器の外にあり鉄筋コンクリート製の建屋内にある。建屋は14日の水素爆発で破損した。 一方、東電によると、同原発4号機では16日午前5時45分ごろ、建屋から炎が上がっているのが確認された。見回りに行った社員が見つけたという。発電所で同日午前6時15分に再度、発電所が見下ろせる高台から確かめたところ、炎は出ていなかったという。 建屋付近では人が入って作業するのが難しい状態が続いている。通報を受けた消防隊が午前9時前に到着、消火活動の方法を検討している。 現場は、15日に火災が発生した場所と同じ4号機の建屋にある再循環ポンプ付近。東京電力は15日、建物の外から見た限りでは煙が出ていなかったため自然に鎮火したと発表していたが、建屋内で燃え続けていた可能性もある。
4号機は昨年11月末から定期点検のため運転を停止していた。15日に発生した火災で、原子炉建屋に8メートル四方の穴が二つ開いた。 原子炉建屋内には停止で炉内からいったん取り出した燃料を含め、高温状態の使用済み核燃料が置かれている。燃料から高濃度の放射性物質が外部に飛び散っている可能性が高い。核燃料を貯蔵するプールの水は燃料の熱で蒸発するので水を供給する必要がある。しかし地震後、外部からの送電や非常時発電機が止まり、水を供給する電源が確保できず蒸発しているとみられる。14日時点で、プールの水温は84度だったという。 東京電力は米軍に依頼し、16日中にも使用済み燃料の核分裂反応を抑えるためのホウ酸をヘリコプターでまくことを検討している。敷地の外から建屋内に放水車で水をまく方法も検討されている。 東電福島事務所によると、原発の正門では16日午前8時現在、毎時628マイクロシーベルト、福島市では16日午前8時現在、毎時20マイクロシーベルトの放射線が観測された。
◇ 米国の民間研究機関・科学国際安全保障研究所(ISIS)は15日、福島第一原発の状況は悪化しており、国際原子力事象評価尺度(INES)で上から2番目の「レベル6(大事故)」に近いとする声明を発表した。最悪のレベル7(深刻な事故)になる可能性もあるとした。過去、最も高いのはレベル7と認定された1986年のチェルノブイリ原発事故。
福島・茨城で高い放射線 福島市では通常の500倍 2011年3月16日12時35分 朝日
東京電力福島第一原子力発電所の事故の影響で、周辺の自治体では大気中の放射線量が通常レベルを超えるケースが相次いでいる。福島市内では16日午前8時現在、通常レベルの500倍に相当する1時間あたり20マイクロシーベルトを観測。各地の数値は風向きなどの影響で刻々と変化しているが、茨城県や東京都などでも通常より高いレベルの観測が続いている。 ただ、各自治体の観測点のデータはいずれも1ミリシーベルト(1ミリシーベルトは1千マイクロシーベルト)以下で、専門家はすぐ健康に影響が出るレベルではない、と指摘している。
各地の16日朝の観測値は、さいたま市で0.21マイクロシーベルト、茨城県北茨城市が0.892マイクロシーベルト、宇都宮市で0.337マイクロシーベルトなど。東京都内では16日朝、0.089マイクロシーベルトを観測したが、通常時の平均値(0.035マイクロシーベルト前後)より高いレベルという。また文部科学省は16日、毎時195〜330マイクロシーベルトの放射線量が15日夜、福島第一原発から北西に約20キロ離れた福島県浪江町の3カ所で測定されたと発表した。16日朝の福島市内の値に比べて1桁高い数値が出ている。同省は15日から、屋内退避区域に指定されている原発から20キロ以上、30キロ未満の区域にモニタリングカーを投入し、放射線量の測定を行っていた。 一方、東北電力によると、女川原子力発電所(宮城県石巻市、女川町)のモニタリングポストで採集されたサンプルから、核分裂生成物である放射性のヨウ素とセシウムが検出された。福島第一原発事故の影響とみられる。
福島第一原発で放射線上昇、自衛隊ヘリで消火へ 2011年3月16日13時26分 読売新聞
東日本巨大地震で被災した東京電力福島第一原子力発電所3号機で16日午前8時30分頃、白煙が立ち上っているのが確認された。 白煙は原子炉建屋内の使用済み核燃料一時貯蔵プールからとみられる。これに先立つ午前5時15分頃、4号機の使用済み核燃料一時貯蔵プール付近でも火災が発生したが、間もなく自然鎮火した。いずれのプールも地震で冷却水の循環が停止しており、周辺の放射線量が極めて高く、人が近づけない状態だ。冷却水が沸騰して蒸発しているとすれば、大量の放射性物質が外部に飛散している可能性がある。政府は自衛隊のヘリコプターで上空から消火を行う方向で調整を始めた。
経済産業省原子力安全・保安院によると、発電所正門では、16日午前10時過ぎから放射線量が急激に上がり、10時10分に0・9ミリ・シーベルトだったのが、10時40分には10ミリ・シーベルトまで上昇、作業員が一時退避した。 3号機で確認された白煙について、東電は「プールの水温が上がって沸騰し、水蒸気が立ち上っている恐れがある」と説明している。3号機のプールには、使用済み核燃料棒514本が入っており、冷却水は放射能を帯びている。 枝野官房長官は午前11時過ぎの記者会見で、3号機の原子炉格納容器が破損している可能性について、「現時点の情報では一番可能性が高いと推測される」と述べたが、東電と保安院は否定している。
4号機では783本の核燃料棒を収めたプールの冷却水の循環が停止、15日朝に起きた1回目の火災の前日には、ふだん40度程度の冷却水の温度は84度まで上昇したことがわかっており、その後、冷却水の蒸発が進んだと考えられる。1回目の火災で、プールと同じ階の原子炉建屋の側壁が崩壊しており、放射性物質の大気への放出を防げない状態だ。1回目の火災の後、一時は毎時400ミリ・シーベルトという極めて強い放射線量が観測されている。 5号機、6号機にも多数の燃料棒が収まっており、その冷却水の温度も、4号機ほどではないが、高くなっている。 同原発内では度重なる爆発で放射能汚染が広がっており、状況確認や復旧作業は日増しに困難な状態に陥っている。原子炉の状態を監視する運転員も中央制御室への常駐を避け、不定期にデータを確認に行くのにとどめている。このため、爆発や火災を起こした1〜4号機では、プールの冷却水の温度や水位などを常時監視できない状態が続いている。
遺体の所持品などで氏名公表、身元判明作業で異例の措置 2011年3月16日13時50分 スポーツ報知
東日本大震災で、宮城、岩手、福島の3県警は16日までに、収容された遺体の身元判明作業を迅速化するため、遺体の所持品などから推察される氏名を公表することを始めた。 家族との対面などで本人確認する前に、推定段階の氏名を公にするのは極めて異例。3県警によると、免許証や保険証、近所の人の話から身元を絞り込む。 宮城県警の竹内直人本部長は16日午前に開かれた災害対策本部会議で「遺体が多いため、身元判明の作業をさらに進めないといけない」と話した。 宮城、岩手、福島の3県は地震による津波被害で、沿岸部などから多数の遺体が見つかっている。人員不足もあり、検視作業が進んでいない。
水戸と千葉・銚子で震度5弱 2011年3月16日13時2分 朝日
16日午後零時52分ごろ、千葉県東方沖を震源とする地震があり、水戸市と千葉県銚子市で震度5弱の揺れを観測した。地震の規模を示すマグニチュードは6.0と推定され、震源の深さは約10キロ。この地震による津波被害の心配はないという。
◇想定すべき人災−−ノンフィクション作家・広瀬隆さん(68) 毎日新聞 2011年3月16日 東京夕刊
これは人災だと考えています。その責任の所在は東京電力だけでなく、菅直人政権、経済産業省の原子力安全・保安院、原発を推進してきた大学や大学院教授らにもあると言えますよ。 津波発生は日本の宿命で、1896(明治29)年の「明治三陸沖地震」では高さ38メートル以上の津波が起こっている。だから「想定外」という表現は当たらない。想定すべきだったんです。 原子炉設備とその周辺には膨大な配管、配線があって、津波と地震の揺れで相当な影響を受けたと見るべきです。電源系統がだめになっているから、非常用のディーゼル発電機が動かなかった。
配線にダメージを受けている中で、コントロールルームが機能しているのか。膨大なデータを処理する能力が維持されているのか。計器を信用してよいのか。それも分かりません。 そもそも、東電は原発の単なる「運転者」なんですよ。詳細な構造は原発メーカーの技術者でないと分からない。保安院の職員も分からない。これを解説している学者も「現場」を知らない。 メディアはなぜ、東電や政府の発表を垂れ流すのでしょうか。放射能が漏れていても「直ちに人体に影響を与えない」と繰り返しています。しかし、発表されているのは1時間当たりの数値。365日×24時間で計算してみなさい。想像力もなく、レントゲン並みとか自然界の何分の1と報道している印象です。漏れるという「異常」に対する驚きも怒りも薄れている。
福島から排出された放射線は宮城県の女川原発付近でも検出されましたし、風向きによって関東地方にも達しています。 仮に最悪の事態に至ったならば、放射能汚染は1週間ぐらいかけてじわじわ列島を包んでいく。逃げる場所は全くありません。 これが原発の震災、人災なんです。
米国から原子力専門家7人、新たに到着 2011年3月16日17時48分 読売新聞
米国のルース駐日大使は16日、都内の米大使館で記者会見し、米原子力規制委員会の専門家7人が同日、新たに日本入りしたことを明らかにした。 7人は、すでに12日から日本入りしている同委員会の専門家2人に合流し、福島第一原発の危機収拾に向け、日本政府や東京電力と連携して技術的支援にあたる。 米国からは15日に、高空と陸上の放射性物質測定機器が届いているほか、被曝による健康被害の専門家も日本国内で情勢分析にあたっているという。 大使は、日本側から要請のあった支援の内容については、「原子力に関して米国には高度な技術があり、あらゆる支援を提供する」と述べるにとどまった。
放射能恐れ外国人続々出国 成田空港、幼い子連れも 2011/03/16 16:44 【共同通信】
東日本大震災による原発事故を受け、成田空港は16日、放射100+ 件能被害を恐れて海外に脱出しようとする外国人で混雑した。航空券を持たずに空港に詰め掛けた中国人や、床に毛布を広げて座り込む欧米人の姿も。各国の在日大使館は相談窓口を開いた。 福島県郡山市で働いていた米国人ジェフ・バーグマンさん(40)は「(栃木県の)那須塩原駅まで車で移動し、ガソリンが足りるかどうか不安だった。航空券購入に3日かかったが出国できそうだ」と安堵(あんど)の表情。日本人の妻(38)と1歳、3歳の息子を連れて米国に戻るという。 東京で働いていた中国人の男性会社員(35)は、妻と5歳の長女を連れ「とりあえず北京に戻る。妻の希望で帰国を決めた。子どもの安全が一番心配だ」と険しい表情。
妻が妊娠3カ月という米国人男性は「被ばくが怖い。家族がとても心配している」と話し、足早に搭乗口に向かった。 「予約はないが、とにかく成田へという人が多い」と空港職員。航空会社も「空港で搭乗券を買う人が目立つ」と話す。 相談窓口の中国大使館担当者は「被災者の搭乗券を手配中。スムーズな帰国に向け努力する」。 交通機関の乱れを心配し、早めに空港に着いて夜明かしする人も。成田国際空港会社は15日夜、約2200食分の軽食や水を配った。
津波 耐えた、生き延びた 旭・飯岡地区「ここまで怖いとは…」 千葉 旭市 2011年3月16日 東京新聞
「津波がここまで怖いものとは思わなかった」。東日本大震災の津波被害は、県内では旭市の飯岡地区周辺が最も激しかった。津波の猛威と恐怖にさらされながら無事だった人たちがいる。壮絶な体験を聞いた。 (深世古峻一)
沿岸部から約二百メートル離れたところで精肉店を営む加瀬実さん(74)は、地震の揺れがおさまったころを見計らって店の外に出て、外をうかがった。やがて津波がやってきた。さほどの水かさはない。 妻のマサコさん(62)と息子の一男さん(40)が土のうを積む準備にとりかかったところだった。異様に水かさが高まりだした。今度の津波はものすごい勢いで迫っていた。実さんは恐怖にかられ、店舗奥の土間に駆け込んだ。マサコさんと一男さんに呼び掛けた。「おーい、いるかあ」。調理場に逃げた二人からは「いるよー」と返ってきた。 水位はみるみる首の近くまで上ってきた。必死で柱につかまり、流されまいとした。マサコさんと一男さんは高さ一メートルほどの流し台の上で互いに支え合いながら、そばの壁に手をあてて波に耐えた。 マサコさんは「冷蔵庫が水で持ち上げられて、調理場をぐるぐる回っていた」と声を震わせた。一男さんは「流し台まで持ち上げられていたら、二人ともダメだっただろう。津波がここまで恐ろしいとは…」と振り返っていた。 飯岡地区で海岸近くに住む中年の女性は「ゴオー」というすさまじい音を聞いた。身に危険を感じ、とにかく海とは反対方向に走った。だが、押し寄せる波にすぐにのみ込まれた。必死で民家の塀にしがみついたが、そのまま流された。たまたま流れていた木材につかまったことで命をひろったという。「すごい水の勢いだった」。女性は顔をひきつらせていた。
「原発から遠くへ」 避難住民、疲れ切りため息 2011年3月16日 17時03分 中日新聞
「もっと原発から離れたい」。福島第1原発事故で首都圏に脱出してきた避難指示区域の住人は、慣れない地で一夜を過ごした。放射能という見えない恐怖から逃れ、安堵(あんど)しながらも疲れ切った様子だった。 千葉県松戸市の老人福祉センター。避難指示圏内(同原発から半径20キロ)の福島県楢葉町からきた男性(61)は、原発の状況が気にかかる。「回復には時間がかかりそう。いつまでも松戸市の世話になれない。自力で落ち着き先を見つけないと」。関東地方の知り合いを探っているが「そう簡単には見つからない」と声を落とした。 同センターに家族4人で避難した福島県富岡町の男性(47)は、自宅に支障はない状態といい、「放射線のレベル次第ではすぐ帰るつもり。早く戻りたい」と望んでいた。
栃木県日光市の大沢公民館。15日午後にたどりつき、一夜を明かした福島県富岡町の会社員男性(38)は「必死に南下してきた」と声を震わせた。男性の自宅は倒壊。隣接する同県川内村で避難生活中、福島第1原発での事故を聞いた。「とにかく遠くへ」。親族26人と8台の車に分乗し、ここまで来た。男性は「もうお金もガソリンもない。みんな疲れ切っており、先が見えない」とため息をついた。 水戸市の保健所では16日朝、福島県いわき市などから逃れてきた住民が放射線量のチェックを受けた。同市の自営業男性(36)は妻、長男(2つ)とともに自宅から5時間かけて水戸市に到着。異常はなく「子どももいるので一安心だが、分からないことばかり。正確な情報を知りたい」と訴えた。 茨城県常陸太田市の市生涯学習センターは福島県から約30人の避難者を受け入れた。親族17人と避難した主婦中島寿子さん(62)=いわき市=は「着の身着のまま逃げた」と涙を浮かべた。親族は5〜90歳代で妊婦もいる。中島さんは「いつになったら元の生活に戻れるのか」と途方に暮れていた。 センター職員によると、一度センターに立ち寄った後、「もっと安全な南に行きたい」と、さいたま市などへ向かった人が20人ほどいたという。
「なぜ略奪ないの? 」=被災地の秩序、驚きと称賛―米 時事通信 3月16日(水)16時9分配信
【ワシントン時事】東日本大震災の被害や福島第1原発事故が連日、トップニュースで伝えられている米国で、被災者の忍耐強さと秩序立った様子に驚きと称賛の声が上がっている。「なぜ日本では略奪が起きないのか」―。米メディアは相次いで、議論のテーマに取り上げている。 CNNテレビは、2005年に米国で起きたハリケーン・カトリーナ災害や10年のハイチ大地震を例に「災害に付き物の略奪と無法状態が日本で見られないのはなぜか」として意見を募集。視聴者からは「敬意と品格に基づく文化だから」「愛国的な誇り」との分析や、「自立のチャンスを最大限に活用する人々で、進んで助けたくなる」とのエールも寄せられた。
求められる限り日本支援=米兵被ばく続く−海軍 2011/03/16-18:18 【ワシントン時事】東日本大震災で救援支援活動に当たっている米兵が新たに数人、低レベルだが被ばくしたことが15日、分かった。米軍が明らかにした。福島県の原発事故による放射線の脅威が増しているが、米海軍第7艦隊のファルボ広報官は「米国と同盟国日本との間には揺るぎない絆がある。日本政府から求められる限り、支援活動をやり通す」と述べた。 米軍はこれまでに、空母「ロナルド・レーガン」のヘリ部隊搭乗員17人が低レベルだが被ばくしたと発表している。いずれも健康に影響はないとしている。 ファルボ広報官は「当面の間、任務を終えた搭乗員が検知可能なレベルの放射能を帯びて戻って来ることは、この任務の現実となる。被ばくのリスクを軽減し、完全に放射能を除去するためにあらゆる手段を尽くしている」とも語った。
各国に日本退避の動き=放射能漏れ恐れる 2011/03/16-20:27 時事
福島第1原発での放射能漏れ事故を受け16日、日本在住外国人に退避の動きが広がった。チェルノブイリ原発事故以来の衝撃を世界に与えている。 在日フランス大使館は16日、声明を出し、日本在住フランス人に対し、東京にとどまる必要のない場合「直ちに帰国あるいは日本の南部に避難するよう」勧告した。フィヨン首相が15日に国民議会(下院)で行った答弁を受けたもので、希望者の帰国の便を図るため、エール・フランス機2機が日本に向かった。 トルコ外務省も16日、声明を出し「不要不急の日本渡航の延期を勧告する」と発表した。メキシコも帰国支援のためチャーター便を検討、帰国便の費用負担にも応じる方針だ。 一方、オーストラリアのラッド外相は16日、被災地や東京からの退避を国民に勧告したが、地震や津波に伴う電力や水の供給に不安があるためで、原発事故は無関係と強調している。 また、フィリピンのロザリオ外相代行は16日、日本滞在中の自国民は30万人以上いるが、帰国させる計画はないと言明。外務省は声明で「日本政府が必要と判断すれば措置は取る」と表明した。
福島で津波15メートル以上か 建築研究所など解析 2011/03/16 22:16 【共同通信】
東日本大震災で、福島県相馬市を襲った津波は、沿岸部で高さ15メートル以上に上った可能性があることが16日、建築研究所国際地震工学センターの藤井雄士郎主任研究員と、東大地震研究所の佐竹健治教授によるコンピューター解析で分かった。 岩手、宮城両県の沿岸各地点でも「5〜15メートル程度」との結果が出た。 気象庁の検潮所での観測データは、相馬で「7・3メートル以上」が最大。津波で観測装置が破壊され、それ以上の記録が残らなかった可能性がある。 解析には、米海洋大気局(NOAA)が太平洋に設置している海底津波計など計30地点のデータを使用。牡鹿半島沖で南北約300キロ、東西約150キロの領域で断層が最大27メートル動いたとみられ、推定マグニチュードは8・9。 この断層運動やマグニチュードに基づき、検潮所がある地点ごとにシミュレーションしたところ、津波の高さは▽相馬15メートル以上▽大船渡(岩手県)15メートル程度▽釜石(岩手県)と鮎川(宮城県石巻市)10メートル程度▽宮古(岩手県)と小名浜(福島県いわき市)5メートル程度―との結果が出た。
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米メディアが見た東日本巨大地震 米メディアの手薄な対日取材体制を大震災が襲った 2011年3月17日 日経ビジネス
東北・関東を襲った大地震発生と同時に、米メディアは大規模な取材力を投入、連日現地からのレポートを視聴者に送っている。その規模は、おそらくイラク戦争開戦直後の取材体制に匹敵するだろう。24時間ニュース速報を流すケーブルテレビのCNNやフォックス・ニューズはともに看板アンカーマンを送り込み、現場の状況を時々刻々送り続けている。ニューヨーク・タイムズなど主要新聞は、アジア各地から特派員を日本に集結させる一方、本社から地震や核問題の専門記者を特派している。
アメリカのメディアがこれほど人とカネを使って「日本」に関して報道するのは何年ぶりだろうか。 ここ10年、米メディアの日本への関心は急速に薄れていた。政治決定のできない、変わり映えのしない政治。「失われた10年」の残渣をいまだに引きずる日本経済。日本は輝きを失ったままだ。米メディアにとって日本は、ニュースバリューの低い国になっていた。 西海岸の雄、ロサンゼルス・タイムズの日本報道は朝鮮半島に関する報道の“おまけ”のような扱いだった。ソウルに常駐する特派員が時々東京にやってきては、当たり障りのない話題を送るといった取材体制だった。 その反面、米メディアは、軍事力を増強する世界第2の経済大国・中国へは次々と特派員の数を増やしていた。ニューヨーク・タイムズなどは「雨の日はあっても中国の記事の出ない日はない」(カリフォルニア大学バークリー校ジャーナリズム大学院のトム・ゴールドスタイン教授)ほど中国報道に精力を割いている。
オバマ大統領の発言が米メディアの背中を押した その日本に3月11日、まるで聖書の黙示録を再現するかのようなカタストロフィーが起こった。米メディアにとっては「空き家」同然になっていた日本を、地震と津波が奇襲したのだ。 大地震は他の国でも頻繁に起こっている。ハイチでも中国でも起こっている。津波も東南アジアを襲っている。核漏れも小規模なものなら欧州でも起こっている。 だが、その3つが束になって同時多発的に先進民主主義国・日本を奇襲した。これはアメリカ人にとっても対岸の火事ではなかった。いつアメリカで起こっても不思議ではない。とくに2005年8月、米東南部を襲った大型ハリケーン・カトリーナの惨事や1979年3月のペンシルベニア州スリーマイル島原子力発電のメルトダウンはアメリカ人の記憶に新しい。 しかも日本はアメリカの極東戦略にとって欠かすことのできない同盟国。そこには米軍4万人が駐留している。そういう認識は、地震発生直後の段階では、米メディアの編集幹部の頭に浮かばなかったかもしれない。 米メディアが日本への集中豪雨的取材に転じるきっかけとなったのは、おそらくオバマ大統領の記者会見だったと思う。地震発生から8時間ほどたって行われた会見の冒頭で、オバマ大統領は異例の所見を述べた。 日本国民、特に被災者に対して「テレビで現状を観ていて胸が張り裂ける思いだ。妻と私は深甚なるお見舞いを申し上げる」と述べて、オバマ大統領は日本との絆を強調した。 「日本が試練の真っ只中にいるとき、日本の友人に我々はありとあらゆる支援の手を差し伸べる用意がある。日米両国民の友情と同盟とは揺るぎない」 しかもオバマ大統領はこの段階で既に米空母や他の艦隊の日本への出動にまで言及するという周到さだった。いわば、オバマ大統領自身がメディアの背中を押したと言える。
副産物的に日本の「今」がすべてあからさまになった 寝込みを襲われたような米テレビの初動は鈍かった。日本のテレビの映像をそのまま垂れ流しながら、CNNなどは現地採用のアシスタントを呼び出したり、東北に住むアメリカ人とスカイプを使って様子を聞いたりすることでお茶を濁していた。 米国の有力シンクタンク「ランド研究所」のレイチェル・スワンガー主任研究員は「米メディアの記者は、日本語ができないのか? 日本にいる英語しか話せないアメリカ人に頼る取材で見ていて歯がゆかった。もっと日本人の被災者や関係者にインタビューをすべきだった。そうした中でウォールストリート・ジャーナルは、英語のできる日本人記者を大量に投入し正確な情報を迅速に流していた」と語る。 もっとも24時間たったころから、主力の取材班が続々と日本に到着、本格的な取材体制に入った。 米メディアが今回の大震災を報道する中で、アメリカ人は、忘れかけていた日本と日本人を久しぶりに観た。震災の映像を見ながら、副産物的に日本人の姿を再確認したのではないだろうか。
米メディアは日本人のGamanに驚いた 大惨事のすさまじさがアメリカ人のお茶の間に流れれば流れるほど、今の日本が素っ裸にされた。地震で崩壊した建物は、中国や中南米の前近代的な建物ではない。立派なビル、民家、学校、漁船、飛行機…。辛うじて助かった人たちの表情、しぐさ。悲しみを必死に耐えながら、秩序正しく、冷静さを保っている日本の被災者たち。
ニューヨーク・タイムズでかつて東京特派員を務めたコラムニスト、ニコラス・クリストフ記者は、地震発生直後の3月11日付けで、1995年の阪神淡路大地震を取材して目撃した日本人の対応を引き合いに出して、こう書いた。見出しは、「Sympathy for Japan, and Admiration」(日本への同情、そして尊敬の念)。
「これから数日間、日本を見守ることで、私たちは何かを学ぶこと請け合いだ」 「地震が起こった後の日本政府や行政の対応は、後手に回るだけで話しにならない。だが、事を処するに当たって日本の一般市民が示した弾力性とストイシズム、規律正しさには驚くべきものがある。日本語に『Gaman』(我慢)という言葉がある。英語では同じ意味の言葉はないのだが、あえて言えば『Toughing it out』といった意味だろうか。日本の被災者は驚くべきGamanをもって、秩序を守っている。あの大地震の後、水や食糧を求める長い列に黙々と並ぶ。自分のことは傍らに置いて、他人を助ける。商店から商品を盗み出すなどといったことは論外だ」 「阪神淡路大地震の時に、日本でも商店から物を盗み出すものがいるか、について取材した。この最中、ものを盗まれたという商店主に出くわした。私が『こんな時にものを盗む日本人がいることをどう思うか?』と聞くと、その商店主は驚いたような顔して答えた。『誰が、日本人が盗んだ、と言ったかい。盗んだやつは外国人だよ』。」 「今ウィスコンシン州やワシントン州で起こっている激しい政治論争やデモとは対照的に、日本人は一致団結して、この国難に立ち向かうだろうと私は予見する。我々アメリカ人は深甚から日本の方々に同情申し上げる。それと同時に、まもなく我々が目撃するはずの日本人の弾力性と我慢強さに最大級の尊敬の念を送りたい」 クリストフ記者が先導役になったのか。第一報に続く米メディアの記事は、日本人の忍耐強さと規律正しい対応に集中した。 もっとも、大惨事に直面した日本人の対応に対する欧米メディアの驚きは、阪神淡路大地震の時に始まったわけではない。関東大震災を取材したイギリス人特派員の記事は、今読んでも、通じる。100年たった今でも変わらないものなのだ。ただ日本人自身が気づかないだけだ。
「地震・津波に最も備えてきた日本」という揺るがぬ評価 今回、さらに別の角度からも日本への称賛の声が出てきた。 「地震・津波対策には他のどの国よりも万全を期してきた日本ですら、このような悲惨な事態になった。これが他の国であったら惨事はこの程度ではすまなかっただろう」(CNNの人気アンカーマン、アンダーソン・クーパー記者) 技術大国・日本の技術をもってしても、今回のような地震・津波に立ち向かうことはできなかった、という認識だった。 3月15日現在(米西海岸夏時間)、東京電力福島第一原子力発電所での炉心溶融事故をめぐってメルトダウンの可能性が、米メディアでも最大の関心事になっている。 だが、今回の事故を「旧ソ連チェルノブイリ原発事故の再来」と危機感を煽っている一部欧州の報道に比べると、米メディアは極めて冷静沈着な報道に終始している。 日本の科学技術に対する絶大なる信頼があるためだろう。 3月14日付けのワシントン・ポストは、「If the Japanese can't build a safe reactor, who can?」(もし日本人が安全な原子炉を造れないのなら、いったい誰が造れるのか)という見出しで、日本への信頼感を表明している。筆者は、アナ・アップルバウム記者だ。 「日本の原発は、細心の注意と精度で造られている。さらに、世界で唯一の被爆国である日本は、能力においても、法制度においても、規制においても、他のどの国をも上回る完璧さを持っている。もし優れた能力と技術力を持つ日本人が、完璧なほどに安全な原子炉を造れないとしたら、いったい誰が造れるだろうか」 そして同記者は、こう付け加えて、筆を置いている。 「今回の事故が大事に至らないことを祈るのみだ。ここ数日、自らへの危険を省みず、核関連施設で大災害を防ごうと働いている技術者の方たちに敬意と尊敬の念を表わしたい。もしこの危機を回避することができる者がいるとすれば、それは日本人しかいない」
福島原発のメルトダウン危機では政府の対応の遅さに批判 もっとも、すべてが褒められているわけではない。 緊急事態宣言が出された福島第二原発の一号機をめぐる対応で、菅政権は後手に回った。それに噛み付いたのは、フォックス・ニューズが特派したアンカーマン、ジミー・コルビー記者だ。 「周辺住民に対する避難範囲が10キロ圏から20キロ圏へとコロコロ変わった。実際に爆発が起きてから発表まで2時間もかかった。危機管理がちぐはぐだ」 同記者にのコメントに対して、元ウォール・ストリート・ジャーナル東京支局長だったジョン・バッシー氏がスタジオから相槌を打った。 「日本人はバッドニュース(悪いニュース)を、少し間をおいて発表する傾向がある。これは今に始まったことではない。それよりも米空母の救援を受け入れた点に注目すべきだ。阪神淡路大震災の時には、地元の革新系市長が反対して、救援に駆けつけようとした米空母の入港を拒否した。今回は、それだけ被害大きくて、日本だけでは手に負えないからだろう」 今後福島原発の動向次第では、アメリカのメディアの報道にも微妙な変化が出てきそうだ。
東日本大震災:避難所の高齢者14人死亡 福島・いわき 毎日新聞 2011年3月17日 8時24分
福島県いわき市の避難所の一つ、県立いわき光洋高校(同市中央台)に避難していた高齢者14人が死亡していたことが、分かった。亡くなったのは男性6人、女性8人で、中には寝たきり状態の人もいた。 県いわき地方振興局や同校によると、亡くなった14人は、原発で避難指示圏や屋内退避圏となった同県双葉郡や南相馬市の病院や介護施設から一時的に避難。医療施設などに再避難するため、14日夜から一時的に滞在していたが、16日朝までに合わせて14人が亡くなった。14人のうち2人はバスで移動中に亡くなったという。 避難所は主に治療や介護を必要とする人を対象に受け入れ、最大250人が入所。体育館にシートを敷き、柔道用の畳を敷き詰めて、大型ジェットヒーター6基を使って暖を取っていたという。県内の病院から医療スタッフ4人が来てケアに当たり、多くは医療施設に移っており、現在は約30人が避難している。【太田誠一、神保圭介】
燃料不足が影響 バス事業者減便 千葉 2011年03月17日 朝日
地震の影響による燃料不足で、県内の多くのバス事業者は本数を減らして運行している。市原市のコスモ石油千葉製油所の火災も影を落とす。 京成バス(東京都墨田区)は15日から、路線バスは一部を除いて休日ダイヤで運行している。高速バスも、成田空港を発着する路線などを運休した。同社は「燃料の購入先の一つはコスモ石油と取引しており出荷停止が続いている。もう一つの購入先も、製油所周辺が液状化し、出荷出来ない。補給が出来ず、非常に厳しい状況」と説明する。 千葉交通(成田市)、阪東自動車(我孫子市)も15日から、一部を除き休日ダイヤに切り替えた。 県バス協会に加盟する35の乗合バス業者のほとんどが、減便しているという。協会の増田清さんは「バス会社は専用の軽油スタンドを持っているが、どこも仕入れに苦労している」と話す。 県によると、県内六つの製油所・油槽基地のうち、コスモ石油の火災は、タンク内の残りのガスが燃え尽きるのを待っている状況。JX日鉱日石エネルギーの市川油槽所(市川市)は19日ごろまで停止の見込みだという。 16日現在、出光興産千葉製油所(市原市)、富士石油袖ケ浦製油所(袖ケ浦市)は通常稼働しており、極東石油工業千葉製油所(市原市)は、石油製造は止まっているが、備蓄分を13日から出荷している。4〜5日分はあるという。JX日鉱日石エネルギー船橋油槽所(船橋市)は、16日から、レギュラーガソリン以外の出荷を再開した。
東日本大震災:ガソリン、コメ備蓄十分 買いだめで品薄感 被災地供給に悪影響 毎日新聞 2011年3月17日 東京朝刊
東日本大震災の影響で、ガソリンやコメなどの品不足が深刻化している。いずれも国内備蓄は潤沢だが、高速道路など物流網に大きな被害が出たことや不安心理にかられた「買いだめ」で品薄感に拍車がかかっている。被災地への供給に悪影響が出かねないことから、政府は「被災地以外の皆さんは買い占めに走らないようお願いしたい」(枝野幸男官房長官)と呼びかけているほか、石油備蓄の市場への放出を企業に要請、供給不安解消を急いでいる。【行友弥、三沢耕平、永井大介、浜中慎哉】
ガソリン不足の直接の引き金は被災による製油所の火災や操業停止。JX日鉱日石エネルギーの仙台製油所(仙台市)やコスモ石油千葉製油所(千葉県市原市)、東燃ゼネラル石油川崎工場(川崎市)の一部など6製油所が操業停止に追い込まれ、国内の原油処理能力(約450万バレル)の3割にあたる日量約100万バレル超の処理能力が一時的に失われた。 被災地のガソリンスタンドには長蛇の列ができており、宮城県によれば「ほとんどの店に在庫がない状態」という。仙台市内ではガソリンは1台あたり2000円分、灯油は1000円分などの給油制限も始まった。だが、給油が優先される緊急車両が全国から集まっていることもあり、当分、ガソリン不足は解消されそうにない。 岩手県では16日から1回のガソリン給油量を10リットルに制限するよう県石油商業協同組合を通じてガソリンスタンドに徹底を求めた。 被災地は港湾施設や貯蔵所が被災。物流網の停滞で、品不足が顕著だ。石油元売り各社は輸送ルート確保のため秋田、山形などの日本海側から被災地への出荷を進めている。JXは北海道室蘭市の製油所から秋田、山形、青森の港へいったん輸送して陸路で送っているほか、出光興産も北海道苫小牧市の製油所から海路と陸路を活用して出荷を進めている。 首都圏でも消費者の買いだめなどにより、品不足が目立つ。東京都中央区のエネオス店の店長(36)は「買いだめしようとする客が多く、タンクを持ってきて『これにガソリンを入れてほしい』と求める人もいる」と話す。同店で給油をしていた男性会社員(43)は「どこも販売制限しているが、10リットルじゃ不安なのでガソリンスタンドを回る人も多い」という。 ただ、石油備蓄は民間分だけで3578万キロリットルあり、現在と同様の生活が85日間できる計算。政府は3日分(126万キロリットル)の備蓄取り崩しを企業に求め、この供給が14日始まった。また、操業を停止していた首都圏最大級の東燃ゼネラル石油川崎工場、JX根岸製油所(横浜市)、極東石油工業(市原市)が来週までに操業を再開する見通しで、被災による操業停止分の4割が復旧する。さらに出光興産は17日から壊滅的な打撃を受けた石油製品の貯蔵所である「油槽所」のうち、宮城県塩釜市の拠点を再開する方針で、明るい兆しも出ている。安定供給には「途絶した物流網がどの程度復活するか」(資源エネルギー庁)がカギを握っている。
◇農相、冷静対応訴え 鹿野道彦農相は16日、東日本大震災の影響で不足感が出ているコメについて文書で「在庫は十分あり、円滑な供給に努めたい」として、消費者に冷静に対応するよう訴えた。
被災地への供給がほぼ途絶していることや首都圏のスーパーやコンビニで発生している品薄は震災後の道路の寸断やトラックなどの燃料不足による物流網の混乱が原因として、買いだめなどを控えるよう呼びかけている。 農林水産省によると、10年7月〜11年6月に見込まれるコメの総供給量は1013万トン。需要予測の811万トンを差し引くと、今年6月末の民間コメ在庫は202万トンとなる見通し。政府備蓄米の92万トンを加えれば、7月以降も4カ月分の需要量に相当する供給余力があり、今秋の収穫期まで十分な量を確保できる。同省は「当面、備蓄米の放出は想定していない」としている。 ただ、昨年収穫されたコメの多くはまだ産地で保管されており、震災の影響で出荷が滞る事態も生じている。茨城ひたち農協の佐川克弘常務理事は「昨年産米はまだ半分程度が未出荷だが、燃料不足などで搬出が難しい状況。出荷できるものも地元の病院などへの提供を優先せざるを得ない」と話している。 また、被災地では今春の作付けができなくなる農家や農地が多いとみられ、農水省は来年にかけて備蓄米の放出や生産調整(減反)の緩和などの対応を迫られる可能性もある。
2011年3月17日(木) 茨城新聞 県内高速、一部が復旧 常磐道水戸-三郷間解除
東日本大震災に伴い、通行止めが続いていた高速道路網について、県警と東日本高速道路は16日早朝、一部を除いて県内路線の通行止めを解除した。同日現在、被害の大きい区間がある常磐自動車道の水戸インターチェンジ(IC)以北などは通行止めが続いている。19日に全線開通となる北関東自動車道も、県内と栃木県内の一部が通行止め。県内全線の復旧に向け急ピッチで工事が進むが、大震災の爪痕は広域交通ネットワークの寸断を長期化させている。
通行止めが解除されたのは、常磐道の三郷ジャンクション(JCT)―水戸IC▽北関東道の栃木・都賀IC―茨城町東IC▽東関東自動車道の茨城空港北IC―茨城町JCT―の各区間。最高速度は時速50キロに規制されている。県内で通行止めが続く路線は、常磐道の水戸IC以北▽北関東道の茨城町東IC―ひたちなかIC(東水戸道路含む)―の両区間。震災で、県内路線は路面の亀裂や段差、舗装の一部損壊などの被害を受けた。東日本高速道路は、通行できるよう段差を解消し、損壊部分を改修する応急的な措置を施した。常磐道上り線の友部JCT付近は数百メートルにわたって道路の縦横に亀裂が入り、一部車線規制で対応している。特に、被害が大きかった常磐道上り線の水戸IC―那珂IC間は、約150メートルにわたって路面が大きく波打ち、一部で道路が陥没しのり面が崩壊した。同社は損傷が激しい区間を撤去し、道路を造り直す作業を24時間体制で進めている。また、同社は16日までに、北関東道の未開通区間を予定通り19日に開通させ、全線を開通させることを決めた。一方で、全線開通に伴う本県と栃木、群馬3県知事らが出席して行う予定だった式典などは一切行わないと発表した。
北関東道は、残りの整備区間である佐野田沼(栃木県)―足利(同)―太田桐生(群馬県)の各IC間計約18・6キロが19日に開通し、計150キロ区間全線の開通となる。16日現在、北関東道の県外路線で通行止めになっているのは、栃木県内の都賀IC―栃木都賀JCT(東北道)▽岩舟JCT(東北道)―佐野田沼IC―の両区間。常磐道の友部サービスエリア(SA)と笠間パーキングエリア(PA)は閉鎖。ほかのSA、PAはオープンしているが、土産物や食品などの店舗の女性店員は「震災後に新たな入荷はなく、在庫のみを販売している状態」と話した。
2011年3月17日(木) 茨城新聞 百里基地から大型破壊機消防車などを派遣
百里基地によると、中部航空方面隊は17日午前3時、福島第1原発への放水などのため、同基地隊員を含む7人と同基地の大型破壊機消防車(A-MB-3)2両などを派遣
48歳男性“15年の引きこもり”からも生還 野田村 2011年3月17日 06:00 産経
2階の窓を開けると、高さ10メートルの防潮林をのみ込む津波が見え、瞬く間に自宅も襲われた。岩手県野田村の海岸線近くに住む無職男性(48)は約15年間外出せず、引きこもっていた。自宅ごと流され、一時は死を覚悟したが奇跡的に生還し「幸運だった」と喜びをしみじみと語った。 男性は母親(72)と2人暮らし。勤めていた東京の会社が約15年前に倒産。故郷の野田村に戻り、そのまま引きこもるようになった。 「避難はおっくうだった」と男性。11日の激しい揺れの直後「逃げなきゃだめだ」と何度も訴える母親の言葉を聞き入れなかった。 母親だけが避難した直後、ドンという音とともに自宅は流された。部屋の壁が崩れ、天井が落ちてきた。あっという間に胸まで水に漬かり、屋根の梁(はり)に手を伸ばし必死に抱え込んだ。わずかな空間で呼吸し、屋根ごと1キロ近く流された。 だが間もなく屋根は真っ二つに割れ、濁流の中に。気が付くと下着ごとジャージーは脱げ、腰や脚は擦り傷だらけに。 ようやくビニールハウスの骨組みをつかみ、引き波に耐え続けた。どこにいるか分からなかったが、寒さに震えながら高台へ歩き、隣の久慈市の避難所に運ばれた。 「息子はもう生きていないだろうと正直諦めていた」。野田村の避難所にいた母親の元に3日後の14日、朗報が届いた。再会し、母親は涙を流して男性を抱き寄せた。「人とのコミュニケーションは苦手だが、避難所の生活はそんなに苦でない」と男性は話している。
震災の揺れは6分間 キラーパルス少なく 東大地震研 2011年3月17日10時42分 朝日
東日本大震災を起こした地震の揺れが東日本全体で約6分間続いたことが、東京大学地震研究所の古村孝志教授らの解析でわかった。「キラーパルス」と呼ばれ、木造家屋に大きな被害をもたらす周期1秒前後の揺れは地震の規模の割に少なかった。海岸付近の家は、倒壊は免れたものの、直後の津波で流されたようだ。 防災科学技術研究所(茨城県つくば市)が全国展開している全国高密度強震計地震計(K―net)のデータが地震直後から使えなかったが、16日に復旧して解析が可能になった。古村教授らは、全国1800カ所のデータを使って、揺れの状況を調べた。 地震の揺れは、発生から35秒後に宮城県牡鹿半島に到達。50秒後には岩手県釜石市や福島県いわき市を揺らして、70秒後に東北日本全域に広がった。揺れのピークは約35秒の間をあけて2回あり、古村教授は地震を起こした断層の破壊が少なくとも2段階あったとみている。揺れは、最大で重力の約3倍の加速度に達した。 地震波の周期は0.1〜1秒の短い波がほとんどで、木造家屋に壊滅的な被害をおよぼす1秒前後の周期の地震波は少なかった。古村教授は「家がそのままの形で流された。津波地震の典型ではないか」とみている。 この地震では、遠く離れた高層ビルや石油タンクに大きな被害を与える10秒以上の長い周期の「長周期地震動」も観測された。東京湾岸のコンビナートの火災などは、この影響と考えられるが、それでも地震の規模の割に少なかったという。(川原千夏子)
物資不足で被災地の盗難増加 ガソリンや食品など被害 2011年3月17日11時21分 朝日
東日本大震災発生から6日が過ぎ、被災地の一部では、混乱に乗じたとみられる盗みなどの犯罪が相次いでいる。中には、避難生活が長引いて食料や燃料が不足し、やむにやまれずといったケースもあるようだ。住民らは警察の協力も得ながら、見回りをするなどの対策を始めている。
宮城県石巻市で16日、閉店中のコンビニエンスストアで現金自動出入機を壊していた3人が窃盗未遂容疑で逮捕された。県警の発表によると、3人は「従業員に飯を食べさせなくてはならないのでやった」と供述しているという。 宮城県警によると、震災に乗じたとみられる窃盗事件は県内で16日午後5時までに、未遂も含め146件発生。現金のほか、食料、水などの生活必需品が目立つという。 水戸市内でも、臨時休業していたコンビニの割れたガラスから2人が侵入し、仲間と商品を運び出しているのを、記者が目撃した。食品などが盗まれたという。 中でもガソリン盗が増えている。茨城県警によると、震災発生後から16日までに、駐車中の車やバイク、軽トラックの給油口がこじ開けられてガソリンが抜き取られる事件が7件発生したという。仙台市では13日、ガソリンスタンドからガソリン約1リットルを盗んだとして、会社員の男(24)が窃盗容疑で現行犯逮捕された。 岩手県大槌町では、家を失った男性(43)が軽乗用車からガソリンを盗まれた。ほんの少し車から離れた間の出来事だった。「岩手県人はみんな優しいと思っていたのにがっかり。避難所では協力し合っている人の方が多いのに」
避難中に車上狙いに遭った同町の男性(57)は「救援物資が届かないから、さらに不安を抱いてしまう」。 宮城県北部の被災地では、男子高校生4人が、自動販売機を壊し、ウーロン茶やコーヒーを取り出しているのを記者が目にした。4人は避難所に持って行き、高齢者らに配って回っていた。当時、食料も水も行き渡っていなかった。 一方で、生活必需品ではない品の盗難例もあった。ブランド店約100店が入る仙台市のアウトレットパークでは、休業中にブランドバッグなどが相次いでなくなった。警備員は「ブランド品も服もレジの金もかなりの被害。怒りを通り越して悲しい」と嘆いた。 16日には茨城県神栖市内の民家に、東京電力の職員を名乗った男2人が「このままだと停電する。お金は1万5千円かかる」などと勧誘したが、実害はなかった。 岩手県大船渡市の避難所では、少女がトイレに行こうとして、後ろから体を触られる事件が起きたという。こうした事態を受け、市教委は各避難所にリーダーを決めるよう勧めている。防犯や食料の管理、掃除など役割を分担し、責任感を育てようという狙いだ。
数百人が避難する大槌町の小学校では、住民たちが「自主防災部」を設置し、警察とも情報交換している。この避難所では救援物資は届いているが、毛布や薬などが足りていない。本部長の男性(72)は「国や県は物資を十分に届けてほしい。今は奪い合いはないが、その不安もある」と訴えた。 桐生正幸・関西国際大学教授(犯罪心理学)は、「小さな犯罪はあるとしても、海外の報道では、この非常時にも略奪や暴行が起きない日本社会は高く評価されている。被災地で助け合うことは、自然な相互監視になり、犯罪の抑止にも効果的だ。物資さえ行き渡れば犯罪はなくなっていくはずだ」と話している。
「警察も来てくれないんですよ」。コンビニを経営する安部裕幸さん(50)は現金自動出入機(ATM)の現金を奪われた。レジや金庫など計約80万円の被害。安部さんは地震後ホームセンターの屋上で3日間閉じこめられた。「3日間、強盗の想像をしていたが、まさか本当に起きるとは。まあでも人間だから」と話していた=16日、宮城県石巻市、矢木隆晴撮影
不満と恐怖地元限界 物資ストップ「見殺しに等しい」 河北新報 3月17日(木)6時13分配信
「このままでは見殺しだ」。東京電力福島第1原発(福島県大熊町、双葉町)で続く空前の危機に16日、福島県内の不安は極限に近づいた。屋内退避の指示が出た原発から30キロ圏内の自治体は極端な物資不足に陥った。自治体関係者らは「物流が止まった」「まるでゴーストタウンだ」と支援態勢に不満と怒りをぶつける。巨大津波に続き、迫る恐怖。放射性物質から逃れようとする人は、列島を横断して日本海側などへと向かった。(福島総局)
原町区、小高区などに屋内退避指示が出ている南相馬市。 桜井勝延市長は「退避指示の影響なのか、医薬品も油も何も入ってこなくなった」と陸の孤島と化した現状を説明する。 市内には、東日本大震災の津波で行方不明になった家族を捜すため、被ばくの恐怖におびえながら残る人もいる。火葬の油も調達できず、遺体は腐敗しつつあるという。 「住民に家にこもっていろというのは見殺しに等しい。国が命を守るというのは空文句だ」と桜井市長。「国や県は現地に足を踏み入れ、惨状を目の当たりにしたらどうか」と痛烈に批判した。 市の一部が30キロ圏内の田村市も16日、一気に食料などが入ってこなくなったという。ガソリンもなく、ボランティアらが歩いて高齢者の自宅を訪ね、世話をする状態だ。 冨塚市長は「国は原発が爆発したら何キロまでが危険かを明確に示し、危ないのなら受け入れ先を調整すべきだ。このままご飯がもらえないと、ここにいる人は死んでしまう」と訴える。 同じく市北部の一部が30キロ圏内に入るいわき市。市地域医療対策室の男性職員(48)は「実際はほぼ全市で屋内待避している。まるでゴーストタウンだ」と嘆いた。 南相馬市の北隣、相馬市に退避指示は出ていないが、既に脱出した市民も多い。市内の男性(39)は「逃げられるものなら逃げたいが、ガソリンが底を突きかけている。まして避難所にいる知人らは逃げろと言われても逃げるすべがない」と表情を曇らせた。 原発から少しでも離れようと、県北部の福島市や伊達市に避難する人も増えている。伊達市では、地震による市内の避難者約800人に避難所からいったん帰宅してもらい、原発事故の避難者受け入れに切り替えた。
東日本大震災:中国人、帰国のため続々と新潟空港へ 毎日新聞 2011年3月17日 19時14分
大震災で被災した中国人が、福島第1原発(福島県)の事故を恐れて帰国しようと続々と新潟空港(新潟市東区)に集まっている。17日はハルビンと上海行きの臨時便計8便が約1700人を乗せて離陸。新潟市が開設した3カ所の避難所には同日午後、2000人以上の中国人が帰国便を待っていた。 在新潟中国総領事館(同市中央区)は、福島、宮城県などに25台のバスを送るなどし、17日までに中国人約3500人が新潟市に避難した。 仙台市若林区の専門学校生、張華子さん(22)は、原発のニュースを中国で見た両親から「すぐに帰ってこい」と電話があった。「風向きから東京より新潟が安全」と思ったという。同市青葉区で建築会社を経営する張明宝さん(49)は妻(39)と長女(15)と3人で避難所生活をしていた。だが、原発の水素爆発をテレビで見て「命が危ない」と感じ、帰国を決意したという。マイカーに1000円ずつ給油し、コンビニの駐車場で寝泊まりしながら新潟にたどりついた。「地震だけなら帰らなかった。なぜ(原発が)安全なのか、日本政府の説明では納得できない。会社には住宅の復旧工事の依頼が来ていたが、すべて断った」 東京都の主婦、周偉紅さん(25)は夫を残し、生後3カ月の長男勇太ちゃんと両親とともに帰国する。「原発の事故はどんどんひどくなっている。子どものことを考えると東京にもいられない」 同領事館によると、18日も同規模の臨時便が準備される予定という。【黒田阿紗子】
国外避難の外国人、関空でもあふれる 2011/03/17 21:53 産経
東日本大震災で被災した福島第1原発でトラブルが続くなか、日本に滞在する外国人の「帰国」が急増している。関西国際空港でも17日、国際線カウンターに多くの旅行者があふれた。国によっては、日本から避難をよびかけるケースもあり、避難する外国人からは「友人から日本にいることを心配された」などと不安の声が漏れた。多くの旅行者であふれる国際線カウンター。便によっては長蛇の列となり、領事館から派遣された職員が対応する姿もみられた。東京都港区に住む国際弁護士のオーストラリア人女性(28)は、夫とともに帰国。「原発の問題は国際ニュースでも大きく取り上げられ深刻にみえる。家族を安心させるため帰国する。できるだけ早く日本に戻りたいんだが…」と話した。 愛知県安城市のウェブデザイナーのスロバキア人男性(31)は母国の学校で1年に1度、チェルノブイリ原発事故を想定した避難訓練をしていた。「放射線はおそろしく心配だ。ちょうどすこし先に英国に出張する予定があったので、予定を繰り上げて出国することにした」と話していた。
18「津波はまず逃げる」 田辺市出身の前田さん被災体験振り返る 2011年03月18日 紀伊
和歌山県田辺市湊出身で宮城県石巻市在住の会社員、前田真伸さん(41)は勤務先で東日本大震災に遭った。16日に帰郷した前田さんに、津波が押し寄せる瞬間や被災後の避難生活を振り返ってもらった。 港湾近くの工場地帯にある、東海カーボン石巻工場で勤務する前田さんは11日、突然大きな揺れに見舞われた。「配管が割れ、蒸気が漏れた。別の工場からは爆発音も聞こえた」。すぐに生産を停止。約1・5キロ離れた4階建ての社宅まで避難した。 燃料用の重油や薬剤の流出を防ぐため、工場には約20人が残っていた。前田さんは社員の避難と家族の無事を知らせに再び工場へ。その直後に津波に襲われた。 付近で最も高い関連工場の3階に避難したが「海面は徐々に高くなり、最大波は7〜8メートル」。見慣れた工場地帯が大きな河に変容した。 「チリ地震(2010年)でも警報が出たが、津波は1メートル程度。どこかに油断があった」。防寒着や食料は1階にあり水没。ラジオの情報と懐中電灯の明かりを頼りに不安な一夜を過ごした。
翌朝、海水が引いたのを見計らって社宅へ。妻と1歳の息子の無事を確認したが、1階にあった自宅の家財はすべて浸水していた。 水や食料、紙おむつやミルクなど社宅内で持ち寄った物資には限りがある。避難施設に移ることも考えたが、13日時点で物資の配給はなく、毛布や食料は持参しなければならない状況だった。 前田さんは「津波はまず逃げること。工場で訓練していたので、社員は無事だった」と訓練の大切さを実感した。 一方で「物資はすぐに届かない。食料と水、懐中電灯、避難施設は寒い場所が多いため毛布と防寒着も備蓄が必要。1階に保管したのは甘かった」と反省点を挙げた。 また、体験から「ラジオの情報や燃料としてライターが貴重だった。物資が不足するため、商店が商品を提供する仕組みがあるといい。道はでこぼこで、障害物だらけ。初期の移動は自動車より、自転車が役立つ」と提案する。 前田さん一家は社宅の隣人とともにNPOに救援され、被災地を脱出することができたが、現地には多くの社員が残っている。「震災はまだ終わっていない。疲れたなんて言ってられない」。前田さんは現地社員支援のため17日午後、田辺市を出発して愛知工場に向かった。 実家には津波襲来直後に「無事」と津波の写真を添えてメールをした。その後、14日まで電話は不通。父の昌一さん(72)は「テレビで石巻市が映るたび、どこかに姿が見えないか探す毎日だった」と話す。 昌一さんは7歳のころ、南海地震(1946年)で被災。津波で田辺市新庄町の自宅が流失し、高台に逃げた。前田さんに体験談を繰り返し聞かせていたという。「親子2代で津波に遭ったが、無事でよかった」
自主避難民、県内市町村受け入れ 2011年3月18日 茨城新聞
福島第1原発の放射能漏れで、県内の市町村は17日、福島県から自主避難して来る住民の受け入れを本格的に始めた。茨城新聞社が市町村の災害対策本部を通じて集計した受け入れ避難住民は北茨城など10市町、約750人(17日正午現在)に上っている。今後も増えるとみられる。
被災者、都内に続々 東京 2011年03月18日 朝日
◆透析患者410人「ありがたい」 車中4泊、ようやく建物に 東日本大震災の発生から18日で1週間になる。福島第一原発の事故が起きた福島県の人工透析患者約410人が17日に都庁に到着するなど、被災地から都内への避難者が増えてきた。親戚や知人を頼って上京する人も多い。受け入れ先が見つかった人たちはほっとしながらも、いつ帰れるか分からない故郷を思い、不安を募らせている。
◇ひと安心・・・故郷が心配 ■100の医療機関で 福島県いわき市と富岡町の9病院で人工透析を受けていた患者約410人が17日午後、バス21台で都庁に着いた。震災の影響で透析に必要な水や器具が不足し、都内の泌尿器科約200施設でつくる「都区部災害時透析医療ネットワーク」が受け入れた。患者らは都が用意した施設3カ所に分かれて宿泊する。 6時間かけてバスでやってきたいわき市の森宏之さん(45)は「透析が受けられないと命がなくなる。本当にありがたい」。週3回の透析を3年間続けている。震災後も2回受けたが、看護師に「器具がなくてこれ以上続けられない」と言われた。 同市の松尾あつ子さん(61)は14日以降、透析を受けられず、同じ病院に通う知人と一緒に上京した。「私はまだ体調が悪くないが、中には自力で歩けなくなり、車いすで運ばれた人もいる」。地元では、ガソリン不足で病院の送迎バスも止まった。スーパーに行っても食料はない。「家は原発から40キロ離れているけれど、近所の人たちは避難し始めているので心配です」 付き添いの医療スタッフによると、原発事故の避難指示区域から着の身着のまま逃げてバスに乗った患者もいる。高齢者が多く、いすに座っていられず倒れ込む人や、目をつぶったままの人もいた。 都区部災害時透析医療ネットワーク代表で、東京女子医大の秋葉隆教授は「人工透析の治療を継続できないと、すぐに患者の命が危うくなる。地域を越えた医療機関同士の連携が必要だ。可能なら他の被災地の患者受け入れも考えたい」と話す。今回は都内約100の医療機関が患者を受け入れるという。
■GSに並び一夜 足立区では16日夜、被災地から公園に避難してきた家族を一時的な措置としてお年寄り向け施設「老人会館」で受け入れた。17日は3家族11人が過ごしている。 福島県いわき市の事務職員の女性(25)は家族5人で来た。自宅は原発から二十数キロ離れており、1号機で水素爆発があった12日夕、2日分の着替えや毛布を車に積んで離れると、原発事故の状況が悪化していき、そのまま帰れなくなった。 茨城県日立市の公園などに止めた車内で4泊し、ガソリンスタンドに並びながら一夜を明かしたこともある。ガソリン、水、食料を求めながら避難してきて「ずっと車の中だった。建物の中に入れただけで本当にありがたい」。 女性は「行くあてがなく車中泊を続ける人は大勢いる。避難できる場所と、その場所の情報を、首都圏の行政機関から避難者に積極的に提供してほしい」と話した。
■友人宅めざして いわき市の会社員渡辺昌和さん(38)は15日、一家7人で江戸川区の友人宅に避難した。自宅は福島第一原発から三十数キロ離れた海岸近く。14日の仕事中に3号機で水素爆発が起きると、サイレンが鳴り、「原発が爆発したぞ」と叫ぶ声が聞こえた。「逃げるぞ」と妻に連絡。貴重品や着替え、水を車に積み、まず約20キロ南の妹が住むアパートに避難した。15日未明から半日かけて都内にたどり着いた。 渡辺さんは設備工事業に携わり「安全になったら地元に戻って復旧活動をしたい」。一家を受け入れた自営業夏堀航さん(43)は3人家族でマンションに住む。「困った時はお互い様」と温かく迎えている。
■親族28人一緒に 東久留米市の集会施設にはいわき市を脱出した3〜73歳の親戚同士28人が身を寄せている。 会社員の男性(37)によると、出発は15日朝。自宅のある地域は津波被害はなく、避難指示や屋内退避要請のエリアでもないが「気がついたら隣近所がみんなどこかへ避難していた」。水が出ず食料もなくなってきたため、親戚も誘って妻の兄が住む東久留米市に来た。 「福島を出ただけでほっとした」。途中何度も給油所に並びながら約17時間かけ、16日未明に親戚宅に転がり込んだ。この親戚が市役所に相談し、同日夕から銭湯の2階にある集会施設に泊まれた。 市幹部は「人道的な立場で受け入れた」。毛布と寝袋は提供するが、食料は自前で調達してもらう。男性らは「他県から来たのにすぐ対応してくれて感謝している。ただ、いつまでもいられないので、この先が心配だ」と話す。
■東京武道館でも 原発事故による避難者を対象に、都は足立区の東京武道館と調布市の味の素スタジアムで受け入れを始めた。定員は計約1600人。武道館では午後7時すぎから避難者が到着し、毛布1枚とペットボトルを受け取っていた。 最初に到着したのは、福島県富岡町でうなぎ店を経営する押田育夫さん(64)。地震直後から88歳の母、1歳の孫ら3家族11人で避難所や親戚の家、車中泊と転々としてきた。「疲れました。もう戻れないかもしれない。これから住む家をどうにかしないと」と話していた。 うなぎ店は明治元年創業の老舗。第一原発から南へ数キロのところにあり、地震と津波で大きく崩れたという。
買いだめで生活自縛 悪循環 物流滞る 神奈川 2011年03月18日 朝日
県内のスーパーやガソリンスタンドに客が押し寄せ、品薄が続いている。買いだめと燃料不足による物流の停滞が主な理由のようだが、県内などの3製油所が早ければ週末にも石油製品の生産に動き出す見通しだ。必要以上の買いだめが減っていけば、品薄も回復に向かいそうだ。
□日用品 震災後、横浜市中区のドラッグストアでは、午後になるとカップ麺やミネラルウオーター、トイレットペーパーなどの棚は空っぽになる。 17日にはティッシュペーパーを客が取り合う光景も見られた。店長(26)は「通常通りに入荷しているが、客に追いつかない」と困惑する。 買い物に来た主婦(57)は「水を買いだめしたが、もう少し買おうと来た。被災地の映像を見ると不安になっていろいろと買ってしまう」。 一方、鮮魚店や青果店が集まる横浜橋通商店街の店頭には、アジやキンメダイ、生ガキ、野菜などが並んでいた。魚店の店員は「仕入れに影響はそれほどない。関西や日本海から良い魚が入ってくる」。青果店主も「仕入れは順調。東北の野菜はシーズンでないから」。 ただ、客足は減った。2人とも「なぜ減ったのか。パンや水しか食べていないのか」と頭をひねった。買い物客も「ここでは何でもそろう。被災地のことを考えて買う量は控えているけど」と話す。 市場の関係者は冷静だ。川崎市中央卸売市場北部市場によると、青果物の入荷は以前と変わらず、17日も通常通りの取引。水産物は、練り物などが被災地に業者が多いため減ったが、全体では1割減程度という。鮮魚中心の卸会社・横浜丸魚も「仕入れは西日本中心に切り替えた」という。 品薄の原因で関係者がそろって指摘するのが「買いだめと燃料不足、それに伴う物流停滞」だ。横浜中央卸売市場は「燃料不足のため各産地からの輸送トラックが首都圏に入ってこない」、横浜丸魚も「モノはあるのにトラックが減っている」。 不足する牛乳についても、コープかながわは「原乳は十分あるが、パック詰め工場が北関東中心なので品薄になった」と説明する。横浜市のタカナシ乳業は「工場プラントは重油を使っているため支障が出ている。牛乳生産は通常の6〜7割程度」という。 県内を中心に「フジスーパー」を運営する富士シティオの担当者は「普段通りの消費行動を取ってくれれば、品切れにはならないのに」と話していた。
□ガソリン ガソリンなどを求める車の行列が県内でも連日発生し、関係機関は「買いだめは控えて」と呼びかけている。 17日の正午すぎ、横浜市西区のガソリンスタンド(GS)には長い車の列ができたが、店にはロープが張られて営業している様子はない。朝入荷する予定だったガソリンが届かず休業したという。店員たちが車の窓をたたき、頭を下げて歩いた。 運送トラックの軽油不足も深刻。県トラック協会は「一日も早い処置をして」と知事らに要望をした。関東経済産業局石油課によると、全国27製油所のうち6製油所が生産を停止。このため石油製品の生産能力が通常の7割ほどに落ちたという。 関東地域への出荷量は、国内シェア35%を持つJX日鉱日石エネルギーが、地震の影響で横浜市の根岸製油所など3製油所の生産を停止し、在庫分も被災地優先に出荷したため、15日時点で通常の1〜2割にとどまっていたという。 ただ、生産停止中の根岸製油所と他の石油会社の2製油所が、今週末から来週中に生産を再開する予定だ。全国の生産能力は現在の70%から、86%にまで回復する見通しという。西日本の在庫を関東圏に回す動きも出てきた。 同局石油課の担当者は「在庫は十分に確保されているので、不要不急の買いだめは控えてほしい」と呼びかける。 県商業流通課が実施した県内18カ所のGSへの聞き取り調査でも「元売りからの供給は続いており、通常の給油量であれば問題は起きない」との回答を得たという。 同課は「客がガソリンスタンドに殺到したことが原因」と分析。「消費者が落ち着いて行動すれば、問題は解消するはず」とみている。
鉄道運休・ガソリン不足 2011年03月18日 山形
∞ 通勤・通学の「足」 路線バスに変更 JR羽越線を除く大半の県内の鉄道の運休やガソリン不足が、通勤通学などの県民の足を路線バスに変えている。 17日朝の山形市役所前。バスで通勤した同市桧町の会社員女性(33)は「火曜の勤務後に給油しようとしたが売り切れたのでバスにした。道路が給油待ちの車で渋滞していたが、始業時間に間に合ってよかった」。朝日町の姉夫婦を見舞うためバスを待っていた同市銅町の無職女性(79)は「JR左沢線が止まっているのでバスに乗ります。これだけガソリンが足りないと、いつも駅まで送ってくれる友達にも頼めない」と話した。 同市沖町の自営業、安藤秀勝さん(44)は、仕事の合間に、帰宅する小学1年生の息子をバス停まで見送った。「(燃料不足で)バスも減便になるかも知れないと思うと、小さな子ども1人では心配です」と不安げだった。 県内で約100系統の路線バスを運行する山交バスによると、山形、天童、寒河江、上山地域では、利用者が地震発生前の150〜180%に増えており、特に通勤通学時間帯の朝晩の利用者が伸びている。「JRが運休している影響で、幹線道路での利用が増えているのではないか」と同社ではみている。全路線で平常通りの本数を運転しているが、ダイヤは給油待ちの車による渋滞で大幅に乱れている。バスの燃料は、少しずつ供給されているという。 庄内交通(鶴岡市)の路線バスも通常通りの運行。庄内地方を縦断するJR羽越線が運転されており、乗客は目立って増えてはいないという。一方、高速バスの庄内(酒田・鶴岡)から山形、東京行きの便は満席が続いている。
JR山形駅では、雪をかぶった新幹線つばさの車両が放置されている。大震災のあった11日以来、止まったままだ=山形市香澄町1丁目
県内への避難者 さらに増加 2011年03月18日 山形 朝日
∞ 食・衣地域で支え 東日本大震災から18日で1週間。原発事故が依然おさまらない中、県外からの避難者らの受け入れ施設は、置賜、村山にとどまらず、庄内、最上にまで広がった。地域の人々が避難所で「食」や「衣」を支えている。ガソリンや食料品の供給には、わずかに明るい兆しが見えてきた。 高畠町が用意した3カ所の避難所には17日昼現在、計約200人が身を寄せている。米沢市の避難所がいっぱいになったため、16日午後から駆け込む人が急増した。 食事は町が用意している。学校給食の献立を組んでいる栄養士がメニューを考え、毎食、おにぎりやパンと汁物、サラダや漬物なども付く。 町の職員が米屋やスーパーを回ったり、学校給食の調達ルートを使ったりして、1週間分の食材のメドはついた。国保介護課の鈴木精市課長補佐は「やっと形が見えてきた」とほっとした様子だ。 さらに住民からの寄付も物資の調達を支えている。15日に町報やホームページで呼びかけたところ、食料や衣服、布団、日用品が続々と運び込まれた。米は16日だけで500キロ以上。2万5千袋のミルクケーキを4トントラックで運んできた地元企業も。米沢市のケーブルテレビ局からはパソコンと無料電話が無償で提供された。町は職員にメールで歯ブラシや子ども服などの提供を呼びかけた。
町内で薬局を経営する寒河江鴻一さん(74)は17日、現金100万円と衣服を寄付した。「私には食べ物もあるし家もある。避難はいつまで続くか分からない。少しでも足しになればと思った」 「入浴」も町が手配している。温泉施設「町太陽館」などの無料券を2日に1枚の割合で配っている。施設から遠い避難所ではマイクロバスで送り迎えもしている。また、町の保健師が避難所を巡回して健康状態のチェックもしている。福島県南相馬市から来た清水寛仁さん(31)は「こんなに充実しているとは思わなかった」と驚いた様子だ。 もちろん、長期化が予想される避難生活には不安もある。町の担当者は「少なくとも3〜4カ月は続くとみて取り組んでいる。自分たちの食料も確保できるか分からない状況なので、先のことは不透明なことも多い」と話す。避難者からは「こんな世話を町がずっと続けられるか心配だ」との声も出ている。
