日本國における視野の狹い人たちが、大略 「朝鮮總督府の支配下にあった朝鮮半島において、日本は良いことをした」 云々と今日に至るもなお主張していることは、ここに言うまでもなく周知の事實であろう。 大日本帝國の朝鮮半島支配について、昭和天皇は どのような考えを持っていたのであろうか。 昭和五十七年(一九八二)、日本國の文部省が教科書檢定において「侵略」を「進出」と書き換えさせた件で、中華人民共和國が抗議した事件があった。それに關連して、昭和天皇が政治的にもある程度の影響を與えた發言を行なっていたことが、昭和天皇の侍從長、入江相政の日記によって明らかにされている。そのような中に、次のような一連の記載がある。 ● 『入江相政日記』昭和五十七年七月二十七日(火)
● 『入江相政日記』昭和五十七年八月二十三日(月)
● 『入江相政日記』昭和五十七年八月二十八日(土)
この『入江相政日記』の本文が、編者たる朝日新聞社の手によって改竄されていないことを切に願いたい。何となれば、かつて、『松井石根大将の陣中日記』(田中正明編。芙蓉書房、昭和六十年五月)において、南京大虐殺を「虚構」として闇に葬りたいと情念を燃やす編者の手によって 「うっかり」 「ミス」 (田中正明氏談。しかし我々には簡単には信じ難い)による大規模な改竄があった、という事實を我々は知っているからである。 それは兎も角、昭和天皇の内意が日本國の政治に一定の影響力を與えていたこと自體は、戰前も戰後も一貫して變わりはないようである。 よって、『入江相政日記』の本文が改竄されていなければ、「君子豹変す」という故事成語は、敗戰後の昭和天皇にこそ捧げられるべき歟。 勿論、この成語の本義において。 (平成十二年八月二十九日)
本頁新装開設日時 : 2003.10.28. |