ペナン1 生活日記1


2003年2月〜3月

はじめに(2003年)
完全にリタイアをしてから早半年、自分自身のアイデンティティは,まだ確認できない。組織的援護も会社の看板もない
現在、自由人であり、生活人で経済人ではない。これからの行動は、自分の納得できる、生きるレールを作るための
1つとして、ロングスティーで新しい方向を見付けたい。

海外旅行はツアーが多く、同じ場所の滞在も多くて2日位で深くを知ることはなかった。リタイアした人達が、海外に拠
点を移し楽しく暮らしていることなどを知ることで、自分もロングステイを経験したいと感じたのが、昨年であった。少し
ずつ色々調査をした結果、手始めのロングステイ先をマレーシアに決めた。そのロングステイ先を今年の目標の第1歩
と決め、行動開始である。

日本人が比較的多くロングステイをしている場所(国)は、ハワイ(150%)、オーストラリア(130%)、スペイン(120%)
ニュージランド(120%)、カナダ(120%)、タイ(110%)、フィリピン(100%)、マレーシア(100%)などで、住まいを移している方や、
適時に日本との間を行き来している方等色々な楽しみ方をしていることがわかった。
1ヶ月の生活費はマレーシアで20万円弱位(住まいを借りて通常の生活をするお金)で生活が出来るようで、
生活費
の水準を比較すると、マレーシアを100%としたときの、各国の水準は上の( )の中のパーセントのようだ。
住まいの大きさ、清潔さ、場所等の詳細の違いはあると思うが、何しろマレーシアは一番安く、政府が力を入れている
こと、言葉、病院等で、初めての自分のロングステイ先に適しているように思えて、マレーシアに決めた。

マレーシアのロングステイの場所は、西マレーシアではペラ州イポに近いキヤメロンハイランド(高原)、ペナン島
バツーフェリンギ、ペナン島ジョージタウンの3カ所がある。また東マレーシアでは、コタキナバルにも多少のロング
スティー者が住んでいるようである。
初めてのこともあり、滞在先をペナン島ジョージタウンの町の中のコンドミニアムにした。全てに便利なようで、買い物、
乗物、病院等が歩いて行ける場所のようである。
ペナン島は西マレーシアの西海岸、北部に位置している。イギリスの植民地時代があり(日本も3年ほど占領してい
た)、マレーシア第2の都市ジョージタウンもイギリス国王の名前が付いている。
マレーシアの人口2200万の内、ペナン州には120万人、、内ペナン島には60万人が住み、ジョージタウンには
50万人が住んでいるようだ。マレーシア全体の人口構成は、マレー系50%、中国系30%、インド系10%、他と
なっているが、ペナンは中国系が60%と多く、チャイナタウン化した街もあるそうだ。エキゾチックな美しいビーチが

あり、リゾート地としては草分け的なところと言われているそうである。

その様な町を中心に色々なことを調べたり、経験したり、おもしろい出会いがあったりと期待を込めて1ヶ月強の
旅を楽しみたいと思います。

2003年2月4日

いよいよロングステイに出かけることになった。ロングステイは海外留学生が現地の家庭にお世話になるとこ
ろからこの言葉を使うようになったときいている。今自分が経験しようとしているロングステイは、2週間なのか、
1ヶ月なのか、3ヶ月なのか、1年か、ビザを取ってもっと長く滞在するのか、ロングステイのロングとはどの
くらいなのかよくわからない。

私のロングステイは、1ヶ月強を現地で普通の生活をすることが、どのような結果と感想を持てるかを経験しようと
今日マレーシアへ旅立つことにした。昨年の10月頃から情報収集をしてから、あっと言う間に今日を迎えた。
自宅を出発したのは、6時過ぎ、電車、高速バスを乗り継いで、新宿に到着したのは定刻で、成田に到着した
のは30分早く11時10分であった。

空港3Fのヤマト運輸から、バッグを受け取り出国審査を終えたのは、12過ぎであった。ちょうど同じ時刻に、
皇太子妃雅子様のご両親が、子犬(チョコラ?)を連れて、ドイツフランクフルトに行かれるのと遭遇した。

