2008 ペシャワール会 本当に、アフガニスタンへの善意?

伊藤和也さん殺害事件

アフガニスタンで非政府組織(NGO)「ペシャワール会」(福岡市)の伊藤和也さんが殺害された事件を受け、同会の中村哲代表は4日、外務省で深田博史領事局長と会い、当面の安全対策として日本人スタッフを一時引き揚げる方針を伝えた。(2008/09/04-12:41)時事通信

 

 

最終更新 2008 10 06

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和也さんへの思いを語る父正之さんと母順子さん=静岡県庁

 

ペシャワール会に励まし8百件「伊藤さんの遺志つごう」  2008年9月24日20時20分 朝日

 

アフガニスタンで日本のNGO・ペシャワール会(本部・福岡市)の伊藤和也さんが拉致・殺害された事件で、静岡県掛川市に住む両親の正之さん(60)と順子さん(56)が24日、静岡県庁で記者会見し、事件後約1カ月の心境を語った。  正之さんは「まだ現実と現実でない世界がいったりきたりしていて、もう一度会いたい気持ちが募ってくる」と話した。順子さんは涙ぐみながら、「お線香をあげても手を合わせられない」とやりきれない胸の内を明かした。  これまでに全国から100通を超える励ましの手紙が届いたという。両親は感謝の言葉を述べるとともに、正之さんは「今後は自分がボランティアなどに取り組み、(アフガンでの農業支援など)和也のやってきたことを知ってもらいたい」と話した。  ペシャワール会にも、励ましのメールや電話などが800件近く寄せられた。「若者が希望を失っていると言われる中、伊藤さんの存在に勇気づけられた」。そんな内容が目立ったという。会は事件発生当初、遺族や会に対して、「自己責任論」などのバッシングが出てくるのではないかと懸念していたが、ほとんどなかったという。福元満治事務局長は「伊藤さんを含む私たちの20年に及ぶ地道な活動が、日本でも理解してもらえたのだと思う」と話す。 事件後もアフガンに残って、現地スタッフへの引き継ぎ作業をしていた日本人スタッフ2人は23日に出国し、残るのは現地代表の中村哲医師だけとなった。一時中断していた用水路建設や医療支援は、すでに再開しており、「伊藤さんの遺志をつごう」と声をかけあっているという。   

 

 

 

 

「タリバンには勝てない」=英軍司令官、交渉を主張   (2008/10/05-23:59)時事

 【ロンドン5日時事】5日付の英日曜紙サンデー・タイムズは、駐アフガニスタン英軍最高司令官がイスラム原理主義勢力タリバンとの戦闘で、軍事的な勝利を期待すべきではないとの悲観的観測を示したと報じた。インタビューに応じた駐留英軍のカールトンスミス准将は「この戦いには勝てない」と述べ、英国民に期待値を下げるよう訴えた。 同准将は、アフガンでの戦闘は「アフガン軍が対応できるレベルまで(タリバンの力を)弱めるのが目的」と強調。英国民は「決定的な軍事的勝利」を期待すべきではないと呼び掛けた。 一方、「タリバンが交渉の席に着く用意があるというなら、それこそが戦闘終結に向けた前進だ」と指摘し、タリバンとの交渉の可能性を探るべきだと主張した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アフガニスタン    世界屈指 治安不安定な国

人口

1109万(2006年)

民族

パシュトゥン 44%

タジク 25%

ハザラ 10%

ウズベク 8%

宗教

イスラム 99% (スンニ派 80% シーア19%)

平均寿命

42歳

 

ISAF参加国

アメリカ

23350人

イギリス

8530人

ドイツ

3370人

カナダ

2500人

イタリア

2350人

オランダ

1770人

スペイン

800人

トルコ

760人

ノルウェー

580人

チェコ

370人

スウェーデン

250人

ハンガリー

205人

リトアニア

200人

ニュージーランド

160人

 

お別れ会は1日午前11時に開始。家族や知人、同会の中村哲代表のほか、山本一太外務副大臣、アフガニスタン大使館関係者ら多数の人が参列した。

中村哲現地代表が「短い人生だったが充実したものだった」と別れを告げた。「伊藤君は現地の宿舎でも2番目に(滞在が)長い先輩。彼のために、今まで現地で働いたワーカーの多くが集まった。悲しい中にもいちるのうれしさを感じた」と話した。

