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今日も映画の風が吹く2005年1月前半号

2005年1月15日 (土) そうそう、ドキュメンタリーってこういうことするんだよね。
モーガン・スパーロック監督『スーパーサイズ・ミー』
スーパーサイズ・ミー』 2004年製作 アメリカ映画(ドキュメンタリー)
 監督:モーガン・スパーロック

 雑誌『AERA』によれば、NHKと『ニュース23』ぐらいでしか、TVでは紹介されていないそうだ。理由は簡単。CMの広告主となるマクドナルドを敵にまわしたくない、ということらしい。
 覚えがある。
 以前、某FM局で短いコメディドラマを書いたことがある。なかなか良い評価を受けて、さぁ収録!という感じだったのだが、ドラマ中にある某キャラクターの企業からクレームが出るとまずい、ということになって収録中止になった。
 「チクショー!」と思った。

 『AERA』に監督のコメントが載っている。

 「この作品のプロモーションのために世界各国を回ったけど、どの国でも僕とこの作品を取り上げないメディアがある。表現の自由というのは、スポンサーが許す範囲内での自由なんだろうね」

 真実は別にして、この作品を取り上げたNHKさえも、政治家が絡みで問題が浮かび上がっている。表現の自由というのは、非常に危ういところで成り立っているのだなぁ〜と、いまさらながら実感した。

 さて作品自体だが、面白おかしく、今風な編集の作品。だが、やっていることは「なるほどドキュメンタリーとは、こういうことをするものだった」と思わせる、ある意味では原始的なものだ。
 肥満大国アメリカ。小錦みたいな人がわんさかいる。原因の一つに増加した外食が挙げられている。
 ある10代の女性二人が、その原因としてマクドナルドを挙げて、裁判所にマクドナルドの責任を追及する訴訟を起こす。彼女たちは負けるのだが、そん判決文の中に、「マクドナルドを食べ続けるとどのような影響がでるのかを立証できればその限りではない」といった文言があった。
 そこで監督さんは、30日間、1日3食、マクドナルドで暮らす。それを追ったドキュメンタリーだ。
 もともと専門家の間では、マクドナルドの危険性は指摘されていた。実験を開始すると目に見えて彼のお腹は出てくる。
 医者などの定期的なメディカルチェックのデータも、日に日に悪化。アルコールが原因で起こる症状を越す勢いで医者もビックリ。医者の顔にも焦りの表情。「今すぐこのような実験はやめなさい」と。
 精神的な部分でも支障をきたす。印象的なのは、日に日に倦怠感とボンヤリした感じの監督。表情が曇っていく彼に、僕も動揺した。
 
 残念なのは「SEX」ですね。監督の彼女の証言によれば「勃ちが悪い」とか「持続力がなくなった」などなど…これも思い切って見せてしまえば、と思う。
 決していやらしい意味ではなく、様々な症状が、肉体、例えばお腹のたるみや表情、メディカルな部分では医者の焦りの表情など、全て肉体の変化が表現している作品。宣伝文句でも謳っていた「SEX」だけが証言のみ。もったいないと思った。 

 世の中のおかしな出来事を追求する姿勢は、伝統的なドキュメンタリーのジャンルで手法の一つ。この作品の上映後、アメリカではマクドナルドの「スーパーサイズ」という特大サイズは廃止された。
 社会の疑わしきものを一つ葬り去った、「骨太」の作品なのである。

 スポンサーを意識したらTVでは出来ない作品。そういう意味で映画的。少々高い金を払っても、映画を、映像を享受できる素晴らしい作品である。

ドキュメンタリーを見るべし!
2005年1月14日 (金) 一風変わった編集が魅せたNHKスペシャル『鼓の家』
NHKスペシャル『鼓の家』
 構成・演出:相田洋
 制作:NHK 放映日2005年1月8日

