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某市役所での職員向けの手話研修会
一般に「聴覚障害者」と一括りにされていますが、「ろう者」と「難聴者」はかなり違います。
「難聴者」の中にもいろんな方がいますが
今日は自分の話から少しでも難聴者のことが伝われば良いなと思います。
でもあくまで私自身の話なので、他の難聴者に聞かれたら抗議されるかもしれません。
まず私は聞こえないのに話せることで驚かれることがあります。
「聴覚障害者」全員が発声出来ない訳ではないと、ここでもう判ると思います。
でも自分は、自分ではよく判りませんが、発音が悪いとよく言われます。
今日ももし話が判り難かったらすみません。
私は10歳の時に難聴になりました。
歳と共に聴力が落ちてきて、今は2級の障害者手帳を持っています。
私は補聴器を着けて、一般の中学高校短大へ通ったので
いわゆる「ろう教育」を受けていませんし、口読等の訓練も受けていません。
2年前まで同じ障害のある人たちとの交流はありませんでしたし
ずっと健聴者の中で生きてきたので、手話も判りませんでした。
私をろう学校ではなく、一般の学校へ通わせたのは
見た目は健常者と何も変わらない年頃の娘を
障害者にはしたくないという親の考えだと思います。
それが良かったのか悪かったのか、私には判りませんが
私自身は中学高校と、周りの人とコミュニケーションが上手に出来ず
かなり寂しい学校生活でした。
もしもろう学校に通っていれば、また違う人生だったのかなとも思います。
難聴者は健聴者の中で、家族の中ですら孤立してしまい
孤独を感じながら生きている人が多いような気がします。
私は、手話が出来るろう者を羨ましく思っていました。
手話という素敵なコミュニケーション手段があり、仲間がいて良いなぁと思っていました。
そして私は、聞こえないから健聴者にはなれない。
でも手話が出来ないからろう者にもなれない。
どこにも身の置き場がなくて、難聴者は何て寂しい障害者だろうと思っていました。
「耳が聞こえない」と言うと「手話を覚えたら?」と言われます。
初対面の方に聞こえないことを伝えると
「私は手話を勉強しているんですよ」と言われた事がありますが
「でも私は手話が判りません」と答えるととてもがっかりした顔をされました。
「耳が聞こえない」というだけで、「ぜひ手話を教えてください」と言われたことも何回もあります。
聴覚障害のことに興味を持ってくれることは嬉しいですが
その度に「手話が出来ない聴覚障害者って一体何なんだろう?」と思いました。
そんな自分を理解してくれる人は、きっと1人もいないんだろうなと思っていました。
そんな風に「手話が出来ない聴覚障害者」がいますし
みなさんには、聴覚障害者のコミュニケーション手段は、手話だけではない
ということも理解して頂けたらと思います。
聞こえなくなったらその日から自動的に手話が出来るようになる訳ではないんです。
もちろん手話はとても便利ですし、私自身も今は手話を勉強していますが
聞こえない人が聞こえる人たちに混じって手話を勉強することはとても大変です。
私は手話の勉強を始めてまだたったの1年半ですが
未だに、手話独特の文法に戸惑うことが多々あります。
私は「手話」とは、ろう者の独立した言語だと思っています。
そして、私にとって手話は、あくまでもコミュニケーションの中の1つの方法です。
コミュニケーションの方法は、手話以外にも、口話、筆談等
いろんな方法があることを少しでも知ってもらいたいです。
難聴についてよく知らない人や、難聴よりも重度な障害がある人から見れば
「難聴」なんて軽い障害に見えるかもしれません。
実際私はインターネットで、車イスの方に「あなた、別に何も困ってないでしょう?」と言われました。
自分の悩みはそんなに大したことじゃないのかも知れません。
でも、どうしてこんなに涙が出てしまうのかな。
どうしてこんなに苦しくて生きていくのが大変なのかな?とも思います。
難聴になって一番辛いのは、周りの人とのコミュニケーションが遮断されるということです。
「難聴」=「コミュニケーション障害」だと思っています。
例えば子どもの授業参観の時に、他のお母さん方は楽しそうにお話をしています。
先生が何か言って全員がドッと笑ったりします。
でも、自分だけ状況が何も理解出来ないのです。
自分だけガラスケースに入れられている様で、みんなと一緒にいても
自分がみんなと同じ時間を共有して過ごしているという実感が沸かないんです。
普段の生活の中で、聞こえないので書いてくださいとは、なかなか言えません。
