YURUのドレスデン奮闘記
(16:10.01.05〜16.01.05)


10.01.05(Montag)
今日は、7時過ぎ起床、サンドウィッチとゆでたまごで朝食を取ってから、9時前に出社した。

午前中は、毎度ながら、メール処理。東京のKollegeから、成田空港アクセス路線のAvailabilityに関する情報提供があった。本当に、今回は、いろいろな人の世話になってしまった。感謝しなきゃいけないな...また、他のKollegeからは、質問が来た。最近、イタリア国鉄で、大規模な衝突事故があったらしく、ATS(列車の安全運行を管理する信号システムの一種)などが路線に整備されていなかったことが原因らしい。イタリアでは、主要幹線には安全運行のための信号システムが導入されているが、列車本数の少ない支線では、そのようなシステムがないらしい。それで、ドイツ国鉄の状況はどうなの、と質問を受けた。しかし、これに関する知識は皆無に近いので、今度はIFBのKollegeの知恵を拝借しなければいけない。幸い、IFBには、信号システムの専門家が多いので助かる。

昼少し前になり、何となく、いつもと違う店のパンが食べたくなったので、バスとトラムを乗り継いで、Fetscherplatzへ出かけた。Phrannkuceh(ジャム入りの揚げパン)とSchinken-Kaese-Broetcehn(肉・チーズパン)、それと、Kaiserbroetchen(ただの丸いパン)を買った。これらのパンは、だいたいどこのパン屋に行っても買えるが、それぞれの店で、ジャムの味が違ったり、チーズの種類?が違ったりするので、いろいろな店のやつを試してみるのである。しかし、今日のパン屋のやつよりは、よく行くWasaplatzのパン屋のやつの方がおいしかった。Schinken-Kaese-Broetcehnは、妙に塩味がきつかったし。まぁ、でも、これに懲りずに、また、違うパン屋へ出かけよう。しかし、Dresdenには、一体、何件のパン屋があるのだろう?考えただけで頭が回りそうだが、できるだけ、多くのパン屋に行ってみよう。


Fetscherplatzの日本食品ショップで見つけた「サッポロ一番」

午後は、日記の更新をしてから、Availabilityに関する情報を、早速、英語に翻訳した。しかし、このデータを説明するには、昨年末に作り始めた空港アクセスマップを完成させ、それと合わせて議論しなくてはいけない。明日は、そこからスタートだな。5時過ぎになったので、退社し、スーパーで買い物をしてから、寮へ帰った。

何か、こちらに来てから、自分の専門分野の電力システムよりは、安全・保安/運行管理システムのことばかり、勉強したり、調査している気がするなぁ。でも、絶対、東大に居たら、専門分野以外のことなんて、ここまで勉強しないだろうから、いい機会だと思って、勉強しようと思うのである。
(終わり)


11.01.05(Dienstag)
6時過ぎに起きた。やっぱり、一限に出るのは大変だ。でも、俺なんか、まだ、大学に近いからいいけど、遠くから通学している学生は、一体、何時に起きているのだろう。気が遠くなる...あと、今日は、朝飯食って、ついでに、弁当も作った。7時過ぎのトラムに乗って、大学へ向かった。

電気工学基礎の授業は、前回に続いて、キルヒホッフの法則と節点方程式。今回は、具体的なBeispiel(例)を使った、計算法の紹介だった。キルヒホッフの法則では、ループ電流に対して式を立ててっと...インピーダンス行列かぁ...勉強したなぁ。節点方程式は節点の電位に対して、式を立てるんだったよな...ここまで、予め内容が理解できていると、あとは、頭の中で、黒板の単語を、ある程度、ドイツ語から日本語へ翻訳できるので、助かる。

授業の後は、バスに乗り、途中、スーパーでヨーグルトを買って、IFBへ行った。着くと、早速、コーヒーブレイクで、先ほど買ったヨーグルトとともに、ブレイクである。ブレイクの後、午前中は、メールの処理をした。そして、サンドウィッチで昼食を取った後は、空港アクセス路線マップを作った(下図参照)。あとは、このマップを使って、路線の説明を加えたHTMLファイルでも作ろう。今日は、マップのみを作り終え、早めの4時に退社して、Altstadtへパンツを買いに行った。Karstadt(デパートの名前)などでは、冬物のバーゲンが本格的になってきており、多くは50%割引になっていた。また、今週末くらいに、掘り出し物を探しに、買い物に行くとするか。結局、今日は、値引きになっていた5ユーロと3ユーロのパンツを買って、帰宅した。


空港アクセス路線マップ(未完成)

