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ベトナムカフェの甘い香り
ベトナムでは勿論ベトナムカフェなどと言わないし、ベトナム以外ではカンボジアのベトナム人街で見かけた位だから、ベトナムカフェと言うのは俺の造語かもしれない。だが敢えて西洋風カフェと区別してそう呼ばせてもらう。
日本にはおそらく存在しないだろうが、有ったら教えて欲しい。デッキチェアでゆったりと心行く迄過ごせる空間である。音楽を聴いたり、ビデオを見たり、CHI達をからかったり。持ち込みはNGとか、長居は困るとか、そんなセコイ事は言わない。日本では無理だろうけど。

20世紀最後の年に初めてサイゴンに来た時の事、友達になったばかりのベトナム人達と、深夜、カフェに行った。カフェダ(アイスコーヒー)を半分位飲むと、女友達がその上にお茶を継ぎ足した。一瞬、えっ? と思ったが一口飲んで納得した。
カフェのほろ苦さに、ベトナム茶のほのかに甘い香りがミックスされて、絶妙の味なのだ。それからは、ベトナム人と同じ様にカフェにお茶を継ぎ足して飲むのが当たり前になった。
いや、お茶を飲む為に、カフェを飲むのだ。その為にカフェは、やはり、ほろ苦い方が良い。黒い砂糖水では駄目だ。その後に、お茶の甘い香りを味わう為に。人生と同じか。俺はベトナムでカフェの苦さの意味を知った。

ベトナムコーヒーはお土産の定番だが、VNコーヒーとVN茶は必ずセットで買うべきだろう。雰囲気を味わいたければ、簡素なアルミフィルターやバチャン焼きのティーセットもなかなか趣が有る。

他に、絶妙の組み合せと言えば、何が有るだろう。

ご飯と味噌汁、トーストとバター、うどんとかやくご飯、

かなり外れるが、自民党とサラリーマンは、相当相性が良いらしい。
人気取りのパフォーマンスだけで、支持するなんて、かなりのお人好しだ。
本当に日本を変えるつもりなら、憲法改正して国民投票で首相を選ぶべきではないのか。そこ迄やったら、信用してやる。
支持率も回復したし、もうお役御免といった所か。
政治家には何も出来ないのは、もう分かっている。社会を変えるには、下の者が力を付けなくてはならない。

2001年08月

ここに書いた事は、俺の思い込みがかなり入っている事は自覚している。だが、普通のツーリストよりずっと長く滞在して、実感として得た事だから、それ程、的外れでも無いと思う。

久々に偶然会ったLと言う日本語堪能な娘に思いがけず、彼女の家に招待され、渡し舟で対岸に向かった。実に質素な家だが、こんな訳の分からない外国人を歓迎してくれ、酒や食事まで出してくれる。本当にホットな人達だ。

この街には、本当に理解に苦しむ様な事が有る。
その1つが、情報システムだ。

Lに、「昨日の夜、女2人と御飯食べに行ったでしょ。」といわれたのだ。あっけにとられて、笑うしか無かった。何で彼女がそんな事を知っていたんだろう。

他にも思い当たる節が有る。
この街では、路上でも何処でも所構わず公然と出店する。屋台も然り。だがこれは一応違法らしくて、時々警察の取り締まりがやって来る。それを察知すると、客も協力して手際良く店を引っ込めるのだが、その様はスコールがやって来る時と殆ど同じだ。そして警察が通り過ぎた瞬間に又、店を広げる。警察もフェイントなどしないのが面白い。
腑に落ちないのは、一体何時誰がそれを知らせたのか、全く見当が付かないのである。

ベトナムがアメリカと対等に戦い得たのは、もしかするとこの国に優れた情報伝達手段が存在したのでは無いだろうか。我々が想像できない何かが有るのかも知れない。

勿論、ベトナム人の気の強さも有るだろう。それは、「サイゴン」という愛称にも表われていると思う。ベトナムは、南北統一を果たした時に、この街を「ホーチミン」と改名した。ホーチミンに敬意を払わない者などいない筈だが、それでもこの街を「サイゴン」を呼び続けている所に、何者にも屈しない気骨の太さを感じる。

2001年08月31日

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