黒人学生は読み書きも出来なかったのですが、身寄りがない子供を援助する教会からの圧力により、高校に入って来た生徒でした。 育ったスラム街の家庭環境がひどくて、傷ついた心は彼を無口で静かな人間にしてしまっていました。学校では、読み書きも出来ないので、イスに座っているだけの問題生徒だったのです。知能IQの判定は、10歳児以下の評価でした。 白人の家族は、一夜だけ彼を信じて自宅に宿泊させた時に、彼の無言の中に在る心の優しさに気付きました。 そして、彼の心の優しさだけを信じて、彼を家庭に引き取ったのです。家庭教師を付けて読み書きを教えれば、水が染み込むように文字を習得していきました。 彼の体は非常に大きかったのですが、満足な食事も運動もしたことが無かったので、普通の肥満体だと家族は思っていました。 ある日、ホーガン投げの競技大会が町であったので、家族が彼を連れ出しました。その結果は、初めてのホーガン投げで地区の新記録でした。 これに驚いた家族は、アメリカンフットボールの地元クラブへ彼を連れていきました。そして事前の体力測定で、100m走が10秒台だったのです。 これにはコーチを始めとする全員が、ど肝を抜かれました。150kgを超える巨体が10秒台で走るのは、全米広しといえども稀有なことなのです。 この後は絵に描いたような成功物語です。字も書けなかった生徒が、大学への無償入学。そしてプロのアメリカンフットボールからのスカウトです。契約料が10数億円。 この一連のドラマを見ていて、霊眼に浮かんで来たのは、とにかく最初から最後まで彼の腸内の善玉菌の存在でした。 TVでは述べられていませんでしたが、彼が寝る場所もなくシャワーも食事もせずに夜間にさまよっていた時、その横を家族の車が通り過ぎています。 旦那さんが車に乗せてあげようと言いましたが、娘たちを抱える奥さんが怖いからと反対をしたのでした。でも、旦那さんの一存で引き返して彼を車に乗せた時に、家族は良い匂いを嗅いだはずです。 これは、彼の体内に居る善玉菌(=神様)の匂いです。 そして、彼が一夜だけ宿泊して去った後、家族は何か大切な存在(善玉菌)が消えた寂しさを全員が心に感じ取っていたのです。 また、彼の肉体は腸内の善玉菌の活動により、どんな粗悪な食物も最高の栄養食に発酵変換されていたのです。 そして、善玉菌の活動は、彼の体内の「内筋」(ないきん)を強靭にしていました。 筋肉とは、外から見える筋肉は重要では無いのです。外側に付く筋肉は、逆に柔軟性を損ない、体力を低下させます。外筋は、柔らかいほど良い筋肉なのです。 だから外見はチャプチャプに見えても、体内の筋肉が発達していれば強い人間です。 とにかく彼の幸運のすべては、彼の腸内細菌に原因が在ったと感じます。 では、彼の腸内細菌は、どうして存在していたのか? それは、彼の心の優しさが産み出した存在だったのです。 彼の心の波長から産まれたのが、善玉菌=神様だったのです。 要は、人間は体内細菌に支配されているのです。運命も変わります。 泊まる場所も無かった青年が、数年後に10数億円を得るのですから、この世の現象は常に簡単に変わり得るのです。 この体内細菌の視点で考察すれば、ガンを始めとする現代医療の問題点がすべて筋道が付きます。 問題は、体内細菌は、私たちの心から産まれると言うことなのです。 これさえ理解できれば、新しい世界が広がります。 体内細菌が一番喜ぶ言葉は、これです。 生かして頂いて ありがとう御座位ます 朝日を見た時に、11の観世音(かんぜおん)というイメージが湧きました。11と言うのは、11次元、つまり宇宙のすべて森羅万象を意味しています。 そして、宇宙の縮図は、私たちの雑多な日常生活の中に圧縮されて「常に在る」のです。 つまり、宇宙などと言う遠い世界を知る必要は無く、自分の日常を丁寧に観ることさえ出来れば、全宇宙を観ていることに成ります。 だから日常生活を懸命に生きた人は、良い顔に成って行きます。 1つのことを誠意を持って追究した職人が、顔が出来て行き、人生を悟ることもあるのです。人生を生き抜いた苦労多き主婦が、仏のような柔和な即身成仏にも成り得るのです。 日本語とは神界言葉として本当に不思議な言葉です。時代に合わせて変わる言葉にさえも、神意が隠れているものです。 