YURUのドレスデン奮闘記
(11:06.12.04〜12.12.04)
06.12.04(Montag)
シン チャオ(ベトナム語/意味:こんにちは)
今日は、何だか、よく分からない一日だった。
朝、7時前に起床。朝飯を食って、弁当作って、8時過ぎに出社した。毎度のごとく、多数のメールが来ており、それの処理を始めた。9時半過ぎになり、ブレイクに参加しようと思ったのだが、今日の午前に研究のディスカッションが予定されていたので、コーヒーだけ取ってきて、メール処理の続き。何やら、先週、東大の堀教授が、俺の日記のことを、お仲間の鉄道好きに紹介したのがきっかけで、俺が学会に行っている間に、ヨーロッパの交通に関して、いろいろと議論が巻き起こっていて、俺も、それに参加しようと、メールを書き始めた時、マーティンがやって来た。ミーティング開始のようである。
今日の議論は、交流き電の、超基本的な話...交流き電では、Autotransformerなるものを使い...電圧を倍にして送電する...電流が小さいから、損失が少なくなるのかぁ...ん、どっかの授業で聞いたぞ、こりゃ。それから、いくつかの、交流き電に関する等価回路や、彼らが使っている回路シミュレータも見せられた。あまり、詳しいことは分からなかったが、コマンドから推察する限り、なんとなく、やっていることは理解できた。アドミタンス行列と電圧ベクトルから、電流ベクトルを算出しているのね...なんて、マニアックな話や。一時間半ほど議論して、昼食のため中断。弁当で昼食ということになった。
昼食後、先日配送センターに返ってしまった、日本からの荷物をGETすべく、マーティンに、郵便屋が置いていった紙を見せたら、再配送してくれるよう、電話をしてくれた。水曜の17時から22時の間に着くらしい。それから、ディスカッションの続きかなぁ、なんて思っていたのだが、どうも、会議室の先約があったらしく。今日は、お流れということになった。仕方ないので、ヨーロッパの交通議論に参加することにした。まぁ、俺には、そんなに知識がないので、ドレスデンでの体験談を、とりとめもなく書いて、勝手に満足していた。それから、日記をUPして、今日の業務は終了。でも、今日は、何事も、最後まで終わってない感じ。何か、気持ち悪い。
途中で買いものをして、寮に帰って、夕飯の支度をした。今日のメニューは、タマネギとソーセージの炒めものに、オーブンで焼いたポテト、それと、パプリカであった。
タン ヴィア(ベトナム語/意味:またね)
(終わり)
07.12.04(Dienstag)
何か、今日も、一日バタバタ。
朝、6時半前に起きて、7時半からの電気工学基礎の授業に出た。今日は、内部抵抗を持つ電源から、最大パワーと取り出す話。内部抵抗と同じ値を持つ抵抗を接続した時、最大パワーを取れるんだよな...なんて分かりながら、電力を電流の関数として微分する...なんておきまりの式の流れを、にこにこしながら見ていた。それから、実験で、実際に可変抵抗を使って、電力最大の抵抗値を測定していた。うむ、なるほど。やはり、実験は面白い。
授業の後は、バスに乗り、小腹が空いたので、途中でパンを買って、IFBへ行った。今日は、会議があったので、ブレイクはないようであった。自室でパンを食べながら、メールチェック開始。昨日の鉄ちゃん論議が、まだ、微妙に続いており、俺も、もう一言言いたくて、メールを書いた。あと、マーティンからAutotransformerに関するデータがきていたので、少し、書庫から本など借りてきて、自分なりに勉強し始めた。しかし、書庫から持ってきた本には、ICE3の速度ートルク曲線なんかも書いてあり、結構ウハウハである。一度、研究抜きで、ゆっくり読んでみたい。
昼食では、同僚の一人と、鉄道模型談義になった。ドイツには、いろいろなゲージの模型があるとか、ドイツの模型は日本のそれより高いとか。また、昼食から戻ってから、自分のコレクションの写真も見せてくれた。Steam Locomitiveの模型、いいなぁ、でも、一両200ユーロくらいするからなぁ...買えないよなぁ。バイトでもしようかなぁ(多分、ウソだけど)。午後は、マーティンと、交流き電についてあれこれ。とりあえず、1変電所/2Transformer/1列車モデルで、(手)計算の練習をしてみることに。交流き電の計算なんて始めてだが、まぁ、等価回路上では、コイルだからね。今日は、計算のためのデータ拾ったり、彼らの回路シミュレータをインストールしている間に、退社時間となってしまい、議論が煮え切らないところで、お開きということで、IFBをあとにした。
