桜の木の下のベンチに座っていた彼女は小さくため息をついた。
その視線は頭上の桜の木に向けられている。
まるで彼女を守るように空に枝葉を伸ばしている一本の桜。
視線をはるか高くまで広がる真っ青な空に向ける。
そこには多数の人工的に作られた雲達も浮かんでいる。
まるで彼女の意識も視線に乗って空高く舞い上がっているようだった。
ベンチの周囲には頭上の桜の木が散らした淡い桃色の小さな花びらが地面を覆い尽くしていた。
彼女はどれくらいそのベンチに座っていたのだろうか、体中に花びらを身にまとっていた。
桜のワンピースを着て、桜の冠をかぶったお姫様みたいだ。
ゆっくりと彼女に向かって歩きながら、彼はそんなことをふと考えてしまう。
とび色の瞳はどこまでも遠くの何かを見通して少し潤んでいる。
相変わらずどこまでも高い空に顔を向けたままで、彼の存在に気づいていないかのよう。
しかし、彼は構わずにその傍まで歩いていき、小さく息を吐いてから声をかける。

「久しぶりだね。」

「そうね。」

彼女は小さくうなずいて、視線を上げて彼を見つめる。
その瞳が彼の瞳を真正面から捕らえる。
そうだ、この瞳だ。
彼の記憶の中のそれとまったく同じ色をした瞳が見つめ返している。
あの時、この瞳を見続けることができれば。
ふいに苦い悔恨の念が彼の脳裏に現れ、苦しめる。
その時、低いうなりが二人の体を震わせた。
次の瞬間、彼らの頭上を大質量の物体がものすごい速度で通り過ぎていく。
一瞬遅れて激しい風が彼らを包み、その風で降り積もっていた花びらがばっと高く舞い散った。
しかし、二人はまるで何もなかったのかのように、お互いの顔を見つめていた。

「会いたかった。ずっと、会いたかった。」

花びらがひらひらと舞い落ちる中、彼は小さく囁くように呟く。
しかし、その言葉に彼女が小さく首を振ってみせる。
そのとても憂鬱そうなしぐさに、彼の心は小さく刺すように痛む。

「私も会いたかった。でも、もう私達はあの頃には戻れないよ。」

その声は空気に溶けていきそうなほど小さい。
耳をそばだてなければ、風の囁きにしか聞こえなかったかもしれない。
しかし、その言葉を意味を理解している彼は、
自分の両肩にずっしりと重石を載せられた気分になる。
時の流れは激しく、彼らを取り巻く環境も激動だったことを思えば、
二人の関係が変わってしまうのは仕方のないことだった。
でも、少なくとも彼は彼女に会えば、そんなことは全て消え去って昔の二人に戻れると思っていた。
単純に素直にそう思っていた。
もちろんあの時に別れてからのこの世界の動向からすれば、
もし再会しても、それは殺戮の血嵐の中かもしれないとは思っていた。
今は道徳や倫理よりも謀略や暴力が世界を支配している時だったから。
そして、やはり予想通り、その真ん中で彼は彼女と再会してしまった。
しかし、それは神が用意したとしか思えない偶然。
奇跡と呼んでも差しつかえないその出来事の結果、二人はこの場所に立っていた。
遠くでとどろく音がまるで遠雷のように鼓膜に届く。
それは敵か味方の命が消える音。
どうやら今の二人がいる場所は戦闘域からはだいぶ外れてしまったようだ・・・
彼はふと、そんなことを考え、彼女の襟元についている階級章をちらりと見た。
それが意味するのは「少尉」という階級。彼と同じだ。
二人とも体に密着した特殊素材で作られたパイロットスーツを身に着けている。
それは宇宙空間でも短時間であれば体を放射線被爆から守ってくれる。
二つの大きな対立する国家・・そのいざこざに巻き込まれてしまった二人。

「なぜ?とは聞いてくれないの?」

彼女の横に座りたい。
いや、本当はこの腕に抱きしめたい。
でも、今の彼の両手に張り付いている真っ赤のものが視界に入る。
そう、それはほんの少しまでこの世界の存在していた人の血液。
だから、僕は彼女を抱くわけにはいかない。
悄然と彼は立ちつくして、彼女を見下ろしていた。

