題目 中古ゲームソフト問題解決へ 目的 中古ゲームソフト問題を理解し、解決策を提案する  現在、中古ゲームソフトの売買は全国にある販売店のほとんどで行われている。しかし、ゲームメーカーの許可を得ないまま中古ゲームソフトを販売し、販売店は儲かるが、メーカーにはお金が全く入らないようになっている。メーカーはこの状態を改善すべく中古ゲームソフトの販売を止めさせようとするが、販売店は稼ぎの良い中古ソフト販売を続けたいために両者の主張が対立している。  そもそも、中古ゲームソフトは何故普及したのか。それは、ユーザーである消費者がより安い商品を求めることが理由の1つである。ゲームユーザーは特に低年齢者が多く、収入も少ないため新品よりも安い中古を求めるのは当然である。また、プレイしなくなったゲームソフトを売ってお金を得れば、少ない小遣いをやり繰りできて便利である。それに、つまらないゲームソフトを買ってしまっても中古屋に売れば無駄な消費を減らすことができる。その他の理由として、ゲームソフトは(あまり)劣化しないという側面がある。もちろん、大きなショックを与えるなどすれば、壊れてしまうが、新品で買おうが中古で買おうがほぼ同等のソフトを入手でき楽しむことができる。 新品は利益が低い。それは低年齢者に対しての販売を考える以上、定価を抑える必要があるからだ。しかし、卸価格も下げたのではメーカーの利益が少なくなってしまうので、卸価格は低くならず、販売店の利益は少ない。さらに、他店や、中古ソフトを買う客とも競争するので販売価格を下げることになり利益が少なくなってしまう。それに比べて中古ゲームソフトは買い取りの値段を販売店が自由に決定でき、かつ買い取りの値段は概して低い価格である。(中古ゲームソフトの買い取り値段が低いのは、売ろうとする客はすでにそのソフトを所有する価値があまり無く、処分するつもりでいるため買い取り値段が低くても十分成り立つ。対して問屋は、商品として販売していて、卸す数も1ユーザーの比ではなく、1本あたりの値段の差が収入の違いに大きく現れる。ユーザーからの処分品と問屋からの商品では仕入れの値段が大きく異なるのは当然である。)これらのことから安く仕入れて売ることができる中古ゲームソフトが販売店に支持されるようになった。 なぜ今までは中古ゲームソフトは訴えられなかったか。 それは、流通の形態に理由がある。元々、玩具メーカーである任天堂が販売したファミリーコンピュータはそれまでの任天堂の商品と同じように玩具の問屋を通す流通形態であった。また、この流通は出版物とは違い、返品が全く無い。つまり一度問屋に卸してしまえばもう収入が得られ、例え販売店で1本も売れなくてもメーカーは収入を得られるのである。このため、人気の無いソフトは問屋で不良在庫となり、値崩れを起こす。新品のはずが中古とそれほど変わらない値段になってしまうこともあった。この流通での弊害は問屋や販売店が被るが、著作権のあるはずのメーカーは被害が少ない。よって中古が訴えられるようなことも無かった。 中古ゲームソフトが訴えられなかったことの理由に、ゲーム業界がまだできて間も無いことがある。新規の会社は収入を増やすために自社の開発したソフトの名前と会社の名前を世に広めたいのである。例え中古でプレイしたとしても会社名とゲーム名を覚えてもらえので宣伝の効果がある。事実、中古ゲームソフト販売差し止めを訴える会社はゲーム業界の中では古参のメーカーのみである。現在古参のメーカーも数年前までは、まだできたばかりの会社だったわけで、その時は中古ゲームソフトは収入が無いのには苦々しい思いをしながらも、宣伝効果を期待していたに違いないのである。 中古ゲームソフト販売の利害から訴えなかったメーカーも、近年では状況が変わってきた。ゲームをプレイする人では中古ゲームで宣伝するまでもなく、古参のメーカーの名はかなり知れ渡った状態となる。そうなると中古ゲームソフト販売は害の割合が大きくなる。また、ゲームをプレイする世代は年々広がりつつも、他社との競争が激しくなり、1タイトルあたりの収入が減ってきて、収入を確保する必要に迫られた。限られた開発力で、利益を得るために収入を増やすことが考えられ、収入が減ってしまう原因の中古ソフトを無くそうと考えられるのである。 著作権とは ところで、著作権について考えてみよう。 そもそも著作とは「書物を著すこと」であり、著作権には著した書物に対する権利という意味がある。しかし、元々は文章だけを表す著作物という言葉は時代とともに変化して行った。せっかく作った物を他人に真似されて収入が減ったのでは、最初に考えた人が損をする。そのために決まりごとが必要なのだが、この決まりのための法律で一番近い表現が著作権だったために文章以外の権利も著作権法に組み込まれたのであろう。 著作物には現在、文章・写真・映画・放送番組・レコード・CD・記憶媒体・プログラムなどが含まれている。著作権とは、この著作物に対して複製・上演・放送を独占できる権利で知的所有権の一種である。 著作権には業界慣行を後から権利概念として追認するという背景がある。レコードのレンタルは法律の改正(追加)によって開始されたのではなく、元々レコード会社には無許可で、レンタルをしていた店とレコード会社が話し合い、レンタル料の一部をレコード会社に還元するという取り決めをし、後に法律として認められたのである。 著作権は世間に発表された時点で発生し、作者独自の思想感情が表現されているものである(そのため創作物と呼ぶ人もいる)。もちろん、世間に発表されたゲームソフトには著作権が存在する。しかし、その権利の範囲はどの程度までなのだろうか。 映画の著作物には頒布権が存在する。これは、著作物に文章と映像しか含まれていなかった時に、映画の「フィルムを配給する」という特殊な流通形態の収入を保護するために作られた権利である。