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戊 辰 そ の 後 おや、旦那。旦那でしょう、ちょいと、万事屋の旦那! あァやっぱり。お久しぶりですねェ、それにしてもアンタの髪は相変わらず目立ちますね。 え?いやいや、天パとかいう意味じゃなくて。色が珍しいんですよ、色が。 その死んだ魚のような目といい、旦那は何年経っても変わりやしませんねェ。 俺?何でィわからねェンですかい。薄情者。あんなに甘味奢ってやったてぇのに。 俺ですよ井上宗次ろ…いや違った、総悟です。何とか総悟。 悪ィけどみなまで言えねェ身柄なんでね、察してくだせぇ。あ、そうそう、それです、 総一郎君です。 何年振りですかね。五年?十年?俺にゃァわかんねェや。 万事屋の連中はどうしてンですかい。チャイナとかメガネの子とか…あとあの人の 惚れてたキャバクラの姉ちゃん。え?結婚した?そりゃまァ…俺としちゃちょいと 複雑ですね。ま幸せならあの人も喜ぶでしょうや、あの人ァ心底惚れてたからなァ。 メガネの子は念願かなって道場復興中。ほう、そりゃ良かった。チャイナは? 結婚した。はァ〜あのガキが。しかも旦那と!はっは、旦那も物好きなこった。 ええ?俺が?あのガキを?ハッ冗談はよして下せェ、鳥肌立っちまうよ。 はァ真選組。おっとあんまり大きい声で言って下さるな。今じゃ真選組といやァ 賊の代表。芝居でも講談でもねェ、真選組は悪役なんですよ。勝てば官軍、なんて言うでしょう。 俺だって真選組の沖田だとバレりゃァ すぐにでもしょっ引かれちまうんですぜ。江戸はたいそう住みにくくなったもんです。 ん?あァもう江戸じゃなくってね、東京って言うンでしたね。これは失礼。 真選組ねェ、確かに俺もあそこに居ましたが、途中抜けざるを得なくなりましてね。 最後まで見届けてないんです。まァ風の便りで話だけは聞きましたが… ええ、聞きたいんですかい?そんないいモンじゃないですぜ。大して面白くもないし。 はァ、それでも聞きたい。いや本当に物好きですねェ、旦那は。 何で俺が抜けたかって?いやなに、ちょいと風邪をこじらせまして…なんですかィ、嘘じゃァ ありませんよ、嘘じゃ。いいえ本当に嘘じゃなくでですね、ただの風邪だと 思ってたんですよ、俺もみんなも。咳がひどくて微熱が出て。旦那だってこれだけ 聞いたら風邪と思うでしょう。まァその内血痰が出るようになって。要は労咳です。 そうとわかった時のトーシローの顔と言ったら!トーシローってアレね、そうそう多串君。 俺ァあれほど面白い顔は後にも先にも見たことありません。なにサディストだって。 なんでィ、旦那が言える口ですかい。 病気は今はちゃんと治りましたぜ。天人の持ち込んだ医療技術ってのが 俺の命を拾ってくれたみたいで、何というか、複雑な気分ですよねェ。 俺ァもうこれで死ぬんだって覚悟決めてたのに。戦が終わった途端にあっさり治りやがって。 何だか情けなくって俺ァ涙が出たもんだ。 戊辰の戦からは真選組は負け続きだったんでさァ。ほんと、武装警察の名が泣きますぜ、 ありゃァ。何であんなに見事に負けたのか俺にもわからねェ。天運がなかったんですかねぇ。 江戸で負けて、東北でも負けて、最後には箱館まで行っちまって。俺ァ江戸の戦いにすら 参加できなくて、松本っていう医者ンとこでずっと寝てたんでさァ。 その間に色んな奴が死んじまってだなァ、山崎なんかも銃で撃たれたりしてな。 いや、即死じゃァなかったんだけど、傷口が膿んじゃって。あいつも馬鹿だよなァ、 土方さんなんか庇ったもんだから。ほんとに馬鹿だよ。 山崎はなァ、監察なんかやってたから目立たなくて地味だったけど、あいつはほんとに よくできた人間だったんでさァ。