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P.S. I love you アーサーが突然消えてしまった。 英国外交官として中東へ視察に行ったのだが、それきり帰らなかった。 内戦のひどい地区で、銃撃線に巻き込まれたようだった。生きて戻った彼の部下は、 カークランド卿はお亡くなりになった。卿は左胸に銃弾を受けて即死だった、と証言した。 英国では外交官の死として大きく報じられた。すぐに合衆国でもそのニュースは広まり、中東の国々への反感が強まった。 彼が死んだ日、ロンドンは始終雨だった。 それからしばらくして、アルフレッドの元に一通の手紙が届いた。白い質素な封筒に白い質素な便箋が一枚入っていた。 見覚えのある流麗な筆記体は、紛れもなく彼の筆跡だった。 瞬間嘘だとアルフレッドは思った。 (どうして、彼から手紙が届くんだ) 『親愛なるアルフレッドへ。しばらく会っていないが、元気でやっていますか。 こちらは今日も雨が降っています。雨は嫌いじゃないが、こうも続くと嫌になる。 合衆国はたぶん晴れているのだろうな。 突然で悪いが、頼まれてほしい。手紙が着く頃には庭の薔薇が咲いていると思う。 枯れる前に摘み取って、お前の家に飾ってやってくれないか。 もしくはキクやフランシスにやってくれ。それではまた。 アーサー・カークランド』 スタンプの日付は、彼が中東へ発った前日だった。英国のポストへ出せば合衆国へつくのは時間がかかる。 おまけに最近のゴタゴタで、よけいに時間を食ってしまったようだ。 おそらくアーサーは、しばらくの期間中東へ滞在する予定だったのだろう。 自分がいない間に、大事に育てた薔薇が花びらを散らすのが可哀想に思ったのだと思う。 翌日アルフレッドは英国ロンドンにある彼の自宅を訪れた。手紙にあったとおり、庭の薔薇はきれいに咲き誇っていた。 アーサーは赤い薔薇を特に気に入っていた。彼の肌は特に白かったから、薔薇の赤がよく似合っていた。 アルフレッドは合鍵を使って扉を開け、家の中に入った。帰る人のいなくなった家は少しばかり埃臭かった。 アーサーはきれい好きだったから、今までそんな事は無かったのに。 郊外の大きな家には使用人を幾人か雇っていたが、ここには雇っていなかったのだ。 古い家は、時々ぎしぎしと音を立てた。底が抜けやしないかとアルフレッドは不安になったが、 どこかその音がなつかしかった。それもそのはずだった。この家は、幼い頃アルフレッドが暮らしていた家とそっくりだったからだ。 そういえばあの家はアーサーの力で建てたものだった。きっと彼の好みの家を建てたのだ。 アーサーが仕事をするのに使っていた机には、まだサインをしていない書類がいくつかと、書きかけの報告書、そして その資料などが散乱していた。羽ペンが机の上に転がっていたり、インクの蓋がきちんと閉められていないあたり、 彼は何か慌てて家を出る必要があるほどに忙しかったようだ。 アーサーがいなくなったことで、英国政府は相当困っているだろう。 「羽ペンを未だに使っているなんて、アーサーらしいな」 彼が使っていたそれを手にとって、アルフレッドはふっと笑った。会議の時には万年筆を使っていたりもした。 彼はあまり新しいものを使おうとしなかった。意図的にではないと思うけど。 まだ使える、という理由でいつも古臭いものを使っているアーサーを、アルフレッドはよくからかったが、 彼のそんな所が好きだった。 ふと座ろうとして椅子を引くと、箱のようなものにぶつかった。なんだ、と思って覗くと 古い木箱になにやら紙が大量に収納されていた。気になって引っ張り出してみると、それは消印のない手紙だった。 相当インクが古いな、とアルフレッドは思った。インクがにじんで読めない文字もある。 悪いかな、と一瞬ためらったが、ひとつふたつ封筒をつまみ上げて中の便箋をひらいた。 黄ばんだ便箋には、流麗な字でこう書いてあった。 『親愛なるアルフレッドへ。しばらく会っていないが、元気でやっていますか。 最近では合衆国のニュースを聞かない日はない。ずいぶん調子がいいようで安心だ。 先日ロンドンでみたミュージカルは素晴らしかった。来月からのアメリカ公演をぜひみてみるといい。 それではまた。 アーサー・カークランド』 『親愛なるアルフレッドへ。会いたいという申し出は嬉しいが、今は会えない。了承してほしい。 もうすぐお前が独立して十年経つ。 はじめこそ憎かったが、今では元気でやっているならそれでいい。 輸入の件をよろしく。それではまた。 アーサー・カークランド』 アルフレッドは眼を見張った。木箱から溢れるほどのこの手紙はすべて、自分に宛てられたものだった。 そしてこれはすべて、アルフレッド宛のアーサーの出せなかった手紙だった。 年代がばらばらなのは、何百年も書いては木箱へしまっていたからだ。 返信と思われる手紙には、覚えがあった。独立してしばらくアーサーとまともに会って話すことができなかった。 機会があっても当人が出てこなかったりしたからだ。もうすぐ十年経つというころ、痺れを切らしてアルフレッドが 直接アーサーへ手紙を書いた。手紙というほどのものでもない。封筒に「会いたい」と書いたメモを入れただけだ。 だが結局こんな手紙は返ってこなかった。返ってきたのは、「イギリス」としての彼からの公式文書だった。 木箱から手紙を漁って、なんでもいいから手に取った。 『親愛なるアルフレッドへ。先日トーリスから連絡をもらいました。二人とも元気そうで何よりだ。 最近また調子がいいようだが、調子がよすぎるのも少し心配だ。 フランシスからワインを数本貰ったので送ります。それではまた。 アーサー・カークランド』 『親愛なるアルフレッドへ。独立だなんて何故。俺を嫌いになったのか。』 『親愛なるアルフレッドへ。ニューイングランド13州の独立を認める。これでさようならだ。元気で。』 『親愛なるアルフレッドへ。しばらく会っていないが、元気でやっていますか。 ロンドンでのテロは大したことはないので心配には及ばない。それより最近忙しいようだが 体調には気を付けてくれ。きちんと休息をとるように。それではまた。 アーサー・カークランド』 署名のない手紙はどうやら書きかけのまま木箱へ納められたようだった。 内容を見ると、アルフレッドが独立した頃の手紙はどれも最後まで書かれることがなかったらしい。 アルフレッドはこんな手紙を、今までアーサーから一度も受け取ったことはない。 青い目がだんだんと潤み始める。今の今まで、彼は裏切った自分を憎み続けていると思っていた。 しかしそうではなかったのだ。アーサーは自分を憎んでなどいなかった。 「アーサー」 名前を呼ぶと、ついにアルフレッドの眼から涙が溢れて零れ落ちた。 アーサーが何百年とここへ溜め込んだ思いは、なぜ自分に届かなかったのだろう。 はらはらと空色の目から涙が落ちる。 『親愛なるアルフレッドへ。元気でやっていますか。庭の薔薇がきれいに咲いたので送ります。 それではまた。 アーサー・カークランド』 『P.S. I love you.』 |
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