◇ 物資不足 長期化懸念 避難所の食料は住民の善意が大きな支えになっている。 「白米200キロなど物資を宮城県大崎市に送ったので市の備蓄はない状況。市民の寄付を配るしかない」と言うのは新庄市の担当者。市が福島県から受け入れた23人にはNPO法人「NPO・AMP」が食事を提供している。宮城県塩釜市に備蓄物資を送った村山市の市民体育館では、ボランティアがおにぎりやみそ汁、カレーなど3食を用意している。 天童市は朝夕、おにぎりとみそ汁の炊き出しをしているが、食料不足のため予定は19日まで。一方で市民からの米や野菜の提供が相次いでいる。最上町は住民に自家保存米の提供を要請している。 南陽市もボランティアが食料を提供しているが、「スーパーが品薄状態の中、市民の分もある。長期化すると難しくなる」(市担当者)。 山形市はボランティアがおにぎりやみそ汁を提供しているが、市からは備蓄の乾パンだけだ。担当者は「市内も食料不足。買い物できない市民もいる」と頭を悩ませる。 市町村の物資不足に対し、県も備蓄を回す考えだ。県の備蓄は16日現在、アルファ米約6万食、毛布約3千枚、水約4万本、簡易トイレ2万4千個など。避難所での物資提供は、当面は市町村の備蓄でしのいでもらい、不足すれば県から回す。佐藤和志危機管理監は「被災地向けも必要だが、今の状況では県内を優先することになる」と話した。 避難所の多くは合宿所や保養所などで、布団や風呂がある。最上町は「保養センターもがみ」で宮城県などから24人受け入れている。タンクが大きいので風呂はしばらく使えるという。新庄市の避難所は合宿所。毛布や布団、入浴、シャワー施設がある。 寒河江市は市民浴場を無料で開放する方針。村山市は避難所の隣の温泉施設で入浴ができる。72人を受け入れた川西町は、近くの旅館で入浴してもらっている。
事故原発は“欠陥品”? 設計担当ら35年ぶり仰天告白 2011.03.18 zakzak
自衛隊に警視庁機動隊、そして東京消防庁の特殊部隊まで巻き込むことになった空前の原発事故は、実は人災である可能性が浮上している。 福島第1の原子炉は米ゼネラル・エレクトリック(GE)が開発した。そのGE元社員のデール・ブライデンボー氏はロイター通信の取材に対し、福島第1と同型の原子炉について35年前に安全面での不安を指摘していたと打ち明けたのだ。 そのうえで同氏は「分析が終わるまで一部の原発は閉鎖されるべきだと思ったが、GE側は応じなかった。そのため、私はGEを辞めた」と、退社した経緯を説明した。 米ニューヨーク・タイムズも、米原子力委員会の専門家が1972年、この原子炉は水素がたまって爆発した場合、放射能を封じる格納容器が損傷しやすいため、「使用を停止すべき」と指摘した、と報じた。 今回、事故を起こしたのは「マーク1」という沸騰水型原子炉の一種で、60年代にGEが開発した。中心の燃料棒を圧力容器、さらにその外側をフラスコ状の格納容器で守っている。格納容器が小さく、設備建設費が安く済むため、計104基の原子炉が稼働している米国では同型の炉が23基も稼働している。米国外にも9基あり、計32基が現在も運転中だが、格納容器が小さいゆえに、水素爆発で損傷するリスクが高いというのだ。 福島第1の原子炉はGEの設計図をもとに、東芝や日立製作所が関わって建設、運転されてきた。
設計に携わった東芝の元技術者、小倉志郎氏(69)は16日、外国特派員協会の記者会見で驚きの証言をした。 「(67年に)設計した当時は、津波は前提になかった。日本で事実上、初の原子炉設計だけに知識に乏しく、耐震設計基準についても判断できなかったと思う」 小倉氏は福島第1原発の1、2、3、5、6号機の冷却部分などを設計した。その小倉氏によれば、津波の対応はその後、日本独自の設計で織り込まれるようになった。しかし、推定で最大10メートルとされる今回の大津波より「想定規模ははるかに小さかった」。また、地震の規模についても「マグニチュード(M)8・0以上の地震は起きない、と社内で言われた」とし、M9・0の巨大地震は想定外であったことを明かした。 地震対策は「私の定年が近くなってやっと見直しをしたが、それでも大地震は想定しなかった。責任を感じる」と語っている。 米メディアの報道と設計者の証言をまとめると、もともと事故時の危険が高い米国発の原発が、津波や地震のリスクを十分に考慮せず建設、運転されてきたことになる。前出のブライデンボー氏は今回の事故について、「マーク1型格納容器が、他の原子炉ほど地震や津波の負担に耐えられないことから(事故が)生じた」と分析している。 福島第1原発の1号機が運転を開始したのは71年。40年もの間、周囲を巻き込む深刻な事故を起こさなかったのは奇跡だったともいえる。
県民生活にツメ跡 大震災から1週間 千葉 2011年03月18日 朝日
18日で発生から1週間となる東日本大震災による県内で確認された死者は16人、行方不明3人、負傷者173人にのぼる。17日午後3時現在の県のまとめで、建物被害は全壊380棟、半壊262棟、一部破損8672棟、床上浸水は470棟。ピーク時は48市町村593カ所の避難所に4万7270人が身を寄せ、いまも800人近くが避難所暮らしを強いられている。水道やガスがとまったままの地域もある。一方、17日も福島から避難してきた人々が、県内にも続々とたどり着いた。 1週間前のその時、各地で何が起きたのか。 九十九里浜の北端に位置する旭市飯岡。太平洋岸の県道から通りを1本奥に入ったところにある商店街にいた男性(57)は、1度目の津波が引いた後、避難せずに玄関先にいた。 「くっどー(来るぞー)、逃げれーっ」という叫び声が聞こえた。「必死に逃げた」。玄関のコンクリート塀の上に乗り、屋根の先にしがみついた。津波は近くの川の方から押し寄せ、みるみる間に腰まで水につかった。「甘くみていたかもしれない」。男性は振り返る。 旭市で確認された死者は12人、行方不明3人。いずれも津波にのまれたとみられ、死者は1人を除いて65歳以上だ。 山武市蓮沼ニにあるホテル浪川荘の浪川朝博社長(55)は午後5時半すぎ、近くの海岸から津波が道路を越えて押し寄せるのを目撃した。「わっと一気に水かさが増し、少し高くなっているホテル本館横を抜けていった」。山武では九十九里浜につながる木戸川近くの住宅街を中心に、床上浸水などの被害が出た。 九十九里町小関の作田川では、係留していた土砂運搬船が、押し寄せた津波で川をさかのぼり、工場にヨウ素生産用のかん水などを送る送水管に激突して、管を切断した。運搬船はそのまま80メートルほど流れ、九十九里橋の欄干にぶつかって止まった。 東京湾に面した浦安市の埋め立て地では、至る所で液状化現象が起きた。JR新浦安駅前のバス停には、厚さ30センチ近い土砂が積もった。高洲地区ではタイヤが土砂に埋もれて動けない車も多かった。 水道もガスも止まり、復旧作業が続けられている。
傾く…家も木も電柱も 茨城 2011年03月18日 朝日
あちらこちらで電柱が傾いていた=17日、潮来市日の出
まちに入った途端、平衡感覚がおかしくなったような気がした。 地震で激しい液状化現象に襲われた潮来市日の出地区。 見渡す限り、家も木も看板も傾いている。電柱はあちらこちらの方角に傾き、ゆるんだ電線はまるでクモの巣のようだ。風が吹くと、町中を灰色の砂が舞って目が痛い。 女性(34)が、家の前に止めた車に布団を運び込んでいた。 「荷物を運び出しているの。家が沈むと言われて」 家は道路よりも30センチほど沈んでいる。周囲の住民は出て行った。鹿島市や神栖市にアパートを借りた人もいる。小学生と中学生の子どもがいるが、「学校の人数はかなり減ると思う」と話す。 「個人ではどうにもならない」。別の主婦(51)がため息をついた。 調査に来た修理業者は傾いた家に入るなり、「気分が悪くなった」。道路の下を通る上下水道を修復しなければ、家は直せないと言われた。 上下水道が使えないため、用を足すのは風呂場に置いた紙パックなど。燃えるゴミとして捨てている。余震の度に家がきしみ、目が覚める。「どうすればいいのか。不安でいっぱいです」 傾いた門のある家から出てきた女性(81)は「何もかも傾いていて、いつも揺れているみたいでおっかない」。地震の後、外に出ると、家の周囲が泥に囲まれていた。ひざ下までつかりながら何とか集会所に逃げたという。
避難場所の日の出中体育館。約120家族、約200人が今も不便な生活を強いられている。 校庭に設置された自衛隊の給水所には朝から、ペットボトルやポットを持った被災者たちの列ができる。 湯たんぽにお湯を入れてもらった柄沢寿子さん(60)は娘夫婦と孫2人で避難してきた。「湯たんぽをタオルでくるんで、コタツにいれてみんなで足を温めている。ようやく温風器が入ったのでいくらかましになったが、寒い」 この日の朝食は、マヨネーズ類を塗った食パンと、コーヒー、バナナなど。紙製のコップには名前を油性ペンで書き込んである。「本当なら使い捨てだけど、洗えないし、もったいないから」。周囲の家族とは仲良くし、努めて明るく振る舞っている。 松本猛男さん(72)はほぼ寝たきりの生活。妻の米子さん(62)と2人で寄り添っている。「顔見知りも少ないので、もらい湯にも行けない。移動手段もないし。せめて顔を洗いたい」とこぼす。 40代の自営業男性は、避難所のスタッフの応対には納得しているが、不満もある。 情報がないし、政治家が励ましにも来ることもない。「市はせめて車を走らせて勇気づけるぐらいのことはすべきだ」(池田敏行、中村真理)
窃盗被害から被災地守れ 消防団が夜間巡回 2011/03/18 岩手日報社
東日本大震災で、被災地の治安悪化が懸念されている。大津波で倒壊した家屋を物色したり、車からガソリンを抜き取ろうとする不審者が各地で目撃され、銀行の現金自動預払機(ATM)から現金を奪おうとしたとして逮捕者も出た。治安悪化は阪神大震災の時にも問題となったが、本県の住民たちは「危機的状況のときこそ心を一つに」と団結もしている。犯罪を防ぐ地域の力が試されている。 宮古市内で避難所生活している女性(87)は11日の震災で慌てて逃げたため、自宅に印鑑を置いたままだ。「他の人が行かない場所だから大丈夫と思うけど…」と不安が頭をよぎる。 陸前高田市では物品やガソリンの窃盗被害が相次ぐ。避難所の前で堂々とポンプ式の専用機材を使いガソリンを抜き取る悪質な例もあり、地元住民は不安な毎日を過ごす。 複数の住民によると、バールを持った3人組の若い男が数日間にわたり住宅地を物色しているのが目撃された。実際に周辺の住家からはパソコンや液晶テレビなどが盗まれているという。 空き巣被害を聞き、避難所から自宅に戻った同市米崎町の及川征喜さん(66)は「侵入者が来るかと毎日寝た気がしない。食材や燃料が不足しているのはみんな同じ。こんなときこそ人と人との『絆』を大切にするべきだ」と残念がる。
釜石市内でも家人不在の民家が物色されたり、ガソリンを抜き取られる被害が出始めている。同市嬉石町の平野剛さん(44)は「知らない人を見ることもある。防災無線を何度も流して泥棒を寄せ付けないでほしい」と訴える。 大船渡市赤崎町でも、被災した住宅からの金品の盗難や自動車からの燃料の抜き取り被害があったという。地元消防団や自主防災組織が夜間巡回などで警戒している。消防団によると、夜間に預金通帳や金庫などが盗まれる被害が多発。侵入した民家に家人がいることに気付き逃げた者もおり、治安悪化に不安の声が上がる。 阪神大震災では治安が悪化し、窃盗や女性が被害に遭う犯罪が増えたとされる。 非常時だからこそ地域の結束を信じる声もある。宮古市大通り1丁目の自営業斉藤仁陸(にろく)さん(71)は「我々の地域では盗みの話を聞いたことはない。貴重な食料を分けてくれる人もいた。信頼し合い一つになっていると感じる」と「共助」を強調する。
東日本大震災:福島第1原発事故 福島から避難者7650人に /新潟 毎日新聞 2011年3月18日 地方版
◇支援の輪広がる みそ汁提供、絵本を寄付 東日本大震災で被災し深刻な事故を起こしている東京電力福島第1原発のある福島県から県内への避難住民は17日も相次ぎ、県の午後4時現在のまとめで7650人に達した。各避難所では、県内の団体や個人が食料を差し入れたり、子どもたちのために絵本を寄付するなど、支援の輪が広がっている。【塚本恒、川畑さおり】 相談所が開設され、続々と避難住民が到着している阿賀野市の旧大和小学校では、近くにある食品メーカー「ヤスダヨーグルト」が16日朝から、計約600本のヨーグルトなどを届けた。同社の佐藤卓営業部長(46)は「市に物資の提供を申し出たところ、相談所が開設されたことを聞いた。困っているときはお互いさま。他の避難所についても、要請があれば検討したい」。 また、同市建設業協会は16日の昼食からみそ汁を差し入れている。市からの要請を受け、「被災者に温かい食べ物を提供しよう」と決めた。同協会の安孫子佳弘さん(48)は「逃げてくる人々のために、少しでも役立てれば」と話した。 南相馬市小高区から一家6人で避難してきたという槙大輔さん(30)は「これまでは、おにぎりばかりだったので、子どもたちも喜んでいる」と感謝した。 避難所の一つ、新潟市中央区の市体育館には、市民から子どもたちにと絵本約20冊と折り紙、お絵かき帳などが寄付された。福島から避難してきた子どもたちは笑顔をみせながら、折り紙や絵本を手にとっていた。 五泉市の馬下保養センターの避難所では、JA新潟みらい村松特産振興協議会が、イチゴ「越後姫」60パックを避難住民136人に差し入れた。二宮紀一会長(62)は「すぐに食べられるものとして、イチゴの提供を決めた。被災者に元気を出してもらえるよう、今後も支援を続けたい」と話した。
◇「いつになったら家に…」 長岡などにも避難相次ぐ 福島からの避難者は、長岡市などの避難所にも入り始めた。避難所にたどり着いた住民らはホッと一息をつく一方、「放射能が怖くてもう家には戻れない」「将来の生活はどうなるのか」と不安の表情を浮かべた。
◆爆発に危険感じ
長岡市は約80カ所の避難所を開設し、約1万4000人を受け入れる方針。避難所の一つ、「高齢者センターみやうち」は100人を受け入れる予定。福島第2原発が立地する楢葉町から家族7人で避難してきた根本里子さん(57)は、自宅が海岸線から約500メートルの地点にあり、津波はヘドロのようになって50メートル手前まで迫ったという。 近くの小学校に逃げた後、いわき市の中学に避難。同原発の南約50キロの地点で、約1500人が避難していた。情報が断片的にしか入らず、14日に第1原発3号機が水素爆発したのを機に、避難所では「このままでは危ない」という雰囲気になり、多くの避難者が福島を離れ始めたという。 根本さん一家も、柏崎市に住む息子にガソリンを持ってきてもらい、車で避難所を出て16日夜に長岡市の避難所にたどりついた。「できれば家に戻りたいが、まだまだ時間がかかるだろう」と不安を募らせた。
◆「畳で寝られる」
第1原発が立地する双葉町の中野美恵子さん(59)は夫と避難。自宅は津波被害を免れたが、地盤が割れてもう住めないという。「ここに来て、畳の上で寝られるだけでも幸せ。着の身着のままで駆け落ちしたと思えば何とかなる」と笑ってみせたが、将来については、原発事故の影響で「もう家には戻れないと思う。先のことを考えたら泣けちゃう。でも生きていかないとね」と自分に言い聞かせるように語った。
◆防護服で逃げた
東電の下請け会社の社員で、地震発生時、定期点検中だった第1原発4号機で点検作業をしていた男性(36)は、停電で真っ暗な建物の中を、防護服のまま非常口から逃げ出した。外へ出て着替えた後、走って構内を逃げた。海を見たら、津波が来るのがわかり、事務所のある場所まで約400メートルの上り坂を必死で走った。振り向くと、波が原発付近に到達し、車が流されているのが見えた。 楢葉町の自宅は津波で流されずに残ったが、避難所で生活を続けた。原発の事故が深刻化したため、福島県を離れ、16日夜、長岡市の避難所に家族とともに入った。「とりあえず安心した。でも、落ち着くと今度は仕事やお金、ローンのことなどいろんなことを考えてしまう。いつ家に戻れるのか」と充血した目でつぶやいた。【岡村昌彦】
◇福島からの避難所、知事が視察し激励 泉田裕彦知事は17日、退避指示や屋内退避指示が出ている福島第1原発の半径20〜30キロ圏内に位置する福島県南相馬市からの避難住民約270人を受け入れている三条市総合福祉センターの避難所を視察した。 泉田知事は体育館などで休んでいる避難住民に声をかけ、「皆さんが落ち着いて将来の生活のことを考えられるよう、力をお貸します」と励ました。 視察後、泉田知事は報道陣に「(避難住民は)こちらに来てほっとした様子で安心した」と印象を話した。東北へすでに多くの救援物資を送ったため、県内の在庫が少なくなっている。今後、物資の調達が課題になるが、「政府が一元に統制しており、手に入りにくくなっている」と政府への不満を示した。【小川直樹】
結婚式 延期・キャンセル相次ぐ 2011.3.18 05:45 産経
東日本大震災を受け、首都圏を中心に結婚式を延期、キャンセルする動きが出ている。祝い事を自粛する意味合いや交通事情で招待客が来られなくなったケースが多いほか、式場が入居する施設が営業を休止しているところもある。大手の結婚サービス会社や式場では地震による変更の手数料を免除しているが、不透明な先行きに不安は隠せない様子だ。 都内の結婚式場「八芳園」では、3月下旬に予定されていた挙式約100件のうち、これまでに約3割が日程の変更を申し出た。被災や計画停電で交通に支障が出ているため、親族、友人などの招待客が出席できないほか、「『お祝いする気分ではない』といった方もいる」(八芳園)。 自衛隊や警察の関係者で挙式を予定していた人は、被災地の救援活動のためキャンセルしたという。秋ごろに日程を変更する人が多いというが、東日本大震災で被害を受けた東京電力福島第1原子力発電所の状況からも、「今後が心配」と不安を口にする。 「椿山荘」を運営する藤田観光にも、地震発生後の12、13日の週末、延期やキャンセルの連絡が入った。同社側からも、当面の3月中の宴席に関しては顧客と連絡を取り、相談しているという。
結婚サービス業大手のワタベウェディングは、地震による取り消しはキャンセル料を請求しないことを同社のホームページに掲載。これまでに約30件のキャンセル、延期を受け付けた。同社が手がける挙式は沖縄や海外のリゾート地が多いが、「『列席者に配慮して』という方が多い」(ワタベ)という。ワタベでは千葉県のホテル内にある店舗がホテルの営業停止で休業し、「ベストブライダル」も式場がある東京・台場の商業施設が安全確認のため営業を見合わせている。 名古屋や神戸、福岡など西日本を中心に結婚式場を展開する「Plan・Do・See(プラン・ドゥ・シー)」も、「1店舗当たり数件、変更などの連絡が来ている」といい、関西地方でも影響が出ているようだ。(金谷かおり)
GMが工場生産中止 1週間 日本からの部品供給停止で 2011.3.18 10:12 産経
米自動車大手ゼネラル・モーターズ(GM)は17日、東日本大震災で日本からの部品の輸入が停止した影響で、ルイジアナ州シュリーブポートの車両組立工場の生産を来週1週間、中止すると発表した。 トヨタ自動車と富士重工業も震災の影響で北米生産を一部中止しているが、米メディアによると、米国の自動車メーカーが同震災の影響で生産を中止したのは初めて。 米メーカーにも震災の影響が波及した格好で、日本の自動車部品の生産体制の混乱が長引けば、影響が拡大しそうだ。 シュリーブポート工場はピックアップトラックなどを生産している。どの部品が不足しているかは明らかにしていない。 再来週以降の生産再開時期については未定で、GMは「できるだけ早く生産を再開したい」としている。
福島原発:電源ケーブル敷設に着手 復旧は19日以降に 毎日新聞 2011年3月18日 11時48分(最終更新 3月18日 13時38分)
政府と東京電力は18日、東日本大震災で被災した東電福島第1原発の事故対応へ全力を挙げた。東電は地震と津波で失われた外部電源復旧に向けた電源ケーブルの敷設に着手。その後、陸海空3自衛隊に東京消防庁を加えた合同放水作業を実施し、総合的な対策を講じて冷却機能を回復させる方針だ。ただ、ポンプなどの冷却機器が復旧するのは19日以降となり、放水作業も継続的な実施が必要とされ、完全な機能復旧は長期化しそうだ。【酒造唯、藤野基文、犬飼直幸、川崎桂吾、伊澤拓也】
東京電力は18日、地震と津波で失われた福島第1原発の外部電源復旧に向けた電源ケーブルの敷設に着手した。しかし、高いレベルの放射線を防御しながらの困難な作業を強いられ、長時間かかる見込みだ。この作業を優先するため、陸上自衛隊は同日朝に予定していた3号機の使用済み核燃料プールへの放水作業を見送った。冷却機器が復旧するのは19日以降になる。 東電は当初、17日中に復旧作業を完了する予定だったが、「沸騰している3号機の燃料プール冷却を優先したい」と判断し、自衛隊に放水を要請した。漏電の危険があるため放水と電源復旧の作業は並行してできず、開始が18日にずれ込んだ。外部からの送電が回復すれば、原子炉内に一気に水を注水できる緊急炉心冷却装置(ECCS)や、燃料プールに水を送り込めるポンプなどが使えるようになる可能性がある。 しかし、これまでのトラブルで機器がダメージを受けている可能性も高い。「実際はやってみなければ分からない」(東電)のが現状だ。 東電によると、約20人の作業員が従事し、福島第1原発の山側にある6900ボルトの配電盤で途切れている外部電源を、1〜4号機で唯一、津波で水没していない2号機のタービン建屋にある配電盤へ接続する。 東電は同日午前、1号機の原子炉建屋近くに仮設した配電盤と2号機の配電盤を、1号機のタービン建屋を通してつなぐ。午後は、外部電源と仮設配電盤を道沿いに大きく迂回(うかい)して長さ1・5キロの高圧線でつなぎ、作業が完了する。 ただ、現場の放射線量は、外部電源の配電盤付近で毎時3ミリシーベルト、最も高い仮設配電盤近くで毎時20ミリシーベルトと高い。作業員の被ばく限度は例外で、年間250ミリシーベルトとされたが、高い場所では約12時間作業すると、今後1年間は作業ができなくなる。このため、被ばく線量を確認し、作業員を交代させながら工事を進める。 東電は「線量測定に加え、重装備のため通常の3倍ほど時間がかかる」と説明。また、経済産業省原子力安全・保安院は18日、1、2号機とは別の送電線を復旧し、3、4号機にも20日めどで電源の回復を目指していることを明らかにした。復旧を目指す送電線は、一部の鉄塔や送電線が地震の影響で壊れたが、迂回路を設けるめどが立ったという。
水の代わりに「スズで冷却を」 ウクライナの専門家 2011.3.18 11:49 チェルノブイリ原発事故被害の対策に当たっているウクライナ非常事態省の専門家作業部会は17日、東日本大震災で放射能漏れを起こした福島第1原発の原子炉冷却に水ではなく、スズなどの溶けやすい金属を使うべきだとの提案を日本政府側に伝えた。インタファクス通信が報じた。 同省は、この提案実行のため専門家を現地入りさせる用意があるとしている。 同省の専門家は、過熱した原子炉の冷却に水を使った場合、原発の核燃料を覆っているジルコニウムという金属と水蒸気が化学反応を起こし水素爆発の危険があると指摘。 水で冷やす代わりにスズなどの金属を原子炉に注入すれば、熱を燃料棒から奪う上、放射性物質の大気中への拡散を低減する効果もあるとしている。(共同)
死者6500人超 戦後最悪に 3月18日 14時58分 NHK
警察庁によりますと、今回の地震と津波で、これまでに死亡が確認された人は6539人となり、6434人が亡くなった阪神・淡路大震災を上回り、国内では戦後最悪の自然災害となりました。
【宮城県】警察庁によりますと、宮城県ではこれまでに3860人の死亡が確認されています。沿岸部では、壊滅的な被害を受けた地域が多く、宮城県警察本部によりますと、女川町や石巻市がある牡鹿半島などで、多くの人が遺体で見つかったということです。また、宮城県内で、警察に家族などから届け出があった行方不明者は2252人となっています。このほか、各自治体が所在を確認できていない人もいます。石巻市では、通信手段が限られていることから被害の全容はまだ分からず、行方不明者の数は最終的に1万人に上ると推定されるとしています。南三陸町では、人口のほぼ半数に当たるおよそ8000人、女川町ではおよそ5000人の所在が分からないということで、それぞれの自治体が確認を急いでいます。
【岩手県】岩手県では、これまでに2040人の死亡が確認されています。市町村別では、▽陸前高田市が466人、▽釜石市が446人、▽大槌町が327人、▽山田町が284人、▽宮古市が252人、▽大船渡市が215人などとなっています。また、岩手県内で行方が分からなくなっている人は4253人となっています。ただ、釜石市が人数を把握できていないということで、行方不明者はさらに増えるおそれがあります。
【福島県】福島県では、いわき市や南相馬市などで大きな被害が出ていて、あわせて583人の死亡が確認されています。また、行方が分からない人は3844人となっています。【他の東北・北海道】このほか、▽青森県で3人、▽山形県で1人、▽北海道の函館市で1人が死亡しています。
【関東】関東地方では、▽茨城県で19人、▽千葉県で16人、▽東京で7人、▽栃木県で4人、▽神奈川県で4人、▽群馬県で1人の死亡が確認されています。今回の大震災で、これまでに死亡が確認された人はあわせて6539人となり、6434人が亡くなった阪神・淡路大震災を上回り、国内では戦後最悪の自然災害となりました。また、警察に家族などから届け出があった行方不明者は1万354人となっていて、死亡した人とあわせると1万6000人を超えています。
イスラエル、初の原発建設計画を停止 2011年3月18日15時45分 読売新聞
【エルサレム=加藤賢治】イスラエルのネタニヤフ首相は17日、米CNNテレビに対し、福島第一原発の放射能漏れ事故を受けて、イスラエル初の商業用原発の建設計画を停止する方針を明らかにした。ネタニヤフ首相は原発事故を「天災と人災が複合して起きた」と指摘し、今後はイスラエル沖の地中海で発見された天然ガス田の開発を進めると述べた。
「前向いて生きねえと」 被災者、希望少しずつ 2011年3月18日 夕刊 中日
東日本大震災で、大津波に襲われた三陸海岸の沿岸地域。家を失った人々は苦しい避難生活が続く。「あの日」から18日で1週間。街はなくなったままだが、少しずつでも望みを見いだそうと、懸命に生きている人たちを追った。(浅井俊典、梅野光春、中野祐紀)
■宮城県女川町 避難所に、シラス干しを40本立てた1個の小さなおにぎりを見つめる夫婦がいた。 会社員持田耕明さん(40)と妻美紀さん(34)。持田さんの誕生日に知人がケーキ代わりに差し入れた。シラス干しをローソクに見立てた。「忘れられない誕生日になった」。持田さんの表情がほころんだ。 地震直後、持田さんは勤め先の観光船会社の船で沖に避難。美紀さんは自宅ごと津波に流され、屋根の上で一晩を過ごして避難所へ。13日に船から降りた持田さんと再会を果たし、無事を喜んだ。 流された家から衣類などを取り出すため、避難所から2人で歩く道路はがれきの片付けが少しずつ進む。「大丈夫。必ず復興する」。2人の声に力がこもっていた。
■宮城県気仙沼市 「よそもんなのにえれえ世話になっちまって。避難所の皆さんにプレゼントして元気づけてやる」 気仙沼市の鹿折(ししおり)地区。造船所で修理中、津波で陸に押し流された福島県いわき市の巻き網漁船の機関長坂本万次郎さん(64)ら船員4人が、船内に備蓄していた米や水、下着など段ボール10箱分を運び出した。 いわき市の坂本さん宅も津波で全壊した上、福島第1原発の事故で避難対象区域になっている。妻と娘夫婦の安否は、人づてに電話で「栃木に避難した」と聞いた。 「気仙沼の人も大変だから、泣き言はいわねえ。前向いて生きねえと」と、坂本さんは段ボール箱を持ち上げた。
■岩手県山田町 山田町の本宿一夫さん(68)は、自宅と経営しているアパートを津波で失った。 妻と娘は県外にいて無事だったが、姉夫婦は行方不明のままだ。本宿さんは3日間、車の中で過ごした。携帯電話はつながらず、17日になって町役場の衛星電話を借り、初めて茨城県の弟と連絡が取れた。「何もかも跡形もねえ」。震える声で受話器を握り締めた。 家の倒壊を免れた看護師の沢田洋子さん(41)は「洗濯機が使えず、泥水のような小川で服を洗っている」と疲れた表情で話した。
海外航空会社4便、成田着陸を回避 2011年3月18日18時54分 読売新聞
福島第一原子力発電所の爆発の影響で、海外の航空会社が少なくとも4便について着陸先を成田空港から別の空港に変更していたことが分かった。 関東地方への寄港中止を検討中の船会社もあり、国土交通省では「原発周辺以外では放射線量はごくわずか。正しい情報を知ってほしい」として、東京港などの放射線量の測定値を1日2回、同省のホームページに英語で掲載し始めた。 国交省によると、東京など関東地方で微量の放射線量が観測されて以降、複数の外国船会社から、「船員が不安がっているが大丈夫か」などの相談が寄せられている。航空便でも、18日には、ドイツ・ルフトハンザ航空やイタリア・アリタリア航空の計4便が、着陸先を成田空港着から関西空港や中部国際空港に変更したという。 大畠国土交通相は18日の閣議後の記者会見で、「政府全体で正確な情報の発信に務めたい」と述べた。
2011/3/18(金) 午後 7:11
ニュージーランドの地震で、日本人の方が亡くなったニュースのあと、まさか日本で地震・大津波が起きるとは、誰が予想しただろうか。
先日、岩手に派遣され、死体検案をしてきたが、津波の被害を目の当たりにし、時折涙が出るのをとめられなかった。特に、ご遺族の嗚咽が体育館内に鳴り響く時や、持ち物検査で伝わってくる家族への思いなどが感じられたとき、涙があふれてしまうのをこらえながらの作業だった。私の曽祖父は岩手県の山田町の大沢というところで、津波に夫婦ともどものまれてしまい、生き残った祖父はその後、海なし県に居住したと聞く。子供のころからそのような話を聞いてはいて、また、スマトラ沖での津波はビデオなどが報道されて、津波は怖いなあと思っていたが、日本で本当に津波の被害など、今の世の中であるんだろうか、などと思っていたら、私が生きている間に現実に起きてしまった。
私が現地にいる間は、まだ遺体が発見され始めた初期の時期であり、発見される遺体がまだまだ少なく、検視・検案がなんとか追いついていたが、私が去る直前から、捜索範囲が広がったのか、非常に多くの遺体が発見されるようになってきた。検視・検案には1体あたり、10〜15分程度かけていたが、今後はこのスピードでは太刀打ちできないだろう。現在は、一つのご遺体につき、服を着せたままでの写真撮影、服を脱がし、泥を払った状態での写真撮影、検視・検案といった一連の作業過程を、長机を組み合わせて作った1台の検視台の上で行うため、これだけの時間がかかってしまう。台を増やして、各作業過程を流れ作業で実施していけば、若干速度が速まるのではないかと思われた。昨年、警察庁に検視指導室ができたが、今までなかったのが不思議だ。今は、ここが中心になって、検視の指揮をしており、法医学などとの連携もうまくいっているが、なかったらどうなっていたのだろうか。今後、この検視指導室が発展し、事前の訓練なども行うようになっていければ、初動ももっとスムースだろうと思う。死因の判定は、解剖をしていないので、断定などできなかった。初期の間は、口から泡を吹いているものもあり、こうしたものは、ほぼ溺死と断定してもいいのだが、そうした遺体は1割程度。あとは、鼻や口に泥混じりの液体や泡沫があるかないかで、大まかに判断するしかなかった。結果的には、損傷の多さ、程度などを加味した上で、9割程度以上を、溺死と判断するしかなかったが、法医学をやっているものとしては、正確な死因でないことに、若干の不安を覚えた。とはいえ、このようなケースでは、津波や地震で亡くなったことがわかればいいと、自分に言い聞かせながらの作業ではあった。
避難所に逃げ込んで亡くなった方も多かった。想定外の津波だったことが伝わってくる。こうしたご遺体は、傷が比較的少なく、また持ち物なども残っていて、比較的身元が判定しやすいと思われた。屋外で発見の遺体には、ほとんどすべてに傷があるといってよかった。多くは、服をつけていない顔に傷を負っていた。手足の骨折、頭部や肋骨などの骨折のある遺体もあったが、生前にできたのか、死後にできたのかは、解剖しない限り断定はできない。見た目で、骨折部の周囲に皮下出血がありそうか、なさそうか、で大まかに判断するしかなかった。また遺体によっては、高所転落あるいは自動車による轢過損傷に近いような、重度の骨折を追っているものもあり、津波のエネルギーの激しさも伝わってきた。
屋外で見つかった方の半分くらいだろうか、衣服が取れてしまっていたものが結構あった。靴下や下着の一部だけ身に着けている状態のものもある。津波の激しい水流で流されてしまったのだろうと思われた。衣服を着ている遺体も多いが、そのようなものの大半は、5から7枚程度の上着を厚着しているように見えた。多くの方が、津波が来るときいて、避難を始めた最中に巻き込まれたそうだが、みな被災地で寒い思いをしないために、厚着して出たのかもしれない。だとすれば、その時間がなんとも、惜しい気がする。もし、暖かい避難所が過去に多く用意されていれば、もっと身軽な格好で逃げられたのでは?との意見を述べる者もいた。警察の検視での持ち物検査にも立ち会わさせていただいたが、なんとも心が苦しい。ただ、見てはいけないものを見ているのではないかという思いがある一方で、亡くなった方の思いというのが伝わりもし、それを誰に知らせもせずに終わらせていいのだろうかとの思いも交錯してしまう。リュックサックを身に着けたまま亡くなっている方もいた。その中には、アルバムの一部と、未開封のチョコレートなどが入っていた。チョコは、避難場所で飢えをしのぐためにいれたのだろうか。アルバムは、家が津波でなくなっても、残したいものだったのだろうか。家をなくしても、家族との思い出の品だけはもって出たいという気持ちの表れのように思えた。
孫や、子供と夫と写った写真、子供の結婚式の写真を、財布などにしたためている方も時々いた。もしご家族が生きていれば、こんなにも愛されていたことを伝えたくもなるが、津波災害の場合、そのご家族も亡くなっているケースが多いようで、なんともいえない気分になってしまう。若い方の遺体はそれだけで痛々しい。避難用のヘルメットを持っている小学生、部活帰りに避難所に駆け込んだと思われる高校生、、、、みな、避難がうまくいき、生きていれば、楽しい明日があったというのに。地元を急いで離れてしまったことから、地元で事件があった場合、無防備になってしまうので、5日目に戻ってきたが、まだまだ残された仕事も多く、もっといなければならないと後ろ髪を引かれる思いだった。帰りの道中は、かなりの寒さだった。警察車両での往復だったが、帰り道はスリップしてしまい、遭難し、凍死するんではないかと心配したが、なんとか戻ってこれた。現地の方がこの寒さに耐えられるのか、心配になってしまった。今回の場合、阪神大震災と違って、交通のアクセスが、かなり難しいこともひとつの課題とえるだろう。単独行動のボランティアだと、現地でガソリン不足などで立ち往生し、かえって迷惑をかける場合もあるなと思った。今後、身元不明なご遺体おの捜索と検査は数ヶ月続くだろうといわれている。今後は継続的に支援できる体制を整え、再度支援に向かおうと思う。
北海道ブランド痛手 原発、円高 外国人観光客が激減 農産物輸出に影響も 03/18 10:18 北海道新聞
東日本大震災は、海外で評価の高い「北海道ブランド」をも大きく傷つけた。道内は東北に比べ被害は少なかったが、外国人観光客は旅行を相次ぎキャンセル。道産の農水産品も、福島第1原発の事故による風評で輸出への影響が懸念される。「これからどうなるのか」−。関係者は先の見えない不安に駆られている。
「福島原発の放射能が心配。旅行は楽しかったけれど、早く帰りたい」。17日の新千歳空港国際線ターミナル。香港から夫婦で旅行に来ていた馬少偉さん(52)は、そそくさと飛行機に乗り込んだ。ロビーではたくさんのオーストラリア人やアジアの人たちが、スキーや荷物を運びながら、帰国便を待っていた。 11日の震災後、台湾や中国、韓国など海外からの道内旅行が相次ぎキャンセルされた。各国で日本への渡航自粛を勧告する通知が出ているためだ。台湾の東豪旅行社の陳東隆・総経理は「地震後、日本へのツアーは一つもなくなった」と嘆く。中国からのツアーを受け入れている札幌の旅行会社の担当者も「6月までの予約がほとんど取り消された」とうろたえる。 台湾のエバー航空、復興航空、韓国のアシアナ航空などは、3月後半から5月に新千歳や旭川、函館などに向けて飛ばす予定だった定期便やチャーター便をキャンセル。新千歳空港関係者によると、同空港から入国した外国人の数は、震災前の4〜10日が1日平均約700人だったのに対し、震災後の12〜16日は半分以下の約300人に落ち込んだ。 震災の惨状は、福島第1原発の事故を中心に、各国のメディアでも大きく報じられている。台湾では、函館や釧路が浸水する映像もテレビで繰り返し放映。観光地としての知名度の高さが裏目に出た格好だ。函館でも福島原発から500キロ近く離れているにもかかわらず、「北海道も放射能に汚染される」との印象も持たれているという。
1986年に旧ソ連(現ウクライナ)で起きたチェルノブイリ原発事故の際、欧州各国の農産物も風評被害にさらされており、上海で働く道内企業の駐在員は「原発のせいで、『日本の食べ物を口に入れるなんて危険だ』という雰囲気になっている。上海で『安心安全』という評価が高まっていた北海道の食品にも影響が出そうだ」と心配する。 さらに17日には円相場が一時1ドル=76円25銭の戦後最高値を更新し、超円高が追い打ちをかける。香港や中国本土にホタテやサケなどを輸出している道漁連の崎出弘和常務は「まだ道産食品に影響は出ていないが、この先のことは非常に不安だ」。台湾や香港に輸出しているナガイモや牛乳の量が好調に伸びているホクレンも心配顔だ。 一方、海外では、被災者が先を争うことなく整然とスーパーに並ぶ様子なども報道され、日本の国民性も高く評価されている。上海ではインターネット上で「日本人は素晴らしい」「略奪行為も起きていないなんて信じられない」などという書き込みも多いという。 上海で北海道観光誌「道中人」を発行する袁静さん(37)は「これまで中国では反日的な書き込みばかりだったので、これは奇跡的なこと。原発の問題が落ち着き、被災地も復興し始めれば、中国の人たちは日本、北海道にこれまで以上に好意の目を向けると期待している」と話す。
放射線量、福島県内で高レベル続く 2011年3月18日19時26分
福島第一原発事故の影響で上がった放射線量は、福島県内では18日も通常より高い値が続いた。特に原発の北西30キロ付近では、1時間あたり150マイクロシーベルトという高い値が計測された。専門家は、一時的に上がっている可能性もあるが、注意深く経過を見守る必要があると指摘している。一方で全国的には下がる傾向だった。 原発から北西に約30キロ離れた浪江町では18日午後1時32分に毎時150マイクロシーベルトを計測した。この地点付近は16日午前11時半は80マイクロシーベルトだったが、17日午後2時に170マイクロシーベルトに上がり、高レベルが続いている。 毎時150マイクロシーベルトは、その場に7時間いれば、一般の人の年間放射線被曝(ひばく)限度量である1ミリシーベルト(1ミリは1千マイクロ)を超える値だ。 このほか、福島県内では18日午後3時現在、1時間あたりの観測値として飯舘(いいたて)村で22.3マイクロシーベルト、福島市で11.20マイクロシーベルト、南相馬市で3.38マイクロシーベルトを記録した。 また文部科学省が各都道府県の定点で観測した値(同日午前0時〜午前9時)によると、茨城、栃木、群馬、埼玉の4県で、平常時の上限を超える値が観測された。福島県と宮城県からは、データが届かなかった。 福島県内で高い値が続く理由について、財団法人・日本分析センター(千葉市)の池内嘉宏理事は「ヨウ素やセシウムなどの放射性物質が大気とともに流れて、計測地点を通過した時点で高値になったのではないか。福島市などは、地面に降りた放射性物質から放射線が検出されている可能性がある」と話す。
東日本大震災 製造業、停滞長期化も…発生1週間 毎日新聞 3月18日(金)19時26分配信
東日本大震災の発生から1週間が経過し、生産を停止していた主要メーカーの工場で操業を再開したり、生産不足分を西日本の工場などで増産する動きが出始めている。一方で自動車業界を中心に再開のめどが立たないメーカーの工場は多く、停止が長引くことによる生産停滞が懸念されている。【弘田恭子、米川直己、浜中慎哉】
◇自動車、復旧遠く 操業再開が難航しているケースが目立つのは自動車業界だ。トヨタ自動車は子会社のセントラル自動車の工場(宮城県大衡村)と関東自動車工業の工場(岩手県金ケ崎町)が被災。本社から約60人を派遣したが復旧のめどは立たない。部品調達も一部でめどがつかず、国内完成車工場はすべて止まったままだ。 ホンダは震度6以上を記録した地区にある1次部品メーカー約110社と連絡が取れたが、「6割程度のメーカーで復旧にはまだ1週間程度かかる」(広報部)見通しで、全工場の生産休止を23日まで延長した。
日立製作所は鉄道など主力事業の拠点が集まる茨城県日立市やひたちなか市で被災。水やガスも一部止まったままで、7拠点で再開の見通しが立たない。この影響で17日、3円を予想していた11年3月期の期末配当を「未定」に変更した。 米調査会社IHSアイサプライによると、米アップルの多機能端末「iPad(アイパッド)2」の生産が震災の影響を受ける可能性もある。5種類の主要部品に日本製で代替が難しいものがあるためだ。米ゼネラル・モーターズ(GM)も日本からの部品供給が滞っているとして、21日からルイジアナ州の工場で生産を一時休止すると発表しており、震災の生産への影響が海外にも及んでいる。
◇生産移転、代替で対応 一方で、復旧できない工場の生産を西日本などの工場で補う動きも起きている。ライオンは、衣料用洗剤を製造する千葉工場(千葉県市原市)の復旧のめどが立たず、来週から大阪工場(堺市)で増産体制に入る。 新聞用紙を作る岩沼工場(宮城県岩沼市)など3工場が被害を受けた日本製紙も、釧路工場(北海道釧路市)などで増産する。富士通は、パソコンなどを生産する福島県伊達市の工場が被災し、島根、石川両県の工場で代替生産の準備を進める。 住友金属工業は鹿島製鉄所(茨城県鹿嶋市)の操業のめどが立たず、合併協議中の新日本製鉄に支援を要請。新日鉄製の鋼材を一部譲り受ける模様だ。
◇操業再開、東北でも 被災地の東北地方では、被害が軽かった工場を中心に操業再開の動きも出始めている。半導体大手のエルピーダメモリは秋田工場(秋田市)を再開。電子部品大手のTDKも25拠点のうちコンデンサーを生産する北上工場(岩手県北上市)など20拠点で再開した。 「被災地への物資輸送に必要なトラック、バス用のタイヤの生産ライン復旧を優先したい」とするのはブリヂストン。停止していた栃木、東京、神奈川の4工場の一部で生産を再開した。東京電力の計画停電には自家発電で対応している。 自動車業界でも、三菱自動車は16日に愛知県岡崎市などの工場を再開した。しかし部品確保が難しく、稼働予定の21日は休止し、22日に再開する方針で安定稼働に戻っていない。スズキも22日に一部再開する。
完全復旧に相当の時間=加入電話30万回線なお不通−NTT東 2011/03/18-19:30 時事
NTT東日本は18日、東日本大震災で東北地方の海岸近くにある一部電話局が損壊や浸水、通信ケーブル切断などの深刻な被害を受け、立ち入り不能な地域もあるため、完全復旧には相当の時間がかかるとの見通しを発表した。17日午後2時から約1日でおよそ9万6000回線が復旧したが、18日午後3時現在も宮城、岩手、福島の3県で約30万5400回線の加入電話がなお不通となっている。 NTTドコモなど携帯電話各社でも、多くの基地局が損傷し、場所によってつながらない状態が続いている。 こうした中、NTTはグループ各社が岩手、宮城、山形、福島、茨城、長野各県のコーヒーショップやファストフード店などで提供している公衆無線LAN(構内情報通信網)を、6月30日まで無料開放する。パソコンなど無線LAN対応端末があれば最大30分間インターネットが利用できる。
どうなる? 新幹線「はやぶさ」 社員も被災、資材も困難 2011.3.18 20:56 産経
那須塩原−新青森間で運転見合わせが続く東北新幹線は、昨年12月に新青森まで開業、3月5日には新型車両「はやぶさ」の運転が始まったばかりだった。地震の被害は、線路や高架橋など地上設備だけで約1100カ所に上り、大宮−いわて沼宮内間の約500キロに及ぶ深刻な事態だ。 JR東日本によると、車両や信号に電気を送る架線の断線が470カ所、電柱の損傷も470カ所で特に被害が大きい。 レールがゆがむなど線路の損傷も約20カ所。範囲が広い上、被災した社員も多く、復旧工事に十分な人員を投入できない。高架橋の損傷も約100カ所。 JR東は、盛岡−新青森間は23日から復旧の見込みと発表したが、全線再開の見通しは立っていない。
福島第一原発「廃炉」を検討 東電常務が福島で謝罪会見 2011.3.18 21:23
記者たちから途切れない厳しい質問に言葉を失う東京電力の小森明生常務=福島市の県災害対策本部(石崎慶一撮影)
東京電力の小森明生常務は18日、福島市内の福島県災害対策本部で記者会見し、福島第1原子力発電所の爆発や放射能漏れ事故について「このような事態を招き痛恨の極みです。福島県民におわびします」と県民に初めて謝罪した。 小森常務は、福島第1原発の廃炉について「幹部と議論したことはないが、今後はそういうことも含めて検討していく」と述べた。 放射能汚染への不安と怒りが福島県民には広がっているが、「厳しい状況が続いているが、あらゆる手だてを講じて、安全確保に努めたい」と事態収束に全力を尽くす構えを表明した。 放射能汚染を避けるために、避難所を転々としている周辺住民に向けて「誠に申し訳ない」と涙ながらに謝罪。今後の補償については「国と相談して考えていく」と語った。 今後、原発事業の継続に関しては「経営判断があり、今答えられない」とした。 記者団からは「原発の安全性をPRしてきたのは正しかったか」「福島県民に希望はあるのか」といった質問が相次いだが、「イエスかノーかで答えられない」と言葉を失っていた。
給水待ちの軽トラック盗んだ疑い、40歳男逮捕 岩手 2011.3.18 21:35 産経
岩手県警千厩署は18日、東日本大震災で震度7を記録した宮城県栗原市で軽トラックを盗んだとして、窃盗の疑いで、住所不定、無職、中村恒博容疑者(40)を逮捕した。 逮捕容疑は17日午前11時ごろ、栗原市若柳の給水所で、水をもらうため路上に止めていた近くの農業男性(67)の軽トラック1台を盗んだとしている。 18日に岩手県一関市を走行中の車を千厩署員が発見、逮捕した。
4号機プールの核燃料、発熱突出 まだ使用途中の燃料も 2011年3月18日23時31分 朝日
東京電力は18日、福島第一原発1〜6号機(福島県)の使用済み核燃料貯蔵プールの保管状況を公表した。全基のプールにある核燃料集合体は計4546本。建屋で火災が起きた4号機のプールにある核燃料の発熱量がとくに大きいことが明らかになった。プールに水を補給する冷却システムが働かず、燃料の熱で水が蒸発し、過熱した燃料が損傷する恐れがある。 六つの原子炉がある福島第一原発のうち、4号機のプールの発熱量はとくに大きい。使用済み燃料783本のほか、まだ使い終えていない燃料548本が保管されている。機器の交換のため炉内から取り出されていた。使い終えていない燃料の方が使用済み燃料より熱が大きいことも発熱量の大きさに影響している。 4号機のプールでの発熱量は毎時約200万キロカロリー。約1400立方メートル入る貯蔵プールの水の温度を、単純に計算すると1時間あたり約2度上げることになる。 地震で機能しなくなった冷却装置が再び動けば、水温をセ氏40度以下に保つことができる。11日の地震による津波で冷却装置が動かなくなり、この状態では燃料棒からの熱で水が沸騰し始めるまで1日強。完全に干上がるには、さらに10日程度かかる計算だ。
17日に東電社員がヘリコプターで確認したところ、4号機のプールに水らしいものが見えたという。 これ以外の原子炉に設けられたプールでは、使用済み核燃料は、もっと発熱量が小さい。発熱量はプールの容積と燃料の本数などで決まる。 放水車やヘリによる放水・冷却作戦が続いている3号機のプールにある燃料は容量の半分近くで、4号機より少ない。このため発熱量は10分の1ほどだ。しかし16日に、損傷した3号機の原子炉建屋から白煙が出ており、プールの状態は確認できていない。 2番目に発熱量が大きい5号機では、燃料の本数は許容量の3分の2ほどを占めているが、発熱量は4号機の3分の1ほど。1〜4号機と違い、水を循環させるポンプが作動しているため、18日午後2時の水温が66.3度にとどまっている。しかし、今回の震災による停電で冷却装置は動いていない。
テレビ各局スポンサーCM自粛 2011年3月17日8時10分 nikkansports
テレビ局などは東日本大震災後、AC JAPAN(旧公共広告機構)のCMを大量に放送している。地震直後はCMなしで放送するケースがほとんどだったが、レギュラー編成に戻しても民間企業スポンサーが放送を自粛6 件するケースが多いため。AC JAPANは社団法人で、営利目的ではなく、マナーやモラル向上などCMによって世の中のためになればと71年設立。テレビ、ラジオ、新聞など各社がAC JAPAN側に会費を払い、AC JAPANが制作したCM素材の提供を受けている。メディアは今回のようにスポンサーが放送自粛した場合など放送枠を埋めるためなどに利用していた。
ACジャパン、CM放送についてお詫び 2011/03/18 findstar
社団法人ACジャパン(旧:公共広告機構)は、ACジャパンのCM放送が多数放送されていることについてお詫びの文章を公開した。ACジャパンは、全国の企業から集めた会費で、公共広告活動を行う民間ボランティア組織。今回の東北地方太平洋沖地震により、通常のCM放送が自粛された影響で、相対的に、ACジャパンのCM放送機会が増大しているとのこと。これらのACジャパンのCMは、同社会員社である放送各局が独自判断で必要と思われた際に使用される広告素材とのこと。これらのCMはかならずしも非常時に対応できるように作られていないため、内容面などでも批判が寄せられていた。現在、CMの最後に流される「♪エーシー」という音声(サウンド・ロゴ)についても音声削除作業を始めているとのこと。また、ACジャパンでは、「東北地方太平洋沖地震」被災者を応援する臨時キャンペーンCMを企画・制作中としている。
「東北地方太平洋沖地震」にあたって ACジャパンのCM放送についてのお詫びとお知らせ (社)ACジャパン
この度、東北地方太平洋沖地震で被災された皆様、ご関係者の皆様には謹んでお見舞い申し上げます。現在、民放テレビ・ラジオ各局において、震災の報道の合間にACジャパンのCMが多数放送されております。
未曾有の大惨事となったこの度のことを受けて、多くの企業が自社CM素材の放送を自粛され、ACジャパンのCMが代わりに放送されることになりました。これらのCMはかならずしも非常時に対応できるようには作られておりません。そのため、視聴者の皆様に大変ご不快な思いをおかけしましたことを、心より深くお詫び申し上げます。CMの最後に ♪エーシー という音声(サウンド・ロゴ)が流れておりますが、すでに音声削除作業を始めており、多少なりとも耳障りさは軽減されるかと存じます。 また、ACジャパンでは、「東北地方太平洋沖地震」で被災された方々を応援する臨時キャンペーンCMを企画・制作中でございます。被災地の方々におかれましては、一日も早い復旧がなされますことをお祈りいたしますとともに、ACジャパンでは広告活動を通じて支援活動を続けていく所存でございます。皆様には、何卒ご理解をいただきたくお願い申し上げます。
以上
震災特番でうるさいほど流れるCM「ACってなに?」 2011/3/17 17:40 j-cast
民放の東日本大震災の緊急特別番組では、説教臭いCMが頻繁に流れるが、提供している「AC」とはいったい何なのか。経済産業省所轄の社団法人で正式には「ACジャパン」。以前は公共広告機構といっていた。放送、新聞、広告の各業界の千数百社が会員となり、「国民の公共意識を高める」ための広告を放送したり掲載したりしている。最近のテーマは環境問題、公共マナー、薬物追放、家族の絆、いじめなど。 テレビ局はスポット広告として一般の企業広告と同様に放送しているが、今回の大震災のように、企業がCM自粛したときの穴埋めとしても使われる。東日本大震災では発生から1週間で延べ100時間以上が放送されていて、これは阪神・淡路大震災を上回る。CMの全放送時間の99%以上を占めており、ほとんどのテレビCMがACということである。 ただ、あまりにも同じものが繰り返し放送されること、CMの最後に「エーシー」と明るく軽やかな音声(サウンド・ロゴ)が流れることから、被災者などからこんな時期にふさわしくないと苦情が出て音声削除作業を進めている。ACジャパンは目下、東日本大震災の被災者応援の臨時キャンペーンを急きょ制作中だという。(テレビウォッチ編集部)
真剣に考えるべき70年前の『提言』(1)〜高台への移住 東北地方太平洋沖地震 2011年3月18日 11:59 http://www.data-max.co.jp/2011/03/701.html
「もう君たちの代にはこんな大津波はないだろう。しかし、子孫のためを考えるんだ。村の百年の大計どころか、百世にわたる仁政ではないか」。
1933年(昭和8年)、「宮城県沖地震」で津波被害にあった三陸海岸部に住む人たちに向けて高台への移住を提言した際に使われた言葉である。地震学者で東京帝国大学の今村明恒教授は、遡ること70年以上前にこれを提言したのだ。(3月15日付、東京新聞) 11日に発生した大震災は、東北地方の太平洋沿岸部に壊滅的な被害をもたらした。まだ被害の全貌を把握できていないが、とくに被害が甚大であった岩手県や宮城県の沿岸部では街が消滅している状況である。そのようななか、岩手県大船渡市三陸町のある地域は海岸沿いに集落があるにもかかわらず、大津波の被害を回避できた。何故かと言えば、前述の今村教授の提言を受け入れ、70年ほど前に沿岸部から高台に移住したからである。当時、今村教授は津波被害から住民を守るため、政府を巻き込んで高台への移住を進めたようだ。これまで30年から40年周期で繰り返し発生してきた「宮城県沖地震」。また、宮城県沖地震ではないが、三陸沖は震度4から5レベルの地震が多発する。その度に津波警報が発令され、住民は高台などへ避難している。過去の経験により、水門の設置や指定の避難場所があらかじめ準備されていたが、今回の震災はその想定をはるかに上回るものであった。要は機能しなかったのだ。三陸沖は地震多発地帯である。規模の大小はあるだろうが、30年から40年後、宮城県沖地震は再び発生する。地震に伴う津波も発生する。 新田 祐介
19東日本大震災:避難して福岡へ 2家族、県営住宅に入居 /福岡 毎日新聞 2011年3月19日
東日本大震災で被災し、福島市などから避難して県営高須磨住宅(東区箱崎7)に入居した阿部恵さん(31)ら2家族8人が18日、報道陣の取材に応じた。阿部さんは「原発から40キロぐらいに住む知人は、ガソリン不足で避難できずヨウ素剤を飲んでいる。国などは原発の正しい情報を提供してほしい」と涙ながらに訴えた。
地震のため、昨年末に完成したばかりの阿部さんの自宅は地盤が下がって大きく傾くなどし、住めなくなった。阿部さんと子供3人は外出中でけがはなかく、消防士の夫学さん(33)も無事だった。 しかし、東京電力福島第1原発で事故などが続発し、約60キロ離れた福島市でも放射線量の数値が上昇したことに恐怖を感じ「子供たちを守りたい」と避難を決意した。 実家のある宮城県白石市に住んでいた弟(25)の家族4人と合流し避難先を探す中、福岡県が被災者に県営住宅を提供していることを人づてに聞き、福岡を目指した。 8人は17日、3DKの部屋に入居。初日は身を寄せ合い毛布4枚で夜を明かした。「市民を守りたい」と残った学さんら家族や知人のことに思いを寄せながら、知り合いのいない福岡での新生活が始まった。【斎藤良太】
命をかけ津波通報、宮城・岩沼市の若手職員 読売新聞 3月19日(土)14時35分配信
東日本巨大地震で大津波の被害に遭った宮城県岩沼市で、沿岸部の住民に避難を呼び掛けている最中に命を落とした若い市職員がいた。 同市税務課職員・多田裕一さん(31)。職務中の不慮の死を悲しむ遺族は、地元住民から「お兄ちゃんがいたから助かった」と励まされ、涙した。 11日の地震発生後、津波が到達するという情報が、市の防災課から税務課に伝えられた。同課は、災害時には住民の避難誘導の広報を担う。同僚らによると、市役所2階の職場で担当者を募った際、多田さんら4人が名乗り出た。 4人は、スピーカー付きの公用車2台に分乗し、二手に分かれて数キロ離れた沿岸部に向かった。「津波警報が出ています。避難してください」。住民への呼び掛けから間もなく、巨大な津波が襲いかかった。1台は、迫り来る津波に追い掛けられながら逃げ切ったが、多田さんら2人の乗った車は消息を絶った。 兄の身を案ずる弟の功治さん(29)は、通信手段が途絶する中、約20キロ離れた仙台市内の実家から、岩沼市役所に連日出向いた。しかし、地震によるガソリン不足のあおりで、4日でそれも不可能に。「生きていてほしい」と連絡を待ち続けたが、津波から7日目の17日、市の関係者から、収容された遺体の中に「多田さんらしき若い男性がいる」という悲報が入った。
遺体の安置所となった市民体育センターは、多田さんが勤めた市役所の目の前。功治さんが両親と共に訪ねると、兄は変わり果てた姿で横たわっていた。ほとんど傷もない、まるで眠っているような姿に、母はその場に泣き崩れた。その時、遺体安置所内に親族を捜しに来ていたお年寄りらから、こんな話が聞こえてきた。「私たちが助かったのは、若いお兄ちゃんが避難を呼びかけてくれたから」 先を読んで仕事ができるムードメーカーで、職員の間で若手のリーダー格だった多田さん。「市民への対応も親切だと定評があった」と同僚は振り返る。 仙台市内の多田さんの実家を訪ねて謝罪した岩沼市の井口経明市長(65)は、若い職員の死に「非常に申し訳ない」と肩を落とす。多田さんをかわいがっていた税務課の星厚雄課長(57)は「仕事を全うしすぎだ」と目を赤くはらして語った。 功治さんは「兄がいなければ、もっと被害者が増えていたに違いない。昔から正義感があり、危険を顧みずに、最後の最後まで頑張ったんだと思う」と涙をぬぐった。(清水健一郎)
天井はがれ、線路ひずみ… 水戸駅、復旧は未定 2011年3月19日 茨城新聞
崩れたホームの破片と地震当日に発車予定だった列車=JR水戸駅
JR東日本水戸支社は18日、東日本大震災で損壊した水戸市宮町1丁目のJR水戸駅構内を報道陣に公開した。駅舎やホームは至る所で崩壊し、被害の大きさを物語っていた。同社は「(同駅までの)運転再開のめどは立っていない」として、復旧までの具体的な時期は明言しなかった。公開されたのは、同駅ホームや通路、事務所など。構内は天井があちこちではがれ、案内板はホームに落下したまま。線路は地盤の緩みが原因でひずみが見られた。切符の券売機は壁から事務所側に大きく引きはがされ、タイルがはがれたホームには、普通列車が被災当時のまま停車していた。同社は11日の地震直後から、県内全線で運行を見合わせた。震災から1週間たった18日は常磐線土浦-上野駅間で運転を再開した以外は、各線で運休が続く。同社によると、現在は勝田-土浦駅間を中心に復旧作業を進めている。同社は運転再開の遅れについて、線路の修復・点検が広範囲にわたることを挙げた。また、ガソリン不足で作業員の現場への移動にも支障が出ており、全線開通には東京電力福島第1原発の事故で見通しが立っていない。同駅北口と南口をつなぐ自由通路は修復が進んでおり、水戸市と協議し、来週中には通行できる見通しという。皆川幸男駅長は「皆さまにはご迷惑を掛けるが、一日でも早く復旧させたい」と理解を求めた。
豊頃の津波 最大4.4メートル 北海道 2011年03月19日 朝日
■気象庁調査 東北地方太平洋沖地震によって道内に到達した津波が、豊頃町で最大4・4メートルに達していたことが、気象庁による津波の痕跡調査から明らかになった。札幌管区気象台が18日、速報値として発表した。 検潮所の記録では、えりも町庶野の3・5メートルが最大だったが、複数の地点でそれを上回っていた。 調査は、気象庁のチームとして同気象台などの職員が14日〜16日に太平洋沿岸全域で実施。建物などに残された津波の痕を調べた。 その結果、津波の高さは豊頃町の大津漁港で4・4メートル、えりも町歌別川で4・1メートル、浦幌町厚内漁港で4メートル、苫小牧西港で3・8メートル、広尾町十勝港で3・9メートルだったことが分かり、えりも町庶野の検潮所の記録を上回った。 豊浦漁港、鵡川漁港、浦河港、根室市花咲港でも3メートル以上の高さに到達していたことが確認された。
福島第1原発:屋内退避者置き去り 「広報車も来ない」 南相馬市 毎日新聞 2011年3月19日
「近所で残っているのは私たち夫婦くらい。『人体にすぐに害はない』というラジオの放送を信じたい」。福島第1原発から北に約20.6キロの南相馬市原町区大甕(おおみか)で妻とともに自宅内に退避している会社員、川里正男さん(53)が、18日夜、毎日新聞の電話取材に応じた。
地震で自宅に大きな被害はなく、津波も受けなかったが、電気は復旧していない。夜は「月を明るく感じる」と言う。 これまで日常生活で、原発を意識したことはほとんどなかった。原発での事故が報じられると、近所12軒のうち11軒の住民はマイカーなどで次々に家を離れて避難した。川里さんも避難を考えたが、飼っている11匹の猫を置き去りにしたくない。避難所で面倒を見るのは難しそうで、屋内退避を選んだ。 外出は極力控え、食事はプロパンガスで沸かしたお湯でカップラーメンを作ってしのいでいる。ガソリンスタンドに2時間半並んでようやく10リットル給油できたが、これだけの量でいざという時に避難できるのかどうか分からない。「どこに行けばガソリンや食料が手に入るのか。市中心部では市が車で広報しているようだが、(中心部から約6キロ離れた)うちの近所までは回ってこない」と嘆く。 屋内退避地区内でも普段通り犬の散歩をする人や、町中を歩いている人もいる。「危機」が実感できないところもある一方で、「会社は無事だが仕事はできない。給料ももらえなくなるのではないか」と今後の生活に不安を感じている。【平野光芳】
便乗値上げ? 1リットル200円 栗原のGS 2011年03月19日 河北
栗原市内の複数のガソリンスタンドが東日本大震災後、ガソリンや灯油の小売価格を大幅に引き上げた。現在は、在庫切れで販売していないが、市民からは「便乗値上げではないか」との批判が出た。 あるスタンドは地震翌日の12日、レギュラー、ハイオクとも価格を1リットル200円に上げた。地震前と比べ40〜55円程度の値上げ。1人20リットルまでで、5リットル単位で販売した。灯油(18リットル)も約1600円から2500円に引き上げた。 スタンドは「手動による給油や交通整理で人手とコストがかかった。釣り銭がなく、切りのいい5リットル(1000円)刻みにした」と説明する。別のスタンドはガソリンを10リットル2000円で売った。 利用者からは「他のスタンドが頑張る中、ひどいのではないか」「価格についての説明もなかった」と憤りの声が出た。 宮城県石油商業組合の関係者は「現状では便乗値上げに当たるのかどうか判断できない。ただ1リットル200円は行き過ぎ。組合員には便乗値上げなどしないように注意喚起したい」と話す。 県消費生活文化課は「便乗値上げだとすれば、関係法に基づき適正価格で販売するよう指導したい」としている。
台湾のチャリティー番組で義援金21億円 3.19
【台北・大谷麻由美】台湾の赤十字会やテレビ各局などの主催で18日夜に行われた東日本大震災の被災者を支援するチャリティー番組で、生放送中に7億8800万台湾ドル(約21億5000万円)の義援金が寄せられた。馬英九総統も20万台湾ドル(約55万円)を贈り、電話での義援金受け付けを手伝った。番組には、サッカーの元日本代表の中田英寿さんが駆けつけたほか、台湾人タレントのビビアン・スーさん、里帰りして番組に出演したジュディ・オングさんらも出演して盛り上げた。(毎日新聞)
一関市も避難所受け入れへ ボランティア拠点も 2011/03/19
一関市は18日、東日本大震災で避難生活を送る陸前高田、気仙沼両市民180人分の避難所の受け入れ準備を完了した。今後、1千人近くに拡大する。仮設住宅に移るまでの市営アパートと雇用促進住宅計約500戸も用意。ボランティア100人程度の滞在場所確保も検討している。 準備が整ったのは陸前高田市民用の大原公民館(100人)と気仙沼市民用の室根保健センター(80人)。今後、大東、千厩、室根の3地区に12カ所を整備、計約1千人を受け入れる方針。 市営アパートと雇用促進住宅は、それぞれ12、479世帯分。被災した一関市民約10世帯が優先されるが、無償貸し付けで20日から市役所と各支所で受け付けを開始する予定。 ボランティアの滞在場所としては大東開発センターと千厩みなみ交流センターを検討している。
【むかわ】1週間ぶりに漁再開 (2011年 3/19)苫小牧
地震と津波で大きな被害を受けた鵡川漁協(長谷川光一組合長)が、18日から漁を再開した。被災から1週間。カレイ、タコを水揚げした。 11日の津波は鵡川漁港を襲い、防波堤の一部を損壊させた。津波の高さは気象庁の調べで3.1メートル。漁協本所施設の1階シャッターを破り、多くの漁具が流された。計器類が水浸しになり、車両19台も水に漬かった。 組合員や漁協職員が施設の清掃、復旧に取りかかったのは13日から。全国的に漁業被害が出ているため、完全な修繕の見通しがたたない状況だったものの、リフトや計器などをリースでそろえることができた。破損したシャッターはビニールシートで応急処置し、どうにか市場再開にこぎ着けた。予定より3日早いという。 18日の漁獲量はカレイやタコなど約30種計約270キロ。「まだ通常の1〜2割程度」(鵡川漁協)と言う。今後の流通も含めて不安はぬぐえないものの、長谷川組合長は「漁業者にとって漁に出られないのは死活問題。できる限り早くに再開できてよかった」と話した。
福島から全村避難2000人 きょう第一陣 栃木 2011年03月19日 朝日
東日本大震災は18日、発生から1週間を迎えた。県は県内の被災者に向けた県営住宅の提供や仮設住宅建設のための予算編成をし、復旧に向けて動き始めた。一方、原発事故で「全村避難」を決めた福島県飯舘村の住民2千人の受け入れを表明。続々と移動してくる福島県からの避難者の受け入れ態勢にも追われている。 県は、福島第一原発の30キロ圏内に一部が入る福島県飯舘村が「全村避難」をするため、県で住民約2千人を受け入れることを明らかにした。県災害対策本部によると、福島県災害対策本部から18日昼に打診があったという。同村の住民は約6千人だが、避難の希望者を募ったところ、2千人が避難することになった。 19日から3日間かけて「全村避難」してくるため、まず19日にバスで移動してくる700人を、鹿沼市の鹿沼総合体育館で受け入れる。さらに20日に700人、21日に600人、それぞれ県立高校の体育館で受け入れるため準備を進めている。妊娠中の女性や体調の悪い高齢者などには、別の避難施設を用意するという。
●復旧へ補正予算 仮設住宅建設など