 音で映像を編集した面白い作品だった。同じような作品に、昨年夏に放映された「にっぽん夏紀行『美ら島の運動会』」(制作:NHK)があったが、これは非常に安定感に欠くカメラワークで編集ポイントがつかみずらいものを、音をきっかけに編集することで、その拙さをごまかした感じがあったが、これは違う。
 音で映像を甦らせたような作品だった。

 過去。
 歌舞伎囃子の鼓打ちの一門を注ぐことになった少女。師匠である父に厳しく稽古をつけてもらう姿が、当時制作された番組で、フィルムが残されている。
 現在。
 彼女は能楽囃子の鼓打ちと結婚。三人の男の子に恵まれ、彼らが互いの一門を背負って立つまでになる。
 
 初老を迎えた彼女と少女の彼女が鼓を打つ姿が、同じ演目で交互に「音」でつながれていく。無垢に鼓に立ち向かう少女と、キリッと漲る視線で鼓に向かう初老の女性。
 厳しく若手の指導にあたる彼女。そのお弟子の鼓が響く。やがて少女に厳しく指導する父のフィルムが挟まれる。若手が聞き入る映像が挿入される。
 鼓の音。
 囃子のキリリとした響き。
 これを編集のきっかけに小気味よく、手を変え品を変え、繰り返される。
 父と娘、指導者の二人が時代違えど教えることは同じ。伝統を伝えるその姿勢がわかりやすく描かれている。
 音と映像が織り成すそのピーんと張ったような緊張感は、目に見えて最新の映像技術が使われているわけではない。しかし、最近見たどのような映像よりも、スタイリッシュで洗練されていた。

 一男四女に恵まれた先代の父。長男は研究者の道を選び、一門を継ぐことを嫌った。先代は苦肉の策で三女の彼女に白羽の矢を立てた。少女に稽古をつける先代の眼光は鋭く彼女へ注がれている。
 ナレーションは語る。
 「(少女は)一番のお父さん子だった。父の誘いに素直に従い、厳しい稽古を嫌がらなかった。」
 厳しい稽古を受ける彼女の眼差しは、それが嘘でないことを伝えている。それがとても愛らしく感じられた。

TVドキュメンタリー、ドキュメンタリー映画の一覧
ドキュメンタリーを見るべし!
2005年1月12日 (水) 田舎の写真館
 先日、とつぜん仕事が空いたこともあって帰郷した。上の妹は同級生が集まっての厄払いを行うということで偶然にも帰郷。一人暮らしを始めたばかりの下の妹は、成人式ということで帰郷。こんなこともそうはないだろうという親父の意見で、写真館で家族写真を撮った。

 田舎の写真館とは、いいものだと思う。互いに家族を知っているものだから、世間話をしながら進んでいく。なんだか一生のある「時」を撮ってもらっているような安堵感があった。
 子供の七五三の際、あるチェーン店で写真を撮ってもらった。子供の成長に晴れ晴れとしてチョッと澄ました感じはあったが、田舎の写真館のような安堵感は得られなかった。

 1月11日・東京新聞こちら特報部『震災新成人 再会の撮影会』を帰りの電車で読んでジーンときた。
 阪神大震災の2日前、神戸市長田区で写真館を営む松原洋さんは、83人の新成人の写真を撮った。そして震災。松原さんは瓦礫の中からフィルムを捜し出して現像。83人の家を一軒一軒まわって写真を手渡した。被災していなくなった人もいて7ヶ月かかったそうだ。
 田舎の写真館だなぁ…と思う。

 僕の田舎は街並みが徐々に変わってきた。長田区に行ったことはないが、震災もあってだいぶ変わったのだと思う。
 松原さんは残念なことに店をたたんで、別の場所で細々と続けていくらしい。
 
 街並みが変わるのは当たり前だ。
 しかし変わらない何かはきっと残っている。そしてそれこそが、故郷を形作るものなのではないだろうかと感じた。 
2005年1月10日 (月) 「甘くない物語」とは?
17才 旅立ちのふたり』 2003年製作 日本映画
 監督:澤井信一郎 出演:石川梨華、藤本美貴など

