ミンミン、と蝉の鳴き声がシャワーになって落ちてくる、真夏日だった。
外は蝉がやたらと煩いのに、どうしてだかこの病室にいると世界から音が消え去ったように感じた。 ベッドに横になっている泉の顔は全く生気がなかった。ピ、ピ、という規則正しい心拍音、 それだけが泉がまだ生きているという証拠だった。
病室の外、すぐ近くにラウンジがあった。今日甲子園では決勝戦が行われている。金属バットがボールに当たる音と、 時々上がる歓声が懐かしかった。けれどそれすら耳に入ってこなかった。
病室には懐かしい面々が揃っている。しかし泉が彼らの顔を見ることは二度となかった。 心拍音の鳴る間隔がだんだん広くなっていくのと逆に、すすり泣きの声は大きくなっていった。 そしてついには心拍音が止まり、無機質で一定な音が耳を劈く。
「いずみっ」
一番最初に名前を叫んだのは田島だった。ぼろぼろ涙をこぼしながら、横たわる彼に縋った。 「プロんなったら試合来てくれるってゆってたじゃん、俺まだプロなってないよ、なあ、いずみい」 泉の手を強く握ったが、握り返されることはなかった。なんで、なんでと田島は繰り返していた。
部屋の隅の方で、泉の母恵子が父に支えられながらすすり泣いていた。5歳年上の兄は、居た堪れなくなったのか 嗚咽しながら病室の外へ出て行った。病室の前を通りすがる人たちはみんな、泣き声を避けるように 俯いて足早に通り過ぎて行った。
みんなが泉の名を呼び続けるなか、浜田だけが涙も出ずにただ傍観していた。 目を瞑った泉の顔を穴が開くほど見つめていた。そうしていればいつか、泉が目を開けるような気がしていた。
大きい目で瞬きをして、泣いているみんなを見て驚いて、その後笑って、ばーか俺が事故なんかで死ぬかよって…
泉が死んだなんて信じたくなかった。けれど頭の中に自動的に昔の記憶が再生されて、ああこうして自分から泉と泉との思い出が 離れて行くんだってぼんやり思った。それから、どうして自分の愛ってやつが泉を守ってくれなかったんだろうって真剣に思った。
大好きだったのに、と田島が叫んだ。 空が青かった。埼玉県大会で優勝したあの日もこんな晴れの日だった。 一番好きな泉の姿を思い出そうとすると、それは西浦のユニフォームを着て野球をしている姿ばかりだった。
医師が腕時計を見て、「12時13分…」と言った声を聞いて、その時初めて浜田は涙を流した。
西浦を卒業して二年目の夏。泉はまだ19歳だった。