「聞いてもたぶん何も変わらないから。今の私達では・・・・」

そう、今の二人は敵同士。
エゴの塊の年寄り達が始めてしまった戦争に巻き込まれ、一兵士として戦うだけの存在。
そこに私情を挟むことはできず、ただ、自分の無力を呪いながら、生き残るため人を殺め続ける。
その先に何が待っているのかも深く考えることもなく。
いや、考えていては正気を保てず、意識外に出してしまった優秀な兵士。

「そうか・・・」

どこかで小鳥が囀る声が聞こえたが、今の彼にはそれがひどく場違いに感じた。

「どうしてなのかな?」

彼は首をかしげて右手に視線を落とす。
全体が真っ赤に染まっている。
それがまるで自分の罪をはっきりと彼に突きつけているように感じて、視線を逸らす。

「君のこと誰よりも大切に思っていたのに・・・」

そこで彼は小さく息をつく。

「今はただ悲しいだけだよ・・・・」

その言葉に何の反応をも示さず、彼女はゆっくりと立ち上がった。
そして、右手に握っているものを彼の目の前に突きつける。
彼は、鈍く輝く銃を目の前にしても少しも動揺しなかった。
それが彼の命を奪うものだったとしても。

「ねぇ・・・どうして。」

彼女は右手の親指でそれの安全装置を解除した。
彼は眉一つ動かさないで、彼女の顔を見つめていた。
その瞳を。

「私達は出会ってしまったのかな?」

次の瞬間、近くに着弾した誘導噴進弾の爆発が全てを掻き消してしまった。


 
 
 
 
 
 
 
 
 

EDEN
The end of COSMOS

Episode 11 「再会と別離」
 
 
 
 
 
 


宮城少尉が敵機と交戦しているその頃、XS-105を駆るライカー大尉も敵の最新鋭機にてこずっていた。

「くっ、さすがに向こうの最新鋭機を駆るだけあって、エースが出てきたらしいね。」

「遠距離での砲撃戦では敵の方が有利です。
こちらの攻撃による敵機への直撃弾は八発。
ですが、すべて無効化されています。」

緩い左旋回を行いながら、敵機との距離を見計らい、
急激に旋回半径を縮めて敵機からの射線はずす。

「まさか光子系の装甲まで装備してるとはね。
兵器開発は、こっちの二、三年は先行してるぞ。」

「でも、反応炉の出力が足りないようですね。
明らかに常時使っているわけではないようです。
外部サンプリングからの情報を見ると出力がかなり変動しています。
特に光子系シールドライン展開時の消費エネルギーは膨大みたいです。」

さらに背後につく敵機に対して、次は急制動をかけて、機体の高度を落とす。
それに追従できなかった敵機はその上を通過していった。
すかさず速度を上げて敵機の後ろに出る。

「なるほど、さすが専門家、見てるところが違うね。
しかし、近接格闘兵器なんて実験機のXS-105は装備して・・・」

そこではたと言葉を止めて、彼はいきなり笑い出す。

「どうしたんですか?大佐。」

「いや、宮城少尉に感謝だと思ってね。」

その言葉を聞いて、ディアナの表情が硬くなる。

「まさか、さっきの彼のアレをやるんですか?」

「それ以外にないと思うんだが。」

どうやら敵機はそれまでの戦闘で、こちらより優速であると思い込んでいるらしく、
距離を開いてから仕切りなおすつもりらしい。

「もう、渚になんて言われるか。」

盛大にため息をついてディアナが答える。

「でも、撃墜されたりするよりは遥かにマシだと思わないか?
だからこそ、例の近接戦闘用のアレも試作されているわけだしな。
なぁに、怒られるのは俺の役目だ、安心しろよ。」

「もう、そういう問題じゃないです・・・好きにしてください。」

くすりと笑みを浮かべて彼は告げる。

「了解。君は良い「カタリスト」になれるよ。こちらに転職してみないかい?」

「遠慮しておきます。宮城少尉といい、
こんないい加減で荒っぽい人達が操縦する機動兵器になんて乗りません!」

その言葉に盛大に笑い声を立てると、彼は真剣な表情になった。

「アーマードモジュールのパージと同時にリアクターをフルドライブさせてくれ。」

「了解。」

「いくぞ!!」





「この辺か?」

宮城は眼下を見下ろして、あるものを見つけた。

「あれ・・か。それにもう一機・・・とは言えないか。」

不時着したイカロスの傍には自壊した敵機動兵器の残骸があった。
情報秘匿のため、EASF,MSDF双方、機動兵器には自壊機能を搭載していた。
どうやらそれを使ったらしいな、MSDFのパイロットは・・・
その時、小さな声が後席からあがり、彼は振り返る。