仕事はできるし、土方さんのいびりにも耐えるし、 俺の遊び相手にもなってくれるしな。ほんといい奴だったんでィ。 江戸にいる間俺の世話してくれてたのも山崎だったんですぜ。まめだったからな。 近藤さんもよく見舞いに来てくれてたなァ。多串君?奴はあんまし来なかったですぜ。 俺ァあン頃ものすごく痩せちまって、見るも無残としか言い様がなかったくらいで。 山崎も時々俺の目の前でめそめそ泣いたりして、宥めるのに大変だったんでさァ。 まァそんなんだから、トーシローは痩せこけた俺を見たくなかったんでしょう。 その内に江戸では勝てないってわかってきたんでさァ。そんで真選組は北上することにした。 もちろん俺は置いてけぼりでさァ。動けない病人連れてっても足手まとい以外の何物でも ないですからね。 それが今生の別れと思ってたんですよ。その通りになっちまった奴も多いですがね。 この時は、俺が死んで、真選組が生き残るんだと、信じて疑わなかったんでさァ。 それがどういう訳か、真選組が死んで、俺が生き残っちまった。 世の中どうなるかわかりませんねェ、旦那。 旦那パフェ食べます?え、何です、糖の方がやばい。アンタ悪化させてんですかィ、 だらしのねェお人だなァ。そんなんじゃチャイナ泣かすだけでしょう。まァいいです、 今日は特別だと思って、団子の一本でも。ええ、食べて下せェよ、奢りますから。 真選組が江戸を出る時、俺は重病の体を押して見送りに行ったもんだ。 近藤さんなんかは、初めこそ笑っていたがその内に泣き始めちまった。あのでかい体で 泣きながら抱き締められた時にゃァ、俺は本気で、この人の為に死にてェと思った。 病気に負けて畳の上で死ぬなんて、俺ァなんて不孝者なんだ!ってな。 例え刀振れなくなったとしても盾にはなれるんだから、山崎みたいに、 上司守って死んだ方がマシだと思った。でもその時にはもう間に合わなかったんでさァ。 土方さんは特に何も言わなかったっけな。俺ァ奴に、 アンタを殺すのは俺だから誰にも殺されずに帰って来い、とか言ったんだけど、 結局あいつァ帰って来なかったな。いや、俺が怖くてどこかに隠れてるのかもしれねェ。 なんてな。あの人が山崎や近藤さんの墓参りもしねェで逃げおおせてるなんて有り得ねェ。 俺の消息を確かめにも来ない、なんてこともな。 トーシローは箱館で死んだって聞きましたぜ。詳しくは知らねェけど。 何でも立派に戦死したとか。一人ぼっちにされた俺としちゃァ、全く立派には思えねェけどな。 みんなして置いていきやがって。何度後を追おうと思ったか知れねェや。 近藤さんは東北に着く前に、捕まえられちまったらしい。俺がそのことを知ったのは ずいぶん後になってからでさァ。丁度その頃俺は生死の境をうろちょろと彷徨ってたんで、 松本先生が気を遣ってくれたんでしょう。確かに、そんな状況で 近藤さんが死んだなんて聞かされちゃァ、一緒に昇天しちまうかもわからねェもんな。 その後は土方さんが率いてたらしいけど、その内真選組自体がバラバラになっちまったんだと。 斎藤とか永倉に聞いた。 え?誰って?あァ俺の友達。斎藤と永倉な。あいつらは生きて帰ってきたんでさァ。 俺と同じ隊長格でな、強かったからなァ特にその二人は。俺にことの顛末を話して 聞かせたのもこいつら。最後まで戦って生き残ったんだから大したもんだ。 戦が終わった後にその二人が俺ンとこ来たんだけどな、 それより前に尋ねてきた奴がいたんでさァ。市村っていう奴で、十五くらいの若い隊士だった。 入ったばっかの新米隊士で、あんまし話した事もなかったんですが どうしてか俺も顔を覚えててですねェ。それでもいきなり俺ンとこ来た時には さすがに驚いた。