空は青かった

金曜の夜の居酒屋は騒がしいくらい賑わっていた。
大学の近くの居酒屋で三人で呑んでいた時のことだった。就職活動も終え、2月に入ればあとは卒業を待つだけと なった三人は、ここのところよく一緒に呑んでいた。4年通った大学も卒業間近と思うと、 野球に没頭していた高校時代など遥か昔のようだった。思い出話にも花が咲いた。
「ねえ、浜田さんの結婚相手って会ったことある?」
思い出したように栄口が言った。「ねえけど。なんで?」と巣山が焼き鳥を頬張りながら答えた。 店員に梅酒のロックを追加注文しながら、俺もーと水谷が続く。 杏酒のソーダ割りを呑みながら、なんかねえ、と栄口が言った。「なんか、こう、似てるんだよね」
誰に?と聞いた声が重なった。栄口はもう一口杏酒を呑んだ。 その名前を口に出そうとした瞬間に、ためらって、ちょっと言いにくそうに宙を見つめた。 気付かず水谷がもう一度「ねえ誰?」と聞いた。少し楽しそうな声だった。
「…泉に」
空になったグラスを大きく傾けて氷を口に含んだ。ガリガリと齧る。栄口のある種の癖みたいなもので、 よく氷を食べている。さっきまで興味ありげに楽しそうにしていた二人も、栄口の言葉を聞いて黙ってしまった。 どう思う?とでも言いそうな栄口の目に、二人して苦笑いをした。 浜田がそれでいんならいいと思うけど、と水谷が言った。
「どんな感じに似てるの」
「どことかじゃないけど、雰囲気とか…泉が女だったらこんな感じかなーっていう」
浜田とその彼女にたまたま与野駅で会った。 聞けば泉の墓参りに行ったと言う。盆でもないのになんで、という顔をしていたら、 「彼女を紹介しに行ったんだ」と照れくさそうに笑った。 結婚するんだ、と言った浜田に彼女が恥ずかしそうに、あんまり言い触らすなと抗議していた。
彼らのやりとりが高校時代の二人にそっくりだった。
栄口がもうひとつ氷を口にする。そのまま店員を呼びつけて、ビールと手羽先を注文した。 そこへ水谷がフライドポテトを追加した。
浜田は、泉がいなくなってしばらくした後大学を辞めた。そうして知人の会社で働き出した。 泉がいたはずの大学で、時が経つにつれて、友人たちの間に泉がいない事が当たり前になっていく。そういう環境に 耐えられなかったんじゃないかと栄口は思う。だから初めから泉を知らない環境に移ったのだと。
そうして浜田は先月同じ職場の女性と婚約した。
「たまたま泉みたいなのが好みだったのかな」ぽつりと栄口が言った。
「なんか、さみしんだよね。早く忘れちゃえば楽になるのにって思ってたけど、 結婚するって聞いたら、泉は?って感じで、さみしんだよね」
かと言って泉に似てるからこの人を選んだなんて言われたら、複雑じゃん、と言った。 場がしんとする。巣山の手にしていたグラスの中で氷がカランと音を立てた。 そこへ大きな声で「お待たせしました!」と店員がビールと手羽先とポテトを持ってきた。
俺が思うに、と水谷が言った。「浜田の結婚、泉はきっと喜ぶと思う」
泉はそーいうやつだよ、と言うと、そーだな、と栄口も巣山も笑った。 俺のこと忘れやがってなんていう恨み言をいうような人間じゃなかった。 泉だったらむしろ、早く忘れやがれ、しつこいんだよバカ、くらい言うんじゃないだろうか。
(そんでとっとと幸せになりやがれ、って泉なら言いそう)想像してぷっと笑ってしまった。
今度みんなで泉の墓参り行くか、と巣山が言う。賛成と二人は笑った。