頒布とは、広く行き渡るように分かち合うことである。頒布権とは、複製物を譲渡または貸与する権利であり、頒布権のある著作物の著作者はあらゆる取り引きに対して制限する権利がある。 では、ゲームソフトではどうだろうか。ゲームソフトを不正に複製して、販売や営業する者に対する訴訟では、ゲームソフトは「映画の著作物」として認められ、著作権侵害を受けたことを認めている判決がいくつか有る。しかし、「ゲームが映画である」というのは誰しも疑問を持つだろう。裁判のためのこじつけのようにも思える。著作権法における映画の著作物には「映画に類似する視(聴)覚的効果を生じさせ物に固定されている著作物」が含まれる。ゲームソフトもこのような条件が満たされれば映画の著作物と主張できる。85年に著作権法が改正された時に始めてプログラムが著作物として認められるようになった。その前年の84年に判決が出たゲームソフトの『パックマン』に関する訴訟では、『パックマン』は「追跡劇をテーマにしたアニメーション映画である」映画の著作物として認められ開発会社が勝訴した。この時はまだ、プログラムが著作物として認定されていないので、裁判に勝つための手段として映画の著作物を持ち出したように僕には思える。そしてその後のゲームソフトの訴訟でもゲームソフトは映画の著作物として裁判で争われることになる。現行の著作権法の範囲内で勝訴するにはすでに判例のある「映画の著作物を侵害された」として争うのが、訴訟を起こす側には有利であるため今まではゲームソフトが映画の著作物として裁判が行われていた。 1999年5月東京地方裁判所で行われた中古ゲームソフト販売差し止めに関する訴訟では、映画の著作物として認められなかった。これは、ゲームソフトという他の著作物とは違った特殊な流通形態などがあり、現行の著作権法における映画の著作物として認めるのは現在ではそぐわない、と判断されたのだと言える。これに対してその後の10月の大阪地方裁判所ではゲームソフトは映画の著作物として認められた。これは、現行の著作権法に忠実に則り、過去の判例を尊重した結果であると言える。 中古ゲームソフトについて片方は違法、もう片方は違法とは言えない、という判決が出てしまい、中古ゲームソフト問題は泥沼化したように思える。しかし僕はこれらの判決は問題解決に向かって前進したと考える。その理由をこれからいくつか述べる。 今までゲームソフトは映画の著作物として権利を主張して来た。しかし、東京地裁の判決によってその主張に疑問を投げかけた。そしてその後の大阪地裁では映画の著作物として認められた。この2つの出来事は、現在のゲームソフトは現行の著作権法において権利を保護するのには限界であることを示唆している。そして、日本の著作権行政の代表者である、文化庁長官官房著作権課長・吉田大輔氏がゲーム批評2000年1月号でのインタビューに応じて(レコード・CDの著作権問題を例として)「完全なフリーでも完全な禁止でも問題を解決できないことが多い」、(中古ゲームソフト問題に対して)「一定のルール作りというのが、今ある対立を解消するうえでも不可欠だと思います」という発言をしている。 また、メーカー団体は99年12月14日、「メーカーの許諾のある中古品の販売は違法ではない」との声明を読み上げた(朝日新聞より)。中古は違法という「誤解を解く」と主張しているが、98年の時点でもCESAは「無許諾の中古ソフト廃止」と表記されている。これは「中古ソフト撲滅キャンペーン」を実施し、裁判をメーカー側にとって有利に持ち込もうとしたが、裁判の結果が思惑通りにはならず、販売店側に歩み寄りを示したようだ。これに対して販売店団体のARTSは、以前から(少額ながらも)「中古ソフトの売上の一部を著作権者に還元する」という案(ただし、正確に支払われるか疑問が残る)を出していたが、メーカー側には受け入れてもらえず、今になって「中古ダメは誤解」だとするメーカー側に苛立ちがあるようだ(ファミ通より)。時期は違えども、両者は一歩づつ歩み寄ったので、「許諾のある中古は適法」と「中古ソフトの売上を還元」を合わせて、話し合いが成されれば、問題が解決しそうである。 画像の無いゲームや音の(ほとんど)無いゲームが存在する中で、全てのゲームソフトに同じルールを適用するのは妥当ではない。そのメーカーの全てのソフトまたは、それぞれのソフト毎に以下の3つを選択し、表記することが望ましいだろう。 ・中古販売を全面的に認める ・中古販売は認めない ・中古ソフトの売上を還元(金額はいくらになるかは重要で、難しい) 上の3つ以外にも、「新品の発売日から一定期間中古販売はしない」や「契約によって使用権を買い、所有権はユーザーには与えない」という解決策もある。どれかひとつを選ぶのも良いが、複数の選択肢を用意して、1つのソフトをプレイするにも、購入(または契約)ができるようにするのが、業界全体のとって有望なことだろう。  結論 過去にはほとんど議論されなかった問題が議論されるようになり、裁判が行われるようになった。そして、販売店・メーカーの折衷案が出され、当初の販売店・メーカーの思惑とは違った結末に向かっている。しかし、両者が共存することがゲーム業界にとって有利なのは誰が考えても明らかである。販売店・メーカー(それと、本文では触れていないがユーザーも含む)のどれかが一方的に損するよりも、損害があるなら全体に分散して全体が発展することが一番望ましいのである。中古ゲームソフト問題が解決するのにはまだまだ時間がかかりそうだが、解決への道は開かれたと言えるだろう。 参考文献(参考にした割合が強い順) ゲーム批評 ゲーム・著作権関連のインターネットウェブページ ファミ通 朝日新聞 等