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鞍馬山の魔王尊の紋章 平安京の北の守りとして開かれた鞍馬山の鞍馬寺は、天平宝字元年に唐の高僧鑑真の高弟の鑑禎が庵を結んで、毘沙門天を祀ったのが始まりである。鞍馬山の奥院では魔王尊サナート・クマーラを祀っていて、その紋章は六芒星の外周を円で結び、円の外周を十六菊花紋で飾っている。 寺の本堂前の広場でも、巨大な六芒星が石タイルを敷きつめて作られていて、護摩焚きに使用されている。魔王クマーラは650万年前に、金星から地球統治のために、ヒマラヤ山中と鞍馬山に降臨したことが、由緒書きに書かれていて、金星は六芒星で象徴されるから、魔王尊の紋章もデタラメではない。 古代インドでは鞍馬の「クラ」は、「集落、部族」を示す言葉で、クラ馬とは騎馬民族の集落の意味でもあった。サナート・クマーラの「サナート」は、古代インドのコーサラ国の首都のサール・ナートのことで、アショーカ王の石柱の建てられていた都で、釈迦が説教した鹿野苑のあった都でもある。 「クマーラ」は、ヒンドゥ教のシヴァ神の子のスカンダ神、ムルガン神、カールッティケーヤ神などの異名であり、神々の軍隊を統率する軍神であった。マルドゥーク、インドラ、兜率天の弥勒の性格に符合している。 またクマーラは、古代インドのマガダ国に紀元320年に王朝を開いたチャンドラ・グプタ一世の王妃のクマーラ・デーヴィーとその子孫などに名が見える。彼女は釈迦の時代にヴァイシャーリ国を統治していたリッチャヴィ家の出身だった。古代インドのヴァイシャーリ国もマガダ国・コーサラ国・カーシー国・マツラ国と同じようにユダヤ王家の国だったことが想像出来るのだ。 さらにクマーラの名は、紀元406年に『妙法蓮華経』を漢訳して著した鳩摩羅什にもつながる。彼は中国西域の亀茲国(キジ国・クチャ国)の人で、リッチャヴィ家かクマーラ王家の血筋の人だと考えられる。 鳩摩羅什の原名はクマーラ・ジーヴァと言うが、「什」の漢字は「イスラエル十部族の人」を示すとともに、「ジュウ」の発音が、ユダヤ人のことをJew(ジュウ)と呼ぶことから、「什」の漢字を暗号としたことになる。この『妙法蓮華経』がイスラエル十部族にとって重要な経典であったから、鳩摩羅什は漢訳することに没頭することになったのである。 この鳩摩羅什の漢訳した『法華経』の正体を知っていたのが、鑑真と鑑禎で、鑑禎が鞍馬山に草庵を結んだとされる、天平宝字元年の年号の「宝字」も暗号なのだ。『法華経』の妙法蓮華と呼ばれる物は、天平宝字(文字の宝)の元だということだ。天平の「平」の旧字体は、「一八十(イハト)」となっていて、天平は天照大神が籠もった天石戸の暗号となっている。 |