NNNドキュメント'04『ひとりだけどひとりじゃない〜15歳・不登校児の遍路旅〜
 制作:四国放送 2004年12月12日放映

蛇にピアス』 著:金原ひとみ

 年末に駆け足で劇場に足を運んだ映画2本は、正直、「甘い」と思った。ダメな映画だ、という意味ではない。楽しめた。ただなにかが「物足りない」感じがした。
 では、「甘くない」作品とは何か?例えば澤井信一郎監督「17歳」は、甘くないと思う。里親の下で暮らす女子高生・麻衣子、一人親の母の元で暮らす女子高生・理沙の2人が主軸。
 麻衣子は憧れの先生の勧めで出版社に書きためていた絵本を持ち込む。淡い期待をこめて出版社を訪れるが、そこには大きな“プロとの壁”が立ち塞がっている。
 男に貢いで身上を潰してばかりいる理沙の母は、またも若い男に金を貢ぎ店をたたむ。母親に愛想を尽かしているはずの理沙も、母と共に町を去っていく。
 
 NNNドキュメント'04『ひとりだけどひとりじゃない』は、不登校児の中学生がお遍路を敢行する。
 4000kmも歩いたその離れ業を成すことで、何かが変わるのではないか、という気持ちもあったのだろうが、東京に戻ったところで何も変わらない。目に付くのは、お遍路というよそ者にも優しい四国の風土とは違い、他者に対して関心が薄い「現実」。
 お遍路を敢行した彼は、未だに普通学級には行かず、普通学級に馴染めない子らが通うクラスへと通っている。

 金原ひとみ・著『蛇にピアス』の主人公は、刺青を背中へと彫るのだが、そのことで世界観が変わったりはしない。生きる力みたいなものがみなぎったりするどころか、全くの逆。
 主人公に何かを予感させる最後の件は、根拠のない自信を持つこと。人間を信頼してみせることでしかない。

 うまく言えないが「甘くない」とは、挙げた3作品のようなものだと思う。「甘くない」というのは「リアリティ」ともどこかちょっと違う。かと言って「うそ臭さ」もあまり感じない。ただ「映画だから」「ドキュメンタリーだから」「小説だから」という、「劇的」な逃げ道を排除しているように感じる。
 「甘すぎる物語」の劇的な出来過ぎさには、一時凌ぎの感情しかないような気がする。「うまい話」がその場限りの夢を紡ぐように、甘すぎる話にも何か用心が必要な気がする。
2005年1月6日 (木) サトエリの潔さがカッコエエ。庵野秀明監督『キューティーハニー』
キューティーハニー』 2004年製作 
監督:庵野秀明 主演:佐藤江梨子

 サトエリ(佐藤江梨子)の下着姿がいい。ブラジャーとパンティーとか、最近はもっと洒落た言葉やエロティックな言葉もあるのかもしれないが、そんな表現は似合わない。「下着」。これである。
 なんすかね〜この人はぜんぜん色っぽさを感じない。すげー巨乳だし、スタイルはいいし、俗に言う「ヤリテー!」なんだろうけど、「カッコエエなぁ〜この身体!」となっちまう。自分がオッサンになったからかもしれないけど。

 夜中、キンキキッズのどっちゃかが芸能人と一日ぶらぶらする番組にサトエリが出た時、このお姉ちゃん、銭湯でバスタオル一丁(下着はつけてるんだろうけどネ)、おっぱいムニュってよせて強調してみたりと、巨乳タレントであること、巨乳でデビューしたことを隠そうともせず、どちらかというと「利用」してみせる。かえってイヤラシクないんだよね〜それが。性的にも性格的にも。「天晴れ天晴れ」という感じ。

