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鬼門の名の由来と天照大神の名の由来 『法華経』の「国名常立勝幡」の「国名常立」は、『古事記』の天常立神と国常立神の「常立」になるが、本来は「国名常立」から、「名」を取ったという意味の「国常立」であった。さらに艮方角を鬼門と言う由来は、『法華経』の中の『観世音菩薩普門品二十五』に、「龍魚諸鬼難」・「是諸悪鬼」・「羅刹鬼国」・「毒龍諸鬼等」・「地獄鬼畜生」などに五度にわたって書かれる「鬼」と、普門品の「門」の合体であるし、「龍魚諸鬼難」の「難」が阿難尊者と阿難陀龍王を示し、阿難尊者の「尊」が、国常立尊の「尊」になっている。 何故天照大神の祀られている伊勢神宮の守護を、法華経の守護神の八大龍王がするのかと言えば、天照大神の名の「天照」も、『法華経』の『観世音菩薩普門品二十五』の「普明照世間」の「普照(アマテル)」の漢字転換から名づけられているからだ。さらに「大神」という言葉は、『摩訶般若波羅密多心経』の「是大神呪 是大明呪 是無等等呪」の「是大神呪」の「大神」から名づけられたものだった。『観世音菩薩普門品』には「諸」の漢字が八回出て来るが、これが三輪山の別名の御諸山の由来となっている。 さて、阿難尊者の未来生の仏である山海慧自在通王如来の名は、日本の国土が、山と海の自然の恩恵に恵まれ、山海の幸が豊富であり、山海の幸の流通が自由自在であることを、的確に表現していたし、「国土は清浄で瑠璃を地となし」は、日本の浄瑠璃の由来が『法華経』の釈迦の予言にあることを示し、「劫を妙音遍満と名づける」は、劫は時代のことで、我が国が古代から「言霊の幸はう国」と言われたことの由来である。妙音遍満は和歌のように懸け詞になっていることを好み、漢字と漢字の音が暗号化されているものが遍満しているのが、『記紀』であり、日本神道なのだ。山海の恵みは、山幸・海幸になり、『記紀』の山幸彦と海幸彦に引用されることになる。
先述したように、『観世音菩薩普門品』には御諸山の語源となった「諸」が八回出て来るが、仏教の須弥山思想の金輪・風輪・水輪の三輪を名の由来とする三輪山は、神仏混合時代から、平等寺という観世音菩薩を本尊とする曹洞宗の名刹がある。聖徳太子の創建と言われ、かっては大神神社の神宮寺として、天台宗の僧侶が時勢を誇った寺であった。 三輪山(御諸山)が龍蛇信仰の山であることも、『観音経(観世音菩薩普門品二十五)』の「龍魚諸鬼難」と「毒龍諸鬼等」の「龍」と「諸」の漢字に由来していることになる。さらに、三輪山が三諸山と言われるのは、『旧約聖書』のイザヤ書の第二章で、「諸の山の頭」・「諸の峰々よりも高く」・「諸の国の間に」と書かれる、「三つの諸」を由来としていて、三輪山が仏教・『旧約聖書』=ユダヤ教・中国道教の三つの宗教の和である日本神道の本山であったことから、三和山とも書かれている。 国名常立勝幡の「勝幡」も神道の神名になった 『法華経』の釈迦の予言の国名常立勝幡の「勝幡」は、一体何処に暗号化されたのかと言うと、天照大神の五男神の長男の正勝吾勝勝速日天忍穂耳命という長い名に、三度にわたって「勝」を強調して書かれ、忍穂耳の妃の万幡豊秋津師姫(栲幡千千姫)の名に「幡」が書かれ、全国に数万社にものぼる八幡宮の八幡にも「幡」の漢字が書かれている。 正勝吾勝勝速日天忍穂耳命と万幡豊秋津師姫の夫婦仲良くセットで、順序良く「勝幡」が神名に入っているとなると、偶然ではない。 日本神道の中心的な神の天照大神の長男の忍穂耳命と妃の豊秋津師姫の間に生まれたのが、物部神道の石上神宮の祭神で、十種神宝を操ったニギハヤヒ命(フルの御魂)と、三種の神器を携えて、天孫降臨して来たニニギ命である。 