まだ戦も終わってない頃でしたしね。 だって門前でいきなり「沖田隊長!」ですぜ。そりゃ驚きもしまさァ。 俺は真選組の沖田ってこと隠して、井上宗次郎って偽名使って暮らしてたんですからね。 沖田隊長、なんて大声で呼ばれりゃ、拳骨の一つもお見舞いしますよ。 そんで何しに来たかって?うん、市村は武州に土方さんの遺品届けてやる途中だったんだと。 要は使いっ走りだったんでさァ。かわいそーに。え?若いから助けてやったんでしょって? まァそうなんでしょうけど。でも一緒に戦わせてくれなかったって考えたら、 やっぱり市村はかわいそうでさァ。俺だったら一緒に死なせてくれた方が 何倍も有難いと思いますよ。 んで市村はお使いの途中に俺ンとこ寄って、トーシローの手紙を置いてった。 封筒の中に便箋二枚と写真が入ってたんだが、血で薄汚れてるのが生生しかったなァ。 もう今はどこやったかわかんねェ。戸棚に仕舞ってあるか、燃やしちまったか。どうだろう。 写真って、土方さんのやつでさァ。ピンで写ってんの。ブロマイドみたいなもんでさァ。 でもその時の俺には遺影にしか見えなかったな。 手紙の内容はなァ…、ううん、恥ずかしくて口に出せねェや。遺書みたいなもんかと思ったら、 それがどうして、恋文だったんだもんなァ。市村なんかは絶対見るなって言いつけられてた らしい。何となく見当は付いてたって言ってたけど。それはそれは、 歯の浮くような熱烈な恋文でしたよ。でもそれを読んでちょっと 涙ぐんじまった俺も十分恥ずかしい。だから俺ァそれっきり二度と読んでねェんです。 あ、この話は旦那だから話したんですぜ。他言無用。オフレコでお願いしまさァ。 結局近藤さんも死んで土方さんも死んで、真選組は死んじまった。 生き残った奴も少なくないんですぜ。でもやっぱりあの人たちが死んだことで真選組は なくなったんでさァ。例え松平のとっつぁんが生き残ったとしてもね。 俺ァ死ぬはずだったのに何かを間違って生き長らえちまった。何でですかねェ。 近藤さんや土方さんと一緒にあの世へ行こうとして行けなかったなんて、運が悪いのにも ほどがある。山崎だって待ってたのになァ。 それでもこうして生きてンのが、俺にもよくわからねェ。さっきも言ったけど 何度も死のうと思ったんですぜ。でもそれも何か違う。俺ァ頭がカラだからよく考えないと わからなかったんでさァ。それが最近わかってきた。 あの人たちと俺とで何が違うって、あの人たちは信念持って死んでったんだ。 俺ァ単にひとりじゃつまんねェからって死のうとした。情けねェな、ほんと。 それで死んでも近藤さんのところにゃ行けねェってのに。俺ァきっとまだガキだったんでさァ。 だから俺ァ、死んでいい時期まで待ってみることにしたんです。今のところは 皆目見当もつきませんがね。まァ時が来たら、土方さんが迎えに来てくれるんでしょう。 え?そうそう、多串君がね。近藤さんや山崎が行きたいって言っても、土方さんが来るでしょう、 俺ンところには。 旦那、まだあの万事屋にいるんですかィ?そうですか。じゃァ今度遊びに行きまさァ。 やっぱり一人じゃ退屈だし。 マヨ?マヨは…用意しなくていいでしょう。うん、ミントンも。 ストーカー対策もしなくていいですぜ。…ちょいと、旦那も大概人が悪い。 泣かせないで下せェよ。まったくもう。え?いや、これは冷や汗でさァ。そうそう、汗。 長いこと引き止めちまってすいやせんね。 おやいいですよ、団子は奢りだって言ったじゃないですかィ。それより旦那、あんまし 甘いもんばっか食べないで下せェよ。旦那が死んだら悲しむ奴ァ多いんですから。 万事屋の連中によろしく言っといてくれィ。それじゃ、旦那も達者で。
戊辰その後 真選組と戊辰戦争 |