県は同日、専決処分で復旧にかかわる総額8億600万円の2010年度一般会計補正予算を編成し、発表した。県内の被災者に対する仮設住宅145戸の建設費(6億5250万円)、燃料など支援物資の運搬費(1230万円)のほか、福島県からの避難者に対する避難所設置経費(1億3598万円)を計上した。 仮設住宅は避難者への聞き取り調査に基づいて各市町と調整の結果、145戸を建設する予定だ。 また、今年度予算で残っていた災害救助費と災害復旧費29億1332万円について、11年度にも繰り越せるように措置した。福田富一知事は「県民への仮設住宅建設等の支援や、福島県からの避難者の受け入れに迅速かつ適切に対処するための経費で緊急施行を要するため、専決処分で編成した」とコメントした。
●県営住宅110戸 被災者へ提供 県は、県内の被災者で自宅に住めなくなった人を対象に、宇都宮市などにある県営住宅110戸を提供する。2DK〜3DKタイプで、入居期間は原則6カ月だが、最長1年まで延長できる。家賃は無料(光熱水費、共益費などは自己負担)。 申し込みには罹災(り・さい)証明書と印鑑が必要。宇都宮市戸祭元町1―27の県住宅供給公社会議室で午前8時〜午後8時に受け付ける。19〜21日の3連休中も開設している。先着順。問い合わせは県住宅課(028・623・2486)へ。 宇都宮市も被災した市民を対象に市営住宅33戸の入居者を募集する。受け付けは19日から24日まで、市住宅課で。罹災証明書が必要。選考は29日。入居期間や使用料などの問い合わせは市住宅課(028・632・2555)へ。
東日本大震災:沿岸部の傷深く…37市町村・本紙調査 毎日新聞 2011年3月19日 1時43分
東日本大震災で、岩手、宮城、福島3県の太平洋沿岸は、地震の大きな揺れに加え、その後の大津波で甚大な被害を受けた。各県のまとめなどによると、沿岸37市町村で計5511人が死亡し、約29万人が避難生活を強いられている。18日で地震発生から1週間。特に被害の大きかった3県沿岸の被害や避難状況などをまとめた。
◇岩手県 県のまとめでは、沿岸自治体の行方不明者は4233人だが、安否が確認できない人も多く、被災世帯数も膨大でつかめていない。
<洋野(ひろの)町> 沿岸部は停電が続き、全ての通信ができなくなっている。JRの鉄橋が津波で流失している。
<久慈市> 電気、水道、通信は一部復旧した。国の石油備蓄基地で屋外タンク4基を破損したが、原油流出はなかった。燃料が不足している。
<野田村> 電気、水道は山側の地域で復旧したが、通信はすべて不能。市街地が甚大な被害。
<普代(ふだい)村> 一部で断水しているが、大きな支障はない。停電中でガスは復旧。携帯電話は一部通信不能になっている。漁港の被害が甚大。
<田野畑村> 村役場の電気は復旧した。断水が続き、電話など通信はすべて不能。米と日用品、ガソリンが不足している。
<岩泉町> 電気、ガス、水道は復旧、通信はすべて不能。隣接の田野畑村から火葬の依頼が来ている。医療品、医薬品が不足している。
<宮古市> 電気、水道が一部復旧し、残りは給水車で対応中。電話は一部地域で通話可能になった。孤立集落が4カ所ある。市役所は庁舎の2階まで浸水し、JRの鉄橋が損壊した。倒壊家屋は3200戸に上る。
<山田町> 停電、断水、電話不通が続く。建物の倒壊、流失は多数に上る。
<大槌(おおつち)町> 断水、電話不通が続くが、電気は復旧作業が開始された。町長と職員三十数人が現在も安否不明。町内全域で被害を受け、6000人を超える避難者が出ている。
<釜石市> 電気、水道が一部復旧、通信も一部使用可能に。消防本部が冠水し車両が全壊。市内の病院でたんの吸引装置が停電で使えなくなり、入院患者8人が肺炎などで死亡。避難所で1人がインフルエンザ、8人が胃腸炎の疑いと診断されている。
<大船渡市> 一部停電、断水、電話不通。末崎半島が壊滅状態。住宅約3500戸が全壊した。
<陸前高田市> 停電、断水、電話不通が続く。高田第一中に避難していた女性(83)が搬送先病院で死亡。避難者数が1万人を超えている。
◇宮城県 毎日新聞のまとめでは、1万1500人以上が行方不明。しかし、石巻市や女川町、南三陸町で多くの安否不明者がおり、実際の行方不明者はさらに多いとみられる。
<気仙沼市> 電気、ガス、水道全滅。大島地区と鹿折地区で火災発生。大浦地区、大島地区、波路上岩井崎が孤立状態に。
<南三陸町> 約1000人の遺体が発見された。安否不明の人を含めると約8500人が行方不明で人口約1万7500人の約5割に上る。約5000世帯の7割が被害を受けた。電気、水道は全滅。ガソリンが不足しているが食料や毛布は届きつつある。
<石巻市> 現段階で市が把握する行方不明者は1475人だが、市長は「最終的に不明者は1万人」の見通しを示している。電気、水道は一部復旧したが、ガス漏れがある。門脇地区で火災が発生した。市街地は泥で覆われ、悪臭を放っている。ガソリンが不足している。
<女川(おながわ)町> 人口の4割に当たる約4000人の安否が不明。集落全体の安否が確認できていない集落もある。町の4割に当たる約1500世帯が被災。電気は復旧のめどが立たず、断水中。15メートル以上の津波に襲われ、3階建ての町役場は屋上まで冠水し全壊した。住民基本台帳や戸籍のデータも失われた。町議16人のうち3人が行方不明で、1人の死亡確認。
<東松島市> 沿岸部で200人以上の遺体が見つかる。全域が停電、断水。2215人が孤立している。航空自衛隊松島基地で戦闘機など28機が水没した。
<松島町> 国宝瑞巌寺や日本三景の松島に、壁の一部崩落などの被害。電気は一部復旧。ガス、水道は全滅。
<利府町> 電気はほぼ復旧。ガス、水道は全滅。
<塩釜市> 電気は一部復旧、ガス、水道は全滅。
<七ケ浜町> 電気は一部復旧、6500戸が断水中。
<多賀城市> 電気は一部復旧、ガス、水道は全滅。
<仙台市> 沿岸部で200〜300人の遺体が見つかる。JX日鉱日石エネルギーの仙台製油所で、火災が発生した。電気は一部復旧、ガスは一部供給停止、一部断水。
<名取市> 沿岸部で多数の遺体を発見。仙台空港で約1400人が一時孤立し救助された。電気は復旧、ガスは全域不通、7割で通水。
<岩沼市> 沿岸部で多数の遺体が見つかる。電気は一部復旧、断水。
<亘理(わたり)町> 電気は一部復旧、1万1442戸断水。
<山元町> 電気は一部復旧、6098戸断水。
◇福島県 東京電力福島第1原発の事故などで、避難指示が出されている自治体も多い。
<新地町> 全壊440戸。一部地域で停電と断水。食料とガソリン、紙おむつ、生理用品、薬類などが不足している。
<相馬市> 一部で停電、断水。南相馬市から自主避難した750人を受け入れている。
<南相馬市> 安否不明者多数。一部で停電、断水。県外避難希望者は移送へ。
<浪江(なみえ)町> 全世帯で断水、一部で停電。原発事故で1万7793人に避難指示。
<双葉町> 58戸が被災。全世帯で断水、一部停電。原発事故で7243人に避難指示。
<大熊町> 全壊30戸。避難指示区域のため水道停止。約4000世帯で停電。原発事故で避難指示。
<富岡町> 被災家屋多数。避難指示区域のため水道停止、6100世帯の一部で停電。原発事故で避難指示。
<楢葉(ならは)町> 全壊50戸。水道停止、2700世帯の一部で停電。原発事故で避難指示。
<広野町> 全壊90戸、床上浸水120戸。水道停止、2000世帯の一部で停電。原発事故で町の多くが屋内退避、一部は避難指示。
<いわき市> 30戸が被災。12万8700世帯のほぼ全域で断水、3880戸が停電。原発事故で一部屋内退避指示。
福島第1原発:町民2千人と役場が埼玉へ避難…福島・双葉 毎日新聞 2011年3月19日 2時35分
東京電力福島第1原子力発電所が立地する福島県双葉町は、町役場機能を含め、町民約2000人でさいたま市中央区の「さいたまスーパーアリーナ」に避難することを決めた。町全域が原発事故による避難指示圏に含まれているための措置で、東日本大震災で自治体ぐるみの県外避難を決めたのは初めて。 同町は人口6884人(2月1日現在)で、地震・津波での死者・行方不明者数は18日時点で、少なくとも15人。原発1号機の水素爆発などを受け、12日から北西へ約40キロ離れた川俣町の避難所に行政機能を移転させ、井戸川克隆町長(64)も泊まり込みで避難先手配などを続けてきた。 親族や知人を頼り、個々に避難した町民も多い。このうち川俣町の避難所で暮らす町民から、より安全な地域に移りたいとの声が上がり、県外への全町避難を決断した。 井戸川町長は「原発事故でいつ帰れるか分からなくなった。1カ所に町民を集めた方が行政の支援がしやすい」と話した。個々に避難している町民への呼び掛けも検討、早ければ19日にも移転を開始する。【蓬田正志】
阪神と違う…神戸救助隊、救出も遺体発見もゼロ 読売新聞 3月19日(土)3時5分配信
阪神大震災を超える死者・行方不明者を出し、戦後最悪の災禍となった東日本巨大地震。被災地での捜索はいまも難航している。 大津波で壊滅した宮城県南三陸町では、阪神大震災で救助にあたった神戸市消防局の隊員らが救助活動を続けているが、生存者の救出、遺体の発見はゼロ。巨大津波が家屋をのみ込み、不明者がどこに流されたか見当もつかないからだ。 「行方不明者がいると聞いても、住んでいた家がなかなか見つからない」。約8000人の安否が確認できない同町で活動する救助隊の井上雅文隊長(55)は苦渋の表情を浮かべる。 神戸市からは消防局特別高度救助隊の第1陣6人が地震後に現地入り。現在、活動しているのは15日に現地入りした第2陣6人。いずれも、阪神大震災で救助活動に携わったベテランぞろいで、兵庫県内自治体が派遣した緊急消防援助隊兵庫県隊の中核だ。 「70歳代の女性が行方不明になっている」との情報で、救助隊が16日午後に出動したのは、湾の奥に面した町中心部の志津川地区。 一面が津波に洗われ、壊れた家やがれきが泥の中に広がる。女性の家はどこにも見あたらない。
ようやく見つけた家は800メートルも山側に押し流されていた。1階はつぶれ、がれきを取り除きながら、2階の床板を剥がしたところで日没となり、この日の捜索は打ち切られた。 救助隊は、がれきに埋もれた人の声を電磁波で探知する「地中音響探知機」や、がれきの下の呼吸を感知して生存確認できる「二酸化炭素探査装置」を特別装備している。ピンポイントでがれきの下の生存者を見つけ出す最新機材だが、今回は出番がほとんどない。 現場は津波で押し流された建物ががれきとなって山積している。救助隊は「捜索範囲が広すぎる。機材を使う場面にすら遭遇しない」と、市消防局に報告する。 阪神大震災では、家屋が倒壊したり全焼したりしても、被災者はその場で発見されることがほとんどだった。どこを捜せばいいのか、はっきりしていた。 井上隊長は「家を見つけても、被災者が流されている可能性もある。壊れた家の下に住民がいた阪神大震災とはまったく違う」と、活動の難しさを語った。 市消防局の担当者も「倒壊家屋からの救助が求められた阪神大震災と、津波被害の現場では勝手が違う。積雪といった厳しい気候条件も重なった。隊員は懸命に活動しているのだが……」と悔しがった。 一方、地震発生直後から仙台市内の行方不明者の捜索活動を行っている同市消防局。数百人の遺体が発見され、行方不明者も多数いる仙台市若林区を管轄する若林消防署の担当者は「余震の度に津波を警戒し、その度に作業を中断しなければならない」と嘆く。 ある隊員は「まだ気が張っているが、捜索が長引けば、不調を訴える隊員も出てくるだろう」と心配していた。(大野潤三)
「母さん、葬式してやれずごめん」火葬場で別れの祈り 2011年3月19日9時19分 朝日
母さん、葬式してやれなくてごめんな……。津波に見舞われた宮城県南三陸町は犠牲者の火葬を受け付け始めた。葬祭業者も被災した町では、遺族自身が遺体を運ぶ。告別式をする場も確保できず、隣市の火葬場が別れの場に。犠牲者数は膨れ上がり、火葬もままならない状況が迫る。 仙台市の会社員佐藤龍郎さん(32)は16日夜、実家の母の火葬をした。親族も被災しており、東京や山形に住む同級生3人と見送った。「1人で見送る覚悟でいた。仲間がいるだけでありがたい」。佐藤さんはそう言って手を合わせた。 母親は南三陸町の実家で津波に遭った。連絡がつかず、佐藤さんが地震の2日後に家を見に行くと、1階寝室でがれきに埋もれているのを見つけた。自分で、町の遺体安置所に母を運んだ。 母を納めた約2メートルの棺(ひつぎ)は、東京在住の同級生のワゴン車に乗せた。「ガソリンも少ないのに快く引き受けてくれた。多くの人で見送りたかったけど、母に最低限のことはできた」
人口約1万8千人の南三陸町では、死者・行方不明者が250人を超え、町民の半数以上が今も避難を続ける。火葬費用は町負担だが、遺体は遺族が運ぶのが原則。避難所で町職員が火葬の手順を説明し、「運搬はご家族で」「袋でも何でもいい。骨を入れるものの持参を」と呼びかけると、「ガソリンもない。まとめて運んで欲しい」と困惑の声があがった。 同町の佐藤政浩さん(44)は亡くなった父の火葬を望むが、運ぶ手立てがない。「車2台は津波で廃車になった。ガソリンも抜き取られた。どうしようもない」と肩を落とした。 遺体は増え続けるが、火葬できる人数には限りがある。町は身元が判明しない遺体や遺族の了承が得られた場合などは、いったん町有地で土葬することも検討している。「大前提は火葬だが、時間の制約もある。苦渋の判断」と佐藤仁町長は話した。(丸山ひかり、伊藤和行)
白河の土砂崩れで12人目の遺体収容 2011年03月19日 10時03分配信 福島放送
のり面崩落に伴い、住民13人が土砂崩れに巻き込まれたとみられる白河市葉ノ木平地区で、18日午前6時ごろ、西郷村字裏山南、岩坂万理さん(31)が遺体で見つかった。岩坂さんは葉ノ木平にある実家を子どもと訪れていて被害に遭った。死者は12人となった。
東日本大震災:東京、スーパーに列 「それでも欲しい」 毎日新聞 2011年3月19日 11時25分 大手スーパーでは午前10時の開店30分前には、約100人が並んだ=東京都江東区で2011年3月19日午前9時半ごろ、米川直己撮影
東日本大震災から1週間を経た週末の19日、首都圏のスーパーマーケットでは、開店前から食料品や日用品を買い求める人の行列ができた。東京電力の計画停電もあり、消費者の懸念は薄まらないようだ。 東京都小金井市の大手スーパーでは、午前10時の開店前から約300人が並び、開店と同時に食品売り場などがごったがえした。コメは配られた整理券を手にした人が1袋(10キロ)購入する形。9時前から並んだという近くの男性(80)は「あと2日分しかなかったので買えて良かった」とほっとした様子。江東区のスーパーでコメ1袋(10キロ)を買った主婦(47)は「被災地の方には申し訳ないが、こちらもコメがないと生活できない」と話した。 「コメの在庫は十分にある」(農林水産省)ことなどから、政府は消費者に買いだめしないよう呼びかけているが、首都圏で物資を求める人は途絶えず、品薄状態はなお解消されていない。【谷多由、米川直己】
殉職警官、12人に=依然不明18人−東日本大震災 2011/03/19-11:28 時事
警察庁は、東日本大震災で職務中に行方不明となった警察官のうち、新たに2人の死亡を確認したと発表した。殉職した警察官は岩手、宮城、福島の3県で計12人となった。安否不明の警察官は3県で18人に上る。 同庁によると、死亡が確認されたのは、福島県警南相馬署小高駐在所の佐藤政美巡査部長(57)と、宮城県警岩沼署交通課の菅野英徳巡査部長(52)。2人とも地震後、住民の避難誘導に向かい、連絡が取れなくなった。
双葉病院長「避難迫られた。責任ない」 患者21人死亡 2011年3月19日11時29分 朝日
福島第一原発の半径20キロ圏内にあり、避難指示を受けた双葉病院(福島県大熊町)の患者21人が搬送中や搬送後に死亡した問題で、同病院の院長が18日、朝日新聞の取材に応じた。自衛隊による救出前に病院を離れて患者を置き去りにしたことを認めたうえで、「一緒にいた地元警察署幹部に避難を迫られた」などと釈明した。 同病院には14日時点で病状が重い患者146人が残され、自衛隊などが14日と15日に3回に分けて搬送。院長は15日の搬送前に他の病院関係者数人と病院を離れたことを認めたが、21人が亡くなったことについては「搬送に長時間かけたためで、国や県の責任。自分に責任はない」と主張した。 県によると、同病院の患者らは移動時に患者の病状が確認できない状態で、搬送中や搬送後に計21人が亡くなったという。
福島第1原発:1、2号機通電へ 非常用発電機が一部起動 毎日新聞 2011年3月19日 11時49分
東日本大震災で被災した東京電力福島第1原発の事故で、政府と東京電力は19日、冷却機能を取り戻し、外部電源を復旧するためのケーブルの敷設作業を継続した。作業は建屋が壊れておらず外から放水できない2号機から優先的に行い、1、2、5、6号機も同日中に復旧させる予定。経済産業省原子力安全・保安院は「5、6号機については使用済み核燃料プールの冷却ができる見通しがついた」と発表した。
保安院によると、これまで唯一非常用ディーゼル発電が起動していた6号機で、2台ある非常用ディーゼル発電機のうち、津波で止まっていた発電機を点検したところ、起動することができた。また、使用済み核燃料プールの温度が上昇しつつある電力を共有している5号機でも、プールを冷却するポンプが稼働した。 保安院は「原子炉建屋に外部電源が入れば、多くの機器が動く。地震などの影響で動かないものも多いだろうが、うまく電源をつなげて作業を行いたい」としている。 一方、東京電力は19日、福島第1原発で復旧作業中の作業員について、放射線の累積被ばく総量限度の100ミリシーベルトを超え始めたことを明らかにした。 東電によると、同原発内では18日朝現在、関連企業を含め279人が復旧作業中。全般的に放射線量が高く、構内の建物内でも100ミリシーベルトに近づく作業員が増えていた。こうした中、野外で作業するなど複数の作業員が100ミリシーベルトを超え始めたという。東電は限度を150ミリシーベルトに引き上げると共に、作業員の放射線量の管理を徹底する方針。 国は既に、同原発で緊急作業に当たる作業員に限り、被ばく線量の上限を100ミリシーベルトから250ミリシーベルトへと引き上げている。【関東晋慈、日野行介、酒造唯、江口一】
岸壁に乗り上げた大型船舶、フィリピン人乗員は全員無事 AFPBB News - 2011年03月19日 12:14 岩手県・釜石市で乗っていた船が岸壁に乗り上げて、市内の避難所に避難したフィリピン人乗員ら(2011年3月16日撮影)。
03/19 12:20
30キロ超望遠カメラ、NHKの秘密兵器 3.19 12:25 産経
東日本大震災の影響で大量の放射性物質の放出が懸念され、18日に放水作業が行われた東京電力福島第1原発。その様子を30キロ以上離れた位置から撮影したのは、NHKが誇る1台3000万円の高性能カメラだ。現在、世界に3台しかなく、そのすべてをNHKが保有。価格は1台3000万円で、最大1250倍のズームを備え、100キロ離れた地点までの撮影が可能という優れものだ。製作関係者によると、縦横3ミリ程度の新聞文字が、200メートル離れた地点から撮影できるという。
風評被害で機能まひ=進まぬ復旧「安全と伝えて」―屋内退避圏、いわき市長が訴え 時事通信 3月19日(土)14時32分配信
「大地震に大津波、原発事故に風評被害。こんな場所は世界中でいわきだけだ」―。東日本大震災に伴う福島第1原発事故は、周辺自治体の生活にも深刻な影響を与えている。約34万人と県内最大の人口を抱え、市内の一部が屋内退避対象地域に指定された福島県いわき市の渡辺敬夫市長が電話取材に応じた。 いわき市の放射線量は健康に影響がないレベルだが、対象地域と報じられて以来、物資が届かなくなった。水道はほとんど回復せず、食料やガス、医療資材などが不足する厳しい状況だ。「運転手が嫌がって日立や郡山で物資が止まってしまう。物流だけでなく行政機能もまひしてしまった。復旧にまったく手が出せない」 国に訴えかけ、枝野幸男官房長官が会見で「いわき市は安全」と発言して以来、少しずつ物資は届くようになったものの、「運送会社に病院関係者、市の業務を請け負う企業まで怖がって出て行ってしまった。復興だけに全力を挙げたいのに」と嘆く。 「何も説明はなかった。ある日いきなり地図上に線を引かれた」。市内の一部が屋内退避対象地域に指定された際の状況をこう話す。国や東京電力からの説明はなかったといい、「正確な情報を何一つ流してくれない」と憤りを隠さない。 「いわき市は安全だと国や県に言ってほしい。そう言えないのなら、避難指示を出してくれ」と訴えた。
観光客キャンセル続出、関西にも打撃 旅行業界 募る焦燥 産経新聞 3月19日(土)15時7分配信
米国は地震発生直後の11日に自国民に渡航自粛を要請、原発事故が判明した13日にも再度、自粛を求め、16日には渡航延期勧告した。フランスは13日に渡航延期勧告。韓国は13日に福島第1原発周辺30キロを渡航制限地域に指定、中国は渡航自粛を求めた。これは外国人向けの観光旅行需要を直撃し、地震の影響がない京都、奈良などのツアーでも中止が相次いでいる。 外国人向けの日本観光旅行を扱う「東日旅行」(東京都)の国際旅行事業部によると、3、4月はサクラのシーズンで外国人観光客には人気。同社が扱う今年3、4月のツアーのキャンセルは中国などアジアを中心に、すでに数千人規模にのぼる。同社は「60年以上にわたって外国人向けの観光旅行を取り扱ってきたが、今回のような事態は初」という。 欧州や豪州からの旅行者を中心に扱う旅行会社「ツアーランド」(京都市)では4〜5月に合計300〜400人分のツアーを行うはずだったがほとんどが中止。担当者は「海外は原発の問題に危機意識が高い」という。 こうした状況が長引くと関西経済への影響も深刻化する。昨年は海外からの外国人観光客は861万人と過去最高を記録。関西国際空港(関空)でも開港以来最多の351万人となった。現状では、昨年のレベルからは激減することは必至で、どの程度の減少に抑えられるかが焦点。関空会社の担当者は「早い沈静化を望むしかない」と話している。
150平方キロ、浸水のまま=海岸堤防190キロ崩壊−国交省 2011/03/19-15:53 時事 国土交通省は19日、東日本大震災で津波が到達した岩手県から福島県の海岸沿い約400平方キロのうち、約150平方キロが浸水したままの状態となっていることを明らかにした。うち約90平方キロは仙台空港(宮城県名取市など)の周辺という。 また、岩手、宮城、福島の太平洋岸の海岸堤防約300キロのうち、約190キロが全半壊していることが上空からの調査で判明した。
復興費確保へ子ども手当見直し 政府、高速新料金も 2011/03/19 16:32 【共同通信】
政府、与党は19日、民主党がマニフェスト(政権公約)に掲げた重要政策である子ども手当に加え、高速道路の新料金制度などを見直し、東日本大震災の復興財源に充てる方向で検討に入った。 震災被害が甚大なため、公約実行より復興財源確保を優先すべきだとの声が強まっているからだ。2011年度予算案を成立させた上で、子ども手当などの修正内容を盛り込んだ補正予算案を編成することが取りざたされている。 ただ、未曽有の震災からの復興には巨額の財源が必要とみられ、俎上に上っている見直しだけでは不足するのは確実。さらに民主党内にはマニフェスト堅持を求める声もあり、財源確保をめぐる議論は難航しそうだ。
民主党内で見直しを強く主張するのは、岡田克也幹事長。政府は11年度の子ども手当について、3歳未満を対象に月額7千円を上積みする法案を国会に提出済み。 11年度の増額に必要な予算は2千億円規模だが、これを震災対策に回したい考えだ。国家的な危機に直面し、細川律夫厚生労働相も「出している法案のすべてを通してくれと言うつもりはない」と、修正に柔軟な姿勢を見せる。 高速道路の新料金制度は、現行の「休日上限千円」を続け、「平日上限2千円」などとする内容。大畠章宏国土交通相は18日の閣議後の記者会見で、制度見直しで財源を捻出することについて「柔軟に対応したい」との考えを表明した。 政府は当面、10年度予算の予備費の残額約1700億円と、11年度予算案成立後に使える予備費1兆1600億円を復興財源に充てる方針。さらに子ども手当の見直しなどで捻出した分を上積みする考えだ。 自民党は、子ども手当や高速道路無料化、高校無償化、農家の戸別所得補償を全面凍結して財源を確保するべきだと主張。一方、小沢一郎元代表に近い民主党議員らはマニフェスト堅持を強く主張しており、議論の先行きは不透明だ。
牛乳、ホウレンソウ、基準超える放射線=「直ちに健康に影響せず」−枝野官房長官 2011/03/19-17:03 時事
枝野幸男官房長官は19日午後の記者会見で、福島県内の牛乳と茨城県内のホウレンソウから、食品衛生法上の暫定基準を超える放射線が検出されたと発表した。「直ちに健康に影響する数値ではない。冷静な対応をお願いしたい」と述べた。 牛乳が取れた場所は、福島第1原発から30キロ強の距離だったと説明。牛乳、ホウレンソウの扱いについては「摂取制限、出荷制限が必要かなどについて早急に検討する」と述べた。
豪州の緊急援助隊、帰国へ 時事通信 3月19日(土)17時17分配信
オーストラリア政府は19日、東日本大震災で日本に派遣していた72人の緊急援助隊が活動を終え、帰国すると発表した。豪州チームは宮城県南三陸町での被災者の捜索・救助活動を行ってきた。 声明によると、生存者救助の役目は終了したと判断。「現時点で安全性に問題はないが、援助隊を不必要なリスクにさらすつもりはない」として撤収を決めた。豪政府は、福島原発事故の状況が不透明だとして、本州北部からの避難勧告を出している。 ニュージーランド通信によると、ニュージーランドのほか、米英独やスイスのチームも救助活動を終了しているという。
原発事故で香港に大量避難=日本の外資系企業スタッフ 時事通信 3月19日(土)17時35分配信
【香港時事】19日付の香港各紙によると、日本の外資系企業が福島原発事故の影響を恐れて、外国人スタッフを香港に避難させるケースが相次ぎ、多くの高級ホテルが満室になっている。 スタッフを避難させている企業の大半は金融機関。九竜地区の繁華街・旺角(モンコック)のあるホテルには、200室の予約を希望する電話もあったという。 旧英領で国際金融都市の香港は日本から比較的近く、英語が通じるため、外国人スタッフの避難先として最適と見なされているようだ。 また、日刊紙・東方日報は「日本人居住者が多い香港島のマンション地区で最近、日本人の姿が普段より増えており、日本人居住者が日本から友人を一時受け入れているとみられる」と伝えている。
死者・行方不明者1万8295人 19日午後6時現在 産経新聞 3月19日(土)19時14分配信
警察庁によると、19日午後6時現在、東北など12都道県警が検視などで確認した死者数は7348人に上った。家族や知人から届け出があり、依然行方が分かっていないのは1万947人で、死者と行方不明者は合わせて1万8295人。重軽傷者は17都道県で計2603人になっている。 死者のうち19日午前10時段階で約5560人の検視が終了し、約3090人の身元が確認されたが、遺族に引き渡されたのは1550人にとどまっている。遺族も被災し、避難所生活を強いられていることなどから遺体の引き取りが困難になっている。
頑張ろう日本!イチロー、義援金イチ億円 スポーツ報知 3月19日(土)8時0分配信 マリナーズのイチロー外野手(37)が、東日本大震災への義援金として1億円を送った。所属するマネジメント会社「バウ企画」を通じて日本赤十字社に寄付した。球界では、個人の寄付としては極めて高額だ。
久米宏さん、2億円を寄付 東日本大震災救援募金 2011年3月19日13時14分 キャスターとしておなじみの久米宏さん(66)が18日、朝日新聞社と朝日新聞厚生文化事業団が実施している「東日本大震災救援募金」に2億円を寄付した。久米さんは、この寄付について特段のコメントは控えている。(朝日新聞)
安室5000万円 キム・テヒ700万円を寄付 2011年3月19日 歌手安室奈美恵(33)が東日本大震災の義援金5000万円を、日本赤十字社に寄付していたことが18日、分かった。安室の所属事務所は「本人が個人的に行っていました」。安室の知人によると「震災に胸を痛めて、何か自分にできないかと日々考えているようす」だという。また、韓国人女優キム・テヒ(30)も、日本赤十字社に1億ウォン(約700万円)を寄付。テヒはヒロインを演じた、昨年放送の連ドラ「アイリス」のロケ地が東北だったこともあり被災を心配しているという。
サンドラ・ブロック義援金100万ドル寄付 スポーツニッポン - 2011年3月19日 06:00
で知られる米女優サンドラ・ブロック(46)が17日、米国赤十字社を通じて被災地に100万ドル(約8000万円)を寄付した。 ロイター通信が配信した。今回の震災に対する著名人の義援金としては、米国赤十字社の公表分では最高額。
ヨン様7500万円 東日本大震災義援金 日刊スポーツ - 2011年3月15日9時31分
韓国の人気俳優ペ・ヨンジュン(38)は14日までに、救援物資に充ててほしいと、日本の内閣府を通じて10億ウォン(約7500万円)を寄付した。ペ・ヨンジュンは防寒具なども手配しているという。
コスモ石油タンクの火災、丸8日で鎮圧 千葉 読売新聞 3月19日(土)19時57分配信
東日本巨大地震によって、千葉県市原市のコスモ石油千葉製油所で発生した液化石油ガス(LPG)タンクの爆発・火災について、同県災害対策本部は19日、同日午後4時20分に鎮圧したと発表した。 発生から丸8日たち、依然として配管からは残留ガスの流出が続いているものの、ほぼ鎮火し、拡大する恐れはなくなったという。 市原市消防局によると、この火災で30歳代の男性が全身にやけどを負う重傷、5人が軽傷を負った。また、敷地内の別のタンクが損傷して多量のアスファルトが海上に流出、海上保安部の巡視艇などが回収を急いでいる。
【原発】30キロ圏外でも周囲より高い放射線を計測 ANN (03/19 20:19)
福島第一原発から30キロ以上離れた福島県浪江町で、1時間に140マイクロシーベルトという、周辺より高い放射線の数値が計測されていたことが分かりました。 福島第一原発の周辺では、半径20キロ以内の区域に「避難指示」が、20キロを超えて30キロまでの区域には「屋内退避」の指示が出されています。原子力安全・保安院によると、原発から30キロ以上離れた福島県浪江町の観測地点で18日、1時間あたり140マイクロシーベルトの放射線が検出されたほか、約40キロ離れた飯舘村でも52マイクロシーベルトと周辺より高い数値が計測されたということです。浪江町の住民はすでに自主的に避難を終えているほか、飯舘村については6000人の住民のうち約2000人が19日、村の呼びかけで避難を開始しました。保安院は「風向きによるもの」としたうえで、「直ちに健康に被害を及ぼす数値ではない」としています。また、30キロ圏内の屋内退避をしている住民に対しては、やむを得ず外出する場合は、「徒歩よりも車を利用する」「マスクを着用する」「長袖を着用する」「雨に濡れないようにする」などの注意を呼びかけています。
放射線量、各地で減少 埼玉県も平常値に 2011/03/19 21:22 【共同通信】
東北、関東各地で観測される放射線量は減少を続けている。18日から19日にかけて、福島第1原発の事故前より高い値が残っているのは茨城、栃木、群馬の3県。埼玉県は平常値の範囲内まで低下した。ほかの都県も毎時0・1マイクロシーベルトを下回り、平常値となっている。 放水が続く福島第1原発では、西門付近で19日朝に約830マイクロシーベルトを観測した。 都道府県に観測を委託している文部科学省の集計では、18日午後5時から19日午後5時までに観測された最大の放射線量は、最も高かった茨城が0・186マイクロシーベルトと17〜18日より低下。栃木は0・165マイクロシーベルト、群馬も0・084マイクロシーベルトに下がった。 福島県は地震の影響で、文科省への報告用に定めていた地点のデータを収集できない状態。県の別の調査では、福島市で19日午前0時に11・10マイクロシーベルトを観測した。宮城県の調査では、仙台市で19日午前9時40分ごろに0・20マイクロシーベルトを記録している。 文科省の調査では、福島第1原発から北西約30キロの浪江町付近で、19日午前10時20分に136・0マイクロシーベルトを観測した。 放射線量は、胸部エックス線の集団検診1回で約50マイクロシーベルト分となる。 福島地方気象台の予報では、20日の福島第1原発付近の風向は北西の風、日中は南東の風。
放射線量、茨城・栃木・群馬で平常時より高い値 2011年3月19日23時53分
文部科学省は19日、各都道府県の定点で観測した大気中の放射線量を発表した。 同日午前0時から午後5時までの間に茨城、栃木、群馬の3県で、平常時より高い値が観測された。18日まで過去の上限値を超える値が出ていた埼玉県では、平常時の値の範囲内に戻った。東日本大震災による被害を受けている宮城県と福島県からは、引き続きデータが届いていない。 車で移動しながら実施した放射線量計測では、福島第一原発から約30キロ離れた同県浪江町の北西部で19日午前10時20分、毎時136マイクロシーベルトが測定された。その場に7時間あまりいれば、一般人の年間放射線被曝(ひばく)限度量の1ミリシーベルト(1千マイクロシーベルト)を超えるレベルだ。この地点は18日も150マイクロシーベルトが測定された。
被ばく量 従来の限度超は6人 3月19日 22時10分 NHK
東京電力は、福島第一原子力発電所で、6人の作業員の放射線の被ばく量が、これまでの緊急時の限度とされてきた100ミリシーベルトの基準を超えたことを明らかにしました。今のところ体調に異常は見られないということです。東京電力によりますと、放射線の被ばく量が100ミリシーベルトを超えたのは、福島第一原発の屋外で作業に当たっている作業員6人です。6人の体調には、今のところ異常は見られないということです。原発施設で働く作業員の放射線の被ばく量について、これまでは緊急時の限度を100ミリシーベルトとしてきました。しかし、今回の事故では、原子炉などが冷やせずに深刻な事態に陥っていて、厚生労働省が、原発施設での必要な作業時間を確保するため、250ミリシーベルトまで作業員の被ばく量の限度を引き上げることを認めています。福島第一原発では、現在、およそ500人の作業員が事態の打開に向けて外部電源の復旧などに当たっていて、放射線の被ばく量が100ミリシーベルトを超える作業員はさらに増えるものとみられます。東京電力は、作業員の放射線の管理や健康のチェックを徹底しながら、必要な人員を確保して作業を進めることにしています。
3号機へ昼夜継続し放水、4号機への放水も検討 2011年3月19日23時12分 読売新聞
東日本巨大地震で被災した東京電力福島第一原子力発電所は19日、原子炉格納容器が損傷したおそれのある2号機への送電線引き込み作業を終えた。機器の通電に問題がないことを確認した後、原子炉の冷却系設備への電力供給を始める。原子炉建屋の使用済み核燃料の一時貯蔵プールが危険な状況にある3号機では同日、東京消防庁の緊急消防援助隊がプールへの放水を行った。枝野官房長官は同日夕の記者会見で、「一定の注水が成功した。安定状況にあるのではないか」と述べた。同様に貯蔵プールの状態が懸念される4号機に対しても、自衛隊による地上放水を検討している。 福島第一原発では、1、2号機と3、4号機、5、6号機の3系統に分け、送電線の接続や敷設などの作業が行われている。 東電などの復旧チームが1号機近くに止めた車両の仮設配電盤から、2号機タービン建屋にある配電盤兼変圧器までケーブルを接続。敷地内に長さ約1・5キロのケーブルを敷設する作業も完了した。
5号機では、19日朝に回復した6号機の非常用ディーゼル発電機を使って、貯蔵プールの熱交換器を動かすのに成功。プールの温度は午後6時現在、48度と、約20度下がった。 東京消防庁の緊急消防援助隊は屈折放水塔車を使って同日午前0時30分から約20分間、3号機のプールに向けて約60トンの海水を放水した。午後2時5分からは、約800メートルのホースを車両に連結し、くみ上げた海水を無人のまま自動放水。1時間あたり180トンの放水が可能で、20日未明まで続けられる見通しだ。 自衛隊は、4号機へ地上から大型救難消防車で放水する準備を進め、化学防護車で現場周辺の放射線量や放水ポイントなどを調査した。19日早朝には、輸送ヘリで上空から原子炉の表面温度を測定。北沢防衛相は記者会見で、暫定的な測定結果として、1〜4号機の表面温度が100度以下だったとし、「(温度は)思ったより安定しており、低い。水を投入した効果が上がっているのではないか」と述べた。
一方、東電は、50メートルを超えるアームで離れた場所から放水できるドイツ社製の特殊な生コン圧送機の投入について検討を始めた。 1〜3号機では、原子炉内の水位が低い状態が続き、核燃料棒の一部は依然として露出しているとみられる。4号機はプールの冷却水が高温になり、水位低下で燃料棒がむき出しになる危険がある。 経済産業省原子力安全・保安院によると、原発敷地内の放射線量は、一時的に急上昇する時間帯があるものの、下がる傾向にある。3号機から西に1・1キロ離れた西門付近では19日午前11時30分、毎時313・1マイクロ・シーベルトだった。
千葉・松戸 震災の募金奪われる…高校生2人けが 2011年3月19日 22:42 スポニチ
19日午後0時半ごろ、千葉県松戸市の新京成電鉄八柱駅付近にあるビル1階の階段踊り場で、震災の募金活動をし、集計中だった県立高校の男子生徒2人=いずれも(18)=に若い男が近づき、「誰に断った」と言い掛かりをつけて殴ったり蹴ったりし、現金約1万円を奪って逃走した。 2人は顔などに軽いけが。松戸署は強盗致傷事件として捜査している。 同署によると、生徒らは市内の県立高校で卒業式を終えたばかり。17日に募金を始め、19日も友人ら約20人と朝から駅前ロータリーで活動。約10万円を集め、ビルに移って金額を確認している際に1000円札約10枚を奪われた。男は10〜20代で身長約170センチ。
原発の放水支援で横浜・川崎の消防局職員が、20日にも現地入り/神奈川 カナロコ(神奈川新聞) 2011年3月19日 総務省消防庁は19日、東京電力福島第1原発への放水支援のため、横浜と川崎の両市消防局に職員、特殊車両などの派遣を要請した。 横浜市消防局は要請を受け、20日にも専門部隊を現地に派遣することを決めた。同原発には、東京消防庁のハイパーレスキュー隊が既に放水作業に当たっているほか、大阪市消防局も派遣。現場は被ばくを防ぐために1人当たりの作業時間が制限されており、多くの要員が必要とされているという。
【放射能漏れ】 放水支援で大阪市消防局部隊が出発 MSN産経ニュース - 2011.3.19 20:42
東京電力福島第1原発への放水作戦を支援するため、大阪市消防局の緊急消防援助隊53人が19日、現地へ向け出発した。海から最長約3キロ先まで送水できる装置を利用し、自衛隊や東京消防庁の放水車などへの給水活動にあたる。20日未明に自衛隊などの前線基地のある福島県いわき市に入る予定。市消防局は追加派遣の準備も進めている。 派遣されたのは車両16台と志願者の中から選ばれた隊員53人。約3キロ先まで毎分3千リットル送水できる「遠距離大量送水システム」の搬送車やタンク車、放射線の除染作業ができる救助活動車などで編成され、放射線防護服などの装備も積載した。 大量送水システムは、平成7年の阪神大震災で消火栓が使えず活動に支障が出たことを教訓に、翌8年に大阪市消防局が導入。150ミリの大口径ホースをつないで海などから取水した水を大量送水できる。 19日午後5時20分ごろ、大阪府東大阪市の大阪市消防学校で出発式が行われ、すでに出発した先遣隊6人を除く隊員47人を前に、平松邦夫市長が「この危機を救ってほしいと願う多くの国民が、皆さんの活動を見守っている」と激励した。
東京電力福島第1原発への放水作業のため、集まった消防車両=18日午後0時14分、福島県いわき市で共同通信社ヘリから
電源復活へ160人奮闘、放射線防護服に線量計 2011年3月19日20時32分 読売新聞
福島第一原子力発電所に外部から送電線を引く作業は19日、最初の電源復活を目指す2号機のケーブルがつながった。 通電に向け、作業員の奮闘が続いている。 放射線防護服と放射線を計るバッジ型の線量計を身につけた作業員たちは19日未明、2号機の配電盤にケーブルを接続した。その手前の敷設に手間取ったが、午後に入り、ようやく東北電力の変電所から、1本の線でつながった。 東京電力の社員ら約160人が作業に当たった。うち約50人を派遣する東電の協力会社の社員は19日午前、「作業は順調」との報告を受け、胸をなで下ろした。「危険な作業は信頼が関係がなければできない。東電を信じるしかない。帰ったらご苦労さまと言ってあげたい」と語った。 毎時400ミリ・シーベルトの放射性物質が観測された3、4号機付近での作業は、線量が高い場所を避け、慎重に進められた。近くのタービン建屋内は昼間でも停電で真っ暗。普段は1時間で終わる作業が2時間近くかかることもある。
6号機では、点検作業に当たっていた作業員が非常用ディーゼル発電機の機能が回復しているのを見つけた。発電機の一つはすでに起動していたが、それ以外は使えなくなったと思われていた。 作業員が手回しで回した後、発電機の電源を入れてみたところ、うなりを上げて回り出したという。この電力を使って、6号機に隣接する5号機の残留熱除去系ポンプが午前5時に起動、使用済み核燃料貯蔵プールの水温は低下し始めた。
トルコの救援隊が到着 時事通信 3月19日(土)18時11分配信
東日本大震災の被災者支援のため、トルコの救援隊32人が19日、成田空港に到着した。20日に宮城県に向かう。これにより、被災地に救援隊を派遣した国・地域は17(既に撤退した分を含む)となった。 また、外務省は19日、同震災を受けて支援の意向を示した国・地域は128になったと発表した。新たに支援の申し出があったのはソロモン、トンガ、フィジー、モンテネグロ、エジプト。
「放水直後に放射線量ゼロに。命中していると思った」東京消防庁隊員 2011.3.19 23:37 産経
冷却機能を失った福島第1原発の使用済み核燃料プールに向け放水作業を行った東京消防庁の隊員3人が19日夜、記者会見した。佐藤康雄警防部長は19日未明の放水について、「放水直後に放射線の濃度(放射線量)がゼロに近いくらい下がった。(使用済み核燃料貯蔵)プールに命中しているなと思った」と話した。 佐藤警防部長は「敷地内の道路は、津波の影響でほとんどの道路が大型車両の入れる余地がなかった」と振り返り、風向きや放水位置など「どこに停車すれば効率いいか調査してきた」と述べた。 放水に使うホースの接続作業は約40人で行ったといい、「(放射線被曝の影響を避けるため)できるだけ車両から降りないで機械でホースを伸ばした」と語った。
活動状況を報告する佐藤康雄(緊急消防援助隊東京都隊総隊長)(左から2人目)ら=19日午後、東京都千代田区大手町の東京消防庁(中鉢久美子撮影)
20南三陸町の戸籍データ消失、法務局保存分も水没 読売新聞 3月20日(日)3時3分配信
東日本巨大地震で被災した宮城県南三陸町で、戸籍の全データが津波で消失した可能性が高いことが19日、明らかになった。 法務省は戸籍法に基づき、町に戸籍の作り直しを求める方針だが、作業は困難を極めそうだ。今後、戸籍の全国ネットワーク化など、戸籍制度の見直しに向けた議論も起こりそうだ。 南三陸町は戸籍を電子化して保存していたが、今回の地震で庁舎全体が壊滅状態となった。データは仙台法務局気仙沼支局(宮城県気仙沼市)でも保存していたが、同支局のシステムも津波で水没。他の法務局や自治体とデータを共有する仕組みはなく、同町の戸籍データは完全消滅した可能性が高くなった。今回の地震で、戸籍を管理する自治体と法務局両方のデータが消滅したのは同町だけだという。 消失の場合、同町に本籍を置く人は戸籍を証明する手だてがなくなる。銀行口座などの相続には一般的に戸籍謄本・抄本が求められるが、消失すれば提出できず、旅券や免許証も発行できなくなる恐れがある。
<福島第1原発>4号機に初放水 毎日新聞 3月20日(日)11時1分配信
東日本大震災で被災した東京電力福島第1原発4号機の使用済み核燃料を冷却するため、防衛省は20日午前8時20分から約1時間10分、陸海空3自衛隊の高圧消防車10台による放水を行った。米軍から東京電力に貸与された消防車1台も加わった。これまで自衛隊や東京消防庁などは3号機への放水を続けてきたが、4号機への放水は初めて。 政府は3号機に対しては放水作業の結果、一定の冷却効果があったと判断。使用済み核燃料プールで水素爆発を起こし水温が上昇している4号機への放水を準備していた。消防車11台は4号機に約80トンの水を放出した。終了後、自衛隊員ら約30人は現場から約20キロ離れた福島県楢葉町の運動施設に退避した。【犬飼直幸】
放水後の放射線量 減少傾向に 3月20日 11時30分 NHK 東京電力は、20日午前11時前から記者会見し、福島第一原子力発電所の敷地内の放射線の量は、放水が始まった19日午後から、引き続き減少傾向にあることを明らかにしました。東京電力によりますと、福島第一原子力発電所の3号機から北西におよそ500メートル離れた「事務本館」北側の放射線の量は、19日の放水が始まる前の午後2時に、1時間当たり3443マイクロシーベルトだった値が、20日午前8時半に、1時間当たり2625マイクロシーベルトに減少し、18時間余りで818マイクロシーベルト下がったことを明らかにしました。
福島から県内へ避難 青森 2011年03月20日 朝日
福島第一原発の事故で、福島県から親族を頼るなどして青森県内に避難する人たちがいる。福島県南相馬市の郵便局非常勤職員、清水正人さん(60)は家族9人で八戸市河原木の海上自衛隊第2航空群司令部の体育館に来た。「放射能が怖かった」と疲れ切った表情を浮かべた。 正人さんの自宅は福島第一原発から半径30キロ内。国の屋内退避の対象だった。まわりの人々が相次ぎ家を離れ、食料も尽きかけたころ、「福島県にいたらダメだ」との知人の助言で避難を決めた。 「毒があるから、ちょっとだけ我慢」。玄関のドアを開ける時は1歳、4歳、6歳の孫をポリ袋に包み込んで車に乗せた。 正人さんが八戸市を避難先にしたのは親族がいるから。妻よしいさん(55)、母厚子さん(82)、長女と次女の家族の計8人も一緒。15、16日に車2台で福島県を出て、日本海側を回って400キロ北の八戸市に着いた。約13時間かかった。避難所での放射線量チェックで9人に異常はなかったが、車のタイヤは放射線量が比較的高かったという。 「正確な情報がわからず、見えない放射線は怖い」と正人さん。今は毎朝健康チェックも受け、「ここは平和だ」と安堵(あん・ど)の表情を浮かべた。 気がかりは自宅に残したペット犬やネコ。4月に小学校に入学する孫の遥輝君(6)の大事にしていたランドセルも残してきた。南相馬市役所とも連絡がつかず、どこに入学させればいいのか決まっていない。 知人の2世帯9人も八戸の親族宅に避難したという。「青森近くに来ても『いわき』『福島』ナンバー車が多く北上していた」。福島県民が多く青森県内に避難している可能性がある。(別宮潤一)
八戸沿岸の防災無線、半数が故障 津波の被害 青森 2011年3月20日 朝日
八戸市沿岸域に設置した市の防災行政無線の約半数が、11日の津波などで故障し、使えない状況になっていることが分かった。市によると、19日朝までに沿岸域の39局のうち18局が海水をかぶって機能しておらず、他にも震災後の停電の影響で使えなくなった防災無線があるとみられる。すぐに使えるようにするのは難しく、市は緊急時には消防などを通じて通報するとしている。 市は、代替手段は整えており、混乱も避けたいとして、住民に広く伝えることはしていなかった。津波の恐怖が消えない中、海沿いの住民らは機能しない防災無線の下で生活していたことになる。 市によると、防災無線は高さ十数メートルの柱の上部に設けられたスピーカーから流れるようになっている。だが、主要な機器は点検などをしやすいよう手が届く高さに取り付けてあり、その部分が11日の津波で海水をかぶって故障したとみられるという。
被災者が次々と県内に避難 19日現在で130世帯 秋田 2011年3月20日 朝日
被災者受け入れ窓口として県が開設した秋田市の拠点センター「アルヴェ」には、19日も福島や岩手で被災した人たちが次々に訪れた。幼い子どもや高齢者を連れた家族が目立ち、宿泊施設を紹介されると、安堵(あんど)の表情を浮かべていた。窓口の受付は午後3〜9時。 19日午後4時までに9世帯計33人が相談に訪れ、秋田市内の施設に入った。18日午後6時ごろ訪れたのは福島県南相馬市原町区の会社員横山敏充さん(62)。16日に地元を出て、親戚がいる秋田にやって来た。別行動だった家族とは秋田で再会。これから家族8人で行動する。 南相馬市の自宅は原発から23キロ離れており、現在、屋内退避圏内に入っている。家を出る時、町から人も車も消えていた。「毎日、原発がどうなるか心配。安全が確認されないと戻ることもできない」と話した。 また、同市から来た会社員原田洋志さん(34)は、8歳と生後2カ月の娘を連れていた。原発の1号機が爆発した12日夜、家族4人で家を出た。福島市の飯坂温泉にある避難所に滞在し、18日、秋田に入った。知人はいないが、少しでも原発から離れようとしたという。実家は農家。「(放射能に汚染されて)もう農業はできないと思う。誰も買わない」。寂しそうに言った。 県の「県民生活・被災地支援本部」によると、県内への避難者は19日午後5時現在で130世帯424人。自治体が設けた避難所への受け入れが165人、民家や民間施設への受け入れが259人だった。福島県からの避難が約9割を占めた。
被災者920人、片品村へ避難 村長「家族として」群馬 2011年3月20日 朝日
尾瀬国立公園の玄関口、人口5千人強の片品村が、福島県南相馬市の約920人を受け入れた。福島第一原発の事故を受け、バス23台に分乗して避難してきた市民が18日午後10時過ぎ、村に到着した。市民らはほっとした表情を浮かべるとともに、今後の不安も口にした。 18日早朝、片品村から大型バスが南相馬市に向けて次々と出発した。正午ごろ、同市に到着。放射性物質が付着していないか検査を済ませた市民らがバスに乗り込み、午後3時半、古里を後にした。 村民約40人は、避難者を迎えるための「片品ムランティア」を立ち上げた。村とボランティアをもじって名付けた。バスが途中休憩したサービスエリアで、「今、何が必要ですか」などと尋ねるアンケート用紙を配った。 路肩の雪。凍った道路。冷え込みが厳しくなった夜、バスは出発から約7時間後、4地区に分かれて到着した。 戸倉地区では、「皆さんの安心を共に築きたいです」と書かれた横断幕を広げた若者ら約10人が出迎えた。今春、大学に進学する萩原令名さん(18)は「私にもできることがあれば連絡してほしい」と呼びかけた。 宿泊場所が決まるまで市民はバスの中で待機した。宮林イエコさん(75)は窓の外の雪をながめ、「こんなに積もった雪を見るのは初めて。片品村には感謝しているが、浜っ子が山の生活ができるのか」と不安を口にした。
17日まで旅館を経営していたという佐藤光さん(67)は「25人の客を世話していたが、食糧が届かないので仕方なく避難した。古里の状況が気になる。安全がわかればできれば早く戻りたい」。 家族で避難してきた小学3年の佐藤美羽さんは疲れた表情を浮かべていたが、「早く帰りたいけど、スキーをやってみたい」と笑顔を見せた。 今回、被災者を受け入れたのは観光ホテルや民宿など35施設。戸倉地区のあるロッジは50人定員のうち、21人を受け入れた。スキーシーズンのためこの3連休はほぼ満室だったが、地震で予約はすべてキャンセルになっていた。経営者は「一般客と同じサービスをするには限界があるが、自宅にいる感覚で過ごしてほしい」と話した。 尾瀬国立公園をはさんで福島県と交流があった縁で被災者受け入れを決めた村は、議会の了承を得て7千万〜1億円を予算化した。1カ月の滞在を想定し、被災者1人あたり1日約2500円の食費など滞在費を負担する。 受け入れが長期になれば、被災者の児童生徒は村内の小中学校に通うことになる。4月末ごろから尾瀬はシーズンを迎えるため、宿泊施設が被災者をどこまで受け入れるかも課題になる。 千明金造村長は「被災者というより家族の一員として迎え、心のサービスをしたい。宿泊施設には感謝している。長期間、受け入れるために県や国に支援を求めたい」と話している。(別府伸治)
ライフライン情報 20日 福島 2011年03月20日 朝日
【住宅】 ●伊達市 建物の被災状況を示す罹(り)災証明書発行に伴い、被災住宅の調査を行う。地震保険加入者は、保原、梁川、伊達、霊山、月舘の各総合支所または本庁舎市民生活課に調査を申し出る。印鑑持参。受け付けは20〜31日の午前8時半〜午後5時。木曜日は午後7時まで。
【災害ごみ】 ●郡山市 地震災害で出た災害ごみを19日から河内埋立処分場(逢瀬町河内=024・957・2765)と衛生処理センター(富久山町福原=024・932・3152)の2カ所の仮置き場で受け入れ。可燃物は住宅などの建物の損壊物、家具、不燃物はがれき、ブロック、瓦やスチール家具などの金属類。時間はともに午前8時半から午後4時まで。 一般の燃やしてよいごみは21、22日のごみのカレンダー通りに収集する
【交通】 ●国道4号 のり面が崩れ、通行止めとなっていた福島市内の国道4号黒岩交差点―伏拝交差点間が18日、片側1車線の対面通行で通れるようになった。崩落現場付近の約220メートルは時速20キロの速度規制。医大入口インター―国道114号―仲間町交差点と伏拝交差点―福島西道路―西道路入口交差点の二つの迂回路(う・かい・ろ)がある。歩行者と自転車は引き続き通行止め。 ●新常磐交通 いわき駅―東京駅の高速バスを直行便で運転。1日10往復。いわき駅始発が午前8時、最終は19時。予約不要。片道大人3350円、子ども1680円。問い合わせはJRバス関東高速バスコールセンター(03・3844・1950)へ。
【金融機関】 次の金融機関の各店は21日まで休日営業 ●常陽銀行(9〜15時) 福島支店、郡山支店 ●東北労働金庫(同) 福島支店 ●ゆうちょ銀行(20・21日、12〜15時) 白河郵便局、須賀川郵便局、会津若松郵便局、ゆうちょ銀行福島店、ゆうちょ銀行郡山店=通帳、証書や印章がない被災者に20万円を限度に通常貯金の払い戻し ●東邦銀行、福島銀行 両行の相馬支店のATMが19日から再開された。20、21日は東邦が9〜17時、福島は8〜21時に利用できる。
【水道】 ●福島市 市災害対策本部によると、19日午前までに市内の約50%、約5万6200世帯で水道の利用が可能になった。18日には渡利から福島三中までの国道4号の東側と大森にある済生会福島総合病院周辺などが復旧した。 ●須賀川市 19日午前9時現在で須賀川地域の75%、岩瀬地域の95%、長沼地域の70%、合わせて約5万7300世帯が復旧した。残り約5500世帯。
「過疎に拍車」懸念の集落 震度6弱から1週間 長野 2011年3月20日 朝日
長野県北部を震源に、十日町市と津南町で震度6弱を観測した地震から、19日で1週間が経過した。十日町市内では、なお31世帯が避難所で夜を過ごしており、損壊した自宅で生活する人も多い。被害の積算根拠となる自治体調査は、4月半ば以降の雪解けを待たなければならず、住民に不安がのしかかっている。 高さ2メートルほどの雪が民家を覆う同市室野地区(旧松代町)。60代以上を中心に113世帯が暮らす。外観でみた県の応急危険度判定で、建物への立ち入りが「危険」とされた家屋は14軒を数え、市内で最も多い地区となった。 「ここはついのすみか。そう思って、退職金の多くをリフォームに使ってしまったのに…」。元食糧事務所職員の佐藤定行さん(71)は声を詰まらせた。玄関の物置は床が抜け、ヒノキ材を張った自慢の浴室は傾いた。柱の継ぎ目があちこちでずれている。 家は娘に譲るつもりだ。「借金をしてでも修復したい。足りなかったら生命保険で充てるしかない」と話す。
地区長の米持実夫さん(64)は「雪があるうちは、住宅の基礎部分などの被害がはっきりしないままだ」と嘆く。自宅の壁にひびが入り、柱が傾いた。玄関に「危険」と書かれた赤い紙が貼られたが、生活を続けている。「リフォームをして暮らしていきたい」 米持さんによると、地区内は独り暮らしのお年寄りや年配の夫婦が多く、今回の被災で気持ちが動揺しているという。「危険」とされた4世帯は、近くの市営住宅へ転居する手続きをしているという。 中越地震(2004年)の時に住民の寄付などで修復した地区の神社も、柱が曲がり、本尊が倒れるなど被害が出た。 米持さんは、東日本大震災の被災者と自分たちを比べてしまい、大声で助けを求めることにためらいを感じるという。「住民の心が、室野から離れていくのが一番心配だ。いよいよ過疎に拍車がかかっていくかもしれない」(服部誠一)
自衛隊 4号機への放水実施 3月20日 14時46分 NHK
福島第一原子力発電所4号機の使用済み核燃料を保管するプールを冷却するため、自衛隊は、20日午前、1時間余りにわたって放水を行いました。福島第一原子力発電所の3号機と4号機は、使用済み核燃料を保管したプールが冷却できなくなっていて、このままの状態が続くと放射性物質が大量に漏れ出すおそれがあります。このうち、3号機に対しては、自衛隊と東京消防庁が放水を行いましたが、4号機にはこれまで放水が行われていませんでした。このため、自衛隊は、早急に冷却を行う必要があるという政府の対策本部の要請を受けて放水活動を行うことを決め、20日午前8時20分から放水を始めました。放水は、午前9時半ごろまで1時間余りにわたって行われ、自衛隊の消防車10台に東京電力が在日アメリカ軍から借り受けた消防車1台も加わり、あわせて11台の態勢で80トンの水を放水したということです。放水は、水を建屋の内部に届かせるため、火災などで損傷した屋根や壁の穴に向けて行われ、防衛省によりますと、水は建屋の内部に届いているということです。4号機に対する自衛隊の放水はこれでいったん終了しました。
東日本大震災:死者不明2万人超す 警察庁 毎日新聞 2011年3月20日 13時29分
いまだに海水が道路を浸す女川町役場周辺=宮城県で2011年3月19日、本社ヘリから塩入正夫撮影 警察庁の20日正午現在のまとめによると、東日本大震災の死者数は12都道県で8133人、行方不明者数は6県で1万2272人となり、死者・行方不明者は2万人を超えた。
死者数は宮城4882人▽岩手2525人▽福島670人▽茨城19人▽千葉16人▽東京7人▽栃木、神奈川各4人▽青森3人▽北海道、山形、群馬各1人−−となっている。不明者は岩手4874人▽福島4408人▽宮城2985人−−など。負傷者数は18都道県で2612人。
福島第1原発:雨やちりなどから放射性物質 6都県 毎日新聞 2011年3月20日 13時14分
文部科学省は20日、福島第1原発事故を受けて18日午前9時から24時間に降った都道府県の雨やちり、ほこりなどを検査した結果、栃木と群馬で放射性ヨウ素とセシウム、東京、埼玉、千葉、山梨で放射性ヨウ素を検出したと発表した。 文部科学省は、今回の検査のみで健康への影響は評価できないとした上で「検出されたいずれの地域も、別の検査では空間や水道水の放射性物質は健康に問題ないレベルと既に判明している」と説明した。 1平方キロ当たりの検出量はヨウ素が栃木1300メガベクレル、群馬230メガベクレル、東京51メガベクレル、埼玉64メガベクレル、千葉21メガベクレル、山梨175メガベクレル。セシウムは栃木62メガベクレル、群馬84メガベクレル。その他のほとんどの地域は検出されなかった。震災対応などで報告が間に合わなかった地域もあった。 農作物などへの影響については今後、厚生労働省を中心に評価するという。
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窃盗続発、通報250件=他都県応援、パトロール強化―真偽不明のうわさも・宮城 時事通信 3月20日(日)2時33分配信
東日本大震災で被害を受けた宮城県で、被災店舗の商品を狙う窃盗が続発し、地震から1週間で約250件の通報があったことが19日、捜査関係者への取材で分かった。県警は同日から、警視庁や埼玉県警などの応援を加え、約100人態勢でパトロールを強化する。 津波の被害を受けた県内のある市街地。アーケード通りには昔ながらの個人商店が並ぶ。ガラスドアが壊れた服飾店の前で、経営者の男性(41)が立ち尽くしていた。「宝石やブランド服が1200万円以上、レジの金も全部取られた」と憤る。店内に散乱しているはずの商品が完全になくなっていた。 別の通りの商店の60代男性店主は、近くのスーパーで、女性が食品を持ち去るのを目撃した。「空腹に耐えかねたのか」と最初は自身を納得させた。しかし、周りで楽器や陶器も盗まれたと聞くにつれ、「食品から始まり、盗みに抵抗がなくなっているのでは」と危惧する。 被災した車のガソリンや車内の物品が狙われるケースも報告されているという。同県南三陸町の佐藤仁町長は「夜は明かりも何もない中なので、対策は難しい」と頭を抱える。捜査関係者によると、宮城県警が把握している窃盗被害は現金約580万円、物品490万円相当。震災に乗じ増えているという。県警は応援を含め38台のパトカーを確保し、24時間態勢で警戒に当たる。 ある市では「路地で夜、刺された人がいる」「集団で強盗に来ている」といった真偽不明の話も出回っている。県警は「承知していない」と否定。不安感から広まったうわさとみられ、パトロール強化には防犯に加え、住民を安心させる効果も期待されている。
「卑劣」…宮城で震災に便乗した窃盗40件 2011年3月15日10時07分 読売新聞
東日本巨大地震後、宮城県内のコンビニ店やホームセンターで夜間、窃盗事件や窃盗未遂事件が相次いでいる。県警は震災に便乗した事件とみており、14日午後2時の時点で把握している事件は40件に上っている。 県警によると、震災被害が大きかった仙台市の都市部を管轄する仙台東署管内では、19件の窃盗や窃盗未遂事件があった。塩釜署管内では6件、津波による被害が甚大だった南三陸町でも1件が確認され、被害総額は164万4376円。うち現金被害は124万8000円で、大崎市古川のホームセンターでは13日夜から14日にかけ、非常口の窓ガラスが割られ、現金約90万円が入ったレジ3台が盗み出された。 また、物品被害は482点(計39万6376円相当)で、美里町のコンビニ店では12日夜〜13日にかけ、缶詰や乾電池、レトルト食品など約400点(計27万円相当)が盗まれた。 これらの事件は、いずれも閉店後の夜間、窓ガラスを破ったり、無施錠の店内に侵入したりする手口が目立つ。県警捜査3課は「多数の県民が困難な生活を強いられ混乱している中、極めて卑劣な行為だ」と指摘。被害に遭った際に速やかに110番することや、犯人を見かけた場合に年齢や服装などの特徴、車両ナンバーなどをメモしておくことなどを呼びかけている。
東日本大震災:八戸、留守被災宅で窃盗被害11件 /青森 毎日新聞 2011年3月19日 地方版
津波被害を受けた八戸市内の住宅地で14、15日に盗難被害が11件相次いだことが県警の調べで分かった。大型テレビや貴金属など32点が盗まれ、被害総額は計約60万円。県警はパトロール回数を増やして警戒している。 県警によると、被害は市川地区の住宅に集中。いずれも1階が浸水したため住民が避難所に移り留守だった。家電製品は浸水していない2階から持ち出されたという。【三股智子】
ガソリン抜き取り続発、避難住民宅に空き巣も 2011年3月17日09時07分 読売新聞
東日本巨大地震で燃料不足が深刻化しているなか、茨城県内で駐車中の乗用車やバイクからガソリンが抜き取られる窃盗事件が3件発生していたことが、県警への取材でわかった。 津波で壊滅的な被害を受けた北茨城市では、住民が避難し留守の民家を狙った空き巣事件なども発生しており、県警では「困っている人を狙う非常に悪質な犯罪」としてパトロールを強化している。 県警によると、14、15の両日、坂東、牛久両市内の駐車場に止めてあった乗用車や軽トラック、原付きバイクからガソリンが盗まれたとの通報が3件あったほか、未遂事件が1件あった。いずれも給油口のふたがこじ開けられる手口で計29リットルが盗まれた。 北茨城市内では、地震発生後から16日にかけて空き巣事件などが5件相次いだ。高萩署によると、同市大津町の避難所で自動車1台が盗まれたほか、同市磯原町では留守で無施錠の民家からノートパソコン、液晶テレビなど(計約20万円相当)が、別の民家では現金6万円が盗まれた。 また、同市中郷町では留守宅に止めていた車から現金やETCカード、別の民家でも車3台から免許証やクレジットカードが盗まれる被害が出た。高萩市安良川では、カー用品などが盗まれる車上荒らしがあった。 このほか、神栖市内の民家では、東京電力を名乗る作業服姿の男2人が「このままだと停電する。点検料として1万5000円かかる」と訪問したり、水戸市や東海村の民家では、消防署員を名乗る男が「屋根に無料でブルーシートをかける」などと持ちかける悪質な勧誘が相次いだという。
東日本大震災:混乱に乗じて窃盗事件21件−−宮城 毎日新聞 2011年3月14日 東京夕刊
宮城県警は13日、東日本大震災の発生以降に県内で窃盗事件が相次ぎ、同日午後5時までに21件の発生があったと発表した。 県警によると、地震の混乱に乗じたと思われる万引きや、夜間に店のガラスなどを破って侵入する窃盗などが多発。コンビニエンスストアや飲食店、家電量販店から食料品のほかカーナビや現金なども盗まれているという。【須藤唯哉】
震災乗じ窃盗相次ぐ=コンビニ被害−宮城 2011/03/13-22:17 時事
東日本大震災の混乱に乗じた窃盗が相次いでいる。宮城県警は地震発生から3日目の13日までに、計21件の窃盗があったことを明らかにした。人のいないコンビニなどを狙う事件が多く、津波被害で混乱する地域で多発する傾向も。県警は「自分の店は自分で守るという防犯意識を持ってほしい」としている。 県警によると、被害総額は約40万円。ガラスを割って店内に侵入し、食料品やたばこ、現金などが盗まれた。震災で閉店しているコンビニや小売店が狙われているという。 県警は「把握件数はごく一部で実際はもっとあるはずだ」と注意を呼び掛けた。
ガソリン窃盗容疑で男逮捕 供給不足の仙台で 2011.3.13 19:21 産経
仙台北署は13日、ガソリンを盗んだとして、窃盗の疑いで仙台市青葉区旭ケ丘の会社員の男(24)を現行犯逮捕した。 逮捕容疑は13日午前10時40分ごろ、青葉区のガソリンスタンドでガソリン約1リットルを盗んだ疑い。 同署によると、このスタンドは東日本大震災により休業中。男は給油ノズルに残っていたガソリンをペットボトルに入れた。 仙台市では地震の影響でガソリンの供給不足が続いており、営業しているスタンドには市民が殺到している。目撃者によると、男と同じようにガソリンを盗む男が複数いたという。
震災募金盗もうとした無職男逮捕、埼玉・熊谷署 2011.3.19 14:22 産経
埼玉県警熊谷署は18日、窃盗未遂の現行犯で、住所不詳、無職、華沢進容疑者(61)を逮捕した。 熊谷署の調べでは、華沢容疑者は18日午後3時35分ごろ、熊谷市新堀新田のスーパーマーケットで、募金箱を盗もうとした疑いが持たれている。男性副店長(25)が取り押さえ、駆けつけた同署員に引き渡した。 熊谷署によると、募金は東日本大震災のためのものだった。
主子?奴才打手?大?: 高素?日本人竟然盗窃!
