ラオス・タイへの旅5

4日目 2016−11−22 ルアンパバーン観光

涼しい朝である。メコン川沿いにジョギングをはじめる。誰も走っていないが、この気持ちの良い朝・・
メコンの川沿いを走るのなんてなんて幸せなんだろうと思いながら走る。途中で散歩中のチェコからの女
性の観光客に会い、写真を撮ったり撮られたりとしながら、又走り出す。ワット・シェントーン近くで右に回り
サッカリン通りに出ようとしたが、いくら走っても頭で思っている場所には行きそうにもない。途中で土地
の方に聞くと明らかに間違っており、戻ることにした。いつの間にかナムカーン川沿いを走っていたのだ。
するとタイのルンピニー公園であったHさんに出会う。彼もちょうど朝のジョギングをしていたのだ。一緒に戻りな
がら彼の宿泊ホテル前で別れた。1時間ほど気持ちよく景色を見ながら、ルアンパバーンの街にも少し慣れた。
ゲストハウスでシャワーを浴びていると、先ほどのHさんが訪ねてこられ、しばらくお話をする。帰りにメールアド
レス、お名前、住所などをお互い交換する。

今日は、町の散策である。レンタル自転車がゲストハウスの隣にあり、借りることにした。1日15000Kip
日本語を話す女性が話しかけてきた。1年ほど前からゲストハウスを経営をしているという。我々の
ゲストハウスの隣りである。現地人と10年ほど前日本で結婚、1年ぐらい前に旦那の故郷に戻り、ゲストハウス
を経営しだしたという。自分はホームページを公開しているので、掲載してもよいかというと宜しくと言う事で
以下に掲載します。日本語が通じ、宿泊もそうであるが、メコン川沿いにレストランも開いており、またいろいろな
観光の取り扱いや、バイクの貸し出しなどもやっている。
一度ゲストハウスに戻ったので、Hさんにも紹介と今晩の食事はメコン川沿いのレストランに行くが良かったらと
お誘いのメールをした。



観光は、ルアンパバーンノのシンボル的存在感のあるワット・シェントーンから観光のスタートである。このお寺
は最も美しいルアンパバーン様式の三段の屋根が折り重なるようになっている。写真で見るよりはるかに
年代を感じ、実物を見てよかったとしばらく佇んでいた。



次に訪れたのは、ワット・ビスンナラートで本堂と真向かいにタート・パトゥムが一つになっている。中国からの
侵入で破壊されたが、その後も大雨で破壊にあい、その時金銀方物が発見されたというお寺である。

  

ワット・マノーロムもホー族の侵入で破壊されたそうである。この中の仏塔はビエンチャンの大きな
ワット・タート・ルアンを模写しているそうだ。

    

ワット・タートルアンは共産革命以前は王室の火葬場であったようだ。
カイソーン元国家主席記念塔

  

ワット・パバートタイに行ったが、名前が違っており、再度現地の人に聞いて間違いがなかった。このお寺は
珍しくベトナム様式のお寺である。

  

一度ゲストハウスに戻り、昼から明日のビエンチャンへのバスのチケットを北バスターミナルに買いに行く。
ゲストハウスから5km程あり、自転車での頑張りは、遥かに老人の体力の限界だった。しかし到着してみると、
チケットは南バスターミナルで、全く逆の方向でここからまたまた5kmもあると言う。
仕方なく頑張り続け、ようやくたどり着き明日のバスチケットVIP用の高い方を買う。
ゲストハウスに戻るのにも大変な思いでようやくたどり着いたが、3時間の自転車旅行であった。

夜は、昼間紹介された日本人妻経営のソークミーサイレストランにH氏と一緒に行く。10人ぐらいのお客さんが
飲んでおり、ラオス人グループ(女性が大半)と韓国人親子で試験が終わり、ご褒美の旅行と言う、また同じ
テーブルに台湾人一人旅行の女性30歳ぐらいと言う2組がいた。我々4人も楽しく話をしていたが、音楽が
鳴り出しラオスグループが踊りだす。我々も負けじと相撲甚句を友人がやったところ、大うけで益々盛り上がり
友人ののど自慢民謡を高らかに歌うと拍手喝さい盛り上がりに盛り上がった。
飲むものも止まらずに帰りは、フラフラの体でゲストハウスにたどり着く

   

 



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