後輩は「(伊藤さんが撮った)子どもの写真が笑顔なのは伊藤さんが愛されていた証拠。いつも安全には気を使っていたのに」と声を詰まらせた。

伊藤さんの妹(30)は「顔を見せてくれたのは兄ちゃんの最後の親孝行だったと思う」と話し、参列者の涙を誘っていた。

父正之さん(60)は「(遺体発見後)0.1秒でも早くきょうを迎えるように念じていた。ただいま無事、和也を送ってやることができました」と報告した。

母順子さん(55)は「母親よりも1日でも長く生きていてほしかった。親に骨を拾わすなんて本当に親不孝者って最後にしかってやりました」と気丈に語った。

参列者によると、式では「息子はわが家の誇り。アフガニスタンを恨んではいない。(息子は)アフガンの星になる」などとした父正之さん(60)のあいさつ文を司会者が代読したという。

 

静岡県警は31日未明に伊藤さんの司法解剖を実施。その結果、左ふとももに2カ所の貫通した銃創があり、うち1つが動脈を切断していたことが判明。これが致命傷になったとみられる。また、左下腿部にも銃創があり、内部から破裂した銃弾とみられる金属片2つが摘出された。

 
 

 

 

 


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遺品の民族楽器などを手に、死亡した伊藤和也さんの実家を訪れた後藤哲也会長(右)ら 「ペシャワール会」の関係者=28日午後4時28分、静岡県掛川市
 伊藤和也さんの実家を弔問後、報道陣に囲まれる「ペシャワール会」の後藤哲也会長(左から2人目)。左端は父正之さん=28日午後6時26分、静岡県掛川市

 

 

 

 

 

  

 

 

 「アフガンの子どものために」と海を渡ってから4年8か月。その夢は道半ばで絶たれた。

中部国際空港に到着した、アフガニスタンで拉致、殺害された伊藤和也さんのひつぎが納められたコンテナ=30日〔共同〕

現地の捜索活動は26日午後7時ごろ(日本時間同日午後11時半ごろ)、日没とともにいったん打ち切られた。27日午前、住民約700人の態勢で再開した。

伊藤さんが農業支援をしていた村の有力者ら500人以上が集まり祈りをささげた。地元の人々による弔辞では、伊藤さんを「立派な男だった」とたたえる声に交じって、「恩をあだで返すことになって非常に恥ずかしい」、「犯人と自分たちが同じアフガン人とは思わないでほしい」など、哀悼と謝罪の言葉が相次いだという。この日参列したのは村の長老や現地警察関係者らが中心で、会場に入りきれなかった一般の村人向けに、後日改めて葬儀が計画されているという。

ペシャワール会事務局(福岡市中央区大名)

自宅前で報道陣の質問に答える、アフガニスタンで拉致された伊藤和也さんの父正之さん(左)=26日午後、静岡県掛川市

「息子は固い意志でアフガンへ行った。迷惑をかけてすいません」

拉致された伊藤さんの遺体は、アフガン東部ブティアライ村の谷間から発見され、地元住民によって担ぎ出された。2008年8月27日(AP通信)

アフガニスタンで拉致された伊藤和也さん=2004年4月(「ペシャワール会」提供)

「和也の遺志を継いで欲しい」「和也は家族の誇りです。和也がこれまでやってきたことを胸を張って訴えていきたい。家族がそのことを認識していかなければならない」

  

アフガニスタンで活動する伊藤さん(家族提供)

伊藤和也さんの実家を弔問後、報道陣に囲まれる「ペシャワール会」の後藤哲也会長(左から2人目)。左端は父正之さん=28日午後6時26分、静岡県掛川市

弔問したのは、後藤会長のほか、平尾篤事務室長(59)と村上優副会長(60)。

伊藤和也さんの遺体が発見されたとの情報について、涙を流しながら会見する福元満治事務局長(左)。右は後藤哲也会長=27日午後、福岡市の同会事務局で

26日、アフガニスタン東部で伊藤和也さん拉致に関与したとして拘束、警官らに連行されるタリバンの男(中央左)=AP

「外国人を排除したかった。」 「ヒズブ・イスラミ」シャー容疑者(25)

 

中村 哲代表

「伊藤君のご両親には本当に申し訳ない気持ちだ」 「伊藤君は現地に溶け込み、人々にとても好かれていた。このことをしっかりとご両親に伝えたい」

 