作者:半解一知半解 文章?于:原?+?森新?网 最近一?倭寇的打手硬生生差点把??和大量媒体?成了它?的痰盂,什?日本人友?、人性、?静、高素?、有教?,大公无私。。。。。触目?心、不?枚?,?之,它?就象一群跪着的奴才, 不停地叩?、?日本人的鞋子、粗腿和屁股,不停地喊叫:?大的主人, ??是?世界上最完美的、最高?的人, ?群打手只能做??的??、擦鞋布!????是奴才?三生有幸! 按理?, 大????始, 打手?就耐着性子等几天看看?果再合情合理地跳出来也不?,也不??, 可它?就像被地震、海??起的一大群??,打一?始就?命地??、?命地狂呼乱叫,?命地?染??, 就像在末日??做做最后?扎似的。 ?了几天, ?果一??地??,耳光一次次地打在?些寡廉?耻、造?成性的打手??上,打得它?最痛、最刻骨?心的恐怕要数下面?篇?自台弯《?森新?网》的?道, ?个?道?底戳穿了那些不要?的打手?鼓吹的所?日本人高素?的弥天大?!?各位抓???欣?:
失序!?城??日?出40件窃盗 国?中心/?合?? 根据?城?警察本部的消息指出,日本 311 震??生后,?城?内的便利商店、?物中心???出? 40 起窃盗案件,或侵入??中商店窃取食物,掠取金?等。 ?重震?造成日本社会的重大??,不?民生供需失去平衡,?多地方机?更?剩下基本功能;根据 NHK 新???,列属?重?区之一的?城?光就 14 日一天就?生超? 40 起以上?件,包括窃取?物、?金,?失金?超? 160 万日?。当地警方呼吁民???必??在夜?????,若不幸遭到洗劫,也?必将犯人的特征、?牌号?等???下并向警方?案。 ??地区在 13 日???表将?入?流停?状?后,各大都市便利商店和超?市?旋即出?大批??人潮,目前各家工厂已全力投入生?,?仍供不于求,但各家企?也只能透?公告?消?者耐心等候。
以下是原?道中的繁体中文版: 失序!宮城縣單日傳出40件竊盜案 國際中心/綜合報導 根據宮城縣警察本部的消息指出,日本 311 震災發生後,宮城縣?的便利商店、購物中心陸續傳出約 40 起竊盜案件,或侵入關閉中商店竊取食物,掠取金錢等。 嚴重震災造成日本社會的重大動盪,不僅民生供需失去平衡,許多地方機關更僅剩下基本功能;根據 NHK 新聞報導,列屬嚴重災區之一的宮城縣光就 14 日一天就發生超過 40 起以上案件,包括竊取貨物、現金,損失金額超過 160 萬日圓。當地警方呼?民?請務必確實在夜間關閉門?,若不幸遭到洗劫,也務必將犯人的特?、車牌號碼等資訊記下並向警方報案。 關東地區在 13 日?間發表將進入輪流停電?態後,各大都市便利商店和超級市場旋即出現大批搶購人潮,目前各家工廠已全力投入生?,雖仍供不於求,但各家企業也只能透過公告請消費者耐心等候。 原文網址: 失序!宮城縣單日傳出40件竊盜案 | 國際新聞 | NOWnews 今日新聞網
無人放水設備、米が4機提供へ 読売新聞 3月20日(日)3時4分配信
東京電力福島第一原子力発電所の放射能漏れ事故を受け、米政府が日本政府に対し、海水を吸い上げて24時間稼働する大型放水設備4機を無償で提供すると申し出たことが19日、わかった。 遠隔操作による無人放水が可能で、被曝(ひばく)の恐れが強い1〜4号機の冷却作業にそれぞれ1機ずつ設置することを想定しているという。 日本政府は米政府の提案を受け入れる方向だ。
燃料供給、地震前の需要量確保…経済産業相 読売新聞 3月20日(日)14時44分配信
海江田経済産業相は19日の記者会見で、東日本巨大地震で打撃をうけた被災地である東北や関東への燃料供給の状況を発表した。 福島第一原子力発電所の周辺地域の住民向けにガソリン600キロ・リットルを緊急輸送したほか、西日本13製油所の稼働率向上などで、震災前の東北6県の1日当たりの需要量に相当する3・8万キロ・リットルの供給量を確保したという。 経産省によると、東北向けにガソリン輸送する大型タンクローリー120台を追加投入し、さらに160台を確保。また、ドラム缶300本分の灯油を同日までの2日間で自衛隊が宮城県内に空輸し、今後も続ける。石油連盟は灯油2000本を被災地に寄付する予定だ。宮城県塩釜市の石油タンクの船積み施設も21日に復旧する見通しとなった。
宮城県警 地震による影響で、県運転免許センター、石巻・古川・仙南各免許センター及び各警察署における運転免許業務が不能となったことから、復旧するまでの当分の間、運転免許業務を中止します。 なお、業務再開の際は、再度、広報いたします。
1 中止する業務 試験(学科・技能とも)、免許証更新、免許証再交付、各種講習及び行政処分等一切の運転免許業務
2 その他 免許証有効期限が切迫している更新者には、手続きを行わなくても当分の間、継続して運転することができます。
福島県警 東北・関東大震災に伴う 運転免許業務の中止について
1 運転免許業務について 震災による影響で、福島・郡山の両運転免許センター及び各警察署の運転免許業務が実施できない状況となっていますので、復旧するまでの当分の間、運転免許業務を中止します。 なお、業務再開の際は、このホームページで案内しますので、それから手続きをしてください。
2 免許更新について 現在、政府において、有効期間を延長するための措置を講じております。 この措置により、平成23年3月11日にさかのぼって有効であったものとして取り扱われますので、車の運転は可能です。 今回の震災の場合は、免許証の有効期間は少なくとも8月末まで延長されますので、現在の免許証で運転できます。
■運転免許証の有効期限の延長措置がとられました 茨城
1.今回の地震の影響により運転免許業務が停止しております。 2.運転免許の有効期限が切れる方は こちら (PDF 22KB)をご覧ください。 3.その他の免許業務、免許試験、行政処分及び講習業務等は当面行うことができません。
6市町村の露地ホウレンソウ 基準超える放射線 2011年3月20日(日) 茨城新聞
「健康影響せず」と知事 県は19日、サンプル検査した高萩、日立、東海、常陸太田、ひたちなか、大子の6市町村産の露地のホウレンソウから、食品衛生法上の暫定基準値を超える放射線量を検出したと発表した。橋本昌知事は記者会見で、「毎日15グラムを1年間摂取し続けたとしてもCTスキャン1回の5分の1程度で、健康への影響は考えられない。露地産は今の時期、ほとんど流通しておらず、探すのも大変だったほどだ」と述べ、冷静な対応を求めた。県は同日、ホウレンソウの出荷自粛をJAと44市町村に要請した。農産物の放射能汚染は1999年の東海村臨界事故でもなく、国内初めて。
検出されたのは主にヨウ素131で、原発の核燃料の核分裂で生成される物質。通常は検出されず、県は福島第1原発の事故で放出されたとみている。半減期は約8日で、数カ月で完全に崩壊し環境への影響はなくなる。基準値は原子力安全委員会の示した指標を暫定的に採用したもので、国際基準並みに厳しい内容。県によると、18日採取した6市町村の露地のネギ、ホウレンソウを県環境放射線監視センターで独自に分析。露地ホウレンソウ1キログラムから高萩市で基準値の7・5倍の1万5020ベクレル▽日立で7・3倍の1万4500ベクレル▽東海で4・9倍の9840ベクレル▽常陸太田で4・4倍の8830ベクレル▽ひたちなかで4・2倍の8420ベクレル▽大子で3倍の6100ベクレルを検出した。北茨城産は分析中。高萩市産はヨウ素のほかに、基準値500ベクレルをわずかに上回るセシウムを524ベクレル検出した。ネギは6市町村産すべて基準を下回った。ホウレンソウは放射性物質を吸収、蓄積しやすい。ただ、県によると、市場で現在流通している本県産はほとんどハウス栽培で、放射性物質を浴びたとは考えにくいという。橋本知事は「今後も情報をきちんと出していく。情報を基に安全かどうかを判断してほしい」と訴えた。県は19日、各地のハウス栽培の野菜6品目と牛乳についても検査に着手。農林水産省も県内6地域ごとの露地ホウレンソウなど3品目の検体を県から受け検査を進めており、いずれの分析結果は20日朝までに分かる。厚生労働省は17日、福島第1原発の事故を受け、食品に対し放射性物質の暫定基準値を設けて検査を行うよう都道府県などに指示していた。
春の茨城観光直撃 ホテルにキャンセル続出 2011年3月20日(日) 茨城新聞
崩落の危険性がある南側の崖=水戸市常磐町の偕楽園
東日本大震災で、春の観光シーズン中の県内の観光地は被災し、大きな打撃を受けている。北関東自動車道の全線開通を契機に観光振興への期待が高まっていただけに、観光業者らの痛手は深い。梅まつりでにぎわっていたはずの水戸市の偕楽園は当面の間休園。国特別史跡の旧水戸藩校弘道館も休園。年間100万人以上の入場者を集める大洗町のアクアワールド県大洗水族館も当分休館。水戸市内、大洗町内のホテルなどでは予約のキャンセルが相次いでいる。
乳牛・飼料メーカー被災 操業停止、出荷できず 酪農家ら牛乳無償配給 2011年3月20日(日) 茨城新聞
東日本大震災で県内の酪農家らが苦境に陥っている。乳業メーカーの工場が軒並み被災して操業停止し、出荷が滞っているためだ。搾った牛乳は廃棄せざるを得ず、震災以降の収入減は避けられない。多くの酪農組合は21日から農家を回ってタンク付の集乳車で牛乳を集め始めるが、車両の燃料不足や販売面で不安は残る。酪農家は「牛乳は生活必需品なので復旧へ向けた支援を」と訴える。水戸市の酪農家、古平力さん(82)宅には19日朝、近隣住民が牛乳を求めて列を作った。搾った牛乳約180リットルの出荷ができず、古平さんは「被災した地域のために」と無償で2〜3リットルずつ配給している。配給は3日間ほど県内各地域で行われている。牛乳は店頭でも品切れが続いており、配給は非常時の助け合い。通常出荷ができない現状に酪農家の内心は苦しい。
大津波 傷痕生々しく 宮古市 2011年03月20日 朝日
見渡す限り、泥にまみれたがれきの山。救援を待つたくさんの避難者たち。15日〜17日、東日本大震災の被災地の一つ、岩手県宮古市の取材に入った。大震災による大津波で死者約250人、行方不明者約1700人、倒壊家屋約3200棟(19日午後3時現在、岩手県災害対策本部発表)の被害を受けた、同市の現状を報告する。(佐賀総局員・甲斐弘史)
靴の裏に泥がへばりつき、重油混じりの潮の臭いが鼻を突く。3月半ばというのに気温は零下まで下がり、真っ白な雪が、がれきを覆う。路上に鳴り響く、救急車のサイレンと自衛隊の装甲車のエンジン音。停電が続く交差点の信号はともらず、警察官が手信号で交通整理に追われる。 三陸海岸沿いにある、人口約6万人の港町・宮古市。11日の大津波は10メートルの防波堤を越え、民家や市役所、線路をのみ込んだ。海岸通りから山手の方へ歩くと、商店街に打ちあがる漁船、電柱に食い込む車、丸太や漁業用のブイが突っ込んだ潰れた家が続く。宮古湾に通じる閉伊(へ・い)川では、10メートルの高さにあるJRの線路が流され、途切れたままだ。 「家の窓を突き破って海水が入り、気を失うまで丸太の横を必死に泳いだ」。海岸から約600メートルの距離にある自宅にいた中村福美さん(75)は、逃げ遅れて波にのみこまれた。道路上で目を覚まして自宅に戻ると、1階の家具はすべて流されていた。 中村さんは「眼科や内科の薬も、何も残っていない。全部一からやり直さないと」。貴重な食糧だからと、家の中から重油まみれの缶詰を拾い、避難所へ戻っていった。 宮古市の会社員、広内陽子さん(52)は地震発生直後、寝たきりの母を心配し、車で職場から自宅に戻った。訪問中の介護士とともに母を抱きかかえて2階に避難。腰まで海水につかった。暗闇の中、ペットボトルのお茶1本を3人で分けて1晩を過ごした。 数日間連絡が取れなかった夫は、自宅付近の車内で生き延びていた。「色んな人の助けがあって一緒に生きていられる。感謝です」。車いすで仮眠をとる母の足をさすりながら、言葉を詰まらせた。
17日午前7時半。市内の給油所には、ガソリンを求めて数十台の車が行列をつくったが、入り口に「油切れのため閉店」「緊急車両専用」と書いた看板が出され、従業員がロープで車の進入を遮った。 宮古市は盛岡市から車で2時間かかる。最も不足しているのが、ガソリンと灯油だ。市立宮古小で避難生活を送る自営業吉田研二さん(43)は「半日並んでも、手に入ったのは10リットル」と憤る。 「節水に協力して下さい」。17日昼、約180人が避難する市立磯鶏(そ・けい)小で校内アナウンスが響いた。断水が続き、お湯にパンの耳やご飯を混ぜた団子しか提供できなかった日もあった。同小は職員2人が不明のまま。阿部悟校長は「私たち職員が落ち込んではいられない。しかるべき所に支援の手を」と訴える。 体育館のステージ上には避難者の名簿が張り出され、家族や知人の名前がないか、必死に指で追いながら安否を確認する人の姿があった。 だが、支援拠点の市役所は2階まで浸水。停電のため自家発電の電球の明かりを頼りに情報収集にあたっている。市と避難所の通信手段は防災無線のみ。市の担当者は「復旧の見通しは全く立たない」と、不安を口にした。
【取材後記】 被災地から佐賀に戻り、真っ先に目に入ったガソリンスタンドとコンビニの明かりにほっとした。当たり前の光景をありがたいと思った。被災地の物資不足は深刻だ。寒さと空腹に耐える被災者は、全国からの支援物資を待っている。大津波による壊滅的な被害は、復興にも時間がかかるだろう。物資供給の停滞を一刻も早く解消し、長期間にわたる支援が求められる。
余録:大津波の教訓 毎日新聞 2011年3月20日 0時10分
江戸末期の安政元(1854)年に起きた安政東海・南海地震の津波被害を伝える石碑が大阪湾岸部近くの川の交わるほとりにある。「願わくば心あらん人、年々文字よみ安きよう墨を入れたまふべし」。碑文がそう結んでいるのは、被災体験を風化させることなく後世に伝えよとの願いである▲マグニチュード(M)8.4の巨大地震が連続して発生し、関東から四国にかけ、それぞれ数千人が犠牲になった。水都・大阪も津波に襲われ、無数の船が川をさかのぼり橋を壊して多くの水死者を出した▲碑文は、その147年前の宝永地震を例に引き、当時も津波で大勢の命が奪われたが、年月がたてば伝え聞く人もほとんどいなくなり、また同じ場所で多くが亡くなった。今後も起こるだろうと警告している▲東海、東南海、南海の3地震が同時発生したのが宝永地震だ。近い将来に予測される3地震の連動である。そこに耳目が集まる中で起きた東日本大震災だ。M9.0という世界最大級の規模も、この地域での巨大地震の連動も想定外だった▲列島の形を変えるほどのすさまじい津波災害だ。福島第1原発の一連の事故は「原発震災」の恐怖を現実にした。さらに、「想定外」の事態を招いてはならない。地震の犠牲者はいまだ数知れず、1万人以上の安否も不明だ▲被災地の声に神経を研ぎ澄ましたい。国と全国の自治体が連携した「公助」はもとより、地域で寄り添う「共助」やボランティア、企業の支援が不可欠だ。安政の津波の翌年に碑を建て、墨を入れて被災を語り継げと訴えた住民の子孫である。全知を集め未曽有の国難を乗り越えたい。
茨城―交通・医療・金融など ライフライン情報19日 2011年3月20日0時49分 朝日
◆鉄道 JR常磐線は土浦―上野間で、普通列車のみ4割の本数で運転。鹿島線は佐原―延方間で運行し、延方―鹿島神宮間は代替バスが走るが燃料調達状況により流動的。 関東鉄道の常総線は20、21日、本数5割の各駅停車で徐行運転、竜ケ崎線は通常運行の予定。 つくばエクスプレスは5割の本数で全線を各駅停車で運行。電力事情により流動的。 ひたちなか海浜鉄道は運行再開の見通し立たず、代替バス運行を19日から開始。上下1時間間隔。 JR常磐線の土浦以北、水戸線、水郡線、鹿島臨海鉄道大洗鹿島線は再開の目途は立たず。
◆バス 日立電鉄バスは22日から、日立周辺で路線バスの通常運行を再開できる見通し。再開は約100系統で運休やう回も残る。20、21日は十王駅―日立駅―常陸多賀駅―大甕駅を結ぶ特別便を国道6号ルートで運行。 茨城交通は20日から、笠間市役所西―東京(秋葉原)間で、緊急支援バスの運行開始。1日4往復、期間はJR常磐線の友部―上野間復旧まで。大人片道1800円。国交省の緊急通達を受けた。路線バスは当面、特別ダイヤで運行し、一部は運休。 関東鉄道の路線バスは20、21日は、土日祝日ダイヤで運行。減便や運休も。高速バスは、21日から水戸・つくば―京都・大阪で運行再開。県内各地と東京方面を結ぶ路線の多くは平常運行中。
◆空港 茨城空港のスカイマークは20日も通常運航予定。神戸便の臨時便(毎日2往復)は23日まで継続。アシアナ航空ソウル便は4月7日まで、春秋航空上海便は3月30日まで運休する。
◆高速道 茨城県内の高速道路は、19日夜の地震の影響で、すでに復旧していた部分のうち、常磐道の水戸―岩間、北関東道の桜川筑西―水戸南、東関東道の茨城町JCT―茨城空港北の3区間について、午後7時すぎから一時、通行止めになった。点検のうえ、約2時間後に通行止めは解除された。
◆医療 県の救急医療情報システムが24時間対応で診察可能医療機関を案内。029・241・4199。 茨城子ども救急電話相談(029・254・9900、プッシュ回線と携帯電話からは#8000も)は毎日夜間午後6時半〜午後11時半に看護師が応対。休日は午前9時〜午後5時にも。 20〜21日は各地の休日夜間急患センターが、水戸などで通常通り運用予定。病院の大半は一般外来休診だが、93の救急告示病院のうち約70が救急対応できる見込み。 被害の大きい北茨城市の市立総合病院は、九州の医療スタッフの応援を得て内科、外科、小児科の外来診察を実施する方向。
◆心のケア相談電話 被災者に募る精神的な負担を軽減するため、県精神保健福祉センターは「いばらきこころのホットライン」で「心のケア」の電話相談を始めた。フリーダイヤル(0120・236・556)。従来は土日だけだったが、毎日午前9時〜午後4時に対応する。 被災した日立保健所を除く各保健所でも相談に応じる。平日午前8時半〜午後5時。
◆金融機関 常陽銀行は20、21日も休日の臨時窓口業務を25カ所で実施。午前9時〜午後3時、預金払い戻しに応じる。25のうち支店は、本店営業部▽湊▽大洗▽東海▽日立▽高萩▽磯原▽太田▽研究学園都市▽下館▽仙台▽福島▽郡山の13カ所。ATMは大半の店で稼働。 筑波銀行は、20日も磯原、高萩、大洗の3支店の窓口で臨時営業し、払い戻しに応じる。午前9時〜午後3時。21日は休業。ATMは両日とも、茨城、千葉両県内の店舗で稼働する。
県警航空隊が帰着 宮城で活動 2011年3月20日 01:28 西日本新聞
被災地から福岡空港に帰着した県警航空隊員たち 東日本大震災で被災した宮城県に派遣されていた福岡県警の航空隊員4人が19日午後、福岡空港に帰着した。倉田尚博警部補(42)は上空から見た被災地について「津波が防波堤を乗り越えるのではなく、防波堤を破壊して民家を押し流した。街があったはずの所が水浸しで、破壊されていた。壮絶な現場だった。救援部隊の大量投入が必要だと感じた」と述べた。 4人は13日に被災地入り。14、15、18の計3日間、福岡県警のヘリコプターで宮城県上空で情報収集などにあたった。悪天候で活動時間が制約され実際の救助活動は行わなかったが、15日に同県石巻市のグラウンドで旗を振っている人を発見。着陸すると、救助ではなく被災情報を求められたという。「『この状況がいつまで続くんでしょう』という被災者の問いに、こちらは何も言えませんでした」と倉田警部補。「今日からでも次の派遣への準備をしたい」と話していた。
水道に関する町からのお知らせ 3.20 町民の皆さまこんにちは。私は町長の小林です。水道に関するお知らせをいたします。 この度の東日本大震災においては、多くの皆さまが、かつてない大きな被害を受けられましたこと、心からお見舞い申し上げます。 町では震災後ただちに災害対策本部を立ち上げ、町内の各地域に避難所を設置するなど避難者の救護や一人暮らし高齢者等の支援及び福祉施設の対応なども行う一方、壊れた道路、橋の復旧にも全力で取り組んでまいりました。 また生活の必需品である水につきましては、町内数か所に給水車を回して応急対策に努める一方、上水道の復旧にも全力で取り組み、去る3月18日から全域に向けた送水を開始したところです。 しかし、本町においては水道水の水源の大半を地下水に依存しており、16本の深井戸のうち数本が地震の影響を受け、取水量が減少し、併せて日量最大1千tの供給を受けている県広域水道からの送水が停止中であり、水の絶対量が不足しております。 さらには送水後、水道管の破損が各所で相次ぎ、その修繕にも全力で取り組んでおりますが、水が全てのご家庭に給水されるまでには今しばらく時間がかかります。 なお水道はルートが入り組んでおりますので、隣同士であっても水が出る所と出ない所に別れることがあります。 ご迷惑とご不便をおかけしておりますが、職員一丸となって日夜全力で取り組んでおりますので、今少しご辛抱下さいますよう、ご理解とご協力をよろしくお願いいたします。 茨城町長 小林 宣夫 2011年03月20日 通水 25% 回復
東日本大震災 津波、海抜50メートル到達か 関西大・河田恵昭教授に聞く 産経新聞 3月20日(日)7時58分配信
戦後最大の被害を起こした、地震の特徴や津波の発生状況について関西大社会安全学部長、河田恵昭教授(65)に聞いた。河田教授の専攻は巨大災害、都市災害、総合減災システムなどで、政府の中央防災会議の委員などを歴任している。河田教授は、津波の最高到達点が、海抜50メートルの地域までいった可能性を指摘した。
−−発生の構造は
河田氏 沖にある太平洋プレート(岩板)と北米プレートの境界にある岩手沖、宮城沖、福島沖の3つの断層帯が、6分間にわたり(阪神大震災は15秒間)順次壊れていき、南北500キロ東西200キロにわたる巨大地震となった。
−−今回の地震の特徴は
特徴はふたつある。ひとつは地震がこれまで起きなかった空白域から破壊が始まり、思いもよらず広範囲に地震が広がったことだ。もうひとつは巨大なエネルギーにより、沿岸部の被災地ほぼ全域で地盤沈下が起きたことだ。過去の三陸沖地震では地盤沈下は起きていない。
−−巨大なエネルギーは大津波の原因にもなった
映像で見る限り地震動による建物被害は大きくなさそうだ。津波の高さは10メートルの堤防を軽々越えた。津波は10〜20メートルとかいわれているが、被害状況をみているとそんなレベルではないだろう。地震のエネルギーから考えると、明治29(1896)年の明治三陸沖大津波(M8・5、死者2万2千人)の4倍以上のエネルギーだから、今回の津波の最高到達点は海抜約50メートルぐらいの所があったのではないか。
−−避難状況をどうみるか
平日の昼間という時間帯もあるのだろうが、避難誘導する人も少なかったようだ。最初の地震動による家族間の安否確認などで、逃げるのが遅れた可能性もある。あれほどの津波だと、地震が起きた時点ですぐに後背地の高台にでも逃げないと、安全とはいえなかっただろう。
−−全国的に地震被害想定を見直す必要があるか
被害想定を小さく見積もっていた所の対策の見直しや、沿岸部の住宅地の後背地への移転など抜本的な改善が必要だろう。災害対策基本法を抜本的に見直し、国の責任を明確にすることが必要だ。包括的な政策をとるために、各省庁横断的な災害対策庁(仮称)の設置なども議論されていい時期だろう。
東日本大震災 殉職の警官12人 自分投げ出し市民守った 産経新聞 3月20日(日)7時57分配信 殉職した気仙沼署大谷駐在所、千田浩二巡査部長の遺品のヘルメット
「大谷駐在所史上、最高の駐在さん」。宮城県警気仙沼署大谷駐在所の千田浩二巡査部長(30)の地域での評判だ。昨年11月、神社の行事で警備に就いていたとき、お清めとして海に入る住民に交じり自らも海に。地域の人たちにとって予期せぬ行動だった。 駐在所近くに住む岩下勝重さん(66)は「いきなり服を脱ぎだしたのでびっくりした。積極的に住民に入ってきてくれる人でした」。大谷に来て始めた釣りに没頭、「老後は大谷に家を買って住みたい」と話していた。 地震直後、海岸近くに人がいるのを千田さんが発見、パトカーを走らせた。「海岸へ行く」。窓越しに同僚にジェスチャーで伝えたのが最後の姿になった。 同僚はパトロール中に巨大な津波が押し寄せてくるのに気付き、高台に逃げたが、目の端に千田さんのパトカーがのまれ、海に流されていくのが映った。 昨年4月、一緒に駐在所に赴任した妻(30)と長女(4)、長男(3)は無事だったが、津波で駐在所の半分がえぐりとられるように損壊した。がれきの中からヘルメットが見つかった。毎日のように町内をバイクで回り、「困ったことはないですか」と話しかけていたその声は、今は聞こえない。
岩沼署生活安全課の早坂秀文警部補(55)も、同僚数人と仙台空港近くの沿岸部に避難誘導に向かい音信不通になった。遺体が発見されたのは3日後。海岸から1キロほど離れた民家の敷地内に倒れていた。 2人の孫のおじいちゃんの顔も持つ。家の隣に土地を買って小さな公園を造り、芝生で小学生の孫とキャッチボールに興じるのを近所の人はよく見ていた。 兄の秀明さん(60)は「弟を誇りに思う気持ち、悔しい気持ちが半々です」とうつむいた。
陸自、戦車を原発のガレキ除去に投入へ 2011.3.20 18:29 産経
陸上自衛隊は20日、福島第1原発の敷地内でのガレキ除去のため、74式戦車2両を投入することを決めた。車両前面に「排土板」というブルドーザーのような鉄板を付けてガレキを除く。 戦車は、陸自の通常の施設科部隊(工兵部隊)が用いるブルドーザーとは異なり、装甲で覆われているため放射線に対する防護能力が高いと判断した。 2両は20日夕、戦車輸送用のトレーラーに載せ静岡県御殿場市の駒門駐屯地を出発。21日朝にも福島第1原発近くに到着する予定だ。
土葬に応じる遺族なし 宮城県南三陸町、対応苦慮 2011.3.20 17:59 産経
津波で壊滅的な被害を受けた宮城県南三陸町が、犠牲者の埋葬をめぐり苦慮している。町は「火葬だと1日8遺体が限度だ」として土葬埋葬地を整備しているが、20日までに応じた遺族はいない。 佐藤仁町長によると、火葬で家族を弔いたいと願う町民が多いためで、佐藤町長は「これは気持ちの問題。時間はかかるが待つしかない」と話した。 町はすでに町内の山林2カ所計約3千平方メートルを伐採し、330人を埋葬できる土地を整備した。状況に応じて、規模を広げられるという。町内では20日時点で275人の遺体を収容。住民1万8千人のうち約半数の行方が分かっていない。 町の火葬場が復旧しておらず、遺体を搬送できる人に限り、隣の登米市で火葬を受け付けているが、ガソリン不足で、遺体の引き渡しも進んでいないのが現状だ。町は身元を確認した犠牲者の遺族に、希望があれば2年後をめどに、あらためて火葬することなどを説明している。
自衛隊 4号機へ2回目の放水 3月20日 18時50分 NHK
福島第一原子力発電所4号機の使用済み核燃料を保管するプールを冷却するため、自衛隊は、20日午前中に続いて、午後6時20分ごろから2回目の放水を開始しました。福島第一原子力発電所の3号機と4号機は、使用済み核燃料を保管したプールが冷却できなくなっていて、このままの状態が続くと放射性物質が大量に漏れ出すおそれがあります。このうち3号機に対しては、19日までに自衛隊と東京消防庁が放水を行いましたが、4号機には行っておらず、自衛隊は政府の対策本部の要請を受けて、20日午前、放水を行いました。この放水は、午前8時20分ごろから午前9時半ごろまで1時間余りにわたって行われ、自衛隊の消防車10台に、東京電力が在日アメリカ軍から借り受けた消防車1台も加わり、あわせて11台の態勢で80トンの水を放水したということです。自衛隊は、4号機を早急に冷却する必要があるとして2回目の放水を行うことを決め、午後6時20分ごろから午前中と同じ態勢で放水を開始しました。
自衛隊4号機に初放水 東京消防庁は13時間連続 2011年3月20日 19:19 スポニチ
東京電力福島第1原発3、4号機の使用済み燃料貯蔵プールに向けた東京消防庁と自衛隊の放水作業は20日も続いた。自衛隊は午前と午後、初めて4号機に放水。3号機では東京消防庁が20日未明まで、13時間半にわたる連続放水を行った。 自衛隊は午前8時20分ごろからと午後6時20分ごろから、貯蔵プールの水温が上昇し、燃料が露出している可能性がある4号機に放水した。 一方、東京消防庁は午前3時40分ごろまで3号機に連続放水。19日午後に始まった放水は、政府の2度にわたる要請で時間を大幅に延長して実施した。総放水量は2430トンと推定され、3号機の貯蔵プールの容量(1400トン)を上回った。東京消防庁の放水はいずれも開始直後から無人で行われた。 また大阪市消防局の部隊53人も20日、福島県入りしたが、この日の活動はなかった。
レジャー施設、相次ぎ休園・時短=節電に配慮、客足も鈍る―首都圏 時事通信 3月20日(日)15時4分配信
首都圏のレジャー施設で、東日本大震災に伴う休園や営業時間短縮の動きが相次いでいる。政府・東京電力が呼び掛ける節電に協力するためだが、被災地への配慮や、電車の運行本数削減、ガソリン不足などから、首都圏では遠出を控える空気が漂う。書き入れ時の19日からの3連休も客足は鈍く、春の行楽シーズン本番を前に、各施設では事態の長期化を懸念する声が上がっている。 東京ディズニーランドと東京ディズニーシー(いずれも千葉県浦安市)では震災発生直後から休園が続く。施設に大きな被害はなく、営業は可能だが、電力不足に配慮した形だ。横浜・八景島シーパラダイス(横浜市)は、通常の休日は午後10時半までとしている開島時間を3連休中は午後6時半までに縮小。アトラクションは全機種運休を決めた。 ジェットコースターが売りの富士急ハイランド(山梨県富士吉田市)では、3体あるジェットコースターを、時間を区切るなどして、1体ずつ運行する措置を取った。普段は東京などからの観光客でにぎわうが、連休中にもかかわらず駐車場に止まっている車はまばら。同園関係者は「お客さまが少ない」とため息交じりだった。
茨城産ホウレンソウ、撤去の動き続々 放射性物質検出で 2011年3月20日19時33分 朝日
首都圏の大手スーパーなど小売店では茨城県産のホウレンソウを撤去する動きが出ている。福島や茨城産の他の農産物も不安視する消費者もいて、各社とも難しい対応を迫られている。 首都圏を中心に展開するスーパーのマルエツは、19日夕方の発表を受けて茨城産のホウレンソウを棚から撤去し、群馬産などに切り替えた。 他の茨城産の野菜は従来通り扱っている。ただ、福島、茨城産の米や野菜、肉について「大丈夫か」と客からの問い合わせが相次いでいるという。健康への影響はないと説明しているが、買い控えが広がれば「両県産商品の取り扱いの見直しも、検討しなければならなくなるかもしれない」と話す。 大手スーパーの西友でも、関東地方の十数店で販売していた茨城産のホウレンソウを店頭から撤去した。他の産地に切り替えて対応する。両県産の他の生鮮食品は「行政から指示されない限り、販売を続ける」(広報)という。 大手スーパーのダイエーも関東地方の25店から茨城産のホウレンソウを外した。両県産の他の食品は引き続き販売し、客からの問い合わせには「健康に影響はない」と冷静な対応を呼びかけている。
地震、生活苦、加えて放射能 福島の農家に三重苦 2011年3月20日20時54分 朝日
福島県では県産の牛乳と、南隣の茨城産のホウレンソウから放射性ヨウ素などが検出され、農家に戸惑いや不安が広がっている。 牛乳は19日に続き、20日も新たに4カ所で検出。県は県内全域での販売自粛を決めた。約300の酪農家でつくる県酪農協同組合は、20日の出荷を中止。組合幹部は同夜、「在庫を廃棄することに決めた」と語った。 郡山市で牛乳販売店を経営する男性(47)は「地震、生活苦にこの事態と、トリプルパンチ。先のことを考えると……」と嘆く。仕入れのめどが立ち始めていたが、先行きが見えなくなった。
原発から約60キロ離れた福島市内の農産物直売所では20日朝も、白菜やホウレンソウなどの野菜が店頭に並んだ。 県は19日の時点で、原発の半径30キロ以内について農産物の出荷自粛を求めた。さらに20日夜になって、農産物のサンプリング調査の結果が出るまでは、県内全域で露地もの野菜の出荷を自粛するようJAなどに要請した。 直売所での葉物野菜の売れ行きは19日から少し鈍ってきた。ハウス栽培のレタスを直売所に出荷した鈴木幸男さん(61)は「お客さんが敏感になって、手を出さなくなっていくのでは」と心配する。20日を最後に当面は出荷をやめるつもりという。ガソリン不足で3日ぶりに出荷した羽田良一さん(72)は、春野菜の作付けに頭を痛める。仲間には見送る動きもあり、「事態を収束させ、安心して作れるようにして」と訴える。
物資不足の被災地では、野菜直売所は貴重な食料調達の場でもある。買い物に来た主婦(49)は「不安はあるが、ここで買わないと食べるものがない」。直売所の斎藤恵店長(34)は「お客様が安心して買えるよう正確な情報を早く出してほしい」と話す。 会津美里町の農業生産法人「グリーンサービス」の新国文英さん(57)は、コシヒカリを通信販売している。原発事故後も注文は順調で、連日精米に追われる。ただ、先行きについては「福島県というだけで一緒くたにしてほしくない」と不安を口にする。 「首都圏の市場が県産野菜を受け入れなくなるのでは」との心配も出ている。それでも、会津若松市の農家、佐瀬正さん(65)は「福島の野菜を信じてくれる消費者がいる限り、出荷を続けたい」と話す。(池田拓哉、古庄暢)
自転車売り上げ5倍 被災者思い車自粛「ガソリン使わないように」 (3月20日 05:00) 下野新聞 栃木
東日本大震災の影響で、県内でもガソリンや食料品などの買い占めが収まらず、各店で品切れが続いている。被害の大きい被災地への供給に悪影響も出かねず、県内に避難してきた人たちからは「避難所に物資を届けたいのに…」「遠くの親戚宅に行くにも栃木で止まってしまい、身動きが取れない」といった悲痛な声が上がる。一方、「身の回りで何かできることを」と車の利用をやめ、自転車に切り替える人も増えている。 3連休初日の19日も、県内ではガソリンスタンドの開店時間前から長蛇の列ができ、各所で混雑が見られた。県石油商業組合によると「在庫切れが続き、県内で営業できているのは全体の2割ほど」という。順番や給油量をめぐり、客同士で小競り合いが起きるなど、トラブルも目立っている。 石油連盟(東京)によると、東北・関東の製油所9カ所のうち、5カ所が操業を停止していたが、2カ所は来週、再開する見込み。被災地への供給を優先させていることなどから品薄感はあるが「極端な買い占めがなければ、来週中には通常に戻る」としている。 県民だけにとどまらず、東北から避難してきた人たちの中にも、ガソリンを必要としている人は多い。福島第2原発のある富岡町から高根沢町の妹宅に避難してきた萩原圭子さん(53)もその1人だ。
地震発生の11日、棚などが倒れてめちゃくちゃになった自宅から、毛布と長座布団を1枚ずつ持ち出し、夫とともに、車で町内の施設に逃げ込んだ。その後、同県内の親戚宅を転々としながら、一緒にいた友人を福島市に送り届け、15日にようやく本県入りした。 電気設備の仕事に就く夫は、福島原発への送電復旧のため、16日に福島に戻った。萩原さんも「連絡の取れない高齢の知人を探しに戻りたいけど、ガソリンも物資もなく、身動きが取れない。ご不便をかけて申し訳ないが、少しでも分けてもらえたら」と協力を求める。 こうした中、車に代わる自転車を買い求める人も増えている。ホームセンターのカンセキが展開する自転車専門店「ネオ・サイクリスタ駅東店」(宇都宮市元今泉5丁目)では通常の5倍の売れ行きという。「1日100台以上は売れている。自宅にある自転車を修理に持ち込む人も多い」(同店)という。 通勤用の自転車を購入していた同市鶴田町、会社員渡辺有美子さん(38)は「物資の足りない被災地のために、なるべくガソリンを使わないようにしようと思った。会社までの10キロを自転車通勤にすれば、健康にも良いので」と笑顔で話した。
日産、24日から車両生産再開=いわき工場は復旧に時間 時事通信 3月20日(日)19時0分配信
日産自動車は20日、東日本大震災で操業に影響が出ている完成車工場で、24日から在庫部品を使って車両の生産を始めると発表した。部品メーカーからの調達が依然不十分なため、操業再開は一時的で、車種も限られる。また、エンジンを製造するいわき工場(福島県いわき市)は震源地に近く余震が続いていることなどから、「再開にはなお時間がかかる」(広報部)としている。 24日に車両生産を再開するのは、追浜(神奈川県横須賀市)や栃木(栃木県上三川町)など国内全5工場。このうち九州にある2工場は先週、在庫部品で1〜2日間だけ生産ラインを動かした。また、いわき工場を除く各工場では、21日から従業員が出勤し、調達可能な部材を使って海外工場向けや補修用の部品の生産を始める。
壊滅の街に「助けて」=屋根上で震える少年−がれきの空間に祖母、冷蔵庫も・石巻 2011/03/20-21:34
「助けて」−。大津波で壊滅的被害を受けた宮城県石巻市門脇町に少年の声が響いたのは、20日午後4時ごろだった。県警石巻署によると、捜索活動中の署員が駆け付け、震えながら屋根にしがみついている少年を発見。動けない祖母をがれきの中から救出した。「冷蔵庫の中の物を少しずつ食べ過ごした」。少年は地震発生からの9日間をそう振り返ったという。 救助された阿部任さん(16)は、つぶれた2階建て木造住宅の屋根の上にいた。ジャージーの上下に靴下姿で、顔に擦り傷。体にバスタオルを2、3枚重ね、寒さで震えていた。激しく衰弱していたが、「助けてください。家におばあちゃんがいます」と伝えた。 差し出されたお菓子を頬張り、カイロを渡されて雨具を体に掛けられると「ありがとうございます」。ようやくほっとした表情を浮かべた。 その間、署員らが家具やがれきを取り除き、寿美さん(80)の元へ。がれきの中に空間があり、倒れたクローゼットの上で寿美さんが布団にくるまり、足を伸ばし座っていた。警察官と目が合った瞬間、「良かった」と泣きだし、「足が悪くて動けない」と話した。 クローゼットには冷蔵庫が倒れかかっており、隣にあったテーブルの上には任さんが使っていたとみられる布団が敷いてあった。そばにはパンと水、冷凍たこ焼き、焼きノリなどの袋や容器も。 任さんは「(助けを求めようと)穴を作って屋根裏に出て、屋根を破った」と警察に説明。医者には「寒い日が続き、3日目ぐらいに隣の部屋から毛布を取り、2人でくるまっていた」と話した。
遺体が物語る津波の「猛威」 法医学者がブログで報告 2011/3/20 18:49 J CAST
関東東北大震災で命を落とした人々の遺体の損傷具合に関し、ヤフーブログにある「法医学者の悩み事」(2011年3月18日付)が詳細を報告している。 法医学者とみられる同ブログの筆者は、今回の震災発生後まもなく岩手県に派遣され、死体検案に立ち会ったという。そこで目の当たりにした遺体は、津波の猛威によって衣服がはがされ、靴下や下着の一部だけ身に着けている状態のものがほとんどで、半数近くは顔面の損傷もひどく、重度の骨折も多数みられたそうだ。 検視・検案には1体あたり、10〜15分程度かけたという。解剖をしていないため死因の断定はできないとしながらも、口から泡を吹いているのは一般的にみて「ほぼ溺死」とか。そうした遺体は1割程度だったが、あとは、鼻や口に泥混じりの液体や泡沫があるかどうかで大まかに判断するしかなく、結果的には9割以上を溺死と判断せざるを得なかったようだ。 遺体の捜索と検査はまだ数か月続くといわれているため、筆者は「今後は継続的に支援できる体制を整え、再度支援に向かおうと思う」とブログを結んでいる。
東北、関東の放射線量減少続く 隣接3県もピークの2割 2011/03/20 19:20 【共同通信】
東北、関東各地で19日から20日にかけて観測された放射線量は、引き続き減少した。茨城、栃木、群馬の3県は福島第1原発の事故以前の観測データより高い値を示しているが、事故発生後の最も高かった値の2割以下に減少した。 自衛隊などの放水作業が続く福島第1原発では、2号機の北西0・5キロにある事務本館周辺で20日午前11時、毎時2579マイクロシーベルトを観測。19日午後よりも低い水準だった。 文部科学省の全国集計では、19日午後5時から20日午前9時までに観測された最大の放射線量は、最も高い茨城が0・169マイクロシーベルトで18〜19日の値よりも低下。栃木は0・148マイクロシーベルト、群馬も0・076マイクロシーベルトにそれぞれ下がった。 福島、宮城両県は地震の影響で、文科省への報告用に定めていた地点でのデータ収集ができない状態が続いている。両県の別の調査では福島市で20日午前1時に10・10マイクロシーベルトを観測。仙台市で19日午前9時40分ごろに0・20マイクロシーベルトを記録した。 文科省の調査では福島第1原発の北西約40キロで20日午前11時20分、15・5マイクロシーベルトを観測した。 福島地方気象台の予報では、21日の福島第1原発付近の風向きは、北西の風、昼ごろから北東の風。
宮城県の9市町が犠牲者土葬へ 遺体安置、火葬に限界 2011/03/20 22:10 【共同通信】
東日本大震災で大きな被害を受けた宮城県で仙台市や南三陸町など9市町が犠牲者を土葬する方針を決めたことが20日、県などへの取材で分かった。仙台市などは身元不明者に限定する。一部の自治体では22日にも実施する見通し。 11日の震災後、収容遺体の安置期間は長期化している。燃料不足も重なって火葬能力に限界があり、遺体の尊厳を保つ上でも早期に埋葬する必要があると判断した。ただ行方不明となった家族を捜す人もなお多数おり、反発も出そうだ。 県によると、「仮土葬」とし、遺留品は別に保管する。今後身元が判明して遺族らが希望すれば、掘り起こして火葬することも可能。一定期間、経過しても身元不明の場合はそのまま「本土葬」とする。埋葬先は原則、遺体を発見した自治体となる。 これまでに土葬方針を決めた9市町は仙台、気仙沼、東松島、石巻、名取の5市と南三陸、女川、山元、亘理の4町。七ケ浜町も土葬を検討していたが、遺体数が少ないことから撤回した。今後も自治体によって方針を変更する可能性がある。 仙台市は、青葉区の市営葛岡墓園に墓地を整備、遺留品は別に保管場所を設ける。同市の奥山恵美子市長は20日の災害対策本部会議で、こうした準備が整い次第、身元不明者に限り土葬する方針を示した上で「一段落すれば慰霊碑を建立し、安らかにお眠りいただくよう祈りたい」と述べた。 宮城県では、これまでに5千人を上回る遺体を収容。県警によると、このうち約8割は身元不明分を含めて引き取られず、収容所に安置されている。 震災で多くの犠牲者が出ている岩手、宮城、福島3県のうち、岩手県では釜石市が土葬する方針。福島県では現時点で土葬する市町村はない。
栃木・群馬でもホウレンソウから放射性物質検出 読売新聞 3月20日(日)22時14分配信
東京電力福島第一原子力発電所の事故を受け実施した食品のサンプル調査で、栃木県でも宇都宮市など4市町のホウレンソウから暫定規制値の最大約2・8倍の放射性ヨウ素や、規制値の1・6倍にあたる放射性セシウムが検出された。 栃木県は20日、農業団体に対し、出荷品の自主回収と今後の出荷自粛を要請した。 群馬県でも規制値をやや上回る放射性ヨウ素などがホウレンソウから検出された。
千葉県旭市のシュンギクからヨウ素 規制値の2.15倍 2011年3月20日22時24分 朝日
東京都は20日、築地市場経由で都内に流通した千葉県旭市産のシュンギクから、国が定めた暫定規制値(1キロあたり2000ベクレル)の2.15倍にあたる4300ベクレルの放射性ヨウ素を検出したと発表した。都は食品衛生法に基づき、この検体と同時に築地市場に入荷された旭市産シュンギク90キロを販売禁止とし、千葉県などに旭市産の青果物の出荷自粛を求める。
首相は自衛隊員の気持ちを分かっているのか 2011.3.20 21:43 産経
菅直人首相は20日、神奈川県横須賀市の防衛大学校の卒業式で訓示し、東日本大震災や東電福島第1原発事故での自衛隊員の決死の活動について「危険を顧みず死力を尽くして救援活動を続ける自衛隊員を誇りに思い、ご家族に心から敬意を表したい」と述べた。 未曽有の大震災を受け、今や首相は自衛隊に「おんぶに抱っこ」となっている。自衛隊を称賛するのは当然だと言えよう。 「私もかつてカンボジアを訪れ、自衛隊のPKO(国連平和維持)活動を視察し、現地の方々が自衛隊の真(しん)摯(し)な活動と規律正しさを称賛するのを目にした」 こうも述べた。それならばぜひ聞きたい。なぜ辻元清美衆院議員を震災ボランティア担当の首相補佐官に起用したのか。 カメラマンの宮嶋茂樹氏の著書によると、辻元氏は平成4年にピースボートの仲間を率いてカンボジアでの自衛隊活動を視察し、復興活動でへとへとになっている自衛官にこんな言葉をぶつけたという。 「あんた!そこ(胸ポケット)にコンドーム持っているでしょう」
辻元氏は自身のブログに「軍隊という組織がいかに人道支援に適していないか」とも記している。こんな人物がボランティア部隊の指揮を執るとは。被災地で命がけで活動している自衛隊員は一体どんな思いで受け止めているだろうか。いかに民主党が人材難とはいえ、自衛隊を「暴力装置」呼ばわりした仙谷由人代表代行を被災者支援担当の官房副長官に起用したのも理解できない。 「どれほど自衛官が傷ついたか分かるか。自衛官の子供たちが学校でいじめられる可能性だってある…」 自衛隊出身の自民党の佐藤正久氏が昨年11月22日の参院予算委員会で、言葉を詰まらせながら仙谷氏を指弾したことを、首相はすっかりお忘れのようだ。 しかも首相は被災者生活支援特別対策本部の事実上のトップ(本部長代理)に仙谷氏を充てた。被災地への支援物資輸送を担っている自衛隊員の士気を大きくくじいたに違いない。 首相は18日、笹森清内閣特別顧問との会談で「自衛隊、消防、東電も含め意思疎通がもう一つうまくいっていない」と不満を漏らした。自衛隊や消防などが円滑に活動できるように調整するのが政府の役割ではないのか。 「首相の言うことは支離滅裂で、隊員たちの気持ちを逆なでするばかりだ」 ある幹部自衛官はこう嘆いたが、無責任な最高指揮官の指示に黙々と応える自衛隊員に心から敬意を表したい。(阿比留瑠比)
連休なのに…箱根は閑散、東日本大震災の影響色濃く/神奈川 カナロコ 3月20日(日)23時0分配信
東日本大震災の影響で箱根の観光客が激減している。3連休の中日だった20日も町なかに活気は戻らないままだった。 商店が立ち並ぶ箱根湯本駅前も人影はまばら。土産物店の女性店員は「連休なのに人も車も平日より少ない」と嘆いた。観光案内所への問い合わせ件数は例年の2割程度しかない状態で、タクシーの男性運転手は「いつもの休日なら客はひっきりなしだが、全然だめ。被災地を思うと仕方ないのだが」と話した。 観光産業への打撃は深刻そうだ。町内の多くの施設が開館しているものの、ある施設の担当者は「客足は例年の10分の1に満たない。電車やバスが通常運転に戻らないことには先が見通せない」と漏らした。また、箱根小涌園ユネッサン(箱根町二ノ平)は計画停電に伴い、25日までとしていた閉館期間を4月末まで延長する。
21母見つかるまで避難所に 大槌高・佐藤さん 2011.3.21 岩手日報 「お母さんが見つかるまで、ここを離れない」。東日本大震災で被災した大槌町の大槌高2年佐藤衿花(えりか)さん(17)は、身を寄せる同校で避難所運営のボランティアに没頭する。あの大津波から10日が経過。だが、最愛の母咲子さん(46)の安否は依然分からない。不安で心が折れそうになる中、仲間と助け合い懸命に乗り切っている 母咲子さんは津波襲来時、自宅にいたと思われる。「つらく当たったこともあった。後悔している」。佐藤さんの目に涙がにじむ。毎日、安否確認のため避難所を回る父と姉、弟は町内の祖母の家で暮らす。自分はまだ行く気になれない。 20日昼の炊き出し。佐藤さんは避難所の人たちに声を掛けながら、みそ汁をよそった。教職員の運営で約600人が避難生活を続ける大槌高。自発的に始めた活動は物資の仕分けや水くみ、救援車両の誘導など多岐にわたる。「大槌高のことを分かっているのは私たち。動いた分だけ復旧も早くなる」と人一倍気丈に振る舞う。 「本当はみんな泣きたい気持ちでいっぱい」。ボランティアの生徒37人の多くは家が流され、家族や親族と連絡が取れない中、物理室と生物室に寝泊まりして被災者のため尽くしている。避難生活はいつまで続くのか、学校が再開しても転校を余儀なくされないだろうか。不安は募るばかりだ。「一日がとても長く感じる」と疲労の色をにじませる。 あの日、サッカー部のマネジャーを務める佐藤さんはグラウンドにいた。立っていられないほど激しい揺れ。地面が割れ校舎から白煙が上がった。津波が来たのはその直後。高台にある校舎近くまで黒い波が押し寄せた。 被災直後、おにぎりを分け合い、がれきの街から食料も探した。ここ2、3日で物資が豊富になったためか、炊き出しの食事が残されるようになった。「おにぎり1個がどれだけぜいたくか、分かっていない」。伝わらない思いがもどかしい。 自宅のあった栄町に19日に初めて行った。つぶされた家屋が堤防に乗り上げていた。17年間暮らした街の景色は一変。自宅は濁流にながされ、立っていた場所も結局分からなかった。「修学旅行の写真をアルバムにしていたのに」と悲しむ。 予想すらしなかった大災害。今はただ、母の無事を信じる。
【写真=被災者に昼食のみそ汁をよそう佐藤衿花さん(左)。母の身を案じながら懸命に生活する=20日、大槌町・大槌高】
死者8649人に=避難35万人、11日目―東日本大震災 時事通信 3月21日(月)5時43分配信
東日本大震災は21日、発生から11日目を迎えた。警察庁によると、死者は同日午前9時現在で8649人、行方不明者は1万2877人で、合わせて2万1526人となった。甚大な被害を受けた東北地方の太平洋沿岸部を中心に、35万人近くが避難所生活を強いられている。 同庁のまとめでは、犠牲者は12都道県に及び、内訳は宮城5244人、岩手2650人、福島699人など。警察に届け出があった行方不明者は、岩手5023人、福島4436人、宮城3413人など6県に及ぶ。 避難所で生活する人は約34万9400人に上り、宮城約14万2400人、福島約13万1700人、岩手約4万7400人など計15都県。被災者を受け入れる動きは全国に広がっている。
窮迫する医療現場 原発事故 追い打ち 河北新報 3月21日(月) 6時13分配信
東日本大震災が各地の医療現場に深刻な影を落としている。宮城県内ではライフラインの停止や物資の供給難で、水や医薬品、食料が欠乏する中、病院内に患者があふれる。停電、断水の施設で多くの入院患者を抱え、窮地に立つ病院もある。福島県浜通りでは、東京電力福島第1原発(大熊町、双葉町)の事故で病院や福祉施設が「陸の孤島」と化し、人、物資ともに不足する。各地の現場で「限界が迫っている」との声が上がる。
◎宮城 水・医薬品・食料・燃料 物資欠乏危機的に 石巻市の石巻赤十字病院は震災後、食料、水、医薬品が著しく不足した。16日までに40人近い赤ちゃんが生まれたが、断水で、もく浴も満足にできなかった。阿部雅昭企画調整課長は「健康に影響が出かねないが、水不足で体を清める程度しかできない」と話す。 402床は被災者で埋まった。あふれた患者は、1階の受付前に設置された30床ほどの臨時病床で、治療を受けている。医療機関が集中する仙台市内でも、診察に支障が出ている。宮城野区の東北厚生年金病院は、断水や停電、変電設備の損傷のため、医療機器が使用できない状態が続く。約380人の入院患者の退院、転院を余儀なくされている。 エレベーターも使用不能で、病院内の移動にも影響が出ている。順次、患者を救急車に乗せて、電気、水道が通じている青葉区や山形県内などの医療機関に搬送した。 予約のあった患者への投薬に対応しているが、医薬品の供給が不十分で、3日分しか処方できない。八島信男事務局長は「入院患者の食事も1日2食で、まきで調理している。早く病院機能を復旧させたい」と語る。 津波被災地から離れた県南の内陸部も、一時孤立状態に陥った。 柴田町の仙南中央病院は、老朽化した病棟の柱にひびが入るなど倒壊の危険が生じ、入院患者100人が近くの体育館で避難生活を送る。 鈴木健院長は「体育館の暖房用の灯油や食料、ガソリンが不足し、震災後4日間ほど危機的な状況が続いた」という。19日も職員が、トイレ用の水をくむため、近くの川に通った。 精神科専門の同院の入院患者は、精神疾患や重度の認知症を抱え、手厚いケアの必要な患者が少なくない。鈴木院長は「現在もガソリンスタンド周辺で渋滞が起き、物資調達や職員の出勤に支障が出ている。最低限の物流、搬送ルートを確保してほしい」と訴える。
◎多賀城・仙塩病院入院患者死亡12人に 停電・断水転院進まず 多賀城市の仙塩総合病院は東日本大震災で津波の被害に遭い、一時孤立状態となった。現在も停電、断水が続く中、転院も思うように進まず、震災後、20日午前までに12人の入院患者が亡くなった。病院を運営する医療法人宝樹会の鈴木寛寿理事長は「寒い中で家族の面会も少なく、患者のストレスは大きい。亡くなった方々には気の毒なことをした」と苦悩する。 津波で建物は1階部分まで浸水し、地下の電源や自家発電設備が使えなくなった。当時、病院には200人の入院患者がいたが、水が引いた12日午後まで外部との行き来ができなかった。病院の窮状が報道されてから仙台市や利府町の病院、介護老人保健施設などが患者の受け入れを開始。18日ごろから転院が本格化したが、現在も52人の患者が入院している。発電設備など施設の復旧は進んでおらず、患者をケアする上で不安定な状況が続く。市内全域で断水が続く中、医療に使える水が市から提供されたり、食料などの救援物資が届くようになったりしたが、暖を取る手段は湯たんぽや毛布などに限られる。 鈴木理事長によると、震災後に亡くなったのはいずれも80代以上の重篤患者で、停電が続く院内の寒さや震災のショックなどが死期を早めた可能性もあるという。病院は来春、利府町に一部機能を移転する予定だった。鈴木理事長は「もっと早く移転できていれば」と悔やむ一方、「転院させたくても家族と連絡が取れない患者もいる。そういう方は引き続き病院でケアするしかない」と厳しい表情で語った。
◎福島 人手不足、看護綱渡り 福島第1原発から30キロ圏内の屋内退避地域に含まれる南相馬市原町区の「大町病院」には、19日朝まで約150人の患者がいた。医師5人、医療スタッフ十数人で対応してきたが、人員不足によって限界になり、19日と20日、前橋市などに患者79人を搬送した。 病院付近にはヘリコプターの発着地がなく、搬送には救急車を使う。 県内では、原発事故を受け、避難する人が増えている。事務職の男性は「看護師はへとへと。いま一番必要なのは交代スタッフだ」と語る。 原発の南、いわき市では物資難に陥っている。同市で屋内退避地域(原発から20〜30キロ)に入るのは北部のごく一部だが「いわき市は危ない」との噂が立ち、物資が調達しにくいという。 松村総合病院は、津波で調理室が使えなくなった系列病院にも食事を提供する。医療スタッフの分までおにぎりが回らず、カップラーメンを分け合って食べている。阿部真弓事務局長は「行政には、患者とともに医療スタッフへの支援もお願いしたい」と言う。 いわき市立総合磐城共立病院は、ガソリン不足で通勤できないスタッフが日に日に増え、働いているのは全体の半分の約350人だけになった。うち100人は自宅に帰れず泊まり込んでいる。 退院や転院で入院患者を半分以下の約260人に減らし、外来は重症者に限定して負担を軽減している。上遠野裕美総務課長は「いる人で何とか踏ん張っているが、今がぎりぎりだ」と訴える。 南相馬市原町区の特別養護老人ホーム「福寿園」も、食料不足で危機に陥っていた。横浜市の医療法人社団「愛優会」が窮状を知り、受け入れを申し出たため、入所者約220人と職員ら約40人が20日までに横浜市に避難した。 「1日2食でしのぎ、20日にも食料がなくなる状況だった。ぎりぎりで避難できた」と福寿園の男性職員(34)。愛優会の担当者は「厳しい状況を知り、横浜市や神奈川県に相談したが動いてくれなかった。居ても立ってもいられず、独自の判断で迎えに行った」と話した。
すき間に217時間…冷蔵庫の飲料で飢えしのぐ 読売新聞 3月21日(月)6時21分配信
がれきの下におばあちゃんがいる――。
死者・行方不明者が2万人を超えた東日本巨大地震で20日、宮城県石巻市のがれきの中から2人の生存者が見つかった。倒壊した家屋のわずかな隙間で、217時間にわたって厳しい寒さや飢えをしのいだ80歳の祖母と16歳の孫だった。地震発生から9日ぶり。「必ず生きていると信じていた」。救出を聞いた家族は目を潤ませた。 2人が見つかったのは、石巻湾から旧北上川を約1キロ上った川沿いの地区。同市門脇町、阿部寿美(すみ)さん(80)と孫の高校1年任(じん)さん(16)がつぶれた家屋の中に閉じ込められていた。震災前は住宅街だったこの地区は現在、家屋の屋根や柱、倒れた電柱などが1〜2メートルの高さまで重なり合うがれきの山が広がり、電気も寸断されている。 宮城県警石巻署員が、倒壊した家屋の屋根の上から助けを求めていた少年に気づいたのは午後4時頃。署員が、がれきをかきわけて近づいていくと、この日、津波でつぶされた家屋からようやく脱出した任さんがいた。ジャージーの上下にバスタオルを重ねて体に巻きつけ、寒さに震え、衰弱していた。
「うちにおばあちゃんがいます。助けて下さい」。任さんの訴えを聞いた署員が家屋内を捜すと、倒れたクローゼットの上に敷いた布団の中の寿美さんを見つけた。 2人はヘリでつり上げられ、同市の石巻赤十字病院に搬送された。寿美さんは、はだしでぐったりした様子。任さんは左足が少しはれており、軽い凍傷などの疑いがあるが、2人とも意識ははっきりしており、寿美さんは病院職員が「よかったね」と声をかけると、「んだからね(そうだね)」と答えていたという。 同病院の医師らによると、阿部さん方は6人家族。地震当時、自宅にいたのは寿美さんと任さんの2人だけだった。2階の台所で食事中に津波が押し寄せ、2階まで浸水。食器棚や冷蔵庫が倒れ、2人は台所にできた、わずかな隙間に逃げ込んだ。そばにあった冷蔵庫に残っていたヨーグルトやコーラ、水などで飢えをしのいでいたという。3日目に任さんが隣の部屋にあったぬれていない毛布を取りに行き、体をくるんで温めた。 気象庁によると、地震発生後の石巻市の気温は、計器の損傷などで19日までデータがなく不明だが、同じ宮城県の仙台市では、最低気温が氷点下となった日が7日、降雪も4日あった。「生きている信じていた」 寿美さんの息子で、任さんの父親の明さん(57)は同病院で記者会見し、「助けていただいて、ありがとうございます。必ず生きていると信じていた。あきらめないというのは大事なことですね」と目を潤ませた。一方、明さんは「私たちだけが、こんな幸せを味わうのは申し訳ない。何ができるか、家族で話し合いたい」とも語った。
明さんによると、地震翌日の3月12日午前9時頃、首都圏にいた長男(21)が寿美さんの携帯電話にかけたところ、電話口に任さんが出た。「うちは全滅したけど、台所だけは無事で、今、そこにいる」。電話はわずか50秒で切れたという。 家族で自宅近くを捜したり、避難所を回ったりしたが、2人を見つけられず、警察に捜索願を出していた。病院で対面した2人は、明さんが「頑張ったね」と声をかけると黙ってうなずいていたという。 幼なじみで阿部さん宅によく遊びに行っていたという同級生の阿部滉希さん(16)は、救出の報を聞き、「本当によく頑張った。任が帰ってきたら、思いっきり褒めてやりたい」と喜んでいた。
「この地震、本当に起きてよかった」大阪府議長が発言 2011年3月21日9時4分 朝日
4月1日告示の大阪府議選に立候補を予定している長田義明府議会議長(自民)が、20日の事務所開きのあいさつで、東日本大震災に関連して「大阪にとって天の恵みというと言葉が悪いが、本当にこの地震が起こってよかった」と発言した。長田氏は朝日新聞の取材に「不謹慎な言い方で、反省している」と話している。 長田氏は、橋下徹知事が目指す大阪湾岸の府咲洲(さきしま)庁舎(旧大阪ワールドトレードセンタービルディング、大阪市住之江区)への府庁舎全面移転に反対。東日本大震災で咲洲庁舎が被害を受けたことを「天の恵み」と発言し、「橋下知事の考えが間違っていたということが示された」と続けた。 長田氏は取材に対し、「大阪の府庁舎移転問題の面でよかったと言ったつもりで、地震が起きてよかったと言ったつもりではなかった」と釈明した。 11日に起きた震災で、55階建ての咲洲庁舎ではエレベーターに人が閉じこめられたり、壁面パネルが損傷したりした。 橋下知事は2009年に咲洲への庁舎移転案を2度提案。府議会はいずれも否決する一方、ビル購入予算案は可決。府はビルを第2庁舎として使用している。長田氏はビル購入に賛成したが、庁舎の移転には反対していた。
家族の「宝」取り戻す 被災者、がれきかき分け 南三陸志津川 河北新報 3月21日(月)11時14分配信
津波で壊滅的な被害を受けた宮城県南三陸町志津川で、被災者らはがれきをかき分け、大事にしていた品々や家族の遺品を必死に探している。 志津川中心部は津波に洗われ、倒壊を免れた住宅は見当たらない。自宅を津波にさらわれた石材店経営の鈴木隆志さん(43)は妻と小学6年の長女、小学2年の長男の4人で自宅跡を訪れた。 「何か、残っていないかと思ってね」。同居の父与三郎さん、母保子さん、祖母八重子さんの行方が分からない。別に暮らしていた実弟安弘さんも安否不明のままだ。 鈴木さんは地震の後、母と祖母を山あいの集落・小森地区に避難させ、自分は子どもたちが心配になり、志津川小に向かった。津波は小森地区に達したが、高台にある志津川小は無事だった。 自宅跡の近くで金杯を見つけた。鈴木さんは「軍人だった祖父がもらったもの。大切な形見だ」と握りしめた。 長女の有里菜さん(12)は泥の付いた手でメダルをこすっている。弟が見つけてくれた。小学3年のころ、仙北地区ピアノコンクールで優秀賞を受賞したときの記念の品。「見つかってよかった。ずっと大事にしていたから…」 鈴木さんはがれきの山の中に、大破した弟の車も見つけた。車内をうかがうことができず、捜索活動中の消防隊を呼んだが、車内は空だった。 「祖母らを迎えに来て津波にのまれたのかも」と思い、いたたまれなかった。「せめてもの思い出に」とナンバープレートを丁寧に取り外した。(古関良行)
【原発】「念のため水道飲まないで」福島・飯舘村 03/21 11:52 ANN
福島県飯舘村の水道水から安全基準を超える放射性物質が検出され、厚生労働省では、念のため水道水を飲まないよう注意を呼びかけています。 厚生労働省が20日に採取した飯舘村の水道水から、国が定めた安全基準の3倍以上となる放射性ヨウ素が検出されました。厚生労働省では、「水道水を飲んでも直ちに健康に影響が出るものではない」と説明していますが、当面は飲み水として使用しないよう注意を呼びかけています。県は、ペットボトル入りの水約10トンを21日午前、飯舘村に送りました。 また、福島県は農作物の検査を専門の機関に依頼していましたが、分析の事前の処理に手違いがあったことから、分析結果が出るまで、福島県内で栽培された露地野菜の出荷を自粛するよう、JAを通じて生産農家に要請しました。 JA福島五連・庄條徳一会長:「断腸の思いで、知事の要請を受けることを決断した。生産者の皆さんに、何とぞ理解をお願い申し上げる」 福島県内では、4つの市町村で採取された牛乳に加工する前の原乳から規定値を超える放射性ヨウ素が検出されていて、福島県が酪農家に出荷の自粛を要請しています。
【原発】燃料プールの水温低下 放水の3・4号機 03/21 11:48 テレ朝
福島第一原発では連日、3号機と4号機への放水が行われています。自衛隊が行った上空からの調査で、使用済み燃料プールの水温が下がっていることが確認されました。 使用済み燃料プールの水位が下がり、水温の上昇が問題となっていた4号機では、自衛隊が21日朝、消防車12台で約90トンの放水を行いました。3号機でも、東京消防庁が午前4時ごろまで連続放水を行いました。これまでの放水量は、3号機と4号機で約4000トンになりました。自衛隊が行った上空からの調査で、水温が84度を超えていた4号機のプールは20日、42度以下まで下がったことが確認されました。また、3号機の水温も62度まで下がっていることが分かりました。自衛隊は近くの施設に74式戦車を待機させ、放水作業などの妨げとなっているがれきの撤去作業を行う態勢を整えています。
関東各地の放射線量、数値は減少傾向 21日11:36 TBS
福島第一原発の事故の影響で関東各地でも通常値を超える放射線量が検出されていますが、大部分の地域ではここ数日、数値は減少傾向となっています。 福島県と隣接する茨城県では、北茨城市で16日、通常値のおよそ300倍、1時間あたり15.8マイクロシーベルトの放射線量を検出していましたが、その後、減少していて、21日午前10時半現在で0.98マイクロシーベルトとなっています。 また、栃木県で高い数値を検出していた那須町では0.65マイクロシーベルトに減少していますが、東京都では20日のおよそ2倍となる0.09マイクロシーベルトを検出しています。 各地の自治体では、いずれも「人体に影響の出るレベルではない」として、冷静な対応を呼びかけています。
首都圏の放射線量わずかに上昇 雨と風向きの影響か 2011/3/21 13:26
平常値に戻りつつあった首都圏の放射線量が、2011年3月21日朝はわずかに高い数値となった。雨や風向きの影響と見られている。 茨城県北茨城市では、20日の放射線量は1時間当たり0.75マイクロシーベルト前後で推移していたが、21日7時時点で1マイクロシーベルトを超え、8時10分に1.24マイクロシーベルトを記録。12時時点では0.985マイクロシーベルトとなっている。 東京都新宿区では、20日は1時間当たり0.05前後と平常値内で推移していたが、21日の11時から12時にかけて最大0.120マイクロシーベルトと約2倍上昇している。 埼玉県さいたま市は12時時点で0.087、千葉県市原市は0.070、神奈川県茅ヶ崎市は9時時点で0.073マイクロシーベルト。いずれも平常値よりわずかだが高い数値だ。 群馬県前橋市は20日18〜19時に0.103マイクロシーベルトを観測し、21日12時には0.066マイクロシーベルトまで減少。栃木県宇都宮市は19日から21日10時まで0.15マイクロシーベルト前後のままだ。山梨県甲府市は、9時時点では平常値を保っている。 多くの場所で平常値よりもやや高い数値を記録しているが、各都県ともに「健康に影響のあるレベルではない」としている。
きょうの計画停電、全て回避 21日11:51 TBS
東京電力は、21日午後に予定していた第2、第3グループの計画停電について、実施しないことを決めました。休止していた火力発電所の復旧を21日に前倒しできたことなどで、供給量が増えたと説明してます。 これで、3連休は全ての地域で停電を回避したことになりますが、22日は再び実施される見通しで、東京電力では引き続き節電への協力を呼びかけています。
避難所満杯で…寒さに耐え30人車中泊 岩手・大槌町 2011年3月21日13時8分 朝日
避難所となった岩手県大槌町の安渡小学校の校庭で、建物からあふれた約30人の避難者が車中泊の生活を続けている。狭い車内で高齢者や幼い子どものいる家族が身を寄せ合う。ガソリンを切らすわけにはいかず、厳しい寒さにもエンジンをかけっぱなしにできない状態が続いている。 同小は災害時に約120人の受け入れを想定していたが、今回の地震直後には千人を超す人が押し寄せた。20日時点でも約400人が教室や体育館に身を寄せている。 自宅が流された会社員村上和浩さん(38)夫妻は4人家族で、6歳と2歳の2人の娘がいる。11日の夜、避難所に着くと、すでに満杯の状態。校舎横のプレハブ小屋に泊まったが、横になることも出来ないほど混み合い、座って一夜を明かした。 「子供が小さいので泣き声で迷惑をかけてしまうと思って」。2日目からワゴン車の中で車中泊を続ける。車内にロープを張ってタオルを干し、運転席と助手席は物置のように使っている。 「4人で毛布をかぶって寝ていますが、それでも寒い。時々エンジンをかけて暖を取っていますが、燃料が少ないから何日続くかわからないですね」
同小の菊池和子校長は「避難できる場所は満杯。校舎の3階は空いていますが、耐震構造に問題があって入れない状態です」と話す。 高齢者がトイレなどで迷惑をかけるとして避難所に入ることをためらうケースも。小川久美子さん(42)は、86歳になる祖母と11日夜から車中泊を続ける。軽自動車で車内は狭い。祖母がなんとか足を伸ばせる程度だ。「(祖母が)夜トイレに立つ時に迷惑をかけることを気にしているので……。電気が通れば頼れる知り合いの家があり、それまでの辛抱です」 避難所担当の職員の中にも、「カーラジオで情報収集するため」と車中泊を続ける人もいた。町職員によると、同校周辺では、道路脇に路上駐車した車内で避難生活をしている人も複数いるという。 現時点では車中泊で体調を崩した人の情報はないというが、2004年の新潟県中越地震では、エコノミークラス症候群が原因の肺塞栓(そくせん)によって車中で死亡した人もいる。(杉村和将)
安渡小学校のグラウンドに駐車する自動車。多くの家族が車中泊を続けている=20日午後2時51分、岩手県大槌町
福島第一原発、基準6倍のヨウ素検出 核燃料の損傷確実 2011年3月21日11時14分 朝日
東京電力福島第一原発で、基準濃度の6倍のヨウ素131が検出された。セシウムも見つかった。東京電力が21日発表した。いずれも核分裂によってできる代表的な物質で、原子炉や使用済み燃料プール内の核燃料が損傷していることが確実になった。 東電が、1号機の北西約200メートルの空気中から採取した物質を19日、事故後初めて調べた。 その結果、ヨウ素131の濃度は1ccあたり5.9ミリベクレルだった。1年吸い続けると、300ミリシーベルト被曝(ひばく)する濃度だ。作業員は、体内に入らないようにマスクをして作業している。このほか見つかったのはヨウ素132が2.2ミリベクレル、133が0.04ミリベクレル、セシウム134と137がいずれも0.02ミリベクレルだった。
宮城・女川町の6324人生存確認 「孤立」解消へ 河北新報 3月21日(月)11時14分配信
東日本大震災で大きな被害を受けた人口約1万の宮城県女川町で、6324人の生存が確認された。安否確認が遅れる原因となった通信、道路の途絶は徐々に解消しつつあり、新たに生存者が確認される可能性も高まっている。 女川町は地震後の数日間、通信手段が途絶え、道路も津波で通行できなくなっていた。発生から1週間が過ぎ、集落の孤立状態も解消に向かっている。 町北部へ通じる国道398号は18日午後に開通。自衛隊や消防は町北部で行方不明者の捜索を急いでいるほか、尾浦、御前浜、指ケ浜地区で避難生活を送る人へ救援物資を届けやすくなった。 携帯電話は、町総合運動場付近でNTTドコモとKDDI(au)が通じるようになっている。 同町では16カ所の避難所に計約3800人が身を寄せる。災害対策本部は、町に安否を伝えられないまま、津波被害を免れた家屋にいる人や、石巻市など町外に避難している人も相当数いるとみている。 安住宣孝町長は「孤立していた集落にも食料や水を届けるめどが立ってきた。ただ、ガソリンは依然として不足しており、供給をお願いしたい」と話している。
福島第1原発 英雄でも何でもない…交代で懸命の復旧作業 毎日新聞 3月21日(月)13時42分配信
東日本大震災で被災した東京電力福島第1原発では東電だけでなく原子炉メーカーや下請け企業の作業員らも懸命に復旧作業を続けている。水素爆発や構内火災で一時は約50人にまで減った作業員を、一部の海外メディアには「フクシマ・フィフティーズ」と英雄視した報道もあるが、実際は多くの作業員が交代で危機回避に取り組んでいる。近く現場に入るという下請け会社の30代の男性社員が毎日新聞の取材に応じ「不安はあるが、少しでも(事態の)沈静化に協力したい」と話した。【袴田貴行、日下部聡】
東電によると、原子炉建屋内は20日午前も照明が消えたまま。安全性を考慮して放水時は放水だけ、電気工事の際にはその作業だけを行い、19日現在の従事者は約500人。一方、3号機周辺の放射線量は19日午後2時の3443マイクロシーベルトが、放水後の20日午前3時40分に2758マイクロシーベルトに下がったものの依然高い。20日午前5時現在、以前の制限値だった100ミリシーベルト以上の放射線を受けた作業員は7人。このため東電は交代要員集めを進めている。
