昭和十二年(一九三七)十二月に行はれた所謂「南京大虐殺」は、一九三七年に起きた事件としてよりも、現代日本思想かつ現代國際關係上の問題としての要素が大きいやうに思はれる。現に、『国史大辞典』に於ける「南京大虐殺」項目の分量は、事件が有名である割には少ないものである。 「南京大虐殺」に就いての基本史料は、舊大日本帝國陸軍將校・遺族を含む親睦團體である「偕行社」(東京都千代田區九段南)が編纂した、
さて、昭和十二年(一九三七)十二月十七日の南京入城式の前後に組織的な大虐殺が行はれた一背景としては、「金枝玉葉」たる皇族、上海派遣軍司令官朝香宮鳩彦王の存在そのものを無視することが出來ない。詳細については、@に所収の『飯沼守日記』(記主は上海派遣軍參謀長・陸軍少將)を一讀頂きたい。 朝香宮鳩彦王は、その舊宮邸が日本國に現存する唯一のアール・デコ建築である(現、東京都庭園美術館)ことで有名であるが、大東亞戰爭に於いては、終始「強硬な主戰論者」であり、本土決戰に備えた陸海軍統合(統帥一元化)を主張・力説してゐたことでも知られてゐる。
(平成十二年十二月九日 (誤字等訂正アリ) )
本頁新装開設日時 : 2003.11.05. |