「筆談ホステス」を知っていますか?あの方は自分も筆談して、相手にも筆談してもらって
お互いに筆談でコミュニケーションをしているみたいですが
私の場合は自分は話せるのに、相手に書いてもらう。相手にばかり負担をかけることになります。
それがすごく心苦しいですし、申し訳ないなと思ってしまうんです。
どうしても必要な時は「聞こえないので、すみませんが書いてください」と言いますが
それでも躊躇われたり、嫌がられたりしてきました。
そんな経験をする度にますます言えなくなりました。
まして、雑談などたわいもない話をいちいち書いてくれる人は殆どいないと思います。
自分は、人と関わることがとても怖いです。
以前耳鼻科に行った時、待合室のポスターに
「聞こえにくくて困るのは、あなたではなく周りの人たちです」と書いてありました。
ポスターの真意を自分が取り違えていることは判っていますが、それでもとてもショックでした。
ポスターを見た人が、その言葉を鵜呑みにしてしまうのが心配です。
周りの人に迷惑を掛けるだけなら、自分はいない方が良いと考えてしまいます。
例えば市役所に用事がある時も、聞こえない自分が来るより
聞こえる主人に頼んだ方が良いと思ってしまうんです。
人と話す必要がある場所に出掛けるのが、今でも怖くて苦痛です。
例えば自分は、マクドナルドですら、未だに1人では絶対に行けません。
難聴者の本質的な悩みは、人に気付かれにくく、理解されづらく、誤解を受けやすいことです。
難聴の人は、聞いていない訳ではないのに「聞いてなかったの?」と責められることがよくあります。
努力が足りない訳でも、頑張れば聞こえる訳でもありません。
車イスの人に「この階段を1人で上りなさい」と言う人はいませんが
難聴の人はそれに近いことをいつも言われていると思います。
見た目は健聴者と同じなので、多分黙っていれば「難聴者」だとは気付かれないでしょう。
しかし、話しかけられても聞き取れないことで、思うような受け答えが出来ず
無愛想な人だなぁとか、性格に難があるのかな?などと思われるかも知れません。
人によって聞きやすい声の人、聞こえない声の人がいます。
好き嫌いで区別している訳ではありません。
私の場合は、家族や友だちの声は良く聞こえますが、他人の声は殆ど認識出来ません。
今年の子どもの家庭訪問は主人に同席してもらったのですが
新しい担任の先生に聞こえの度合いを聞かれた時、
主人に「この位の大きさの声は、聞こえているよね」と言われました。
確かに聞き慣れている主人の声は聞こえますが、初めて会った先生の声は聞き取れませんでした。
同じ難聴と言っても、聞こえ方は人それぞれで、大きな声で話せば聞こえる訳ではありません。
私の場合は両耳同じ聴力ですが、左耳は音を音として認識出来ないので、補聴器が使えません。
右耳の方がまだましに聞こえますが、それでもチューナーが微妙にずれたラジオの様です。
ボリュームを上げても、雑音が入るのは変わらないので、きれいには聞き取れません。
でも「聞こえない」と言うと、声を大きくされる事があります。
周りの人が振り返るくらい大声で話されると、恥ずかしいだけですごく嫌です。
私が「要約筆記」という言葉を10年位前にインターネットで初めて知った時は
長い長いトンネルの出口がやっと見えたような気がしました。
それまでは、子どもが成長するにつれて、これから社会の中で自分はどうやって
生きていけば良いのか、本当に何も判らず、途方に暮れていたので
要約筆記があれば、自分でも外に出て行けるんだと、初めて希望が持てました。
でも以前は、せっかくの要約筆記を利用出来なくて、歯がゆい思いをしていました。
一番上の子は今小学6年生ですが、園や学校の行事は全部主人に行ってもらっていました。
お母さんは聞こえないからしょうがないよねと、子どもにも寂しい思いをさせてしまいました。
K市では平成18年度から要約筆記が利用出来るようになりました。
私がそれを知ったのは、平成20年度です。
私も今では要約筆記の方にサポートしてもらいながら
学校行事にも参加出来るようになり、本当に嬉しく思っています。
何よりも私が学校に行くことで、子どもたちが喜んでくれるのが、一番幸せです。
今までは、私の周りの人たちは、聞こえない私とどう接したら良いのか判らず
もてあましていたと思います。
でも私が要約筆記者と一緒に学校へ行くことで、周りの人たちも
こうすればコミュニケーションが取れるんだと知ってくれて、
少しずつ障害について理解してくれたら良いなと思います。
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