取材に応じた下請け会社の30代男性社員は「東電から元請けに話がきて、そこから1次、2次と下請けに要請があった。私も準備が整い次第向かう」という。海外メディアなどの注目については「残っている人がずっと放射線を浴びながら作業していると思われるかもしれないが、実際は法にのっとった管理で人を入れ替えながら作業を進めているので、英雄でも何でもないと思います」と冷静だ。 一方で「不安は当然ありますね。それだけ高い放射線の中でやっているし、現場もどうなるか分からないですから。また爆発が起こるかもしれないし、放射線量が上がるかもしれない。断る選択肢もありますよね。家族からそういうこと言われますけど。すごく難しい判断で、みんな考えていると思います」。
◇「今後も原発で働きたいから」 それでも現場行きを決めたのは「原発の仕事をしてきた職業人としてのプライドより、沈静化した後のこと」だという。「これからもこの仕事で食べていきたいという気持ち。断ったら後々の立場が悪くなるというか。今の会社で、またこういう仕事を続けていきたい気持ちなんで、少しでも協力し、会社の指示にできることは従って(やっていきたい)」と淡々と話した。 現在、現場で作業に携わっているのは東電と子会社の東電工業、原子炉メーカーの東芝、日立のほか、鹿島、関電工やそれらの関係会社など。電源復旧では送電で4社、変電で5社、配電で3社という。地震発生直後に約800人いた作業員は15日の4号機の爆発による退避で一時約50人まで減ったとされるが、それ以降は300〜500人で推移。18日に米軍に借りた高圧放水車で3号機に放水したのも、東電工業の社員2人だった。 現在の急務は原子炉冷却に不可欠な電源の復旧作業だが、東電によると、実際に作業できるのは技術を持つ70人程度。しかも高レベルの放射線を長時間浴びるのを避けるため、20人くらいずつ順番に作業せざるを得ない。「真っ暗な中、投光器や懐中電灯を使いながら、防護服と顔を全部覆うマスク、ゴム手袋での作業になる。大変時間がかかり苦労している」(東電の担当者)
作業員の「命綱」となっているのが、原発の敷地中央付近にある免震重要棟だ。07年の中越沖地震で柏崎刈羽原発の事務本館が被災したことを教訓に昨年7月完成した。2階建てで延べ床面積約3700平方メートル。震度7に耐えられる免震構造で、内部には災害時のための「緊急時対策室」が設置されている。 1〜4号機の中央制御室は放射線レベルが高すぎて誰もいない状態。普段は緊急時対策室にいる作業員が、定期的に交代で制御室に行き、監視や操作をしている。作業に出る時はやはり防護服を着て現場へ向かい、作業を終えると免震重要棟に入る前に脱ぎ捨てる。大量の防護服が必要とされている。
都知事、消防隊への圧力に抗議=原発放水「速やかにしないと処分」−海江田氏発言か 時事通信 3月21日(月)17時56分配信
東京都の石原慎太郎知事は21日午後、首相官邸で菅直人首相と会い、福島第1原発での放水作業をめぐり、政府関係者から東京消防庁ハイパーレスキュー隊幹部に対して「速やかにやらなければ処分する」との圧力的発言があったとして、抗議した。石原氏によると、首相は「陳謝します。大変申し訳ない」と述べた。都関係者は、発言は海江田万里経済産業相からあったとしている。 石原氏は会談後、記者団に「現場の事情を無視して、(放水作業を)速やかにやれ(と指示があった)。やらなければ処分する、ということを上から言ってはいけない」と強調。さらに、「担当大臣か何か知らないが、恐らく上から来るのだろう。そんなばかなことを言ったら戦が戦にならない。絶対言わせないでください」と首相に申し入れたことを明らかにした。 また、同隊が使用した放水車の連続放水能力は4時間が限度だったが、政府側の指示で7時間連続で放水したため、石原氏は「完全に壊れた」と説明した。 一方、枝野幸男官房長官は同日午後の記者会見で「これから調査する」と述べるにとどめた。
フジ謝罪、首相会見に「ふざけんなよ」 2011年3月21日18時13分 nikkansports
フジテレビが12日、東日本大震災に関する菅直人首相の記者会見を中継した際、スタッフが「あ、笑えてきた」などと発言する音声が混信し、放送されていたことが21日分かり、同局が謝罪した。 混信があったのは、会見冒頭の午後8時32分ごろ。中継映像とともに、別の中継地点にいた複数のスタッフが「ふざけんなよ、また原発の話なんだろ」「くそだよ」などと話す声が流れた。 同局広報部は、混信の原因について「音声機器のトラブルに伴う人為的なミス。発言は被災地や会見に対するものではないが、誤解を招く内容で強く反省すべきこと」としている。
フジTV放送事故の声は秋元優里アナ? 台湾メディア報道 YUCASEE MEDIA(ゆかしメディア) - 2011年3月17日 台湾メディア「中天新聞」が報じたところによると、日本のフジテレビが13日のニュースで放送した、菅直人首相の会見の生中継で「ハハハッ、何か笑えてきた」という声は、秋元優里アナウンサー(27)だという。ただ、声質などから本人とは特定できない。
日テレリポーター“失言”、フジの混線?発言に批判 スポーツニッポン - 2011年3月14日12日にはフジテレビで放送された震災関連特番で、菅直人首相(64)の会見中に「ふざけんなよ、また原発の話なんだろ」「あはは、笑えてきた」という男女2人の話し声がオンエアされた。同局は「音声がどこから混線したものかは不明で調査中」とした。
東北道 22日一部通行再開へ 3月21日 18時16分 NHK
震災のあと一般車両の通行ができなくなっていた東北自動車道は、22日午前10時から、岩手県の一関インターチェンジより北の区間が上下線ともに通行できるようになります。通行できるようになるのは、東北自動車道の一関インターチェンジから青森県の碇ヶ関インターチェンジまでの上下線です。これまでは緊急車両だけが通行できましたが、被災地への物流を活性化するため、22日午前10時から一般の車両も通行できるようになります。これにあわせ、秋田自動車道と釜石自動車道、八戸自動車道が全線で通行できるようになります。一方、一関インターチェンジより南の宇都宮インターチェンジまでの間は、引き続き、宮城や福島への緊急車両を優先的に通行させるため、大型自動車を除き一般の車は通行できないということです。また、岩手県によりますと、山田町や田野畑村で車が通れず孤立している地域がありましたが、道路のがれきの撤去作業が進んだため、岩手県内では20日までにすべての地域で孤立状態は解消されたということです。
計画停電:東京電力 22日は朝から実施する方針 毎日新聞 2011年3月21日 19時15分
東京電力は21日、地域を区切って順番に電力供給を停止する計画停電を22日朝から実施する方針と発表した。連休明けで企業活動が活発化するためで3日ぶりの再開となる。22日は午前6時20分からの1番目の第5グループは見送り、午前9時20分からの2番目の第1グループ以降で実施する。第5、第1グループの二巡目は開始時間の2時間前までに決める。 一方、21日は、小口の発電事業者である特定規模電気事業者(PPS)などから電力をかき集め、停電は回避した。21日は首都圏の気温低下などで暖房需要の増加が見込まれ、夕方のピーク時の電力需要は供給能力ぎりぎりの3400万キロワットに上ると予測。午後の停電も検討されたが、PPSからの融通などで供給能力を3550万キロワットに引き上げた。
PPSは、自前の発電所などで電力を起こし、大手電力会社の送電網を使って顧客に電気を小売りする事業者。東電から電力を融通するよう要請を受け、PPS各社は自前の設備などをフル稼働させ、余剰電力を東電に販売し始めた。 森ビルは18日、森ビル・六本木ヒルズの発電施設から、3000〜4000キロワットの電力を供給。4000キロワットなら一般家庭約1100戸分で、装飾照明をやめるなどして節電効果を振り向ける。ただ、企業の需要が増える平日は、東電は他社から融通を受けても間に合わない。【立山清也、永井大介】
東日本大震災:死亡者14人を土葬 宮城・気仙沼市の大島 毎日新聞 2011年3月21日 19時26分
「自分の手で埋めてやれたのがせめてもの救い」。津波で大きな被害を受けた宮城県気仙沼市の大島で21日、収容された21人の遺体のうち、身元が確認された14人の土葬が行われた。島には火葬場がなく、市内の施設は満杯。いつ犠牲者を送れるか分からないため、「このままにするよりは」と遺族で話し合って決めた。土葬を指揮した市職員の菊田隆二さん(51)も遺族の一人。妻順子さん(53)のひつぎに涙ながらに土をかけた。【喜屋武真之介】
震災当日、菊田さんは島を離れて市役所で勤務しており、被災後も災害対策のため泊まりがけで仕事を続けた。順子さんの名が行方不明者名簿に載っていることを人づてに知らされたのは14日。しかし、市役所を離れることはできなかった。「不安で一刻も早く戻りたかったが、同じ境遇の人が何人もいたし、市職員という立場上できなかった」という。 仕事で島に戻れたのは16日。順子さんの遺体を確認したのはその日の夜だった。警察官に示された遺品の中に、夫婦2人の名を刻んだ結婚指輪があった。順子さんは自宅のあった場所から約1キロ離れた海辺まで流されていたという。 土葬は20日に遺族同士で決めた。遺体が傷み始め、「これ以上、安置所に置いておく方がかわいそう」と意見が一致した。菊田さんは「多くの犠牲者がいる中で、自分の手で埋めてやれたのは恵まれているほうかもしれない」と自分に言い聞かせた。 建設会社に頼んで重機で穴を掘り、14のひつぎを並べた。菊田さんは作業員に指示しつつ、自らもスコップで土をかけた。葬儀も戒名も、参列者の喪服すらそろわない送り。時折手を止め、ぼんやりと棺おけを見つめる菊田さんは「いつかは、ちゃんと弔ってやりたい」とつぶやいた。
福島第1原発:一時3号機で煙 周辺の放射線量に変化なし 毎日新聞 2011年3月21日 19時33分
黒煙を出す福島第1原発3号機=2011年3月21日午後5時15分、東京電力撮影
東日本大震災で被災した東京電力福島第1原発で、政府や東電は21日、送電線が外部と20日につながった2号機で原発の運転を監視する中央制御室の復旧作業を進めた。経済産業省原子力安全・保安院によると、電気系統で交換や修理が必要な部品などがあり、冷却機能の回復までには数日かかる可能性がある。また、3号機で21日午後4時ごろ、使用済み核燃料プール付近から「黒煙が上がっている」と保安院に通報があった。周辺の作業員は屋内退避し、電源回復のための復旧作業が中断した。保安院によると、原因は不明だが周辺の放射線量に変化はないという。2号機でも午後、白い煙が確認された。【足立旬子、日野行介、河内敏康】 2号機については、原発の運転を監視する中央制御室の通電を目指し、機器や配線に故障や漏電がないか点検が進められた。 東電などによると、2号機周辺は放射線量が高いが、外部電源の接続で中央制御室の空調が作動すれば、フィルターを通してヨウ素などの放射性物質を取り除くことができる。また、照明や計器類が使えるようになれば、原子炉内の水位や圧力などの状態を正確に把握することができる。 3号機で黒煙が上がったのは午後3時55分ごろ。保安院によると、2号機から北西に約500メートル離れた事務所本館北側の放射線量は黒煙が上がる直前に1時間あたり2013マイクロシーベルトで、午後4時半に2015マイクロシーベルトとほとんど変化はなかった。保安院は「3号機にはまだ電気がつながっていないため漏電などによる火災とは考えにくい」と説明している。 保安院によると、放水後、事務所本館北側の放射線量が減少傾向にあることから、「一定の放水の効果があったとみられるが、依然として予断を許さない」としている。 また、保安院は、放水後に放射性物質に汚染された海水が海に流れ出る恐れがあるため、新たにモニタリングの必要性があるとの考えを示した。作業員1人の被ばく量が従来の制限値(100ミリシーベルト)を大きく上回る150ミリシーベルトを超えたことも明らかにした。 20日に炉内の温度が100度未満まで下がった5号機では、非常電源から、外部電源への切り替えが完了した。
福島第1原発:船で休む作業員「誠心誠意、復旧に努める」 毎日新聞 2011年3月21日 19時49分
東京電力福島第1原発で復旧作業にあたっている東電社員らの休憩・宿泊場所を確保するため、独立行政法人・航海訓練所の練習船「海王丸」が21日、福島県いわき市の小名浜港に接岸した。同日夕、乗船する作業員らのうち2人が毎日新聞の取材に応じ「誠心誠意、復旧に努める。前向きに頑張る」と語った。 海王丸は20日午前10時に東京港を出港し、21日午前9時ごろ小名浜港に接岸した。定員は乗組員を除き128人で、作業員は食事や入浴をして過ごす。27日まで停泊する予定。 21日午後4時20分ごろから、同原発で除染を受けた作業員らが続々到着。被ばく線量を測るスクリーニング検査を船の前で受けた後、次々と乗船した。 地震発生時に原発敷地内の事務本館にいたという男性は、上下とも灰色のスエット姿。「現場の士気は高かった。(発電所の)所長が『頑張ろう』とよく声を掛けてくれた。電源が通った時や給水車が来た時には、大きな拍手がわいた」と話した。
男性によると、地震で事務本館室内には大きな損傷はなかったが、津波で各施設の被害が広がったという。建物に居続ける生活が続いたが「国を守ろう、地域を守ろうとの思いだった。協力企業の皆さんも手伝ってくれた」という。「皆様には本当に申し訳ない。このような船まで用意していただき、ありがとうございます」と頭を下げた。 オレンジ色の帽子をかぶり送迎用のワゴン車から降りた男性はビニール袋に入れた荷物を抱え、やや疲れた表情ながらはっきりした口調で取材に答えた。男性は、作業の拠点となる原発敷地内の免震重要棟で支援業務にあたり、放射線量を記録するため、防護服を着て外に20〜30分出る作業もした。3度の水素爆発については「振動はありましたが、重要棟では影響はありませんでした」と話し、「誠心誠意、復旧に努めています。この状況をできるだけ収めるため、これからも前向きに頑張ります」と語った。 作業員は海王丸で1泊し、22日朝から作業に戻る予定。海王丸では今後、作業員が交代で休むほか、避難所にいる市民への開放も検討しているという。【森禎行、松本惇】
3号機から煙、「放射線量に変化なし」 21日20:24 TBS
福島第一原発の3号機から21日夕方、煙が上がっていることが確認されました。原子力安全・保安院は「付近の放射線の量に変化はない」と説明しています。また、午後6時すぎには2号機からも白い煙が上がりました。 21日午後3時55分ごろ、福島第一原発の3号機で原子炉がある建物から灰色の煙が出ているのを職員が確認しました。 原子力安全・保安院によりますと、煙は黒くなったり灰色になったりして、午後6時すぎに収まったということです。敷地内の放射線量の数値は煙が出る前と後で大きな変化はありません。 また、これとは別に午後6時20分ごろ、2号機の屋根のすき間から白い煙が上がったことが分かりました。3号機、2号機とも煙が出た原因については「分からない」としています。 現場では21日夜も放水や電源を復帰させる作業が予定されていましたが、この影響で作業が中断しています。
福島第1原発 周辺の津波 14メートル以上の可能性 毎日新聞 3月21日(月)20時25分配信
東京電力福島第1原発周辺で、14メートル以上の津波が押し寄せた可能性があることを21日、経済産業省原子力安全・保安院が明らかにした。設計時に想定した津波の高さの3倍近い。東電と保安院は、津波が原発の安全の根幹にかかわる原子炉の冷却機能を喪失させ、今回の事故につながったとみており、他の原発でも再検証が求められるのは必至だ。
88万世帯で断水続く 3月21日 20時50分 NHK
厚生労働省によりますと、21日午後1時現在で、東北地方から関東地方にかけての11の県のおよそ88万世帯で断水が続いています。断水になっているのは、東北では、▽宮城県で46万世帯、▽福島県で12万世帯、▽岩手県で5万世帯、また関東では、▽茨城県で18万世帯、▽千葉県で6万世帯などとなっています。厚生労働省は、宮城県や福島県、それに茨城県など6つの県に、飲料水などを供給する応急給水車325台を派遣して対応に当たっています。
茨城県などで放射線量が微増 降水影響、人体には問題なし 2011.3.21 22:02
東日本大震災発生から11日目となった21日、福島第1原発の異常事態が続く福島県や関東地方では低気圧や前線の影響で、震災後初めての雨となった。 茨城県などでは、大気中に拡散している放射性物質(放射能)が雨と一緒に地上に落下したためとみられる放射線量の値の上昇を観測した。茨城県では雨の降り始め時刻に0・493マイクロシーベルトを記録。前日の最大値に比べ一時的に0・2マイクロシーベルトあまり上昇した。ただ、事故後のピーク比で、21日の最大値でも3分の1程度で、減少傾向は続いている。 東京都、埼玉、神奈川、千葉の各県でも午前中から雨が続き、いずれも平常値をわずかに上回る放射線量となった。 経済産業省原子力安全・保安院は、屋内退避指示が出ている原発から20〜30キロ圏内の住民らに、雨にぬれた場合は念のため体を洗うことなどを呼び掛けた。
各地の放射線量、平常値近くで落ち着く 2011.3.21 22:03 産経
東北、関東各地の20日から21日にかけての放射線量は、降水と同時に一時的に上昇している地域があるが、小幅にとどまっている。放射線量は事故発生後のピーク時に比べ、3分の1〜4分の1の水準となり、平常値近くまで落ち着いてきている。 自衛隊などの放水作業が続く福島第1原発では、2号機の北西0・5キロにある事務本館周辺で21日午後3時に毎時2019マイクロシーベルトを観測。20日午後よりも低い水準だった。 文部科学省の集計によると、20日午後5時から21日午後5時までの最大の放射線量は、茨城が21日朝の雨の降り始めと同時に0・493マイクロシーベルトを記録し一時的に上昇したが、その後は減少傾向。東京などでも降水とともに平常値をやや上回る数値を示した。
福島、宮城両県は地震の影響で、文科省への報告用地点でのデータ収集ができない状態が続いている。両県の別の調査では、福島市で21日午後7時に7・51マイクロシーベルトで前日に比べ約1マイクロシーベルト低い数値を記録。仙台市は同日午前9時半ごろに0・19マイクロシーベルトだった。 文科省の調査では、福島第1原発の北西約30キロの浪江町付近で21日午前10時40分に90マイクロシーベルトを観測した。
22三セク三陸鉄道が無料運行 1日3往復 2011年03月22日 朝日
第三セクターの三陸鉄道(望月正彦社長)が部分的に無料での運行を始めた。毎年、赤字が続くが同社だが、地震と津波で交通手段を失った地域住民の足として復興に貢献しようと、懸命の復旧作業を続けている。 同社は地震と大津波の被害から5日目の16日に北リアス線の久慈―陸中野田間で1日3往復の無料運行を始めた。20日には宮古―田老間も1日3往復の無料運行が始まった。 社員は全員無事だったが、中には家屋を流され避難所暮らしの社員もいる。だが、公共交通として、乗用車を流された人や、車が残っていてもガソリンが手に入らない被災者たちのためにも一日も早い復旧を目指した。 21日午後0時40分に田老駅に到着した列車は、リュックサックを背負った人や買い物袋を手にした人たちで満員だった。折り返しの宮古行きも満員となった。 田老に住む妹の安否確認に宮古市内から来た伊茂野長一さん(71)は「車のガソリンがないので本当に助かる」といい、宮古北高校で避難所生活をしている入沢巌さん(45)は「勤務先に初めて顔を出して安否を知らせた。買い物もできて、本当にありがたい」と話した。 田野畑村にある同線の島の越駅は跡形もない状態だが、今月末までに田老駅から岩泉町の小本駅までを復旧させたいという。 望月社長は「住民の熱意でできた地域の鉄道。多くの被災者に少しでも役立ち復興のシンボルのひとつになるよう今は全力を挙げる」と話す。
東北新幹線「安全神話」は健在 想定超えた地震でも脱線防ぐ 2011.3.22 05:00 sankeibiz.jp
東日本大震災では鉄道、港湾、道路など主要な交通インフラに大きな被害が発生し、現在も復旧作業が続いている。JR東日本は、大きな余震がなければ東北新幹線の盛岡−新青森間の運転を23日から再開する見込みだが、全線再開の見通しは立っていない。設計上の想定を超える今回の大地震と巨大津波の発生で、あらゆるインフラ技術が根幹からの見直しを迫られるのは必至だ。ただ政府がインフラ輸出を成長戦略に掲げる中、高速走行中の列車が脱線しなかった新幹線はかろうじて「安全神話」の面目を保った。
那須塩原−新青森間で運転見合わせが続く東北新幹線は、昨年12月に新青森まで開業、3月5日には最新鋭のE5系車両「はやぶさ」の運転が始まったばかりだった。 東日本大震災が発生した11日午後2時46分。「はやて」など走行中の東北新幹線各車両は、地震の“前触れ”となる初期微動を検知して、本格的な揺れが始まる前に停止動作に入っていた。現状の最高速275キロで走行している場合、「停止には4キロメートルの制動距離が必要」(JR東関係者)で、この間に脱線すれば大きな被害につながる可能性があった。 実際、2004年に発生した新潟中越地震では、上越新幹線の「とき325」8両が脱線。乗客、乗員にけがなどはなかったが、過去に乗客の死亡につながる重大事故を一度も起こしていない新幹線の「安全神話」に大きな疑問が投げかけられた。
しかし今回の東北新幹線の場合、車両は無事に停止し、地震発生から8時間以上が経過した午後11時頃に、乗客を乗せた11本すべてで脱線が生じていないことが確認された。その後の調査で、試運転中の無人車両1本が、仙台駅構内で脱線していたことが判明したものの、高速走行中の脱線という最悪の事故は回避された。
JR東によると、中越地震以降、技術チームは地震の初期微動検知から停車動作に入るまでのわずかなタイムラグの短縮に取り組んできたという。その結果、動作を1秒短縮できる新システムを開発し、09年までに東北新幹線の車両すべてに、このシステムを導入していた。 同社は「なぜ脱線が防げたのかは、時間をかけた調査・分析が必要。直下型だった中越地震とは揺れの質が違う可能性もある」(関係者)としているが、中越地震を教訓とした新システムは脱線の回避に少なからず貢献したとみられる。 温暖化対策や新興国のインフラ整備で、国際的に高速鉄道の導入計画が相次ぐ中、「最大級の震災を受けても脱線しなかった点は、新幹線の評価につながる可能性もある」(シンクタンクの研究員)という。 一方で、東日本大震災は新幹線の安全運行を支える地上設備にも大きな爪痕を残した。 地震の被害は、線路や高架橋など地上設備だけで約1100カ所。JR東によると、車両や信号に電気を送る架線の断線が470カ所、電柱の損傷も470カ所に上る。レールがゆがむなど線路の損傷も約20カ所に及び、全線再開のめどが立たない状況には、地震に対する鉄道インフラの脆弱(ぜいじやく)性を指摘する声も上がっている。 JR東は、川崎重工業などと米カリフォルニア州の高速鉄道計画への参加に意欲を示しているが、今後の新幹線輸出に向けては、運行を支える各種設備の耐震性や、早期復旧の危機管理といった総合的な安全対策ノウハウの信頼性も問われそうだ。(高山豊司)
日テレ「面白い」発言、フジ「笑えてきた」発言とNHKの差 NEWS ポストセブン 3月22日(火)7時5分配信
台本のない生放送には不測の事態がつきものである。とはいえ被災者の神経を逆なでする「失言」は頂けない。矢のような批判を受けたのは、3月14日の『スッキリ!!』(日本テレビ系)で、気仙沼市から中継した大竹真レポーター(39)。カメラとマイクが自分に切り替わっていることに気がつかず、津波によって変わり果てた市街地をバックに、「ほんっと〜に面白いね〜」 と話しながらニタニタ笑っている様子が映し出されたのだ。フジテレビもやらかしている。3月12日夜の菅首相の会見中「ふざけんなよ、また原発の話なんだろ、どうせ」という男性の声や「アハハ、笑えてきた〜」といった女性の声が漏れ聞こえてきたのである。
上智大学新聞学科教授(メディア論)の碓井広義氏が指摘する。「NHKが取材力を活かして被災者のための情報を流しているのと比較すると、民放はどうしても“被災地以外の人々”に向けての報道という印象がぬぐえない。それはややもすると、傍観者的でもあり、興味本位と受け取られかねないということです。災害報道の本質は、面白ければよいという視聴率競争とは全く意味合いが違う。特殊な状況で、取材の現場が疲労困憊なのは理解できるが、だからこそ失言や放送事故には細心の注意を払うべきです」ちなみに、大竹レポーターは失言の翌日以降、テレビ画面から消えている
「まさか、ここにまで」指定避難所にも津波の牙 宮城 2011年3月22日8時1分 朝日
津波は安全なはずの指定避難場所をものみ込んだ。役場の支所や学校、高台……。「まさか、ここにまで」。想定外の大津波は、自治体の指示に従って避難した多くの人の命すら、奪った。 宮城県石巻市の北上川の河口に面した同市北上総合支所は、津波に備えて5年前、新築された。想定されていた津波の最高水位5.5メートルより1メートル高い土地に建て、避難場所にも指定された。しかし、2階の屋根を超える大波で全壊。支所に身を寄せたお年寄りら49人のうち、市職員2人と児童1人の計3人だけが生き残った。市職員の牧野輝義さん(42)は「避難は完璧だったが、津波の力がそれを上回った」。残る職員2人は被災住民対応にあたっている。 指定避難場所だった同県東松島市の野蒜(のびる)小学校体育館でも数十人が亡くなった。「水が流れ込み、渦にお年寄りが巻き込まれていった」。2階観覧席にいた女性は津波が来たときの光景を語る。 震災のあった11日、海岸線から約1.3キロ離れた学校には住民が続々避難して来た。お年寄りや子供ら約300人がマットに座り、ひと息ついたとき、濁流が入ってきた。人々は舞台や2階観覧席に上る階段に向かったが、お年寄りらは取り残された。避難した女性は「体育館にいれば安全という意識があった。これほど大きな波が来るとは思わなかった」と話した。 同県七ケ浜町の岡本八朗さん(77)は揺れの後、町内に流れた「大きな津波が来ます。高台に逃げてください」との放送で避難。海岸から約100メートル離れた、10メートルほどの高台にある指定場所に向かった。近所の人ら約15人が集まった。高台に着くと大阪に住む長男から「大丈夫か」と電話が入り、「避難場所にいるから大丈夫」と伝えた。しかし、眼下の道路には海水が流れ込み、次の瞬間、高さ5〜6メートルの防波堤を超えてきた波にのみ込まれた。岡本さんは九死に一生を得たが、家は流され、3年前に亡くなった妻の写真すら失った。「何も残ってないんだよ。涙も出ないよ」と避難先の体育館でつぶやいた。(千種辰弥、沼田千賀子、山本奈朱香)
ペット救って!置き去りも/ルポ 2011年3月22日8時10分 紙面から www.nikkansports
東日本大震災から10日が経過し、被災地への支援物資が集まり始めた一方で、被災したペットのエサを中心とした物資の不足、被災地での放置、心身のケアなどが問題となっている。 仙台市で大町ペットクリニックを経営する荻原輝紀医師(39)の元には、震災後から連日、1日に20〜30匹のペースで犬や猫が運び込まれている。多くが、心拍数の上昇や発熱に加え、過度にほえておびえるなど、人間の心的外傷後ストレス障害(PTSD)に似た症状を見せている。揺れに驚き、走り回った末の激突死や高齢犬の急死も多い。18日にも福島県南相馬市で被災した犬2匹が同クリニックで診察を受けたが、診察台に乗せようとしただけで激しく抵抗した。
避難所に入るため、泣く泣くペットを捨てるケースも多いという。ペットカフェを営む男性は「避難所に行けないペット連れの被災者が、うちで共同生活をしていました。その方が自宅に戻った後も、ペットを預かってます」と話した。 ペットフードも不足しており、街を探し歩く飼い主も多い。67の動物病院で組織される仙台市獣医師は18日に災害対策本部を発足。日本獣医師会や日本動物愛護協会もペットフードを集めるなど救援物資の一元化を行っているが、荻原医師は「ペットは家族。もっと大きなところが動いてくれれば」と国の支援を期待した。【村上幸将】
死者・不明者2万1724人、死者9千人超 警察庁まとめ 産経新聞 3月22日(火)13時11分
警察庁によると、22日正午現在、東北など12都道県警が検視などで確認した死者数は9079人に上った。家族らから届け出があった行方不明者は1万2645人で、死者と行方不明者は合わせて2万1724人になった。重軽傷者は18都道県で計2633人。
また、同日午前10時段階で検視が終了したのは約8360人で、このうち身元が確認されたのは約56%の約4670人にとどまっている。遺族に引き渡されたのが4150人。 各県の死者数は、北海道1人▽青森3人▽岩手2773人▽宮城5507人▽山形1人▽福島743人▽東京7人▽茨城19人▽栃木4人▽群馬1人▽千葉16人▽神奈川4人。 建物の被害は、全壊・流失が9都県で1万5872戸に上っている。ただ、沿岸部を中心に壊滅的な状況に陥っている宮城や福島などで把握できていない場所が多数あるとみられる。 また、警察が把握している避難状況は、被害が大きい宮城と福島から他県に避難するケースが増加しており、避難所は16都県に拡大。避難者は、岩手4万5687人▽宮城11万3223人▽福島13万1665人などで計31万8614人に及んでいる。
原発沖16キロ、基準の16〜80倍放射性物質 読売新聞 3月22日(火)14時45分配信
東日本巨大地震で被災した福島第一原子力発電所の近くで採取した海水から高濃度の放射性物質が検出された問題で、東京電力は22日午後、原発から20キロ・メートル圏内の沿岸の海水から、安全基準の16〜80倍の放射性ヨウ素131が検出されたと発表した。 東電によると、第一原発から8キロ離れた地点の海水から、原子炉等規制法が定める基準の80倍に相当する濃度の放射性ヨウ素131が検出された。10キロ地点で27倍、16キロ地点では16倍が検出され、汚染が広範囲に及ぶことがわかった。 21日に基準の127倍の放射性ヨウ素が検出された第一原発の放水口付近では22日、濃度が30倍に下がり、セシウム134も基準の25倍だったものが、3倍に下がった。笠井篤・元日本原子力研究所研究室長は「安全基準は、海水をそのまま飲んだ場合の人体への影響を基に計算されたもので、現時点で海産物に影響があるとは考えにくい」と話している。
福島郷土料理の人気店「會津やまっちゃん」震災余波で閉店決断 2011.3.22 20:16 sankeibiz
桜の名所で知られる三春町は、福島第1原発から西へ約50キロに位置する。半径30キロの屋内待避指示圏内からは外れているものの、恐怖と隣り合わせだ。 店は郡山市の会社が展開している。その郡山も震災で大きな被害を受けた。大坂店長は「自宅が全半壊して避難所で生活する人も多い。ところが郡山の惨状はほとんど報じられない。ぜひ多くの方に知ってほしい」と訴えた。 郡山では11日の地震で震度6弱を観測。同市災害対策本部によると、震災では市役所本庁舎屋上にある展望台が倒壊し、5メートルのコンクリート片が崩れ落ちた。広域にわたって断水したほか、ガソリンの補給が途絶え、街は孤立状態にある。そのうえで、原発周辺からの避難民を多数受け入れているため、食料調達も困難を極めるという。 閉店に追い込まれた郷土料理店に孤立した街。震災は大津波の被災地以外でも、さまざまな形で影を落としている。
1都7県、平常値超え続く=「健康に影響なし」−文科省 2011/03/22-21:35 時事
文部科学省が公表した22日午後5時まで24時間の大気中の放射線量によると、21日に引き続き、山形、茨城、栃木、群馬、埼玉、千葉、東京、神奈川の1都7県で平常値を上回った。同省は「いずれも微量で健康に影響はない」としている。 午後4〜5時時点で最大だったのは茨城の1時間当たり0.378マイクロシーベルトで、ほかは0・093〜0.148マイクロシーベルト。福島では午前9時に県庁付近で3.5マイクロシーベルトを観測した。宮城は集計できていない。 また、茨城、栃木、群馬、埼玉、千葉、東京、新潟の1都6県で、21日に採取した水道水1キロ当たり0.59〜58ベクレルの放射性ヨウ素などが検出された。宮城、福島、神奈川、奈良各県は測定機の故障などで集計できていない。
津波で損壊した信金から4千万円盗まれる 宮城・気仙沼 2011年3月22日22時7分 朝日
宮城県警気仙沼署は22日、気仙沼市松崎片浜の気仙沼信用金庫松岩支店の金庫室から現金約4千万円が盗まれた、と発表した。同署が窃盗事件として捜査を始めた。 県警捜査3課によると、支店は倒壊は免れたが、津波で浸水してドアが壊れるなど自由に出入りができる状態だった。金庫室の電子ロックもかからない状態だったという。22日朝に出勤した男性職員が気付き、110番通報した。19日に職員が出勤しており、19日から22日午前9時半ごろまでの間に盗まれたとみられるという。
外部電源、全号機へ接続=コンクリポンプ車、初放水−冷却装置稼働へ前進・福島原発 2011/03/22-22:15 時事
東日本大震災で危険な状況が続く東京電力福島第1原発(福島県大熊町、双葉町)では22日午後、2、3号機の煙がほぼ消えたことを受け、外部電源の復旧作業と使用済み核燃料プールへの放水が再開された。東北電力送電線からの外部電源は1〜6の全号機に接続完了。原子炉やプールの冷却装置稼働へ前進した。東電は4号機プールへの放水に初めてコンクリート用高圧ポンプ車を投入した。 一方、福島県5市町の水道水から乳児の飲用基準値を超える放射性ヨウ素が検出されたことについて、東電の武藤栄副社長は同日夜の記者会見で「大変なご心配をお掛けして申し訳なく思っている」と謝罪した。 東電によると、3、4号機では中央制御室の照明や計測機器に電気を流せる状態になるとともに、4号機の補給水系ポンプを試験的に動かす準備が整った。一方、1、2号機の補給水系ポンプは海水をかぶり、状態が厳しいと分かり、1号機では23日以降に代替ポンプを据え付けることになった。 非常用発電機で冷却装置が動き、既に安全な冷温停止状態にある5、6号機では、外部電源への切り替えが終わった。 大震災発生時、運転を自動停止した1〜3号機の原子炉圧力容器には、海水を消防ポンプで消火用配管を通じて注入し、最低水準の冷却機能を維持している。しかし、いつまで続けられるか分からず、冷却装置の稼働を急ぐ必要がある。 放水は東京消防庁も大阪市消防局と連携し、3号機プールへ約50分間実施。放水量は150トン。東電は2号機プールにも内部配管を経由する方法で海水を注入した。 自衛隊ヘリコプターによる第1原発上面の温度計測は、22日は天候不良のため見送られた。23日以降、天候が良ければ毎日実施する。 21日の3号機の黒っぽい煙について、北沢俊美防衛相は22日午前、建屋の残骸が燃えたとの見方を示した。経済産業省原子力安全・保安院によると、2号機の白煙はプールからの水蒸気の可能性が高いという。
23老人福祉108施設に被害 9施設が全壊 2011/03/23 岩手日報
県は22日、東日本大震災で、特別養護老人ホームなど県内の老人福祉関係施設394施設のうち、108施設に人的・物的被害があり、少なくとも沿岸部の9施設が津波で全壊したことを明らかにした。被災施設の入所者を内陸部に移送する必要があるが、施設はほぼ満床状態で、被災した要援護者の受け入れが課題となっている。 県長寿社会課によると、県内の老人福祉施設の97%に当たる384施設の被災状況について市町村や施設職員から報告を受けた。このうち、さんりくの園(大船渡)やシーサイドかろ(山田町)など沿岸4市町の9施設が全壊、99施設が一部損壊した。入所者で死亡が確認されたのは50人で行方不明は80人。そのうち、津波で全壊したさんりくの園はそれぞれ36人、17人だった。 一方、県は現在、被災施設の入所者の移送を進めている。施設の定員を超える場合でも被災者を受け入れられる特例措置を適用。既に大船渡市や釜石市の入所者計70人を内陸部の施設に移送した。 しかし、震災のショックや避難生活の長期化で介護が必要な高齢者が増加する恐れもあり、内陸部の受け入れ態勢が整うかは未知数だ。特別養護老人ホームに早期入所が必要な待機者は2010年3月時点で約1200人に上り、県内の入所待機者が一気に増える懸念もある。 県長寿社会課の岡村鋭次総括課長は「まずは被災施設の入所者の行き先を最優先で確保したい。その上で被災地の要介護者や内陸部の待機者にも県内の施設で対応できるよう努力していく」としている。
県警の派遣部隊帰任 岐阜 2011年3月23日 読売新聞
東日本巨大地震の被災地支援に派遣されていた県警の災害派遣部隊が帰任し、22日、滝沢裕昭本部長に被災地の状況や現地での活動内容を報告した。余震が続く中、けが人の捜索や遺体の検視などにあたった部隊の幹部は報告後の記者会見で、「被災地は戦場のようだった。作業には限界があり、非力さを感じた」と振り返った。(藤沢一紀)
災害派遣部隊は広域緊急援助隊刑事部隊、同交通部隊、県警航空隊、中部管区機動隊県部隊の4隊計136人。発生当日の11日から順次現地入りし、20日までの10日間、宮城、福島両県で活動した。今後も引き続き出動する。 このうち、航空隊は宮城県気仙沼市を中心に、ヘリコプターでけが人や病人、遺体を捜索し、10人を救助。津波によるがれきでヘリが着陸できず、ホバリングで救助したという。中島健二郎隊長は「上空から見ると、戦場のようだった。いたるところで火の手が上がり、手のつけようがなかった」と話した。 刑事部隊は仙台市利府町の体育館で53人の遺体を検視した。高齢者や女性、子どもが大半で、9割以上の死因が津波による水死だった。大津麻雄隊長は「発生時間が日中だったため、働き盛りの男性は少なく、犠牲者は女性や子どもが多かった」と唇をかんだ。また、「多くの遺体を前に、隊員も心理的に疲弊しただろう」と気づかった。 中部管区機動隊県部隊は、福島県いわき市の豊間地区で捜索を実施し、5人の遺体を発見した。現場は福島第一原子力発電所から南方約40キロで、活動期間中に同原発の2号機や3号機で火災が発生。放射線量の測定機器を身につけ、天候や風向き次第では車内待機するなど活動時間が制限されたという。 原発事故を恐れて大半の市民が町を離れており、活動するためのガソリン確保も難航したという。奥田富夫隊長は「重機も使えず、手作業でやるしかなかった。探したい気持ちは強かったが、非力さを痛感した」と語った。
新造船、根室に「奇跡」の帰還 津波で漂流 2011年03月23日 朝日
大津波で漂流していたサケマス漁船「第68北星丸」=根室・花咲港
岩手県大槌町で建造中に大津波に襲われ、沖に流されていた根室市のサケマス漁船「第68北星丸」(29トン)が漂流11日目に同県釜石市沖で発見され、浦河町の漁船に引航されて22日午後、根室・花咲港にたどり着いた。船主の飯作(はんさく)鶴幸さん(68)は「船はほぼ無傷。奇跡に奇跡が重なった。これも仲間のおかげ」と涙ぐみ、「洋上には被災した漁船がたくさん漂流している」と他の漁船の捜索を訴えた。 大地震と大津波に襲われた11日、北星丸は大槌町の吉里吉里漁港の造船所で20日の進水を待つばかりだったが、大津波で沖に流され、無人のまま行方不明に。あきらめかけていた19日、通りかかった山口県の貨物船が宮古市沖約133キロで漂流している北星丸を目撃、連絡してくれた。 大津波当時、同町で造船作業に携わっていた根室市の同船船長、佐藤則男さん(57)らは九死に一生を得て15日に根室市に戻っていた。
北星丸発見の知らせを受けた船主の飯作さんは、サケマス漁の仲間の船に協力を依頼。20日未明、佐藤船長は浦河町の荻伏漁港から第66大浦丸(29トン、浦川栄吾船長)に乗船して現地に向かい、ともに捜索に出ていた広尾町の第10邦晃丸(29トン、板垣龍男船長)が21日朝、貨物船の発見場所から南東に約90キロ離れた釜石市沖約220キロで発見。大浦丸が引航して一昼夜かかって花咲港に着いた。 佐藤船長は「広い海でよく見つけてくれた。機関室は無事で外見もほぼ無傷。よく調べて一日も早く漁に出たい」。大浦丸の船主、浦川春水さん(75)は「漁師仲間の窮地を救うのは当然。見つかるか心配だったが、ほんとによかった」と話した。 道によると、道内の漁船30隻が東北地方で被災、根室市の漁船も180トン型のサケマス漁船4隻など計6隻が被災し、北星丸もそのうちの1隻だった。飯作さんは「多くの命が奪われ、漁船も被害を受けているので手放しでは喜べない。沖には多くの船が漂流しているが、国の捜索の手は伸びていないようだ。空からの捜索でなんとか漂流漁船を助けてほしい」と話した。(深沢博)
福島産野菜に大打撃 農家「廃棄するしか…」 2011年3月23日 読売新聞
福島県産のキャベツやブロッコリーなどが23日、市場に流通させない出荷制限だけでなく、食べることも控える摂取制限の対象になった。 愛情込めて育てた野菜を泣く泣く捨てなければならなくなった農家からは悲鳴が漏れ、市場関係者らは福島ブランド野菜の行方を心配した。 「半年間、毎日、手をかけてきた野菜が食べられなくなるのはつらいが、もう廃棄処分するしかない」。同県南相馬市で30年以上にわたって農業を営む同市原町区の農業、鈴木幸平さん(74)は嘆く。 自宅が福島第一原発から30キロ圏内で、今は同県郡山市の親戚宅に身を寄せている。5月には、摂取制限の対象となったキャベツを収穫する予定だった。例年なら稲作の準備にかかる頃だ。 鈴木さんは「今年はコメを収穫できても売れるかどうか……」と落胆する。
新たに出荷制限の対象になった茨城県産パセリの産地、同県鉾田市でパセリ農家を営む内田政輝さん(57)は「出荷できる野菜まで値崩れしている。収入源が全部断たれてしまった。急いで、補償を対応して」と訴えた。 東北や関東の野菜を扱う東京・大田市場(東京都大田区)の関係者からは、福島県産などの農作物の今後を危惧する声が上がる。農林水産省の統計によると、2009年の同県産の全国シェアはブロッコリーが5位、ホウレンソウが14位。 市場の小売業者で作る大東京青果物商業協同組合によると、同県は夏野菜の一大産地で、6月から出荷のピークを迎える。小山文夫理事長は、「福島の農家にとって大きなダメージ。指定品目以外は安全だと、国はアピールしてほしい」と悲痛な表情で話した。 「福島だけにとどまらず、東北や関東の野菜すべてに影響が出てしまうのではないか」と懸念するのは、青果卸業大手「東京青果」の大竹一平・営業本部部長。ホウレンソウは出荷制限以外の産地でも買い手が付かない状態という。 関東の大手スーパーでは、出荷制限されていない産地のホウレンソウについても、店員に「食べても大丈夫なの?」と尋ねる買い物客が出始めている。 東京都港区のスーパーの野菜売り場では、手に取った野菜をひっくり返し、産地を確かめる主婦の姿も見られた。
風評被害防止に全力 県、牛乳も独自検査 群馬 2011年3月23日 読売新聞
計画停電やガソリン不足で県内経済が疲弊する中、暫定規制値を超す放射性物質の検出を受けて政府が指示した一部県産野菜の出荷制限は、農業に二重の打撃を与えかねない。規制品目の拡大を懸念するJA群馬中央会は22日、農家への補償や風評被害防止を政府に働きかけるよう大沢知事に要請。県も牛乳の独自検査を行うなど、安全性確認を進めている。3000人を超す避難者支援を巡り、知事と市町村長の合同会議開催も決まった。 県やJAは22日、県産農産物の風評被害の封じ込めや安全性確認の対応に追われた。 JA群馬中央会の奥木功男会長は大沢知事に対し、▽消費者への正確な情報提供▽出荷停止や風評被害などへの補償対策▽検査の頻繁な実施と早期の安全確認――など5項目を申し入れた。 県も県産野菜の2度目の検査に着手。ハウス栽培のホウレンソウ、コマツナ、シュンギクと、露地栽培のニラの4品目を県内6か所から採取し、独立行政法人農業環境技術研究所(茨城県)に送った。出荷制限されているホウレンソウとカキナについては、24日にも、最初の検査と同じ畑から採取し、再検査で数値の変動状況を確認する。 また、県は生乳について、独自検査の実施を決定。前橋市と高崎市の酪農家から2検体を採取し、検査機関に調査を依頼した。県は「ホウレンソウやカキナ以外の県産農作物への影響はまだないようだが、1日も早く安全宣言をしたい」としている。 一方、安全を売り物にするスーパーからは、県産ホウレンソウが姿を消した。 高崎市内のスーパーは21日に800束近くを撤去。売り場では、ホウレンソウを置いていた棚に販売中止の張り紙をした。担当者は「今後は他県産を仕入れなくてはならない」とため息をつき、「ベイシア」の担当者も「埼玉産ホウレンソウへの振り替えが集中し、価格が高騰しているようだ」と漏らした。
東日本大震災:ホウレンソウ出荷停止 関西の店舗でも4県産野菜撤去 毎日新聞 2011年3月23日 大阪朝刊
食品衛生法の暫定規制値を超える放射性物質が検出されたとして、政府が福島、茨城、栃木、群馬4県産のホウレンソウなどの出荷停止を決めたことを受け、関西の一部スーパーや百貨店でも22日、4県産の野菜を撤去する店舗が相次いだ。しかし、関西は西日本産の野菜が主力で、4県産品の取り扱いが少ないため、ホウレンソウなどが店頭で品薄となる可能性は低いとみられる。関西スーパーマーケットは22日から、一部店舗で取り扱っていた茨城県産レタスやハクサイの仕入れをやめ、産地を替えた。近鉄百貨店の5店舗と高島屋大阪店も茨城県産ホウレンソウを22日までに撤去した。【植田憲尚、武内彩】
大前研一氏 日本の漁民は高台の安全住居から港に通勤すべし 2011.03.23 07:00 www.news-postseven.com/archives/20110323_15686.html
「最強国家ニッポン」を造り上げる設計図を提唱してきた大前研一氏が、いまこそ「前を向いて新しい国を造ろう」と力強いメッセージを送る。まず、東北をいかに再建するか。これは、あえて厳しい話からさせてもらう。今回の教訓を一言でいうならば、「日本は強い」という安易な自信を捨てることだ。三陸の多くの町は、チリ地震の津波で反省し、対策を取り、これで大丈夫だと思ってきた。しかし、実は自然の脅威の前に無力だとわかってしまった。ならば、これを「元通りに復旧する」のではいけない。特に、経済的にも困窮するであろう被災者、民間に任せて知らん顔をするようでは、戦後復興で闇市が乱立し、今も東京に消防車さえ入れない街並みがたくさん残ってしまった失敗の二の舞になる。 これは国が責任を持ってやる仕事だ。陸地と海の間に高い壁を築くという考えは捨て、低い土地には緑地、公園、運動場などを造り、その内側に高台を築いて、人はそこに住むという考え方に転換するべきだろう。近くに丘陵があれば住居はそちらに新たに造り出す。崩壊した港も、そのまま再建してはいけない。日本には2950もの漁港があるが、これは多すぎる。だから機能も防災も不十分になってしまうのだ。漁民には申し訳ないが、いくつかの漁港を廃止し、そのかわり再建する港は津波防止の開閉式の水門を含めてピカピカの高機能なものにする。現在、日本中の漁民は職住近接、通勤はなし、魚市場も町ごとにある。都市のサラリーマン同様、少しの通勤は我慢してもらうかわりに、高台に設けた安全な住居と最高の設備を持った魚市場と船着き場で働く環境を作る。悲しむべきことに、町ごと壊滅してしまった今だからこそ、ゼロから造り直すことができる。恐らく多くの被災者は再び津波が来るかもしれない危険なところに住みたくないと考えているはずで、今ならば賛同してくれる可能性が高い。
旅行中の京大生3人死亡、通常は除籍も特例で卒業に 2011.3.23 09:09
東日本大震災で、京都大の4年生3人が死亡していたことが22日わかった。3人は11日の地震発生時は旅行中で、津波の被害が大きかった仙台空港(宮城県名取市)にいたという。 京大によると、男子学生2人と女子学生1人。在学中に死亡した学生は除籍となるが、3人とも卒業要件を満たしており、特例措置で卒業にする方針。卒業式は24日に行われる。
雨とともに降下? 放射線量、東日本は高めのまま 2011年3月23日10時45分 朝日
23日午前中の東日本は前日に降った雨の影響で、福島第一原発から放出された放射性物質が降下したとみられ、引き続き大気中の放射線量が高めに推移している。 福島県内では23日午前8時現在、福島市で1時間あたりに5.90マイクロシーベルト(シーベルトは人間が放射線を浴びた時の影響度を示す単位)、いわき市で1.73マイクロシーベルトなど。前日同時刻の6.44マイクロシーベルト、2.24マイクロシーベルトより、それぞれ少し下がった。ただし、県内の平常時の上限は0.07マイクロシーベルト程度。飯舘村で13.60マイクロシーベルトを計測したように、まだ地域によってはかなり高い状態だ。 前日に高い値を記録していた茨城県内もやや下がった。北茨城市で1.44マイクロシーベルト(22日午前8時現在は2.430マイクロシーベルト)、ひたちなか市で0.968マイクロシーベルト(同1.076マイクロシーベルト)となった。一方、東京都新宿区で0.146マイクロシーベルトなど、前日より高い値を記録した地点も複数あった。
福島で強い地震相次ぐ=震度5強が2回−東北太平洋沖の余震・気象庁 2011/03/23-11:05 時事
23日午前7時12分ごろと同36分ごろ、東北、関東地方で地震があり、いずれも福島県いわき市で震度5強の揺れを観測した。気象庁によると、11日の東北地方太平洋沖地震の余震とみられる。震度5強以上の余震は19日夕の茨城県北部を震源にした地震以来で、6回目。 東京電力によると、福島第1、第2原発に異常は確認されておらず、復旧作業への影響もないとしている。東北新幹線は安全確認のため、小山−那須塩原間で一時運転を見合わせた。 茨城県警などによると、同県筑西市で屋外に避難した女性が、落ちてきた屋根瓦で軽傷を負った。福島県によると、いわき市で住宅の裏山が土砂崩れを起こしたが、けが人はいない。 気象庁によると、午前7時12分の地震の震源地は福島県浜通りで、震源の深さはごく浅く、地震の規模(マグニチュード=M)は6.0と推定。また、同36分の地震の震源地も同県浜通りで、震源の深さは約10キロ、M5.8と推定される。 同庁の横山博文地震津波監視課長は今回連続して発生した地震について、「同じ場所、同じメカニズムの地震で、本震でひずみができた場所で起きた」と分析。1カ月以上たってから最大余震が起きることもあるとして、引き続き強い余震に警戒するよう呼び掛けた。
3号機 給水ポンプ試運転へ 3月23日 11時11分 NHK
22日夜、震災以来11日ぶりに中央制御室に照明がともった福島第一原子力発電所3号機では、23日、外部電源を使って原子炉に水を送るポンプの試運転を行う予定です。使用済み燃料プールに水を入れる作業も継続する予定で、東京電力は本来の冷却機能の回復に向けて作業を進めることにしています。
福島第一原子力発電所で進められている外部電源の復旧作業のうち、3号機では、22日午後10時43分、中央制御室に震災以来11日ぶりに電気が流され、照明が点灯しました。福島第一原発の中でも深刻な事態に陥っている1号機から4号機のうち、中央制御室に外部電源が復旧したのは初めてです。東京電力福島事務所が23日午前9時すぎの記者会見で説明したところによりますと、23日の外部電源の復旧作業は、まず3号機の水をためているタンクから原子炉に水を送るポンプの試運転を行うということです。23日は今のところ、水を入れる予定はないということです。このほか、1号機と2号機については、機器の点検と、配電盤から設備や機器に電気を流すためのケーブルの敷設を行う予定です。また、23日も使用済み燃料プールに水を入れる作業が行われます。4号機では、東京電力が手配した、場所を絞って大量の水を注ぎ込める特殊な車両による注水が、午前10時から3時間程度、3号機では東京消防庁による放水が午後2時から2時間程度、行われる予定です。東京電力は外部電源による電気での設備や機器の復旧を急ぎ、本来の冷却機能の回復に向けて作業を進めることにしています。
茨城県産野菜買い手つかず 神戸市中央卸売市場 2011/03/23 11:14
出荷制限を受け、神戸市中央卸売市場では22日、福島、茨城、栃木、群馬の4県産のホウレンソウの入荷が止まった。もともと同地域からの入荷は少なく、大きな混乱はなかった。 同市場によると、4県産のホウレンソウの入荷は昨年3月で約3トンの実績があり全体の2%。今後については「夏場は例年、品薄傾向なので、影響が出てくる恐れがある」と話している。 ホウレンソウ以外の野菜ではこの日、茨城県産のレタスや白菜が通常通り入荷したが、買い手がつかなかった。 神果神戸青果は「スーパーなど量販店が買い控えたのでは」とみている。(桑名良典)
原発から40キロの土壌、高濃度セシウム 半減期30年 2011年3月23日12時22分 朝日
文部科学省は23日、福島第一原発から約40キロ離れた福島県飯舘村の土壌から、高濃度のセシウム137が検出されたと発表した。単純比較はできないが、国が定めた放射線管理区域の基準値の4倍に相当する。半減期が8日と短い、放射性ヨウ素の値も、約30倍の値だった。今後、土壌の入れ替えが必要になる可能性も出てきた。 同省によると、20日午後0時40分に飯舘村で採った土1キロあたりから、セシウムが16万3千ベクレル、ヨウ素が117万ベクレル検出された。19日午前11時40分に同じ場所から採った土と比べ、セシウムで約6倍、ヨウ素で約4倍高くなった。 このほか、約45キロ離れた川俣町で19日に採った土からセシウム8690ベクレル、ヨウ素8万5400ベクレル、約25キロ離れた南相馬市でもセシウム4040ベクレル、ヨウ素3万5800ベクレルを検出した。 ヨウ素の半減期は8日間と短いが、セシウム137は約30年間にわたる。長期間、土壌が汚染されることにより、人体や農作物などに影響が出る可能性がある。 放射線管理区域の基準値は1平方メートルあたり4万ベクレル。 原子力安全・保安院は23日未明の記者会見で、福島県内の高濃度に汚染された野菜が見つかったことに関連して、「セシウムは半減期が長く、場合によっては土壌を入れ替える作業も必要になるかもしれない」と発言した。
制御室の計測機器に通電=1号機炉内温400度以上−核燃料プールに放水・福島原発 2011/03/23-12:41 時事
東日本大震災で深刻な状況が続く東京電力福島第1原発(福島県大熊町、双葉町)で23日、東電は1号機の中央制御室にある原子炉内の状態をモニターする計測機器に外部電源を接続した。経済産業省原子力安全・保安院によると、同日午前6時、1号機の炉内温度が400度以上に上昇。東電は炉内への給水量を増やし、同10時の時点で390度に下げた。3、4号機の計測機器にも同日までに外部電源がつながった。 コンクリート用高圧ポンプ車による4号機の使用済み核燃料プールへの放水も始めた。3号機には23日夕、横浜市消防局が放水する予定。 東北電力送電線からの外部電源は22日、1〜6の全号機に接続された。5、6号機は既に安全な冷温停止状態にあるが、1〜3号機の原子炉と1〜4号機のプールは、消防ポンプなどによる海水注入量が減って燃料棒が再び露出すれば、大量の放射性物質が放出される可能性が高い状態が続いている。 東電は22日夜、3号機の中央制御室の照明を点灯。4号機についても制御室の復旧作業に取り組んだ。3、4号機では、現在外部からの放水を行っている使用済み核燃料プールについて、消火系配管を通じた給水を行うことや、原子炉への注水を真水に切り替えることを検討している。 一方、1、2号機は補給水系ポンプのモーターが海水をかぶって状態が悪く、1号機には代替機を搬入し交換する。1号機の炉内温度は23日午前6時、設計時に想定した上限温度(302度)を超える400度以上に上昇。これまでの消火系配管に加え、別の配管も使って給水量を9倍に増やし、炉内温度を390度まで下げた。保安院によると、設計温度を超えても、直ちに不具合は生じないという。
死者・行方不明者2万4124人 23日正午現在 警察庁 2011.3.23 12:38 産経
警察庁によると、23日正午現在、東北など12都道県警が検視などで確認した死者数は9408人に上った。これまでに家族らから届け出があった行方不明者は1万4716人で、死者と行方不明者合わせて2万4124人になった。重軽傷者は18都道県で計2746人。 また、23日午前10時段階で検視が終了したのは約8990人で、このうち身元が確認されたのは約64%の約5770人にとどまっている。遺族に引き渡されたのが5210人。 各県の死者数は、北海道1人▽青森3人▽岩手2875人▽宮城5714人▽山形1人▽福島762人▽東京7人▽茨城20人▽栃木4人▽群馬1人▽千葉16人▽神奈川4人。 建物の被害は、全壊・流失が9都県で1万7932戸に上っている。ただ、岩手、宮城、福島3県では沿岸部を中心に壊滅的な状況に陥っており、把握できていない場所が多数あるとみられる。 また、警察が把握している避難状況は、ピーク時に比較し減少したが、被害が大きかった3県では23万人を超え、避難所は16都県に拡大。避難者は、岩手4万4426人▽宮城10万4792人▽福島8万3778人などで計26万1008人に及んでいる。
福島第1原発:岐阜県の援助隊が入院患者の搬送拒否 毎日新聞 2011年3月23日 12時42分
福島第1原子力発電所の事故で現地に派遣されている岐阜県緊急消防援助隊が、屋内退避区域になっている半径20〜30キロ圏内の病院の入院患者の搬送について「安全が確保されていない」などとして断っていたことが23日分かった。 同県消防課によると、県内からは22消防本部のうち10消防本部の隊員が緊急消防援助隊として交代で被災地に入り、被災者支援に当たっている。同援助隊は、福島県の依頼を受けた消防庁から17日に20〜30キロ圏内の患者の搬送要請を受けた。しかし、当時参加していた6消防本部がいずれも断る意向を示したという。岐阜市消防本部では「隊員の安全を第一に考えた」と理由を説明している。【岡大介】
屋内退避区域の患者搬送拒否 群馬など3県の消防援助隊 2011/03/23 12:42 共同通信
東日本大震災で、事故が起きた福島第1原発の半径20〜30キロ圏内の屋内退避区域にいた入院患者について、総務省消防庁から搬送するよう要請を受けた現地の群馬、岐阜、静岡の計3県の緊急消防援助隊が「隊員の安全に不安が残る」として断っていたことが23日、分かった。 総務省消防庁は「安全面に問題はないことは伝えた。しかし要請に法的強制力はなく、現場での判断にコメントはできない」としている。 各地の消防当局によると、消防庁から16日、福島県の屋内退避区域での患者搬送依頼を受けた。しかし「詳しい状況が分からない上、特別な装備もなく出動に不安が残る」などとして断った。 福島県によると、入院患者はその後、警察と自衛隊のバスが搬送した。群馬の援助隊は8隊24人、岐阜は6隊18人、静岡は11隊33人が被災地入りしていた。 半径30キロ圏内にいた入院患者や福祉施設入所者らの搬送は、ほぼ終了している。屋内退避区域の生活について政府は、マスクを着用し、肌の露出を減らすことなどを呼び掛けている。
ボランティア称し“震災泥棒”横行 「日本人は誇りを失ってしまったのか」 2011.3.23 13:31 産経
震災で東北地方の石油精製所が大きな被害を受け、食料や水を被災地へ車で運ぶのに欠かせないガソリンが不足する中、宮城県南三陸町で、自称・震災ボランティアの男が横転した乗用車からガソリンを抜き取るところを目撃した。被災地では車内の金品を狙う車上荒らしも横行しているといい、南三陸町では有志の住民が自警団を結成し、パトロールに乗り出した。(本間英士)
あたり一面ががれきと化し、住民の姿は見えず自衛隊員や消防隊員らしかいない南三陸町の沿岸部。取材していた21日午後2時ごろ、若い男が路上に横転した白いワゴン車の底部をバールで打ちつけているのに気づいた。 しばらく見ていると、男は燃料タンクに穴を開け、灯油ポンプを差し込んで、中身を携行缶に移し始めた。 近づいて「何をしているんですか?」と声をかけると、男は驚いた様子で言葉に詰まり、「ちょっと使うんです」。「あなたの車ですか」と尋ねると、目をそむけながら首を振った。そこに偶然、宮城県警のパトカーが通りかかり、異変に気づいた警察官2人が約10分間、男に職務質問。 男は解放されると、近くに止めていた軽トラックに足早に乗り込み、記者をにらみつけて立ち去った。県警によると、男は職務質問に対し、「ボランティアとして県外から来た。ガソリンを使うつもりだった」と説明。車がもともと壊れていたことや男が反省の態度を示したことから、厳重注意にとどめたという。軽トラックには「新潟県中越沖地震支援」と記したステッカーが貼ってあった。 今回の震災では、東北地方の石油精製所が被害を受け、ガソリンが不足している。警察や消防など緊急車両の燃料は優先的に確保されるが、一般車向けの燃料は行き渡らず、被災者は開店しているガソリンスタンドを苦労して探し出し、4、5時間並んで給油している。 南三陸町では車内の金品を狙った車上荒らしも横行。約1500人が集まる「町スポーツ交流村ベイサイドアリーナ」駐車場で約10台のドアガラスが割られ、地元の芳賀善隆さん(67)らが自警団を結成しパトロールをしている。 芳賀さんは「こんな大変な時なのに。日本人は誇りを失ってしまったのか」と寂しげにつぶやいた。
東京の浄水場から放射性ヨウ素検出 乳児の基準値2倍超 「飲用控えて」 産経新聞 3月23日(水)14時24分配信
東京都は23日、水道局の金町浄水場(葛飾区)から、放射性物質が乳児の暫定基準値の2倍を超える数値を測定したことを明らかにした。 都によると、放射性ヨウ素を水道水1キロあたり210ベクレルを検出したといい、乳児に水道水の飲用を控えるよう要請した。乳児の水道水の摂取を控える地域は、東京23区、武蔵野市、町田市、多摩市、稲城市、三鷹市。 厚生労働省が示した乳児の飲用を控える暫定規制値は1キロあたり100ベクレル。
オール電化住宅、普及裏目…原発2基分の消費増 読売新聞 3月23日(水)14時42分配信
東京電力が、給湯や調理などすべてを電気でまかなう「オール電化住宅」の普及を推進してきたことが、今回の電力不足に拍車をかけている。 この3年間で戸数が倍増し、最大で原子力発電プラント2基分にあたる約200万キロ・ワット分の電力消費能力が増えた可能性がある。東電は、東日本巨大地震後、計画停電をせざるをえない状態で、オール電化の普及策は抜本的な見直しを迫られている。 東電によると、管内9都県のオール電化戸数は2002年3月末時点で1万3000戸だったのが、08年3月末に45万6000戸になった。10年末には85万5000戸に倍増した。「原子力は発電時に二酸化炭素を排出せず、地球温暖化の防止につながる。省エネにもなる」とアピールし、電気料金の割引を適用してきたが、急速な普及策が裏目に出た形だ。
東京の水道水に基準超える放射性ヨウ素 乳児に飲ませないよう呼びかけ 2011年03月23日 15:14 AFP
3号機から発煙、一時退避=福島第1原発、放水中止−周辺放射線量に変化なし 2011/03/23-17:55 時事
東日本大震災で被災し、深刻な状況が続く東京電力福島第1原発で、23日午後4時20分ごろ、3号機原子炉建屋東側から黒い煙が出ていると連絡が入った。火は見えていない。東電は1〜4号機の作業員を退避させた上、原因を調べている。煙は収まりつつあるという。東電は、原子炉圧力容器や周辺の放射線量などの値に大きな変化はないとしている。 東京消防庁によると、横浜市消防局が同消防庁の指揮支援を受け、同4時半から3号機への放水を予定し、敷地内に入ったが、撤退。同4時40分に中止が決まった。 東電によると、23日午前、3号機の冷却系配管に消防車のポンプを接続し、使用済み核燃料プールに海水を35トン注入した。これまで3号機と4号機では、大破した建屋の上から、自衛隊のヘリや東京消防庁などの消防車による放水でプール内に水を入れてきたが、より多くの水を入れ、冷却を確実にするために直接注入を開始していた。 24日には4号機、25日には1号機でも実施することになっている。
JR西 運転本数や車両数減へ 3月23日 19時33分
JR西日本は、東北関東大震災で、電車の部品の調達が難しくなったとして、来月から一部の路線で、運転本数や電車の車両の数を減らすことになりました。JR西日本によりますと、電車の部品を製造する茨城県日立市と福島県浪江町の工場が地震で被災したり、原子力発電所の事故で避難の対象になったりして操業できなくなりました。この工場では、電車のモーターを動かすのに必要な「直流電動機ブラシ」という部品を製造しており、この部品は、JR西日本の在来線の電車の半数に当たるおよそ2300両で使われています。このままでは来月下旬以降、部品の交換ができなくなるため、JR西日本は、来月2日から、運転本数や電車の編成車両を減らし、部品の交換時期を先延ばしすることにしました。このうち運転本数については、大阪環状線で昼間に20%減らすほか、紀勢線の和歌山と御坊の間で昼間に50%減らすなどとしています。JR西日本の西川直輝副社長は「お客さまにご迷惑をおかけしますが、ご理解いただきたい」と話しています。
届かぬ食材、閉まる店…福島・南相馬、深刻な食料不足 2011年3月23日20時1分 朝日
福島第一原発の北にある福島県南相馬市。放射能を恐れる人が次々と街を離れた。人口7万人の市に、残るのは2万人。物資の輸送が滞り、各世帯の食料は尽きかけている。市の関係者は漏らす。 「このままでは餓死する人が出かねない」 「避難した人も不安、残った人も不安だよ」。同市鹿島地区の農家鈴木浩さん(65)は語る。原発の半径20〜30キロ圏に一部がかかる1万1千人の同地区。残っているのは1300人ほどという。 近隣の店も閉まり、食材は隣の相馬市まで車で20〜30分かけて買いに行く。走行距離は平均40〜50キロ。食事は自分の家で作った米と缶詰、ソーセージなどが多い。 もうすぐ種まきの時期だ。「でも、誰も買わないなら作っても意味がない。どうやって暮らしていけばいいか」 人口7万人の同市は、避難指示の半径20キロ圏▽屋内退避の20〜30キロ圏▽何も指示のない30キロ超の区域――の三つに分断された。市は、避難指示の地区以外も含め、希望する住民を新潟県、群馬県、長野県などにバスで送り出した。 「国には30キロ圏まで避難を指示してほしかった」。桜井勝延市長は残念がる。「屋内退避」という政府の判断が市民の放射線への不安を助長した。「言葉が独り歩きして『南相馬市は危ないのではないか』と思われてしまった」 ガソリンのタンクローリーの運転手が南相馬市のはるか手前で乗り入れを拒んだため、市は大型免許を持つ職員や市民に取りに行かせた。食料品などの生活用品が届かず、スーパーやコンビニが次々と営業をやめ、市全体が深刻な物資不足に陥った。市の関係者は「各家庭の食べ物は底をつきはじめていると思う」と話す。相馬市の相馬総合卸売市場を貸し切って、運送業者が24時間常駐し南相馬市内への食料供給に対応している。ここが命綱だが、届く食料は先細りだ。 南相馬市立総合病院の金澤幸夫院長は、急患に対応するため、今も病院に残っている。「ここには救急車すら入ってこない。30キロ圏内に入る手前で救急車から自衛隊の車に患者を乗せかえている」と憤る。 暮らしたくても暮らせない。街は風前のともしびだ。
一部地域が屋内退避の対象となった福島県いわき市では、市民の流出が止まらない。市は人口34万人のうち、すでに5万人超が市外へ避難したとみている。 23日午前、市内の常磐道いわき中央インターチェンジでは、関東方面へ向かう乗用車が目立った。近くに住む橋本将夫さん(63)は「21日から、ずいぶん車が増えた。みんな逃げてるんだ」。 橋本さんの家の前には飲み物の自動販売機などがある。高速に入る前に立ち寄るドライバーたちと話してみると、みな「放射能が怖いから避難する」と言う。「特に赤ちゃんがいる人は心配しているよ」 11日の地震で通行止めになっていた常磐道は、21日からいわき中央インターから関東方面の通行を再開。ガソリンも届き始め、20日から営業を始めたスタンドもある。待望の燃料だが、マイカーの給油を終えると、そのまま県外へ出る人も。東京行きの高速バスでも満席が続く。 そもそも市域の大半は原発から30〜50キロ圏におさまる。市内の大気中の放射線量も一時高まったが、17日以降は比較的低い水準で推移している。それでも、市は15日、国が20〜30キロ圏に屋内退避を指示した際、広報車や地元FM局を通じて市全域に「外出自粛」を呼びかけた。 鈴木英司副市長(59)は「15日は雨。放射線がどう影響するか分からないなか、原発から30キロ圏の内と外で対応を変えれば、市民が混乱すると考えた」と説明する。 しかし、市民の受け止め方は違った。「国の指示なら『安全圏』なのに、市は危険だと言わんばかり。一体どっちなんだ」。原発から40キロ付近に住む会社役員の男性(64)は怒る。「市の全体が危ないという話が広まった。市民が逃げるような街に物資を届ける人なんかいない」 関東方面から燃料や食料を運ぶ運送会社の中には、途中の福島県郡山市までしか運ばない業者も増えた。市職員や消防隊員が郡山まで荷物を取りに行ったが、ガソリン不足で回数は限られた。 市内はまだ6割の世帯で断水中。「20キロ圏内の住民が私たちの目の前を通って逃げていった。市内には食べ物も水もない。市が『大丈夫です』と言っても説得力がない」。市職員はため息をついた。 ここ数日、徐々に物資が届き始めた。時間限定で営業を再開したスーパーでは、パンや弁当を確保しようと長い列ができた。鈴木副市長は「市全域に外出自粛を呼びかけたのは大げさすぎたかもしれない。だが、国の指示がそもそも中途半端だった」と言う。
一部が屋内退避圏にかかる福島県飯舘村。人口6100人の村には今、ほぼ半数の3200人しか残っていない。 村内では原発事故以降、大気中や栽培するブロッコリーから高めの放射線量や高濃度の放射性物質を検出。23日には、文部科学省が村内の土壌からも高濃度の放射性物質・セシウムを検出したと発表した。 菅野典雄村長は訴える。「なぜこうなったのか、村はどうすればいいのか。国から全く示されず困っている」 村内で不安が高まったのは18日。大気中の放射線量がテレビなどで放送され、時には原発により近い地域よりも高い数値を示した。住民から不安を訴える声が相次いだ。 「どうして今まで隠していたのか」「早く村の外に逃げたい」……。村の幹部会はこの日、「大規模な避難もやむを得ない」として希望者が離村する際の支援策を決めた。 希望する村民と避難指示地域などから村内に退避していた人ら計314人が19日、バスで栃木県鹿沼市に到着。20日にも195人が同市へ逃れた。マイカーで避難する住民にも、20リットル分のガソリンを優先的に給油できるチケットを配布。村に4カ所あった避難所はすべて閉鎖した。 村から鹿沼市に避難した高橋薫さん(40)の一家は、家族8人のうち夫ら3人が村に残る。「家は井戸水だから震災後も苦労はしなかった。でも、夫に『子どもにこれからどんな症状が出るか分からないから』と言われて出た。いつ帰れるんだろう。残してきた家族が心配です」
津波の被害があった福島県南相馬市鹿島区の海岸には、人影も無く、犬がさまよっていた=23日午後5時22分、金子淳撮影
営業を再開したスーパーでは、レジ待ちの長い列ができた=23日、福島県いわき市、富田写す
被災地の田んぼでイルカ救助 無事海へ戻る 2011.3.23 21:03
東日本大震災で津波被害を受けた仙台市で22日、同市内の田んぼから体長1・2メートルの小型イルカが1頭救出された。ペット関連会社を経営する平了さん(32)によると、このイルカは海岸から2キロほど陸側に入った田園地帯で見つかった。 震災後、動物保護活動を行っていた平さんは、田んぼの近くを通った男性からイルカを見つけたとの連絡を受け、「現場」に急行した。田んぼにたまった海水でもがくイルカを発見すると、ネットを使って救出を試みるも失敗。その後何とか田んぼ内を歩いて進み、救出に成功した。 イルカは平さんと友人らによって、濡れたタオルで覆われ海に戻された。発見当時は弱っていたが、太平洋に放された際には元気を取り戻した様子だったという。(ロイター)
津波、北上川15キロ遡上 海面から23メートルの高さ 毎日新聞 3月23日(水)21時38分配信
三陸の多くの自治体では、宮城県沖地震と周辺が震源の地震が連動した場合を想定した津波のハザードマップ(被害予測地図)が作られている。だが、今回の地震は予測地図で想定されたマグニチュード(M)8.0を大きく上回るM9.0の巨大地震だったため、予測した浸水域を大幅に上回った。解析した地理調査部の北原敏夫・企画課長は「コンクリート造りの建物だけを残して壊滅状態の集落も点在している。津波災害としては例のない大規模なもの」と指摘。今後、被害と津波の高さ、地形との関係などの分析を進める。