製茶作業をする伊藤和也さん(左、2005年3月、ダラエヌールの試験農場で)=ペシャワール会提供

順子さんは「アフガニスタンに行ってからたくましくなりました」と語った。和也さんが帰省した際、現地では食べられない好物の刺し身とすしを食べさせてあげながら、そう感じていたという。

自宅で記者会見する伊藤和也さんの父正之さん(左)と母順子さん=26日夜、静岡県掛川市で

「私たちも同席したい」と、妹(31)と弟(27)が途中から加わった。2人は「なぜ自分の兄がこんな不条理な目に遭わなければならないのか」と訴えた。妹は和也さんの写真を欲しいと頼み、後藤会長は後日アルバムにして届けると約束した。

 

 

シャー容疑者の父親は、ヘクマティアル元アフガン首相が率いる旧軍閥の「ヘクマティアル派」(ヒズベ・イスラミ)メンバーで、容疑者も同派に参加。01年のタリバン政権崩壊後、同派とタリバンが関係を深めたためタリバンに加わった。パキスタンの山岳地帯で、約3カ月にわたりタリバンに近い地元武装勢力に本格的な軍事訓練を受けた経験があるという。

27日、アフガニスタンで伊藤和也さんが拉致され死亡した事件で、捜査当局が拘束した拉致実行犯2人と銃(共同)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2008.8.28 13:31 

天皇、皇后両陛下は28日、侍従長らを通じ、アフガニスタンで武装グループに拉致され死亡した「ペシャワール会」の伊藤和也さん(31)の両親と同会に弔意を伝えられた。産経

 

2008 8 28 17:17 

天皇、皇后両陛下 両陛下でコンサートを鑑賞される予定だったが、アフガニスタンでの邦人死亡事件を受け、取りやめた。 時事

 

2008 8 28

福田首相「高い志を持ち、現地の人とともに歩んできた伊藤さんの命を奪った行為に強い憤りを覚える。断じて許されるものではない。ご冥福をお祈りする」  毎日新聞 東京朝刊

 

2008 8 27 01:11

松浪健四郎衆院議員「まず情報収集し、救出交渉に当たりたい。カルザイ大統領にも面会し、アフガニスタン政府に協力を要請したい」  NIKKEI

 

2008 8 28 13:12

伊藤さんと親交を深めていた住民は近くの村人を呼び集め、約300人で追跡を開始。数キロ離れた山の反対側にある集落の住民にも連絡し、午前8時前ごろから山を取り囲むように捜索が始まった。通報を受けた警察や治安部隊も合流し、捜索は1000人を超える態勢に。  NIKKEI

 

2008 8 29 6 23

刑法の国外犯規定を適用し、殺人などの容疑で捜査する方針を固めた。伊藤さんの実家のある静岡県警に、国際テロ捜査部門と刑事部門による捜査本部を設置する方向で検討中。今後は現地アフガンの警察に協力を求めて捜査する。03年の刑法改正で、日本人が国外で殺人や誘拐などの被害に遭った場合、日本の刑法を適用して警察が捜査できるようになった。 朝日

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「パキスタン勢力が依頼」  伊藤さん拉致、140万円で 2008/08/30 17:28   【共同通信】

アフガニスタンで非政府組織(NGO)「ペシャワール会」の伊藤和也さん(31)が拉致、殺害された事件で、アフガン国家保安局は30日、拘束した実行犯の1人、アディル・シャー容疑者が「パキスタンの武装勢力から拉致を依頼された」と供述していることを明らかにした。同局によると、隣国パキスタン北西部で活動するイスラム武装勢力が犯行グループに「ペシャワール会の日本人を拉致して連れてくれば金を払う」と持ちかけ、100万パキスタンルピー(約143万円)の金額を提示したといい、シャー容疑者は「金目的だった」と供述しているという。シャー容疑者は当初、警察の調べに「アフガニスタンの治安悪化を印象付けて、外国人を追い出したかった。最初から殺すつもりだった」と話すなど供述内容が二転三転しており、保安局は裏付け捜査を進めるとともに、武装勢力の特定を急いでいる。

 

 

 

 【ジャララバード(アフガニスタン東部)28日共同=遠藤幹宜】

 茂みから男たちが突然現れ、銃を突き付けた―。非政府組織(NGO)「ペシャワール会」の伊藤和也さん(31)がアフガニスタンで武装グループに拉致され死亡した事件。目撃情報に基づく地元当局の調べや同会の発表などから事件を再現した。

