阿哈馬江(Ahmadjan)のホームページ より
帳 主 の 雜 感 
「幻」の虐殺 


 過日、古本屋の百円均一棚に次の本があまり目立たずに並んでいるのに気づいた。  
柳田大元『アラスカ最低辺』
 
柳田大元
『 アラスカ最低辺 』
東京、青峰社発行/星雲社発売
一九九一年七月
 
 合州国政府やアラスカ州政府、あるいは大企業群にほとんどの利権を奪われ、土地を奪われ、かすかな希望をもって都市を訪れては、なすすべもなくシェルターに流れ込むネイティブ。彼らは、白人社会のどん底たる、浮浪者・貧民収容所=シェルターという特殊な環境の中で、いったいどのような生活を強いられているのか。

 おお、アフガニスタンの戦争の時に有名になった、かの柳田大元氏ではないか! あの時より十年も前に、既にこのような本を書いていたのか。
 ページを少々繰ってみると、アラスカの先住民(ネイティブ)Alaska Natives である「アリュート」「ユピック」「イニュピアット」「アサバスカン」「トリンキット」「ハイーダ」「チムシアン」の名が出てくる。おっ、これはなかなかいける、と思い、ありがたくも安値で購入させていただいた。読んでみると、その内容はたいへんに重く、著者が単なるお騒がせ突撃“ジャーナリスト”ではない(新聞報道等によって、私はそのように思っていたのであった)ことは、よくわかった。
 ところで、本書には衝撃的な記述があった。 
 それから五分くらいしてからだったか、とりとめのない会話が一段落すると、ネイティブの女はわたしの方を向き、どこから来たのかたずねてきた。わたしは、「日本から」と答えた。すると、それまで温和な顔つきで笑顔を混ぜながら話をしていた彼女は、急に表情を強ばらせ、わたしを睨みつけた。どうやら、イニュピアットではないにしても、ネイティブであると思っていたらしい。次には、唾を飛ばしながら言った。
 「日本人……、日本人はネイティブを虐殺したじゃない。わたしたちネイティブは一度だってそんなことはしていないのに、あんたらはやったじゃないの! ── 彼女の顔はみるみるうちに憎悪に燃えた形相に変わっていった ── ひどいわよ、ひどい。あんたらは、あんたらはやったのよ!」
 彼女が興奮しはじめたので、横にいた男とエストラーダ【※人名】が止めに入った。
 「おいおい、もういいじゃないか、そりゃあ歴史の中の出来事なんだから」
 彼女が言っていたのは、第二次大戦中のことだった。一九四二年六月四日、日本海軍部隊はアリューシャン列島のUS軍拠点ダッチハーバー、そして同列島一帯を急襲し、次いで七日にはキスカ島を、八日にはアッツ島を奇襲、占領した。その際、何の関係もないアリュートたちを虐殺し、女性を強姦したのである。
 
 この最後の一文には注がついており、そこには、 
 この話は、彼女以外にも二人のネイティブから聞く機会があった。
 
とあり、当該の記述が、アラスカの先住民たちの間で定説化している話に基づいていることがうかがわれる。
 恥ずかしながら、日本人が先住民から憎悪されているという現実があるという事実を、私は全く知らなかった。しかし、「南京大虐殺」等を「幻」「捏造」とするような時代遅れの謬説とは異なり、日本軍によるアリュートに対する虐殺があったというのは誤りである。ただ、柳田大元氏が本書を執筆した当時はインターネットも普及しておらず、日本におけるアリュート関連の事典項目等にも第二次大戦中の状況について触れたものはなく、氏が歴史的事実を知ることができなかったのも、けだし致し方なかったと言わざるを得まい。
 アッツ島にて日本人による暴行によって殺されたと考えられているのは、白人の気象観測士兼無電技師一人であり(加害者も特定されている。ただし、殺害されたのではなく、暴行後に自殺したとの説もあり、真相は不明、ということになっている)、先住民アリュートにおける人的被害は、女性一人(名前も判っている)が足に銃創を負っただけに過ぎない。そもそも、日本軍が占領した唯一のアメリカ合衆国の領土であるアッツ島とキスカ島には、当時、何と五十五人しか人が住んでいなかったのである。そのうち、アリュートは四十三人で、全員アッツ島民である。日本軍の占領中に老衰と結核で死去した二人を除く四十一名のアリュートは、北海道の小樽に「連行」された(船中で女性一名が死去)。かれらは、「敵国民」でありながら、強制労働に従事させられることもなく、収容先も民間人の家で、比較的自由に行動することさえできるという厚遇を受けたものの、結核の流行等により、日本の敗戦時には新生児を含めても二十五人しか生き残ることができなかった。 戦後、かれらはアメリカ合衆国へ戻った(結核の悪化によりさらに三人が帰国前に死去)が、東西冷戦によって重要性を増した軍事基地の島と化したアッツ島への帰還を認められなかったのであった。
アリュート全般については、さしあたり、
ウィリアム・ラフリン『極北の海洋民アリュート民族』(スチュアート ヘンリ訳。六興出版、一九八六年四月
を、そして、小樽に連行されたアリュートについては、
杉山正己『一枚の写真を追って アリューシャンを行く』(杉山書店、一九八七年八月
を参照されたい。ただし、最近の研究等については専門外のことゆえ把握していない。諒解されたい。 
 アッツ島のアリュートたちの悲劇に日本人が大きく関わったことに疑いの余地はないが、虐殺というのは事実に反する。しかし、いまだに「南京大虐殺」はなかったなどと主張する(これも「言論の自由」、か.....)社会的地位ある日本人がいるという現状では、アラスカ先住民の人々を十分に納得させることは必ずしも容易ではないような気もするが、いかがなものであろう。
 なお、新聞報道によると、平成十六年二月十三日、自民党の「日本の前途と歴史教育を考える若手議員の会」は、歴史教科書から「強制連行」に関する記述の削除を求めるという方針を決定したとのこと。ほ、ホンマかいな..... まさか、代わりに「強制労働」という言葉を使うべし、ということでもなかろうが..... 戦時中における、「強制連行」を被った人々や戦争捕虜が従事させられた苛酷な労働の実態を知らなければ、アリュートに対する特別待遇の意味を十分に理解することもできまい。ともかく、一歴史研究者の立場としては、「日本の前途」を憂うばかりである。
(平成十六年二月十五日 一部増補アリ




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本頁開設日時 : 2004.04.13. 
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