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「早くここから出して頂戴」 「出してって、言われてもなあ、、、、」 目の前の少女に迫られ、溜息をつく。 「ここからお前さんを出すには新月の水を飲まないといけないんだが、今晩が満月だろう?あと二週間くらいしないと、、、、、」 「二週間?あんた、あと二週間もこんなところにあたしを閉じ込めておくつもりなワケ?!」 両手を腰に当てて憤慨する彼女に、オレはほとほと困り果てた。 本来。 満月を映した水には月の精霊が宿るという。 オレはしがない物書きで、今晩は締め切りに追われて原稿を仕上げていた。 窓に面した机の上で、眠気覚ましの珈琲を飲んでいたら、その表面に浮かんでいた満月が揺らぎ、一瞬人の顔が浮かんだ。 オレはそれに気がつくのが遅れて、一口飲み干した。 「!」 それからオレは慌てて目を凝らしたが、やはり幻覚だったのか、改めて珈琲を覗きこんでもそれらしきものはなく、 ただ月が浮かんでいた。 オレは気のせいだったのかと納得し、また原稿に向き直った。 それから暫くして原稿が無事仕上がり、詰めていた編集の者に渡すと何日かぶりに寝台に入った。 そして夢の中。 大きな満月が格子の向こうに見えるだけで、あとは明りすらない真っ暗な部屋で、一人の少女が佇んでいるのと出遭った。 栗色の髪に白い肌 唇は艶やかな紅色をのせている ほっそりとした四肢はまだ未熟だが、子供といえるほど幼くもない そして大きな瞳は、、、、金色 オレはこの少女こそが、月の精霊だろうとすぐに思い当たった。 「ちょっとあんた」 「オレか?」 「そうよ。他に誰がいるのよ。 、、、、、あんた、どうしてくれるわけ?人の事、飲み込んじゃうなんて。あんまりだわ」 そう言って、少女は早くここから出せとオレに詰め寄った。 「新月まで出られないなんて、嫌よ、こんな真っ暗で辛気臭いところ」 「でも、しょうがないだろう?他に出す方法はないんだから」 「そんな、、、、」 たしかに、辛気臭いといえばそうかもしれない。 人ほどもある大きさの月が空に掛かっているのが格子からみえるだけで、あとは何にもない部屋。 こんな薄暗いところで一人で過ごすなんて、普通は嫌がるだろう。 「それじゃあ、こうしよう」 「?」 「ここはオレの夢の中だ。ということは、オレの意志次第、想像次第でなんでも出来る。 だから、オレが毎晩眠りに就いたら、必ずここへ来て、お前さんの相手をしてやる。それなら退屈しないですむだろう?」 「本当?」 「ああ、約束する」 言って微笑むと、彼女も笑って「それなら新月まで、我慢する」と言った。 桜吹雪の舞う並木道 水面に赤く映える橋 寄せてはかえす波打ち際など 想像力を駆使して作り出したそれらを、彼女はいつも喜んでくれた。 それどもやはり時々、月が恋しくなるのだろう。 この世界では沈んでいることのない月を見上げては悲しそうな顔をする。 その表情を目にする度、オレは彼女を抱き締めて頭を撫でた。 「猫にするみたいだわ」と言って、初めは嫌がっていたけれど、今ではされるがままになっている。 そうこうしているうちに、約束の新月が近付いてきていた。 そして新月の前夜――――――― 「ねえ。あたし、もう少しここにいたいわ」 彼女は新月の水を飲まないでとオレに頼んでからそう告げた。 「いいのか?月に帰らなくて」 「次の新月に帰ればいいでしょ?もう少しだけ。駄目?」 「お前さんが、それでいいなら、、、」 見詰めてくる瞳に、思わず頷いてしまう。 それから新月の前夜が来るたび、また今度、また次に、、、という風に、彼女は帰るのを延期した。 どうやらここは居心地がいいらしい。 いつしかオレも、彼女がここに留まり続ける事を望み始めていた。 今更、彼女が『帰りたい』といいだしても、オレは新月の水を飲めないかもしれないくらいに。 彼女はオレの思惑を露知らず、毎晩夢の中で待ち続ける。 最近では夜まで待てずに、昼でも夢の中へとオレを誘う。 物書きの仕事に支障をきたしやしないかと思うが、 ついオレも誘惑に勝てず、うとうとと眠りの世界に入り込んでしまう。 誘う彼女への、愛しさ故に―――――― END |