夕食後、洗い物をしにキッチンへ行くと、ベトナム人のウィーが居た。今週末、ハイキングに行こうかと思うので、彼を誘おうと、声をかけたのは良かったのだが、俺のドイツ語力では、会話が成立するわけはなく、英語もあまり通じないらしくて、何度も、「なんて言ったらいいの!」って、日本語でほざいてしまった。しかし、Wochenende(weekend)、hiking、Ich mache Plan.(I make plan.)なんて、単語を短い文章をつなげたら、何とか、分かってもらえた(と思う...)。あとは、週末までに、Planを作って、下調べをしとかなきゃね。
(終わり)


12.01.05(Mittwoch)
今日は、ゆっくり、7時半起き。カプチーノを飲みながら、優雅?な朝食である。水曜の朝は、授業が9時20分からなので、比較的ゆっくりしている。9時前のバスに乗り、大学へ向かった。

今日の電気機械の授業では、Asynchronmaschine(誘導機:交流で動くモータの一種)が出てきた。講義の内容は、Allgemeines(導入、一般論)ということであったが、実際にやっているのは、回転磁界に固定した座標系でd/q軸に分けた電流を扱う、ベクトル制御の基礎のようなことをやっていた(ような気がする...)(専門ぽくって、ごめんなさい)。ベクトル制御か...現在、電車の駆動制御で標準的な技術である。仕事上、必要な内容なので、大まかな概念はつかんでいるものの、数式を用いて、等価回路を突っ込んで解析したことはない。せっかくだから、この際、突っ込んで勉強してみるか。実家から、本も送ってもらったし。

授業の後は、バスに乗り、Wasaplatzのスーパーで、パンとヨーグルトを買ってから、出社した。メール処理をしつつ、昼食を取る。今日買った、カスタードクリーム入りのパンは、ほど良く甘く、甘過ぎないので、俺好みの味。また、買ってみよう。午後は、空港アクセス路線のマップの手直しをしようと思っていたのだが、東京のKollegeから、ICE3の駆動制御について、少々質問があったので、自分の趣味も兼ねて、回答することにした。YURUのドレスデン奮闘記<番外編>_03(Reise_02)でも述べたが、ICE3における駆動用電動機は、台車でななく、床下に付いており、そこから、伝達棒で車軸に動力伝達する(日本の電車では、台車に搭載するのが一般的)。 従って、モータ付きの車両では、4軸のうち、内側の2軸が、駆動軸となる。7両編成のICE3では、モータ付きの車両が4両連結されているので、8個のモータで、編成全体を駆動していることになる。一方、制御の方は、4個のモータを1台のインバータで駆動している。従って、2台のインバータで、編成全体の駆動を制御するわけだ。駆動用電動機/インバータの電気容量を大きくして数を減らすことは、損失低減と低価格化を可能にするそうだが、逆に、きめ細かな制御(特に、車輪が滑った時の対応)ができにくくなる。そういった観点から、ICE3の駆動システムで、十分な駆動特性を得られるかどうか、というのが、議論の主な内容だった。しかし、ドイツの車両の重量は、日本の車両のそれに比べて重いことから、レールと車輪の間の摩擦力(粘着力という)が十分(つまり、あまり滑らない)なので、現在での駆動システムでも、十分な特性が得られる...と思って、そのように回答した。これが、合っているかどうかは、疑問が残るところだが、一つの要因にはなっていると思う(ダメだ。今日は、話が、マニアックになり過ぎている...)。

今日は、4時過ぎに退社して、マーティンに紹介してもらった、Wasaplatzのスポーツ用品店へ、Saechsische Schweitz国立公園のハイキングマップを買いに行った。店に入り、"Ich suche map fuer Wanderung bei Saechsiche Schweitz Nationalpark.(ザクセン・シュバイツ国立公園でのハイキングのため地図が欲しい。)"と言うと、分かってもらえたらしく、奥の棚から地図が出てきた。最初に出てきたやつは、広域地図だったのだが、その地図で、Bad Schandau周辺を指さすと、詳しい地図が出てきたので、それを購入した。これで、今週末のWanderungの計画を練ることにしよう。その後、スーパーで買いものをしてから、寮へ帰った。

帰宅後、早速、地図を広げてみた。案外、多くのハイキング道がある。できれば、今年帰国するまでに、それらのハイキング道を完歩したいと思うのだが、果たして、それは実現されるであろうか...
(終わり)


13.01.05(Sonnerstag)
今日は、7時に起床。朝飯食って、8時半頃出社した。メール処理の後、早速、空港アクセス路線説明用のHTMLファイルの作成に取りかかった。あーだこーだと、いろいろ考え、昼過ぎまでかかって、とりあえず、基本的な部分だけ完成させ、先日、東京のKollegeから送ってもらったデータとともに、シュテファン教授とディスカッションすることにした。シュテファン教授と、作成したHTMLファイルとデータを見ながら、東京には、羽田/成田の2つの大きな空港があり、都心とそれらのアクセスは...なんて説明をし、また、作ったマップを見ながら、Availabilityに関するデータの解説もした。シュテファン教授は、首都圏の鉄道網に結構通じており、「あっ、山手線ね、乗ったよ」なんて言ってた。そう言えば、前に、山手線に人がパックされる話をしてたっけ...