今日は、DAAD奨学生の集まりがあったので、バスに乗り、図書館横の建物にある講義室へ行った。5時に始まり、内容は、専らDAADの活動紹介であったが、ドイツ語しか話してくれないのと、朝早かったせいで、半分寝ていた。しかし、奨学金をもらって留学すると、いろいろなところから、呼出がかかるんだなぁ。レクチャーの後、会食があるというので、これまた、図書館横のMensa(学食)へ移動。日本人の奨学生もおられて、その方と、日本語で会話しながら、夕食である。今日は、タダ飯にありつけた...なんて思いながら、ビールを一本飲み、サンドウィッチを、少し食べ過ぎたのであった。
会食の後は、バスで帰宅。今日も、あっちへ行ったり、こっちへ行ったりと、全然落ち着かなかった。
会食の様子
(終わり)
08.12.04(Mittwoch)
今日は、本当にいろいろあった。
朝、7時前に起きて、朝飯食って、トラムに乗って、Krankenhaus病院へ行った。別に、体の調子が悪くなったわけではない。持病のアトピー性皮膚炎の薬を日本から持ってきているのだが、それが切れる前に、一度、こちらのドクターとコンタクトを取っておきたかったのだ。しかし、病院まで来たは良いが、あまり人が見当たらず、本当に営業中かいな、なんて半信半疑になりながら、病院の中をうろついて、皮膚科を探すことに。最初に行った建物は、Notaufnahme。救急車が止まっていたので、救急治療病棟と推測。受付のねえちゃんに、英語はできるか、と聞くと、ダメだと言われたので、Dermatologie(皮膚科)という単語と、適当にドイツ語の動詞をくっつけてしゃべったら、分かってもらえたらしく、違う建物へ行くように指示された。しかし、もし、救急車でここへ運ばれて、係員がドイツ語しか分からなかったら、俺みたいな外国人はどうなるんやろうね。本当に、死活問題やね。言われた建物へ行くと、そこは、皮膚科であることには変わりないのだが、どうも入院病棟らしかった。そこで、偶然部屋にいたドクターを捕まえて、診察室を聞いてみることに。今度は若干英語が通じて、診察室のある建物を教えられた。指示された建物の受付へ行く。ここでも、若干英語が通じて、1階(日本的には、2階)へ行けと言われた。しかし、1階へ行ったは良いが、どの部屋に入れば良いか分からず、廊下をさまよい歩いた。さすがに、ここまで来ると、少し疲れてきて、いやになってきたのだが、ここであきらめてもしょうがないと、再度、近くにいたねえちゃんを捕まえて、Dernatologieと言うと、廊下の端の部屋?に行けと言われて、そこへ行ってみる。部屋の前に、Anmeldung(登録、申し込み)と書いてあったので、ダメもとで入ってみると、大当たり。皮膚科の診察登録をできたのであった。5分くらい待って、放送で名前を呼ばれ、診察室へ。診察は、日本のドクターが書いた診断書があったし、幸いにも、ドクターが英語を話せたので、すんなりと、診察を受け、処方箋を作ってもらえた。本当にほっとした。しかし、ドイツの病院は、なぜこんなに、空いているのだろう?例えば、日本の病院の皮膚科だと、5、6人のドクターがいるにも関わらず、診察室前の廊下には、多くの患者が待っていて、さらに会計でも待たされるというのが、常識だったのだが、こちらでは、1人のドクターで、しかも、患者があまり多くなくて、診察が終ったら、そのままお帰りだった。そりゃ、確かに、高い健康保険に加入しているのだから、当然かも知れないが、それにしたって違い過ぎるような気がする。診察の後、ついでに薬ももらって行こうと薬局に寄った。処方箋を渡し、薬をもらえたのだが、薬の種類が良く分からなかったので、再度、病院の受付へ行き、先生に確認を取ってもらったら、どうやら合っているようだった。ようやく、これで、病院はクリア?である。

中央駅前のクリスマスケーキ?(左)、荷物運搬用トラム(右)
時間は11時過ぎ、せっかくなので、入国以来、伸び続けていた髪を切ることに。散髪屋を求めて、Altstadtをさまよい歩いた。途中、以前より気になっていた、荷物運搬用トラムを発見。すかさず、写真を撮った。あと、日本人観光客の団体にも遭遇。ドイツ人のツアコンが、一生懸命、日本語を話していた。その後、結局、ショッピングモールの散髪屋へ行った。最初にシャンプーがあって、それから髪を切る。全体を短くしてくれ、と伝えると、店員は、首をかしげながら、バリカンを出してきて、結局12mmのバリカンで、丸坊主にされた。しかし、丸坊主にする客、ほとんどいないのかなぁ?あまり、慣れていないようだった。しかし、どうでも良いけど、シャンプーは、散髪の最後でしょう。あと、価格はというと、なんと5.5ユーロだった。(あまり意味のない)シャンプー付きで、この値段よ。本当に助かるね。

Altstadtに登場したDVBのクリスマスバス?
