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私の親友の話です。 親友はブリタニア人でしたが、幼い頃母を亡くし妹と二人日本に預けられました。 ブリタニアと日本の戦争が始まるとそのまま見捨てられました。 日本に頼れる身寄りもいなかった親友と妹は、兄妹たった二人で生きて行こうと決めたのです。 その時彼は10歳、妹は7歳でした。 その後彼らの母を慕っていたという旧知の貴族に引き取られましたが、 戦中彼らがどのようにして日本で暮らしたのか私にはわかりません。 貴族と言いましたが、お察しの通り親友はそれなりの良家の出身です。でも 彼の実家では、親友と妹は戦争が始まった時日本で死んだと思われていたそうです。 いえ思われていたとは違うかもしれません。親友曰く、死んだ事にされていた、その方が都合がよかったんだと。 親友はシニカルな人間でした。 私が彼ら二人と再会したのはある学園でした。 男性である彼に向ける言葉ではありませんが、親友は美しい人間でした。いえ容姿の話です。 私が言えた事ではありませんが心は歪み切っていたでしょう。 その学園で彼ら二人の抱えている事情を知っているのは私だけでした。 彼らの秘密を周囲に明かそうと思った事など一度もありません。そうしてしまえばようやく 手に入れた平穏が崩れ去るのは目に見えていました。 私にも容易には他人に話せない事情がありました。彼らに再会するまでの年月はあまり 思い出したいものではありません。 彼の心の歪みは誰にも察することができませんでした。彼の一番近くにいた妹でさえ察することが できませんでした。あの時、私は彼が狂っているのだと思っていました。 でも今思い返せばそんな事はありません。 親友は妹を愛していました。 身体の不自由な妹のために平和な世界とひとつの幸福を求めて足掻いていたように思います。 そして、こんな事を言うのも変ですが、彼は私も愛していました。 私は彼ら二人と再会してからも、ずっと無意識に死を求めていました。それに気付いた彼は よく私を叱りました。そして呪いのような言葉を吐いたのです。 私にとっては呪いですが、人によっては愛だと捉えるかもしれません。彼は私を愛していたのですから。 親友は世界を愛していました。口に出した事はありませんが、どんな時も明日が来ることを喜び、 生を慈しむ人間でした。ずっとやさしい世界を求めていました。 やさしい世界を求めたあまり、彼は結局世界のどす黒い部分を抱え込んで死にました。 妹や私を残して逝ってしまいました。 彼の妹は元気です。素敵な男性と婚約しましたと先日報告されました。 親友には墓がないので墓前での報告は叶いませんでしたが、 彼に宛てた手紙を書きました。届くかどうかはわかりません。 私は見ての通り生きています。彼は私にかけた呪いを願いだと言いました。 あの美しい人間の願いをきかない訳にはいきませんから、私は生きています。 …いえ、これは私の親友の話です。 ええ、ええ、悪逆ですって。違います。どうかそんな名前で呼ばないでやって下さいませんか。 親友はただの18歳の少年でした。 世界でたった二人大切な人間のために、平和でやさしい世界を求めただけの少年です。 私は彼を愛していました。 だから死にたがりの私がまだ生きています。生きろという呪いを私にかけた親友は死にました。 彼ほど自分勝手な人間を私は知りません。でも私は彼を愛していました。 ひとつの愛 |