兄からのメッセージ


               2005年2月(高校3年生時)


笑顔 〜僕がもらったもの 僕に出来ること〜

あの頃の僕は、自分の気持ちを言葉にすることは出来なかった。
由佳が亡くなったばかりの頃、僕の心の中はつらくて、寂しくて・・・暗い気持ちだった。
僕はいつも思っていた。
「僕はみんなとは違う。俺の気持ちなんてみんなにはわからないんだ・・・。」

由佳が亡くなってから
初めて学校に行った時、教室へ向かう階段で
同じクラスの友達が、僕の肩にポンと手を置き笑顔でこう言った。
「がんばれよ」
不思議な気持ちだった。
もちろんうれしかったけど、少し嫌な気もしたと思う。
それはやはり、両親が感じた気持ちと同じであったと思う。

僕は自分の気持ちを人に伝えることはなかった。
機会があったとしても、出来るようなことではなかったと思う。
あれは、うまく言葉に出来ないものだったから・・・。

その後の僕は、新しい経験や年齢を重ねることで
自分の気持ちを伝えることが少しずつ出来るようになった。
ただ、今この文章が書けるのは、それだけではない。
自分の気持ちを形にしようと僕に力を与えてくれたもの
それは両親の活動だった。

二人は今まで「由佳メモリー」を作り、多くの人にたくさんのことを伝えてきた。
近年では、「青空の天使展」も始まり各地へ足を運んでいた。
僕は、特に協力しなかったが、今は何かしたいと思うようになった。
自分にしか伝えられないことがあると思うようになった。

高校の友達で、由佳のことを知っている人はほとんどいない。
親しくしている部活の仲間たちの中にも、あまりいない。
高校の三年間、友達の前で由佳の話をすることはなかった。
それは、どうやって話をしたらいいのかわからなかったし
話をしても友達を困らせたり
今この場の、みんなの笑顔を奪うことになると思ったからだ。

昨年は白血病のことを取り上げた映画やドラマがブームになり、少しつらかった。
「白血病」という言葉が、みんなの会話から、笑顔と一緒によく出ていた。
本当は、クラスの仲間の前で
学校のみんなの前で
自分の経験を話すべきだったかもしれない。
結局それは出来なかったけど、
この文章で
由佳のこと、そして当時の自分のことを
少しでもみんなに伝えられれば、と願っている。

僕自身、白血病について詳しいことはまだ勉強不足だ。
小さい頃にその言葉を覚えたけれど
あの頃の僕は、由佳のつらさや治療の痛みを
ほとんどわかってあげられないでいた。

由佳が入院していた時を思い出す。
寂しくて、暗い記憶。
母は由佳に付きっきりだった。
寂しかった。

僕は、名古屋の親戚の家へ何度も遊びに行った。
叔母は、いろいろな所へ僕を遊びに連れて行ってくれた。
また、夏休みに父と二人
自転車やバイクで、小さな旅や探検をした。
毎年、周ったところをレポートにして学校へ持っていった。
それを友達に見られるのが、とても恥ずかしかった。
だから、あまり好きではなかった。
でも今では、それが
僕に思い出を残すため、いろいろな経験をさせるために、父がしてくれたことだとわかる。

由佳が亡くなった後も、両親は僕を旅行に連れて行ってくれた。
愛情をいっぱい注いでくれた。
父へ、母へ、そして僕を心配してくれた周りのすべての人に
「ありがとう」と言いたい。
そう、僕はずっと幸せに暮らしてきた。

けれど、僕自身は、何度も間違いを犯して
その度にみんなを傷つけてしまった。
簡単なことじゃないけど、これからは僕が、
みんなに幸せをあげれるような人間になりたい。