「どうした?」

「あのコクピットの被弾状況だと、パイロットは二人とも・・・」

「とにかく降りてみよう。まずは確かめんとな。」

「コロニー上空20mからは慣性重力が発生するから気をつけてね。」

「了解。」

機体を慎重にコロニーの地表に近づける。
慣性重力下に入った瞬間、動作モードを切り替え、無事地表に降り立つ。

コクピットを開放して、宮城は立ち上がる。

「ライアはここにいて周辺をモニターしていてくれ。すぐ戻る。」

「わかった、気をつけてね。」

「あぁ、ありがとう。」

宮城を見送って、彼女はふうと息をつくと、目の前のイカロスに視線を向ける。
背後からの一撃、コクピットポッドが丸見えになるほどの衝撃は・・・
いや、でも、Gキャンセラーを戦闘モードにしていればある程度の衝撃には耐えられたはず。
だから、まだ決めるのは早い。
肩に独特のパーソナルマークがついており、その下に識別コードがマーキングされている。

「識別コード「URNA-02-04」のパイロット情報を出して。」

「了解。」

その時、ふと目の前を何かよぎった気がして彼女は目を上げた。
すると数枚の桜の花びらがひらひらと舞いながら風にのって通り抜けていくさまが見えた。

「さくら・・・」

伸ばした手の間をまた風に乗ってきた花びらをすり抜けて高く舞い上がっていく。
それを視線を追いかけていた時にふと、遠くの場所にうす桃色の塊がある部分に気づく。

「桜がまとめて植えてあるのかしら・・」

その近くで煙がもうもうと上がっている。

「あれは・・・」

コンソールを操作してメインモニターをそちらのほうに向ける。
さらにそこには公園らしき風景と桜並木が見えた。
その時、宮城からインカムで通信が入った。

「ライア・・・・」

その真剣で詰まった声に彼女ははっと我に返る。

「「カタリスト」は絶望・・・だ。コクピット内は半壊してる。よくこんな状態でここに着地できたもんだ。」

小さく息を呑んで、数秒だまりこむライア。
そして震える声で告げる。

「遺体だけでも・・・」

その言葉をさえぎるように宮城が答える。

「持ち帰らないほうが良いと思う・・・というか持ち帰れない。」

彼の言葉を聴き、ライアの瞳から涙がこぼれる。
目の前のコンソールにはパイロット二人の情報が表示されている。

「・・・そんな」

「「ドライバ」の姿は確認できない。
だが、血痕が西方向に続いているのでそれを追いかけてみる。」
ライアは引き続き状況のモニタを頼む。
もし、敵機が現れたらこの宙域を即座に離れて友軍に合流しろ。
俺は自分でなんとかする。」

冷静な口調だが、押し殺した雰囲気にライアは胸を締め付けられる思いで答えた。

「了解。無理はしないでね・・・」

「あぁ、もう十分してるからな。以上だ。また何か見つけたら連絡する。」

彼からの通信が切れた直後から彼女は自席でうつむいたまま、嗚咽を漏らし始めた。
細長い顎から落ちた涙が、モニタの上にぽつり、ぽつりと小さな海を作った。

「そんな・・メイリン・・あなた・・・なの?」






画面を注視していた彼女は小さく頷き、PCのドライブトレイから排出されたそのディスクを掴む。
机の上に置かれていたケースにそれを入れて立ち上がる。
PCの電源を切って、タンスに取り付けられている鏡の前に立って、
その前で髪や服の乱れがないかを確認する。
またしても小さく頷くと彼女は、
ベッドの上に置かれていたバッグを掴んでドアを開けて部屋から勢いよく飛び出して行った。
電気が消えた部屋の中、開けっ放しになってた窓からふっと風が入り、カーテンがゆっくり舞い上がる。
ガテーブルの上に置かれていた小さな紙切れが、その風に煽られて、床に落ちた。
そこにはなにやら歌詞らしきものが書かれている。
その紙面に雲から出てきた月が銀色の光を投げかけた。
 