空気中に 溶け残る しあわせ

夏の甲子園大会決勝戦、この日に同窓会を行うのが毎年恒例になっていた。
参加人数は年々増えていった。今では「野球部応援団」ができた経緯を知らない世代の方が多くなってしまった。 一期生の面々は、俺らも老けたもんだよと冗談交じりに笑う。 けれど、なんで毎年決勝の日なんですか、と後輩から聞かれても、彼らは今でも笑って答えることができない。
(俺らの"一番センター泉くん背番号8"が死んだ時、決勝やってたからだなんて、とても笑顔じゃ言えないよ)
一期生の彼らは今年で25歳になる。一年の夏、五回戦で負けて悔しい思いをしたあの時から、もう10年が経った。
40人近い人数が集まっているが、この中で結婚していて子供もいて、というのは浜田だけである。
「今日遅くなるから…うん。食べて帰る。コースケ寝かせといてな、じゃあ」
浜田が携帯を置く。電話の相手はどうやら妻らしい。隣に座っている田島が、唐揚げをつまみながらそれを眺めていた。 田島は高校を卒業して背が伸びた。それでも180には届かなかったが、人並みには成長したなと浜田は思う。
「コースケって子供?」と田島が聞いた。うん、と浜田が頷いて、ピッチャーからグラスにビールを注いだ。 呑む?と田島に振ったが「いい、ビールにげーから嫌い」と言った。変わってねえなーと笑った。
「なあ、コースケってどういう字?」
春巻きに手を伸ばしていたが、口に入れずに小皿に置いて、浜田は紙ナプキンを取った。 ワイシャツの胸ポケットからボールペンを取り出して、紙ナプキンの上に子供の名前を漢字で書いた。 さらさら書いていくペン先を田島はじっと見つめていた。
浜田孝介
いー名前でしょ、と浜田が言う。もうすぐ3歳になるんだとも言った。
「…うん」田島はその4文字をいつまでも見つめた。
(この名前を持ってるコースケは世界で一番幸せなんだよ。 なんてったってパパの一番大切な友達の名前をもらったんだからな)
浜田がよく子供に言い聞かせている言葉だった。 コースケは11月の上旬に生まれる予定だった。けれど予定日をいくら過ぎても浜田の妻に陣痛がやって来なかった。 原因は今でも不明だ。やっと生まれたと思ったその日は、11月29日だった。
「泉の誕生日って覚えやすいから、忘れにくいんだよね」と浜田は笑った。 誕生日いっしょだから同じ名前にしたの?と田島が聞くと、まさか、と否定した。 ボールペンをテーブルに置いて、浜田は春巻きを一口齧った。うんおいしい、と呟く。
「男の子だったら孝介って名前にしようって、決めてたんだ。泉みたいな人になってほしいから」
どっかで憧れてたんだと浜田は言った。何だかんだ言って逃げずに努力するし、 何だかんだ言って人のことよく見ていて、気を遣える人だった。 きっと泉だったら、肘を壊したとしても医者に通ってでも甲子園目指しただろうし、 どんなに境遇が悪くても自分みたいな馬鹿はやらなかったと思う。
泉にたくさん救われた、と言った。
田島にとっても今でも泉は大切でしょ、と浜田が言うと、元気よく「当たり前じゃん!」と返ってきた。
卒業式の日に泉が言っていた。
(田島、お前ちゃんと授業行けよ。そんでちゃんと4年で卒業して、プロになったら、試合見に行ってやるから!って)
そう約束した。約束通り4年で大学を卒業して、プロになった。 試験のために徹夜で勉強もしたし、レポートだって提出期限を破ったことなんてなかった。 プロになるための練習量は高校時代より増えていた。
(だから泉はゼッタイ、俺が出る試合を一試合だって見逃ずハズがない)
「俺、ココ一番!っていう場面で泉のこと思い出すんだ。ゼッタイ泉が見てる!三振なんかできねー!って」
「田島らしーね」と浜田が笑った。西浦で四番だった田島に打席が回ってくると、大抵サードランナーは泉だった。 俺をホームに帰してくれ!っていう視線を何度もらったか知れない。 その度にゲンミツに帰す!と意気込んだ自分の気持ちまで、今でも鮮明に思い出せる。
「コースケに、田島みたいな友達と出会ってほしいし、田島にとっての泉みたいな人になってほしい」
浜田は笑った。グラスに半分くらいになったビールをぐいっと飲み干すと、 気付かない間に取り分けられていた料理に箸を進めた。 「そんでね、俺みたいな馬鹿を救ってやれるような人に、」
そこまで言って言葉が詰まった。浜田がこっそり指で目元を拭った。