ニギハヤヒ命は石上神宮(石神上宮のアナグラム)の祭神だから、「石神(イスラエルの神の意)」であり、ニニギ命の正式名の天饒石国饒石天津彦瓊瓊杵尊(アメニギシクニニギシアマツヒコニニギネノミコト)の名の饒と饒の間に、「石国」が隠されている。「石国」とは中国の景教文献では「イスラエル王国」のこととされているから、『法華経』の国名常立勝幡の「勝幡」を引用した忍穂耳命と、豊秋津師姫の御子の二人がともに、イスラエルの神と古代のイスラエル王国を暗号にしていることになる。 『日本神道に封印された古代ユダヤの暗号』日本文芸社刊で、私は石上神宮の十種神宝はユダヤ秘教文献の『天使文章』の図形と同じ物が七種あることを図説した。十種祓いの呪言で唱える、「天下万物聚類化生大元乃神宝(アメノシタヨロズモノノタグイイデナムオオモトノカンダカラ)」は、イスラエルのエルサレムの地下にある聖なる岩のエベェン・シティア(万物が発生したとされる世界の礎石)に起因することなどを考え合わせると、日本神道とイスラエルの深い関係がわかるというものだ。 さらに、『記紀』の「宇比地邇(泥土煮)」という神の名は、「初人(泥土人)」のことで、『旧約聖書』の『創世記』に書かれる、「赤土から造られた人類最初の人間のアダム」のことであるのも見逃せないし、国常立神の後に書かれる豊雲野神は、『日本書紀』では葉木国野尊(ハコクニノミコト)とも書かれ、「ハコクニ」と言えば、『旧約聖書』のノアの箱船や契約の箱の国のイスラエルのことになる。 『記紀』に散りばめられた暗号は、このように止まることを知らない。『記紀』の暗号は間違い無く、古代インドの釈迦の経典の『法華経』と『般若心経』と古代ユダヤのトーラーの『旧約聖書』につながった。 伊勢神宮の正殿の間口の寸法は弥勒の数 伊勢神宮は二千年前まで、大和の三輪山の西北の現在の檜原神社の地に祀られたが、その時には社殿はまだ無かった。時代が過ぎて、天武天皇の時代に、天皇自ら社殿の設計を手掛けたが、建設前に崩御され、皇后であった第四十一代持統天皇が天武天皇の御意志を継いで、伊勢に神宮を建てられた。今から約千四百年前の持統四年のことで、現在まで寸法と形状(神明造り)は、天武天皇が定めた通り守られている。 伊勢神宮の内宮と外宮の正殿の寸法は、間口が三丈六尺九寸で、奥行き一丈八尺であり、創建時からまったく変わっていない。間口の三丈六尺九寸の寸法の数字は、3・6・9の弥勒の数で、奥行きの一丈八尺の数字は、18日を観音の命日とすることと、3・6・9の合計が18であり、弥勒下生の数字56億7千万年の5・6・7の合計数が18になることに起因している。 さらに持統天皇の幼名はサララ皇女と言い、この名はシュメールの生命の木のエシャ・ラム・アーダが古代インドにわたって、ササラ、サラ、またはサララと呼ばれたことにもつながっている。 弥勒の数字の3・6・9の根源は、シュメールの後を継いだアッカド王朝の神話にまで遡る。アッカド神話の『神々の戦争(エヌマ・エリシュ)』で、天神アンの子の水神エンキの子のマルドゥークが神々の戦争に勝利して、アンヌンナキの神々を天界と地上界に分けたことが書かれている。我が国の天神地祇(天津神と国津神)の分類法はこれに起因しているが、マルドゥークは九百柱の神々の、三百柱を天界に、六百柱の神々を地上界に分けて住まわせた。 これらの三百柱・六百柱・九百柱の数字から百を取った数字が、弥勒の数字転換の3・6・9に相当し、弥勒の名がマルドゥーク神話にあることがわかる。マルドゥークの神紋は亀甲紋であり、弥勒の兜率天界の名の「兜」は、「甲太」でもあって、亀甲紋を示している。