>
ツキ・流れは麻雀に付き物な概念だが、一般的に麻雀力向上にどう影響するのか?
ツキ・流れについての話をする前に一旦麻雀から離れて人間の話をしようかと思います。なにせ、麻雀を打つのは人間。ツキや流れについて語るのも人間ですからね。さて、唐突ですがこんな実験がありました。
年齢地位性別を問わない無作為に選ばれた男女に、こんなゲームを渡しました。自分が教師となって生徒を小学1年から卒業までカリキュラムや会話を選択肢によって進めていき、最終的にその生徒を優等生にしようというゲーム。
何回かプレイして貰った所、被験者は皆口を揃えてコツを掴んだ、次は上手くやれる、と周回を重ねるごとに確信を深めていった。
ところが結論から言うとこのゲームで生徒が最終的に優等生になるかどうかは全くのランダムだったそうです。というのも、これはコントロール幻想の実験なんですね。
人間という生き物はあらゆる事に関して、無意識にコントロール可能であるという妄想・幻想を持っている、という事実を麻雀のツキや流れの話をする前に念頭に置いてみて下さい。
もう一つ、ツキや流れの話をする前に心に留めておいて欲しい事があります。それは誰しも好きな事に対しては程度の違いはあれど拘りがあって、盲目であるという事です。
自分の子供、ペットの美醜や能力についての客観的な判断力というものは低くなりがちです。が、しかし議論や考察においては妨げにしかなりません。
ですから、麻雀についての拘りや美学をひとまず捨て去ってまっさらな気持ちで考察に望みましょう。
麻雀とはなんぞや?ルールが複雑になったドンジャラの仲間で、基本的には絵合わせである。どんな情熱を秘めていたとしても考察にあたってはこのようなともすれば冷めているとも取れる前提、姿勢が望ましいです。
さて、最初に言ってしまいますが有無についての話ではありません。麻雀のツキ・流れについての議論、論争なんかは非常に馬鹿馬鹿しいものだと思っているからです。
肯定派の破綻した理論と経験則を主張する様も、否定派が躍起になって数理の話をしてコケにする様も好きではないのです。
最初に筆者の意見を述べてしまいますと、それをツキや流れというのかどうかは分からないですが、一瞬の閃きや確信はあると思っています。
その感覚というのは非常に説明が難しいですが、推測するものではなく既に知っているような確信めいたものだったりします。
これは何か?即ち第六感だと思っています。五感で得た情報と自分の麻雀に関する知識や経験を動員して、過程をすっとばし第六感で答えを得る瞬間というのは確かにあります。
そして、第六感というのは共有出来るものではないです。筆者にとってそれが一番大事な、このコラムで伝えたい事なのです。どんな強者同士でも第六感は共有できないです。ツキや流れも共有不可でしょう。
麻雀を好きな人間がある種の神性を麻雀に感じているとしたら、第六感、即ち感性の存在が大きいのではないかと思います。麻雀の強者はこれを持っている人が多いですが、一方で色をつけてやれ流れでわかった、ツキがどうたらなんて後から言ったりします。
第六感は共有出来ませんし、自分でも再現が利かないものです。更にこれをツキや流れの存在へと拡大解釈している方が多いのではないかと思います。
ツキや流れ、それの存在をここでは論じません。筆者の言いたい事はつまりこうです。
不可知な物、共有不可能なものに対する議論は無意味。だが初心者から中級者はこれに囚われる人が非常に多いです。がしかし、その閃きや神性めいたものを得たいと思うならば基本の習得が必要不可欠であると。
要するに、基本的な考え方が出来ていないのに五感と知識を動因した感性による閃きなんて起こり得ないのです。むしろ不可知な物を体系化しようと無駄な模索をしたり妙な知識がある為に麻雀を打つ上で上達及び第六感を磨く妨げになっている人が非常に多いです。
0-1に書いたように、それこそ何十年もコントロール不可能な面に気を取られ上達していないプレイヤーが目に付くゲームです。曖昧な部分への執着を捨て基本の部分を見直すべきです。
ツキに目を奪われている人間にもう一つ。過去麻雀でツキが太いと言われる人間を筆者は何人も見てきましたが、その多くは単純に麻雀の打ち筋が(フリーのルールにおいて)優れた人間でした。
相手が強いかどうか、またどこに問題があるのか、基本をマスターしていないからこそツキに判断を委ねるように思えます。またそう思っていた方が気が楽という逃げ道になりがちです。
非常に勿体無い事です。というのも麻雀を打っている人はたまたま強い打ち筋が出来ている人やたまたま弱い打ち筋をしている人が結構いて、自分がなぜ勝ち組・負け組になっているかの分析を怠っています。
ツキが太い、細い。そうしたレッテルは現代のフリー麻雀のルールに適合した打ち方をしているかどうかだけで貼られている場合が殆どだったりします。
なぜこういう言い方をするかというと、筆者が今まで見たツキが太いと言われる人の殆どは棒テン即リーで攻撃的、細いと言われる人はそれ以外なだけだからです。
細い・太いと言われる人の差はそれだけ。技術も技術に対する意識の差も殆どありません。自分のスタイルに拘りが無ければ本当に一瞬で差を詰められます。スタイルというのは基本が出来た上でルールに応じて変えるべきもの、ルール毎に最適な打ち方を模索し修正出来るのが強者の条件です。その上で出てきた拘りならともかく、基本を習得する前の段階で自分の拘りは捨てるべきです。