伊藤さんが運転手とともにアフガン東部ダラエヌールの宿舎を出発し、農作業などの活動現場のブディアライ村に着いたのは二十六日午前六時ごろ。二人が車を降りた直後、近くの茂みに隠れていた男四人がカラシニコフ自動小銃を手に姿を現した。現場を目撃した地元農家によると、男らは二人に銃を突き付け、背後に迫る急峻(きゅうしゅん)な石だらけの山を登るよう命じた。伊藤さんと親交を深めていた住民は近くの村人を呼び集め、約三百人で追跡を開始。数キロ離れた山の反対側にある集落の住民にも連絡し、午前八時前ごろから山を取り囲むように捜索が始まった。通報を受けた警察や治安部隊も合流し、捜索は千人を超える態勢に。

午前十時ごろ、自力で下山してきた運転手と捜索隊が遭遇。運転手は警察に「犯人が伊藤さんばかりを追い立てている間にすきを見て逃げ出した」と説明し、「犯人は五人だ」と話した。別の当局者は銃撃戦のすきに逃れたとしており、情報は錯綜(さくそう)している。捜索隊は午後、山頂に到着。登山に疲れ切って倒れていた犯行グループの男を発見、拘束し警察に身柄を引き渡した。夕暮れになり捜索はいったん打ち切られたが、翌二十七日朝、捜索再開後の午前九時ごろ、山頂付近の岩場で伊藤さんの遺体が発見された。現場で遺体を見た地元地区長によると、脚に少なくとも二カ所の銃創があり、頭から出血。死亡推定時刻は二十六日午前九―十時の間とみられ、運転手が逃げた直後に殺害された可能性が高い。地区長は「犯人らが足手まといになった伊藤さんの脚を撃ち、伊藤さんは転倒して頭を岩で打ったのでは」と推測。遺体発見から約三十分後、山の反対側に逃げようとしていた別の男が住民らに確保された。 

 

 

 

アフガン邦人殺害:タリバン報道官、NGO復興事業否定 「支援中止求め拉致」 毎日新聞 2008年8月29日 東京朝刊

【カブール栗田慎一】アフガニスタン東部で非政府組織「ペシャワール会」メンバーの伊藤和也さん(31)が拉致され、遺体で見つかった事件で、反政府武装勢力「タリバン」のザビウッラー報道官は28日、毎日新聞に対し、「拉致グループはタリバンの命令で拉致を実行した。当初は日本人だとは知らなかった」と語った。日本人と判明した後は「日本政府にアフガン復興支援すべてを中止させるつもりだった」とした上で、「殺害までは命じていない」と弁明した。同報道官は各地にいる広報担当者の一人で、東部地域で米軍との戦闘があった場合などに、メディアからの問い合わせに応じている。26日には毎日新聞や地元メディアに、「日本人を殺した」と語っていた。報道官は、拉致を命じた理由として、「ダム建設を中止させ、外国政府にアフガン政府と米国支援をやめるよう求めるつもりだった」とした。ペシャワール会については「知っている」としながらも、「我々は米や小麦、食用油など食糧支援は認めるが、道路や学校、ダムなど地形や文化を変える構造物は認めない」とし、ペシャワール会の復興支援事業そのものを否定した。 

 

 

 

 

 

 

   

ペシャワール会、中村代表残し日本人職員8人が帰国へ (2008年8月28日  読売新聞)

アフガニスタン東部で日本の民間活動団体「ペシャワール会」の伊藤和也さん(31)が武装グループに拉致、殺害された事件を受け、同会現地代表の中村哲医師(61)は、アフガン国内で活動する日本人スタッフ8人を数週間以内に帰国させることを決めた。今後、同国内には中村医師1人が残り、アフガン人現地スタッフと共に活動を続けるという。同会の福元満治事務局長(60)によると、この方針は26日の事件発生後、中村医師から福岡市中央区の同会事務局に電話で伝えられた。中村医師が伊藤さんの遺体とともに帰国し、伊藤さんの葬儀が終了した後、福岡市で理事会を開き、正式決定する見通しという。事件発生前は、アフガン東部ダラエヌールの診療所と試験農場では、伊藤さんを含む日本人が4人、アフガン人約10人が活動。かんがい用水路建設が進むジャララバードでは日本人5人とアフガン人約100人、日雇い労働者400〜500人が働いていた。伊藤さんの遺体は、アフガン国軍のヘリコプターで現地時間の28日昼ごろ、ジャララバードからカブールに搬送。同日午後に検視を行った後、29日以降、日本に向けて運ばれる見通し。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もういい加減、海外NGO活動はやめませんか?―「ペシャワール会」伊藤和也さんの悲劇をくりかえさないために  

