終  章

          
第76話 高野山お礼参り   
                
(高野山奥の院)  

  8月27日  47日目
 高野山町のメインストリートを歩いていた。朝9時前だというのに歩行者が群れをなしている。年配者や手を組んだ若いカップルが時おり自分の前をふさぐ。へんろ道を気ままに歩くのとはどうも勝手が違う。

 人の流れが急に止まったのを感じた。しかし、自分の足はそのまま動き続ける。一瞬、左目に動くものを感じた。クルマが突っ込んでくる。軽トラックだ。あわてて足を止めた。
 クルマに急ブレーキがかかった。運転席からすごい形相をした男性がが飛び出してきた。非はこちらにある。ひたすら頭をさげるだけだった。

 四国路を1月半も歩いていたからか、自分のまわりに細かい注意が及ばないようである。六十六番雲辺寺への道を一緒した大阪のBさんが笑っていた。「お遍路を終えて1ヶ月はぼやっとしています」、と。こういうことなのか。

 徒然草の「高名の木登り」の段が思い浮かんだ。お調子者の私が「自戒」にしている一節である。
 「ここまできて事故を起こしたらすべてが水の泡」。そう考えて、奥の院での参拝後は一切寄り道せずに帰宅することに決めた。

 参道をまっすぐに進み、10時に奥の院に詣でた。へんろ道では弘法大師様に寄り添っていたとは云いがたい。ここではその非礼を詫び、「できればもう一度へんろ道に戻りたい」、と付け加えた。最後に無事帰宅できることのお礼を口にした。

 参拝後は一息入れずに参道を折り返し、通りかかったバスに飛び乗った。高野山駅にバスが着くや、ケーブルカーと電車を乗り継いで、難波駅へ一気に戻った。12時50分だった。

 13時49分発東京行きの新幹線の座席におさまり、弁当を広げた。まもなくケイタイの震動があった。メールは高知市で同宿した福島の学生遍路 Sさんからだった。
 「高野山にお参りして宿坊に泊まる予定でしたが、日帰りになりました」。彼も今日高野山をお参りしたようだ。
 すぐに自分の結願をSさんに打ち返した。すると、Sさんが私の結願を祝福してくれた。
 「一期一会」と心に云い聞かせても、こんなかたちで心が通い合うのも、うれしいものである。

 さて、1ヶ月半ぶりの我が家が刻々近づいているが、わが心中は「帰心矢のごとく」ではない。妻はでかけて自宅を留守。まだまだ旅の宿が続いている。
(画像は 高野山奥の院 )
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