一方、港湾空港技術研究所の現地調査によると、岩手県大船渡市の山沿いで駆け上がった津波が海面から23メートルの高さに達していた。沿岸での津波の高さは十数メートルとみられる。 同研究所の有川太郎・主任研究官(津波工学)によると、三陸のような狭い湾が入り組んだリアス式海岸は津波が高くなる。7〜8メートルの津波が逆V字形の湾奥に入るにつれてエネルギーを増し、2倍以上の波高となった可能性があるという。 有川さんらは、仙台平野を流れる名取川周辺でも海面から高さ最大12.2メートルの浸水跡を確認した。有川さんは「これまでの研究が無力だと思えるほどの惨状だった」と話す。 牛山素行・静岡大防災総合センター准教授(災害情報学)は「東海地震など今後の地震を考えれば、従来の想定では津波対策が不十分な地域がかなりある。危険地帯では避難場所をさらに高い地点に移したり、堅牢(けんろう)な4、5階建ての津波避難ビルを建てるなど、ハードとソフトの両面で対策を取るべきだ」と指摘する。【八田浩輔、西川拓】
24ベテラン地元紙記者、妻の目前で津波にのまれる 読売新聞 3月24日(木)2時9分配信
岩手東海新聞の記者として岩手県宮古市を30年間駆け回った佐々木健さん(64)が、東日本巨大地震による津波にのまれて死亡していたことが分かった。 街中を漂流した愛車には、津波の寸前に必死に積み込んだカメラとパソコンがあった。 地震発生日の11日、佐々木さんは宮古湾近くの2階建て事務所にいた。配達に出ようとする配達員を制して避難させ、建物に戻って妻雅子さん(60)とともにパソコンを車に運んだ。 車に乗り込む直前、ごう音が響き渡った。「雅子、2階に上がれー!」。佐々木さんも後に続こうとしたが溺れてしまった。一足先に2階に上がった雅子さんが目を凝らすと水面から、佐々木さんの顔が見えた。「電柱につかまって」と声を張り上げたが、沈んでいったという。「パソコンなんて持たずに避難をしていれば。でも、原稿執筆には欠かせないものだから……」 佐々木さんは1969年に入社。雅子さんと手分けして漁業や祭りなどの話題を取材、毎日4〜5本の原稿を書いていた。定年直後の2006年秋に心臓病でペースメーカーを付けたが、翌年に人工弁を装着し嘱託として現場復帰。胸の手術痕で遺体を確認した。 同社業務局長の神林知明さん(63)は、「どこにいっても知られている、根っからの記者だった」と惜しんだ。(山田正敏)
解雇相談が700件以上に…岩手労働局など 毎日新聞 3月24日(木)2時33分配信
被災地の事業者から岩手労働局などに寄せられた従業員の解雇などに関する相談は、約700件以上に達していることが分かった。このうち、内定取り消しについての相談は事業者、学生双方から少なくとも十数件あった。各ハローワークは今後、相談が急増するとみている。 労働局や釜石、久慈、大船渡各ハローワークに取材し集計した。労働局がまとめた14〜18日分の相談は計572件。工場や店舗の損壊や資材不足で操業困難に陥り、従業員を雇用できないといった相談が216件あった。賃金が支払えなかったり、従業員を自宅待機させる予定の事業者の相談も116件あった。各ハローワークは22日だけで▽釜石90件以上▽大船渡15件▽久慈5件の相談があった。【稲垣淳】
県産ホウレンソウ出荷停止 県外産高騰、影響拡大 県産トマトなど急落も 栃木 3月24日 05:00 下野
東日本大震災による福島第1原発の事故の影響で、食品衛生法上の暫定規制値を上回る放射性物質が確認された県産ホウレンソウ。原子力災害対策特別措置法に基づく出荷停止を受け、県内スーパーや配食業者は、23日も県外産の確保など対応に追われた。宇都宮市中央卸売市場では代替の埼玉産ホウレンソウの取引価格が高騰した半面、県産キュウリ、トマトは急落。原発事故の余波が、県内各所に影を落としている。
スーパー「たいらや」(宇都宮市)は出荷停止以降、対象のホウレンソウを売り場から撤去し、廃棄した。同社は「出荷停止前の店頭価格は県産で1束158〜168円。現在は埼玉、北海道産で300円くらい」と説明する。消費者の負担感を避けるため、2分の1束(158円)の販売も始めた。 この時期、県内で流通するホウレンソウの産地は、出荷停止中の北関東3県と福島が中心。やはり埼玉産を並べた「かましん」(同市)も「べらぼうに高い。入手できる産地で対応するしかない」と苦慮する。 個人宅の配食や、高齢者施設、小中学校などに食材提供を行う日本栄養給食協会(同市)も静岡、北海道産や、中国産の冷凍物に替えた。同社の担当者は「例年は地場の新鮮なホウレンソウを使えたが、高価な県外産に頼らざるを得ない」としている。 給食・外食産業のイートランド(同市)の担当者も「お客さまによっては『葉物を入れないで』『関東の野菜は全部だめ』という要望もある。今後は外国産野菜を取り入れることも、考えなければならないかも」と頭を悩ませる。 宇都宮市中央卸売市場は23日、急きょ埼玉産ホウレンソウを入荷した。通常、県内産を中心に5、6トンの入荷があるが、同日は0・3トン止まり。出荷停止前の19日は相対取引で300グラム105円だったが、23日は品薄感も手伝い同168円に高騰した。 一方、県産野菜の多くが値を下げた。中でもトマトは19日の4キロ1575円から同1050円に。キュウリは高値が5キロ1260円から、同525円と半値以下となった。 同市場は「卸売業者も『栃木、茨城、福島産というだけでだめだ』と言っている。(問題ないと)卸、仲卸が分かっていても、消費者が買ってくれるのかか、という懸念もあるようだ」としている。
「じわじわ首が絞められていく」 福島、嘆きと憤り 河北新報 3月24日(木)6時14分配信
東京電力福島第1原発の事故の影響で、政府が23日、福島県産の葉物野菜などに摂取制限と出荷停止を指示したことに対し、福島県内の農業関係者などは重苦しい嘆きと憤りに包まれている。(福島総局) 「先が見えれば我慢もできるが。被害に終わりがない」。福島県農協中央会の長島俊一常務理事の表情は暗い。「もう風評被害の段階を超えた。出荷自体ができなくなってしまった」と話す。 福島県の野菜の産出額(2009年)は540億円で全国15位。県の農業産出額の2割強を占める。松本友作副知事は会見で「県にとり痛恨の極み。国と東電には一刻も早く収束させるよう求める」と口調を強めた。 政府のモニタリングで最も高い放射性セシウム(8万2000ベクレル、基準値の164倍)が検出された本宮市のクキタチナ。みちのく安達農協によると、ほとんどが直売所への出荷か自家消費という。 同市南部の農業女性(80)は「春先の貴重な葉物野菜で、自分もよく食べる。直売所に出すと喜ばれたけれど」と肩を落とす。 「ハウス栽培なのに、福島県産だからと一切が駄目になった。出荷停止の対象が増えていき、栽培できる作物がなくなってしまう」と話すのは西郷村の農業高橋正人さん(48)。昨秋、ハウス3棟を建てたが、このままでは借金だけが残る。「いっそのこと、ことしは県産野菜の出荷をやめ、きちんと補償するべきだ。このままでは、じわじわと首が絞められていくようだ」と訴える。 消費者への影響も大きい。会津若松消費生活研究会の小沼光子会長は「健康な生活を送るために野菜は必要。放射能の影響を判断できない消費者は途方に暮れてしまう。広い県内には安全な生産地もあるはず。県単位ではなく、地域ごとに検査して細かく規制するべきだ」と注文を付けた。 流通業も対応に追われている。福島県を中心に宮城など5県に170店を展開するヨークベニマル(郡山市)は23日朝、出荷停止の情報を受け、対象のブロッコリーやコマツナなどを撤去した。ホウレンソウなどは集荷を変更して九州から仕入れている。同社企画財務室は「野菜がなくならないよう、他の産地から集荷して何とか対応したい」と話した。
[福島県内の放射能汚染] 20日の県の調査で飯舘村の水道水から飲用の基準値(1キロ当たり300ベクレル)を超える965ベクレルのヨウ素131を検出。住民に飲用を控えるよう求めた。伊達市など5市町の水道水から乳児の飲用に関する基準値(1キロ当たり100ベクレル)を上回るヨウ素131を検出。国は22日、乳児の飲用を控えるよう要請。農産物について国は21日、ホウレンソウとカキナ、原乳の出荷停止を指示。23日、食品衛生法の暫定基準値を超えたため、葉物野菜など11品種について摂取制限を指示した。
女川原発 事故時対策拠点が壊滅 発電所で監視継続 河北新報 3月24日(木)6時14分配信
東北電力女川原発(宮城県女川町、石巻市)の事故時などに対策拠点(オフサイトセンター)となる同町の県原子力防災対策センターが、東日本大震災による津波の直撃で使用不能となっていることが23日、分かった。放射線の監視などを行う隣接の県原子力センターも壊滅的な被害で、環境放射線などを監視できない状態。いずれも機能回復のめどは立っていない。経済産業省原子力安全・保安院によると、自動停止後の女川原発の監視は、仮のオフサイトセンターを仙台市内の仙台第2合同庁舎に置いた上で、国の保安検査官2人が女川原発内に常駐して継続している。原子力センターの石川陽一所長によると、津波は2階建ての対策センター屋上をのみ込んだ。屋上には石川さんら関係者や住民ら約20人が避難していた。このうち対策センター内にある国の保安検査官事務所の男性所長や県職員ら数人が流され、現在も連絡が取れていないという。 オフサイトセンターは緊急時、国や自治体の関係者らが情報交換や対策を検討する拠点。発電所の状況や放射線測定値を確認できるシステムなどの設備は、津波で使えなくなったとみられる。原子力センターも周辺に設置している7カ所の放射線測定ポイントの全てが測定不能になった。女川原発周辺の放射線は、東北電力が敷地内で測定しているデータで監視する状況となっている。宮城県は「女川原発が安定的に停止していることを日々、確認している。福島第1原発事故の県内への影響に関する対応に追われており、女川の監視体制の再構築には時間がかかる」と説明している。
原発懸念で25大使館が東京脱出もしくは一時閉鎖 2011年03月24日 07:46 AFP
松本剛明(Takeaki Matsumoto)外相は23日、東北地方太平洋沖地震による福島第1原子力発電所の事故をうけ、現在、25の在京大使館が一時閉鎖していることを明らかにした。
1号機の炉心、一時400度に…燃料棒露出続く 2011年3月24日09時23分 読売新聞
原子炉内の温度が、一時400度まで上昇した福島第一原発1号機に関して、東電は23日未明から仮設ポンプで、海水の注水量を増加、冷却作業を進め、午後6時現在で温度を306度まで下げた。 しかし、燃料棒は水面から露出したまま高温になったとみられ、圧力も上昇し、炉内の状態は不安定なままだ。専門家も炉心の一部が溶けた可能性があるなどとし、十分な警戒が必要としている。 元原子力安全委員の住田健二・大阪大名誉教授(原子力工学)は、「同じように原子炉内に注水し続けている2号機の温度(約100度)と大きな温度差があるのが気になる」と指摘。「炉心の一部が溶け、炉内が高温になったと考えられる。圧力容器を溶かすほどではないが、炉内が落ち着いていない。温度は今後、急上昇する危険性がある。細心の注意が必要だ。最も重要なのは、炉の近くで中性子線の有無を確認し、核分裂反応が連続して起きる臨界がわずかでも起きているのかどうかを知ることだ」と話す。 「異常な高温状態だ」と話すのは杉山亘・近畿大原子力研究所講師(原子力安全学)。約70気圧になる通常運転中でも水温は280度程度にとどまるとし、「冷たい水を高温の原子炉内に入れると、(原子炉につながる)給水配管が急な冷却で、破損するおそれもある」という。 宮崎慶次・大阪大名誉教授(原子力工学)は「原子炉の上部と下部で同じ約400度を示したのは、燃料の上部が冠水していないというより、水がほとんど入っていないのではないか。圧力容器を壊すような数値ではないが、深刻な状況が続いていると言える」としている。
福島原発1〜4号機すべてから一時、煙 3号機では注水作業が再開 産経新聞 3月24日(木)10時28分配信
東日本大震災で被災した福島第1原子力発電所の1〜4号機のすべてから、水蒸気のような白い煙がたちのぼっていることが24日午前、確認された。4機がいっせいに水蒸気を出したのが確認されたのは初めて。作業員は一時退避したが、その後水蒸気が止まり、午前8時前には3号機で使用済み燃料プールへの注水作業を再開した。煙の理由は不明。 NHKテレビによると、水蒸気のようなものがあがっているのは、1号機から4号機の建屋の屋根のあたりからで、勢いは強くなく、量も多くなかった。なお、これまでも水蒸気のような煙や、黒い煙が出ていることはたびたび確認されているが、1号機から煙のようなものがあがっていることが確認されたのは初めてだ。 この日は給水ポンプの復旧作業や1、2号機の中央制御室の照明復旧作業などが進められる計画だ。
福島原発事故、捜索阻む 遺体多数が未発見か 2011/03/24 10:30 共同通信
福島第1原発から30キロ圏内が避難指示や屋内退避の対象となったため、福島県内の被災地の捜索活動が難航している。東日本大震災で24日までに判明した福島県内の死者数は、同様に大きな津波被害のあった宮城、岩手両県よりは少なく、全体の8%ほどだが、自衛隊関係者は「実際は多くの遺体が未発見のまま放置されている可能性がある」と指摘。不明者の家族も焦りを募らせている。 自衛隊関係者によると、地震発生後、他県と同様に福島にも部隊が向かったが、原発事故が判明し、政府から一定区域の避難指示が出ると住民の避難支援の活動が中心に。20キロ圏内の病院などから寝たきりの患者ら計128人を救助するなど対応に追われたという。 自衛隊関係者は「どうしても行方不明者の捜索が後回しになり、さらに立ち入り禁止区域も拡大していった」と、当時の状況を説明。別の関係者も「防護服での捜索は動きにくく、指示圏内に多くの人員投入は不可能」と指摘している。 警察庁によると、24日午前9時現在で死者9523人、行方不明者1万6067人の計2万5590人となっている。 被害の大きい東北3県の死者は宮城5714人、岩手2939人、福島812人。行方不明者は宮城6196人、岩手4947人、福島4920人となっている。 また茨城県南部で24日午前、震度5弱の地震があった。
御用邸職員風呂、被災者に開放へ 毎日新聞 3月24日(木)15時0分
宮内庁は、東日本大震災の被災者に、栃木県那須町の那須御用邸用地内の職員用宿舎の風呂を開放することを決めた。宿泊はできないが、被災者をバスで送り迎えし入浴してもらう。早ければ26日から実施予定。同用地の施設が一般に開放されるのは初めて。
3号機地下で作業中3人被ばく、2人は病院搬送 読売新聞 3月24日(木)15時17分配信
24日午後0時9分頃、東京電力福島第一原子力発電所3号機のタービン建屋地下1階で、ケーブル敷設作業を行っていた作業員3人が、被曝(ひばく)し、うち2人が福島県立医大に搬送された。 放射線医学総合研究所(千葉市)に転送される予定。経済産業省原子力安全・保安院が同日午後の記者会見で明らかにした。 3人の被曝量は、170〜180ミリ・シーベルト。3人のうち2人は東電の協力会社の作業員。
北朝鮮が10万ドルの見舞金、金総書記も 2011年3月24日 15:40 日テレ
北朝鮮の国営メディアは24日、「東日本大地震の見舞金として朝鮮赤十字会が日本赤十字社に10万ドル(約810万円)を送り、被災者と遺族に深い同情を示した」と報じた。また、金正日総書記は、在日朝鮮人に50万ドル(約4050万円)の見舞金を送ったという。北朝鮮が日本に支援金を送るのは、04年の新潟中越地震以来。
仙台空港、復旧に向け急ピッチ 2011.3.24 17:06
仙台空港のがれきや補修工事をする米軍。空輸した重機で一気に道がつくられた=24日午前、宮城県名取市(鈴木健児撮影)
大きな被害を受けた仙台空港(宮城県名取市)で24日、自衛隊と在日米軍が急ピッチで進めている復旧作業が公開された。 津波で冠水した空港は一時閉鎖されていたが、土砂を除いた滑走路の一部で救援物資の輸送に限り、使用が可能になっている。 災統合任務部隊司令部によると、在日米軍は約210人、大型車両など約55両を投入。この日はターミナル付近で、がれきや車などを撤去。大型車両が走り回ると、砂ぼこりが舞った。 また、滑走路の近くでは、在日米軍が救援物資の水を自衛隊の車両に積み込んでいた。 指揮にあたる米海兵隊キャンプフジ(静岡県御殿場市)のコゼニスキー大佐は「早く復旧できるように頑張りたい」と力を込めた。
ロシア:日本で水、機内食の補給禁止 自国航空会社に指示 毎日新聞 2011年3月24日 19時53分
【モスクワ田中洋之】インタファクス通信によると、ロシア消費者保護監督庁のオニシェンコ長官は24日、日本に就航しているロシアの航空会社に対し、日本国内で水や機内食を補給しないよう指示した。同庁は23日、福島第1原発事故を受け、群馬、福島、千葉、茨城、長野、栃木の6県で生産された食品の輸入と流通も禁止していた。日本に近いロシア極東では今のところ大気中の放射線量に異常はない。ただ、同長官によると、23日に極東ハバロフスク地方のワニノ港に到着した貨物船の機関室から通常の3倍のガンマ線が検出されたという。この船は木材を日本に運び、川崎港から福島沖を通ってロシアに戻った。ロシア当局は日本との航路で結ばれている6空港と6港湾で放射線の検査体制を強化している。
津波猛威…川を逆流12キロ内陸まで到達 2011年3月24日20時23分 nikkansports
東日本大震災で津波被害が出た東北太平洋沿岸の浸水範囲について、国土地理院は24日までに空撮から判読した概況図をまとめ、ホームページで公開している。津波が川を逆流し、海岸線から約12キロ内陸まで到達した所もあったとみられる。 概況図などによると、宮城県石巻市は、石巻港を中心に約40平方キロが浸水した。市北部を流れる北上川の流域は、追波湾の海岸線からの直線距離で約12キロ内陸まで津波が到達したとみられる。市中心部の石巻港に流れ込む旧北上川の流域は、約8キロ内陸まで浸水。津波が大規模に川を遡上(そじょう)したことがうかがえる。 宮城県多賀城市付近から福島県相馬市付近にかけての沿岸部は、約60キロにわたり津波浸水域が途切れることなく広がっている。この一帯でも、川沿いで8キロほど内陸まで津波による浸水が達した所があった。 国土地理院によると、概況図は大震災後の12〜19日、青森県八戸市から福島県南相馬市までの沿岸部上空から撮影した写真に基づき、職員が目視で浸水域を判読、地図上にまとめた。 ただ担当者は「浸水のあった地域でも、把握できていない部分がある」としている。(共同)
福島第1原発:1号機は高温高圧 安全委員長「最も懸念」 毎日新聞 2011年3月24日 20時41分
会見する班目春樹・原子力安全委員長(左)=2011年3月23日、山田大輔撮影 一進一退の状況が続く東京電力福島第1原発。23日夜に会見した原子力安全委員会の班目(まだらめ)春樹委員長は「個人的な意見」と断った上で、「最も懸念されるのは炉内の温度、圧力が上がっている1号機。2、3号機は危機を脱したのではないか」との見解を示した。 1号機で何が起きているのか。経済産業省原子力安全・保安院によると、1号機の核燃料を収めた原子炉圧力容器内は23日には温度が400度にまで上昇した。圧力容器の想定温度上限は302度で、高温状態が長時間続くと損傷につながる可能性がある。温度を下げるため炉内への注水量を増やした結果、水蒸気が発生して圧力容器や外側の原子炉格納容器の内圧が上がった。燃料棒を冷やすための水の水位は十分でないと考えられている。
奈良林直・北海道大教授(原子炉工学)は、今後1号機で想定される最悪のケースとして、格納容器の損傷を挙げる。「400度という圧力容器の温度は異常。高温環境の中で燃料棒を包む被覆管と容器内の水が反応して発生した水素が、圧力容器や格納容器にかなりたまっていると考えられる。それが排気などによって外部に漏れた場合、水素爆発を起こして格納容器を破損し、閉じ込めていた大量の放射性物質が放出する恐れがある」 さらに、水位が下がった高温の炉内で核燃料の溶融が進み、溶けた燃料が圧力容器下部の「制御棒駆動機構」など、強度がやや劣る部分から漏れ出す事態も考えられる。だが奈良林教授は「一気に圧力容器の底が抜けるようなことにはならない。量が少ないので、より深刻な水蒸気爆発を起こす可能性も低い」と話す。 圧力容器内の底などに溶融した核燃料が集まり、原発運転時と同様の連鎖的な核分裂反応を始める「再臨界」の可能性はどうか。小林圭二・元京都大原子炉実験所講師(原子炉物理学)は「核燃料は、正常な状態で最も核分裂反応が進みやすいように作ってある。溶けた状態では、再臨界になるとは考えにくい」と話す。 奈良林教授も「たとえ核燃料が溶けて臨界に必要な量が集まったとしても、臨界を維持するために必要な水は塊の内部には入っていけないので、まず再臨界は起こらない、という意見が原子炉の専門家の大勢だ」と言う。
旧ソ連のチェルノブイリ原発事故(86年)では、原子炉が運転中だったのに加え、炉内に燃えやすい黒鉛を使っていたため、大規模な水蒸気爆発を引き起こし、圧力容器が吹き飛んで大量の放射性物質をまき散らした。これに対し、福島第1原発は地震と同時に自動停止しており、構造が異なるため炉内に黒鉛もない。奈良林教授は「福島第1原発では、チェルノブイリのようなことは起こらない、と言い切ってよい」と話す。【西川拓】
両陛下、「自主停電」お続けに 2011.3.24 21:30 産経
天皇、皇后両陛下が、東日本大震災の被災地に思いをはせ、お住まいの皇居・御所の電気を一定時間使わない「自主停電」を続けられていることが分かった。「国民と困難を分かち合いたい」という趣旨で15日に始めたもので、宮内庁の羽毛田信吾長官らによると、陛下は「寒いのは(服を)着れば大丈夫」とおっしゃっているという。 両陛下は計画停電で「第1グループ」に分類された地域の停電時間に合わせ、1回約2時間にわたり、明かりや暖房といった電気の使用を一切控え、時にはろうそくや懐中電灯を使いながら過ごされているという。暗い中で夕食を取られることもあったようだ。 両陛下は、第1グループで停電が計画されたものの、実際には電力供給が逼(ひっ)迫(ぱく)せず、停電がなかった日も、当初の計画時間に合わせ、自主的な停電を実行された。15日から23日までは1日も欠かさずに行い、スケジュールに合わせて同じ日に朝晩2回、電気を止められた日も複数回あったという。宮内庁東宮職によると、皇太子ご一家も、同様の「自主停電」を、お住まいの東宮御所で行われているという。 計画停電では、皇居のある東京都千代田区は対象地域になっていない。
放射線量、原発周辺は減少傾向続く 24日 2011.3.24 21:34
福島第1原発周辺の放射線量は24日、減少の傾向が続いている。普段の観測点よりも原子炉に近い地点での測定となった時間帯もあったため、最高値は400マイクロシーベルト台の値となったが、それ以外は23日よりも低い値で推移。東北、関東各地では大きな変化はなく、ほとんどの地域では前日から微減となった。 安定化に向けて作業が続く福島第1原発の正門周辺では、午前6時半に230・9マイクロシーベルトから減少が続き、午後0時半には201・1マイクロシーベルトまで減少した。ただ、正門より炉に近い免震棟前では、429・5マイクロシーベルトを観測した。福島市では、23日より10ポイント低い値となった。 文部科学省の集計によると、各地の23日午前9時から24日午前9時までの最大値では茨城が依然として高く、平常値の約7倍に当たる0・361マイクロシーベルトを観測。埼玉、山梨では前日よりもわずかに増加した。しかしほかの関東各地はいずれも減少傾向が続き、健康には問題のないレベルで落ち着いている。
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東日本震災2週間 宮城の主な被害状況 ◎全容の把握になお時間
2011年03月25日金曜日 河北
●気仙沼市 人口約7万4000人のうち、確認された死者は533人。市は行方不明者を24日初めて公表し、1448人に上った。避難者は約100カ所に1万5050人。 津波と火災で市街地は壊滅的な打撃を受け、被害の全容把握には時間がかかる。電気、水道の復旧エリアは広がってきたが、市ガスの復旧のめどは立っていない。
●南三陸町 人口約1万7700人のうち、確認された死者は検視を終えた322人。行方不明者についての届け出は、町内最大規模の避難所の町総合体育館に約800件寄せられた。45カ所に約9300人が避難している。 約5600世帯のうち、約7割が被害を受けた。中心部の志津川地区をはじめ、沿岸部の伊里前、清水浜、折立などの集落は壊滅状態。 電気、水道は全滅。水は一部の集落で配給が始まった。ガスはほとんどの地域で使えない。
●石巻市 確認された死者は1946人。避難所173カ所に2万8601人が避難している。届け出などがある行方不明者は2797人。 人的被害の全容は不明だが、死者、行方不明者はさらに増える可能性が高い。石巻市幹部は「合わせて5000人程度になるのではないか」とみている。 旧石巻市内は中心部も津波被害で広範囲に冠水した。がれきなどの撤去は徐々に進み、車両の通行が可能になりつつある。南浜町・門脇町地区の住宅街は津波の直撃を受け火災も発生。水産業を支える石巻魚市場や水産加工会社が立ち並ぶ魚町周辺も破壊された。 牡鹿、雄勝、北上各地区は沿岸部がほぼ壊滅状態。支所庁舎など地区中心部の施設も大きく損壊。牡鹿は人口の6割以上、雄勝、北上は3割以上が避難所生活を送る。
●女川町 人口1万10人のうち、死者245人。一時安否確認ができない住民が多数いたが、生存確認者は増え8023人になった。行方不明者は732人。避難所21カ所に2584人。 町役場がある中心部の女川地区をはじめ、尾浦など沿岸部の集落は壊滅的な被害を受けた。被災した世帯数は不明。 電気は鷲神など一部地区で復旧した。水道はほぼ全戸で断水している。道路状況が改善し、主食を中心とした救援物資が各避難所に行く届くようになった。
●東松島市 死者は692人。行方不明者数は把握できていない。避難所89カ所に9708人が身を寄せる。阿部秀保市長は「犠牲者はさらに100〜200人増える可能性もある」と述べた。 大曲や浜市、野蒜、宮戸など沿岸部の被害が大きく、壊滅状態に近い集落もある。全1万5075世帯のうち電気は約半数、水道は1割程度が復旧した。携帯電話は一部で通話が可能。避難所での食事は市が1日2食を目標に配給しており、不足分を炊き出しで補う所もある。
●松島町 死者12人。安否不明7人。一時最大で5200戸が停電した。水道は1300世帯が断水。避難所3カ所に343人。このうち123人は東松島市から受け入れた。
●利府町 死者3人。電気は全域で復旧したが、水道、ガスは全域で停止中。町勤労青少年ホームに53人が避難している。
●塩釜市 死者34人。行方不明者6人。避難所22カ所に1083人。断水は約1700世帯。ガスは25日から順次供給を再開する予定。離島の浦戸地区(589人)は電気も水も復旧していない。
●七ケ浜町 死者は48人。29人の安否確認が取れていない。避難所8カ所に1229人。渡辺善夫町長は「仮設住宅は500戸は必要。早くめどをつけてほしい」と切望する。 海岸沿いの菖蒲田浜、松ケ浜、花渕浜、吉田浜、代ケ崎浜の被害は甚大。全壊住宅は500戸以上。電気は一部復旧、水道は4月2日以降に順次再開を予定。避難所では肌着などの衣類、おむつ、生理用品など生活物資が不足している。
●多賀城市 確認された死者は168人。行方不明者は110人。避難所12カ所に3609人。菊地健次郎市長は「死者は200人前後に上る可能性がある」と話した。 約2万4700世帯のうち約6500世帯が被害を受けた。町前、桜木、八幡、明月、宮内、栄、大代各地区など662ヘクタールが浸水した。 電気は全世帯の3分の2程度復旧。通水は5分の1程度の世帯に限られ、ガスは全域で停止中。
●仙台市 身元が確認された死者は265人で、ほかに422人の遺体を収容した。行方不明者は調査中。避難所は94カ所に6430人。市内45万6002世帯のうち、市東部沿岸地区の家屋は津波被害で壊滅状態。市中心部などでも倒壊の恐れがある建物が多く、市は緊急調査を進めている。 奥山恵美子市長は「復興には既存の諸制度を超えた支援策を考えなければならない」と話した。 電気は宮城野、若林の一部を除いて復旧、水道は広域水道水系で断水している。都市ガスの供給も始まり、東部沿岸地区を除き、1カ月〜1カ月半をめどに全面復旧する見通し。
●名取市 確認された死者は579人。安否不明者は約1000人。避難所18カ所に2141人。2万6433世帯のうち、被害世帯は調査中。閖上、下増田地区のほぼ全域が被災し、特に閖上1〜7丁目、北釜地区は壊滅状態。 電気は被災地区を除き復旧。水道は被災地区と名取が丘、愛島の一部を除き復旧。JR名取駅西口と仙台市地下鉄長町南駅間に臨時バス。
●岩沼市 確認された死者は136人。津波による被災地域で連絡が取れていない安否不明者は約150人。避難所7カ所に831人。 1万6003世帯のうち被災世帯は調査中。相の釜、藤曽根、二野倉、長谷釜、蒲崎、新浜と、寺島の一部などが壊滅状態。その他、仙台東部道路より東側の地域などが浸水被害。電気は一部を除き復旧。水道は市西部・中心部にかけて復旧が進む。
●亘理町 死者は204人、行方不明は154人。避難者は6カ所に計2605人。町は仮設住宅への入居を含め、避難住民を対象とした意向調査にも着手した。仮設住宅は元県蚕業試験場本部跡地に100戸の着工が決まった。ほかにも4カ所がリストアップされている。 津波は海岸線から約4キロ先まで押し寄せた。荒浜、吉田東部両地区約2900世帯の4割が全半壊したとみられる。斎藤邦男町長は「住民の切実な声にしっかり耳を傾け、国や県に対し確実に届けたい」と話す。逢隈地区などを除き約8000世帯で断水が続く。
●山元町 482人の死亡を確認。町外への避難者など465人の安否確認ができていない。 海岸線から1.5キロの範囲でほとんどの建物が流出した。約2000棟が全壊。国道6号から西側の被害が少ない。 県道相馬亘理線は通行不能。電気は6号の東側の浸水地区で復旧の見通しが立っていない。水道は約710世帯で復旧したが、復旧率は約13%。避難所は9カ所に約3450人。仮設住宅はまず100戸が旧坂元中跡地に建設される。
●白石市 死者1人。一時全域1万3915世帯が停電。水道は上郡山、緑が丘の一部約300世帯が断水中。避難所は4カ所で計158人を受け入れ、うち71人は福島県内から。
●角田市 建物37棟が全壊。全約1万500戸が一時停電、断水。水道は段階的に通水を始めた。避難所3カ所に福島県からの65人を含む151人。
●登米市 死者1人、行方不明者14人。住宅被害は全壊116棟、半壊119棟。避難者は6カ所に704人。南三陸町から612人が避難している。
●栗原市 全約43400戸が一時停電。水道は約3500戸で断水が続いている。住宅全壊5棟。避難所は1カ所で18人。市は500人規模での被災者受け入れを表明している。
●大崎市 死者4人。ほかに市外での死者3人、行方不明者3人。避難所12カ所に355人。宮城県沿岸部から31人、福島県から10人。1万250戸が断水中。市内外の被災者を鳴子温泉地域のホテル・旅館や古川地域のアパートに受け入れる方針で準備を進めている。
●蔵王町 全4227世帯の停電は全面復旧。水道は円田、平沢両地区の約1300世帯で断水。避難所は1カ所10人。避難者受け入れを調整中。山元町に職員5人を派遣。
●七ケ宿町 全世帯の停電は復旧。横川、峠田両地区約100世帯で断水。福島県から2世帯が一時避難。職員2人を山元町へ派遣。
●大河原町 一時最大で全8825世帯が停電、約8000世帯で断水した。避難所は1カ所。亘理、山元両町から20人、南相馬市から33人が避難。200人の受け入れ用意がある。 ●村田町 約1900世帯が断水している。避難所は1カ所で町内の13人が避難している。 ●柴田町 死者2人。水道は3639世帯、ガスは2030世帯でストップ。避難所は1カ所で町内から7人、相馬、南相馬両市から26人。150人の受け入れ用意がある。 ●川崎町 60世帯が断水中。避難所は1カ所で南相馬市から14人。100人を受け入れられる。
●丸森町 町外で4人不明。全約5000戸で停電、水道は4000戸で一時止まった。避難所3カ所に南相馬市から192人。
●大和町 家屋4棟が全壊。仙台市ガスの供給を受けている624世帯が不通。避難所はすべて閉鎖した。
●大郷町 死者1人。全壊家屋4棟。電気は復旧したが、水道は約240世帯が断水。町中央公民館に1家族5人が避難している。
●富谷町 新興住宅地を中心に9103世帯で断水が続く。ガスは5486世帯が不通。町中央公民館に21人が避難している。
●大衡村 村外で行方不明2人。水道は5世帯で断水中。電気は復旧した。避難所はすべて閉鎖した。
●色麻町 死者1人(東松島市で被災)。一時全世帯1950戸が停電、水道は一時最大で約1800戸で止まった。町は被災者300人の受け入れを表明している。
●加美町 一時最大で全世帯7960戸が停電。避難所は1カ所で石巻市から7人、福島原発事故で南相馬市から10人。町は被災者400人の受け入れを表明している。
●涌谷町 死者3人(2人は町外で被災)。行方不明者9人。一時全世帯が停電。水道はほぼ復旧。避難所は4カ所で沿岸部から29人。町は被災者を最大で80人受け入れる。
●美里町 死者5人(町外で被災)。行方不明者17人。一時全世帯が停電。水道は一部で断水中。避難所は3カ所。町は東松島市から最大700人受け入れる方向で調整。
東日本大震災:老舗・佐藤旅館、震災被害で廃業−−二本松・岳温泉 /福島 毎日新聞 2011年3月25日 地方版
民間信用調査会社の帝国データバンク福島支店によると、二本松市の岳温泉で「庭園の宿松渓苑」を営む佐藤旅館(佐藤俊夫社長)が23日、事業を停止し、任意整理に入った。負債総額は約7億2800万円。 同旅館は1906(明治39)年創業の老舗。85年に約5億円を投じて改築し、松渓苑と改称した。92年3月期には約5億円の売り上げを計上したが、温泉街の低迷に加え、設備投資に伴う借り入れの増加で債務超過に陥った。10年3月期の売上高は約3億1600万円。 東日本大震災で露天風呂や客室に被害を受け、休業。新たな設備投資は不可能と判断し、廃業を決めたという。【関雄輔】 http://topics.shokeien.com/
福島第1原発:電源復旧が中断 作業員被ばくで 毎日新聞 2011年3月25日 1時16分
東電は作業員の被ばくを受け、24日午後0時20分、3号機タービン建屋1階、地下で働いていた作業員に対して退避指示を出した。福島第1原発ではこの日、3号機以外の1、2、4号機でも同様の作業が行われており、建屋内の水がたまった場所に放射性物質が含まれている可能性があるため、3号機と同様な環境での復旧作業を一斉に中断した。 今後、放射線を出すもととなる物質や被ばくの原因を調べ、除去や遮蔽(しゃへい)ができれば作業を再開する見通しだ。
福島第一原発事故、スリーマイル超えレベル6相当に 2011年3月25日3時0分 朝日
東京電力福島第一原発の事故は、放出された放射能の推定量からみて、国際評価尺度で大事故にあたる「レベル6」に相当することがわかった。すでに米スリーマイル島原発事故(レベル5)を上回る規模になった。局地的には、旧ソ連のチェルノブイリ原発事故に匹敵する土壌汚染も見つかっている。放出は今も続き、周辺の土地が長期間使えなくなる恐れがある。 原子力安全委員会は、SPEEDI(スピーディ)(緊急時迅速放射能影響予測)システムで放射能の広がりを計算するため、各地での放射線測定値をもとに、同原発からの1時間あたりの放射性ヨウ素の放出率を推定した。事故発生直後の12日午前6時から24日午前0時までの放出量を単純計算すると、3万〜11万テラベクレル(テラは1兆倍)になる。 国際原子力事象評価尺度(INES)は、1986年のチェルノブイリ原発事故のような最悪の「レベル7=深刻な事故」を数万テラベクレル以上の放出と定義する。実際の放出量は約180万テラベクレルだったとされる。今回は少なくともそれに次ぐ「レベル6」(数千〜数万テラベクレル)に相当する。 経済産業省原子力安全・保安院は18日、福島第一原発の1〜3号機の暫定評価を「レベル5」と発表したが、今後放出量の見積もりが進めば、再検討される可能性が高い。 土壌の汚染は、局地的には、チェルノブイリ事故と同レベルの場所がある。 原発から北西に約40キロ離れた福島県飯舘村では20日、土壌1キログラムあたり16万3千ベクレルのセシウム137が出た。県内で最も高いレベルだ。京都大原子炉実験所の今中哲二助教(原子力工学)によると、1平方メートルあたりに換算して326万ベクレルになるという。 チェルノブイリ事故では、1平方メートルあたり55万ベクレル以上のセシウムが検出された地域は強制移住の対象となった。チェルノブイリで強制移住の対象となった地域の約6倍の汚染度になる計算だ。今中さんは「飯舘村は避難が必要な汚染レベル。チェルノブイリの放射能放出は事故から10日ほどでおさまったが、福島第一原発では放射能が出続けており、汚染度の高い地域はチェルノブイリ級と言っていいだろう」と指摘した。 金沢大の山本政儀教授(環境放射能学)によると、1メートル四方深さ5センチで、土壌の密度を1.5程度と仮定すると、飯舘村の1平方メートルあたりのセシウム濃度は約1200万ベクレルに上る。チェルノブイリの約20倍。「直ちに避難するレベルではないが、セシウムは半減期が30年と長い。その場に長年住み続けることを考えると、土壌の入れ替えも必要ではないか」と話した。 健康への影響はどうか。チェルノブイリ原発事故では、強制移住の地域では平均50ミリシーベルト程度の放射線を浴びたとされる。しかし汚染地での長期の住民健康調査では、成人では白血病などの発症率は増えていない。 甲状腺がんは増えたが、事故当時小児だった住民が放射性ヨウ素で汚染された牛乳などを飲んで内部被曝(ひばく)したためとみられている。飯舘村の24日午後までの放射線の総量は、3.7ミリシーベルトだ。 長瀧重信・長崎大名誉教授(被曝医療)は「チェルノブイリ原発事故後でも小児甲状腺がん以外の健康障害は認められず、すぐに健康を害するとは考えにくい。高い汚染が見つかった地域では、データをもとに住民と十分に話し合って対応を考えてほしい」と話している。
放射性ヨウ素、茨城・栃木の浄水場でも 読売新聞 3月25日(金)3時13分配信
東京都葛飾区の金町浄水場で検出された乳児向けの暫定規制値(1キロ・グラム当たり100ベクレル)を超える放射性ヨウ素131の数値は、24日朝に改めて採取された水を検査した結果、1キロ・グラム当たり79ベクレルと規制値を下回り、都は同日、摂取制限を解除した。 配水管には2日程度は水が残ることもあるが、都では「数日飲んでも問題はない」などとして、解除を決めた。ただ、茨城、栃木県などでは、規制値を超える放射性ヨウ素が検出されている。 金町浄水場では22日の採水で210ベクレル、23日に190ベクレルと連続して規制値を超え、都は同日午後、同浄水場の水が供給されている東京23区などに対し、乳児に水道水を飲ませないよう呼びかけていた。しかし、24日午前6時に採取された水は79ベクレルと、23日の半分以下まで低下。都福祉保健局では「推移は見ていかなければならないが、今後一時的に超えたとしても危険性はない」とする。 江戸川から取水する金町浄水場の水は、同浄水場だけ、あるいは他の浄水場の水と混ざるなどした上で、東京23区や武蔵野市、町田市、多摩市などに供給されている。荒川から取水する三園浄水場(板橋区)などと混ざった水が供給される都健康安全研究センター(新宿区百人町)で、蛇口から出る水道水を測定したところ、金町浄水場で規制値を上回った22、23の両日とも、18・7ベクレル、25・8ベクレルだった。
地域によっては、規制値を超えた時の水が水道管などに2日間ほど残り、今後、一般家庭の蛇口から出る可能性もある。 マンションなどの集合住宅では、共用の貯水タンクに水道水をためてから各戸に水を供給する所も多い。都は「気になる人は2〜3日間、蛇口の水の使用を控えてもらえば、その後は規制値を下回った水が届くはず」としている。 都は24日から始めた乳児世帯への飲料水配布について、「家庭への配慮」として、25日も継続する。 埼玉県川口市の市営新郷浄水場でも、22日に採取された水から1キロ・グラム当たり120ベクレルの放射性ヨウ素が検出されたが、東京と同様、24日早朝に採取した水は46ベクレルで、規制値を下回った。 一方、茨城県日立市は24日、市内2か所の浄水場で23日に採取した水道水から、乳児が飲む規制値を超える放射性ヨウ素を検出したと発表。市によると、十王浄水場で298ベクレル、森山浄水場で150ベクレルだった。 栃木県も25日未明、宇都宮市の県保健環境センターで24日に採水した水道水から、108ベクレルの放射性ヨウ素を検出したと発表した。同センターには、鬼怒川から取水する松田新田浄水場(同市)から、水が供給されている。 また、福島第一原子力発電所の事故で一部が屋内退避区域に入る福島県飯舘村では、20日に採取された水道水から一般の規制値の3倍以上となる965ベクレルの放射性ヨウ素が検出された。福島県南相馬市でも、21日に採取された水道水から220ベクレルの放射性ヨウ素が検出されている。
農産物、風評被害も補償対象…政府方針 読売新聞 3月25日(金)3時13分配信
政府は24日、東京電力福島第一原子力発電所の事故を受け、福島県産のホウレンソウなど政府が出荷制限した以外の農産物についても、風評被害が及んだ場合に原子力損害賠償法に基づく補償の対象とする方針を固めた。 一義的に東電が負担するが支払い能力を上回る場合は国が支援する。 「事故と相当な因果関係のある風評被害は補償せざるを得ない」(政府関係者)との判断で、過去には、茨城県の核燃料加工会社「ジェー・シー・オー(JCO)」東海事業所で1999年に発生した臨界事故でも風評被害への補償が行われたことがある。 文部科学省によると、損害賠償処理のため、国の原子力損害賠償紛争審査会を設け、被害認定の指針を定めるほか、東電と被害者の交渉が不調の際の仲介なども行わせる見通しだ。 これに関連し、福島県出身の国会議員が24日、首相官邸を訪ね、政府による被害農産物の買い取りを要請した。 枝野官房長官は記者会見で「補償があまり遅いと生活にかかわる」として、検討する考えを示唆した。
震災の犠牲者 大幅増のおそれ 3月25日 4時17分 NHK
東北関東大震災の発生から25日で2週間になりますが、死亡した人は、これまでに確認されただけでも9811人に上り、警察に届け出があった行方不明者をあわせると2万7000人を超えています。これとは別に、津波で壊滅的な被害を受けた沿岸部の自治体の中には1万人を超える住民の安否が確認できなくなっているところもあり、犠牲者の人数は、今後、大幅に増えるおそれが強くなっています。警察庁によりますと、東北関東大震災で死亡が確認された人は24日午後11時の時点であわせて9811人で、このうち東北地方では▽宮城県で5889人、▽岩手県で3025人、▽福島県で839人、▽青森県で3人、▽山形県で1人となっています。また関東地方では▽茨城県で20人、▽千葉県で17人、▽東京で7人、▽栃木県と神奈川県でそれぞれ4人、▽群馬県で1人となっていて▽北海道でも1人の死亡が確認されています。警察に家族などから届け出があった行方不明者は、これまでに確認されただけでも1万7541人に上り死亡した人とあわせると2万7000人を超えています。これとは別に、沿岸部にある岩手県山田町では人口が集中していた町の中心部が津波によって壊滅的な被害を受けており、警察が発表した行方不明者のほかに、町の人口の8割近くにあたるおよそ1万5000人の安否が確認できなくなっているということです。また、沿岸部や川沿いの集落が大きな被害を受けた宮城県石巻市は、これまでにおよそ2800人が行方不明になっていると発表していますが、行方不明者の人数は最終的に1万人近くに上る可能性があると推定しています。さらに、福島第一原子力発電所から半径20キロの地域では避難指示の対象となっているため、捜索活動が中断していて死者や行方不明者の人数ははっきり分かっていないのが現状です。このため、震災の発生から2週間たっても依然として人的被害の全容は把握できておらず、犠牲者の人数は、今後、大幅に増えるおそれが強くなっています。
福島第1原発事故 周辺地域で生産された野菜や乳製品などについて輸入規制の動きが拡大 フジテレビ系(FNN) 3月25日(金)6時43分配信
海外では福島第1原発の事故にともない、周辺地域で生産された野菜や乳製品などについて、輸入規制の動きが拡大している。ロシア政府は24日、福島、茨城、栃木、群馬の4県からの食料品の輸入を禁止した。また、シンガポールやオーストラリア、ニュージーランドでも同様に4県からの食品の輸入を停止した。4県で生産された原乳や、一部の野菜から日本の規制値を超える放射性物質が検出されたことを受けたもので、アメリカもすでに実施している。また、首都圏に乗り入れる海外の航空会社では、訪日する旅客の減少などを背景に、運航便数削減などの動きが出ている。シンガポール航空は現在、1日2便運航している羽田 - シンガポール便を27日から1便に減らすほか、アメリカのデルタ航空も、羽田とデトロイトやロサンゼルスを結ぶ2路線の運航を休止している。
原発、過酷な現場 食事はカロリーメイト・椅子で睡眠 2011年3月25日8時1分 朝日
震災から25日で2週間。東京電力福島第一原発は予断を許さない状態が続く。一方で、現場の作業環境も劣悪さを増している。その一端を、東電社員の家族が明かした。 睡眠はイスに座ったまま1、2時間。トイレは水が出ず、汚れっぱなし」 今週初め。神奈川県に住む女性のもとに、第一原発で復旧作業にあたっている夫から初めて電話があった。夫は40代、東京本社の原発部門の社員だ。11日の震災発生後からほぼ連日、対応のため会社に泊まり込んだ。16日、ようやく自宅に戻ったが、出勤すると、そのまま第一原発行きを命じられた。 「ヘリに乗る。福島に行く」 こんなメールを最後に、メールも電話もつながらなくなった。 16日は3号機から白煙が上がり、放射線量が上昇。自衛隊は上空からの放水を断念した。東電の会見では、夫の旧知の同僚がつらそうな顔で対応を迫られていた。 「お父さん大丈夫かな」。2人の小学生の子どもも不安を口にした。 夫は原発部門を希望したわけではなかった。理系の大学を出て入社し、「たまたま配属された」。以後、原発の現場と本社勤務を繰り返した。2007年の中越沖地震の際、柏崎刈羽原発で火災が起きた時も現地に2週間ほど詰めた。当時はメールや電話で様子を知ることができたが、今回は音信不通。自衛隊が接近をためらうほどの放射能の中で、「いったいどうしているのか」。 20日、ようやく本社の専用線を経由して自宅に電話があった。「食事は“カロリーメイト”だけ。着替えは支給されたが、風呂には入れない」。あまり感情を表に出さない夫は淡々と語り、2分ほどで電話を切った。 23日の電話では、「そろそろ被曝(ひばく)量が限界のようだ」。交代はまだか。もし夫が健康を害したら、家族はどうなるのだろう。政府に頼りたいが、新聞やテレビのニュースによると、菅直人首相は東電幹部に「撤退などありえない。覚悟を決めて下さい。撤退した時は、東電は100%つぶれます」と怒鳴ったという。不安と、悲しさがこみ上げた。 24日、原子力安全・保安院が、3号機のタービン建屋地下1階で作業員3人が被曝したことを明らかにした。 国民の、電力会社への厳しい視線は理解できる。でも、「いま体を張っているのは、家庭を持つ、普通の市民であることもわかって欲しい」。(佐々木学)
福島第一原発の復旧作業から休憩に戻り、線量計の測定を受ける東京電力の作業員=23日、福島県いわき市の小名浜港、河合博司撮影
東日本大震災 死者1万人を超える 未収容の遺体まだ多数 毎日新聞 3月25日(金)11時28分配信
東日本大震災の被災地は25日、発生から2週間を迎えた。冬のような寒さの中、各地の避難所では約20万人が避難生活を強いられている。毎日新聞のまとめでは、死者は1万人を超えて1万35人に上り、1万7443人が行方不明。大量のがれきに阻まれ、浸水したままの地域もあることから、収容されていない遺体が多数あり、死者・行方不明者はさらに増える恐れが強い。戦後最悪の自然災害の全容は、いまだに明らかにならないままだ。
避難者が最も多いのは宮城県で、659カ所に8万9592人が避難。岩手県でも4万2837人に達する。福島県では、3万3454人が県内で、2万4046人が県外で避難生活を送る。 宮城県では6097人の死亡を確認した。県によると、石巻市で1946人、東松島市で714人が死亡。このほか、石巻市や名取市、東松島市など各地の沿岸部で多数の遺体が見つかっている。警察庁などによると、内陸側から遺体収容作業を進めているが、津波による浸水や地盤沈下で捜索に入れない地域も多いという。全国からポンプ車を集め、排水作業を続けている。
岩手県では3025人が死亡。さらに、警察が把握する4869人の行方不明者を上回る遺体がまだ収容されていないとみられる。特に、宮古市の重茂(おもえ)半島や釜石市の2地域で遺体収容が進んでいないという。県警は「遺体発見のペースは1日あたり百数十人。全てを収容するには少なくとも2カ月かかる」との見通しを示す。 福島県は死者855人。沿岸部は津波被害を受けたが、東京電力福島第1、第2原発の周辺では捜索ができない状況だ。県警は「捜索活動をしていない地域の遺体数は見当もつかない。避難指示が解除されなければ遺体収容の見通しも立たない」と話す。 警察庁は、収容した遺体の死因を確認する「死体見分」で、調書の記入項目を一部省略するなど時間短縮を各県警に指示。25日午前10時現在、岩手、宮城、福島3県で約9890体の見分を終えた。 しかし、身元が確認されたのは7割の約6890体にとどまる。警察庁の担当者は「家族全員が津波にのまれ、身元確認のできる人が見つからない遺体もあるのでは」と話す。遺族には約6320体が引き渡された。各県警は身元不明の遺体について、所持品などから推測される氏名や年齢を公表。将来の身元確認に備え、DNA鑑定に必要な資料を保管している。 また、身元が確認できない遺体は、国家公安委員会の「死体取扱規則」に基づき、福島県相馬、いわき両市などに約30体を引き渡した。 被災地では遺体を安置・管理するためのドライアイスや納体袋などが底をついている。火葬場の能力や燃料も追いついていない。宮城県気仙沼市や東松島市は既に土葬を始め、石巻市も3000体以上の土葬が可能な用地の整備を始めている。
防衛相 日米で真水注水検討へ 3月25日 13時3分 NHK
北澤防衛大臣は、閣議のあとの記者会見で、深刻な状態が続いている福島第一原子力発電所の冷却作業について、アメリカ軍からの申し出を受けて、アメリカ軍と自衛隊の艦船や機材を使って、真水での注水作業を検討していることを明らかにしました。福島第一原子力発電所の事故を巡っては、緊急的な措置として、海水を使った冷却作業が行われていますが、このまま海水を使い続けると、将来的に、海水の塩分によって、原子炉内が腐食する可能性があるとされています。これに関連して、北澤防衛大臣は、閣議のあとの記者会見で、「いつまでも海水を注水すると塩害が起きるため、アメリカ側から真水に早く変更すべきだという強い要請があった。アメリカ軍の貨物船や自衛隊の補給船、アメリカが購入したポンプシステムで、水を注水することを検討している」と述べ、アメリカ軍からの申し出を受けて、アメリカ軍と自衛隊の艦船や機材を使って、真水での注水作業を検討していることを明らかにしました。
屋内退避の住民、自主避難を〜原子力安全委 2011年3月25日 15:02
原子力安全委員会は25日、福島県で屋内退避の指示が出ている地域のうち、放射線量が比較的高い地域の住民は「積極的に自主避難することが望ましい」という見解を明らかにした。 原子力安全委員会は25日、臨時の会議で、屋内退避の指示が出ている福島第一原子力発電所から半径20〜30キロの地域のうち、放射線量が比較的高い地域の住民は「積極的な自主避難を促すことが望ましい」という見解をまとめた。 また、今後も放射性物質の放出が続く可能性が高いことを踏まえて、屋内退避区域の全ての住民も、予防の観点から自主的に避難することが望ましいとしている。
JT、たばこ全製品の出荷一時停止…30日から 読売新聞 3月25日(金)15時49分配信
日本たばこ産業(JT)は25日、たばこ全97銘柄の出荷を30日から4月10日まで、停止すると発表した。 震災でたばこを製造する6工場のうち2工場が被害を受けたほか、材料の調達も難しくなっているためだ。 出荷停止期間中は、生産を「マイルドセブン」など主要25銘柄に絞り、4月11日以降に出荷を順次、再開する。全銘柄の販売を再開できる時期は未定という。出荷停止に伴い、たばこ税の国と地方を合わせた税収は300億〜400億円減少するとみられる。
大津波 東京直撃なら“海抜0m”のお台場・豊洲は非常に危険 2011.03.25 16:00 www.news-postseven.com/archives/20110325_15741.html
今回の巨大地震最大の恐怖は、まさに水の猛威だった。岩手県の陸前高田市では、ビル8階相当の20mもの高さの津波が内陸10km地点まで押し寄せ、街を飲み込んだ、と考えられている。もし同規模の津波が東京湾を襲ったらどうなるか。地震災害に詳しい攻玉社工科短期大学名誉教授の大野春雄氏がいう。「埋め立て地であるお台場や豊洲に加え、海岸沿いの江東区、江戸川区などの城東地区は“海抜ゼロメートル地域”で水が流れ込みやすい。また液状化現象も見られる地域で、危険度は非常に高い」 また、荒川や隅田川を遡上した津波がより内陸に入り込むと、被害はさらに拡大。「城東地区にある千代田線や日比谷線などの地下鉄に水が流れ込めば、短時間で丸の内や大手町を通り銀座あたりまで水害が及ぶでしょう。都の電気、ガス、通信などのインフラは地下にあるため、首都機能がストップする可能性もあります」(都市ジャーナリスト・森野美徳氏)
実は、東京に津波対策のシミュレーションマップは存在しない。というのも、巨大地震が発生しても、三浦半島や房総半島に挟まれた東京湾には高さ20m級の津波の被害はないとされているからだ。しかしながら、今回の大震災をみても想定外だらけ。もし、予想だにしない大津波が都を直撃すれば大惨事は免れない。 東京23区内は海抜0m地域が22%あり、高低差は約44mとアップダウンのある地形。「目黒区〜港区から内陸側は坂が多く、10kmより手前で止まると考えられる。逆に海抜0mが続く荒川沿いはより進む可能性がある」(大野教授)という。
チリ津波の記憶、避難遅れを招いた? 2011年3月25日16時31分 読売新聞
チリ津波の到達地点を伝えるプレート。今回の津波はこれをはるかに越えた=野本裕人撮影 身元が判明した死者のうち6割が60歳以上だったことが分かった東日本巨大地震では、「余裕があっても逃げなかった高齢者がいた」という証言が目立つ。体力的な問題に加えて、過去の津波の経験が避難の遅れに結びついた可能性もある。 約140世帯、350人が住む大船渡市大船渡町の川原地区では約20人の死者・行方不明者が出ており、大半が高齢者という。 同地区の民生委員、木下正弘さん(65)は、地震直後から地区内を回り、「津波が来る。すぐ逃げろ」と呼びかけ続けた。津波襲来までは約30分ほどの時間があったが、その間、避難せず、道ばたで海の方を見たり、話し込んだりするお年寄りの姿を何人も見たという。 同地区では1960年のチリ地震でも津波があったが、今回はその到達点をはるかに超える津波が町を襲った。木下さんは「昔の記憶が油断を招いた可能性がある」と言う。木下さんの呼びかけを受けて避難した女性(79)は、「チリ地震の時はそれほど大したことなかったので、今回もあまり心配しなかった。同年配で逃げ遅れた人は多いと思う」と話した。
フランスから放射線量測定特殊車両 成田到着 2011.3.25 18:30
フランスからの救援物資を積み、成田空港に到着した大型輸送機、アントノフAn−225=25日 東日本大震災で深刻な被害を受けた東京電力福島第1原発の事故を受け、大気中の放射線量を測定する特殊車両数台や防護服など、フランスからの救援物資約150トンを積んだ大型輸送機「アントノフAn−225」が25日、成田空港に到着した。 外務省によると、特殊車両は同日中にトラックなどで福島県に陸送。飲料水や毛布といった物資も東北地方や茨城県に運ぶ。 航空関係者によると、An−225は、旧ソ連が1機だけ製造した世界で最も重い航空機。重量約175トンでエンジン6基を備え、総重量が最大600トンでも離陸可能という。 昨年2月には、ハイチ大地震復興支援の国連平和維持活動のため、陸上自衛隊がチャーターして重機などを運んだ。
屋内退避圏の南相馬市、当面は小中学校再開せず 2011年3月25日18時40分 読売新聞
東京電力福島第一原子力発電所の事故を受け、同原発から20〜30キロ内にあり、政府から屋内退避指示が出ている福島県南相馬市教育委員会は当面、小中学校を再開しないことを決め、25日から生徒の保護者への連絡を始めた。 市教委では「放射能の影響で屋内退避の状態が続いており、新年度も学校再開は厳しい」と判断した。 市教委では、住所を異動しなくても避難先の学校に通うことができる区域外就学を認めるように関係自治体に依頼している。市内の児童・生徒は、30キロ圏外の自治体の学校に通うことになるという。対象は同市立の小中学校22校の児童・生徒約6000人。
品薄の乾電池、異例の空輸 パナソニック、世界各地から 2011年3月25日19時16分 朝日
パナソニックは、東日本大震災の影響で品薄が続く乾電池を、海外から日本に空輸し始めた。重くて単価が安い乾電池は輸送効率が悪く、生産地での消費か船便が基本という。ただ急激な需要の高まりで増産が追いつかない状態のため、異例の空輸で供給を増やし品薄解消を急ぐ。 すでにタイとインドネシアの自社工場で生産した乾電池の空輸手続きを開始。4月にはベルギーとポーランドの自社工場でつくる乾電池の空輸も始める。空輸する量や期間は未定。ほかに中国・上海工場からも高速船で福岡に運ぶ予定だ。 震災後、パナソニックは被災地に約50万個の乾電池を提供することを決定。16日から大阪府守口市の乾電池工場を24時間態勢で稼働させて増産している。 パナソニックは、乾電池で国内トップのシェア約45%を占める。世界11カ国で年間約40億個の乾電池を生産。世界シェアは約15%で第3位。(木村和規)
モンゴル、全公務員に一日分の給料の募金を呼びかけ 産経新聞 3月25日(金)22時9分
東日本大震災に対して世界各国からの支援が相次ぐ中、親日国モンゴル(人口約270万人)の政府が全ての公務員を対象に給料1日分の募金を呼びかける異例の対応をとっている。これが一般国民や企業の自発的な募金運動に発展し、すでに1億2500万円以上が集まった。モンゴルは24日に100万ドル(約8100万円)の義援金を日本に送ったが、この募金を元に救援物資または追加の義援金による支援を検討している。 在日モンゴル大使館は日本への募金活動について「日本はモンゴルが市場経済に移行した1990年代、政府開発援助(ODA)で一番支援してくれた。国民みんなが感謝している」と語っている。 一方、同胞が被災した日本でもさまざまな募金活動が進んでいるが、日本政府が「公務員の給与を募金に」と呼びかける兆しは今のところない。
死者1万人超 大幅増加のおそれ 3月25日 22時13分 NHK
東北関東大震災の発生から25日で2週間になりますが、死亡した人はこれまでに確認されただけでも1万102人と1万人を超え、警察に届け出があった行方不明者をあわせると2万7000人を超えています。これとは別に、津波で壊滅的な被害を受けた沿岸部の自治体の中には、住民の8割近くの安否が確認できなくなっているところもあり、犠牲者の人数は、今後、大幅に増えるおそれが強くなっています。
警察庁によりますと、東北関東大震災で死亡が確認された人は、これまでにあわせて1万102人で、このうち東北地方では、▽宮城県で6097人、▽岩手県で3092人、▽福島県で855人、▽青森県で3人、▽山形県で1人となっています。また、関東地方では、▽茨城県で20人、▽千葉県で17人、▽東京で7人、▽栃木県と神奈川県でそれぞれ4人、▽群馬県で1人となっていて▽北海道でも1人の死亡が確認されています。警察に家族などから届け出があった行方不明者は1万7053人に上り、死亡した人と合わせると2万7000人を超えています。これとは別に、沿岸部にある岩手県山田町では、人口が集中していた町の中心部が津波によって壊滅的な被害を受けており、警察が発表した行方不明者のほかに、町の人口の8割近くに当たるおよそ1万5000人の安否が確認できなくなっているということです。また、沿岸部や川沿いの集落が大きな被害を受けた宮城県石巻市は、これまでにおよそ2800人が行方不明になっていると発表していますが、行方不明者の人数は最終的に1万人近くに上る可能性があると推定しています。さらに、福島第一原子力発電所から半径20キロの地域では、避難指示の対象となっているため、捜索活動が中断していて、死者や行方不明者の人数ははっきり分かっていないのが現状です。このため、震災の発生から2週間たっても、依然として人的被害の全容は把握できておらず、犠牲者の人数は、今後、大幅に増えるおそれが強くなっています。
26東日本大震災:津波、静寂、街消えた 岩手・釜石で沢田さん記録 2011年3月26日 毎日
東日本大震災による大津波で街が壊滅し、多くの命が奪われた岩手県釜石市。当時、海に面した高台にある港湾事務所に命からがら避難して、大津波が街に襲いかかる様子を克明に写真に収めた男性がいる。沢田幸三さん、52歳。たまたま手元にあったカメラバッグをつかんで家を飛び出し、翌朝の日の出までの物語を時々刻々記録した全233カット。ファインダー越しに見つめた大津波の全容を、沢田さんの思いとともに再現する。【萩尾信也】
長距離トラック運転手の沢田幸三さんが、東京から大型保冷車で生鮮食品を運送し、県内の市場に荷を降ろして、釜石市内の運送会社の営業所に戻ったのは11日早朝だった。 洗車や報告書の作成をして、風呂に入ってから退社。買い物をして、昼過ぎに港湾に面した同市港町の自宅に戻った。洗濯機を回して2階の居間で昼食を取っていたら、高校の後輩の磯田志信(しのぶ)さんが顔を出し、コタツを囲んで雑談をしていた。 それは前触れなしにやって来た。午後2時46分。いきなり家ごと揺さぶられた。巨大な手のひらでもてあそばれるように、上下左右に大きく翻弄(ほんろう)される。「ゴー」という地鳴り。家がギシギシと音を立てながら大きく揺れた。 「自分は帰ります」と立ち上がる磯田さん。その声が聞き取れないほどの揺れだった。「危ないがら、まだいた方がいいよ」と声をかけたが、磯田さんは階段の壁と手すりを両手で押さえるようにして下りていった。 壁の棚に並ぶ2000枚近くのCDが、次々と崩れ落ちた。半開きの茶だんすからは、グラスやコーヒーカップが飛び出して割れた。茶ダンスが倒れないように両手で押さえ、揺れがおさまるまで待とうとするが、一向にやむ気配がない。 揺れは10分ほど続いただろうか。茶ダンスに置いた手のひらに感じる揺れが次第におさまり、やがてやんだ。「津波が来る」と直感し、革ジャンを着て、ジャージの上にジーパンをはいた。仏壇の位牌(いはい)が気になったが、「逃げるのが先」と手元にあったカメラバッグを肩に、「落ち着け」と自らに言い聞かせながら、運動靴を履いて玄関を出る。
向かいにある家に向かって「いますか」と叫んだが応答がなく、玄関には鍵がかかっていた。3、4軒先の80代の鈴木さん夫婦のことが気になった。旦那さんは足が悪く、早く歩けない。呼びに行こうとしたら、玄関からつえをつきながら旦那さんが出てきた。 「奥さんは?」「まだ、うちの中だ」。玄関の中をのぞき、「早くして」と声をかけると、「はい」という返事が聞こえた。それでもなかなか出てこない。「急いで!」とせかすと、ようやく顔を出して靴を履き始めた。玄関に置いてあった風呂敷包みとバッグが目に留まり、「オレが持ちます」と手に持った。 奥さんのおっとりとした性格が、この日はまどろっこしく感じた。「戸締まりして行かないと」。今度は鍵をかけ始める。「そんなのいいがら、早ぐ早ぐ」。脇から旦那さんが声を荒らげ、ようやく3人で歩き始めた。 町内の裏手には飼料会社の大きな倉庫があり、敷地内が津波の際の避難路に指定されている。旦那さんの歩調に合わせ、公共ふ頭の根元にある国土交通省釜石港湾事務所を目指す。家と避難場所に指定されている港湾事務所の距離は約400メートル。その半ばまで歩いた時、2回目の地震に襲われた。 立ってられないほどの揺れに、「危ないがら」と3人でしゃがみ込んだ。5メートルほど先の芝生から黒い泥水が10センチほど噴き上がっている。「液状化」という言葉が脳裏に浮かんだ。 2回目の地震は2、3分で終わった。立ち上がってまた歩き始めると、並走する道を走ってきた白い軽自動車がUターンして、目の前に急停車した。助手席の窓が開き、男性が「車さ乗って」と声をかける。「お願いします」。足の不自由な旦那さんを車に乗せ、沢田さんは奥さんと急ぎ足で港湾事務所に向かった。
2分ほどで事務所にたどり着いた。建物の入り口で職員が「早く、上がってください」と誘導する。階段を上がり、2階で旦那さんと合流した。そこには、町内会の人々の顔が並んでいた。一息ついて、鈴木さん夫妻に「これで安心ですね」と声をかけ、屋上に上がると、10人ほどが海を見ていた。 その輪に加わり水平線を望んでいたら、「津波が来たぞ!」の声がする。見上げれば、港湾事務所の監視塔の窓から職員が双眼鏡でのぞいている。 カメラをバッグから取り出し、135ミリのレンズで展望するが遠くて見えない。450ミリの望遠レンズに交換すると、津波が湾口防波堤を乗り越えて湾内に滝のように流れ込んでいるではないか。午後3時14分、最初のシャッターを切った瞬間だった。 古来、数多くの津波に襲われてきた釜石。湾口防波堤は津波対策の切り札として、09年に完成した。長さ990メートルと670メートルの二つの巨大な防波堤が壁のように街を守ってくれるはずだったが、大津波はその防波堤をたやすく乗り越えて、徐々に水面を盛り上げながら港に迫る。ほどなく岸に激突し、巨大な白波が上がる。 湾内には海上保安庁の巡視船と2、3隻の漁船が見える。船首を津波の方向に向け、エンジンを全開しながらあらがっているように見える。 監視を続ける港湾事務所の職員が、拡声機で「津波が来ました。急いで避難してください」と繰り返す。「車いだ」「人がまだいる」。次々と声が上がる。 津波は湾に流れ込む甲子川を遡上(そじょう)して、矢ノ浦橋の橋げたに迫る。同17分、橋上を男性が必死の形相で走り、その背後をタンクローリーと白い乗用車が疾走する。 「危険ですから、もっと上に上がってください」と促され、監視塔のらせん階段を上がる。狭いスペースは人でいっぱい。人をかき分けて窓際に近づき、シャッターを押し続けた。
午後3時20分。津波は川の堤防を乗り越えて、対岸の松原町に流れ込んだ。公共ふ頭の先端にある倉庫が水没。ふ頭を洗うように波が押し寄せる。「来た!」。叫び声が聞こえた。 津波は怒濤(どとう)のように牙をむき、建物を次々と粉砕して、トラックも藻くずのように押し流す。バケツの水をまいて路上のゴミを流すように、あまりにもあっけなく全てを破壊する。「ゴー」という咆哮(ほうこう)するような音が、全ての音をかき消している。 同21分49秒。一段高い場所にある港湾事務所の駐車場にも津波が到達。あっと言う間に10台ほどの車を洗い流し、何軒もの家が形をとどめたまま流されてきた。 同22分10秒。港湾事務所の周囲も全て水没。水面はがれきで覆われた。川と海と陸の境が見えない。川の対岸にある4階建ての釜石警察署の2階まで水没している。 同23分6秒。200メートルほど内陸にある南リアス線の橋脚部分に、流された家がひっかかっている。周辺の松原町の住宅地ではあちこちから白煙が上がっている。 同25分。津波の動きが突然止まり、一瞬の静寂が訪れた。監視塔を下りて、屋上から望遠レンズで自宅を探す。生まれ育った町並みはズタズタに破壊され、1軒隣にある鉄筋3階建ての3階部分だけが海面から頭をのぞかせている。悲しみも、悔しさも、怒りもなかった。ただ淡々と、津波に沈んだ街を見つめるしかなかった。 同26分44秒。上流に流された家がゆっくりと下流に流れ始める。引き波の序章だった。矢ノ浦橋の橋げたが現れ、欄干に数台の車が引っかかっている。 同28分7秒。引き波は急激に速度を増して、激流と化す。陸に上がった海水は真っ黒に変色し、潮が引いた跡に、根こそぎさらわれた家の土台と累々たるがれきが広がっている。 同30分26秒、湾内の海の底が見えた。どんな大潮でも底を見せることはなかった。はるかかなたに見える湾口防波堤があちこちで決壊し、巨大なケーソンが転がっている。巨費を投じて建造された津波対策の切り札があっけなく吹き飛んでいる。 同40分52秒。「3人いだ」。声が上がる。新日鉄の構内に十数メートルほどの高さに積み上げられた石炭の山の上に、男性2人と女性1人が避難している。「聞こえますか」。港湾事務所の職員が拡声機で呼びかけると、手が上がる。「第2波が来ますから、そこでとどまってください」。拡声機で指示を出す。 同43分28秒。海面が再び盛り上がる。津波の第2波だった。 同50分18秒。港湾事務所に1人の男性が歩いて近づいてくる。屋上に避難した人々が「急げ、こっちだ」と連呼する。上空に自衛隊のヘリが飛来する。 同54分、港湾事務所の階段から下をのぞくと、建物の中に入り込んだ海水がぶつかる音が「ザブン、ザブン」と響いて聞こえる。 津波は繰り返し続いた。川では引き波と激しくぶつかって波濤が割れる。湾内では巨大な台船が津波に翻弄されてさまよっている。 同4時55分、上流から2階建ての家が流れてきた。窓に見える人影。「あ〜、2人いだ!」「手振ってる」。振り絞るような声が聞こえる。家はスローモーションのように川を下り、矢ノ浦橋の橋げたに衝突する。そして、崩れ落ちるように水面に沈んだ……。シャッターを押すのがためらわれ、ぼうぜんと階段にへたり込んだ。 津波が収まり、再びシャッターを押したのは同5時30分だった。薄暮の中に静寂が広がり、立ち上がる汚泥のような異臭にめまいを覚えた。
電気が消えた街が闇に包まれていく。港湾事務所に避難した人は48人。職員23人とともに冠水を逃れた2階の会議室に集まり、職員が「大津波警報が解除されていないので、今夜はここで過ごしていただきます」と告げる。非常用のランタンを囲むようにみんなで座る。泣き声も怒声もなく、時折ため息が聞こえた。 喫煙室にあてがわれた部屋に行き、たばこに火をつけて、ため息とともに紫煙を吐いた。そこに、車椅子に乗った男性が入ってきて、「たばこありますか」と言う。一本差し出して言葉を交わした。 「菊池」と名乗る松原町の漁師だった。地震が起きた時は、父親と漁船の手入れをしていた。父親は逃げ遅れて津波に巻き込まれ、本人は近くにあるプレハブの屋根に逃れたが津波に洗われ、隣の倉庫の屋根に飛び移った。それも、津波で壊された。たまたま流れて来た救命ボートに飛び乗り、ロープにつかまってそのまま上流に運ばれた。 やがて引き波が始まる。鉄橋に近づいた時に、橋脚に巻かれたロープが見えて、とっさにしがみついた。すさまじい引き波に幾度も引き込まれそうになり、ズボンや靴や下着を持っていかれた。 しばらくすると、丸太が1本流れてきた。それを引き寄せ、腕で抱えこらえていると、水の勢いが弱くなった。ロープを放し、丸太に覆いかぶさるようにして、平泳ぎで対岸にある港湾事務所を必死に目指した。距離は約100メートル。「なんとか対岸に泳ぎ着き、港湾事務所に避難した」と聞いた。 両手両足はすり傷と打撲のあざだらけ。「女房と子どももやられたかもしれない」。淡々とした口調が切なかった。 その夜は、ひどく冷え込んだ。港湾事務所にある災害用の発電機を回し、1台のパネルヒーターを年寄りやけが人が囲んだ。 日が変わった12日午前1時過ぎ。寒さに耐えかねて、たばこを吸いに部屋を出たら、外の非常階段付近に数人の職員がいて、津波を監視していた。 空を見上げると、満天の星空が広がっていた。電気が消えた被災地の空は、透き通るように澄み渡っていた。「電気のない時代には、こんな夜空を見ていたんでしょうかね」。そう言って、みんなで空を見上げた。21世紀の空に広がる星の海。それは皮肉にも大津波がもたらした。言葉にできない思いにかられた。 その夜は寝ずに明かした。同5時30分、東方の空が赤く染まり、残骸のシルエットが曙光(しょこう)に浮かぶ。同6時10分、がれきを乗り越え消防署署員が2人やってきた。見回すと、がれきの間にポツンポツンと人影が見える。 同7時半、非常食のカレーを2人で1袋ずつ、分け合って食べる。 あざだらけの菊池さんが「家族を捜しに行ぐ」と言葉を残し、足を引きずるように矢ノ浦橋を渡って行った。そして昼過ぎ、沢田さんも港湾事務所を後にした。 「できることからやるべかな」。そんな思いを胸に、母校の旧第1中学に設置された避難所に向かって歩き始めた。