難波和郎 2008/08/29 Jan Janニュース

アフガニスタンで支援活動中に非業の最期を遂げた「ペシャワール会」の伊藤和也さん。この事件を聞いて、私は改めて、外国でのこうしたNGO活動に疑問を感じた。日本社会では彼らの行いは必ず賞賛され、通常、批判は批判であるというだけで採りあげられない。だが冷静に考えればこれはおかしいのではないか。マザー・テレサの「愛はまず手近なところから始まります」という言葉を受け止めるべきだ。「ペシャワール会」の伊藤和也さんが非業の最期を遂げ、彼の無事解放を待ち望んでいた人々には残酷な結末となった。何よりご本人が無念だったろう。自分の死以上に、自分に期待してくれた人々のもとに無事に帰れないことは、何よりもつらいからである。

彼の仕事は立派である。戦乱で荒れたアフガニスタンの土地を自分の学んだ農業の知識によって回復させようとした。その志半ばでたおれたのである。悲劇である。彼の志に水を差すわけではない。だが、私は外国でのこうしたNGO活動には疑問を持っている。特にそれに従事する人々の純粋な熱意と善意に対して危惧を抱くのである。危ないからやめなさいと言われてやめますというような人々ではない。自分の信念を貫く意志の強さと行動力を持っている。だから危ういと思っている。少し意地の悪い見方をしてみる。このようなNGO活動をする人の中に顕示欲と賞賛を受けたい気持ち、また、人々に感謝されたり尊敬されたいという欲望が見え隠れしていないだろうか。活動内容は頭の下がることばかりである。日本では、彼らが活動報告をすれば必ず「偉いですね」「立派ですね」という賞賛の声がわき起こる。そこには批判を受け入れるゆとりはない。批判は多国籍企業の横暴と軍隊を派遣した国、そして政府要人など偉い人々の無策に集中する。自分も現地へ出向いて活動するつもりがなければ、黙って彼らを賞賛するのが無難であると考えられているのかもしれない。

 

だが冷静に考えればこれはおかしい。海外だけでなく、日本にも問題は山積みだ。農業問題だけをとっても、荒れた土地は多いし、食料自給率は先進国の中では壊滅的である(関連サイト)。亡くなった伊藤さんはまず日本で活動するべきだったのではないか。今の日本でなら、少なくとも銃弾に倒れることはなかっただろうし、ご両親を悲しませることもなかった。世論には今回のできごとを美談にする動きもあるが、「命を粗末にした」と私はあえて批判したい。だが、日本には彼の熱意と野心に応えられるだけの仕組みがなかったのかもしれない。NGOの中には、そのあふれんばかりの熱意と善意に支えられた行動力のために、独り善がりな考え方に陥る団体も多い。そして彼らは普通、他者からの批判を許さないのである。だがアフガニスタンのことはまずアフガニスタンの人に任せるしかないのではないか? あるいはそれが出来ない事情も国際社会にはあるのだろうが、面倒でも私たち日本人は選挙を通じてしかその事態を変えることは出来ないのではないか。それよりも大事なのは、今ある自分たちの日常をいとおしむ気持ちだろう。マザー・テレサが初来日の時に述べたと言われる言葉を思い出す。

「日本人はインドのことよりも、日本のなかで貧しい人々への配慮を優先して考えるべきです。愛はまず手近なところから始まります(1981.4)」  

 

参考

拉致8日前の伊藤さん、治安悪化に不安感…知人へメール (2008年8月28日14時36分  読売新聞)

アフガニスタン東部で拉致され、遺体で見つかった民間活動団体(NGO)「ペシャワール会」職員の伊藤和也さん(31)は、事件に巻き込まれるわずか8日前、日本の知人にメールを送り、現地での厳しい環境を伝えていた。一方で、治安悪化を受け、順次スタッフが帰国する中で、自分の帰国の予定が早くても12月に延期されたことにも触れており、文面には不安ものぞく。メールを受け取った知人は「現地の人にも慕われていたのに」と、早すぎる死を悼んだ。この知人は、ペシャワール会の農業指導員だった高橋修さん(77)(京都市山科区)。高橋さんは、伊藤さんがペシャワール会に入ってアフガニスタンを訪れた際、一緒に現地で活動した仲。高橋さんが会を退会した後も、定期的にメールをやり取りし、伊藤さんに作物の育て方など様々なアドバイスをしてきた。