午後になり、IFBを退社して、Wasaplatzで飯を食ってから、講義に出るため、大学へ向かった。今日は、電気機器制御の授業で、(多分、)適応制御の話をしてた。ロバストの話もしてたし。あと、スライドの中で、SIMULINKで使う、サチュレーションやらバックラッシュのブロックが出ていたが、あれは、一体、何だったのかなぁ?授業の後は、バスに乗り、スーパーに寄ってから、寮へ帰った。

帰宅後、空港アクセス路線マップの手直しをしてから、日曜のハイキングの予定を書いて、ザーフェルとアーマーに渡した。今回は、初めて、自分でorganizeしたWanderung(ハイキング)なので、責任重大?だが、間違っても、笑って謝ることにしよう。
(終わり)


14.01.05(Freitag)
今朝、トラムで出勤途中、Leneepltazという停留所で、乗っていた列車の運転経路が突然変更されてしまったので、降りることになってしまった。なんでやねん、と思っていると、どうも、先で事故が起きているようだった。Leneeplatzは、9番、10番、11番、13番トラムと、75番バスが通っているので、普段でも、朝は、結構列車が詰まっているのだが、今日は、それに加えて事故があったため、多くのトラムが列をなして、止まってしまっていた。どうも、今回の事故は、トラム、乗用車とトラックが関係した接触事故らしかった。幸い、降りてからしばらくすると、運転再開となったので良かったが...しかし、事故に関係していたトラム車両は、客を乗せて、何事もなかったように走って行ったが、あれで大丈夫なのかなぁ?車庫に入れて、点検とかしないのだろうか。結局、8時半過ぎに出社して、同室のZingeさんに事故のことを話すと、「よくあることだねぇ」と言っていた。多くのトラム、バスと自動車が行き交う交差点では、そんなに珍しいことではないらしい。

午前中は、メール処理をしてから、午後のドイツ語教室の宿題をやった。あと、IFB Berlinの社員であるマッティアスさんのフィアンセである林さん(もちろん、日本人)が、僕を気遣って、電話をくれた。幸い、こちらに来てから、あまり悩まずに生活できているので、林さんも安心してくれたみたい。こういうとき、知り合いの日本人がドイツに住んでいると、心強い。あと、久しぶりに、日本語も話した。昼飯を食って、午後退社するまで、東京のKollegeから届いた、ICE3の車両制御に関するメールを読んだ。内容は、一昨日の議論の続きなのだが、ここまできたら、一度、ドイツ語の本を読みながら、ICE3のことを、詳しく調べてみなければなるまい。当然、今日は、そんな時間がなかったので、メールを読んだだけで退社の時間となったので、バスに乗り、大学へ向かった。しかし、この手の議論には、やたらと血が騒いでしまう俺って、もしかして...

今日のドイツ語の授業は、動詞の過去形をやった。先週の、im、um、amと同様、不規則変化の動詞が多く登場し、しかも、主語によって語尾が変わるので、発狂しそうになり、授業が終った後、ワァーと言ったら、先生に笑われた。だって、大変だよ、本当に。授業の後は、一度寮に戻ってから、買い物へ行った。

本日の夕食では、第一回激安料理教室に向け、写真を撮りながら、ベーコン、タマネギ、パプリカの炒め物を作った。先日のチャーハンと合わせて、第一回目の紹介は、2品ということで、やってみよう。
(終わり)


15.01.05(Sonnabend)
今日は、10時まで寝て、ブランチ食ってから、冬物バーゲンの探索に出かけた。中央駅北側、Prager Strasseの商店街から始まり、Altmarktのショッピンモールまで。しかし、これだ!と思う一品がなかったので、ショッピングモールでアイスを食べただけで帰ってきてしまった。冬物のバーゲンは、そろそろ終了、Fruehling(春)の明るいファッションも出始めており、一足早い、春の訪れを感じるのであった。


中央駅北のPrager Strasse(左)、Altmarktのショッピングモール周辺(右)