彼女は車庫から自分の自転車を引き出して、それに乗るとゆっくりと表通りに出て、そこで立ち止まった。
ちらりと腕時計を見る。
この時間だと、まだ海岸にいるかな?それとも部屋に帰っているかな?
とりあえず海岸に先に行ってみようかな。
それでいなければ、部屋に行くということで。
そんなことを考えて、目の前の丘を下り始めた。
彼女が住んでいるマンションは、ほど高い丘の上の住宅街。
眺望が良いということで、いくつものマンションが立ち並んでいる。
たしかに部屋からは、近くの海岸を見渡すことができる。
その海岸は見事なリアス式の稜線をもっているおり、かなり見栄えがよく、
新しくマンションが企画されて、入居者募集が行われると即日売切れになるそうだ。
しかし、彼女は今住んでいるマンションに満足しているわけではない。
もともと近くに住んでいて、マンションブームの走りの時、まだ格安だった物件を両親が気に入り購入したわけだが、
丘の上にあるだけに結構不便なところがある。
今はまだましだが、引っ越してきた当初は生活雑貨全般、丘を降りたどこかの店にいかなければならなかった。
自動車で移動できれば特に気にならないのだろうが、
彼女達、学生にとっては自転車での移動は、苦痛以外の何物でもなかった。
しかもどこに行こうにも、高低差は同じときたものだから、
ちょっと出かけるにはとても不便で、出不精になってしまいそうだった。
それも数年のうちに解消されて、だいぶマシになったのだが、
どうしてもあの時の苦労が記憶に残っていて、
どこかに出かけるということに対してして、彼女は常に若干の面倒臭さを感じるようになっている。
 
それでも今日の彼女は満面の笑みで、自転車を全速力で漕いでいる。
ここ数ヶ月かけて作っていた、彼女の自作の曲がひとつ完成し、
それを一番最初に彼に聞いてもらうために。
彼女が自作の曲を作り始めてもう3年が過ぎている。
もともと詩を書くのが好きで、それを歌にして、曲を作る。
楽器の演奏は基本的にPCの音楽ソフトを使う。
そうこうしてすでに彼女は十曲ほどを作っている。
去年の文化祭には有志で三曲ほど演奏して、なかなかの好評を得た。
今のところ真剣にプロを目指しているわけではないが、
詩を書いて、曲をつけて、歌にするのが楽しくてたまらない。
今しばらくはこの趣味をやめる気にはならないということが、いつわらざる彼女の本音だった。
丘を下る大通りの突き当りまで来て、海岸道路に出る。
目のまえのLED信号が真っ赤に光っている。
空を見上げると、大きな雲がかなりの勢いで彼女の頭上を通過していく。
台風が接近してるって話だっけ?
ふいに強い風が吹きつけ、彼女の肩まである髪を勢いよく巻き上げる。
慌てて髪を抑える彼女をからかうように、もう一回強い風が吹き抜けていく。
ふう・・と小さく息をつく彼女。
視線を上げると、対抗側の信号が青から黄に変わり、見ている間に赤になった。
彼女は視線を目の前の歩道用信号に向ける。
そして、その信号が青になった瞬間、また自転車を漕ぎ始めた。
横断歩道を渡って、海岸道路を走り始めた彼女の耳に、かすかに波の打ち寄せる音が聞こえ始めた。
 


彼は一人、堤防の上に座っていた。
今いる場所は、あまり人気がない長い砂浜の右端だった。
街の中心部からは離れているため、早い時間でもあまり人がいなかった。
彼はアルバイトが終わるとよくここに来て、夕陽を眺めていた。
海に沈んでいく太陽をじっと眺めて、小一時間ほどぼんやりとしているのが今の彼の課だった。
何も考えずにぼっとしているのが好きな彼だったため、
これが彼にとっては一番の贅沢な時間の使い方だった。
今は太陽を追いかけるように月が低い位置に輝いている。
今日は風が強いため、いくつもの風に引き裂かれたような雲がその月を隠していく。
日が沈むまでに背中から吹いていた風も今は、海の方から吹いている。
その風を全身に受けながら、彼は小さく息を吐いて打ち寄せる波を見ていた。

「こんばんわ。」

ふいに彼の背後から声をかける人が現れた。
しかし、その声は彼が良く知っている女の子だった。

「こんばんわ。」

彼はくすりと笑ってから、その声のする方を振り返る。
そこには予想どおり一人の女の子の姿があった。
はぁはぁと息を吐きながら、愛用の自転車を降りて、彼女は彼の隣に座った。