沢田幸三さんは地震発生時に持ち出したカメラのファインダーを通して、津波にのみ込まれる郷土を目の当たりにした。そのひとコマひとコマは、脳裏に焼きついて離れない。今は、釜石市内の避難所の駐車場に止めた運送会社の大型保冷車の運転席で暮らしている。この聞き書きは、その助手席でうかがった。 激震の渦中に出て行った磯田志信さんとは先日、感動の再会を果たした。一緒に避難した鈴木さん夫婦は、19日午後に他の高齢者とともにバスで内陸の施設に向かった。「また帰って来っから」「待ってるからね」。涙を浮かべて見送った。 沢田さんは言う。「全てをなくして、大事なことを教わりました。物を失っても、不幸だとは思わない。被災地では仲間たちと互いに支えて生きている人々がいます。そんな人のぬくもりに元気をもらっています。釜石を離れようとは思いません。生まれ変わったつもりで、第二の人生を歩いていきます」【萩尾信也】
震災影響、内定取り消し相次ぐ 原発事故のあおりも 2011年3月26日 朝日
東日本大震災の影響で、4月の入社を目前に控えた新卒者の内定取り消しが相次いでいる。朝日新聞社が東北地方の被災地を中心に約60大学を調べたところ、少なくとも8大学で10人が内定を取り消された。企業が深刻な被害を受けたケースに加え、原発事故のあおりを受けた例も出ている。 宮城や岩手など被災地の労働局やハローワークには、「採用は難しい」という経営者や、取り消しを告げられた内定者からの相談が殺到している。直接被災した地域以外にも影響は及んでおり、今後、大量の取り消しが表面化しそうだ。 岩手大の男子学生は、岩手県釜石市の水産加工会社から取り消しの連絡を受けた。会社は津波で壊滅的な被害を受けた釜石港の海岸にある。「当面、営業は再開できず、採用延期も難しい」と説明されたという。同大キャリア支援課は、特別研究生として大学に籍を置き、就職活動を続けるよう助言したという。 青森県内の私立大では、女子学生が泣きながら臨時採用の予定が取り消されたことを報告した。就職予定だった郵便局が津波で流され、22日になって通告されたという。学生の実家も津波被害にあっており、大学近くのアパートは今月末で退去する予定だ。当面はアルバイトを続けながら就職活動を再開する。 東京電力福島第一原子力発電所の事故も影を落とす。 東北工業大(仙台市)の男子学生2人は、原発関連会社の内定を取り消された。2度目の爆発事故が起きた直後、社長が「会社は原発から5キロ以内にあり、再開のめどが立たない。そんな状態で待ってもらうのは忍びない」と連絡してきた。大学側は急きょ、宮城県内の家電製造販売会社を紹介。2人は来週にも面接予定で、「次でがんばりたい」と話しているという。 日本大(東京)には、福島県内の商社に入社できなくなった男子学生から相談がきた。工場が被災して操業を停止したうえ、放射性物質を避けるため、従業員が退避しているという。法政大(東京)の学生は、都内の電気工事会社の内定辞退を促された。原発事故で仕事が95%減り、休業せざるを得ないという。
一方、震災との直接的な関連が見えにくいケースも。 青森県の女子学生は飲食店などを展開するサービス会社から取り消しを告げられた。会社は「震災で客の入りが激減した」と説明したという。関東地方の女子学生に取り消しを通知した千葉県内のホテルは、「津波の影響でキャンセルが増えたため」と説明したという。 このほかにも自宅待機や入社時期の延期などを告げられた学生も多いといい、各大学の就職担当者は「さらに増える可能性が高い」と、学生への確認を急いでいる。政府は22日、日本経団連などに内定取り消しを避けるよう求める要請書を送っている。(江口悟、岩波精)
被災、停電、野菜・飲料水不安… 「めまぐるしい」外食産業を翻弄 産経新聞 3月26日(土)7時57分配信
東日本大震災や相次ぐ放射性物質の検出が外食チェーンを翻弄している。従業員の被災、断水による営業停止の次は計画停電の「節電協力」、さらに原材料の調達が滞ったり、飲料水に対する顧客の不安にどう対応するかなどを頭を悩ませる課題が次々生まれているからだ。 レストランチェーン「サイゼリヤ」では福島県白河市など同県内に契約農家や関連農場を抱え、イタリアンパセリやルッコラなどの野菜4種をサラダなどの原材料として仕入れていた。 ところが、同県産の葉物野菜から放射性物質が見つかり摂取制限を実施。同社では制限対象か否かにかかわらず同県産の野菜を在庫も含めて使わないことに決めた。このため、同県産の野菜を使っていた東日本の店舗の多くでサラダが提供できなくなったという。 同社では乳児を連れた顧客が飲み物を持ち込んだ場合にも柔軟に応じるほか、他産地の契約農家から野菜を仕入れ、メニューを元に戻していく方針。担当者は「今後、仕入れ先や工場に問題ないことを祈るだけです」と語った。
328店舗を全国に展開するファミリーレストラン「ジョナサン」では茨城県と千葉県浦安市の2店舗で断水による営業停止が続く。また、東京電力が実施する計画停電の時間帯は対象店舗が営業できず、地震後の流通の混乱や食材の品薄状況に悩まされる。店に届く食材が減った結果、メニューを通常の3分の1程度の50品目程度に絞った「限定メニュー」で営業を続ける。「何よりも食材の安定確保が第一だが、停電は店を閉めざるを得ないので痛い」という。
ファミリーレストラン「ロイヤルホスト」も全国約750の店舗のうち店舗損傷や電気・ガス・水道の供給停止で直営店舗約20店舗が営業を休止している。 各地で相次いで水道水から放射性物質が検出されるたびに対象店舗に情報を流し、料理で水道水を利用していることを来店客に説明。乳児に水を飲むのを控えるよう周知させているが「めまぐるしく地域が変わるので政府や自治体の情報に神経をとがらせ、万全を期している」(広報担当)。 料理メニューについても政府の公表データに目配りしながら「来店客に安心してもらえない食材は使わないようにしている」。別の産地からの食材調達に奔走し、メニューをつないでいるが一部でメニューの変更なども。「大変な苦労をしている。早く安定供給できるようにしてほしい」と話している。
那須御用邸に入浴に訪れた人たち=栃木県那須町で2011年3月26日午前10時27分 那須御用邸に入浴に訪れた人たち=栃木県那須町で2011年3月26日午前 毎日
愛犬、83歳女性救う…散歩コースと逆の高台へ 読売新聞 3月26日(土)13時57分配信
東日本巨大地震による大津波で壊滅的な被害を受けた岩手県宮古市で、愛犬に命を助けられた女性がいる。 津波襲来までの30分間、愛犬は興奮した様子で女性を高台にぐんぐん引っ張り、安全な避難所に導いた。 女性は、海岸から約200メートルの同市田老川向(たろうかわむかい)に住んでいた赤沼タミさん(83)。メスのシーズー犬「バブ」と自宅の居間でくつろいでいるときに地震に襲われた。蛍光灯が消えると、バブはせわしなく走り回り、尾を強く振って鼻をクンクン鳴らしたという。 赤沼さんが「散歩の時間にはまだ早いのに」と思いながら、玄関先で首にリードをつけていると、防災無線が大津波警報の発令を知らせていた。 田老地区で900人以上の死者・行方不明者が出た1933年の昭和三陸地震を体験した赤沼さんが「避難しなきゃ」と玄関を開けると、バブも勢いよく飛び出し、いつもの散歩コースと逆の高台へ向かった。 赤沼さんの歩みが緩むと、バブは振り返って歩みを促すようなしぐさを見せ、追いつくと勢いよく前へ出た。それを繰り返すうちに、自宅から約1キロ離れた避難所への急坂を一気に上りきっていた。 振り返ると、歩いてきた道は津波にのみこまれ、自宅も濁流の中に。普段は散歩も嫌がるバブの行動に、赤沼さんは「津波を予知してたのかも」と不思議がる。 バブは今、近隣地区の集会場で赤沼さんら住民約60人と避難生活を送る。12歳の誕生日にあたる23日には、お気に入りのピンクの服を洗ってもらい、うれしそうなしぐさを見せたという。(浅見徹)
宮城・南三陸町で集団避難説明会 TBS系(JNN) 3月26日(土)18時30分配信
「仮設住宅が南三陸町に出来て皆さんを(町に)お迎えできるまでに、よりよい環境で避難生活をおくっていただきたい」(南三陸町 佐藤仁町長) 南三陸町は被災した9400人を対象に、周辺の市や町に一時的な集団避難を呼びかける説明会を開きました。受け入れ先は、栗原市、登米市、山形市など6つの市と町の公共施設や廃校となった学校などで、合わせて3400人が生活できるスペースを提供するということです。 「一時的ということですから、その先はどうなるか(不安)」 「病気の(家族が)いるので(町を)離れられない」(避難している人) また、宮城県庁には佐竹秋田県知事が訪れ、村井宮城県知事に対し、「秋田県内に被災者2万人以上を無償で受け入れる準備が整った」と支援を申し出ました。 「行方不明の方がたくさんいて、いろいろな問題がありまして、簡単にすぐに移っていただくというところには至っていない」(宮城県 村井知事」 宮城県の村井知事は「避難所では感染症の心配もある」として集団避難の必要性を強調していますが、実施には難航が予想されます。
<福島第1原発>東電「貞観地震」の解析軽視 ◇「『想定外』は言い訳」 毎日新聞 3月26日(土)18時47分配信
東京電力福島第1原発の深刻な事故の原因となった大津波を伴う巨大地震について、09年の経済産業省の審議会で、約1100年前に起きた地震の解析から再来の可能性を指摘されていたことが26日、分かった。東電側は「十分な情報がない」と対策を先送りし、今回の事故も「想定外の津波」と釈明している。専門家の指摘を軽んじたことが前例のない事故の引き金になった可能性があるほか、東電の主張を事実上追認した国の姿勢も問われそうだ。
09年6月、25年ぶりの原発の耐震指針の改定を受け電力会社が実施した耐震性再評価の中間報告書案を検討する審議会が開催された。取り上げられたのが869年に宮城県沖で発生したマグニチュード8以上とみられる「貞観地震」だ。 報告書案にはこの地震に触れられておらず、委員の岡村行信・産業技術総合研究所活断層・地震研究センター長は「非常にでかいもの(地震)が来ているのが分かっている」と問いただした。東電側は「被害はそれほど見当たらない」と答えたが、岡村センター長は、海岸線から数キロ内陸まで浸水したという最新の研究から「納得できない」と指摘した。その後の会合で、東電は、貞観地震で予想される揺れは原発の耐震構造の想定内との見方を示した。
多くの専門家は、貞観地震は、東日本大震災を「貞観地震の再来」とみている。また、450〜800年程度の間隔で同規模の津波が起きた可能性も浮かび、論文でも報告されている。 東電によると、現地で測定された地震動は、ほぼ想定内に収まり、地震によるトラブルは少なかった。一方、非常用電源の喪失など津波による被害によって、炉心の冷却ができなくなり、水素爆発をはじめとする前例のない事故を引き起こした。毎日新聞の調査でも、東電を除く9電力会社が所有する14原発で、津波による浸水を想定していなかった。
東電の武藤栄副社長は25日の会見で「連動した地震による津波は想定していなかった」「(貞観地震の見解が)地震や津波の共通見解を出すには至っていない状況にあった。学会として定まったものがなかった」と釈明した。東電の対応に対し、岡村センター長は「原発であればどんなリスクも当然考慮すべき。あれだけ指摘したが、東電から新たな調査結果は出てこなかった。『想定外』とするのは言い訳に過ぎない」と話す。【須田桃子、藤野基文】
「生き地獄だった」「トラウマになりそう」……被災地医師による現地レポート RBB TODAY 3月26日(土)19時22分配信
メドピアは25日、東北地方太平洋沖地震の被災地で救援活動に従事する医師による現地リポートの一部を公開した。対象となる医師は、同社が運営する医師向けコミュニティサイト「MedPeer」の登録会員で、23日より募集されたレポートは、24日15時現在で371件となるという。現在でもレポートの募集を継続している。
以下は医師による現地レポートの一部抜粋。
「現地での状況はテレビ報道や新聞記事の比ではありません。悲惨そのものでとても言葉で言い表せるものではありません。死因はほとんど溺水による窒息で、被害は地震の揺れよりも津波によるものが多かったようです」(一般内科、総合診療、他) 「親を亡くして立ち尽くす子へどのように接したらいいか分からない、PTSDに関してアドバイスができない。(一部省略)小児に対する“心のケア”“治療”ができるスタッフを同行させた方がよい」(小児科) 「急患の多くは低体温・感染症・外傷。薬や点滴注射の不足が深刻。医師より薬剤師支援が望まれる」(宮城県若林区の中小病院・一般内科) 「現在は電気や水は復旧したものの、放射線による被曝を最小限にすべくマスクや服装他、飲料水等に気を使う毎日です」(眼科) 「検査は単純レントゲンと採血がなんとか使えますが、CTなどは当然動いていませんでした。野戦病院というより生き地獄でした」(一般内科、総合診療、他) 「慢性疾患の通常薬がないという訴えや、トイレ、水分の問題から便秘が多くみられました。また、コンタクトや皮膚の軟膏などの需要も高かったです」(脳神経外科) 「DMATで出勤しました。空港で中等症患者の診療に当たりましたが、診療中も地震があったりして、被害にあっていない私たちでさえ、トラウマになりそうな状況でした」(一般内科、総合診療、他)
スリーマイルから祈り 事故から32年 毎日新聞 3月26日(土)19時24分配信
米国史上最悪の放射性物質漏えいとなった「スリーマイル島原発事故」は、1979年の発生から28日で32年を迎える。地元では事故の記憶が風化しかけていたが、東京電力福島第1原発の事故が起きたことで当時の恐怖感がよみがえっていた。住民たちは、1週間から10日で放射能汚染拡大の危機が収束したスリーマイル島事故よりも「状況はひどいのではないか」と語り、日本の被災者たちの苦しみや不安に思いをはせた。【米国東部ペンシルベニア州で草野和彦】
州都ハリスバーグの南東約20キロ。サスケハナ川の中州(スリーマイル島)に白煙を噴き上げる2棟の冷却塔が立つ。二つの原子炉のうち、事故が起きた2号機は現存するが閉鎖され、1号機は85年に稼働再開。川の東側に広がる集落との距離の近さに驚いた。 「自分たちの運命は自分たちで責任を持ちたい」。原発周辺の放射線量を監視している市民団体代表エリック・エプスタインさん(51)が語った。自宅のパソコンには25カ所の観測結果が刻々と表示される。活動の原点だった「事故の深刻さを隠そうとした原発事業者への不信感」を、日本の事故で改めて思い出したという。 当時も放射能に関する情報が混乱し、州政府が原発から半径5マイル(約8キロ)の住民に避難を勧告したのは事故から2日目だった。米原子力規制委員会は「健康や環境への影響はごくわずか」とし、避難対象は妊婦と幼児約5000人だったが、約14万人が避難した。
エプスタインさんの目には、発表が二転三転している東電の対応と重なって見える。それでもスリーマイルの場合、混乱のさなかにカーター大統領(当時)が夫人と被災地を訪れたことで「住民の不安解消に役立った」と振り返った。 しかし、「反原発」運動に携わるマリー・スティマスさん(67)は、事故後に周辺の動植物に「異変」が起きたと写真を見せながら証言し、「福島原発周辺の人々はこれから定期的に健康診断を受けるべきだ」と語った。 一方、自宅窓から冷却塔が間近に見える看護師デブラ・フォマーさん(53)は、「原発自体は怖くなかった」と言った。生後3週間の長女を抱えて避難したが、「本当に怖かったのは、世界から専門家が集まったのに誰もどう対処してよいか分からず、無力感が漂ったことだった」。 フォマーさんは、同じ感覚が日本を覆いつつあるのではないかと気がかりだ。「日本政府はできるだけのことをしている」ように見え、「東電も提示できる情報がなかったのかもしれない」と言い、無力感に負けないでと願った。住民の大半は今、原発との「共存」を静かに受け入れている。事故後に安全管理が徹底されたと評価され、原子力発電所や関連産業が地元の雇用先にもなっているからだ。 サスケハナ川の東岸、原発正面にある記念碑には「ここで起きたことは世界の原子力産業に変化をもたらすだろう」と記されている。福島第1原発の事故は、世界にどのような教訓を残すだろうか。
◇ことば スリーマイル島原発事故 79年3月28日、2号機の2次冷却水給水ポンプが故障し、緊急炉心冷却装置を誤って停止させるミスが重なって露出した炉心が溶解した。事故の国際評価尺度(0〜7)は「福島」と同じレベル5。放射能除去に12年の歳月と9.7億ドル(約790億円)を要した。
「予備自衛官」36人が初の支援活動 岩手・陸前高田 産経新聞 3月26日(土)20時6分配信
岩手、秋田両県に住む「予備自衛官」計36人が、岩手県陸前高田市で東日本大震災の復旧、支援活動を始めた。予備自衛官は有事に招集される自衛官OBのことで、災害派遣は平成9年の制度創設以来初めて。「全力で人助けしたい」と、一様に気合をみなぎらせている。
東日本大震災 レジャー施設、苦境 TDLも再開未定 毎日新聞 3月26日(土)20時36分配信
東日本大震災の影響で、春休みの書き入れ時を迎えたレジャー施設が営業休止や入場者減に陥っている。東京ディズニーランド(TDL)など再開のめどが立たない施設もあるほか、再開した施設でも計画停電などの影響で営業時間短縮などの対応に追われる。首都圏以外でも外国人観光客らのキャンセルが相次ぐ。自粛ムードも広がり、震災前のにぎわいを取り戻すのは容易ではなさそうだ。【井出晋平、小倉祥徳、谷多由】
千葉県浦安市の海沿いのTDL。普段はファミリーやカップルで混み合うが、最寄りのJR舞浜駅前は人影がなく臨時休園の看板が風に揺れる。周辺は震災で液状化現象が発生し、TDLも駐車場が被害を受け、震災直後から休園したまま。運営するオリエンタルランドは「園内の建物に被害はなく開園可能な状態」とする一方、「電力供給が安定しないことなどもあり営業休止を続ける」といい、再開日は未定だ。
当初予定では22日にパンダが公開され、家族連れらでにぎわうはずだった上野動物園(東京都台東区)は節電目的もあり、17日から休園し再開未定。日光江戸村(栃木県日光市)も地震直後から営業休止。19日に予定した再開は「社会情勢を考慮し」(日光江戸村を運営する時代村)延期した。
◇3連休の入場者4分の1に
再開した施設も、計画停電や入場者減に戸惑う。横浜・八景島シーパラダイス(横浜市)は22日に遊園地を再開したが、アトラクションの一部は震災で破損し休止中。19日に営業時間を短縮して再開したよみうりランド(東京都稲城市)も、約30種類あるアトラクションのうち、消費電力の大きいものを休止。3連休の19〜21日の入場者数は「例年の約4分の1程度」にとどまったという。夏場には電力需給が一層逼迫(ひっぱく)するため、各施設ともさらに苦しい運営を迫られそうだ。
◇宿泊キャンセル1万1000人
影響は東日本にとどまらない。ハウステンボス(長崎県佐世保市)は震災後、宿泊キャンセルが約1万1000人に上っている。東京電力福島第1原発の事故の影響もあり、全体の約1割を占める韓国など、アジアからの観光客がほとんどいなくなった。同社は「キャンセルはさらに増えており、近隣の観光客の掘り起こしを進める必要がある」と話している。
営業規模の縮小に加え、「ガソリン不足で遠出を控えたり自粛ムードの広がり」(富士急ハイランド)で入場者の大幅減は避けられず、ある施設の運営会社は「震災後の緊迫した時期でやむを得ないが、経営への打撃は計り知れない」と悲鳴を上げている。
核燃料の破損、進行か…汚染水から放射性物質 読売新聞 3月26日(土)20時37分配信
東京電力福島第一原子力発電所の放水口付近で採取した海水から、高濃度の放射性ヨウ素131が検出された問題で、東電や経済産業省原子力安全・保安院、専門家は26日、汚染水が原子炉につながる配管などから海に放出されたという見方を強めた。 汚染水からは、燃料が核分裂した際に生成する多種類の放射性物質が検出され、燃料破損が進んでいる可能性を示している。大気中の放射線量に大きな変化はなく、浮遊する放射性物質が降下して海に溶け込んだことが原因とは考えにくい。 この海水は福島第一原発1〜4号機の放水口から南へ約330メートルの場所で採取された。検出された放射性ヨウ素131の濃度は1ミリ・リットル当たり50ベクレルで、原子炉等規制法で定める濃度基準の約1250倍だった。 海水が高濃度の放射性物質で汚染された原因について、原発周辺で大気中の放射線量が急増した事実はなく、浮遊している放射性物質を落とす雨も降っていないことから、東電は26日の記者会見で「原子炉につながる配管から汚染水が流れ出した可能性がある」と説明した。
27日本大震災:高齢者施設、死者・不明436人 3県18カ所、海辺立地で逃げ遅れ 毎日新聞 2011年3月27日 東京朝刊
東日本大震災では、三陸沿岸の老人福祉施設が津波で大きな被害を受けた。毎日新聞の集計では宮城・岩手・福島の3県の少なくとも計18施設で入所者の避難が間に合わず、死者・行方不明者が計436人に上っている。海辺の施設は高齢者に人気があるが、立地のあり方や「災害弱者」の避難対策などが復興施策の中で大きな課題となりそうだ。 岩手県では大船渡市、釜石市、山田町の計3施設で113人の死者・行方不明者が出た。現在判明している中で最も被害が大きいのは山田町の介護老人保健施設「シーサイドかろ」。2階建ての屋上まで津波にのまれ、入所者97人中53人が死亡、22人が行方不明になった。山田湾からわずか60メートルで、月に1度避難訓練をしてきたが、避難場所にも津波が押し寄せたという。 海から約900メートル離れていた大船渡市の特別養護老人ホーム「さんりくの園」では、川をさかのぼってきた津波で36人が死亡した。宮城県では気仙沼市の介護老人保健施設「リバーサイド春圃(しゅんぽ)」で入所者54人が死亡するなど、石巻市、名取市、東松島市、南三陸町などの計10施設で160人が死亡。行方不明者は山元町も加えた10施設で130人となっている。 厚生労働省令は、指定介護老人福祉施設に防災対策の整備や訓練の実施を義務付けている。岩手県長寿社会課は、多数の被害者が出たことを踏まえ「今後、利用者の安全を確保するには、開所する場所をある程度の高台に指定することも考えなければならない」という。 一方、立地の制限に慎重な意見もある。大西一嘉・神戸大大学院准教授(福祉防災学)は「海辺のまちで高齢者施設だけを高台につくるように制限すると、地域住民との交流が少なくなり支援が受けづらくなる。住む場所のリスクを適切に分析して正しく評価し、建物に隣接した避難棟をつくるなど、より効果的な対策を講じるべきだ」と指摘している。【鳴海崇、奥山智己】
震災閉鎖の水戸市庁舎 建て替えか移転か 2011年3月27日(日) 茨城新聞
東日本大震災の影響で市役所が使用停止となった水戸市が、役所機能の再構築をめぐって揺れている。目下、役所機能の分散を余儀なくされ、隣接する市民会館で窓口業務を行うなどしているが、市民にとっては不便であるばかりでなく、行政効率も悪いと指摘されている。庁舎の現在地建て替えか移転建て替えかなど、速やかな方針決定が震災を機に迫られそうだ。
主要都市で反原発デモ=福島事故受け閉鎖求める―ドイツ 時事通信 3月27日(日)0時36分配信
ドイツのベルリンやミュンヘン、ハンブルク、ケルンの各都市で26日、大規模な反原発デモが一斉に行われ、福島第1原発の事故を受け、国内の原発を早期に閉鎖するよう訴えた。 ベルリンでは野党支持者や反核団体メンバーら5万人以上が中心部を行進。「福島は警告する。すべての原発を停止せよ」と書かれた横断幕を掲げ、気勢を上げた。
米軍救援活動に密着 命懸け「トモダチ作戦」 産経新聞 3月27日(日)1時0分配信
「友達作戦」に参加するP3Cのコクピットで地図をチェックする、米海軍の兵士=26日午前、米軍三沢基地(古厩正樹撮影)(写真:産経新聞)
東日本大震災の被災地や沖合で、「オペレーション・トモダチ(トモダチ作戦)」と名付けた救援活動を展開している在日米軍。「友」と日本語で刺繍(ししゅう)されたワッペンを身につけた隊員は「作戦を誇りに思う」と胸を張る。26日、米軍基地から支援物資とともに輸送機に乗り込み、“史上最大の救援活動”に密着した。(大竹直樹)
■物資とともに輸送機に
「これから放射線を測定する」。午前5時、神奈川県綾瀬市の厚木基地。大きな倉庫内で放射線測定器を持った隊員に全身を計測された。福島第1原発の放射能漏れ事故を受けた措置で、簡易測定器を常時身につけることも指示された。 「ここだ。ここで降ろせ!」。午前5時半、米海軍の輸送機が並ぶ駐機場では、慌ただしく動き回るフォークリフトに隊員の声が飛ぶ。ミネラルウオーターや毛布、衣服などの支援物資が入った段ボール数十箱がリフトから次々と降ろされていく。 駐機場では輸送機「C−2」が離陸の準備に入っていた。5人の隊員が手渡しリレーで次々と段ボールを積み込む。ゴーグルと防音ヘッドホンのついたヘルメットを装着し、段ボールが積まれた貨物室に乗り込むと、朝日が顔をのぞかせた午前6時に離陸した。
■「任務は誇り」
激しい振動と騒音の中、輸送機は約1時間半で三沢基地(青森県三沢市)に着陸。「この任務に当たり、日本人の助けになれることを誇りに思う」。出迎えてくれた第5空母航空団ヘリコプター対潜飛行隊のペレラ・シル中佐(43)が、「友」「がんばろう日本」と刺繍された右腕のワッペンを見せてくれた。 「自分たちのやれることは少ないが、物資を被災地に持っていくと笑顔を見せてくれる」と誇らしげだ。 救援活動の中核部隊は米海兵隊と米海軍。東北地方の太平洋側に艦船を展開している。第7艦隊によると、救援活動には約1万8280人が従事。艦船19隻と航空機約140機で物資を被災地に届けている。 雪が舞う滑走路では、隊員が懸命に除雪作業に当たっている。沖合の揚陸艦との間を往復する輸送機やヘリが陸着陸できなければ、それだけ支援物資が被災地に届くのも遅れてしまう。 ヘリコプター対潜飛行隊に所属する上枝(かみえだ)俊介1等兵曹(34)は、「トモダチ作戦」について、「言葉にならないほど感謝している。米軍人も日本人も同じ気持ちだ」と語った。 雪がやんだ午後5時ごろ、第7艦隊のドック型揚陸艦「トーテュガ」に向けて大型ヘリで三沢基地を離陸した。500人以上の米海兵隊員が支援物資輸送の任務に当たるトーテュガまで15分ほどのフライトだった。
小中高生の死者206人、行方不明900人 読売新聞 3月27日(日)3時9分配信
東日本巨大地震で宮城、岩手、福島の3県では、少なくとも206人の小中高の児童生徒が死亡、900人の行方を学校側が把握できていないことが文部科学省などへの取材でわかった。 26日午前までの判明分。宮城県教委によると、同県の児童生徒の死者は140人で、832人の行方が把握できていない。岩手県教委によると、同県の死者は37人で行方不明68人だった。同省によると、福島県では少なくとも29人の死亡が判明しているが、行方不明者の子供の数は把握できていないという。
新潟のイタリア人女性、被災ペット救済に奮闘 2011年3月27日 06:00 スポニチ
新潟市の動物愛護団体「アニマルフレンズ新潟」代表のイタリア人女性、イザベラ・ガラオン青木さん(47)が、震災で飼い主を失ったり離れ離れになったペットの救援に奮闘している。 宮城、福島、岩手の各県を車で駆け回り、25日までに犬猫約20匹を保護。建設が進む仮設住宅について「ペットと同居できるようにして」と訴えている。24日夜には行き場所を失った犬や猫を保護する岩手県釜石市の「釜石どうぶつ病院」に、支援のため大量のペットフードを運び込んだ。 イザベラさんが運営する新潟市の施設は敷地が5000平方メートル以上あり、犬猫約400匹の保護が可能。「病院で受け入れられないペットは引き取り、世話をしてくれる人も探します」と支援を申し出た。 ペットの救援に奮闘する「アニマルフレンズ新潟」代表のイザベラ・ガラオン青木さん(左)と「釜石どうぶつ病院」の鈴木仁史院長 Photo By 共同
3・11大地震 “万里の長城”まで越えた津波 2011.3.27 08:06 産経 9年前、東京と大阪の社会部が合同で「やがて来る巨大地震」という連載をした。近い将来、発生が予想される東海、東南海、南海地震への備えを問うためだった。和歌山、高知、徳島、岡山…終戦まもなくの昭和21年暮れに起きた南海地震の被災地を記者が回り、実際に津波を体験した人に話を聞き、当時の写真を集めた。 家の屋根に突っ込んだ船、一面がれきの山となった集落、水がひかない市街地を小舟で行き来する人々。それらの衝撃的な写真とともに印象に残ったのが、どの地域にも「大地震あれば津波がくる」という言い伝えが残り、すぐに逃げ出して助かっていたことだった。 少しは津波の恐ろしさを知っているつもりだったが、浅はかだったことを思い知らされた。マグニチュード(M)9・0の巨大地震が引き起こした大津波が、町並みを一気に押し流していく映像に、ただ圧倒された。 今回、甚大な被害が出ている三陸沿岸はこれまでも何度も津波に見舞われており、地元自治体や住民は決して手をこまぬいていたわけではない。
岩手県宮古市田老(たろう)地区(旧田老町)。明治29年の明治三陸地震津波で約1800人、昭和8年の昭和三陸地震津波でも約900人が犠牲となったのを教訓に、徹底した津波対策に乗り出していた。民家の屋根より高い10メートル、全長約2400メートルの防潮堤が城壁のように集落を包み込む。実際、昭和35年のチリ地震津波で被害を最小限に食い止めた。この防潮堤は「田老万里の長城」と呼ばれ、海外でも知られる名所となっていた。だが今回、津波はその防潮堤を越えて集落をのみ込んだ。避難した住民が「防潮堤があるので(大丈夫という)油断があった。逃げない人もいた」と話したように、どこかに過信があったのかもしれない。だがそれより、完璧な津波対策はないと思ったほうがいいのだろう。 しかし、防潮堤はこれまで何度も津波被害を防いできた。そして被災した各地に残る言い伝えも多くの人の命を津波から守ってきた。苛酷な経験からひとつひとつ災害に立ち向かう術(すべ)を学んできたのも事実だ。 今はまだ、立ち上がれる状況ではないだろう。しかし落ち着きを取り戻せば、被災地はより災害に強い町を目指して動き始めるはずだ。幾たびもの苦難を乗り越えてきた地域の再生への道のりを応援していきたい。(大阪経済部長 佐藤泰博) 自衛隊員の派遣手当など増額へ…過酷任務報いる 2011年3月27日08時40分 読売新聞
防衛省は26日、東日本巨大地震の被災地で活動する自衛隊員に対して支給する「災害派遣等手当」と「死体処理手当」について、支給額を現行よりそれぞれ引き上げる方針を固めた。 約3700体の遺体収容や約230体の搬送(24日まで)、東京電力福島第一原子力発電所の放射能漏れ事故に伴う放水など、従来の災害派遣の想定を大きく上回る、過重で危険な活動内容に応えるためだ。 現行の災害派遣等手当では、隊員が捜索救助などに2日以上連続であたった場合の支給額は1日1620円、退去命令が出ている区域や被曝(ひばく)のおそれがある区域などで特に困難な任務が伴う場合は同3240円となっている。 遺体の収容に従事した隊員に対しては、1日1000円(損傷の激しい遺体の場合は同2000円)の死体処理手当を災害派遣等手当に加算して支給している。
イスラエルから医療チーム出発 3月27日 10時15分 NHK
東北関東大震災の被災者を治療するため、海外からは初めてとなる緊急医療チームが、中東のイスラエルから日本に向けて出発しました。イスラエルからは、医療チームのほか毛布6000枚や防寒用のコート1万着が日本に支援されるということです。出発したのは、イスラエルの医師や看護師などおよそ60人の緊急医療チームで、一行は26日夜、イスラエル南部の空軍基地を特別機で飛び立ちました。出発を前に空港では、チームの一人一人に、甲状腺の検査などが行われていました。医師の1人は「放射性物質の危険がないわけではないが、とにかく志願をした。被災地では感染症の問題などに対処したい」と話していました。一行は27日夜に日本に到着したあと、地震と津波で壊滅的な被害を受けた宮城県の南三陸町に臨時の診療所を設け、避難生活を強いられている被災者の治療を行う予定です。海外から派遣される医療チームは、日本の医師免許を持っていないため、現地でどのような治療を行うのか日本側との調整が必要で、外務省によりますと、今回の震災では、イスラエルが初めてだということです。イスラエルからは、医療チームのほか毛布6000枚や防寒用のコート1万着が日本に支援されるということです。
東日本大震災:福島第1原発事故 田植えや種まき延期を 県内全農家に県通知 /福島 毎日新聞 3月27日(日)10時52分配信
農作業の開始時期が迫る中、県は25日夜、県内全農家に田植えや種まきを延期するよう通知した。東京電力福島第1原発の放射能漏れが収束する見通しが立たず、土壌汚染が続く恐れがあるため。今後、各地の土壌分析を進め、作付けが可能か県が判断する。 県内では例年4月上旬から浜通りを中心に稲の作付けが本格化するが、10日程度遅れても収量に影響はないという。5月以降に始まる大豆やソバなどの畑作物、露地栽培の花き類の作付けもできる限り遅らせ、地表にたまった放射性物質が拡散しないよう、畑を耕やす作業にも取りかからないよう求めている。 一方、果樹は病害虫防除などを毎年続けないと将来の収穫に影響するため、樹木の管理に例年通り取り組むことを推奨している。 国の出荷停止指示が出たホウレンソウなどの葉物野菜は、放射性物質が拡散しないよう焼却せずに1カ所に集めて保管。未収穫の作物はそのまま放置するよう求めた。家畜は放牧をやめ、わき水や川の水を飲ませないこと、屋内保管の飼料を食べさせることなどを指示している。 26日から毎日午後3時、最新情報を県ホームページで発信する。【関雄輔】
被災地でGS行列深刻化、バスも巻き込まれ「震災以来初めて」 産経新聞 3月27日(日)11時5分配信
ガソリンを求める長蛇の列に、仙台市営バス3台が巻き込まれて立ち往生。進まぬ列に苛立つドライバーたちが路上で情報交換を始めていた=27日、仙台市青葉区(荒船清太撮影)(写真:産経新聞)
ガソリン不足が続く被災地で、ガソリンを求める車の長い列が交通を麻痺(まひ)させるまで深刻化している。仙台市郊外では、車列が三重にできて道路をふさぎ、複数の路線バスが立ち往生。通勤の足にまで影響した。震災以来、仙台市内ではガソリンスタンドごとにできる数キロに及ぶ車列は日常の光景となった。大半はスタンドが閉店した前日夜からの列で、開店まで無人のまま放置した車も多い。列に割り込もうとした運転手と並ぶ人の間で口論も絶えない。 道路沿いに複数のスタンドが並ぶ同市青葉区南吉成では27日午前8時ごろ、車列がスタンド周辺をめぐって三重にでき、片道2車線を完全に封鎖。JR仙台駅などに向かう路線バス3台が1時間近く立ち往生した。バスを諦め、歩き始める通勤客も。駅前の勤務先に向かっていた中村智子さん(26)は「いつまで待てばいいか分からない。会社も人手がない中やっているので遅れるわけにはいきません」とバスを下り、走りだした。 給油待ちをしていた近くの看護師、遠藤美香さん(47)は「徹夜で並ぶ車の列は毎日できるけど、こんな混乱は震災直後以来初めて」。 状況は市外も同様で宮城県大和町のスタンドでは、「27日は営業しません」との張り紙が張り出されているにもかかわらず、早朝から車の列ができた。60代男性は「昨夜は給油できたと聞いた。もしかしたらできるかもしれないので並び続けます」。 これまで比較的給油がスムーズだった高速道路のパーキングエリア(PA)でもガソリンが枯渇した。東北道鶴巣PAでは、上下線とも26日夜にガソリンが売り切れ。「緊急車両用の油まで切り崩した。次いつ入るか分からない」(男性職員)。にもかかわらず、PA駐車場は「次」を期待する車であふれていた。
東日本大震災、死者・行方不明者2万7110人 産経新聞 3月27日(日)11時6分配信
警察庁によると、27日午前10時現在、12都道県警が検視などで確認した死者数は1万489人となった。これまでに家族らから届け出があった行方不明者は1万6621人で、死者と行方不明者は合わせて2万7110人に上っている。重軽傷者は18都道県で計2777人。 また、27日午前10時段階で身元が確認されたのは70%超の約7740人。この大半の7220人の遺体が遺族に引き渡された。 都県別の死者数は、北海道1人▽青森3人▽岩手3152人▽宮城6333人▽山形1人▽福島946人▽東京7人▽茨城20人▽栃木4人▽群馬1人▽千葉17人▽神奈川4人。 建物被害は、全壊・流失が9都県で1万9810戸となった。岩手、宮城、福島3県の沿岸部では地区全体が壊滅的な被害となっており、実数が把握できていない場所が多数あるとみられている。 また、警察が把握している避難所は17都県で2081カ所に上っている。避難所で暮らす人は24万3069人で、ピークに比べて大幅に減少しているが、25日以降はほぼ横ばいになっている。
2号機建屋の水から高濃度放射性物質 原子炉から漏出か 産経新聞 3月27日(日)12時2分配信
経済産業省原子力安全・保安院は27日、福島第1原子力発電所2号機のタービン建屋にたまっていた水は、表面の放射線量が毎時1シーベルト以上で、高濃度の放射性物質が含まれているとの分析結果を明らかにした。 このたまり水に含まれるヨウ素134の濃度は、1立方センチ当たり約29億ベクレルと、極めて高いという。 保安院は水に含まれる放射性物質について、通常なら原子炉内に閉じ込められている半減期が短い物質が含まれているとみており、原子炉の水が漏れだしている可能性が高い。
作業員3人、28日にも退院=福島原発被ばく事故―放医研 時事通信 3月27日(日)15時55分配信
東京電力福島第1原発の3号機で協力企業の男性作業員3人が被ばくした事故で、放射能医学総合研究所(千葉市)は27日、いずれも健康への影響はなく、全身状態にも問題はないとして28日にも退院すると発表した。 放医研によると、3人のうち2人はくるぶしより下の部分を局所被ばくしているが、皮膚の顕著な変化はなく、放射性物質による汚染の程度は低下しているという。
給油待ちの男性 車内で一酸化炭素中毒死 福島県棚倉町 毎日新聞 3月27日(日)16時47分配信
27日午前7時ごろ、福島県棚倉町棚倉の国道118号で、給油待ちの軽乗用車内で無職男性(82)がぐったりしているのをガソリンスタンド従業員が発見し、110番。間もなく死亡が確認された。車内の火鉢には暖を取ったとみられる練炭があり、県警棚倉署は一酸化炭素中毒とみて調べている。 同署によると、男性はガソリンスタンドから国道に延びた車列の20台目付近に、エンジンを止めて並んでいた。遅くとも同日午前3時ごろには並び、ガソリン節約のためにエアコンをつけず、練炭をたいていたとみられる。 福島地方気象台によると、27日朝の最低気温は、隣の塙町で氷点下5.1度と2月上旬並みに冷え込んだ。【阿部周一】
避難所以外の被災者に救援物資届かず 毎日新聞 3月27日(日)19時32分配信
東日本大震災の被災地では、避難所には救援物資が届くようになってきたが、自宅など避難所以外で生活を続ける人に物資が行き渡らないケースが相次いでいる。避難所で食料をもらおうとして断られた例もあり、住民からは「支援の輪の中に入れてほしい」と悲鳴が上がっている。【金子淳、福島祥、樋岡徹也、福永方人】ガソリンスタンドや店舗が営業できなくなった岩手県大槌町。川沿いの集落に住む建築業、上野松二さん(49)は、自宅にあった米と梅干しで食いつなぎ、20日に隣の釜石市に買い出しに行ってようやく保存食を仕入れた。 妻と2人で暮らす家に、津波で家を失った兄の家族3人も身を寄せ、食料は3日分ほどしかない。ガソリンも残りわずか。仕事がないため収入も途絶え、「避難所だけでなく、自宅に避難している被災者にも物資を届けてほしい」と訴える。 住民が避難した高台の施設などがそのまま避難所になるケースもあり、被災者は広範囲に点在。自治体も被災して十分に機能しておらず、避難者の動向を把握し切れていない。 このため自衛隊は、市町村が把握しにくい被災者の自宅や避難者の集まる施設などを訪問し、何が不足しているかなどの情報を集めて県に伝える取り組みを始めた。既に数百カ所の情報を把握しているという。自衛隊が物資を届ける所も多いが、防衛省幹部は「大型車両が入れない地域もあり、ヘリで対応するが、輸送能力は限られている」と話す。 自宅で暮らし、避難所で食料の配給を受ける被災者も苦しい状況に置かれている。
釜石市平田地区の県営アパートに住む主婦(43)は、近くの避難所でおにぎりなどをもらってきたが、電気が復旧すると、「明日から無しですよ」と通告された。「炊飯器が使えるだろう」という理由だった。主婦は「家があるだけましだけど、そんなことを言われても。食べる物がなくてアパートを出た高齢者もいる。この状態がいつまで続くのか」と不安を漏らす。 全国から届いた物資は県から市町村を通じて避難所に届く。岩手県は「モノが足りないわけではない。市町村のニーズに合わせて配っている」。釜石市は「避難所に常駐する職員やリーダーには、周辺住民にも支援物資を配るよう指示している」と話すが、指示が徹底されているかは把握できていない。 トラブルも起きている。釜石市内の小学校で避難生活を送る男性(62)によると、避難所に支援物資をもらいに来た地元の人が「家が残っているからダメ」と断られ、もめ事になった。男性は「困った時だからこそ、助け合わなくてはいけないのに」と憤った。 NGO「難民を助ける会」の堀越芳乃シニアプログラムコーディネーターは「自宅にいる高齢者らは物資の配給が滞ると、危険な状況になりかねない。物資輸送はNGOやNPOに委託し、自治体職員は情報収集に専念するなど、海外の災害で実施されているような役割分担の工夫が必要だ」と指摘している。
自衛隊10万人、奮闘 2011年3月27日20時6分 朝日
広大な地域に未曽有の被害をもたらした東日本大震災の被災地を救援するため、10万人の自衛官が動員された。想定しなかった事態に直面しつつ、阪神大震災の教訓も生かしながらがれきと戦う。膨大な動員力を持つ組織は、かつてない災害の地でどんな活動をしているのか。現場をたどった。(川端俊一)
■捜索 人も 重要書類も 宮城県女川町。小高い丘の上の建物の窓ガラスはあらかた割れ、大量のがれきが窓やベランダから飛び出している。廃虚のような姿に変わった女川町役場だ。 22日、数十人の自衛官が地下の部屋でがれきを取り除いていた。「あったぞ」「違う、ゴミだ」。探索の目当ては重要書類だ。役場の崩壊など壊滅的な被害で懸念されるのが行政文書の紛失。行政機能の復活にも支障をきたすため、町の要請で捜索にあたっている。 女川町と石巻市東部で活動するのは、四国から駆けつけた陸上自衛隊第14旅団。「見つかった文書です」。武田良二3佐が山積みされた泥だらけのファイルを指さした。 捜すのはむろん書類だけではない。同町議会の議場では1人の遺体が発見された。活動中に、被災者から直接「行方不明の家族を捜してほしい」と頼まれることもある。 旅団には、16年前の阪神大震災で動員された隊員も在籍している。日がたつにつれ生存の可能性は低くなるが、一縷(いちる)の望みをつなぐ家族のために努力を続けることが、後々の心のケアにつながるといわれる。部隊幹部は「阪神の教訓です」。 同旅団は18日に到着し、2日間かけて山形県の部隊から引き継ぎを受けた。「大規模災害の派遣は初めて。東北に来るとは想像してなかった」と30代の隊員は言う。旅団が駐屯する四国では東南海・南海地震に備え、逆に他の地域から増援部隊を受け入れる訓練を繰り返していた。想定とは違う形で、訓練が役立ったことになる。
■「ニーズ掘り起こせ」 仙台市沖。21日、海上自衛隊の護衛艦「くらま」の甲板から、灯油のドラム缶をロープでつるしたヘリコプターが飛び立った。行き先は、牡鹿半島の沖、網地島だ。 被災地に物資を送るため、自衛隊は保有する大量の物資を提供した。ご飯の缶詰、飲料水、毛布……。だが、時間の経過とともに被災者の要望は変化していく。食料や水が足りれば、ふだん使っている日用品も必要になってくる。 「ニーズを掘り起こせ」。司令部はそう指示を出している。物資を輸送したときは「これから持ってきてほしいもの」を聞き出すのが隊員の役目だ。陸自の女性隊員も避難所に行き、女性たちから要望を聞く。「化粧水がほしい」との声もあがった。 だが当初は輸送先の情報が足りず、テレビ映像を頼りにした部隊もある。目を皿のようにしてテレビ画面から避難所の場所の手がかりを探した。それでも被災者からは不満も出る。大規模災害では情報が決め手。多くの関係者がそう痛感している。 予期していなかったのは遺体の搬送。宮城県東松島市、石巻市から要請を受けた。自衛隊幹部は「物資輸送と違って敬意と丁重さが必要。支援に向ける人手が割かれるのでは」と打ち明ける。
■米軍も支援 将校ら調整 「災統合任務部隊」(JTF―TH)。被災地救援のために編成された特別の部隊だ。陸自の君塚栄治・東北方面総監を指揮官として全国の陸・海・空の部隊が結集した。派遣総数10万7千人、ヘリ約200機、固定翼機約300機、艦艇約50隻。これだけの規模を1人の指揮官の統制下に集めた例はない。 米軍も空母ロナルド・レーガン、強襲揚陸艦エセックス、大型輸送機を繰り出し、輸送や捜索を支援している。 司令部が置かれた陸自仙台駐屯地の一室には「日米共同調整所」が開設された。震災の3日後から朝夕2回、自衛隊の幹部、沖縄に駐留する米第3海兵遠征軍の将校ら数十人が、部隊展開を映すスクリーンを見て会議をする。 物資を空輸しても要望に合わなければ意味はない。避難所までの陸路も問題だ。当初は、持ち込まれた物資が輸送拠点で滞ることもあったという。任務部隊の幹部は「初めての事態で、まだ経験が足りない」。別の幹部は「侵攻してくる敵か、災害か、の違いはあるが、態勢は『有事』とまったく同じです」と語る。
■派遣2週間、疲労は極限 部隊交代が課題 派遣された自衛隊員の心身の疲労はピークに達し、部隊の交代が課題になってきた。 東北地方の被災地に派遣されている自衛隊は陸海空合わせて26日現在、約10万7千人。実員22万8500人(2009年3月末現在)の半数近い。阪神大震災では、ピーク時でも約1万9千人だ。 3自衛隊の中で最多の7万人が派遣されている陸上自衛隊。多くは屋外の天幕で仮眠をとりつつ作業にあたる。被災者に温かい食事を提供したり、入浴させたりする一方、乾パンやレトルト食品でしのぎ、入浴も派遣2週間で1回、という隊員が多い。 「隊員(の疲れ)は極限に近い」。折木良一統合幕僚長は24日の記者会見で語った。北沢俊美防衛相も省内の会議で「長期化が予想されるので、部隊の交代を含む今後の長期的な部隊運用構想を検討してほしい」と指示した。 部隊交代には課題がある。まずは地元との関係。地震発生直後に派遣された隊員は担当地域の人たちと顔なじみになっている。「また一から人間関係づくり、という事態は避けたい」(自衛隊幹部)という思いがある。 今回の大規模派遣は菅直人首相の「自衛隊10万人態勢」との大号令で始まった。しかし、部隊交代や艦船の整備・補給に伴い、一時的に10万人を割り込むことも予想される。自衛隊幹部は「数字が独り歩きしていることでやりにくさもある」と打ち明ける。(土居貴輝、河口健太郎)
写真とメールが物語る 黙して語らぬ自衛隊員の姿
2011/03/27 21:05更新 産経
東日本大震災での自衛隊による被災者支援活動は「最後の砦(とりで)」である。隊員はその重みを感じながら黙々と働くが、肉体的、精神的疲労は日ごとに増す。身内に犠牲が出てもわが身を顧みず、被災地にとどまる隊員も多い。実績を声高に誇ることもなく、黙して語らぬ隊員の思いと労苦を隊員同士のメールや写真から検証した。(半沢尚久、《》はメールの文面、写真は陸上自衛隊提供)
■車座で痛みを共有 《海には数メートルおきにご遺体が浮いている》《幼い亡骸(なきがら)を目にすると、わが子とダブってたまらない》 地震に津波の被害が重なった大震災。遺体収容も自衛隊の重要な任務のひとつで27日までに4150体を収容した。写真は宮城県山元町で冷たい水に膝までつかりながら遺体を囲み手を合わせる隊員を写し出す。 日常的に遺体を扱う警察官と違い、慣れているわけではない。とりわけ、海に流された遺体と対面するのはつらい作業だという。 《流木にはさまれ、両手をあげていた。最後まで救助を信じていたように…》 凄惨(せいさん)な現場は、隊員の心を消耗させ、無力感さえ抱かせかねない。そのために陸上自衛隊はメンタルヘルスを重視し、夜ごと隊員を10人ほどの班に分け、車座になって一日を振り返る時間をつくった。陸自隊員は「仲間と苦しみ、痛みを共有できれば気力がわいてくる」と打ち明ける。
■被災者支援が第一 《自宅が全壊、家族も行方不明という隊員が普通に働いている。かけてあげる言葉がみつからない》 身内に被害が出た隊員も被災者支援を続ける。 《被災地に来て12日目。風呂はまだ1回しか入れていない》《毎日、乾パンや缶メシと水だけ》 炊き出しで温かい汁ものの食事を被災者に提供しても隊員が口にするのは冷たいものばかりだ。写真は岩手県山田町でわずかな休憩時間に狭いトラックの中で膝詰めになり、冷えたままの缶詰の食料を口に運ぶ隊員を写す。 22カ所で入浴支援も行っているが、汗と泥にまみれた隊員は入浴もままならない。「わが身は顧みず、何ごとも被災者第一」の方針を貫く。 兵たんや偵察といった自衛隊ならではのノウハウを生かし、役割も増している。集積所によっては滞りがちだった物資輸送の効率化に向け、自治体や運送会社を束ねるシステムを立ち上げた。孤立地域のニーズをきめ細かく把握する「御用聞き任務」も始めた。 《被災者の心細さを考えたら…。がんばる》
■米軍支援も引き出す 宮城県多賀城市の多賀城駐屯地では整然と並んだ陸自車両のタイヤが水に埋まった。車体には「災害派遣」の垂れ幕。地震発生を受け、出動しようと矢先を津波にのまれたのだ。いかに迅速に出動態勢をとるか。そんな訓練が徹底されている証しでもある。 大規模支援を買って出た米軍を鼓舞させたのも、そんな自衛隊員の姿だった。 《米軍は初めは様子見だったが、自衛隊が命をかけて任務を遂行するさまを見て本気になった》 東京電力福島第1原子力発電所では被曝(ひばく)の恐怖に臆することもない。17日からの放水活動の口火を切ったのも自衛隊だった。直後に米軍が放射能被害管理などを専門とする部隊約450人の派遣準備に入ったと表明したのは、米側が自衛隊の「本気度」を確信したからだといわれる。 ある隊員からこんなメールが届いた。 《自衛隊にしかできないなら、危険を冒してでも黙々とやる》《国民を守る最後の砦。それが、われわれの思いだ》 きょうも自衛隊員は被災者のそばにいる。
亡くなられた人…県警調べ=27日発表分 2011年3月27日22時22分 読売新聞
27日の発表分。県警調べ(敬称略)。
【宮城】 相沢幸子(51)(東松島市大曲)▽相澤惣五郎(79)(名取市閖上)▽相澤平治郎(75)(石巻市大門町)▽相澤正榮(76)(東松島市大曲)▽青山マサノ(96)(石巻市門脇町)▽赤間勝江(73)(七ヶ浜町代ヶ崎)▽浅野すえの(79)(石巻市流留)▽浅野仲子(75)(同市湊町)▽浅野寛(70)(同市中里)▽浅野好子(72)(同市湊町)▽安住直治(70)(同市貞山)▽熱海操(80)(東松島市牛網)▽熱海賢治(60)(同)▽熱海栄(52)(仙台市宮城野区岡田)▽熱海すみ子(84)(東松島市牛網)▽阿部茜音(9)(同市野蒜)▽阿部治(71)(石巻市鹿妻南)▽阿部勝子(同市築山)▽阿部きい子(68)(女川町宮ヶ崎)▽阿部きみ子▽阿部慶一(54)(南三陸町入谷)▽阿部桂子(80)(石巻市築山)▽阿部茂夫(82)(同市八幡町)▽阿部俊介(18)(東松島市野蒜)▽阿部章一(50)(石巻市井内)▽阿部四郎(81)(同市渡波)▽阿部孝子(79)(同市門脇)▽阿部千代人(84)(同市渡波)▽阿部次男(64)(同市築山)▽阿部年雄(66)(東松島市大塚)▽阿部知子(80)(南三陸町戸倉)▽阿部はま(87)(石巻市中央)▽阿部寿子(68)(同市北上町)▽阿部真衣(17)(同市松原町)▽阿部美歩(24)(東松島市大曲)▽阿部宗光(96)(石巻市大瓜)▽阿部有香里(25)(名取市閖上)▽阿部敬喜(73)(女川町宮ヶ崎)▽伊澤一男(82)(南三陸町志津川)▽伊沢けい子(62)(東松島市野蒜)▽石垣かつよ(68)(名取市閖上)▽石森大晴(2)(東松島市大曲)▽伊勢武治(石巻市湊)▽一迫勝義(同市長面)▽伊藤妃登美(29)(山元町山寺)▽伊藤きみ子(63)(利府町神谷沢)▽伊藤晴矢(3)(山元町山寺)▽伊東たき子(76)(石巻市大街道南)▽伊藤天花(2)(山元町山寺)▽伊藤弘志(50)(石巻市須江)▽伊藤良子(52)▽稲葉くに子(81)(女川町浦宿浜)▽猪股満義(65)(亘理町荒浜)▽岩佐今朝男(89)▽岩佐榮夫(65)(山元町坂元)▽岩佐鐵雄(83)▽岩佐はるえ(69)▽岩佐利一(70)(山元町坂元)▽植木昭八(77)(石巻市湊)▽内海幸雄(80)(同市三和町)▽内海章造(75)(同市渡波)▽内海タカ子(68)(同市長浜町)▽江田ちよみ(58)(同市雄勝町)▽遠藤秋雄(68)(女川町石浜)▽遠藤章(69)(石巻市鹿妻南)▽遠藤あさ子(78)(同市長面)▽遠藤英子(64)(女川町石浜)▽遠藤花(13)(石巻市長浜町)▽遠藤秀子(88)(同市門脇)▽遠藤弘(69)(多賀城市)▽遠藤奏(8)(石巻市長浜町)▽及川勝夫(85)(同市吉野町)▽及川勝子(88)(気仙沼市本吉町圃の沢)▽及川カツヨ(85)(石巻市湊町)▽及川千裕(15)(同市築山)▽及川浩(50)(同市不動町)▽及川みつ子(83)(同市吉野町)▽及川友助(84)(同市門脇)
▽大石清一(80)(山元町坂元)▽大石秀雄(78)(同)▽大黒ふさ子(87)(石巻市明神町)▽大坂かよこ(58)(同市湊町)▽大杉章(79)(同市釜谷)▽太田尚行(69)(同市立町)▽太田美千子(51)▽大西愛子(26)(仙台市太白区四郎丸)▽大橋昭雄(82)(石巻市清水町)▽大畑慶一(62)(仙台市宮城野区二の森)▽大村正義(69)▽尾形賢治(気仙沼市小々汐)▽尾形悟(64)(東松島市野蒜)▽尾形澄子(68)(同)▽岡田貴紀(18)(石巻市清水町)▽尾形春男(80)(東松島市野蒜)▽尾形美恵子(57)(同市宮戸)▽岡部敬?(82)(石巻市渡波)▽岡部とし子(80)(同市渡波町)▽岡村慶作(85)▽奥田烈斗(14)(東松島市野蒜)▽小田マサ(81)(山元町山寺)▽小高惇二(72)(石巻市中屋敷)▽小野寺竹子(78)(気仙沼市内の脇)▽小野寺俊雄(85)(同市赤岩港)▽小山長一(81)(南三陸町)▽織笠芳夫(64)(石巻市大街道東)▽鹿嶋一子(89)(同市渡波)▽梶原よしゑ(85)(同市南境)▽片岡勉(58)(東松島市矢本)▽片桐久一(64)▽片桐みよの(84)(石巻市松原町)▽勝倉正高(54)(南三陸町城場)▽加藤顕龍(78)(石巻市大街道)▽金澤義兵衛(91)(名取市閖上)▽鹿又節郎(80)(山元町坂元)▽亀山尚(70)(石巻市南浜町)▽神田芳孝(90)▽管野孝市(58)(山元町坂元)▽菅野ひな子(5)▽雁部知恵(30)(石巻市渡波)▽菊地喜一郎(87)(同市築山)▽菊地健(68)(亘理町荒浜)▽菊地ハルエ(85)(同)▽菊地道彦(51)(岩沼市押分)▽木皿ゆう子(48)(名取市閖上)▽岸野陸郎(75)(石巻市三ツ股)▽氣谷統(38)(同市築山)▽北村邦子(69)(女川町清水町)▽木村杏菜(10)(石巻市渡波)▽木村かねこ(81)(亘理町荒浜)▽木村啓子(47)▽木村慶子(61)(女川町)▽木村貞子(88)(同町鷲神浜)▽木村大士(31)(東松島市浜市)▽木村拓己(18)▽木村とも子(96)(石巻市門脇)▽木村義勝(62)(同市緑町)▽窪田富美子(70)(同市渡波)▽熊谷英征(25)▽熊谷茂(85)(山元町坂元)▽熊谷茂夫(60)▽熊谷寿美子(55)(山元町坂元)▽熊谷よしみ(48)(仙台市宮城野区中野)▽比毛三洋(67)(石巻市渡波)▽黒田清隆(47)(亘理町荒浜)▽小池年雄(81)▽志野末子(81)(石巻市長浜町)▽小関タキコ(66)▽小関胤子(85)(石巻市水押)▽小高萌霞(8)(同市中屋敷)▽後藤一郎(77)(同市伊原津)▽後藤茂子(74)(同市門脇)▽後藤貞助(92)(同市鹿妻南)▽古藤野しず子(86)(同市門脇)▽小西房子(54)(同市針岡)▽木幡武志(40)(同市松並)▽小林勝宏(46)(同市大手町)▽小松円(43)(同市湊町)▽小山晃生(17)(同)▽小山まさ子(94)(南三陸町)
▽今野岩子(74)(石巻市針岡)▽今野喜一郎(78)(同)▽今野ケフコ(79)(石巻市北上町)▽今野建雄(63)(同市三ツ股)▽今野元男(82)(気仙沼市本吉町)▽今野作男(69)(石巻市北上町)▽今野真一(74)(仙台市若林区種次)▽今野仁義(67)(石巻市北上町)▽今野保子(78)(気仙沼市本吉町)▽今野信夫(80)(石巻市鹿妻南)▽今野速都(7)(同市北上町)▽今野美彦(74)(仙台市若林区荒浜新)▽西城宗司(56)(南三陸町志津川)▽西條としえ(50)(同町戸倉)▽齋藤一夫(60)(山元町坂元)▽齋藤勝雄(82)(気仙沼市本吉町)▽齋藤式也(82)(東松島市野蒜)▽齊藤しみ子(71)▽斉藤仁美(24)(石巻市大街道南)▽齋藤正了(60)▽斎藤盛一(82)(亘理町吉田)▽桜井愛子(90)(石巻市千石町)▽櫻井浩二(44)(東松島市宮戸)▽櫻井ふみ子(74)(石巻市雄勝町)▽櫻田佐登志(45)(同市東中里)▽佐々木いち子(56)(同市大街道南)▽佐々木市右エ門(89)▽佐々木勝子(67)(石巻市川口町)▽佐々木義一(79)(同市大街道南)▽佐々木志保(37)(同市川口町)▽佐々木駿人(12)(同市渡波)▽佐々木せつこ(77)▽佐々木のぶ子(76)(石巻市新館)▽佐々木美香(38)(同市築山)▽佐々木よしみ(84)(同市大門町)▽佐々木りな(14)(同市川口町)▽笹野キヨ子(85)(同市大街道東)▽佐藤明子(62)(南三陸町戸倉)▽佐藤アキヨ(100)(石巻市北上町)▽佐藤朝子▽佐藤あやの(67)(仙台市若林区荒浜新)▽佐藤勝栄(66)(山元町山寺)▽佐藤貞治▽佐藤しめよ(101)▽佐藤次郎(67)▽佐藤すみ子▽佐藤誓子(72)(石巻市渡波)▽佐藤たえ子▽佐藤達也(51)(山元町山寺)▽佐藤たまき(85)(石巻市吉野町)▽佐藤忠夫(61)(南三陸町戸倉)▽佐藤とし子(88)(同)▽佐藤則子(60)(石巻市大街道北)▽佐藤冨久子(72)(同市針岡)▽佐藤保寿(76)(南三陸町志津川)▽佐藤正芳(79)(東松島市野蒜)▽佐藤まり子(52)(石巻市万石町)▽佐藤八重子(86)(東松島市大塚)▽佐藤雄記(南三陸町戸倉)▽佐藤百合子(37)(石巻市三ツ股)▽佐藤洋子(38)(同市渡波)▽佐藤怜子(72)(同市三ツ股)▽佐藤凌斗(11)(同)▽佐間豊(89)(山元町坂元)▽三條喜久子(78)(石巻市長面)▽宍戸啓二(76)(亘理町荒浜)▽柴田一哉(38)(石巻市吉野町)▽渋谷浩江(40)▽島田鮎美(29)(石川県金沢市畝田東)▽庄子新一郎(61)(女川町女川浜)▽庄子優成(21)(仙台市太白区人来田)▽白井とみえ(61)▽白井ひとみ(55)▽末永安男(71)(石巻市松原町)▽末永良夫(52)(同市渡波)▽末永喜夫(75)(仙台市若林区荒浜)▽菅原壮史(27)(同市宮城野区銀杏町)▽菅原はつ子(58)(石巻市門脇)▽菅原英生(61)(東松島市矢本)▽菅原由治(74)(南三陸町歌津)▽杉山たね子(89)(石巻市大森)
▽菅生一男(84)(石巻市針岡)▽鈴木一彦(45)(女川町女川浜)▽鈴木金之助(89)▽鈴木子之吉(87)(亘理町吉田)▽鈴木榮子(85)(女川町)▽鈴木重雄(石巻市明神町)▽鈴木徳子(75)(女川町指ヶ浜)▽鈴木文夫(62)(山元町坂元)▽鈴木文雄(74)(名取市閖上)▽鈴木みきこ(87)(石巻市幸町)▽鈴木祐子(73)(名取市閖上)▽鈴木祐美(51)▽鈴木幸夫(62)(大郷町)▽須藤俊貞(77)(南三陸町戸倉)▽須藤未夢(3)(同)▽関豊(67)▽関口通(62)(石巻市大街道南)▽千尋キミ子(66)▽曽根規夫(62)(気仙沼市内の脇)▽曽根由紀(33)(石巻市三ツ股)▽曽根由蘭(0)(同)▽高田さき子(80)(同市大街道東)▽高橋あけみ(40)(同市築山)▽高橋稲男(76)(東松島市大曲)▽高橋かつ子(85)(石巻市南中里)▽高橋こぎく(84)(東松島市野蒜)▽高橋颯真(6)(石巻市築山)▽高橋つえ子(45)(同市雄勝町)▽高橋恒夫(68)(東松島市野蒜)▽高橋八郎(68)(石巻市相野谷)▽高橋弘子(71)(同市長浜町)▽高橋まさ子(61)(岩沼市須加原)▽高橋正寿(64)(石巻市鹿妻南)▽高橋洋一(41)(南三陸町志津川)▽高橋洋子(78)(東松島市大塚)▽高橋りほこ(78)(同市野蒜)▽高松實(85)(石巻市大門町)▽武澤愛子(33)(岩沼市早股)▽武田忠雄(78)(山元町山寺)▽竹之内あゆ美(46)(同町坂元)▽竹之内健二(44)(同)▽武山一吉(74)(石巻市釜谷)▽武山喜久男(78)(同市北上町)▽武山紀久子(同市大門町)▽武山ヒサヨ(76)(同市針岡)▽武山舞(22)(同市北上町十三浜)▽武山雅彦(49)(同市大街道東)▽武山まさよ(50)(同市長面)▽武山松義(68)(同市北上町十三浜)▽田近博(35)(仙台市若林区遠見塚)▽田所清(67)▽谷井博人(15)(石巻市渡波)▽谷井美智子(70)(同)▽谷井美紀(42)(同)▽玉田愛子(59)▽玉手てる子(82)▽丹野あい子(72)(石巻市伊勢町)▽丹野稔(77)(名取市閖上)▽千葉あや子(78)(石巻市大街道東)▽千葉勝美(75)(同市鹿妻南)▽千葉キク(69)▽千葉久子(88)(石巻市雄勝町)▽千葉正義(29)(南三陸町戸倉)▽千葉ミサホ(81)(気仙沼市最知)▽千葉光子(74)(石巻市湊)▽土生久(76)▽土田ヨウ(84)(石巻市北上町)▽寺内毅一(68)(同市日和が丘)▽寺上祐一郎(80)(同市不動町)▽寺島エチ子(82)▽東條光雄(63)(多賀城市桜木)▽土門正勝(67)(気仙沼市松崎)▽中嶋恵美(50)(石巻市渡波)▽中嶋俊(56)(同)▽中嶋ハナ(89)(同)▽長門大生(29)(同)▽長門美智子(56)(同)▽中村明日香(19)(七ヶ浜町汐見台)▽中村匡(24)▽中村智之(32)(石巻市南浜町)
▽茄子川隆司(73)(石巻市大街道東)▽南部八重子(77)(同市長面)▽新妻太育(3)(女川町女川浜)▽西村真紀(36)(同町石浜)▽西村結(1)(同)▽西村凛(7)(同)▽二宮とくゑ(87)(東松島市大塚)▽布田基子(69)(名取市閖上)▽沼倉七子(60)(仙台市若林区荒浜新)▽橋浦隆(78)(名取市閖上)▽橋浦幸雄(64)(同)▽橋浦よしい(88)(同)▽橋本ナチ子(77)▽橋本ハギ(78)(女川町宮ヶ崎)▽畠山健児(79)(石巻市渡波)▽畠山てつ江(86)(気仙沼市東みなと町)▽畠山広宣(28)(名取市下増田)▽早坂信夫(61)(女川町浦宿浜)▽早坂良子(72)(石巻市渡波)▽原田一郎(77)(東松島市大曲)▽日向野せつ子(石巻市松並)▽日向野利三郎(同)▽引地香凛(3)(東松島市矢本)▽樋口睦男(65)(仙台市宮城野区岩切)▽久我繁夫(83)(名取市下増田)▽平塚清美(47)(東松島市大塚)▽平塚幸子(75)(石巻市浜松町)▽平塚誠司(33)(女川町清水町)▽平塚知子(84)(石巻市松並)▽深沼誠(67)(山元町山寺)▽藤井太郎(73)(石巻市雄勝町)▽藤坂紀昭(49)▽藤坂のり子(82)▽藤田賀納恵(96)(東松島市大塚)▽藤田美穂子(68)(同市矢本)▽伏見しげ子(76)(石巻市南浜町)▽伏見征子(69)(同市大宮町)▽藤原健斗(7)(同市北上町)▽藤原真琴(9)(同)▽布施マサヨ(78)(山元町字浜)▽布施莉桜(6)(石巻市大宮町)▽古藤野好正(62)(同市門脇)▽星由輝(33)(仙台市宮城野区蒲生)▽細谷忠一(63)(石巻市水明南)▽洞口千代(69)(名取市下増田)▽堀内博昭(60)(南三陸町志津川)▽本館国男(53)(七ヶ浜町花渕浜)▽真壁レイ子(76)(石巻市水明北)▽松野滋(69)(山元町坂元)▽丸田美蘭(3)(気仙沼市松崎)▽萬代慶蔵(77)(石巻市川口町)▽三浦秋雄(74)(同市大街道南)▽三浦つな子(同市中央)▽三浦利男(86)(同市雄勝町)▽三浦とみ子(南三陸町戸倉)▽三浦牧子(76)(同町志津川)▽三浦正樹(47)(石巻市明神町)▽三浦美津子(62)(同市南境)▽三浦ゆき子(85)(仙台市若林区藤塚)▽水沼勉(72)▽宮本やちよ(90)(石巻市大瓜)▽宗形佳奈(28)(女川町鷲神浜)▽宗片さかい(87)▽森とし子(84)(石巻市十八成浜)▽森ナヲ(83)▽森谷義雄(55)(気仙沼市本吉町蕨野)▽門間達矢(38)(山元町坂元)▽安海光子(77)(石巻市大宮町)▽山内崇史(29)(同市北上町)▽山内由紀(40)(南三陸町)▽山崎浩(74)(石巻市雄勝町)▽山下千賀子(69)(同)▽横山勝明(67)(山元町坂元)▽横山徳男(60)(石巻市門脇)▽横山峰生(62)▽吉田ちよの(78)(東松島市野蒜)▽吉成敏雄(84)▽渡邊富男(50)(仙台市太白区袋原)▽渡邊喜藏(86)▽渡邊茂幸(61)(山元町山寺)▽渡辺セイ子(86)(東松島市大塚)▽渡辺隆幸(55)(山元町山寺)▽渡辺のぶ子(62)(石巻市三ツ股)
【福島】 鈴木エイコ(76)(いわき市平薄磯)▽志賀タケ子(49)(同市平沼ノ内)▽長谷川ツヤ子(78)(同市平薄磯)▽佐藤ユキ子(81)(同市久之浜町久之浜)▽鈴木タイ子(61)(同市平薄磯)▽丹治俊夫(69)(南相馬市鹿島区北海老)
▽岩崎ヒマ(89)(相馬市磯部)▽山田幸枝(38)(同)▽森教江(47)(同)▽伊藤輝雄(59)(新地町谷地小屋)▽濱野正廣(62)(同)▽荒木政一(67)(相馬市原釜)▽今村忠雄(64)(同市磯部)▽菊地喜美子(63)(同市原釜)
岩手県警は27日、身元が判明したと発表していた「東海キヌ」さんを「東梅キタ」さんと、「萩原せい子」さんを「荻原せい子」さんと訂正した。
また、宮城県警は27日、身元が判明したと発表していた「大學はるよ」さんを「大學はるの」さんと、「森元鳥子」さんを「森元島子」さんと訂正した。
28「日当40万円出すから」 原発作業員 確保に躍起 東京新聞 - 2011年3月28日 危機的な状況が続く福島第一原発。その復旧作業は放射能、時間との闘いで、作業員の確保が急務となっている。東京電力の要請を受けた協力会社は、各地にいる作業員たちを呼び寄せようと躍起になっている。中には法外な高給を提示された作業員もいる。
東日本大震災:がれき、自治体に重い課題 毎日新聞 2011年3月28日 東京朝刊
東日本大震災の被災地では、広範囲が同時に被災したため膨大な量のがれきが発生し、撤去・処理が自治体の重荷となっている。がれきの量は95年の阪神大震災を上回り、空前の規模になることが確実で、現場では懸命の作業が続いている。【稲垣淳、阿部弘賢、堀智行、福永方人、樋岡徹也】 ◇車や貴重品散乱、保管判断誰が 「不明者まだいる」撤去手作業も 大津波で中心部が大きな被害を受けた岩手県釜石市。県警釜石署周辺では、陸上自衛隊第7施設群(京都府)の隊員21人が、市の要請で道路が通行できるよう流されてきた家屋や船などの撤去を続けている。通常の土砂災害なら重機を使って一気に作業を進めるが、がれきの中に行方不明者がいる可能性があり、隊員は木材や畳を手作業でめくって確認しながら作業している。 米津浩幸群長は「通常の2倍の作業時間がかかるが、一人でも多くの行方不明者を見つけたい」。これまでに約20体を収容したという。財布や金庫を発見すると、警察へ届ける。アルバムや手紙は道路脇に並べており、隊員は「我々は写真の持ち主を捜せない。持ち主が見つかることを祈って置いている」と話す。 同じく津波で壊滅的な被害を受けた宮城県東松島市。「がれきが吹きだまり、山のように積み重なった場所がいくつもある。撤去にどのくらい時間がかかるかめども立たない」。撤去作業にあたる矢本消防署の斉藤啓一副署長はため息をつく。 市内には数百台の車が散乱するが、所有者の同意がなければ処分できない。斉藤副署長は「所有者に電話をかけても、避難したり、行方不明になっている人も多く、ほとんど連絡がつかない」。市は車台番号や特徴を写真などで記録したうえで保管場所へ搬送する予定だが、数百台の車を保管できるスペースがあるかは調査中という。 政府が発表した指針は、使用できない車や船舶は仮置き場に移動し、所有者が引き渡しを求めなければ処分できるとした。アルバムや位牌(いはい)など「持ち主にとって価値がある」ものは一定期間保管した上で、遺失物法に基づき廃棄するとした。 環境省は作業中に見つけたものは保管するよう求めているが、東松島市の担当者は「おびただしいがれきの中で、どれを保管してどれを廃棄するかなんて判断がつかない。現場の作業員の判断に委ねるしかない」と話す。
がれきを撤去する自治体の負担は大きい。 環境省や兵庫県などによると、阪神大震災のがれき処理量は約1500万トンで、処理費は約3200億円。最終処分の完了まで3年以上かかった。今回は阪神大震災を上回る見込みで、国は市町村の負担軽減のため、処理費のほぼ全額を補助する方針を決めた。ただ国の財政状況も厳しく「財源をどうするかは今後の議論になるが、確保は容易ではない」(環境省廃棄物対策課)という。 がれきは、仮置き場に集めて分別し、リサイクルできない物は焼却するか埋設処分する仕組み。本来は市町村が実施するが、職員が被災して人手を確保できない市町村もある。 このため岩手県は、9市町村の業務を代行することを決め、自衛隊や消防と連携し、県内の建設業者にも作業を委託して対応する方針だ。ただ、「がれきの量がどのくらいになるか見当もつかず、長期化する恐れもある」(県土整備企画室)。 一方、宮城県と福島県には市町村からの代行要請はないが、宮城県廃棄物対策課は「県がスムーズに代行できるよう、財源確保も含めた廃棄物処理法の運用などを政府に要望している」と話す。 焼却や埋設作業も難航が予想される。がれきの量が膨大で、県内外の広範囲の自治体に受け入れを要請することになるのは必至だ。07年の新潟県中越沖地震で、県外の自治体との交渉に奔走した柏崎市の担当者は「県の枠を超えて受け入れ先を探すのに苦労した。交渉先が広域にわたるであろう今回は、国が調整することも検討すべきでは」と話す。同地震で処理したがれきは約42万トンだが、最終的な処分完了まで2年以上かかった。
衛生面も大きな課題だ。 東松島市ではごみ収集が追いつかず、道ばたにがれきとごみが残ったまま。津波で浸水した家屋内にも、下水や田んぼの泥が入り交じったヘドロがたまっているという。市は感染症対策として、ヘドロなどの有機物の分解を促進し、消毒効果のある石灰を散布し始めたが、人手や車両も限られるため、建設業者がスコップを使って手作業でまくしかない状況だ。 作業中も風が吹くたびに大量のほこりが巻き上がるため、作業員に防じんマスクの着用を呼びかけている。市の担当者は「これから暖かくなるので感染症が一番心配だが、現状では対策が追いつかない」と苦悩する。 釜石市でも、がれき撤去にあたる県建設業協会釜石支部は、現場の作業員約100人に防じんマスクを配布するなどの対策を講じている。
■近年の主な地震のがれき撤去量と費用
がれきの量 撤去費用 阪神大震災 約1500万トン 約3246億円 新潟県中越地震 約50万トン 約111億円 新潟県中越沖地震 約42万トン 約76億円 岩手・宮城内陸地震 約1300トン 約6000万円
数兆円の復興交付金、政府検討 国の負担でインフラ復旧 2011年3月28日7時36分 朝日
菅政権は東日本大震災で被災した地方自治体を支援するため数兆円規模の「復興交付金」を創設し、社会資本の復旧費用のほぼ全額を国が負担する方向で検討に入った。4月中の国会提出を目指す復興基本法に明記し、春の大型連休前にも編成する新年度第1次補正予算案から数次の予算編成に盛り込んでいく方針だ。 菅政権は、東日本大震災による道路や港湾、住宅などの社会資本の被害は16兆〜25兆円にのぼると試算。自治体だけでは復旧作業は困難とみて、国が全面的に財政支援する方針を固めている。 枝野幸男官房長官は27日の記者会見で「国として全面的に、自治体の負担なくやりたい」と明言。片山善博総務相も27日のフジテレビの番組で「(自治体負担が)限りなくゼロに近いようにしたい」と語り、社会資本の復旧財源のほぼ全額を国が負担する考えを示した。 自治体への財政支援には補助金、地方交付税、交付金の3種類がある。補助金は使途が細かく定められて使いづらい。地方交付税は算定基準が複雑で被災地に限って増額することが難しいため、比較的自由に使え、金額も一時的に増やしやすい交付金にすることにした。被災地からも「大規模な災害復興交付金制度が必要」(三村申吾・青森県知事)との声が出ていた。 民主党の復旧・復興検討委員会(委員長・岡田克也幹事長)の特別立法検討チームが週内にも復興交付金の創設を提言する。菅内閣は提言を受けて、交付金の算定基準など制度の詳細を詰める。財源は赤字国債の増発や復興に特化した増税に加え、新年度予算の組み替えで確保することも検討している。 民主党は被災住民の住宅再建や集団移転支援、道路・港湾のインフラ改修などでも国の負担率を大幅に引き上げる新規立法を検討しており、復興への国の関与を前面に打ち出す構えだ。(山下剛、野上祐)
