信長の野望 覇王伝
コーエーの戦国時代を舞台にしたシミュレーションゲームです。
すでに安く売られています。
しかし、よく出来ていて面白いです。
以前パソコン版をプレイしたことがあるのですが、
パソコン版では、シナリオ3(本能寺の変の前)
までしか無かったと思いますが、
プレステのwithパワーアップキットではシナリオ4の信長が死んで、
織田家が分裂した状態のシナリオがあります。
また、武将ファイルとして全武将の紹介などが有って、
どんな関係があるのか見るのも面白いです。
僕は古本屋でパソコン版の攻略本を買いました。
攻略本が無くてもクリアできますが、
どの茶器を家臣に与えると能力が上がるかとか、
プレイしているだけでは分からない情報がいくつも有って、
参考になりました。
プレイしたのはシナリオ1の毛利元就で、
中国、九州、四国を攻め、次に東や東北に向かって
城を落としていきました。
最後まで戦い方は同じで、戦争の大将を頭の良い武将にして歩兵部隊とし、
工作を何度も行い、あともう一人は大将の軍に隠れながら
鉄砲で減らしていくやり方をしていました。
敵の兵士数が増えても同じ戦法が通じてしまうのは
コンピュータの思考が良くないと思いました。
このゲームは城の数が多いなど面倒なことが多いですが、
楽しめる要素がたくさん有ります。
このゲームの感想はここまでとして、
以下は自分がプレイした大名のことを書いてみます。
(あまり面白くないです)
シナリオ1の初級、コンピュータは理知的にして大名は毛利元就を選びました。
シナリオ1は信長が家督を継いだ年で、
史実では、尾張を統一していなかったかと思います。
元就は戦国時代の中では、長生きするものの早く生まれていて、
天下を狙うには、少し年寄りですが、
シナリオ1が武将風雲録よりも4年早く開始できるので、
元就でクリアするには有利だと思います。
と言っても攻め込む城の数はたくさんあるので、元就の代では、
クリアできないかなと思っていました。
最初は国の数が2国ですが、元就や、その息子の能力が高く、
町を発展させて、兵士数を増やすことも割と楽なようです。
家臣では、政治力や戦闘が70前後のなかなか良い武将が多いですが、
80を越す武将は毛利家の人以外居ませんでした。
最初は国力を付けたら、尼子を攻めました。
史実では、だいぶ後になって元就が死ぬ何年か前に尼子を倒しましたが、
ゲームでは以外と簡単に倒せてしまいました。
(尼子の家臣は戦闘は良い武将が多いですが政治力が低く発展しないです)
尼子を倒して少ししたら、山中鹿之介が家臣に願いでてきました。
史実では毛利と山中鹿之介が直接対決する前に尼子家が滅び、
親を撃たれた鹿之助が、他の尼子残党と一緒に織田の力を借りて
お家再興を目指したようですが、親の恨みはどこへやら、
「家臣に加え下され」のようなことを言っていました。
恭順している大内家以外で同盟を結ぶ時に、大内家と手切れをしないと
新たに同盟を結べないので手切れをやったら、友好度100から0に落ちました。
それほど主家への裏切りは大きいらしいです。
尼子を倒した頃には、三好・織田・北条が勢力を張っていました。
三好と隣になりそうだったのでまず同盟を結び、
三好の隣まで進出しようと思いましたが、同盟を結ぼうとすると、
「当家と肩を並べようとは寝言も大概にせい」と言われてしまいました。
支配している城の数はそんなに変わらないのに、
何回も同盟をお願いしてもダメなので、朝廷工作で献朝度を上げて、
朝廷経由で同盟を結ぼうとしたら、一発で同盟を結んでくれました。
これで西に攻め込むのに後ろの憂いが無くなったわけです。
大内家は尼子よりも家臣が良いのか時期が少し後だったせいか、
兵士数などが充実していました。
手切れをやってから、大内家に攻め込むまで、少し間を空けたせいか、
大内家は攻め込む準備をしていて、1つの城に武将がたくさん集まっていました。
その城以外を攻めていくと応援軍として、兵が送られていくので、
少しずつ相手の兵士を減らすことができました。
武将がたくさん集まっていた城は、内政が充実していました。
それから、九州を攻めに行ったのですが、大友は妙に兵士数が多いです。
そこで、大内の1城が大友と隣り合わせで、残っていたので、
その城は攻撃しないで壁にして、他の城を西回りで攻撃することにしました。
九州の武将は僕が知らない武将がそこそこ多いのですが、
能力は80くらいのキャラがたくさんいます。
立花道雪は最後まで使いました。
中国地方は敵と隣接している城以外委任してやっていまいたが、
委任した城は全然発展してませんでした。
次に、四国と近畿に向かって攻め、
3部隊に分かれて、東へ進んで行きました。
関東で勢力を広げた北条と同盟し、織田などを倒して東に向かい、
東北まで行って、最後に北条を倒して天下を統一しました。
後半はほとんど、城攻め論功行賞の連続であまり面白くなかったです。
朝廷工作で何度も官位を貰い征夷大将軍になって、
他の大名を威圧同盟させた状態でクリアもやってみました。
クリアした年が1568年位で、元就も健在でした。
長男の隆元は史実では早いうちに毒殺された(病死?)ようですが、
ゲーム上では死にませんでした。
2回目のプレイはシナリオ4で今までのシリーズで出てこない
武将などもプレイできていいとなと思ってやってみました。
1回目ではクリアしやすい大名だったので、
クリアし辛い大名でプレイすることにして、
どの大名が辛いか見比べてみました。
すると、十河(そごう)と織田が悪そうというのが分かり、