散髪の後、一度寮へ戻って、ノーパソ持って、IFBへ出社した。しかし、今日は、日本からの荷物受け取りのため、5時以降寮に居ないといけなかったので、一時間半ほどメール処理をして、退社した。スーパーに寄って買いものをし、5時前に帰宅。今日、昼に届いていた、Dr.コトー特別編を見ながら、配達を待つことに。6時過ぎ頃、配達屋がやって来て、荷物を受けとった。実家からの荷物で、本とか、セーターとか、あと箸も。それから、途中夕食も食いながら、4時間の特別編を見続けた。しかし、やっぱ、泣けるね。良いドラマやわ。また、特別編、やってくれへんかなぁ...
というわけで、今日は盛り沢山の一日であった。
(終わり)
09.12.04(Sonnerstag)
今日は、9時前出社。メール処理の傍ら、コーヒーブレイクを楽しんだ。その後、午前中は、昨日、実家から送ってもらった、電気回路の本片手に、古い記憶を呼び戻すことに。最近、直流回路の計算しかやっていなかったので、久しぶりに交流回路の勉強をすると、何だか新鮮である。自己誘導、相互誘導、懐かしい単語を探りながら、Autotransformerの等価回路とにらめっこした。
昼食の後、少し等価回路と格闘してから、2時前に退社、Studentenwerkへ行った。先日より、Studentenwerkから、二通ほど手紙が来ていたので、その真相を探りに行ったのである。一通は、学生登録を証明する書類を出せとのこと、もう一通は、1月より、寮費が11ユーロほど値上げになることの通知であった。どうも、先日の工事で、部屋にインターネットとCATVが導入されたらしく、そのため、値上げされるらしい。まぁ、部屋でインターネットができるようになるのなら、いいかな。しかし、このStudentenwerkでは、英語が通じるので、非常に助かる。
その後、授業に出るため、大学へ。今日の電気機器制御の授業では、ベクトル制御の、2相/3相変換とその逆、あと、ディジタル制御で、状態遷移行列なんかをやっていたように思う。何だか、どっかで、勉強したことがあるような気が...授業のあとは、一度寮へ戻り、夕食の買いものへ行った。
今日の夕食は、野菜のバター炒めと、ポテトのオーブン焼き。野菜だけだった。でも、野菜はおいしくて、あまり飽きない。
(終わり)
10.12.04(Freitag)
今週は、本当にいろいろあった。今、やっと落ち着いて、Gluehweinを飲みながら、日記を書いている。
今日は、7時に起きて、朝飯食って、弁当作ったが、その弁当を忘れて出社した。午前中は、コーヒーブレイクもほどほどに、メール処理と、Autotransformerとの格闘の続き。無負荷試験と短絡試験の結果から、回路定数を決定する作業を行なっているのだが、手計算なんて久しぶりにやったので、時間がかかる。最近は、プログラムに計算させてばかりだったからなぁ。たまには、こうして、手計算もやってみんといかんね。結局、昼飯抜きで1時過ぎまで作業して退社、忘れた弁当を食いに、一度寮へ戻った。
寮で、遅めの昼飯を食った後は、ドイツ語教室のため、大学へ。今日の授業では、ドイツ語で、料理のRezept(レシピ)を見ながら、kochen(煮る)とか、schneiden(切る)とかを勉強した。それから、スーパーのKasse(レジ)で、誰が何を買っているかを書いたりもした。あと、形容詞の比較級と最上級も少し勉強。gross(大きい)-groesser-groesstenなんていう感じにね。
授業の後は、夕食の買いものをして、寮に帰ってきた。今日のメニューは、Beefsteck mit Bratkarotten und Bratzwiebeln, Gurken und Paprikaであった。
(終わり)
11.12.04(Sonnabend)