最後に伊藤さんから受け取ったメールは18日。「農業のほかにブディアライで灌漑(かんがい)井戸と枯れ川の修復作業を行っています」「こちらは1週間に何回かエンジニアが来ますが基本的に自分が毎日見回りと作業のチェックをしています」現地での厳しい環境で前向きに作業を進める伊藤さんに、高橋さんは20日、こう返信した。「毎回いただいている報告の文面から何となく感じていましたが、かなり大変な仕事のようですね」また、メールには「以前予定していた8月中旬からの帰国予定はなくなりました」ともあった。現地は、旧支配勢力のタリバンが力を取り戻す中で徐々に治安が悪化。同会も日本人スタッフを順次帰国させていた。伊藤さんは「現在のところ帰国日程は早くて12月中旬から下旬、遅くて1月中旬ころを考えています」とつづっていた。高橋さんは今年初め、休暇で帰国していた伊藤さんと京都市内で会った際、「そろそろ日本に帰ってきてもいいんじゃないか」と話を向けると、にっこりと笑うだけで返事がなかったという。その姿を見て、高橋さんは伊藤さんのアフガンへの強い思い入れを感じたという。遺体発見のニュースを聞いたのは27日午後。「現地の人たちに慕われていたのに、なぜこんなことに……」。高橋さんは言葉を詰まらせた。

 

 

タイ北部のチェンマイで、14歳少女に暴行した日本人が逮捕された。

逮捕された日本人の男は、山岳民族の子どもの支援をするNGO(非政府組織)を運営し、日本政府から無償資金援助も受けていた。FNNは、この容疑者を直撃した。 福山克也容疑者(38)は 「(14歳少女とは)どちらかというと、行きすぎた交際で、それだけでも不祥事というか、 わたしの責任ということですけどね」と話した。婦女暴行の容疑で逮捕されたのは、山岳民族の子どもたちを支援する団体の関係者だった。逮捕された福山克也容疑者は、チェンマイでタイ人の妻と、山岳民族の子どもたちを支援するNGOを運営しているが、 1月2日、施設の寮に住んでいた14歳のタイ人の少女を、図書室で暴行した疑いが持たれている。少女の父親が警察に通報し、福山容疑者は1月8日に警察に逮捕され、容疑を認めているという。施設には、現在も5人の中学生の子どもたちがいて、保釈中の福山容疑者が運営に携わっている。 福山容疑者は 「彼女(14歳の少女)がね、人を愛するとかですね、そういうことに対して、 悪いイメージだけを残さないようにしたいなと思ってます」と話した。 福山容疑者は、

2000年からチェンマイで山岳民族の支援活動を始め、日本政府からおよそ800万円の「草の根無償資金」を得て、2006年8月、子どもたちが住む寮などが完成した。 今回の逮捕について、タイの日本大使館では 「非常に残念で、開いた口がふさがらない。本人には運営から退くように要請した」と話している。 2007/02/02

 

 

 

 

 

 

 

 

弔問後に報道陣の質問に答える「ペシャワール会」の後藤哲也会長。左は伊藤和也さん  の父正之さん=28日午後6時25分、静岡県掛川市

28日、アフガニスタン東部のジャララバードで、ひつぎを前に伊藤和也さんの死を悼む同僚ら(AP)

 

 

 

 

 

  

 

H.P. ボランティアで2年以上活動できる男性。アフガニスタンのジャララバードの日本人宿舎 

構成 : 約300名の現地職員、約12,000人のペシャワール会会員が支えている。  

 

我が国NGO支援予算(当省関連)は、平成10年度は約15億円、平成13年度は約40億円、本年度は約56億円である。

非政府組織(NGO)「ペシャワール会」の中村哲現地代表ら2人が5日、アフガニスタンに戻った。首都カブールに到着した中村代表は同国で今冬に500万人が飢餓に直面する恐れがあると指摘。先月殺害された同会の伊藤和也さん=当時(31)=の遺志を継ぎ、事業を「むしろ強化しなければならない」と語った。2008.9.5 共同

 

 

 

 

 

