子どもたち一人ひとりのちがう個性が生かされ、輝くことを求めて!
「群れ遊びを復活させる」とともに「教育を変える」ために、力を合わせましょう!
いま、子どもたちの状況は深刻になっています。子どもたちの「育つ環境」が崩れたからです。
その結果、子どもたちは、自殺、殺人、虐待、家庭内暴力、ひきこもり、麻薬、体力低下、考える力と学力の低下などに陥っています。とくに広範で深い影響を与えているのは、少年期・学童期の「群れ遊びの消滅」です。
四〇代半ば以降の大人なら、誰でもが経験した「群れ遊び」です。小学校の六年間、放課後、小さい子から大きい子まで、カンけりや馬とび、おしくらまんじゅうや、メンコやビー玉や草野球など、毎日行われていた「群れ遊び」が、忽然と全国津々浦々から消えたのです。その原因は、高度経済成長によって、「原っぱ」は住宅や駐車場に。大通りと子どもたちがよんだ「道路」は自動車の走行に。「田んぼや小川」は農薬によってできなくなり、子どもの自由時間だった「放課後」は、受験競争が激化する中、学習塾通いや部活や習い事やスポーツクラブ通いで、大人の管理時間の中に入り、子どもたちがしぜんに群れて遊ぶことができなくなったのです。かろうじて、わずかに残された自由時間で、テレビゲームや携帯ゲームに熱中してストレスを発散している状況です。
その結果、「群れ遊び」がもたらしていた「人間の育ちの基礎」が崩れ出しました。家の外の初めての他人である近所の子と「友だち」になること、ルールを守ること、がまんすること、転んだ子に手をさしのべること、小さい子にハンデをつけて、共に遊ぶ工夫をするリーダー性を身につけること、好きなことをする中で身につく自発性や積極性、集中力や創造力を身につけること、基礎体力をつけ俊敏性を養うこと等ができなくなったのです。( これらは、大人の誰にも教わらなくても、六年間の毎日の楽しい「群れ遊び」を通してしぜんに身に着けていたものです。)その結果、大人として人間の基本として身につけておかなければならない資質――他人へのやさしさとはたらきかけ、ルールを守ること、がまんすること等が身につかなくなったのです。そして、子はそのまま大人になったため、現在、大人の劣化、親の劣化が進行して、虐待や子殺しや異常なクレームの増大やルール違反が平気で行われ出しているのです。その親の足元の子どもたちはいまも、苦しみとストレスを抱えて悩んでいます。とくに、友だちをつくるツールで爆発的に広がった携帯による友だちづくりの悩みは深刻で、いつも繋がっていたいと、メールのやり取りで深夜まで起きて寝不足になったり、メル友の登録数が七百人では足りず、千人が登録出来る携帯に変えたり、友だちがいないことを見られるのが嫌で、一人で学生食堂に入れずにトイレの便器に座って食事をする方が気が楽だという大学生まで現れ出した、という異常事態になっているのです。
これらは学力以前の問題です。それだけ「群れ遊びの消滅」がもたらしているものは、深刻なのです。もう待ったなし、です。
根本的な解決は、一度途絶えた「群れ遊び」を復活させることです。一度途絶えた「祭りを復活させよう」と大人は全国で動いていますが、自分の足元の子どもの「群れ遊びの復活」にも力を入れてほしいのです。そのためには、子どもの育つ環境を破壊したわれわれ大人が責任をもって、用意するしかないのです。
その用意とは、子どもたちの群れ遊びができる「空間と時間の確保」です。空間としては、原っぱ、広場の確保。時間としては、放課後の、子どもたちの自由時間の確保です。
いままで空間環境は、緑地保全地域や、老人のためにゲートボール場の確保はされていますが、群れ遊びの「原っぱ・広場の確保」が十分ではありません。( 一部、冒険広場の先進的な取り組みがあります )
時間としては、最大の阻害要因は、受験競争です。とくにその競争の頂点にある大学受験競争です。大学入学に要求される内容が、なぜ通常の学校教育内では足りず、受験用の塾通いをし、さらに家庭学習をしなければならないのか、です。「受験用教育の激化が子どもたちから考える力を奪っている。『教育汚染』である」と、ノーベル賞を受賞した益川さんは指摘しています。受験競争は、子どもたちから「考える力」を奪い、「群れ遊び」を奪うという二重の破壊を引き起しているのです。
大学側は、いまの小中高校の教育内容では足りなければ、教育内容の改善を文部省に要求すべきです。そして、文部省はそれに応えるべきです。それをせず、足りないところは、学習塾で補わせるのは、本末転倒です。高度経済成長以前、誰も放課後、学習塾に行くことはなかった。どろんこになって群れ遊びに熱中していたのです。それでも大学を受験し入学し、今日の経済発展を築いたのです。問題の本質は、学校教育内で、大学入学の資格が十分確保できる教育内容に変えることではないでしょうか。
以上のことが実行されるならば、大学入学に向けての受験競争はなくなり、先生は「詰め込み教育」と「せきたて教育」から解放され、子ども一人ひとりの個性と向き合い、「考える力」を伸ばせて、子どもの個性ある成長を促せます。
放課後の子どもたちは自由時間を獲得し、群れ遊びができ、人間としての基本を身につけられ、感性豊かな子どもが成長します。
「環境が変わってるから、昔のような群れ遊びの復活は無理だよ」という声もあります。たしかに道路では遊べません。しかし、形は変わっても、中身が外遊び中心の「群れ遊び」ならいいのです。みんなで知恵を出せば、現代の状況にあった「群れ遊びの復活」はできるのです。
そのためには同時に大人・親自らの反省も求められます。現在、大人は放課後の子どもの時間に介入し過ぎていませんか。放課後の部活での父兄の指導。スポーツジムへ通わせての大人の指導。学習塾に通わせての大人の指導。これでは、子どもの自発性と個性は委縮し失われてしまいます。親の願い、想いはわかりますが、まずは、子どもの自由時間を確保してあげる。そして、群れ遊びのリーダーを中心にして、群れ遊びを復活させて、十分遊ばせる。放課後の子どもたちの自由な遊びには、大人は介入しない。見守りだけにする。その上で、子どもの自発性において、多様なスポーツクラブや習い事を選択できる環境を用意してあげる、です。
誰も子どもの良き成長を願わぬものはいません。その想いと熱意と力を、大人はよく考え、子どもの世界に介入するのでなく、大人の世界に介入して、子どもの育つ環境・「群れ遊びの復活」と「教育を変える」ための環境づくりに取り組みたいと思いますので、ぜひご協力ください。
子どもたち一人ひとりのちがう個性が生かされて、輝くことを求めて!
この呼びかけは、2010年・戦後66年・11月20日に、正式に発信しました。