昨日公開した、『 親王・諸王略傳 』 中の 「 駿 [駿河@]」 では、延暦二十四年(八〇一)二月十五日に清海真人を賜姓された駿河王を取り上げたが、そこには清海真人の氏人についての欄も設けており、平安前期の高僧、隆海律師の伝を載せた。取りあえず、『日本三代実録』仁和二年七月廿二日己亥条の卒伝のみを紹介したが、それによると、隆海の父は、本籍は左京人であるが、摂津国において河川で漁師をして生計を立てていたとのことである。隆海は、卒年より逆算すると八一五年の生れとなるので、彼の父が、延暦二十四年(八〇一)に清海真人を賜姓された駿河王・広益王ら十六人のうちの一人であることはほぼ疑いないであろう。 同日の延暦二十四年二月十五日に賜姓された諸王は総計百人を超える多数にのぼるが、一部の例外を除き、かれら末流の皇胤の「その後」については、ほとんど何も分からない。その点において、『三代実録』仁和二年七月廿二日己亥の隆海卒伝は、極めて貴重な資料であると言うことができよう。 (平成十八年三月二十九日)
本頁更新日時 : 2006.09.21. 本頁開設日時 : 2006.04.05. |