搭乗口までは、案内人の女性、カバンを持った人、子犬を抱えた人、全体を見る人と4人の人が付き添って
いた。自分の搭乗する飛行機は、マレーシア航空MH77便であるが、13:30定刻2分前にはタラップを離れ、
離陸も15分後には、離陸した。搭乗したお客さんは、大変少なく400〜450人ぐらいの定員にたいして、
80人ぐらいでガラガラである。

ペナン到着も定刻20分前に到着、現地時間19時45分(時差マイナス1時間)である。入国審査も30分位で、
機内で現地の温度は31度とアナウンスされていたが、熱いがむっーとした体感はなく、さわやかと言うのが
当たっているような体感気温であった。空港で少しの両替をして、マンションに到着したのは、9時過ぎであった。

マンションは12階建ての建物で、5Fに入居する事になる。マンション入り口には、警備員が24時間の警備で、
入り口にはカードの照合でマンションの入口に入ることが出来、エレベータで5Fまで行くと、部屋の入り口は、
アルミ製格子戸があり、鍵で開け、次ぎに部屋にはいるべき鍵を開けるという、4段階の警備体制になっている。
部屋は15畳ぐらいのリビング、キッチンで、今直ぐ材料があれば料理が出来るように、全てがそろっている。
ベットルームはメインとサブ2つの3部屋と、バスルーム2つがあり、全ての部屋にはクーラーが付いている。
テレビはNHK衛星放送1CHであるが、これは仕方がない。
マンションの庭には、子供と大人のプール、運動器具がそろっているジムと最初にまず気に入った。これから
何があるか、滞在期間中に色々な経験をしようと思っている。日本との連絡に携帯電話も準備されている。
今日は成田で買ったウイスキーの水割りで11時にベッドへ........................

2月5日(晴れ)

     コンドミニアム全景               寝室                      リビング 
..................

マレーシアの中で生活を1ヶ月する事になるので、企画会社の駐在員に1日説明を受ける日である。ロングステ
イを企画する会社はいくつかあるが、何処の会社も手探りの状態のようである。駐在員を常駐している会社は他
にない。ご夫婦で事務所を切り盛りしているが、奥さんは中国系マレーシア人で、ご主人は元JTB出身で、旅行
業には25年ぐらいの経験を持ち、主にアジア地域を色々と回っていたようである。

コンドミニアムは、ジョージタウンの中心の高級住宅街(Logan通り)にある。門の中央にガードマンが24時間おり
入り口には左右ガードマンがボタンを押すと開く扉がある。左から車、人間とも入り、右側から出るようになってい
る。入るときはガードマンと知り合うまでは、いつも証明書を提示する。玄関まで車が入り、玄関を入るには
暗唱カードを読みとり機に当てると、扉が開く。
ガードマンがいる門を入ると、左奥にプールがある。子供と大人用があり、周りには椰子の木が4〜5本位が
プールサイドに植えてある。プールサイド横にはバーベキューハウスがあり、その奥にスポーツジムがある。
プールサイドには、ブーゲンビリアが10本あり、花棚にきれいに咲き乱れ、風でプールに落ちると掃除の
おじさんがきれいにしている。またプールの周りには、サンデッキチェアーがあり、ゆっくりと出来る。
コンドミニアムは12階で2階から部屋があり、三角錐に一辺二軒、66軒ある。玄関を入ると、直ぐ左に
エレベーターが2台あり、待つことはない。降りたら、各人の玄関があり、まず鍵で開ける。下駄箱等の上がり
口があり、靴を脱いでも靴のままでも良い。入ったところがリビングで、応接セット、食堂セット、テレビ、書棚、
時計、クーラーが備え付けてある。右側奥にメインベッド室(トイレ、浴室、洋服入れ)、左右に二つのベッド室
(洋服入れのみ)、別室にトイレ、洗面、浴室がある)、またリビングの横はキッチンで全てがそろっている。
キッチンの横のドアーを明けると、洗濯場で洗濯機がある。リビングの大きなガラス戸奥は、ベランダがある。
コンドミニアムの全体は以上の間取りである。