どちらかはゲームオーバーになってもいいかと思って両家でプレイしました。
上級の好戦的という難しいモードにしました。
十河は四国の1大名で、長宗香部と隣接し、いつ攻め込んできても
おかしくない状況の中、羽柴家に恭順しているものの、
羽柴家と隣接していないので、援軍が頼めない上に、
羽柴家は柴田家と敵対しているので、
四国には攻め込もうとしないので、頼みにできなそうというのが分かりました。
また、家臣が居ないので、とにかく一人で内政をして、
近くで戦争があるとひたすら登用してました。
登用する時はあげられるものがないので、
全ての領地をあげる条件で登用し、次の月に領地を全て取り上げ、
その後、名前を1字あげていました。
こうすると、忠誠度が最低から最高に変わって良いです。
家臣にするとみんな同じような名前になります。
親子で家臣にし、1字あげたら同姓同名になりました。
内政と登用を繰り返し、国力の発展に尽力したのですが、
勢いをつけた毛利が四国に侵入し、
戦争の度に家臣を増やしたものの、長宗香部が滅亡した後に
当然、十河を狙ってきました。
内政しかしてないものの、最初から内政の状態が悪く、
農地の開発が遅く、開発の最大値が兵を雇える最大値なので、
兵もあまり雇うことができず、毛利の進行を止めることができず、
毛利に攻められ、滅亡しました。
内政は農業開発だけに絞った方が良く、隣接してなかった羽柴家とは
手切れをして、早めに毛利家に恭順するべきだったと思います。
一方、織田家ですが、織田家は信長の次男信雄と三男の信孝がいます。
信雄は、羽柴家と結び、尾張と伊勢を領有しています。
信孝は美濃の岐阜城のみの領有で、柴田家と結んでいますが、
柴田家とは隣接しておらず、援軍は頼めません。
史実では、信雄が信孝を滅ぼしてます。
また、信孝の家臣は二人居ますが、二人共忠誠度が
5段階の下から2番目です。
隣り合った徳川と姉小路は同盟してないものの、
友好度が高いので攻め込まれないのが救いです。
(友好度が100の徳川と同盟をしようとしても、
「当家と肩を並べようとは寝言も大概にせい」と言われます。
信長の息子に家康のその態度はどうかと。)
信孝でプレイしたわけですが、信孝は主に論功行賞で
名前を一時与えたり感状を発行していました。
戦闘の高い才蔵は訓練を主に行い、
他は内政をしていました。
内政ばかりしていること数年、友好度の低い信雄が
自ら攻め込んできました。羽柴家の援軍付きで。
篭城して迎え打ったところ、流石、元織田家居城、
岐阜城だけあって防御力は高いです。
兵士数が少なくても無謀に攻め込んで来た2部隊を
城から攻め込んで捕らえました。
捕らえた2人目は信雄だったので、戦争に勝ちました。
そして、斬首しました。
家臣が一人増えたものの、あまり得はしなかったですね。
織田信雄家はその後、同盟国であった羽柴家に滅ぼされました。
(悲惨ですね)
これでさらに羽柴家に包囲されたわけです。
その後も近くで戦争があれば登用し、内政を繰り返していたのですが、
内政も最大に近づいた頃、美濃の支城大垣城から羽柴家が攻め込んできました。
しかし、兵士数(訓練度100)も鉄砲もそれなりに用意していたので、
野戦で迎え撃って、撃破しました。
そして、次の月、兵士数の減った大垣城に攻め込み勝ち取りました。
これでやっと2城手に入れ美濃統一です。
しかし、羽柴家との国力の差には歯が立たず、
羽柴家に恭順することにしました。
そして、姫を送って婚姻までしました。
(姫は三人も居るのに、息子が居ないです。少しでも家臣欲しいのに)
しかし、羽柴家は手切れをして攻め込んで来ます。
何度ロードしてやり直してもだめなので、
迎え撃つことにします。
そして、時期を見て少しずつ攻めて行きました。
織田秀信という信長の嫡孫は、家臣になると、
一門衆として家督を譲れますが、
織田有楽斎は信長の弟で信孝の叔父なのに、
羽柴家を攻めて家臣に加えたものの、
家督を譲ることはできませんでした。
そして、20年近く経った1603年で、近畿とその周辺を
手に入れることができました。
徳川と北条が不毛な消耗戦をしている間に、
伊達が東北を制圧。上杉を下し、関東も下し、
徳川も侵食し、ついに、織田家まで進出してきました。
国力では10倍以上差が有り、羽柴家と挟み撃ちにされるので、
伊達に恭順しました。
伊達の壁として羽柴・徳川・柴田は残しておいたのですが、
1600年過ぎても、羽柴秀吉どころか
柴田勝家すら生きてます。(90歳過ぎてます)
西は島津も強かったのですが、後ろの憂いが無く、勢いもあった毛利が
中国・四国・九州を制圧しました。
これで、伊達・毛利・織田の3大勢力ができたわけです。
1回目のプレイと違って、委任せず、常に内政に力を入れ、
内政が最大になったら、兵士を雇い訓練を続ける城として
富国強兵に勤しんだわけですが、
戦い方もいつも同じで単調です。
すぐに新しい訓練度100の兵士が出来あがるわけではないので、
最前線でも内政やって待ってる状態が続き、飽きてきました。
そこで、ゲームを終了して、行方を見守りました。
すると、毛利に織田が攻められ、前線にしか兵士を置いてなかった、
織田はどんどん侵食されました。
代わりに毛利領が隣接すると伊達が攻め込み、
勢い良く攻め込んでいきました。
テレビの電源を切って、放っておいたら終わってました。
国の数で伊達の方が上だったので、
伊達が天下を取ったようです。
このままプレイしても、多分同じやり方で、
毛利を攻め、それが終わったら伊達を攻めて終わりだろうから、
あまり進める気が無くなりました。