世界の核は 愛で 出来ている

コースケは今年8歳になる。
浦和にある浜田家に田島が遊びに行くといつも後をついて回っていた。親子ほど年が離れているがまるで兄弟のようだった。 コースケは、ゆう兄、ゆう兄と呼んで田島に懐いた。 田島は大学野球を終えた後プロになった。今では球団の主軸だ。
コースケがまだ小さい頃から、田島が試合に出る度に 「田島は昔っから野球うまかったんだぞ」と話して聞かせていたから、コースケの中で「ゆう兄」はすっかりヒーローになっていた。
「孝介、リトルリーグ入ったんだってな」
田島の膝の上に座り込んで、ボールをいじっていたコースケは「うん」と答えた。 「ゆう兄みたいに甲子園いってプロになる!」元気にそう言って笑った。「だから野球おしえて!」
コースケの入ったチームは、昔浜田と泉が入っていたチームだった。もう20年近く経っていて、 当時20代だった監督はもう50近くになっていた。それでも浜田のことを覚えていて、 「教え子の子供を教える日が来るなんてな」と笑ってコースケを歓迎してくれた。
「じゃあ中学上がったら、荒シー入るか?」と田島は笑った。そしたらプロになれるぞーと言うと、 ぜったいはいる!とコースケは目を輝かせた。台所で飲み物の準備をしながら二人の会話を聞いていた浜田は苦笑いした。
こないだのゆう兄の試合見る、と言って田島の膝から下りて、コースケはテレビのリモコンを手に取った。 先週の試合で田島は、9回ツーアウトから逆転のツーベースを打った。 中継を見ながら浜田もコースケも、奥さんに呆れられるくらいにテレビの前で騒いだ。 特に最後の田島の打席が格好よくて、コースケは何度も繰り返して観た。
テレビのリモコンを操作しながら、ゆう兄みたいになりたい、とコースケは言った。 試合の様子が流れ始める。いつもバッターボックスで聞く歓声が、画面を通して聞くとまったく違って聞こえた。
「…なー、孝介」
なに?とコースケは田島を振り向く。田島はふっと笑って「なんでもねー」と言ってコースケの頭をわしわしと撫でた。 ちょっと茶色がかった色素の薄い髪があちらこちらにはねた。
(たじまー、って呼んでみ、なんて)言えなかった。
だってこの子は泉ではないのだ。泉孝介の遺伝子を1パーセントも受け継いでいない、浜田の子供の浜田孝介なのだ。 それでも時々泉と重ねてしまう。どこも似てないのに。その度に悲しくなる。 田島が大好きだった泉は、もうどこにも存在しないのだという事実を、その度に確認しては悲しくなる。
録画を再生して、田島の膝に戻ってきたコースケが聞いた。「ゆう兄の打ち方まねしたらどんなボールでも打てる?」 んんー、とちょっと唸って田島が言う。「それよか両打ちのが対応しやすいぞ」 言ってから思い出した。泉も両打ちだった。相手投手の利き腕とか、ランナーの状況によって打席変えてた、打率も悪くなかった。
(俺も両打ちに憧れたときあったなあ)あの頃はガキだったから、何となく、スイッチヒッターっていう響きに憧れてただけかも しれない。けれど、西浦で泉の両打ちが重宝されたのは間違いなかった。 けれどその憧れの西浦のスイッチヒッターはもういない。
不意にじわりと何かが溢れてきそうになった。
コースケをぎゅっと抱きしめると、「わっ、なにゆう兄」と声を上げた。田島が何も言わないでいると、 なんか悲しいことあったの?と聞いた。
(なんだよどうしたなんかあったのか?って、泉も言った)
昔の話だ。あの時は、「なんも無いよ、無いけどしばらくこーさせて」と言った。そっか、とだけ言って泉は本当に しばらく抱き着かせてくれていた。ああ泉は優しいな、と思った記憶がある。強がったけれど、あの時ちょっと泣いた。
なんで泉はいなくなっちゃったんだろうなあ、と今でも思う。大好きだったのに。
「いっぱいあったよ、すげー悲しいことばっか、いっぱい」
泉がいなくなって10年経った。それでもまだ大好きだし悲しい。 年をとった泉が、隣でコースケに両打ちを教えるのを見たかった、と田島は思う。
浜田が3人分の麦茶を持ってきた頃には、田島は泣き出しそうになっていた。




どうか だきしめかえして