7時に起床したが、外はまだ闇である。7時半にようやく明るくなり、15分ぐらいで完全に夜が明ける。近くに
小学校があるが、7時45分には授業が始まっている。いったい何時に始まるのか?
8時半マンション前で待ち合わせ、朝のガーニードライブ(綺麗な海岸線)を一回りして、コスモスと言う屋台に
入り、朝食に薬草料理の
バクテー(肉骨茶)(薬草とブタの出汁に骨付き豚肉、もつ、厚揚げ等が入っている)と
ミーゴレン(焼きそば)、野菜炒めを食べる。ほとんど各家庭は朝食を作らないのか、朝から混んでいる。
席を決めると、飲み物の注文を取りに来るが、朝は中国茶である。15cm位のボールに小さい湯飲みと4cm
位の小皿がでてくる。あちらこちらには、ひちりんにやかんがかけてあり、お湯が沸いている。それをボールに
入れてスプーンも一緒に消毒するように洗う。注文をするのは、また別な人に注文する。飲茶のようにいろいろと
おかずも別な人が売りに来る。お金は飲み物の注文を取りに来た人に払う。

1時間半食べながらの雑談、そのあとまずはお金の両替を実施訓練した。KAPITAN KELINGという場所は
インド人街で両替商が軒を連ねている。多くは南インド人らしく黒く、北インド人は少ない。4軒の店と交渉、
結果的には¥10000で空港での両替と比較すると、6RM約¥180高かったことになる。両替商は
ジョージタウンの中心地のコムタにも両替商は多くはないがあるそうで、また別な日に行こうと思っている。

次ぎに長期滞在で病気になったときのために病院を見学する。私立病院でマンションからは歩いて5分程度
の場所である。マンションの隣にも同じような私立の病院がある。国立病院は器具類も古く、ごきぶりや、
たばこの吸い殻が床に落ちていたり、ベットは野戦病院のように大きな部屋に、たくさん列んでいると言うこ
とでした。多少国立の方が安いようではあるが、不衛生だとのことでした。
中は日本と同じく沢山の患者さんが診察を待っており、この辺は日本と変わらないようである。入り口に大きな
看板があり、診療科目ごとに担当医の名前があり、何処の国の大学を出たかも書いて有る。24時間外来
の受付はしているようで、日本人向けには日本人専用デスクがあり、その部屋を通すと日本人スタッフが
付いてくれるので安心である。中は清潔な環境と思った。

11時過ぎに事務所に行き、その他の滞在に関する情報、ルール、QAなどのオリエンテーションを12時半頃
まで行う。昼食は飲茶を食べ、当分必要なもの(水、ビール、シャンプーなど)を買ってマンションに戻る。
夜は海鮮のスチームボート店で、海鮮ものを食べたが、ここも屋台であるが、暑さしのぎにおもしろい道具を
使っていた。大きな扇風機にノズルが付いており、冷やした水を霧状にしてまき散らし、少しでも涼しさを感じ
ればと言うようなサービスをしていた。
いよいよ明日より現地生活が始まる。暫くはジョージタウンの町を知り、以降は地方へでも行けたらと思う。

       プール                   部屋からの夕日            コムタからコンドミニアムを望む
..................

