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東日本大地震写真特集

 

2011年 3月11日

 

地震直後の朝日新聞仙台総局=11時日午後、仙台市青葉区

 

地震発生直後、道路でしゃがみ込む人たち=11日午後2時49分、東京都千代田区、林敏行撮影

 

地震の発生で建物から路上に避難した人たち=11日午後2時52分、さいたま市桜区のJR西浦和駅前、仙波理撮影

 

はがれ落ちた福島県庁東分庁舎の壁。余震が続く中、職員や通行人は離れた場所から不安そうに建物を見ていた=11日午後2時57分、福島市

 

地震の影響で陥没した道路=11日午後3時、福島県郡山市熱海町、吉村良二撮影

 

酒屋では、地震で商品が床に散乱した=11日午後3時14分、東京都江東区、福岡亜純撮影

 

地震の後、黒煙を上げて燃えるビル=11日午後3時25分、東京・お台場、本社ヘリから、水野義則撮影

 

上階の壁と大型の看板が落下した福島県郡山市中心市街地のビル=11日午後3時28分、郡山市中町、斎藤健一郎撮影

 

JR新宿駅前は避難する人たちであふれた=11日午後3時34分、東京都新宿区、本社ヘリから、水野義則撮影

第1波の津波が押し寄せた宮城県気仙沼市=11日午後3時35分、読者提供

 

地震の影響で、駅前に避難した人たち=11日午後3時46分、仙台市青葉区、小宮路勝撮

 

地震の影響で、仙台駅前に避難する人たち=11日午後3時51分、仙台市青葉区、小宮路勝撮影

 

頭巾をかぶって避難する小学生=11日午後3時54分、東京都江東区、中田徹撮影

 

地震で交通機関が止まり、歩いて移動する人たち=11日午後3時55分、東京・日比谷、樫山晃生撮影

 

地面から噴き出した泥で立ち往生したタクシー=11日午後3時55分、千葉県浦安市のJR新浦安駅前、相場郁朗撮影

 

東京タワーも地震で激しく揺れ、先端部が曲がった=11日午後4時5分、東京都港区、井上未雪撮影

激しく燃える石油製油所=11日午後4時29分、本社ヘリから、千葉県市原市、西畑志朗撮影

 

仙台駅前では歩道橋が破損していた=11日午後4時33分、仙台市青葉区、小宮路勝撮影

 

バス停前の歩道に落ちた百貨店の壁=11日午後4時38分、仙台市青葉区、小宮路勝撮影

 

山手線から降り、線路上を歩いて避難する乗客たち=11日午後4時50分、東京都港区、井上未雪撮影

 

地震により倒壊した家屋=11日午後、福島県いわき市、佐伯修一郎撮影

 

京成電鉄・成田空港第2ビル駅の1キロ手前付近で緊急停車した列車から、線路沿いを歩いて避難する乗客ら=11日午後、千葉県成田市、山田菜の花撮影

 

爆発炎上するコスモ石油千葉製油所=11日午後5時3分、千葉県市原市、森誠さん提供

1階部分が潰れたビル。中にいた人たちは自力で脱出したという=11日午後5時7分、福島県郡山市、日高敏景撮影

 

津波被害を受けた家屋=11日午後5時34分、福島県いわき市、西畑志朗撮影

 

炎を上げて燃える「コスモ石油千葉製油所」=11日午後5時36分、千葉県市原市、本社ヘリから、矢木隆晴撮影

 

津波が押し寄せ火災が発生した=11日午後5時45分、福島県いわき市、本社ヘリから、西畑志朗撮影

 

仙台市内で、炎を上げて燃える建物=11日午後6時43分、本社機から、日吉健吾撮影

 

渋谷駅が閉鎖されたため、帰宅できない人たちのための避難所となった青山学院の講堂。防寒シートと使い捨てカイロが配られた=11日午後8時1分、東京都渋谷区、山本裕之撮影

 

公共交通機関が止まり、東京方面から歩いて帰宅する人たち=11日午後8時41分、千葉県浦安市の浦安橋、相場郁朗撮

 

止まったままの電車を横目に、歩いて帰宅する人たち=11日午後8時43分、東京都品川区、伊藤進之介撮影

 

小田急線が運休となり、階段に座り込む人たち=11日午後8時53分、東京都新宿区の小田急新宿駅、細川卓撮影

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 12

 

 

炎上する宮城県気仙沼市の市街地=11日午前1時29分、本社機から、戸村登撮影

 

炎上する宮城県気仙沼市の市街地=11日午前1時33分、本社機から、戸村登撮影

 

地震で倒壊した精密機械製造会社=12日午前4時50分、福島県須賀川市森宿、村山惠二撮影

 

 地震で折れ曲がったと見られる東北新幹線の架線柱=12日午前5時28分、福島県国見町、竹花徹朗撮影

 