2008 5 アフガニスタンで20年以上にわたり医療と農業の復興支援活動を続ける「ペシャワール会」の中村哲医師が28日、明治大学ホール(東京・御茶ノ水)で講演会(共催:現代史研究会、ウェブサイトちきゅう座)を開いた。中村医師は「欧米流に金や武力を注ぎ込むことで何でもできると思うのは間違いだ」と強調した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ペシャワール会、中村代表残し日本人職員8人が帰国へ (2008年8月28日  読売新聞)

アフガニスタン東部で日本の民間活動団体「ペシャワール会」の伊藤和也さん(31)が武装グループに拉致、殺害された事件を受け、同会現地代表の中村哲医師(61)は、アフガン国内で活動する日本人スタッフ8人を数週間以内に帰国させることを決めた。今後、同国内には中村医師1人が残り、アフガン人現地スタッフと共に活動を続けるという。同会の福元満治事務局長(60)によると、この方針は26日の事件発生後、中村医師から福岡市中央区の同会事務局に電話で伝えられた。中村医師が伊藤さんの遺体とともに帰国し、伊藤さんの葬儀が終了した後、福岡市で理事会を開き、正式決定する見通しという。事件発生前は、アフガン東部ダラエヌールの診療所と試験農場では、伊藤さんを含む日本人が4人、アフガン人約10人が活動。かんがい用水路建設が進むジャララバードでは日本人5人とアフガン人約100人、日雇い労働者400〜500人が働いていた。 伊藤さんの遺体は、アフガン国軍のヘリコプターで現地時間の28日昼ごろ、ジャララバードからカブールに搬送。同日午後に検視を行った後、29日以降、日本に向けて運ばれる見通し。

 

 

 

福元事務局長は「一時的には撤退するかもしれないが、アフガンでの仕事はやり遂げなければならない。それが伊藤君の意思であり、伊藤君の死を無駄にしないこと。治安が回復すれば(日本人による)活動を再開したい」26日現在でアフガンには非政府組織(NGO)関係者など149人の邦人が在留している。兒玉和夫外務報道官は「退避勧告にもかかわらず、現地にとどまり活動するのは好ましくない」と指摘した。

 

無償資金目当て 福岡県民が静岡県民を利用、若者の善意に甘えて、無報酬の人材派遣業をしてたとしか思えない。後藤哲也会長 平尾篤事務室長 村上優副会長 福元事務局長 中村哲代表 誰一人 事件発生時には、現場に居ない。居たのは8名のスタッフのみ。伊藤君の海外での経験に対する意欲は絶賛します。しかし、4年8ヶ月とは、ペルシャワール会に利用されすぎです。中村代表はタリバーンの思想を知っていて自身の名誉と政府からの無償資金の為の活動だと思える。 NGOは、非政府組織。平和・人権問題などで国際的な活動を行っている非営利の民間協力組織では無く、正規政府組織で営利目的の活動と言えます。(管理人) ご意見はこちらまで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ワーカー(現地で働く人)志望の動機 伊藤和也

 

 私がワーカーを志望した動機は、アフガニスタンに行き、私ができることをやりたい、そう思ったからです。 私が、アフガニスタンという国を知ったのは、2001年の9・11同時多発テロに対するアメリカの報復爆撃によってです。 その時まで、周辺国であるパキスタンやイランといった国は知っているのに、アフガニスタンという国を全く知りませんでした。 「アフガニスタンは、忘れさられた国である」 この言葉は、私がペシャワール会を知る前から入会している「カレーズの会」の理事長であり、アフガニスタン人でもある医師のレシャード・カレッド先生が言われたことです。今ならうなずけます。 私がなぜアフガニスタンに関心を持つようになったのか。 それは、アフガニスタンの復興に関係するニュースが流れている時に見た農業支援という言葉からです。 このこと以降、アフガニスタンに対しての興味を持ち、「風の学校」の設立者である中田正一先生の番組、偶然新聞で見つけたカレーズの会の活動、そして、カレーズの会の活動に参加している時に見せてもらったペシャワール会の会報とその

 