2月6日(晴れ)

生活のリズムをどう作るかが当面の課題である。出来れば6時に起床(真っ暗である)NHK衛星で日本の
”おはよう日本”?で外が明るくなり出すまでニュースを見て、7時半過ぎにジョギングに出かけ1時間ぐらい
で帰る。

これからの生活をこんな風に考えている。
朝食は外でやり、ジョージタウンの町を少しずつ知るために、町のあちらこちらを歩いて早く街を知る。
昼食をした後、少し休んで、プールで泳いだり、プールサイドで本を読んだりと15時頃まで過ごし、昼寝を
1時間から1時間半、パソコンでホームページの資料作り、7時頃から夕食、11時頃に就寝。と言うようには
行かないが、今日は始まった。

マンションから海岸まで地図で確かめると、15分ぐらいの距離
のようなので、頭の中に地図をたたき込んで、7時45分出発をする。近くの小学校は、もう始まっており
女性のマレー人の先生が、白いスカーフ?を頭にかぶり、体育でまっすぐに列ぶことと、きょうつけの姿勢
を教えている。クラスには2〜3人ぐらいの生徒が、回教徒のスカーフを巻いている子供がいる。
歩道が悪くあまり走ることが出来ないので、歩いたり走ったり、道路の横断に手間取ったりして、結局
海岸線に沿ったガーニードライブと言うジョギングにも良い場所まで30分かかった。

海岸線は朝から沢山の人達が散歩をしたり、涼んだり、道路に沿った屋台では朝食を食べている。約2K
の石畳の歩道を往復して、帰り着いたのは9時過ぎであった。海風も涼しく、3分の1位は街路樹があり、
日陰、見晴らし等でジョギングにはもってこいの場所である。西洋人の女性や東洋系の男性も多くはないが
ジョギングをしている。もっと朝早く来ると、太極拳をやっている人もいると言うことを聞いた。

少しプールサイドで休憩を取り、泳ぎもしながらゆっくりと過ぎる時間を楽しんだ。プールサイドには、時々鳩
ぐらいの大きさの鳥が、数羽水を飲みにやってくる。日陰になるようにブーゲンビリ(ブーゲンビリア)の花の
棚があり、花は咲き乱れ、吹く風でプールの中に花びらが浮く。女性と男性2〜3人位がプールサイドの掃除
をしている。スカーフを巻いた少し太り気味の20代の女性は、にこにこと愛想がよい。いずれ写真を撮りたい
と思う。

午後歩いて20分ぐらいのジョージタウンのシンボルである65Fの丸い建物である”コムタ”に出かける。
ここの3Fにツーリストインフォメーションセンターがあると、旅行ガイドブックに書いて有るので、地図を
もらおうと出かけた。エスカレーターで3Fに行き、お店の女性にIFセンターは何処にあるかを聞いても
わからず、3人目の人が教えてくれた。ペナンの地図がないかを聞くと、ペナンツーリスト新聞しかなく
しかたなく2RMで買う。小さくてわかりずらいが仕方がない。ほんとうに観光客あての地図がないのか??

コムタは1〜3Fが商店街、しかし良いものと言うより、まがい物というお店のようで買う気はしない。
58Fは展望台があるが、またの日にしてコムタの道を隔てた前にある”GAMA”という名前のスーパー
に日本米に似たカリフォルニア米の短粒米があれば買いたいと思い探したが、見つからないので、店員に聞く
と”有ると”言いながら探してくれるがなかった。陳列台の1部分に日本食材のコーナーがあるが、種類は少なく
大変高いのにはびっくりした。しかし日本の味をほしいと思えばこのコーナーだ。納豆もありだ。

15時前に戻り、昼食はペペロンチーノを作った。作るのにフライパンがないことに気が付き、事務所に
電話をしたら直ぐ3Fから持ってあがらすとの事、腹が減っているのを我慢して30分待つがこないので、
再度督促したら、直ぐとのこと............マレー人のこと直ぐにはこないと思い、鍋にオリーブ油をひいて作る
ことにした。スパゲッテイの茹で方が今一で、多少芯があったが、味は抜群、腹が減っていたからか???