 所属するイエローキャブがゴタゴタしていて、賛否両論なんだろうが、まぁ〜そえはそれとして…
 健康的なサトエリの、白〜い下着姿が非常に印象的な映画。中身はあんまり覚えていないけど、まぁ〜それでも満足、かな?
2005年1月5日 (木) 慰謝料取られるぞ〜!?
 「アンタね、よそからやってきてそれはないじゃないの?」
 「しかし、私のほうが良いと申しておりますだけどし…」
 「そりゃあんたは、私と違ってスリムな体して、小食でおしとやかかもしれないけど、いざって時に私は、」
 「そう責めないで下さいまし。なにも私が選んだのではないのですから。私は選ばれたのですよ」
 「……」

 と、まぁこんな会話があるわけではないのだが、1/5東京新聞夕刊記事のこちらを見ちゃれ。HP版には書かれていないが、紙面には「自動車摩擦の再燃懸念」という見出しが踊っている。
 キャー!懐かしい言葉だ。
 僕がお子ちゃまだった頃、日本とアメリカとの間には「貿易摩擦」なんて問題がドデカク存在していた。つまり日本製品がバンバンアメリカへ輸出され、逆にアメリカ製品はあまり日本で売れず、輸出と輸入のバランス悪く、アメリカは対日貿易赤字に苦しんでいた。その最たるものとして挙げられていたのが「自動車」だ。

 「いいんじゃないの、日本製品をアメリカ人が欲しいというのだから」
 まぁ子供の私はそんな風に思っていた。しかしそうも簡単に片付けられないのが国際問題。航空機にアメリカ製のものが多いのは、貿易摩擦を少しでも和らげようとする配慮だし、航空自衛隊の次期主力戦闘機を国産化せずにアメリカ製になるのもそれが少なからず所以している。
 慰謝料?
 ではないのだが、日本製品が売れて「ウッホッホーイ!」とばかりは言っていられないのだ。
 今でも目に焼きついているが、日本車を燃やして抗議行動をする人達までいた。日本製品が売れるということは、同じアメリカ製品を作っている会社は傾き、職を失う人々がたくさん出てくるということ。アジア各国に工場が移転する日本の現状を見れば、理解するのは難しくない。

 フランスなんかも頭を悩ませているようだが、ハリウッド映画の上映比率が高くなっている。これは意外や意外なのだが、あのフランスのほうが日本よりも比率が高く、ハリウッド映画が席巻している。
 フランスは、自国の文化を守ることにかけては、傲慢とも思えるような法律を平気でお作りになる。例えばTV番組の中で使用されることばの何%以上はフランス語でなければならない、などなど。日本のほうが寛容ですな。

 イラク戦争の影響もあって原油高。燃費の良い日本車が好かれるのはしかたがないし、僕がお子ちゃまの頃とは違って、日本の自動車メーカーは現地生産をしているので、日本車の売れ行きが好調といっても、アメリカ人の雇用が脅かされているわけではない。三菱自動車は、現地工場の閉鎖を視野に入れていたものの、雇用面での影響を考慮して撤退を中止する事態になっているくらいですからね。

 しかしね〜「国境」というのは本当にメンドイ。どこのものだって良けりゃ良い、というのが本音だとは思うけど。色んなことが最後にゃ跳ね返ってくるかもね。

時事問題一覧あれも時事?これも時事?
2005年1月2日 (日) 女の涙は何を感じたのか?石岡正人&熊澤尚人監督『TOKYO NOIR 〜NIGHT LOVERS〜』
TOKYO NOIR 〜NIGHT LOVERS〜』 2004年製作 日本映画 
 監督::石岡正人&熊澤尚人 脚本:石岡正人 出演::吉野きみか、関彩、遠藤憲一など

 朝刊を3紙読む(朝日新聞、産経新聞、埼玉新聞)。どこも欠かせない特集は「東北楽天ゴールドイーグルス」。三木谷氏へのインタビューだったり、田尾監督へのインタビューだったり。期待の大きさが伺える。
 堀江氏に始まる、プロ野球への参入問題。堀江氏や三木谷氏を「民」とし、プロ野球機構側を「官」とすれば、民が大衆の意見を反映して、官を動かしたことになる。
 小泉内閣が進める「構造改革」。郵政問題、道路公団問題など、これも「官から民へ」。しかし思ったほどの成果が挙がらないのは、大衆の声が弱いからなのかなぁ〜?と感じた。「東北楽天イーグルス」がうまくいけば、大衆の声も大きくなるかな?