今日は、9時前に起きて、朝飯食って、部屋の掃除をした。掃き掃除と拭き掃除。それから、先日、実家から送られてきた小説を読もうと、Christmasmarkt横の喫茶店へ。Kaffeを注文して、それを飲みながら、一時間ほど、小説を読んだ。しかし、今日も、Christmasmarktは、すごい人出である。それから、少し買いものをして、寮に戻った。
昼からは、日記の打ち込み。先週のBraunschweig出張の際の旅行記と、トラム紹介ページの続編を打ち込んだ。夕方になり、今日は、少しお出かけ。先日、DAAD奨学生の集まりで、同じ日本からの奨学生の福田さんと知り合いになったのだが、その方の知り合いで、TU Dresdenにおられる鉄道マニアの井上さんの自宅に、およばれしたのである。途中、スーパーに寄ってビールを買い、6時頃、井上さん宅におじゃました。料理をいただきながら、寮の話やら、いろいろ雑談。もちろん、鉄道の話も。しかし、今日一番驚いたのは、井上さんが、昨年くらいまで、IFBで実習をしていたことだった。確かに、マーティンが、前にも日本人があ実習に来たと言っていたが、それが井上さんとはね...本当に世間は狭い。あと、井上さんは、かなりの鉄ちゃんである。俺の日記も紹介したが、ところどころに間違いを発見された。また、訂正のページをUPしなければならない。
人間、出会いなんてものは、どこからやって来るか分からないね。でも、井上さんとは、また、鉄道の話をしたいものである。
(終わり)
12.12.04(Sonntag)
今日は、起きたら、10時半を回っていた。ゆでたまごとサンドウィッチでブランチを取り、Shoehnaへ出かけることにした。Shoehnaは、Dresden中央駅を通る、1番のSバーンの東の終点であり、チェコとの国境のすぐそばである。Sバーンを降りると、Elbe川の渡し船があり、それで対岸へ渡ると、そこはチェコである。これって、不法入国にならないよなぁ、なんて不安になりながら、片道1.3ユーロの渡し船に乗り、対岸へ渡った。そこは、H(r)ensoという所、もはや、看板などは、ドイツではない。見慣れない文字多数。ここは、もう、国外なのである。しかし、入国手続きは一切なかったが、EU内の移動は、こんなに容易なのか。チェコって、EUの加盟国だっけ?

チェコの電気機関車(2電源対応:25kVAC/3kVDC)(左)、ドイツの101型電気機関車(25kVAC専用)(中)、チェコの客車(右)
ドレスデン中央駅にて

対岸はチェコ(右)、対岸の乗船場にあった看板(中)、H(r)ensoの街並み(右)
H(r)ensoには、多くの露店が並ぶが、そのほとんどが、アジア系の人々の店である。中国人が多いのだろうと思う。俺も、しょちゅう、中国人に間違えられたので。露店のほとんどは、衣服、Getraenke(飲み物)、タバコを売る店がほとんどで、人形を売る店も何軒か。しかし、一体、どんな人々が、ここへ買いものに来るのだろう、周りは、川と山なのに...なぜ、こんな場所に、商店街が形成されるのか、よく分からなかった。駅へ戻ろうと、渡し船に乗ると、川を、大きな荷物運搬船が通過。列車の発車まで、あまり時間がなかったので、早く通過してくれよと、少し焦った。船頭さんも、あのZug(列車)に乗るのかと、心配してくれたが、発車3分前に、対岸に到着。何とか間に合ったのであった。しかし、乗り遅れたら、1時間待ちだからね...焦ったよ。帰りは、Sバーンに乗り、途中、スーパーで買いものをして、寮に帰った。

教会(右)、たくさんの置き物(中)、断崖絶壁...(右)
帰ってから、明日UP予定の日記の体裁を整え、夕食を食べながら、また、Dr.コトーを見ながら、泣いてしまった...何か、涙もろいというか、単純というか、バカというか、本当に、ここまではまる奴もいないよな...
(終わり)
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