昼寝を少しした後、テレビを少し見て、19時半ごろ歩いて新しい食べ物やを見付けに行く。10分ぐらいの
所にバンブーセンターと言う海鮮中華の店に入り、テーブルに付く。飲み物の注文を取りに来たので、
スイカのジュースをオーダーしたが、コーラーを持ってきた。違うと行って何回か言うが、わかってもらえず
メニューを手指しでようやくわかってくれた。次はナシゴレン(チャーハン)を頼み、出来るのかと聞くが
これもなかなか通じず、ようやくチヤーハンが出てきたら、味はまずくはないがあまり熱くもなく、味も
半減という夕食であった。
NHKの天気予報では明日は久方ぶりに九州方面は15度位になると報じているが、寒い感覚がしない。

2月7日(晴れ)

    ガーニードライブ全景               高床式住居        
........

目は7時にさめた。昨日のジョギングの疲れが残っている。大事をとって、ジョギングは中止。
朝食(フランスパン、炒り卵、ツナ、生野菜) 駐在員のTさんにTEL、10時に訪問の約束
マンションから歩いて20分、相変わらず歩道は歩きずらく、道路の横断は車の切れ目がなく、なかなか
横断できず、イライラしてくる。

到着したが、ビルの何階かを忘れ、ガードマンに聞くと4Fとのこと。エレベーターであがったが、その様な
会社は見あたらない。日本語で書いた別な事務所が有ったので、聞くと知らないとのこと。
携帯に電話をすると、3Fとのことで、1つ下に降りる。事務所は見つかったが、クローズドの看板???
またまた電話、朝食を食べて今出勤とのこと。T氏はマレー人になっているのか?????

観光スポットへ行くための方法を色々聞いたが、一番行きたいペナン島一周は無理なようである。ガイド
ブックには何番のバスで乗り換えながら行けると書いて有るが、北西側はバスが走ってないとのこと。
翌日駐在員のTさんにガイドを依頼する。

事務所の前の道奥にプラウティクスマーケットが有るというので、ぶらりと中に入る。野菜、果物、魚、肉
花、衣料品などぎっしりと店が列んでいる。旧正月がまだ完全に明けていないので、先祖の仏さんに
サトウキビを祀るために、中国系の人々は買い求めていく。魚は白身関係の魚が多そうだ。

マンションまで初めてのバスにしょうと思ったが、ガーニードライブが近いので、計画を変えて写真を撮り
ながら、海岸沿いを歩いた。砂浜ではなく、石の岸壁で、海岸に沿って石畳が2キロに渡り敷かれており
道路に沿ってタイルのベンチがあり、子供と涼む親子、老夫婦、若い恋人同士は他の人など気にせず
ラブラブで、道路そいでは若者が車からボリュームいっぱいの音楽をかけている。マーケットでジャポニカ米
を買って帰る。

昼寝の後プールに入る。誰もいなかったが、しばらくすると20歳ぐらいの男の子が泳ぎだした。どこから
来たのかを聞くと、フランスからとのこと。一緒にしばらく泳いでいたが、疲れて部屋に戻る。
夜は今日買ったジャポニカ米(カリフォルニア産)を炊いた。うまい、うまいとは聞いていたが、嘘ではない。
冷えるとうまくないと聞いたが、少し残ったので冷凍をし、数日後はどうか味見をしたい。
パソコンの整理をして、”塩見七生さんの....ローマ人物語NO3ハンニバル戦記”を読んだ。

2月8日(晴れ)

      椰子園                     極楽寺                   コウモリ寺
..................

駐在員のT氏の案内でペナン島1周の観光をした。8時30分待ち合わせ、朝食は一緒にと言う事で
バツーフェリンギ海岸のインドの屋台で簡単にした。小麦粉?を練ったものを、薄く手さばきよく丸くのばして
焼いたのが、ロティ?ローティで、我々は、玉ねじを薄く切ったものを包んで焼いてもらった。この名前は
羊の肉を包んだもので、ムルタバと言う名前である。これにカレー汁を付けて食べる。飲み物はミルクティーを
頼んだが、大変ムルタバには合ってうまかった。

まず島を北上し、島の先端を左に西の方向に進む。しばらくすると山道の坂を15分ぐらいあがると、果樹園
があり、そこで10種類ぐらいの果物を食べたが、どれも甘さはいまいちで、多少水くさい感じである。
熱いところではこのぐらいの甘さの方がよいのかもしれない。4月から7月が果物の時期で、木々には熱帯の
果物がたわわになっているのは見られなかった。しかし10種類も食べられたので納得した。