「良かった。まだここにいてくれて。」

ふう・・と大きく深呼吸して、彼女はにっこりと微笑む。
見慣れているが、それでも彼女のその笑顔を見ると、
彼はいつも心の奥が暖かくなるような気分になる。
ずっと昔から彼女は、その笑顔を自分に向けてくれていた。
それが特別なことだと思うようになったのはつい最近のこと。

「どしたの?」

「えへー」

彼女はバッグからディスクを一枚取り出して彼に見せる。
それを見て彼は納得したように頷く。

「おー、できたの?新作。」

「うん。だから一番最初にあなたに聞いて欲しくて。」

「それは光栄だね。」

彼女はポータブルプレイヤーにそのディスクをセットして、
ニ分岐しているヘッドホンをとりだす。彼に片側を渡して自分も一つを手にとる。
彼は楽しそうな表情を浮かべて、ヘッドホンを身につける。
急に辺りが暗くなって、彼が視線を上げると、
それまで光を投げかけていた月が、大きな雲に隠れたところだった。
そして、吹き寄せていた風が少し弱くなる。
まるで、彼がその曲を聞くのを妨げないように気を使ったようだった。

「始めるね。」

「うん。」

彼女が再生ボタンを押すと、少しだけ間を置いて再生が始める。
ピアノの前奏で始まるメロディを聞いて、彼はおっと驚いた。
今回はバラード系なのか・・・
これまので彼女はどちらかという明るい、楽しい、そういった喜の感情を歌った曲ばかりだったのだが。

今回の彼女の曲はせつない恋の歌だった。
好きな人への想いをせつせつと歌い上げる。
純粋すぎる恋への想いをつづった歌詞。
演奏もピアノとベースの音が時折入るだけでアカペラに近い感じ。
でも、効果は十分だった。
彼は瞳を閉じて、彼女の歌い上げるその詩を心の中で追いかける。
 
ねぇ、私の声はちゃんと届いてる?
私の想いはちゃん届いてる?
あなたは二人の距離を気にしてるけど。
距離なんてまったくないのよ。
あなたが私のことを想ってくれさえすれば、
二人の距離なんて全くなくなるのだから。
こころさえ繋がっていれば、距離なんて関係ないのよ。
私はあなたのことをずっと想っているから。
だから、あなたも私のことだけ想って。
そうすれば、すべてを乗り越えていけるわ、私たちは。
 
彼は小さく息を吐く。
曲が終わり、彼女が少しだけはにかみながら彼を見る。
彼はもういちどため息をついて彼女を見る。

「どう?」

「なんか、すっごい経験をした気分。すごいよ、この曲。」

彼は思わず彼女を抱きしめる。
驚いたように目を白黒させる彼女を見て、彼は微笑みかける。

「すごくいいよ、この曲、早くみんなに聞かせてあげたい。
せつなくて、好きだって気持ちが溢れてて、心に響く歌詞だね・・・」

今年の秋の文化祭でも有志で集まって彼女の曲を演奏することになっていて、
それに使う曲を今彼女は作っていたのだった。
彼はこの曲をみんなに聞かせた時のことを考えて、くすりと笑った。
みんな驚くだろうな。
まさか、こんなバラードが出てくるなんて・・・

「ふふふ、驚いた?」

彼女が小さく首を傾げて、そう聞いてくる。

「うん、驚いた。こんな曲が出てくるなんて。」

「ねぇ・・・ひとつ聞いていい?」

「うん?どしたの?」

「今はこうして一緒に私達いられるけど、
もしかするとこれからいつか、離れるかもしれないよね?」

くすりと小さく笑って彼は彼女に尋ねる。

「つまり、この曲の二人の状況になったらって話?」

こくりと彼女は頷いて彼を見つめる。

「そうだね・・・でも、僕はそういう風になりたくないな。
できる限り君の傍にいようと努力するよ。」

目を見開く彼女を見て彼は言葉を続ける。

「できれば悲しい思いはしたくないじゃない?
もちろん、どうしても避けようのないものはあるかもしれない。
でも、そうなったとしても、二人が極力寂しくないようにしたいな・・」