津波で打ち上げられた漁船=12日午前5時46分、福島県いわき市の小名浜港、中田徹撮

 

津波で打ち上げられた漁船=12日午前5時59分、福島県いわき市の小名浜港、中田徹撮

 

 

避難所から自宅に荷物を取りに戻った住民=12日午前6時2分、福島県南相馬市原町区上渋佐、日吉健吾撮影

 

全町民に避難指示が出たため、避難所から町外へ向かう住民たち=12日午前6時7分、福島県大熊町、水野義則撮影

 

津波で流されたピアノ=12日午前6時10分、福島県南相馬市原町区上渋佐、日吉健吾撮影

 

海側にあった集落「下渋佐」は跡形もなくなっていた=12日午前6時18分、福島県南相馬市原町区、日吉健吾撮影

 

堤防が決壊し、水につかった集落=12日午前6時10分、宮城県石巻市、松川敦志撮影

 

水につかり孤立した中学校の3階から助けを求める声があった。手前の堤防から、水に浮かんだ木ぎれを足場に男性3人が救助に向かう=12日午前6時21分、宮城県石巻市、松川写す

 

決壊した堤防から流れ込んだ水に、家々はどっぷりとつかっていた=12日午前6時52分、宮城県石巻市、松川敦志撮影

 

津波で流された家が橋の上に乗り上げていた=12日午前7時5分、宮城県気仙沼市、葛谷晋吾撮影、本社ヘリから

 

放射能漏れを起こした福島第二原発1号機=12日午前6時43分、福島県楢葉町、本社機から、樫山晃生撮影

 

津波で流された航空機=12日午前6時47分、仙台空港、本社ヘリから、矢木隆晴撮影

 

 建物の屋上で、たき火で暖をとる人たち=12日午前6時56分、宮城県名取市、本社ヘリから、矢木隆晴撮影

 

近くに火災がせまる中、屋上で救助を求める人たち=12日午前6時57分、宮城県名取市、本社ヘリから、矢木隆晴撮影

 

津波で水浸しになった仙台市若林区。木材などが散乱していた=12日午前7時6分、本社ヘリから、矢木隆晴撮影

 

津波で壊滅状態になった気仙沼港周辺=12日午前7時8分、宮城県気仙沼市、葛谷晋吾撮影、本社ヘリから

 

津波で壊滅状態になった気仙沼港周辺=12日午前7時11分、宮城県気仙沼市、本社ヘリから、葛谷晋吾撮影

 

津波に襲われた海岸線は、家の土台だけを残し、何もなくなっていた=12日午前7時20分、仙台市若林区、本社ヘリから、矢木隆晴撮影

 

宮城県気仙沼市では、いたるところから煙が上がっていた=12日午前7時25分、本社機から、樫山晃生撮影

 

犬を抱いて孤立する家族の元に向かう男性=12日午前7時27分、仙台市若林区、西畑志朗撮影

 

スーパーの屋上に取り残された人を救出するヘリコプター=12日午前7時34分、岩手県陸前高田市、本社機から、樫山晃生撮影

 

県警ヘリで救助される人。後方は脱線したJR仙石線の車両=12日午前7時36分、宮城県東松島市、本社ヘリから、矢木隆晴撮影

 

 

火災の黒煙が上がる大船渡の市街地=12日午前7時46分、岩手県大船渡市、本社機から、樫山晃生撮影

 

 

警察官に抱えられ、避難所に向かう子ども=12日午前7時47分、仙台市若林区、安仁周撮影

 

変わり果てた景色に涙を浮かべる住民たち=12日午前8時4分、仙台市若林区、安仁周撮影 

 

航空大学校の建物の屋上で一夜を過ごし、ボートで救出される人たち=12日午前8時9分、宮城県岩沼市、戸村登撮影

 

2階部分がつぶれた福島学院大学宮代キャンパスの本館=12日午前8時17分、福島市宮代乳児池 

 

津波で船や家屋が押し流された宮城県気仙沼市の市街地=12日午前8時22分、小宮路勝撮影

 

津波に襲われた宮城県気仙沼市内は、がれきの山になった=12日午前8時28分、小宮路勝撮影

 

火力発電所の周辺は、津波で流された車などが散乱し、荒れ果てた様子だった=12日午前8時29分、福島県新地町駒ケ嶺

 

 

津波に押し流されて変形した車両(左奥)と、かろうじて残った駅舎の一部=12日午前9時3分、福島県新地町のJR常磐線新地駅、村山惠二撮影 

 

津波に襲われた宮城県気仙沼市では、電柱がなぎ倒され、道路をふさいでいた=12日午前9時37分、小宮路勝撮影

 

 ばっくりと割れた国道6号=12日午前10時9分、新地町駒ケ嶺  福島総局の関田航記者

 

津波で流された後、燃えて黒こげになった車=12日午前10時18分、宮城県気仙沼市、小宮路勝撮影

 

