英国便り from 出見世先生
ココでは出見世先生より届いたメールや写真なんかをご紹介しております。
英国便り ビールと皇帝の国-ドイツ編T〈9月28日〉
出見世ゼミの皆さん、お元気ですか。
ドイツのベルリンにやってきました。ここは、ドイツ帝国の帝都として栄えながら、第2次大戦では戦場と化し、戦後は東西冷戦の中で「ベルリンの壁」で分断されたことのある都市です。1989年に東西ドイツの統合とともに、壁は破壊され、現在でも東西の融合のためでしょうか、町のあちこちで工事が行なわれています。また、そうした歴史を残すための工夫もされており、写真のように今でも戦争で廃墟となった教会がそのまま残されています。さて、ベルリンに来て大学1年生のとき、今は亡き佐藤晋先生の英語の授業で聞いた話を確認することができました。前回した英国の交通事情とも関連しますが、欧州のそれぞれの国の人たちのステレオ・タイプ、固定観念が示された話で、赤信号で車が来ていないに待っているのがドイツ人、赤信号でも車が来てなければ横断するのが英国人、信号に関係なく横断するのが○○人というものです。(○○については、皆さんのご想像にお任せします。)やはり、こちらの人の多くはやはり赤信号できちんと待っています。しかし、これは青信号になっている時間が長いので、英国とは異なり無理なく横断できるからだと思います。また、実際、早朝など車がいないところでは、赤信号でも横断している人を見かけました。やはり、固定観念や先入観にとらわれてしまうのは、よくないことだと思います。その行動の背景にある制度的な事柄などが見えなくなってしまうからです。
さて、ベルリンで滞在しているホテルは、2期生の方が勤めている旅行会社のロンドン支店で予約をしました。そのためでしょうか、日本からの観光客も多く宿泊しています。その中には、IFSAM、経営学会国際連合に参加する日本からの研究者の方もいらっしゃいました。日本経営学会の理事長でもある早稲田大学の小林先生、中央大学の高橋先生、龍谷大学の夏目先生、同志社大学の長谷川先生、立命館大学の井口先生などとご一緒させていただき、国際学会への参加でありながら、久しぶりに日本で学会に参加しているような気分を味合うことができました。たとえば、食事の際などには、大学での経営学の教授法について話しました。パワーポイント使用の是非や授業時間の使い方など、それぞれがどのように考え実践しているかについて意見の交換をしました。また、皆さんからご自身の在外研究の際の体験談を伺い、改めて自分の在外研究の意義を確認することができました。
IFSAMの大会は、28日から始まりましたが、私は午後の企業統治のセッションの一つで司会を担当しました。これは、私にとって初めて英語で行なう司会の仕事です。英国での個人レッスンにおいて英語での司会の仕方について確認してきましたが、やはり、最初はとても緊張し、自分でも、”Hello, Ladies and Gentlemen”と話し始めたときには、声が上ずっていると思いました。日本からの報告が2組、ドイツからの報告が2組でしたが、報告者も参加者もみな意識が高く議論はとても白熱したものになりました。日本の学会でもそうですが、司会者には時間管理が求められます。それぞれの報告の後に簡単に質問を受け、大きな質問についてはすべての報告を聞き終わったところで受け付けたいと最初に説明しましたが、個々の報告に対して活発に議論が展開され、すべて報告が終わった際には、予定時刻を10分超過していました。プログラム上、私の担当したセッションはその日の最後のセッションで、終了後は歓迎会があるだけでした。そのため、このまま議論が続くことを覚悟して、「お約束したように、これから大きな質問を受け付けます。質問のある方はいらっしゃいますか。」と尋ねました。歓迎会の会場からにぎやかな音楽が聞こえてきたことが影響したのか、大きな質問が一つも出ることはなく、司会者として結びの言葉を述べ、その役目を無事終えることができました。
日本の学会においても、司会をするときは、大きな声でできるだけ時間を守るように行動しているので、日本から参加されていた先生から、日本での学会と全く同じようにやっていましたねと声をかけていただきました。しかしながら、事前に司会者として用意をしていた英文は、そのまま使うことはありませんでした。日本語でもそうですが、決まりきった言葉は冗長な表現ともなります。時間が超過している中で、こちらが用意をしているからといってそのフレーズを述べることは返って参加している人たちのことを考えていないように思いましたので、より簡単な表現を用いました。実は、英語のレッスンを受けるに当たり、最初の頃は、事前にどのような表現を使うのかをメモ書きし、それを覚えるようなことしていたのですが、そのメモを見た先生から、「人生にシナリオはないですよ」との助言をいただいていたのです。
皆さんは、就職活動やゼミの入室試験の面接などの際に事前に「シナリオ」を書かなかったでしょうか。志望理由を聞かれたら、こう答えようとか、学生時代に努力したことを聞かれたら、これを話そうとか、そんなことをしたことはないでしょうか。もちろん、事前に話の内容を整理することは悪いことではありませんし、予習はいろいろなことにおいてとても重要な学習活動の一部です。しかし、相手や周りが同じシナリオを持っているわけでありません。自分のシナリオに固執することは、自らの応用力や柔軟性を低めてしまうのではないでしょうか。いよいよ29日は国際学会での3度目の報告です。今日はこの辺りで終わりにしたいと思います。