木々は青々しているが、やはり枯れ葉もあり、山道は枯れ葉がたくさん落ちている。山を下って椰子園にゆく。
椰子園と言っても誰もいるわけでなく、鬱蒼とした油椰子の林である。落ちている実を爪で筋を入れると、じわり
と椰子油がにじみ出てくる。絞り出すのは、煮込んで圧搾機のようなもので絞るようである。
時々野ネズミの大量発生があるそうで、退治の方法は”にしき蛇”を放しての退治だそうです。5m〜10mぐら
いに成長し、人間も時には食べられるようです。

次ぎに訪れたのは、ペナンヒルの麓にある建立から110年の仏教寺院”極楽寺”で、麓から歩くと門前町のような
土産物屋さんが軒を並べている。車で境内まで行ったが、途中で駐車代2RMの徴収があったが、今までは
なかったそうです。極彩色の強い建物で、感覚的に合わない。

ペナンヒルへ登るケーブルカーの駅の直ぐ横を右にはいると、”コウモリ寺”がある。一番奥が洞窟になっており
洞窟には沢山のコウモリがぶら下がっていると聞きながら行くと、旧正月明けで、沢山の方のお詣りで線香の
煙でもの凄く先が見えない状態であった。こうもりも入り口には煙のためか姿がなく、奥にいるとのことだった。
この寺は竹で出来たおみくじが有名で、0〜9までの番号が書かれた竹串が10本竹筒に入っている。
仏に向かって竹筒を斜め前後に振りながら、1本1本竹串を4本出す。1回1回出た番号を覚えて、町の宝くじ屋
で、4桁の番号宝くじを買うという何処の国も同じような、神頼みである。

最後は町の中のタイ寺(SAKAK CHAN WAT)に行った。ここのお寺は仏像に、自分の体の具合の悪い場所に
お祈りをしながら金箔を貼ると言うところである。金箔1RMをだして、右腰に金箔を貼った。
帰りにインド人両替所によって、レイト交渉をしたが、先日よりも円が安くなっていた。

17時頃ガーニードライブにジョギングに行く。大変熱く疲れがどっとでる。
夕食は歩いて5分の屋台ANSON GARDEN(安順園)に行く。初めてでやり方がわからず、何回もトライを繰り返し
ようやくアンブラジュース(グリーンティーのようなすこし渋みのあるジュース)と雲呑麺をオーダーした。
麺は甘めでまずくはないが、うまくもないと言う味であった。ここは色々の種類の屋台があり、海鮮、麺類、
焼き鳥、日本食(手巻き寿司1本3RM)、アメリカスタイル料理などがある。

2月9日(晴れ)

8時前に起床外は久しぶりに明るくなっていた。テレビの日曜討論を見て、屋台に朝食に行く。400人位
食べられるテーブルは満杯で、家族、恋人、お年寄りと色々の方が、朝からなのに沢山のおかずを、
注文して食べている。ようやく席を見付けて、飲み物の注文をする。愛想が大変よく、ジャスミン茶しか
ないとのこと、いつものようにボールに熱いお湯と小さい湯飲み、タレの入れる小さい皿がセットで出てくる。
消毒をして、ジャスミン茶を飲む。(飲茶形式である)
麺類を注文しようと、麺類のメニューの有る場所に行き、漢字で書かれたメニューを適当に指をさすが、
調理場の男はダメだダメだと、手でバツの印である。マレー語で何か言っているがわからない。
しばらく考え、調理場である魚肉のボールと野菜のスープを注文すると、ニコニコOKである。
多分朝食には、決まったものしか作らないのではないかと自分で納得する。後はコンジー(Congee)と言って
お粥の注文をすると同時に、中に入れるものを指を指しながらおばちゃんにわかってもらう。
熱い気温の中での、熱いジャスミン茶、熱いスープ、熱いお粥と汗ダクダクである。しかし何でも甘さがあるが
まあまあうまいと感じる。勘定は¥150ぐらいである。