 倒壊した光丘神社の鳥居=12日午前10時30分、酒田市日吉町1丁目

 

志津川高校の校庭に書かれたSOSの文字=12日午前11時7分、宮城県南三陸町、本社ヘリから、葛谷晋吾撮影

 

がれきの中を歩いて避難する住民=12日午前、宮城県名取市閖上、橋本佳奈撮影

 

津波に襲われた地区から赤ちゃんが救助された=12日午前、仙台市若林区、西畑志朗撮影

 

軍艦に支援物資の積み込みをする米軍隊員=12日、ロイター

 

妹を捜して、岩手県大船渡市から陸前高田市を訪れた女性。妹の自宅があったあたりはがれきに埋もれ、「手の施しようがない」と話した=12日午後3時56分

 

消防隊員の手助けを受けて避難する住民=12日午後4時16分、宮城県名取市閖上、戸村登撮影

 

がれきの山と化した集落から、消防隊員らに救出される住民=12日午後、宮城県名取市

 

津波に流され、更地のようになってしまった町は、煙に覆われていた=12日午後、岩手県大槌町

 

孤立していた荒浜小学校から集団で避難する人たち=12日午後、仙台市若林区

 

東日本大震災を受けて、エクアドルの市民は太平洋沿岸地域から避難=ロイター

 

天井の照明器具が落下した武蔵野市議会の本会議場=12日、武蔵野市緑町2丁目

 

12日、太平洋に面した南米・エクアドルのサンタローサで、東日本大震災によって起きた津波による船の損害を調べる人々=ロイター

 

 

 

 

 

 

 

 

13日

 

 

 地震発生から3日目になっても白煙が上がる宮城県気仙沼市。通りには多くの消防車が並んでいた=13日午前9時4分、本社機から、上田潤撮影

 

 

13日、モスクワの日本大使館で花を捧げる少女たち=AP

 

13日、イタリアの新聞も日本の大地震と津波を大きく取り上げた=AP

 

 

 

14

 

横浜駅では計画停電の影響でJR線が止まり、京急線に向かう通勤客が構内にあふれた=14日午前8時4分、横浜市西区、遠藤啓生撮影

 

 

仙台市内で営業を再開したスーパーは、商品が品薄になり、途中で入店を打ち切った=14日午後1時30分、仙台市青葉区、戸村登撮影 

 

ガソリンスタンドには長い車列ができた=14日午後、東京都世田谷区、遠藤啓生撮影

 

節電のため照明を落としたソニービル。数寄屋橋交差点を渡る歩行者の数も、普段に比べて少なかった=14日午後7時21分、東京・銀座、上田潤撮影

 

 

 

東日本大震災・写真特集6 震災後の暮らしの姿 

 

 15

 

コンビニエンスストアは停電になっても営業を続けていた=15日午前7時30分、神奈川県横須賀市浦賀3丁目、川上裕央撮影 

 

 

 

 

 4月06日

 茨城県大洗町の海水浴場の駐車場は臨時のゴミ集積所になり、膨大ながれきに覆い尽くされていた。海水浴シーズンに向け、6月末までには片づける予定だという=6日

 

 

 

 4月07日

大島での活動を終え、多くの島民に見送られる米海兵隊員=6日午後3時47分、宮城県気仙沼市

 

 

 

 4月11日

 

岩手県陸前高田市の自宅跡でトランペットを吹いた後、涙ぐむ佐々木瑠璃さん(17)。母親の宜子さん(43)と祖母の隆子さん(75)を亡くした。祖父の佐々木広道さん(76)は行方不明のままだ=11日午後 

多くの児童が犠牲になった大川小学校。この日は多くの人たちが学校に向かって手を合わせ、花を手向けた=11日午後1時5分、宮城県石巻市釜谷、葛谷晋吾撮影

 

津波で被災した宮城県名取市閖上地区を見下ろす丘で、輪になって手をつなぎ、黙祷を捧げる自衛隊員や消防隊員ら=11日午後2時46分

 

宮城県気仙沼市で11日、東日本大震災の発生時刻に黙祷する小野幸夫さん(43、左)一家。津波で流された家の2階部分をこの場所で見つけた。家族は全員無事だった。理容室を経営する小野さんは「亡くなった人の分まで生きる。気仙沼の美しい自然が回復するまでがんばりたい」と話した=小宮路勝撮影

 

避難所で黙祷する(右から)小林祥子さん(17)と龍一くん(11)は津波で父を亡くした。祥子さんはお父さんが大好きだった。「将来は美容師になって、一番にお父さんの髪を切ってあげるねって、約束してた。今でも、祥ちゃんただいま、って帰ってきてくれるようで、信じられないけど、私が笑顔で家族を支えようって思ってる」=11日午後2時46分、岩手県釜石市

 

防潮堤の上に整列し、海に向かって黙祷を捧げる第28分団=11日午後2時47分、岩手県宮古市田老、平井写す

 

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