 大学1年生の頃だと思うけど、「吉野きみか」が「吉野公佳」だった頃に主演した『エコエコあざらく』(1995年製作)が大変好きだ。共演は菅野美穂。階段の踊り場で、クルッと身をひるがえすときに、チラッと見える吉野公佳の白いパンティはお宝だったのでは?と今にして思うのだが?
 イギリスで映画を学び。『ヴァージニア』(1992年製作)というジュリア・サンズなどなど、海外の役者ばかりを使った映画でデビューした佐藤嗣麻子が監督で、それも気を惹いた。おとなしい役柄を演じる菅野美穂が最後に豹変するところに大変驚かされて、それに気がつかなっかた自分に「しまった!」と思う。しかし今、この作品を思うと、佐藤嗣麻子という人は、当時、清純派で売っていた菅野美穂を上手に引き出し、なおかつ演技派としての今の彼女を予見させるような使い方をした点は、けっこう凄い監督なんだなぁ〜と感嘆させられる。

 さて『TOKYO NOIR〜NIGHT LOVERS〜』ですが、監督は2人。主演も2人と考えてもらっていいいでしょう。吉野きみかパートが石岡氏、関彩パートが熊澤氏。開巻から10分以上は吉野さん登場せず。関彩でひっぱる。
 映画初主演の関彩。なかなかの存在感を示し、また熊澤さんも彼女の肉体的な特徴(表情や声も含め)を、うまく表したのではないか?と感じた。情のこもった部分を、うま〜く引き出した感じ。
 関彩が演じる女性は、彼に失踪され、彼氏のことが頭から離れない。そしてネットで見つけた同姓同名で体を売って稼ぐ吉野きみかに嫌悪しつつ、惹かれていく。
 金で女を買う男・遠藤憲一と出会い、やはり嫌悪しつつ、頭から離れない彼氏のことに疲れ、抱かれ、そして吉野きみかと自分を交換する。吉野きみかは、金で買われる自分に疲れていたようだ。

 ハッとさせられたシーンが一つ。
 金でつながる男と女の関係を良しと豪語する遠藤憲一が、金で落ちない関彩を抱く。彼氏のことが頭から離れず「疲れた」と泣き崩れる関彩を見る顔が、なにか違う。彼女をホテルに連れて行き、ベットで服を着たままの二人。遠藤憲一は「落ち着いたか?」と優しく抱き寄せる。
 行為中、「彼氏の名前はなんていうんだ?」と聞き、「彼氏の名前を口にして、気持ちよくなってしまえ。俺を彼氏だと思ってしまえ」と、腰を振りながら語りかける。
 翌朝、彼は会社の金の横領やなにやらでどうにもならなくなり、自首をほのめかして部屋を後にする。「金で女を買うことで興奮する」と豪語する遠藤憲一。その彼が、関彩の涙で感じたものはなんだったのか?非常に気になった映画だった。

同じシリーズ監督:石岡正人 主演:中村愛美『TOKYO NOIR〜GIL'S LIFE〜
2005年1月1日 (土) 不器用で鈍いことが、「若い」ってこと?
にんげんドキュメント『山岳警備隊 奮闘す〜北アルプス・立山連峰』
にんげんドキュメント『山岳警備隊 奮闘す〜北アルプス・立山連峰』
 放映日:2004年10月22日(再放送2005年1月3日) 制作:NHK

にんげんドキュメント『シャチと翔べ〜新人トレーナー 海の王者に挑む〜』
 放映日:2003年1月9日 制作:NHK

 富士山が見える。昨日(大晦日)の雪が嘘のよう。に晴れていて、僕の住む埼玉県上尾市からも富士山がくっきりと美しく聳え立つのが見える。正月正月。
 年越しで借りていたビデオを1本見る。つまらない。早送り。昨日は車を運転中に、赤信号で止まると「ドン!」と追突される。ツイテイナイ年末年始なのだろうか?