お昼頃プールでひと泳ぎ。少し買い物をした後、ウトウトと昼寝をする。7階に一人知り合いが出来たので、部屋を
訪問し、1時間ほど雑談した。東京の警備会社の会長さんと言っていた。もう4ヶ月もいるとのこと。ビザ無しは
3ヶ月が限度なので、一度タイに出て再入国したとのこと。滞在しているコンドミニアには、西洋人も東洋人も色々
な方が滞在しているようで、聞いた話では、30歳代の女性2人はニュージーランドを行ったり来たり、3人の老人
女性、年寄りで奥さんでないような女性と二人ずれ、高邁な人等人間模様が様々でおもしろく話を聞かせてくれ
た。

夕方いつものようにガーニードライブにジョギング。夕食はカレーを作ることにした。自分なりの味で納得。
多く作り冷凍保存にした。

2月10日(晴れ 夜9時半頃激しいスコール)

     ケーブルカー駅             ペナンヒルからジョージタウン           バス停留所       
..................

紹介してもらった、タクシー運転手のMr GOHに昨日今日の朝8:30に迎えに来てくれと電話をした。ペナンヒル
に登るので、よろしくと電話をしたが、うまく伝わっているかどうか心配である。日本語は通じないのと、マレー
時間とを考えると多少遅れる事も仕方がないと思っていた。
8:30少し前に門からタクシーが入ってきたので、GOHさんかと確認すると、そうだとのことマレー時間ではなく
きっちりと来てくれたので安心した。ペナンヒルのケーブルカー駅まで20分弱で到着。タクシーから降りようと
したら、往復チケットRM4だよ....と親切に教えてくれた。片道の場合はRM3なので、当然往復で安い方がよい。

ケーブルカーは途中乗り換えで30分弱かかる。30分おきに発車しているが、15分の待ちで出発。
朝も早いのか10人ぐらいの現地人ばかりで、色々とお互いしゃべっている。ケーブルカーの中はにぎやかだ。
9:30に到着、ケーブルカーを降りたところが、大変見晴らしがよく、ジョージタウン、西マレーシア本島などが
少しかすんでいるが、すばらしい景色である。

700m弱の山であるが、涼しい。しかし観光案内もないし、観光客もいないので、何処で何を見られるのか??
わからない。適当にあるいたが、見晴らし台のようなものがない。すると"ペナンヒルホテルまで50m絶好の
見晴らし”と言う看板がある。50mだから直ぐ近くのはずだが、ホテルらしきものがない。
細い砂利道がすぐ近くにあるので、本道からそれて中にはいると、沢山の鳥が飼われている鳥園のような
ものがある。どうも違うと思い、引き返すが、近くにそれらしき建物がない。もう一度鳥園を過ぎて奥まで行くと
あまり大きくない建物があり、レストランと書かれた看板があった。中に入りホテルかと聞くとそうだという。
絶好の見晴らし場所は有るのかと聞くと、奥を指さすのでどんどん奥に行く。

途中の通路両側がホテルの部屋で、一番奥にレストランがあった。レストランを過ぎ外に出ると、絶好の
見晴らしの良い庭があり、花の棚の下にテーブルがある。
1人ゆっくりコピー(コーヒー)を注文し、しばらく景色に見とれていた。20分ほどするとどやどやと10人位の
日本人観光客が、ガイドに連れられやってきた。まちがいなくここだと確信する。
ガイドが蛇がいる......と言う。何処だというと、自分が今コーヒーを飲んでいる、真上に30cmぐらいのグリーン
の蛇が、ブーゲンビリヤの木にまつわりついて、動かない。草花に同化した色だ。団体さんは直ぐ帰ったが、
しばらく景色をじっと眺めていた。

