昨日(平成16年6月29日)の『毎日新聞』第29面には、
海外にも波及・・・過熱する皇室報道
宮内庁 対応に苦慮
どこまで講義すれば・・・・
として「皇室報道」に関する記事が載せられているが、その中に次のような記載がある。
3年前の記者会見で天皇陛下は、皇后さまに結婚を申し込んだ時「柳ごうり一つで来てほしい」と語ったと伝えられたエピソードについて「このようなことは私は一言も口にしませんでした」と自ら否定。プライバシーに関する誤った報道は正すことは非常に難しく、時に長時間にわたって謝った報道が社会に流れていくことになります」と語った。
この「3年前の記者会見」とは、かの「韓国とのゆかり」発言があった会見のことである。以前、弊帳主は、「當該の天皇發言に就ては、時間があれば是非とも總括しておきたいものである」と書いたことがあるので、これを機に、総括と言うには程遠いものではあるが、あらためて触れておきたいものと思う。
平成十三年の天皇誕生日における記者会見の発言について、2001年(平成13年)12月23日付『朝日新聞』は、第1面において、
天皇陛下、W杯で交流に期待
「韓国とのゆかり感じています」
「桓武天皇の生母、百済王の子孫と続日本紀に」
きょう68歳、会見で語る
との見出しをつけて報道、第4面では「天皇陛下発言、識者の見方」として、御厨貴、上田正昭、所功、秦郁彦、猪瀬直樹の各氏の談話を載せた。しかし、「柳行李」云々の発言については、同じ面の「天皇陛下の会見発言(要旨)」のなかに見えるに過ぎず、記事としては紹介されてもいなかった。なお、『朝日新聞』は、翌日の12月24日付の第3面(14版)において、
「友好メッセージ」
韓国で好意的報道
天皇陛下「ゆかり」発言
との見出しで、『東亜日報』など大韓民国のほとんどの各紙が「天皇の顔写真入りで1面に」天皇発言についての好意的な記事を掲載したと報道している。
一方、『讀賣新聞』は、12月23日付の第26面において、
愛子さま誕生「家族で成長見守りたい」
天皇陛下きょう68歳
との見出しのもとに記者会見についての記事が載せられているが、そこには「韓国とのゆかり」発言については一言半句も述べられていない。しかし、「柳行李」云々については、
さらに、皇室報道についても、陛下は「私が柳行李(【振仮名】ごうり)一つでと、皇后に結婚を申し込んだと今も言われていますが、私は一言も口にしませんでした」と、誤った報道が長期間改められず、流布される弊害を指摘された。
と、8行にわたる記載がある。
また、同日付の『毎日新聞』は、第26面において、
愛子さま誕生
「うれしく思う」
天皇陛下きょう68歳
との見出しで、『讀賣新聞』同様、「韓国とのゆかり」発言についての記載はなく、「柳行李」否定発言について、
また、「柳ごうり一つで」と43面前に皇后さまにプロポーズしたとされる言葉を明確に否定した。会見で陛下は「『柳ごうり一つで』と皇后に結婚を申し込んだと今も言われていますが、このようなことは私は一言も口にしませんでした」と話した。さらに陛下は「プライバシーに関する誤った報道はただすことは非常に難しく、時には長時間にわたって誤った報道が社会に流れていくことになります」と語った。
と17行にわたって述べられ、会見に関する記事の中で最も多くの紙幅を取っている。
要するに、『朝日新聞』および大韓民国の各紙において大きく報道された、天皇の「韓国とのゆかり」発言について、『讀賣新聞』と『毎日新聞』の読者は、平成十三年のうちにこれを知る機会を得ることができなかったのである。
もっとも、翌2002年1月14日、韓国の金大中大統領が年頭会見において「韓国とのゆかり」発言について「歴史に対する正しい認識を表明されたのではないか」と述べたのが、翌15日の『讀賣新聞』と『毎日新聞』にソウル発の記事として載せられた(もちろん『朝日新聞』にも)ので、両紙の読者が「韓国とのゆかり発言」について知る機会を全く与えられなかったわけではない。
以上より、平成十三年の天皇誕生日における記者会見の発言について、各紙の見識をも伺い知ることができるわけであるが、「柳行李」云々発言を『朝日新聞』が特に記事として取り上げなかったことに関連して、『アサヒグラフ』通巻三五七二号 臨時増刊「平成即位の礼」(朝日新聞社、一九九〇年十一月二十五日)の一四四〜一四五頁において、「当時のテニス仲間」である織田和雄氏によって「柳行李」云々の話が事実ではないということが既に明らかにされている、ということを付け加えておく必要があるであろう。
(平成十六年六月三十日)
更新日時: 2005.03.12.
本頁開設日時 : 2004.07.07.
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