 NHKは、正月三が日、「にんげんドキュメント」を再放送。3日に放映される『山岳警備隊奮闘す』は昨年放映され、なかなか面白かった。
 
 「先生、こういう番組が好きでしょう?」2年生にバッチリ見透かされてしまったこの番組の登場人物は、「こういう人には頭が下がる」という人物だ。たいした運動神経もなく、本当に「なりたい」という気持ちだけで、山岳警備隊員になった若者。
 現場に急行するも、先輩たちには追い抜かれ、はぁ〜はぁ〜言いながら、救助場所に到着するが、この人、助けられるのかなぁ〜と不安になってしまう。それでも「はい」と救護者を背負って下山する。
 救護の現場へ登っても、晴れ舞台(と言っていいのか?救護の現場ですから)での仕事は、実力がないため任せられず、下山を命ぜられる。
 とにかくいいところがないのだ、この若者は。

 「にんげんドキュメント」って、たまにこういう若者を取り上げる。2002年放映の『シャチと翔べ』は今でも好きな一本だ。
主人公は小学生のときに鴨川シーワールドでシャチ・キスを体験。それ以来、シャチのトレーナーになることを夢見てきた。
「水泳ができないから無理じゃない」と言われ、学生時代は水泳部に入部。50倍の難関を突破して、見事トレーナー見習いとして入社した。

 でもこの子、鈍いんだ。同期はすでにデビューしているが、彼女は未だデビューできずに、毎日、シャチがお腹を壊さないようにと、餌のホッケの内臓をとる仕事に大部分を費やし、手がガサガサ。あいたわずかな時間しかトレーナーの練習が出来ない。
 先輩の一流トレーナーがスポーツジムでトレーニングを欠かさないその一流として意地を見せると、彼女は寮の前で夜中に「縄跳び」で運動神経を上げようと努力。「縄跳びかよ?」と思うんだが、「水泳部」→「縄跳び」というこの系譜は、なんか派手さがなくて、例えば受験も教科書と学校から渡された問題集しか手につかない、なんと言うのだろうか、不器用さみたいなものを感じる。
「地道な努力」と「鈍さ」みたいなことを、よ〜く表している人物だ。

 ちとばかり鈍いこの子だが、彼女の寮の部屋に入ると、そこはシャチ・ワールド。シャチ・グッズだらけ。そして小学6年生のときのシャチ・キスの写真。この子が、本当にやりたいと思っている仕事を選だんだんぁ〜と感じた。
 『山岳警備隊奮闘す』の青年もそうだ。どこか鈍い。しかし、この仕事に就くことを本当に望んでいたのだと思う。

 この二つのドキュメントは、決して成功を得てはいない二人が題材。憧れの職業に就けた、という点では成功だが、本当はそこからの道のりが長いことを、そして未だその職業における「本物」にはなれないでいる「通過点」を描いている。だから「結果」は決して描かれない。
 TVのドキュメンタリーというやつは、「物語性」が非常に高く、ドラマのように「起承転結」、結果や成果が最後に描写されることが多い。しかしこの二作は周到にそこは避ける。
 例えば『シャチと翔べ』の彼女は、トレーナーとしてデビューするのだが、そこはナレーションで表現されるだけ。そのあたりもドキュメンタリーとして気に入っている。

 成果や結果が大事ではない。そんなことを、担当ディレクターは言いたかったのかもしれない。

 今年34歳になる。もうオッサン。こういう番組に感動すると、なおさらオッサンなのかと思う。それはオッサンにはない魅力が若者にはあって、それがこの二人のような行動なのかなぁ〜と思う。
 皆さんは、どんな感じでこの番組に感動するかしら?それによってはオッサン?オバサン?若い?わかるのではないだろうか?

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