東日本大震災:トヨタ、2工場で生産再開 毎日新聞 2011年3月28日 10時19分
トヨタ自動車は28日、東日本大震災の影響で14日から停止していた完成車生産を堤工場(愛知県豊田市)と子会社「トヨタ自動車九州」の宮田工場(福岡県宮若市)の2工場で再開した。部品の供給不安が続いているため、他工場の再開のめどは立っておらず、全面再開には数カ月かかるとみられる。 生産が再開されたのは「プリウス」とレクサスブランドの「HS250h」「CT200h」のハイブリッド車(HV)3車種。 震災後、トヨタは東北や関東からの部品調達が困難になり、14日から国内工場での完成車生産を一斉停止した。部品の調達状況などを見ながら生産車種拡大を検討するが、震災による生産への影響は長期化する見通しだ。愛知県内の工場では、既に補修部品や海外向け部品の生産を再開している。【工藤昭久】
仮面ライダーが石巻復興の希望…「石ノ森萬画館」大津波に耐えた スポーツ報知 3月28日(月)8時1分配信
死者・行方不明者が5000人近い宮城県石巻市で、「仮面ライダー」が復興のシンボルに名乗りを上げた。隣接する登米市出身の漫画家・石ノ森章太郎さん(故人)の記念館「石ノ森萬画館」は津波による甚大な被害を受けた沿岸部にありながら、ほとんど壊れず。入り口の「仮面ライダー」看板は健在で、傷ついた人々の心を励ますかのように、力強い「変身ポーズ」を繰り出していた。 「石ノ森萬画館」の入り口には大津波が押し寄せ、隣のロボコン看板は行方不明に。萬画館の「萬」の字は吹き飛ばされた。それでも屈しなかった仮面ライダーの変身ポーズは、壊滅した街で唯一見つけた希望だった。 仮面ライダーは石ノ森ワールドを代表するヒーローで今年、誕生40周年。過去のライダーが勢ぞろいする映画「オーズ・電王・オールライダー レッツゴー仮面ライダー」が4月1日に公開されるほか、テレビ版の最新作「仮面ライダーオーズ」(テレビ朝日系、日曜・前8時)は、4月3日にシリーズ累計放送1000回を迎える。 ライダーのバイク「サイクロン号」にも乗ることができる同館は、石ノ森さんの世界を体感する場所として、2001年にオープン。宇宙船のような建物は、マグニチュード9・0の揺れと大津波に耐えた。1階の一部のガラスが割れ、事務所やグッズショップは土砂にまみれたが、展示物を置く2、3階は無傷。同館業務課長・大森盛太郎さん(34)は「柱は一本も折れませんでした。周りは壊滅してしまっているので、本当に奇跡的だったと思います」と振り返った。 震災直後、大森さんは、館内にいた40〜50人のお客さんを高台に避難させ、職員と3階で様子を見ることにした。「去年、大津波警報が出た時も大丈夫だったので」。しかし、激しい濁流は1階をのみ込んでいく。「なんだあれ!? もうダメだ!!」。死を覚悟したが、建物は流されず、倒れることもなかった。 萬画館があるのは、甚大な被害が出た沿岸部。旧北上川の中州にある。一帯の家屋は全て倒壊。震災後の数日間は、臨時の避難所となって周辺住民約40人を受け入れた。中には、妻と子を失い、発泡スチロールにつかまって萬画館の前に漂着した男性もいた。3階のカフェに残った食材を全員で分け合い、夜はろうそくの火をともして励まし合った。 萬画館の職員と家族は全員無事だった。1階にたまった重油混じりの泥の処理に追われる大森さんは「何年かかるか分からないですけど、これからも(石ノ森作品の)プラスの力を伝えていけたらと思っています」とあえて笑みを浮かべた。海を守るヒーローとして生み出された「シージェッター海斗」像は、一時は玄関前から吹き飛ばされたが、スタッフが街で発見した。仮面ライダーの変身ポーズに触発されて、みんながヒーローになったつもりで、明日へと向かう。
◆石ノ森 章太郎(いしのもり・しょうたろう)1938年1月25日、宮城県登米郡(現・登米市)石森町生まれ。本名・小野寺章太郎。54年「二級天使」でデビュー。伝説のアパート「トキワ荘」で赤塚不二夫さん、藤子不二雄らと研さんを積んだ後に「仮面ライダー」「サイボーグ009」などヒット作を連発した。98年死去。登米市には「石ノ森章太郎ふるさと記念館」がある。
山形空港、29日から震災後最多の16往復 県「例ない利用頻度」 2011年03月28日 08:47 山形新聞 東日本大震災に伴い、臨時便の増発が相次ぎ、超過密ダイヤとなっている山形空港。全日空が約9年ぶりに同空港を発着する便を就航させることも決まり、29日に震災後最多の4路線・16往復の運航が始まる。旅客機の利用に加え、災害復旧、物資搬送の拠点となっている同空港は全国各地の消防防災ヘリなども頻繁に離着陸しており、県空港港湾課は「これだけの利用頻度は(開港以来)例がないのでは」と話している。 地震発生直後から宮城県側の鉄道、空港の機能がまひしている影響で、東北地方と首都圏、関西圏を直接結ぶ公共交通機関は山形空港発着の航空機が1番の大動脈となっている。 山形空港では、今月18日から26日まで東京便9、大阪便4、札幌便2の計15往復の便が運航。運航ダイヤで見ると、大阪(伊丹)からの便が午前8時40分に到着してから午後10時40分に最終の東京(羽田)便が離陸するまでの間、「(平均して)約30分に1便の割合で滑走路が使われている」(県空港港湾課)状態となっている。 28日からは日本航空が運航する便が羽田便6、大阪便5、札幌便2の計13往復となり、全日空の臨時便が乗り入れする29日からは大阪便2、名古屋(中部)便1の3往復が加わり計16往復となる予定。 宮城県によると、津波被害を受けた仙台空港は民間機が利用できるめどが立たず、山形新幹線の東京−新庄間が復旧するのも早くて4月中との見通しとなっているため、山形空港の超過密ダイヤはしばらく続くとみられている。
地震と原発の二正面作戦、自衛隊10万人投入 2011年3月28日10時19分 読売新聞 「これは自衛隊始まって以来の大規模作戦だ」。 未曽有の地震災害と、原発事故への対処という「二正面作戦」を強いられる展開に、自衛隊幹部は厳しい表情で語る。 自衛隊は今回、総数23万人の隊員のうち、「警戒監視など必要最小限の要員を除いたすべての部隊」(防衛省幹部)という約10万7000人を投入。原発対処でも、陸自中央即応集団(司令部・東京都練馬区)の中央特殊武器防護隊に加えて、化学部隊を全国から結集した。 頼りになる自衛隊だが、同時に彼らは被災者でもある。 航空自衛隊松島基地は津波により2階の床下まで浸水し、F2戦闘機18機などが水没した。 隊員やその家族の被害も大きい。隊員はこれまでに2人が死亡し、1人が行方不明。家族が被災した隊員も多く、陸海空合わせて隊員の家族の死者は約160人に達した。
消失戸籍、復元困難なケースも=口頭申し出も容認―法務省 時事通信 3月28日(月)18時41分配信 法務省は28日の政務三役会議で、東日本大震災の津波被害で消失した戸籍データを正確に復元できないケースがあるとして、その場合は住民の口頭の申し出による復元を認める方針を決めた。 役所が津波で流されて戸籍を消失したのは岩手県陸前高田市と同県大槌町、宮城県南三陸町、同県女川町。同省は当初、昨年3〜9月時点での4市町住民の戸籍をまとめた副本とその後に変更があった場合の届出書のデータを法務局で保管しており、「復元は可能」(江田五月法相)としていた。 しかし、住民が婚姻や養子縁組、出生や死亡など戸籍の変更を4市町に届け出てから、法務局に伝わるまでに時間差があることが判明。法務局に残っている届出書は今年1月末か2月末までで、それ以降の変更については、反映できない可能性が高いことが分かった。このため、同省は、法務局にある副本と届出書で戸籍を復元した上で、本人または家族から口頭での申し出があれば、関連資料も参考に変更を認めることにした。
東電、フランスに支援要請=「極めて危機的」と産業相 時事通信 3月28日(月)20時57分配信 ベッソン仏産業担当相は28日のラジオで、東日本大震災に伴う東京電力福島第1原発の事故を受け、東電から仏原子力庁と仏電力公社(EDF)、同国原子力大手アレバに支援要請があったことを明らかにした。EDFとアレバはAFP通信に、要請の具体的内容は明らかにできないとしている。ベッソン氏は、現地で強い放射線が観測されたことを踏まえ、状況は「極めて危機的だ」と懸念を表明。「現時点で正確な状況把握は困難だ」と述べた。 アレバとEDFは既に、福島第1原発の事故を受け、燃料の核分裂反応を抑えるホウ酸約100トンのほか、防護服やマスクなどの支援物資を日本に送っている。
大震災、14自治体の庁舎損壊 3県で 2011/03/28 21:53 【共同通信】 東日本大震災で庁舎損壊などの大きな被害が出た自治体は、岩手、宮城、福島の3県で少なくとも14市町村に上ることが、総務省の28日までの調査で分かった。多くは行政機能を別の施設に移している。死者は1万1千人を超えた。 津波に流され、庁舎が壊滅した宮城県南三陸町は、28日から避難所となっている総合体育館に設置した仮庁舎で住民票発行などの窓口業務を始めた。津波で1階ががれきに埋もれた岩手県宮古市は2階で窓口業務を再開。岩手県陸前高田市は給食センターに、同県大槌町は公民館に移転している。
福島第1原発:注水増やせば汚染水拡大 冷却足踏み 毎日新聞 2011年3月28日 22時00分 東京電力福島第1原発の建物外で、極めて高い放射線量を持った汚染水が確認された。原子炉を冷却する海水の注入を、機器への負担が少ない真水に切り替えるなど一部で前進はみられるが、放射性物質による汚染が次々と広がっている。今なお東電幹部や政府は事故収束の見通しを示せない。放射性物質の監視体制は整備されても、外部への放出を防ぐという抜本的な解決にはほど遠く、関係者の間で焦りといらだちが募っている。 「現時点で具体的な目標を定めるに至っておりません」。東京電力の武藤栄副社長は28日夜の会見で、事故収束の見通しがたたないとの見解を示した。 東電は福島第1原発の炉心冷却のために注水量を増やしてきた。また、海水から真水に変更した。海水中の塩素が燃料棒に付着すると腐食するほか、結晶化して弁の働きに悪さをするからだ。だが、ここにきて「注水を増やすと汚染水が拡大し、外部に広がる」というジレンマが表面化した。
福島第1原発 2地点で放射性物質急増 福島・飯舘村など 毎日新聞 3月28日(月)22時7分配信 文部科学省は28日、福島第1原子力発電所から北西約40キロの福島県飯舘村で26日に採取した雑草1キログラム当たりから、過去最高値の放射性セシウム287万ベクレルを検出したと発表した。北西約45キロの川俣町でも過去最高値のセシウム57万1000ベクレルを検出。これまで減少傾向だった放射性物質が2地点で急増した。文科省は「採取場所が全く同じではなく一概に評価できないが、高いレベルの放射性物質が残留していることは確かで、農作物への影響を注視する必要がある」と説明した。
タイで茨城県産サツマイモから放射線 日本経済新聞 - 3.28 22:25 タイ保健省は28日、日本から輸入した茨城県産サツマイモから微量の放射線が検出されたと発表した。検出量は制限基準値内だったが、予防措置としてこのサツマイモを廃棄したうえで、輸入業者に当面輸入を見合わせるよう要請した。
日本船、中国で貨物下ろせず 放射線量異常の指摘うけ 2011年3月28日23時59分 【北京=吉岡桂子】中国国家品質監督検査検疫総局から福建省アモイ港で放射線量の異常を指摘された商船三井の船が、貨物を下ろさずに神戸港へ向けて引き返していたことが28日、分かった。東日本大震災による福島第一原子力発電所の事故を受けて、中国は各地の空港や港で、機体、貨物や人に対して放射線量の検査を強めており、今後も同様の混乱が続きそうだ。 この船は17日に東京港を出発し、21日にアモイ港に到着。22日に乗船して検査した地元当局から放射線量の異常を指摘された。同社によると、現地での洗浄や第三者機関による検査が認められなかったため、27日に日本へ引き返す決断をし、出港した。 中国国営新華社通信は27日「船は自発的に引き返した」とし、同港や同市の空気に異常は生じなかった、と伝えた。16日に遼寧省大連空港で全日空の貨物機が同様の指摘を受けて日本に引き返した際も「自発的」と報じられた。 ただ、日本の関係者によると中国の基準や対応が不透明でもあり、機材の運用などから引き返さざるを得ない状況だという。物流の停滞で部品の到着が遅れ、中国に工場を構える日系などの自動車や電機の生産に対する影響が懸念されている。
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歓送迎会9割減・結婚式延期…繁華街悲鳴 観光地も閑散 山形 2011年3月29日 朝日
大震災の発生以来、客足が遠のいている飲食業者などから「このままでは店が潰れる」と悲鳴が上がっている。物流の停滞や交通網の乱れに加え、「自粛」ムードの広がりが繁華街などを直撃。歓送迎会などの中止も相次いでいる。 JR山形駅近くの繁華街は先週末の26日も、閉店時間を前倒しする店が多かった。周辺のコンビニは午後10時にはすべて閉店。「物流が滞っているため、当面の間は営業時間を7時〜17時とさせていただきます」と入り口に張り紙をするコンビニもあった。 そんな中、居酒屋チェーン店「いろはにほへと山形駅前店」は未明まで開いている。「遅くまでやっている店が周りに少なく、通りが暗い。利用者のため、なるべく通常に近い形で営業したい」と布施徳史店長(38)。しかし送別会のキャンセルは20件以上。「歓迎会の予約も例年の9割減。それどころじゃないという人も多いのでしょう」 山形市十日町のホテルキャッスルには、「親戚や友人が来られないので、結婚式を延期したい」という相談が相次いでいる。20日にあった結婚式では、招待客140人中30人が交通事情などで欠席したという。ホテル側は事情を考慮し、料理のキャンセル料などは請求していないという。 新庄市のJR新庄駅前近くにある通称「マーケット」。焼き鳥店、居酒屋、スナックなど50店舗ほどが軒を連ねる飲食店街で、営業しているのは15店舗ほどだ。 あるスナックの女性(40)は「元々景気が悪いうえに、燃料や資材が届かないので工場や建設会社が休みで、飲みに出て来ない。ガソリン不足で代行もほとんど動いていない」と話し、「収入はいつもの半分以下」と嘆く。 歓送迎会や謝恩会などが多い3月は飲食業界の書き入れ時だが、震災で事情が一変した。マーケット近くのすし店経営の男性(38)は「この半月分の予約だけで約20万円のキャンセルが出た。被災しなかった人は、自粛より、お金を使う方に回らないと、地域経済が持たない」と訴える。 居酒屋を営む男性(50)も「連日入っていた宴会予約は全部キャンセル。4月を含めれば200万円近い損害だ」と話す。津波に襲われた宮城県名取市で身内2人を失い、1人が行方不明だという。男性は「被災者を何とか助けたいと思っているが、このまま自粛が続けば、店は潰れ、助けたくても助けられなくなってしまう」と苦渋の表情だ。(奥田貫、三浦亘)
県内の旅行業界も大きなダメージを受けている。 例年3月中はスキー客でにぎわう蔵王温泉だが、震災直後にスキー場の営業を自粛。約40軒のホテルや旅館が低料金の宿泊プランを用意し、県内の避難所からバスで被災者を招待するなどしている。 だが営業を休止した旅館や飲食店も多く、一般客はごくわずかだ。蔵王温泉観光協会の高橋茂理事は「閑散なんてものじゃない。旅館やロープウエーなどに物理的な被害はないが、いつ再開できるのか見当がつかない」とこぼす。 深山荘高見屋などを経営するタカミヤホテルグループは3月の予約がすべてキャンセルされた。ゴールデンウイーク(GW)の予約も取り消しが続出。吉岡昌次取締役支配人は「飛行機、新幹線、高速道路が通常に戻ったとしても、『東北に旅行しよう』となるだろうか。経験したことのない厳しい状況が続きそうだ」と不安を隠さない。 びゅうプラザ山形では、20日から受け付けているツアー予約の払い戻しがすでに373件に上っているという。JTB広報室によると、旅行の予約状況は全国的に前年の7割程度と低調だが、東北は前年の3割程度と極度に落ち込んでいるという。(西尾邦明)
先週末の午後8時半すぎの山形駅前大通り。コンビニも早々と閉店し、薄暗く、閑散としていた=26日、山形市
釜石・両石の津波17メートル超 「明治三陸」上回る 2011/03/29 岩手日報
東日本大震災の大津波は釜石市両石町の水海水門で速報値約17・7メートルに達し、明治三陸津波(1896年)を大きく上回る規模だったことが28日、土木学会調査団の調査で判明した。陸地を駆け上がった遡上(そじょう)高は約19メートル。各地で防波堤や防潮堤をのみ込み、想定していた避難所も浸水するなど、津波対策の抜本的な見直しが課題となる。 土木学会の津波痕跡第1期調査団(代表・佐藤慎司東京大教授)は6班体制で、25日〜4月3日まで本県と宮城県で津波の高さや遡上高などを調べている。 東京大と横浜国立大の調査チームは28日、釜石市の両石湾と鵜住居町などを調査した。両石湾では水海水門で津波の高さ約17・7メートルを観測。波は水門を優に越えて、陸側に押し寄せていた。 津波は水門の陸側をえぐるように破壊し、周辺建物の浸水高は約10メートル。山側ののり面に残っていたビニールなどの痕跡から推測した遡上高は、約19メートルだった。同市鵜住居町の海岸に面したのり面でも、暫定値で遡上高約15メートルを記録。大槌湾は約12・6メートルだった。 明治三陸津波の記録によると、釜石市・両石は11・6メートル。防波堤や防潮堤が整備されているにもかかわらず、過去最大の被害をもたらした大津波を超えた。 これまでの調査では壊滅的な被害を受けた陸前高田市で海岸付近約14〜15メートル、海岸から約1・5キロメートル陸側の遡上高は約18・5メートルにも達している。釜石港は約11メートルだった。 釜石市などを調査した横浜国立大の佐々木淳教授(海岸工学)は「詳細な分析が必要だが、日本最大級の津波だった。ハード整備と避難所などソフト面も含めて総合的な津波対策の見直しが迫られる」と説明する。
仙台市、半数の学校で地震被害 19校は校舎使用不能 2011/03/29 岩手日報
仙台市立の小中学校など計199校のうち19校が、東日本大震災の被害で校舎全体を使用できない状態になっていることが29日、分かった。一部が使用不能になった学校を含めると96校で、全体の約半数を占める。仙台市が教育委員会で報告した。 市は校舎などの復旧費として、10億円を奥山恵美子市長の専決処分として予算補正し、修繕を急いでいる。大半の校舎は4月中に利用できるようになる見通し。 市によると、校舎全体が使用不能なのは小学校12、中学校7。一部が使用できなくなったのは高校なども含め77校に上る。体育館は25校で全体が使用不能、52校で一部使用不能になった。 また、学校給食施設が被害を受けて安定供給が見込まれず、4月中の給食の提供が困難になっていることも報告。牛乳やパン中心の「簡易給食」の可能性を探っていることを明らかにした。
核燃料自体も一部が溶けたか 3月29日 0時10分 NHK 福島第一原子力発電所2号機のタービン建屋で見つかった高濃度の放射性物質を含む水は、溶けた核燃料に接した水が格納容器から流出したものと推定されていますが、国の原子力安全委員会は、2号機の核燃料の状態について、表面を覆う金属の被覆管が溶け、さらに「ペレット」と呼ばれる中の核燃料そのものも一部が溶けたと考えられるという見方を示しました。福島第一原発では、1号機と3号機のタービン建屋にたまった水から高い濃度の放射性物質が検出されたのに続いて、2号機でも27日、運転中の原子炉の水のおよそ10万倍に当たる放射性物質が検出されました。これについて原子力安全委員会は、28日夜の記者会見で「2号機では、溶けた核燃料と水が接し、その水が何らかの経路で格納容器から流出してタービン建屋に出てきたとみられる。水は原子炉の中で核燃料に接した可能性が強いと推定される」と説明しました。そのうえで2号機の核燃料の状況について、表面を覆う金属の被覆管が溶け、さらに「ペレット」と呼ばれる中の核燃料そのものも一部が溶けて水に接したと考えられるという見方を示しました。核燃料が溶けた原因については、一時的に原子炉の水がなくなり、原子炉が8時間から9時間にわたって空だきの状態となったため、炉内の温度が2500度から2600度の高温となり、溶け出したという可能性を示しています。一方で、2号機に比べて放射性物質の濃度が低かった1号機と3号機については、格納容器に放出された蒸気が外で冷やされ、水になって流出した可能性や、原子炉から流出した水が使用済み核燃料プールに放水された水で薄められた可能性が考えられると説明しました。
「祝い事自粛したい」=結婚式延期、花見低調―CMも激減・東日本大震災 時事通信 3月30日(水)5時23分配信
東日本大震災の後、国民や企業の間に自粛ムードが広がっている。歓送迎会の中止にとどまらず、結婚式の延期も続出。企業CMも大幅に減った。 人気の結婚式場「八芳園」(東京都港区)では、挙式や披露宴の延期が60件超に上った。東北に住む来賓が被災したなど直接関係する理由もあったが、半分以上は「こういう時期に祝い事は自粛したい」。中止になった3、4件も含め、特別に無償で応じたという。 弁当やオードブルを配達している「エブリィ」(荒川区)。卒業式の謝恩会や歓送迎会用の約300人分の予約が全て取り消された。「派手なことは控えたい」「電車が動かず人が集まらない」などの理由で、「入社式をやめた」も。花見で最も忙しい時期のはずが、予約は例年の1割に満たない。 都も、花見の名所として知られる上野公園などで宴会の自粛を求めており、石原慎太郎知事は「一杯飲んで歓談する状況じゃない」としている。 関東地方で約500店の居酒屋を展開する「モンテローザ」(武蔵野市)でも、震災後に売上高が2、3割減少。大阪や名古屋などで居酒屋チェーン店を経営する「マルシェ」(大阪市阿倍野区)は「地震翌日から団体客のキャンセルが相次いだ」といい、前年比で約3%の売り上げ減が続く。 テレビのCMも様変わりした。CM総合研究所(東京都港区)によると、在京の民放キー局は14日夕までにCMを再開したが、広告主が自粛を要請。思いやりやあいさつなどをテーマにした公共広告をつくるACジャパンのCMが激増し、16日早朝までに放送された8173回の77%を占めた。最近は通常のCMが戻りつつあるが、同研究所は「様子見の会社も多い」としている。
福島の野菜農家が自殺 摂取制限指示に「もうだめだ」 2011年3月29日5時30分 朝日
福島県須賀川市で24日朝、野菜農家の男性(64)が自宅の敷地内で首をつり、自ら命を絶った。福島第一原発の事故の影響で、政府が一部の福島県産野菜について「摂取制限」の指示を出した翌日だった。震災の被害に落胆しながらも、育てたキャベツの出荷に意欲をみせていたという男性。遺族は「原発に殺された」と悔しさを募らせる。 自宅は地震で母屋や納屋が壊れた。ただ、畑の約7500株のキャベツは無事で、試食も済ませ、収穫直前だった。遺族によると、男性は21日にホウレンソウなどの出荷停止措置がとられた後も「様子をみてキャベツは少しずつでも出荷しないと」と話し、納屋の修理などに取り組んでいた。 23日にキャベツの摂取制限指示が出ると、男性はむせるようなしぐさを繰り返した。「福島の野菜はもうだめだ」。男性の次男(35)は、男性のそんなつぶやきを覚えている。「今まで精魂込めて積み上げてきたものを失ったような気持ちになったのだろう」 男性は30年以上前から有機栽培にこだわり、自作の腐葉土などで土壌改良を重ねてきた。キャベツは10年近くかけて種のまき方などを工夫し、この地域では育てられなかった高品質の種類の生産にも成功。農協でも人気が高く、地元の小学校の給食に使うキャベツも一手に引き受けていた。「子どもたちが食べるものなのだから、気をつけて作らないと」。そう言って、安全な野菜づくりを誇りにしていたという。 遺書はなかったが、作業日誌は23日までつけてあった。長女(41)は「こんな状態がいつまで続くのか。これからどうなるのか。農家はみんな不安に思っている。もう父のような犠牲者を出さないでほしい」と訴える。(西堀岳路)
プルトニウム、燃料損傷の裏付け…健康影響ない 読売新聞 3月29日(火)8時33分配信
福島第一原発の敷地内5か所から見つかったプルトニウムは、微量で、ただちに健康影響を心配する量ではない。しかし、今回の原発事故で燃料の損傷がかなりの規模で起きていたことを示すものとなる。 東京工業大の二ノ方壽教授(原子炉工学)は「燃料が冷却できずに空だきになった際に、燃料の損傷が相当程度、進んだことを示すものだ。何らかの爆発的な現象や火災で生じた煙に乗って流されたのではないか」と指摘する。東電側はさらに採取地点を増やして、継続的に監視を行う方針。 今回検出されたのはプルトニウム238、239、240の3種類。数字は原子の重さ(質量数)の違いを示す。核兵器の原料として知られるのがプルトニウム239だ。いずれも、自然界にはほとんど存在せず、通常の原子炉内で運転した際に、ウラン燃料が変化して生じる。プルトニウムの半減期は最も長い239で、2万4000年。 東西冷戦期の1950〜60年代には核実験が多数行われ、その際にプルトニウムも大気中に放出されて、一部は放射性降下物として地上に降った。今回検出された量は、土壌中に含まれる核実験由来のプルトニウムとほぼ同じ。本来、土壌中のプルトニウムがどこから来たかの判別は困難だが、検出されたプルトニウムの種類の割合が、核実験時のものと異なる点から、原発由来のものと判断した。原子力事故では、97年3月の旧動力炉・核燃料開発事業団アスファルト固化施設爆発事故の後に、ごく微量の238が検出されている。
貞観津波想定を…産総研、09年に見直し迫る 2011年3月30日09時33分 読売新聞
東日本巨大地震が起きた震源域内では、約1100年前にも巨大地震が起き、宮城―福島県沿岸部を中心に「貞観(じょうがん)津波」と呼ばれる大津波をもたらしたことが、産業技術総合研究所などの調査で判明している。福島第一原発を襲った今回の津波について、東京電力は「想定外」(清水正孝社長)としているが、研究者は2009年、同原発の想定津波の高さについて貞観津波の高さを反映して見直すよう迫っていた。しかし、東電と原子力安全・保安院は見直しを先送りした。 869年の貞観津波が痕跡を残した堆積層が見つかったのは、宮城県石巻市から福島県浪江町にかけて。海岸線から内陸3〜4キロまで浸水していたことが分かった。貞観津波の450年前に大津波が起きたことも判明。貞観津波クラスが、450〜800年間隔で起きていた可能性がある。産総研活断層・地震研究センターの岡村行信センター長は同原発の想定津波の見直しを迫ったが、聞き入れられなかったという。
岩手で検視、道警・刑事部隊 泥を洗い、丹念に特徴記録 03/29 10:05 北海道
東日本大震災で、岩手県宮古市に派遣されている道警の「刑事部隊」約20人が、犠牲者の検視に当たっている。仮設の遺体安置所に次々と運び込まれる遺体の中には、津波にのまれて着衣が破れたり、所持品が流されたりして、身元を示すものがないことも多い。しかし、「少しでも早く家族の元に帰してあげたい」という思いを支えに、遺体の小さな特徴も事細かに記録して、連日、懸命の身元確認作業を続けている。 紺色の作業着、目と鼻の間にほくろ−。道警の刑事部隊が活動する宮古市田老地区の遺体安置所で、遺体の特徴を記した書類を目にした40代の女性の顔つきが一変した。 道警捜査1課の警部補広西さゆりさん(38)が遺体の元に案内すると、女性は「どこかで無事でいると信じていたのに…」と泣き崩れた。遺体は女性の夫だった。 女性からは「見つけてくれてありがとう」と声をかけられたが、広西さんは「最後の希望を断ち切ったようで複雑だった」という。 東日本大震災では死者が1万人を超え、行方不明者も1万6千人を上回る。宮古市でも1400人の行方が分からない。一度に多数の人が被災しており、遺体の身元を確認するのは容易ではない。 津波で流され、携帯電話や免許証など身元につながる所持品がない場合も多い。被災時にいた場所から遠く離れた場所で遺体が見つかるケースもある。 「何としても遺体を、待ち続けている家族の元に帰したい」。捜査1課の警部前川剛さん(51)は第2陣として18日に現地入りし、検視に当たった。運ばれてくる遺体は、大量の泥にまみれていた。それをきれいに洗い流し、身長や体格、腕時計の形、ほくろやあざの一つまで特徴を書き留めた。「どんな小さな手がかりも見逃せない」。検視の前後には、必ず全員で手を合わせたという。 第2陣が活動した26日までに検視した遺体は計97体で、今後、遺体の数はさらに増えるとみられている。被災地の捜索はまだ手つかずの場所も多く、道警は今後も岩手県に部隊を派遣し、検視活動を継続する。
「大変深刻な事態」=プルトニウム観測強化−枝野官房長官 2011/03/29-12:48 時事
枝野幸男官房長官は29日午前の記者会見で、福島第1原子力発電所敷地内の土壌から放射性物質のプルトニウムが検出されたことについて「燃料棒が一定程度、溶融したことを裏付けるものだ。そのこと自体は大変深刻な事態だ」との認識を示した。また、「周辺部への影響を阻止し、収束させることに全力を挙げている」と強調した。 枝野長官は「事故の影響で高い濃度のプルトニウムが検出されるということになると対応が必要だ。継続的にモニタリングを続けていく」と述べ、土壌などプルトニウムの観測を強化していく考えを示した。(2011/03/29-12:48)
大気中の放射線量 減少続く 3月29日 18時25分 NHK
各地の自治体などで、これまでに観測された大気中の放射線量は、福島県で震災の前に観測されていた通常の値よりも高い数値が計測されていますが、ほとんどの地点で下がる傾向が続いています。29日午前0時から午後3時までの各地の観測によりますと、福島県では、▽福島第一原子力発電所から北西に65キロほど離れた福島市で午前0時に1時間当たり3.43マイクロシーベルト、▽郡山市では午前1時に1時間当たり2.85マイクロシーベルト、▽南相馬市では午後0時などに1時間当たり1.10マイクロシーベルトと、震災の前に観測されていた通常の値よりも高い放射線量を計測しました。また、▽いわき市では午前6時に1時間当たり0.88マイクロシーベルト、▽白河市では午前0時に0.88マイクロシーベルトと、通常の値よりもやや高い放射線量を計測しました。宮城県では、▽福島第一原発から北東に120キロほど離れた女川町の女川原発で午前2時20分に1時間当たり0.67マイクロシーベルト、茨城県では、▽北茨城市で午後0時に1時間当たり0.77マイクロシーベルト、▽水戸市で午前1時40分などに1時間当たり0.22マイクロシーベルトと、いずれも通常よりやや高い数値を計測しました。また、栃木県の宇都宮市や群馬県の前橋市、神奈川県の川崎市と横須賀市、それに茅ヶ崎市、東京の新宿区、さいたま市、千葉県市原市のそれぞれの観測地点などでも、通常よりもやや高い数値を計測しました。しかし、大気中の放射線量はほとんどの地点で減り続けていて、これらの数値の放射線を浴びたとしても、健康に影響が出るレベルではないということです。一方、札幌市、青森市、秋田市、岩手県の盛岡市、山形市、静岡市、新潟県の柏崎市、甲府市、長野市などでは通常以上の放射線量は計測されませんでした。
タイの発電所、日本に丸ごと貸し出しへ TBS系(JNN) 3月29日(火)18時58分配信
日本に貸し出されるのは、巨大な煙突、タービン、発電機といった発電設備一式、これを2セットです。発電所ほぼまるごと、日本に移設されます。 東京電力に貸し出されるのは12万2000キロワットのガスタービン発電設備2機などで、およそ24万世帯分の電力を賄うことができます。この発電設備は日本製で、95年から稼働していますが、現在はピーク時を除いて使われていないため、電力不足に悩む日本に無償で貸し出すことになりました。 「日本はこの困難に対し決して孤独ではありません。何でもサポートします」(タイ電力公社の社員) 発電所は分解して船で運び、東京近郊に移設されるということで、東京電力では今年8月の運用開始を目指しています。発電機だけのレンタルはありますが、発電所が丸ごと貸し出されるケースは、世界でも極めて珍しいということです。
NY紙「日本は自粛という強迫観念にとらわれている」 2011.3.29 20:09 産経
【ワシントン=古森義久】米紙ニューヨーク・タイムズは28日付で「津波後の日本は自粛という新たな強迫観念に襲われた」との見出しの記事を掲載し、日本国民の多くが地震や津波の犠牲者への弔意から日常の活動を縮小するようになり、国民経済への悪影響が懸念されると伝えた。 東京発の同記事は、日本で「地震、津波、原発で何十万という国民が被害を受けたことから、被災地以外でも、少しでもぜいたくにみえる活動はすべて非難されるようになった」とし、日本国民のすべての層が生活面での「自粛」をするようになったと報じた。 自粛はまず電力の節約という形をとり、日本国民が「電灯、エレベーター、暖房、トイレ座席の暖房まで止めるようになった」とし、安売りカメラ店の客案内の音声やカラオケ店への出入り、桜の花見、高校野球応援、東京都知事選の候補の音声までが自粛されていると指摘した。 同記事は自粛が過剰になっていることを示唆し、企業や学校の行事のキャンセルが日本の経済全体の60%に及ぶ消費支出を大幅に減らし、「もともと停滞していた日本経済に浸食効果をもたらし、倒産を急増させるだろう」と述べている。 また「東京都民にとっての自粛は被災地の人々との連帯を示し、自粛をする側を何か良いことをしているという気分にさせる安易な方法だ。しかし、当人たちは実際にどんな効果をもたらすかはあまり考えていないようだ」とも論評した。
東日本大震災:親子で津波の犠牲 児童引き渡しルール裏目 毎日新聞 2011年3月29日 20時20分
東日本大震災の発生直後、学校に迎えに来た保護者と一緒に避難した小学生が多数、津波に巻き込まれたことが分かった。09年の学校保健安全法施行で、主に小学校では災害などの際、保護者に児童を引き渡すルールが定着したが、今回は校舎に残った児童が助かったケースが多く、保護策が裏目に出た形だ。防災の専門家は「津波の場合、児童を引き渡すルールは完全な誤り」と指摘している。 津波の被害が甚大だった宮城、岩手両県の主な小学校を調べた。 宮城県石巻市の市立釜小学校(児童数657人)では、主に3年生以上の約450人が校内にいた。約420人は校舎の上層階に逃げ無事だったが、保護者と帰った児童約30人のうち12人が死亡し、4人が行方不明になった。同小によると、災害などの際は保護者に一斉携帯メールを送って迎えに来てもらう。今回は余裕がなく通知しなかったが、迎えに来た親には子どもを引き取ってもらった。 同市立大街道(おおかいどう)小(407人)では震度6以上の地震の場合に保護者が迎えに来る仕組み。今回は約200人の保護者が来たが、早めに来て引き取った保護者と児童に被害が集中し、児童1人が死亡、2人が行方不明に。遅く来た保護者と児童は校舎に残し、全員助かった。
宮城県全体では児童91人が死亡し、537人が所在不明。県教委によると、校舎全体が水没した石巻市立大川小を除き、学校に残った児童の大半が助かった半面、親と一緒に学校を出た児童に犠牲が多かったという。児童10人が死亡し、11人が不明の岩手県でも、県教委学校教育室は、親との避難途中の被災が多かったと分析している。 学校保健安全法は、大阪教育大付属池田小乱入殺傷事件(01年)を機に09年4月、学校保健法を改正し施行。地震や火災を想定したマニュアル整備を自治体や学校に義務づけ、多くの学校が児童引き渡しルールを作った。【山田泰蔵】 群馬大大学院の片田敏孝教授(災害社会工学)の話 心配する親の心理は当然だが、逆に被害を広げることは過去の例からも明らか。親が「学校にいれば大丈夫」と思える環境を作る必要がある。学校が臨機応変に最善を尽くす姿勢を保護者や児童と共有し、信頼関係を築かなければならない。
東日本大震災 魚、取れず売れず…飲食店の客激減 毎日新聞 3月29日(火)21時0分配信
東京・築地市場の関係者は「飲食店も水産業者も悲鳴を上げている」と話す。震災後、宴会などのキャンセルで飲食店やホテルなどから卸業者への注文が激減し、3月4週(18〜24日)の1日平均取引量は前年同期比23%減。特にサバやイワシなどの近海魚は60〜70%も減った。高級魚のマグロは需要減を見込んで入荷量が半減、価格も18%下がった。サンマも入荷量が半減し、価格が8%下がった。午前5時半に始まるマグロの競りも参加業者数は普段より少なく、熱気は今ひとつだ。
被害が大きい三陸地方ではこの時期、カツオやサケの水揚げが多く、養殖のカキ、ワカメなども一大産地。ワカメは岩手、宮城両県で全国の約8割、カキは約3割を占める。震災後は三陸からの入荷が絶え、業者は「カキは三重、カツオは宮崎などから」(大手水産卸)と産地切り替えでカバーしている。ある卸業者は「三陸は世界3大漁場の一つだが復旧は長期化が見込まれる。三陸のアワビやサンマが入ってこなければにぎわいが薄れる」と嘆く。 外食や小売業界では計画停電や自粛ムードの影響が大きい。東京・虎ノ門のすし店、「福盧(ふくろ)寿司」の木口通社長(59)は「歓送迎会シーズンなのに地震直後からキャンセルが相次ぎ週末夜の売り上げは普段の1割程度」とため息をつく。停電中は冷蔵庫が止まるため、鮮魚を敬遠する家庭も多く、首都圏のスーパー「いなげや」(東京都立川市)では震災後、鮮魚の売り上げが低迷する半面、日持ちする干物の売り上げは前年同期比30%増えたという。 水産物から暫定基準値を超える放射性物質が検出された例はないが、風評被害も懸念材料だ。海外で原発事故が大々的に報道され、築地のすし店「海鮮問屋つきじかんの」では「中国人観光客がほぼゼロになり、売り上げは3割減」(飯島浩之取締役)。「子供を持つ家庭などは放射能を気にするかも」(卸業者)と、魚離れを案じる声も出始めた。【谷多由、小倉祥徳、太田圭介】
チリ津波の恐怖越えた 三陸沿岸「こんなに大きいとは」訓練の想定外 2011.3.29 21:17 産経
全壊した家屋に孫(後方)と来た男性。チリ地震は被害がなかったのに、「まさかここまで来るとは思わなかった」と語った=29日午後、岩手県釜石市唐丹町 三陸沿岸地域は昭和8年の三陸津波、同35年のチリ地震による津波などで被害が相次いだ地域だ。宮城県南三陸町では過去のこうした経験で津波の危険を踏まえた避難訓練を繰り返していたが、東日本大震災の津波の規模には「こんなに大きな津波が来るとは…」。津波の被害経験のある人さえが言葉を失うほどで、被害を食い止めることはできなかった。 世界で1万人以上の死者・行方不明者を出したチリ地震の津波を高校1年生の時に経験した志津川十日町の山内礼子さん(67)は地震直後に「異様な恐怖」に襲われた。「日本が揺れなかったチリ地震であれだけの津波がきた。これだけ揺れていれば、きっと大津波が来る」。 わずかな現金と通帳を持ち高台の公園に避難したが、山内さんが到着した10分後、公園にも水が押し寄せた。町は毎年5月に避難訓練を実施しており、この公園は訓練時の避難場所だった。「津波訓練はしていたけど、こんなん来るとは思わなかった」。 志津川五日町の菅原昌子さん(77)は、27歳のときにチリ地震の津波で自宅1階が浸水した。
「普通じゃない津波が来ると覚悟した。でも、こんなに大きいとは…」と揺れが治まるのを待たずに外出先から自宅に戻って避難を始めた。大きなリュックサックは用意していたが、避難を急ぐあまり何も持ち出せなかった。近所の住民の多くが亡くなったが、「避難の準備はしていたのでしょうが地震から津波までの時間が短すぎました」 志津川周辺はチリ地震による津波で高さ7〜8メートルのコンクリート製防潮堤を築いたという。志津川本浜の自動車整備業、芳賀善隆さん(67)は「今回の津波は高さが防潮堤の2、3倍もあった。約50年も前のコンクリートなんてひとたまりもなかった」と語る。 志津川天王前の男性(82)は海岸から200メートルの距離に住んでいた。放送で津波がくると知り、自転車で近くの山に駆け上った。「高さは8メートルと聞いていたが実際はそれ以上だった。あれほど大きな津波がくるなんて」と声を震わせる。 チリの津波の際は海岸から4キロ離れた場所に住んでいて被害を逃れたが、今回はそこまで被害が及んだ。「そこまでの津波など予想なんてできるわけがない」と語った。(会田聡、松岡朋枝)
全壊した家屋に孫(後方)と来た男性。チリ地震は被害がなかったのに、「まさかここまで来るとは思わなかった」と語った=29日午後、岩手県釜石市唐丹町 <福島第1原発>汚染水は数千トン 除去作業難航 毎日新聞 3月29日(火)22時8分配信
東日本大震災で被災した東京電力福島第1原発について、東電は29日、タービン建屋地下で見つかった高い放射線量を持つ汚染水の除去作業を継続した。しかし、汚染水が数千トンを超える見通しで、高濃度の放射能を帯びているため作業は難航している。内閣府原子力安全委員会の代谷誠治委員は29日、2号機の原子炉圧力容器が破損している可能性に言及した。圧力容器は厚さ16センチの鋼鉄製で、核燃料を封じ込める最も重要な防護壁だけに、事態は深刻さを増している。
東海道新幹線 利用者29%減 3月29日 22時53分 NHK
東北関東大震災発生後、28日までの東海道新幹線の利用者は、ビジネスや旅行の利用が大幅に減っているため、去年の同じ時期と比べて29%減少しており、JR東海は、このままでは、3月は、1か月間の下落幅が過去最悪となるという見通しを示しました。JR東海によりますと、東北関東大震災が発生した今月11日から28日までに東海道新幹線を利用した人は、去年の同じ時期と比べて29%減少しました。JR東海では、このままでは、3月の利用客は、新型インフルエンザの影響などで前年の同じ月に比べて15%減少した、平成21年5月よりも下落幅が上回り、1か月間の下落幅が、昭和62年の会社発足以来、過去最悪となるという見通しを示しました。これについて、JR東海の山田佳臣社長は記者会見で「震災で企業の経済活動や旅行での需要が完全に冷えきっており、阪神・淡路大震災に比べて、深く、長期間にわたって影響が出るのではないか」と述べました。
30超高層マンション、エレベーター頼みに弱点 震災で露呈 2011年3月30日 朝日 千葉
県内にも増え始めた超高層マンションにとって、東日本大震災は初めて経験する大地震となった。免震・制震機能が役立ち、室内で大きな被害はなかったものの、緊急停止したエレベーターの復旧で混乱が続くなど、電気頼みの生活によるもろさも浮き彫りになった。 JR市川駅南口にあるマンションなどの複合ビル、アイ・リンクタウン。山崎之典さん(69)は展望ロビーがある45階の事務室で机に向かっていて揺れを感じた。数分間に3回来た。2回目の揺れは大きく、思わず廊下の手すりにつかまった。客船が横波を受けてローリングするような感じだった。 一緒にいて事務室から出た市職員の賀田厚彰さん(55)は、無人になった事務室の四つあるスチール机の引き出しが、開閉を繰り返しながら飛び出すのを見た。だが、机同士がぶつかり合うような音はせず、ロビーに置かれた46インチ液晶テレビも倒れなかった。 超高層ビルのほとんどは免震システムを導入している。基礎に置いた積層ゴムなどで揺れを弱める仕組みだ。中層建築までに多い、柱や壁などの強さで揺れに耐えようという仕組みと違い、地震の力がそのまま建物に伝わらないため、安全性が高いとされる。 千葉市で最も高い43階建てマンション、千葉セントラルタワーも免震構造を取り入れている。32階に住む福井一郎さん(83)によると、ゆっくりとした揺れが10分ほど続いただけで、部屋で落下するものはなかった。「普段でも震度2程度なら気づかないことが多い」という。
■エレベーター、すべて緊急停止 もろさをみせたのはエレベーターという「足」を奪われたことだ。震度5レベルの大きな地震で緊急停止した場合、故障していなくてもエレベーター会社が点検しないと再開できない。停電したら動かすこと自体不可能だ。 同タワーでは8基あるエレベーターがすべて緊急停止した。管理組合理事長の岡野正義さん(80)は「エレベーターがない生活がこんな大変なのか、と改めて考えさせられた」と、ため息をつく。 被災直後、マンションに戻ると、妻(74)もデイサービスから帰ってきたところだった。そのままにしておけないと、21階の自宅まで抱えるようにして階段を上った。数階上っては休む、の繰り返し。到着までどれぐらいかかったかは疲れて覚えていない。 市川市の37階建て共同住宅の26階に住む女性(51)は被災直後、偶然実家から訪問途中だった母親(75)に、ロビーから実家に戻ってもらった。「階段を上ってきたところで、退避勧告が出たら、高齢者が階段を急いで下りるのは無理」と判断した。エレベーターは間もなく動き出したが、2日後初めて階段で地上を往復してみた。「片道」7分。翌日筋肉痛になった。 柏市の柏の葉キャンパス駅前の高層マンションでは、5棟約970世帯の住人のうち、階段を下りて避難してきたり、外出先から戻ってきて上がれなくなったりした約100人が集会所などにいたという。17基のエレベーターすべてが動き出したのは、停止から4時間後だった。 高層階の高齢世帯では、避難をあきらめたケースも多かった。35階建て棟の25階に住む岩佐秀三郎さん(74)、喜久さん(71)夫妻も部屋から出なかった。1度下りたら上るのはしんどいし、中にいる方が安全だと思ったからだ。 同マンションは震災後、計画停電の対象地域に入り、停電がある。キッチンや床暖房はガスだが、電気が止まると作動しない。普段が快適なだけに、非常時の厳しさを痛感させられた。秀三郎さんは「体験して初めて、電気がないと何もできないとわかった」と話す。(吉井亨、重政紀元、若林幹生)
「平成23年(2011年)東北地方太平洋沖地震」により各地で観測された震度について 平成23年3月30日 気象庁
「平成23年(2011年)東北地方太平洋沖地震」により観測された各地の震度について、地震直後に発生した障害等により、一部の観測データが気象庁に届かなかったため、地震当日(3月11日)の地震情報では、適切に震度が発表できていない地点がありました。 このため、これらの震度観測点についてデータの入手に努め、これまでに入手できた観測データの精査を行ったところ、震度5弱以上を観測した観測点は別表1のとおりとなりました。 なお、震度5弱以上を観測した可能性が考えられるものの、地震時のデータが不足しているなどの理由により、精査が終わっていない観測点は別表2のとおりです。これらの観測点の震度については引き続き精査を進めます。 資料全文
東日本大震災:被災パチンコ店で多額窃盗 岩手・山田 毎日新聞 2011年3月30日 11時54分
東日本大震災で被災した岩手県山田町のパチンコ店で、津波で屋外に流された両替機などがこじ開けられ現金約二百数十万円が盗まれる被害があったことが30日、県警宮古署への取材で分かった。 同署によると、同店は被災直後、両替機や遊技台から現金が盗まれていないことを確認。22日に再度訪れ、被害に気付いたという。 同署は巡回活動を強化しており、「普段と比べて目立って窃盗事件が増えているわけではない。不安にならないで」と呼びかけている。【石戸諭】
被災地で出店荒らし・空き巣…窃盗被害計1億円 宮城 2011年3月30日11時55分 朝日
宮城県警は30日、震災発生から26日までに出店荒らしなどの窃盗が県内で約280件あり、被害総額は約1億円に達すると発表した。 県警がまとめた概要(暫定値)によると、閉店中の店舗から品物を盗む出店荒らしが約80件、空き巣が約70件、停車中の車からガソリンを抜き取るといった非侵入窃盗は約120件だった。 現金被害は約7500万円で、津波の被害を受けた気仙沼市の信用金庫から約4千万円が盗まれたほか、住宅から数百万円が盗まれた事件もあった。物品被害は、食品や貴金属、家電製品などだった。 被害は被災者が避難先から自宅に戻ったり、会社に出勤したりして気付く事例が多いという。県警によると、最近は窃盗の被害は減っているという。(四登敬)
死者・不明2万7602人=発生から20日目―東日本大震災 時事通信 3月30日(水)17時35分配信
東日本大震災は30日、発生から20日目を迎えた。警察庁の同日午後6時時点のまとめによると、死者は1万1258人、行方不明者は1万6344人で、合わせて2万7602人となった。17都県の約2000カ所で、17万人以上が避難所生活を余儀なくされている。 同庁によると、死者は宮城県6843人、岩手県3326人、福島県1030人など12都県に上る。警察に届け出があった行方不明者は宮城県6933人、福島県4863人、岩手県4544人など6県にわたっている。
礼儀正しい被災者に感銘=東北に派遣の米救援隊員 時事通信 3月30日(水)18時8分配信
【ロサンゼルス時事】東日本大震災で、米国救援隊の一員として東北地方に派遣された日系4世の消防士アツシ・ウエハラさん(42)が29日、ロサンゼルス市内で救援活動についての報告会に出席、災難のさなかでも礼儀正しい被災者の姿に感銘を受けたと語った。 ウエハラさんは地震翌日の3月12日、ロサンゼルス郡消防局の同僚73人と共に青森県の米軍三沢基地に到着後、1週間にわたって岩手県大船渡、釜石両市で活動。被害の甚大さを目の当たりにし、両親ゆかりの広島に行った経験から「原爆投下後の広島を連想した」というほど驚いた。 そんな中で「倒壊したカラオケ店のそばにいた女性オーナーが、『何もありませんが』と言って煎餅を差し出してくれた」ことに最も強い印象を受けたという。 ウエハラさんは「ベストを尽くし6遺体を見つけたが、生存者は一人も発見できなかった」と肩を落とす。「将来また東北を訪れ、復興した姿を見たい」というのが願いだ。
東日本大震災:大津波6時間で7回…第1波、最大6.7m 毎日新聞 2011年3月30日 19時35分
東日本大震災で発生した大津波は、岩手県沖で6時間にわたって計7回押し寄せていたことが、港湾空港技術研究所の解析で明らかになった。地震発生から約15分で到達した第1波が突出して高く、20キロ沖合で最大高6.7メートルを観測した。水深が浅くなるほど津波は高くなる特徴があり、同研究所は海岸付近で2倍近い約13メートルの高さになったとみている。 岩手県南部の釜石沖20キロ(水深約200メートル)の地点にある全地球測位システム(GPS)を利用した波浪計のデータを回収、分析した。GPS波浪計は青森〜福島県沖に7カ所あるが、地震の影響でデータが取得できていなかった。 最も高かった第1波は地震発生15分後から約6分間で約2メートル上昇し、続く4分間でさらに約4.5メートル高さを増した。その後約30分かけて潮位が10メートル近く下がり、この時、陸地では構造物や車などが沖へ流される大規模な「引き波」が生じたとみられる。同研究所は「(約10分で7メートル近くまで)鋭く立ち上がる津波波形は見たことがなく、今回の津波の発生メカニズムを究明する重要な手がかりになる。第1波が大きな被害をもたらした可能性が高いと言える」と分析した。 第2、4波は2メートル近く、その後は徐々に低くなった。同研究所によると、地震発生から30分程度のデータが残っている岩手県中部沖と宮城県北部沖の波浪計でも波形に似た特徴があることから、三陸沿岸各地では第1波が最大波だった可能性があるという。【八田浩輔】
止まらない中国人の帰国ラッシュ 繊維業界は操業停止の大ピンチ 2011/3/30 19:45 J-CAST
今後の日本の雇用を考える教訓になる? 山梨県の石和温泉では16人の中国人研修生を受け入れていたが、7月までの研修期間を切り上げ全員が帰国することになった。中国側からの帰国の要望があったためだ。石和温泉旅館協同組合によれば、研修生といえども最前線で働く貴重な人材だった。大震災以降、温泉地は客足が激減、今は大丈夫だが、客足が戻ったときに人手不足になる可能性も出ている、と話す。 自動車部品業界でも多くの中国人が働いていたが、帰国の途についた人は多い。日本自動車部品協会によれば、部品製造工場は今回災害の被害が大きかった岩手、宮城、福島、茨城に集中していて工場の稼働がストップしている。そのため、中国人労働者が抜けた影響はわからないが、工場の稼働に合わせ中国から戻ってもらうか、国内で新たな労働力を探すしかない、と打ち明ける。 中国の労働者事情に詳しい移民政策研究所の坂中英徳所長によれば、日本の企業は中国人なら集めやすいと安易に採用してきたが、そうした労働力に頼り切ってしまうと今回のようなことが起こるのは当然だ、と警告する。「日本にもたくさん労働力がありその活用を図ることや、中国人も不安定なアルバイトではなく正社員として採用することを考えてほしい。とにかく、今回は今後の雇用を考えるいい機会になったのではないか」
岩手の24漁協、残った漁船は4% 津波で損壊・流失 2011年3月30日19時55分 朝日
岩手県内の24漁協に昨年末時点であった約1万4200隻の漁船のうち、東日本大震災後に、被害を受けずに漁港に残っているのが確認できているのは、現時点で4%に満たない500隻程度であることが、朝日新聞のまとめでわかった。大半が津波で流されたり壊されたりしたとみられる。 県などによると、もともとあった漁船の多くは、アワビやウニ漁、ワカメの養殖などに使う小型のもの。無事だったのは、沖に避難した大型船などごく一部とみられる。 特に津波被害が大きかった南部の沿岸では、大船渡市内の4漁協で3千隻弱あった漁船が30〜40隻程度しか残っていないほか、陸前高田市でも、広田湾漁協の約1400隻のうち、あるのが確かめられたのは約40隻という。 県中部の沿岸の宮古市など4市町村の7漁協でも、約5700隻のうち、残っているのは100隻程度。久慈市など沿岸北部4市町村の8漁協も1820隻のうち、約180隻しか確認できていない。 水産庁の29日夕時点のまとめでは漁港の被害も大きく、岩手県で111、宮城県で142ある漁港のほぼすべてが「壊滅的な被害」という。 岩手県はアワビやウニなどの養殖や定置網漁が盛ん。サケ・マス類やサンマ、イカの漁獲量も多い。県内の漁業生産額は約453億円(2008年)で、加工品生産額と合わせ、水産業は総額約1243億円の基幹産業。県水産振興課は、この震災での県内の漁業被害額は少なくとも900億円にのぼると見ている。 県漁業協同組合連合会の大井誠治会長は「県内の水産機能は完全にやられ、自助努力だけでは復旧できない。漁業をやめる人も出るだろう」と話している。(赤井陽介、宮崎園子)
<東日本大震災>宮城の小型漁船被害1022億円 毎日新聞 3月30日(水)20時30分配信
宮城県は30日の災害対策本部会議で、東日本大震災による小型漁船(20トン未満)の被害状況について、1万2005隻が損壊し、被害額は約1022億円に上ると明らかにした。また、沿岸の養殖施設も壊滅状態で、水産物を含めた被害額は約519億円と見込んでいる。 県水産業振興課によると、県に漁船登録した小型漁船は1万3409隻。県漁協33支所の職員が震災後、1404隻を「使用できる状態」と確認し、それ以外を損壊したと判断した。損壊した漁船のほとんどがアワビなどの沿岸漁業や養殖に使う船だったという。 一方、養殖施設については、カキ、ホタテ、ノリの養殖施設が大津波で流されたり破損したりしたという。同課の小林徳光技術副参事は「(水産業の復興に向け)国の手厚い支援を要求していきたい」と話した。【垂水友里香】
福島第1原発:「1〜4号機は廃炉」東電会長、会見で謝罪 毎日新聞 2011年3月30日 20時17分
東京電力の勝俣恒久会長(71)は30日、東日本大震災による被災後初めて、東京都千代田区の本店で会見、放射性物質漏れを起こした福島第1原発について「1〜4号機は廃止せざるを得ない」と述べ、廃炉の方針を表明した。また原発の状況については、「原子炉を冷やすことに全力を尽くすが、長期的に安定するにはかなりの時間がかかる」と述べ、冷却機能が復旧し原子炉が安定するまでのめどが立っていないことを明らかにした。 勝俣会長は「社会の皆様に大変な不安を与え、心からおわびする」と謝罪。「今回の津波で大惨事を引き起こした意味合いでは、対策が不十分だった」と述べ、津波対策での不備を認めた。そのうえで、原発事故で地域住民や農産物、企業などに生じた損害については「最大限の補償をしたい」と述べ、原子力損害賠償法に基づき、政府の支援を受けながら損害賠償に対応する意向を述べた。 勝俣会長はまた、事故対応について「まずさは感じられない。現場で電気が消え、通信も途絶し、いろいろな作業が予定より長くかかった」と述べ、東電の対応に問題はなかったとの認識を示した。ただ、水素爆発などの情報開示が遅れたと指摘されていたことについて「通信手段が途絶えていて官邸への連絡が遅れた。情報の遅れ、ミスについては対策を強化している」と釈明した。 さらに勝俣会長は、一部で浮上している国有化論について「民営でありたいということで最大限努力したい」と述べたが、経営の先行きについては「資金調達がどのくらい必要か定かでない。復旧費や現場がどうなるか、見通しがつかない」とも述べた。 一方、夏の電力不足については「計画停電は最小限にとどめ、回避すべくあらゆる努力をする」とし、数カ月程度で建設できるガスタービン発電を既存の火力発電所敷地内で増設するなどし、供給力を現行の見通し(7月末時点に4650万キロワット)より増やす方針を示した。【山本明彦】
福島第1原発事故について会見で謝罪する勝俣恒久東電会長(右から2人目)ら=東京都千代田区内幸町の東電本店で2011年3月30日午後5時6分、長谷川直亮撮影
<福島第1原発>「警戒区域」への切り替え検討…官房長官 毎日新聞 3月30日(水)20時35分配信
枝野幸男官房長官は30日の記者会見で、政府が避難指示を出している福島第1原発の20キロ圏内に関し、法的に立ち入りを禁止したり退去を命じることができる「警戒区域」への切り替えを検討する考えを示した。避難指示には強制力がなく、家財持ち出しなどを目的に一時帰宅する住民が増えているとして、福島県が同日、政府に警戒区域の設定を要望していた。【影山哲也】
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「何かしたかった」豚汁など振る舞う 不明長男捜す職員の友人ら 2011年03月31日木曜日 河北
子どもたちに牛乳を振る舞う大衡村の住民=29日午後0時40分ごろ、石巻市の北上中
宮城県大衡村の住民7人が29日、津波で甚大な被害を受けた石巻市北上町地区の避難所で炊き出しを行った。駆け付けたのは、北上町地区で行方不明になった長男を捜し続ける大衡村の農協職員石川祐一さん(49)の友人たち。石川さんから北上町地区の窮状を聞き、支援を決めた。 7人が炊き出しをしたのは約280人が避難する北上中。大衡村内外から集めた食材で豚汁約400人分を作り、村の畜産農家から提供された搾りたての牛乳約40リットルと一緒に振る舞った。 石川さんの長男拓真さん(27)は11日、勤務する警備会社の仕事で北上町地区を訪れ、津波に襲われた。石川さん夫妻は13日から連日、大衡村から地区に通い、拓真さんを捜し続けている。 炊き出しに参加した石川さんの同僚の山本信悟さん(45)は「石川さん夫妻の気持ちも考え、自分たちも北上町の方々に、何かしたかった」と語る。 避難所のリーダー千葉宏一さん(65)は「ほとんどの被災者は疲れがピークに達してきた。そんなときに温かい食事は助かる」と感謝していた。
「情」に守られ通所者無事 住民が避難手助け 仙台 2011年03月31日木曜日 河北
津波で全壊した「まどか荒浜」。施設長の中村さんは地元での再建を望んでいる=29日、仙台市若林区荒浜
東日本大震災で壊滅的な被害を受けた仙台市若林区荒浜地区に、通所者全員が無事だった授産施設がある。和菓子や和紙を製造する「まどか荒浜」。施設は津波にのみ込まれたが、地区住民にも助けられ、安全な場所に避難することができた。 社会福祉法人「円」が運営するまどか荒浜は、海岸から約1キロの場所に立つ。震災当日の11日は、軽度から中度の知的障害がある通所者44人が作業に従事し、茶菓を提供するコーナーも営業していた。 地震発生から間もなく、職員10人が送迎バス3台と自家用車で通所者を近くの七郷小に避難させた。しかし、既に避難者であふれていたため、さらに約400メートル離れた七郷中体育館まで移動しなければならなかった。 職員によると、体育館に移る際、複数の住民が通所者の車いすを押したり、おぶって運んだりするのを手伝ってくれた。停電で真っ暗な夜間は、不安がる通所者を気遣って声をかける住民もいたという。 「いたわりや助け合いの心が息づく荒浜の住民に助けられた」と施設長の中村正利さん(78)。多くの住民が地区を離れている状態が続くが、「早く住民に感謝の気持ちを伝えたい」と願う。 通所者は全員無事だったが、女性職員1人が亡くなった。通所者を誘導後、連絡先を記した張り紙をしようと施設に戻った際に津波に巻き込まれてしまった。 平屋の施設も鉄骨だけを残して全壊。一部の通所者は現在、太白区の別の授産施設が受け入れているが、大半はガソリン不足で移動できず自宅待機中。施設の再建も含め、事業再開のめどは立っていない。 それでも、「住民と共に荒浜で再出発したい」と中村さん。人情に厚い地元での再建策を模索している。(武田俊郎)
海老蔵夫婦 水100本購入の証言「私も水買いたかった…」 NEWS ポストセブン 3月31日(木)7時6分配信
東北関東大震災の余震や放射線を恐れて東京を脱出した市川海老蔵(33)と小林麻央(28)夫妻。ふたりが身を寄せたのは、東京から約1200km離れた福岡のとある小さな商店街だった。福岡市内のコンビニでは、こんなふたりの姿が目撃されている。「スエットの上下にサングラス姿の海老蔵さんとマスクで顔を隠した麻央さんがふたりでやってきて、500mlのペットボトルの水を40〜50本ぐらい、店にあった分、全部を買ってました。そして、その場で東京にその水を宅配便で送っていました。私も水を買いたかったのですが、そういうわけで買えませんでした(苦笑)」(居合わせた客) ふたりはまだ買い足りなかったか、徒歩で数分のところにあるドラッグストアへ…。「海老蔵さんは両手に買い物カゴを持っていましたけど、中身は全部お水でしたね。中には乳児には適さないフランスの硬水まではいっていましたよ(笑い)。とりあえず何でもいいからと思って買ったんでしょうか」(居合わせた客) 合計100本近くの水を確保した海老蔵・麻央夫妻。もうすぐ子供が生まれるとあっては、気持ちもわからなくはない!?
震災被災者 住宅、自動車…「四重ローン」の苦しみの人も NEWS ポストセブン 3月31日(木)7時6分配信
東北関東大震災の被災者は大切な人や自宅が跡形もなく消えてしまった喪失感のなかにあり、「まだ先のことは何も考えられない」という人が多い。暖房や水、食事も不十分な避難所生活で、今日を生きていくことで精一杯という人がほとんどだ。 そんななか、50代の男性がこんな不安を口にした。「新築したばかりの家が津波に飲み込まれてしまった。住宅ローンがほとんど残っている状態で、どうやって暮らしていけばいいのか」 地震保険に加入していれば、保険金である程度はまかなえる。悲惨なのは地震保険に加入せず、しかも住宅ローンが残っている人たちだ。 経済評論家の荻原博子氏はこう指摘する。「住宅金融支援機構は、被災者に対し返済を1〜3年間猶予すると発表しました。しかし、逆にいえば、猶予期間が過ぎれば、後は容赦なく住宅ローンの返済を迫られることになります」 もはや流されてしまった家や、半壊し、怖くて住めず、かといって売却もできない家のローンも払い続けなければいけないのだ。仙台銀行など被災地の銀行では相談窓口を設け、対応に当たっている。
「把握している範囲で電話相談が約60件ありましたが、住宅ローンの相談どころではない方が大勢いらっしゃるはずです。我々は地元密着で、名簿を見れば、その方がどこに住んでいてどんな暮らしをしているか全て分かる。しっかりと支えていけるよう、きめ細かく相談に乗って差し上げたい」(仙台銀行企画部) 新たに家を建てる時には、改めて住宅ローンを組むしかなく、いわゆる“二重ローン”を抱えることになる。 阪神大震災の後は、住宅の再建や補修のために二重ローンを組んだ人が、返済できず自己破産に追い込まれるケースが相次いだ。「借家に住むにしても、ローンと家賃の支払いとの二重苦に変わりはない。高齢者世帯の多い東北地方では、いつまでも仮設住宅から出られない人が続出する可能性があります」(荻原氏) 家屋とともに車を津波で流された人も多いが、車両保険に入っていても、地震や津波などに対する特約がなければ補償はゼロ。失った車の自動車ローンだけが残ることになるのだ。「生活のためには新たに車を買う必要も出てくるでしょう。そうなれば、自動車も二重ローン。住宅と合わせると“四重ローン”になる人も少なくないのでは」(同前)
なぜ女川原発は無事だった 津波の高さは福島と同程度 2011年3月31日12時52分 朝日
東日本大震災の際、東北電力の女川原子力発電所(宮城県女川町、石巻市)も、東京電力福島第一原発と同じクラスの津波に襲われたが、福島第一のような大きな被害はなく、危機的な状況に陥ることはなかった。その違いは何だったのか。 福島第一原発から北に約120キロ離れた太平洋岸にあり、三つの原子炉が並ぶ女川原発。福島第一原発を襲った津波は高さ14メートルを超えたが、女川町を襲った津波は17メートルクラスだったとする調査結果が出ている。津波で、女川原発の1〜3号機のうち、2号機の原子炉建屋の地下3階が浸水したが、原子炉を冷やすために不可欠な電源が失われることはなかった。 女川原発の安全審査で想定した津波の高さは最大9.1メートル。想定を大きく上回ったのは、福島第一原発と同じだ。それにもかかわらず、被害が小さかった理由について、東北電力は「詳しい経緯は今後の調査を待たなければならないが、余裕を持った造りが大きかったと考えられる」と指摘した。 「余裕」が最も表れているのは、原子炉建屋の海面からの高さだ。同原発の主要施設の標高は14.8メートルあり、10メートル前後だった福島第一より高い。女川原発は2号機の熱交換器室が浸水の影響で使えなくなった1系統を除き、非常用電源が正常に稼働した。施設の位置の高さが津波の被害を防いだ可能性があるという。 また、女川原発では、福島第一原発とは違い、外部電源が失われなかったことも大きかった。東北電力によると、女川原発につながる2系統の送電幹線のうち、片方は地震の影響で止まったものの、もう一つは電気を送り続けた。同原発1号機は変圧器の故障でこの外部電源が使えなくなったが、2、3号機では維持された。福島第一原発で外部電源が喪失したことについて、東電側は「送電鉄塔が地震で倒れたため」と説明している。 ただ、津波対策として原発を海面からより高く建設することは容易でないという。原発は大量の冷却水を必要とするため、海水面近くに造らなければならない。核燃料や運搬時に燃料を包むキャスクなど、何トンもの重量がある荷物は船で敷地内に運び込まれることが多く、建屋の標高が高くなれば、作業がそれだけ困難になるという面もある。 宮崎慶次・大阪大名誉教授(原子炉工学)は「原発は、硬い岩盤の上に建設することが不可欠だ。国内でも、原子炉建屋の高さがまちまちなのは、適した岩盤の位置によるという事情がある」と話している。(中井大助)
東北電力女川原子力発電所=23日、宮城県女川町、朝日新聞社機から、堀英治撮影
「赤プリ」、55年の歴史に幕=6月末まで震災避難施設に 2011/03/31-15:35 時事
「赤プリ」の通称で親しまれた「グランドプリンスホテル赤坂」(旧赤坂プリンスホテル、東京都千代田区)が31日閉館し、55年余りの歴史に幕を下ろした。4月上旬から6月末まで、東日本大震災に伴う東京電力福島第1原発の事故で避難している住民らを受け入れる。その後は施設の大半が取り壊され、高層ビルなどが建つ見通し。 従業員は同日昼、閉館のセレモニーを開き、最後の宿泊客を見送った。米国在住の清水弘美さん(53)は「日本の家という感覚だった。なくなるのは悲しいけど、避難施設としてもうひと仕事やってくれるのはすごくうれしい」と感慨深げに語った。
一部の遺体、傷み激しく身元確認断念…宮城県警 読売新聞 3月31日(木)14時3分配信
宮城県警は、東日本巨大地震で犠牲となった身元不明の遺体の傷みが激しいことから、一部については身元確認を断念し、自治体に管理を任せることを決めた。県警が31日、発表した。 県警によると、すでに30日に同県亘理町が15体を引き取り、31日には30体が名取市に引き渡される。遺体は安置所に置かれたまま、自治体側に管理権を移す。自治体が判断して、火葬または土葬を行う。県警は遺体のDNA確認に必要なデータなどを保管し、今後、遺族らが照会できるようにする。 30日午後9時までに、県内19か所の遺体安置所に収容された遺体は計6959体。そのうち5461体は身元が判明し、遺族に引き渡されたが、1498体が身元不明のままになっている。
米軍放射能専門部隊、140人を日本派遣へ 読売新聞 3月31日(木)16時42分配信
日米両政府は31日、東京電力福島第一原子力発電所の事故を受け、米軍の放射能被害管理の専門部隊「CBIRF」の初動対処部隊約140人を近く日本に派遣させることで合意した。 日本政府としては、核実験や核兵器製造施設の解体などで豊富な知見を持つ米軍の協力を得て、事故の早期沈静化につなげたい考えだ。 日本政府関係者によると、東日本巨大地震に伴う米軍の支援活動「TOMODACHI(トモダチ)作戦」を束ねるウォルシュ米海軍太平洋艦隊司令官が26日に自衛隊トップの折木良一統合幕僚長と会談した際、派遣に向けた最終調整に入ることを確認したという。
【原発】福島第二原発敷地内に街宣車が侵入 (03/31 18:38) テレ朝
福島第二原発で31日午後、街宣車がゲートを突破して敷地内に侵入しました。 原子力安全・保安院の発表によると、正午過ぎ、街宣車が福島第一原発の正門に来て、中に入れるよう要求しました。これを断られると、街宣車は近くの福島第二原発に回って西門から侵入しました。10分ほど敷地内にいた後、外に出たところで運転手は身柄を確保されました。目的や団体名は分からないとしています。運転手は車ごと除染する施設に連れていかれました。 01行政機能の回復険しく 大槌町と陸前高田市 2011/04/01 岩手
庁舎が津波にのまれた大槌町。災害対策本部を置く中央公民館の一角で一部窓口業務を始めたが、扱っているのは出生届、死亡届の受理と埋火葬許可証の発行に限られる。行政機能の回復は、まだ先になりそうだ。 「住民票がほしいんだけど…」 3月30日午前、公民館に足を運んだ同町安渡の女性会社員(48)は、町から「まだ住民票は出せない」と告げられた。女性は津波で免許証など身分証明書の一切を失った。家も流され「一文無し」の状態。当面の生活資金を得ようと福祉資金の利用を考え、住民票を求めに来た。 女性は「免許証の方が早く再交付されると聞いたので、そっちに行ってみる」と足早に立ち去った。 町は津波で住民データの入ったサーバーが浸水。システム管理会社を通じて復旧を進めており「これが立ち上がらないと各種証明書が出せない」と作業を急いでいる。 陸前高田市役所も戸籍などの書類が流失しデータ保存のサーバーも壊れた。同市高田町の高台に建てたプレハブ仮庁舎で市職員は対応に追われている。 1日100人を超すこともある死亡届は戸籍との照合ができず、受理ではなく受け付け段階。埋火葬受け付けは、火葬予約が1カ月以上先まで埋まる。 総合窓口に立つ市職員の菅野光二さん(47)は「職員も亡くなったり、行方不明になっている。県や国、OB職員の応援もあるが人手が全く足りない」と苦慮する。
の訓練はほぼ全世帯が参加していた。 今回も、住民は互いに声を掛け合い、高台にある避難場所に移動。軽トラックの荷台に住民を乗せたり、寝たきりの高齢者は近所の人が交代でおぶって逃げた。津波災害に詳しい関西大学の河田恵昭・社会安全学部長は「三陸沿岸は地震から津波到達まで20〜25分。この時間差をうまく使うことが大事」と指摘。「隣近所が助け合って避難すれば、大津波でも人命が助かる」と話した。【稲垣淳、阿部弘賢、銭場裕司】
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