まだ彼は彼女を抱きしめたままだったが、彼女はまじまじと彼の顔を見詰める。
そして、一瞬だけ視線を逸らし息をついて、はにかみながら彼の瞳を見つめる。
彼も微笑みながら彼女の瞳を見つめる。
そのとき、大きな雲に隠れていた月が現れて辺りを銀の光で照らし出した。
うち寄せる波が少しだけ低くなった。
堤防上から伸びる二つの影が一つになってそして、また二つに分かれた。




「どうして?」

その声を聞いて彼女は意識を取り戻した。
目の前には彼がいた。
その時、突然彼女は理解した。
あぁ、そうか、私はずっと、彼のところに帰ってきたかったんだ。
でも、私を包む環境はそれを許さなかった。
火星に来たときに私の命は終わっていたのかもしれない。
あなたから離れて、もぬけの殻になって。
言われるままに軍人になって、
しかも、とても優秀と評価されてしまって、それでこの奇襲部隊に抜擢された。

まさか、それであなたにまた会えることになるなんてね。
運命の神様っていじわるなのね。
あの時、あなたのパーソナルマークを見なければ。

まさか・・・
あのマークをそのまま使っているなんて。
みんなでやっていたバンド用にデザインしたマークなんて。
そんなものつけてる機動兵器なんて、あなたが乗ってるとしか思えないじゃない。

「真紀・・・」

「ひ・・ろき」

どうしたんだろ。
なぜか声が出ない。
ちゃんと話せないよ。
やっと、帰ってきたのに。
話したいことがたくさんあるのに。
私どうしたんだろ。
体もうまく動かないよ。

「真紀、どうして・・どうして?君は僕を・・」

当然じゃない?
私はあなたのことが好きなのよ。
その人を守るのは・・・


そうか・・・


私・・・


広樹を庇って。
それで背中の感覚がないんだ。
・・・・
つまり・・・
罰なのよね。
それにずっと昔に、あなたのもと去ってしまった。
さっき、私は広樹のパートナーを奪った。
その罰を与えられたのね。
でも・・・
それでも、あなたにもう一度会えてよかった。

だから、泣かないで。

もう私はこれで思い残すことはないから。
また、この世界に生まれることができるのなら。
もう一度、あなたと出会いたいな。
そして、今度は何があってもあなたの傍にいたい。

ねぇ、広樹。


私あなたに会えて、


「しあわせ・・だったよ。」






「檜山中尉ですか?」

そう背後から声をかけられても、彼は動くことができなかった。
また彼の命ももうすぐ終わろうとしていたから。
ゆっくりと腰を地面に下ろして、首だけ振り返る。

「君は?」

「私は月防衛軍「オネアミス」第二師団の宮城少尉であります。
貴機からの救難信号を受け取り、救援に参りました。」

敬礼をする宮城に小さくうなずく檜山。

「そうか・・ありがとう、宮城少尉。
しかし、少し手遅れだったようだ。
彼女もメイリンも、そして私も。」

彼の腕の中にいる女性を見て、宮城は尋ねる。
見たことがないパイロットスーツ、ということは当然敵方であるMSDFのものということだ。

「彼女は、あのMSDFの機動兵器のパイロットですか。」

しかし、檜山は首を横に振って、
事切れているように見える彼女に、いとおしげな視線を向けた。

「いや、僕の最愛の人だよ。それ以外の何者でもない。」

その一言ですべてを悟った宮城は歯を食いしばる。
そうだな。
よくある話だ。
愛し合った二人が戦争によって引き裂かれる。
そして、二人は戦場で再会してしまう・・・

でも、そんなことはあくまで小説やドラマか何かの「もしも」の世界での話であって、
現実にそんなことがあるなんて・・・

「そうでしたか・・残念です。」

搾り出すように告げた宮城に、檜山は笑顔で首を振った。

「いや、実は嬉しいんだ。
彼女はまた僕に会いに来てくれた。
それだけで僕には十分だ。」

そこで咳き込んだ檜山は口元を真っ赤に染めて、しかし満面の笑みで宮城を見た。

「中尉・・・」

「行きたまえ少尉、そして自分の責務を果たすんだ。
僕はもう疲れた、これで終わりにしたい。」

「・・・」

「さぁ、行くんだ。願わくは、君が僕の代わりにこの戦争の最後を見届けることを。
そして、いつか僕のところに来た時に話してくれ。
何が原因でこの愚かな戦争が始まり、どうやって収束したのかを。」





2007/5/5公開

Ver1.01