観音様と昔から言いますが、この観音(かんのん)とは、感応(かんのう)でもあります。感応様です。 これの本意は、相手の気持ちを感じようとする、相手の気持ちに成る、他者の声を良く聞く、などと感じます。 仕事でも他人でも何でもあらゆる事に、その対象の「気持ちを感じ取ろう」とする姿勢が大切です。 神界から皇女倭姫(やまとひめ)が降ろした唯一の祝詞である、大祓詞(おおはらいのことば)に述べられているように、太古のように草木が気持ちを発信し始めています。 どんな物にも、耳をすませて「思いやる」気持ちさえ有れば、その声に感応する時代が始まっています。 自分が他人の気持ちを感応(思いやる)する姿勢があれば、その人は既に観音様(感応様)なのです。 多くの人を癒し助けることでしょう。 (感想) 感応するとは、悪い物事や霊にも、人は感応しているものです。 パチンコが止められない、不倫が止められない、子供への虐待が止められない・・・、と人間の色んな悪いサガ(性)が出る人がいます。 脳科学的には、そのような悪習慣・中毒性にも説明が出来ます。脳のホルモン活動のパターンが、そのような悪習慣のときに限りストレスが発散されるパターンが構築されてしまっています。 その状況で発生する「音」や、行為活動からの「型」の刺激が、脳から快楽ホルモンを分泌させています。 だから、タバコ中毒にも同じことが言え、本当にニコチンを欲しているのではなく、タバコを吸う行為・型により発動する脳ホルモンの分泌に誤魔化されているとも言えます。 だから冷静に見ますと、お猿さんのような滑稽な行為にも、人間は時間と金と人生を破壊するリスクを冒してまでします。人間の脳とは、カタチ(形・型)のパターンに弱いのです。 これを上書き修正するには、やはり運動やバランス良い食事などと共に、違う良い習慣により心が安心するホルモンを分泌する習慣パターンの構築が必要です。 この意味では、伊勢白山道で示された習慣には、大きなヒントと実践的な改善力を持つのは道理なのです。 しかし、人それぞれには好みと「縁」がありますから、自分なりに生活の中で脳を安心させるカタチ・習慣のパターンを持ちましょう。 では、霊との感応については、どうなのでしょうか? 悪いことや不倫なども、霊の憑依の責任にして自分は悪くないと思いたい人が多いです。 しかし、除霊を繰り返しながら、やはり不倫は継続し、そのうちに有料先生とも不倫するという滑稽なパターンもあります。 要は、根本的に除霊やお祓いなどは間違いなのです。 悪臭の元は、自分自身に在るのです。 憑依とは、同じ周波数だからこそ同調する・合う・会う・遭う・・・ということに尽きます。 自分と同じモノ(霊)が寄ってくるだけなのが真相です。だから、自分が真から改心・反省すれば、その瞬間に悪い霊からの同調は止まります。 霊を祓う・除霊するとは、自分自身が違う周波数の振動数を出す心境に成らない限り、ムダであり完全な間違いです。除霊などという滑稽なことをする人間と縁を持つのが、最悪なのです。 神社での正式なお祓いとは、「神様への感謝の気持ちの奉納」なのです。祓う削除と奉納では、意味が真逆です。 自分と同じモノが寄るという法則により、神様に感謝を奉納する人間には、感謝をしたくなる福が寄るわけです。邪気は、感謝の気持ちに同調出来ませんから、自動的に去るのが祓いの真相です。 神様に、心配や削除する祓いを奉納すれば、同じもの(心配ごと・削除)が自分に帰るという道理です。 この使い分けを知るだけでも、人間の人生は変わります。自ら大損している人が、とても多いのが現実です。 やはり、自分で正しく知ろうとする努力とは大切であり、人間の運命が変わるのです。 未来は白紙という、自己責任・自分次第であるという現実を知りましょう。 神様も、人間に任せているという恐ろしさを知りましょう。 だから逆に言えば大丈夫なのです。 今、この瞬間に「思いやり」を自分が持てれば、自分の心に存在する神仏が、あなたを思いやってくれます。 神仏に守護「される」のでは無く、自分が神仏を守護したい・大切にしたいと思えば、その瞬間は神仏に自分が大切にされています。 自分が良い気持ち・思いやりを出せれば、大丈夫に成ります。 生かして頂いて ありがとう御座位ます >◎トップへ |