 活動をテーマにしたマンガ、それらを通して現地にいきたい気持ちが、強くなりました。 私は、関心がないことには、まったくと言っていいほど反応しない性格です。 反応したとしても、すぐに、忘れてしまうか、流してしまいます。その反面、関心を持ったことはとことんやってみたい、やらなければ気がすまないといった面があり、今回は、後者です。 私の現在の力量を判断すると、語学は、はっきりいってダメです。農業の分野に関しても、経験・知識ともに不足していることは否定できません。ただ私は、現地の人たちと一緒に成長していきたいと考えています。 私が目指していること、アフガニスタンを本来あるべき緑豊かな国に、戻すことをお手伝いしたいということです。これは2年や3年で出来ることではありません。 子どもたちが将来、食料のことで困ることのない環境に少しでも近づけることができるよう、力になれればと考えています。 甘い考えかもしれないし、行ったとしても現地の厳しい環境に耐えられるのかどうかもわかりません。 しかし、現地に行かなければ、何も始まらない。 そう考えて、今回、日本人ワーカーを希望しました。 2003・6・15

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アフガニスタンの拉致事件現場近くで、日本人らしい男性の遺体が発見されたと発表する 山本外務副大臣=27日午後、外務省
28日、アフガニスタン東部ジャララバードの病院で、拉致され死亡した伊藤和也さんに向かって敬礼する「ペシャワール会」の中村哲現地代表(共同)

 

 

アフガニスタンの拉致事件現場近くで、日本人らしい男性の遺体が発見されたと発表する 山本外務副大臣(右上)=27日午後、外務省
27日、アフガニスタン東部ジャララバード近郊で、伊藤和也さんの遺体を救急車に運び込む住民ら(共同)

27日夜、イスラマバードの国際空港に到着した「ペシャワール会」現地代表の中村哲医師  (共同)

28日、アフガニスタン・ジャララバードの州知事庁舎で、地元住民と伊藤和也さんの冥福を祈る「ペシャワール会」の中村哲現地代表(右端)(AP)

(何故、パキスタンでもアフガニスタンでもない?) 

 

 

 

 

中村 哲: 福岡県福岡市出身の日本の医師。国内病院勤務ののち、1984年、パキスタン北西辺境州の州都ペシャワールに赴任。以来、20年以上にわたってハンセン病を中心とする医療活動に従事。登山と昆虫採集が趣味。 その長いパキスタン・アフガニスタン地域での活動には定評があるが、一方でアフガニスタンの旧支配勢力ターリバーンに対して強いシンパシー(同情。また、共感。共鳴。 )を見せることでも有名。しかし、パキスタン国内では政府の圧力で活動の継続が困難になったとして、今後はアフガニスタンに現地拠点を移して活動を続ける意思を示している。   

 

 

 

 

アフガニスタン:一千万個の地雷の埋まる国

地雷と麻薬と軍閥の国

 

 

 Japanese pessimistic about safety of foreign missions Fri, 29 Aug 2008

 

Kidnapped Japanese aid worker killed in Afghanistan

 

US Soldiers Firefight With Taliban Fighters In Afghanistan

 

 

 仏軍兵士が多数死亡、タリバーンと交戦 カブール郊外 2008.08.19 Web posted at:  19:39  JST Updated - CNN/AP

 

フランス国防省は19日、北大西洋条約機構(NATO)主導の国際治安支援部隊(ISAF)に従軍するフランス軍が同日、首都カブール近くで18日夜から19日にかけイスラム強硬派勢力タリバーンと交戦、同国軍兵士10人が死亡したと述べた。戦闘は大規模とされる。

 

アフガン駐留仏軍の兵士がこれほどの犠牲者を出すのは初めてとみられる。アフガンの戦闘で死亡した同国軍兵士はこれまで計12人だった。フランスはISAFに約1670人を派遣している。

 

戦闘が起きたのはカブール郊外から約48キロ離れたと地点とされ、哨戒中の仏軍兵士がタリバーンの急襲を受けたという。戦闘は約3時間続き、タリバーン側にも死傷者が出た。

 

アフガンでは2001年末の米軍事作戦で政権を追われたタリバーンが戦力を再び整え、アフガン軍、ISAFへの攻勢が目立っている。イラクの武装勢力を真似た自爆テロも新たに取り入れ、欧米諸国兵士の死亡も増えている。タリバーンの活動が活発な南部、東部との戦闘激化に伴い、米国はNATO諸国に増派を要請、フランスがこれに応え追加派遣に踏み切っていた。

 

アフガン政府とISAFは、18日の独立記念日を狙ったテロ攻撃が謀議されているとの情報を入手、警戒体制を厳しくしていた。同国は1919年に英国から独立している。

 

 

 

 

 


更新 2011 05 07

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