1時過ぎに寮へ戻り、来週UPする予定の<番外編>を少々作成、3時過ぎになり、毎週恒例の読書のため、Dresden Neustadt駅のBarger Kingへ。最近、舟橋聖一の「新・忠臣蔵」などにはまっているが、今日読んだ場面は、有名な「松の廊下での刃傷事件」のシーンであった。中学の頃から、社会、特に、歴史という教科はどうも性に合わず、嫌いな教科であって、歴史を学ぶということは、とても苦手な俺だが、どういう訳か、この「忠臣蔵」に書かれる赤穂浪士のエピソードは、好きなのである。NHK大河ドラマに影響されたのかもしれない。中村勘九郎演じる大石内蔵助が、とても印象に残っている。結局、5時過ぎまで本を読み、スーパーで買い物をしてから、寮へ帰った。

明日は、寮の友達とWanderungの予定だが、いい天気になるだろうか...
(終わり)


16.01.05(Sonntag)
今日は、Wanderungの日。6時半に起きて、朝飯食って、弁当を準備した。8時前になり、アーマーが部屋に来た。ベトナム人のウィーは、昨日、サッカーで足を痛めたらしく、今日は、寮に居るとのことだったので、アーマーと二人で出かけることになった。まず、Hbf(Hauptbahnhof:中央駅)へ行き、8時半のSバーンに乗り、Bad Schandauまで行く。そこから、今度は、バスに乗り、Richtenhainer Wasserfallまで行った。ここは、先日乗車したKirnitzschtalbahnの終点である。Wasserfall(滝)を見てから、国道を少し歩き、Beuthenfallから、山道に入った。本格的なハイキングの開始である。途中、Satanskopfまでは、比較的揺るやかな山道であったが、そこからは、急な階段を一気に駆け上がり、それから、断崖絶壁に沿って、大きな岩の周囲に沿うように歩いた。少し歩いてから、1回目のブレイク。俺の持ってきたKuchen(ケーキ)と、アーマーの持ってきたオレンジジュースを、互いに交換した。


Wasserfall(左)、ハイキング道へ(右)


断崖絶壁(左)、岩間に見える風景(右)

休憩が終り、また、歩きだした。少し行ったところにあるIdagrotteの近くで、まっすぐ行かなければならないのを、左へ曲がってしまった。どうも、これが、いけなかった?らしい。道は、Kleiner Winterbergへ続いていて、さらに険しくなってくる。途中、岩場で、何度か滑ったものの、無事にKleiner Winterbergの頂上へ到着した。そこでは、大きな岩が、いくつも並んでいて、先端の岩から下を眺めると、50m以上下の森まで、何もない。何だが、岩が空中に浮いているような感じで、怖い。しかし、そこからは、180°のパノラマが展開し、景色は申し分ないのである。ただ、いかんせん、風が強くて、寒い。せっかくなので、互いに記念撮影をして、頂上をあとにした。


でかい岩!(左)、岩が地面に覆い被さる(右)


頂上付近からの景色


頂上の岩場にて

頂上から少し歩いたところで、2人組のハイカーと遭遇。自分たちの居場所に、若干自信が持てなかったので、声をかけ、場所を確認した。何とか、帰れそうだ...当初は、Bad Schandauまで歩く予定だったのだが、予定よりもかなり東へ来てしまっていたので、Bad Schandauから2駅東のSchmilkaを目指すことにした。しばらく歩くと、徐々に、山道は広く、緩やかになり、多くの人とすれ違うようになった。途中、Wurzelbornで2回目のブレイク。今度は、二人とも腹が減っていたと見えて、作ってきたサンドウィッチを食った。WurzelbornからSchmilkaまでは、緩やかな道が続く。すると、途中で、車で巡回中の警察に呼び止められ、パスポートの提示を求められた。このSchmilkaは、チェコとの国境が近いからだと思う。問題なく確認を済ませ、歩きだすと、ほどなくして、Schmilkaに到着した。Elbe川沿いまで降り、渡し船を待つ。DBの駅は、川の対岸である。


途中のハイキング道にて


Schmilkaに到着(左)、渡し船の上にて(右)

船に乗り、今度の列車は何時だろう?と考えた。この辺りは、1時間に1本のSバーンと、日に何本かの国際列車が通るだけである。船を降り、時刻表とにらめっこしようとした瞬間、Hbf方面のSバーンがやってきた。アーマーと急いで列車に乗り込む。待ち時間なし。ラッキーだった。帰りは、Sバーンの座席に腰を下ろして、二人とも、Elbe川沿いの景色に見入っていた。Schmilka-Bad schandau-Pirnaの間、Sバーンは、Elbe川沿いに走るわけだが、川の北側は、Saechsiche Schweitz国立公園に接しており、とても風景のきれいなところである。アーマーと、また、ハイキングに来よう、なんて話しながら、景色を眺めた。帰りは、二人とも、Dresden Neustadtまで行き、駅のスーパーで買い物をしてから、寮へ帰った。
(終わり)


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