自己紹介


誕生日が来て33才(息子は5才)になったから、ここも更新しなくちゃいけないですね。。ここを立ち上げて1年も経たないけど色んな事がありましたね。。平穏無事とは万事行かない物です。。2000年ファーストステージでJ1残留争いは過去の物になったと思ったのに、セカンドステージでやっぱりイヤなドキドキさせてくれるし。。。

ファン同士の間でもイヤなことが多かったですね。。ネット上だけの問題だと思うけど、頑張ろうって思ってる人の揚げ足を取る人がいて、ちょっとネットを見る気力を失いかけた時期もありました。。

出る釘は打たれる”みたいな、

日本人的な古い感覚ってすごくやだね。。頑張ってる人間がいたら垣根なしに無条件に応援しようよ。。その人がどんなつもりであろうが、関係ないじゃん。。その事がJEF市原の為になることであればいいんでしょ。。

足を引っ張りたい人って基本的には、自分が目立ちたいって思ってるんじゃないかな。。出来れば、自分が先頭に立って、みたいな。。でも、気付いて欲しいよ、人の揚げ足を取るような卑怯者に、ついて行くやつなんて居ないって事を。。大事なのは労を惜しまず、行動を起こすことなのさ。。

もしかしたら、俺が知らないような過去からの経緯みたいな物もあるのかもしれないけど、どうせ数少ないサポーターなんだから仲良くやろうよ。。”みんな仲良く”って言うと嫌う人もいるけど、ほんとにさ。。

話は、自己紹介っぽく全然ないけど、こんな事を考えてる人間ってことなんですよね。。

去っていった選手もいましたし、新たに加わってくれた選手もいます。。チームのカラーは変われども、俺がJEF市原を応援して行く気持ちに、何ら変わりはありません。。

俺がJEF市原最後のサポーターになる!

別にJEF市原に終わりが来るって分けじゃありません。。100年は続くのさ。。だけど、そんなつもりでやってれば、怖い物なんて何もなくなる物ですよ。。

2001年2月吉日


今日はゾノユキです。。年齢は江尻コーチ武田選手と同学年の32才です。。JEF市原のホームタウン市原市で生まれて育ち、現在も市原市に住んでいます。

家族は、世界一の美女である(TVでピクシーが自分の妻は世界一の美人だと言っていたのが格好良かったのでまねして見ました。。もちろん家の場合はがこのHPを見たときの対策も兼ねております。)そして、幼稚園生の息子(4才)娘(2才)の4人家族でJEF市原を応援しております。

俺が、JEF市原を応援しはじめたのは、Jリーグ開幕(1993年)の時からです。。ブームにのってファンになり、ブームが去った後も応援を続ける数少ない生き残りの一人となりました。。今でも初めて見に行った国立の感動が忘れられないな。。何度も何度もウェーブやったっけな。。(遠い目)

最初のころ俺のサポーター生活は、幸運な物とは言えませんでした。。チッケトが手に入らない。。見たいのに見れないジレンマがつのりました。。当時JEF市原のホームゲームチッケトをもっとも手に入れづらかったのは、俺のような一般の市原市民サポーターでした。。一枚も取れないのによく無駄に並んだものでした。。そのうち、知恵が付いて市外や県外に出かけてチッケトを取るようになりました。。そして、まもなくしてJリーグバブルもはじけ飛びました。

特にJEF市原のはじけ方は凄まじく、城選手の退団(1997年)が拍車をかけ、それに伴うチームの低迷によって決定的な物となり、今では最低の観客動員数を続けるJリーグのお荷物チームに成り下がってしまいました。。

そんなおり(1999年)、やはりブームにのって初めたインターネットにより運命的なHPと出会いました。。その名もハレルヤJEF市原の応援団長であったWADAさんが運営されていて、サポーターの社交場のような雰囲気をかもし出していました。。そこで、初めて様々な情報やサポーターたちの意見にふれるようになり、残留争いを続けるJEF市原が、降格の危機と同時に、消滅、合併、移転などの危険要素をはらむでいることを知りました。。パニックに陥った俺は、一人で勝手にビラ貼りなどの観客動員作戦をはじめ、ハレルヤの掲示板でも、大いに活動を煽るようなカキコを続けました。。

WADAさんを先頭にはじめた、ホーム最終戦を満員の観客で埋めようという活動臨海1万5千人大作戦(現在も続行中)は、粋な奴ら市原粋犬会の活躍によって、サポーター、ボランティア、クラブまでもを巻き込む盛り上がりをみせました。しかし、一度離れたファンの心を呼び戻すのは難しく目標には遠く及ばない結果に終わり、試合の方も神戸に惜敗し、自力残留の可能性がなくなりました。。絶望した俺は、翌日のバーベキュー大会で一人悪酔いして泣きじゃくり、近所の奥さんに”旦那さん元気だしなよ”と慰められる醜態を演じてしまいました。

その後、遠方まで応援にいかれた皆さんの力もあってJEF市原は奇跡の残留を成し遂げ、市原市完全移転、ホームタウン元年の年を無事J1で迎える事ができました。。JEF市原市原市への練習場移転の俺に与える恩恵は図りしれず、今まで公式戦の時のみであった接点を飛躍的に拡大させることとなりました。。

そこで、今までお世話になった皆さんやこれからJEF市原を応援しようと言う方のために、俺が目で見た生の情報をお伝えできる場所を創ろうと思い立ちこのHPを立ち上げるにいたりました。。なにせ、サッカー経験のない、ずぶの素人のため、あまり参考にはならないと思いますが、○○選手の汗が綺麗だったとか、○○選手が噛みついたとか、そういうレベルの内容になろうとは思いますが、出来る限り更新しますのでご贔屓にお願いいたします。

2000年5月吉日

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