阿哈馬江(Ahmadjan)のホームページ より
帳 主 の 雜 感 
野岩鉄道「会津鬼怒川線沿線マップ」の
「高倉宮以仁親王 伝説の路」

「宮の左の御腹に矢一筋立ければ、御馬より落させ給て、御頚被取させ給けり」
野岩鉄道「会津鬼怒川線沿線マップ」
 野岩鉄道株式会社(http://www.yagan.co.jp/)が作成した折畳式の一枚地図、「会津鬼怒川線沿線マップ」は、野岩鉄道の会津鬼怒川線と相互乗入れを行っている東武鉄道の若干の駅でも入手することができる。
 左掲のように、見た目は普通の観光案内用パンフレットであるが、開いてみると、南会津を逃避行したという以仁王の足跡を一枚にまとめた、なかなか充実度の高い「観光と南会津 伝説の路 散策マップ」となっており、意表を突かれる。

高倉宮以仁親王 伝説の路
高倉宮以仁親王 伝説の路
南会津に今も伝説とともにそびえ立つ
四つ峰「高倉山」
───────ご案内───────
 高倉宮以仁親王は三条宮とも呼ばれ、父後白河法皇(1179年、平清盛のクーデターにより幽閉され、翌年安徳天皇が即位した)の第三皇子(平家物語では第二皇子とされている)、幼少の頃から多彩な才能に恵まれ、管弦・詩歌の道に優れ皇位継承者と目されていた。以仁親王については「高倉宮会津紀行」「高倉宮御伝記」「高倉山の伝記」「御擬装の大塔宮」「新編会津風土記」「会津の伝記」など色々な本が発行されている。野岩鉄道では沿線の南会津の皆さんの協力を頂き、高倉宮以仁親王と忠臣の遺品や足跡を実際に歩いてみることを共催企画し実施致します。南会津の四季折々の静寂な峠道や尾瀬の花々・田園風景を吹き抜ける風の中を、大内宿の半月まつり(伝統ある高倉神社の祭礼)などを野岩鉄道をご利用頂き南会津の「伝説とロマンの路」にご参加をご案内申し上げます。
 ここには、「高倉宮以仁親王」が、尾瀬、檜枝岐(ひのえまた)、滝ノ原を経、北進して大内宿に到ったが、その地で「柳津の石川冠者有光」に襲われたため転進し、田島、駒止峠、只見を経て、「八十里越え」の山道を踏みわけて越後小国に向かって行った、という旅程が記されており、「高倉宮以仁親王 旅の詠」として十首の詠歌も載せられている。
 「頚なき以仁王、北を旅ゆく」のか、と目クジラを立てるのは、野暮の骨頂。この地図は、
約八百年前の歴史の裏側を進まれた伝説を信じてきた里人、流布した人、語り継いだ人々の人情の細やかさを、いつまでも変わらぬ美しいものとして伝えていくために作成しました。
と、 目的意識も明確なものであるのである。
 しかも、小さい文字で注記があり、現に そこには、
※この地図は南会津の観光や伝説を紹介するひとつの方法として作成いたしました。幾つかの疑問が生じますが伝説(仮説)につき予めご了承ください。
とあるとおりである。
 この地図を手に、南会津を巡りたいものであるが、是非、保存用に一枚、手元にとどめておきたいものである。
(二千十年六月六日)
観光と南会津 伝説の路 散策マップ




「神の手」本 東亞之白川兼親



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本頁更新日時 : 2011.05.13.
本頁開設日時 : 2010.06.11.
 

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