また兜率天界とは兜を被った天界の軍団を率いることも意味していて、マルドゥークが天界の軍団を統率して神々の戦争を行ったことを示している。 弥勒はペルシャ神話のミスラがヒンドゥ教のミトラになり、ミトラが仏教でマイトレーヤとなって、日本で弥勒と表記されることになった。ヒンドゥ教ではミトラはヴァルナ神と同一視され、ミトラ・ヴァルナと呼ばれた。ヴァルナ神はヒンドゥ教の司法神であり、宇宙の森羅万象の運行を司り、神々の不正を処罰し、同時に人間の不正も見逃さないという厳格な神だった。ミトラ・ヴァルナはマルドゥークだったわけだ。 ヴァルナ神の名はシュメールのエンキ神の兄弟の、天空神のエンリルの別名のヴァル(バハァル)に起因し、水神のエンキの水に関係する神として、仏教では亀に乗る水天となった。ヴァルナ神も亀甲紋に関連し、ヴァルナの名は牛角のヴァル神を象徴し、ミトラは虎を象徴し、ヴァルナ・ミトラが艮の金神となった。P,10 神道の言霊の語源 アッカド神話の『エヌマ・エリシュ』は七つの粘土板から成るが、第三の書板に、「アンシャル(天神アンの父神)はマルドゥークの求めを受け入れることにし、神々を呼び集め宴会が開かれる。アンシャルはアンヌンナキの神々に対して、マルドゥークにシムトゥ(神命)を与えるように提案する。」と書かれ、第四の書板に、「神々はマルドゥークに力を示して見せるよう求め、マルドゥークは天空にシルシを現したり消したりして、超能力を示す。神々は歓呼してマルドゥークを讃え、シムトゥが与えられる。」その後マルドゥークは海神のティアマト軍に勝ち、魔力ある怪剣でティアマトの身体を二つに切り、天と地に分けて、アンは天の神、エア(エンキ)は地水の神とし、エンリルは中間の大気の神とされて、マルドゥークは太陽、月、恒星、遊星を造って天に配置し、一年を十二の月に分けたことなどが書かれている。 この神話で重要なことは、マルドゥークが神々に認められて授けられた、シムトゥである。これは神々を支配することの出来るシンボルであり、神の生命そのものだった。「シムトゥ」は「シム ウトゥ」のことであり、月神シンと太陽神ウトゥの合体した名であった。シムトゥを受け取って、始めてマルドゥークが太陽と月と星を造っているから間違いない。 日本の天皇が日嗣の皇子と言われるのは、「日月」にあって、スメラミコトといわれる由縁が、シュメール(スメル)にあるとすれば、太陽神ウトゥと月神シンの合体であるシムトゥが、日本神道の「神道」の言霊の本当の語源となっていることになる。 今までは、中国の四書五経の一つの『易経』の文章に、「神道」の言葉が書かれていたのが、語源とされていたが、それは漢字だけにすぎない。 「神道」は「シンドゥ」と発音されずに、頑に「シントゥ」と発音させているし、日本神道の究極のシンボルも天皇(支配者)が継承する三種の神器であり、シムトゥと神道の語源が一致することを認める他はない。三種の神器の一つの八咫鏡がシムトゥに相当するし、マルドゥークの魔力ある怪剣が、草薙の剣に相当することになる。両方ともまったく同じ物ではないが、思想の根底はまったく同じである。 さて、このシムトゥが古代のインドに渡って、シンドゥ(ヒンドゥ)となり、シンドゥラーとなり、インドラとなった。マルドゥークの怪剣が、帝釈天インドラの刀利天界の「刀」に相当し、インドラ神は悪龍のヴィリトラを退治して、水と光明を人間にもたらした雷霆神であり、二頭立ての戦車に乗ってルドラ神軍を率いて空中を馳せて戦った。インドラ神は神々の王と呼ばれ、マルドゥークも神々の王と呼ばれ、手に雷火を持って旋風の戦車に乗って、ティアマト軍の悪龍に勝っているから、両者はまったく同一神だった。 |