客車と小さい荷物車が連結した30人〜40人乗りぐらいのケーブルカーで、帰りは満車で欧米人的な人4人
とマレーシア人で、やはり帰りも車内はにぎやかだった。言葉はマレー語、中国語(福建後)、英語で日本語は
全く通じない。マレー語、中国語で早口で食堂なんかで言われるのは一番困る。
急ぐ旅でもないので、今日はバスに初めて挑戦しようとした。一昨日コウモリ寺に来たときに、駐在員のT氏と
探しておいた、バス停に行こうと歩きかけると、タクシーの運ちゃんが、何人もたまり場になっていて、
声をかける。何処に行くんだと聞くから、バスの停留所だと言うと”違う違う”と何度も言う。ケーブルカー駅の
構内だという。しかしその様な表示もなかったし、昨日T氏と探しておいたので間違いないと思った。
また歩き出すと”戻れ戻れ”と言う。今度は運チャンが一緒に歩いて、駅の構内まで一緒に連れてくれ、ここで
待てと言う。

親切心に”感謝感謝”20分位待つとバスが到着、客は全員降りたので、折り返しのバスと思い、このバスは
”コムタ”(街の中心)に行くかと聞くと、行かないと言う。困った顔をしていると、乗れと言う。やはり折り返しだ
と思い、喜んで乗り、いくらかと聞くとRM0.70と言う。中に切符切りのおばさんも乗っており、おばさんが切符を
売ってくれた。しばらく動かない。幸いクーラーのあるバスなので心配ない。おばちゃんがマレー語で話すが、
言葉が通じない。そうこうする内にバスは発車した。

暫く走り、左に行くはずが右の方向へと曲がって行く。それでも別な道で行くのだろうと思っていた。しかし
次の町までバスは走り続け、そこで運ちゃんは降りろと言う。首を傾げわからないと言うポーズをすると、紙切れ
にNO101と言う字を書いて、NO101のバスに乗り換えろと言う。
まごまごしていると、運ちゃんは親切に後ろに偶然来たNO101のバスまで連れていってくれた。そこではじめて
気が付いた。ケーブルカー駅からは多分コムタ行きが少ないので、別な町まで連れていって、多少便数も多い
ところまで、連れてきてくれたのだわかり、親切心に感謝した。

今度の運ちゃんは、先ほどの停留所で客を乗せたまま、ビニール袋入りコーヒーを買ってきて、片手運転で
コーヒーを飲みながら荒い運転をしている。途中携帯がかかってくると、話しながらの運転、ドアーは開けっ放
しで、走りながら閉め、停留所手前の動いている時からドアーは開ける。
バスストップの屋根のある場所は当然わかるが、その様なものがないところから(普通の内の前?)も、手を
あげて乗ってくる。よく見ていると、10cm四方の板きれ?にバスの絵が描かれている。非常に見ずく、
よそ者にはとてもわからないと思う。バスの時間は基本的にはない。市内バスの数も少ない。BAS SEKOLAHと
書かれた、スクールバスが、小型大型とも沢山走っており、はじめはこれが市バスかと思った。
途中からおじいさんが(インド人風)乗ってきて、隣の席に座り、バス代1RMを払おうとポケットからお金を
出したが、目が悪いのかわからず、こちらを向いてRM1を探してくれと言う。これだと言うとありがとうと言う
仕草をしながら、もう1枚1RMくっいているのも気が付かず、運ちゃんに払おうとするので、2枚だよと
言いながら、1枚にしてあげる。このおじいさんはバスの終点まで、いろいろ話し込んできたが、よく言葉がわから
ず困った。

今日はバスへの挑戦、またおもしろいので挑戦しようと思う。帰ってプールで本を読んだり、泳いだり、
居眠りをしたりで、夜を迎える。9時半頃から1時間ほどすごいスコールであった。

  マクドナルド真ん中ポテト          フェリー、バス、展望台各切符         インド街の両替商      
..................

2月11日(晴れ 夜中にスコール)

今日の食事......朝食(部屋でトースト、スクランブルエッグ、フランクフルト、グレープフルーツ)
         昼食(屋台で鶏肉に茹で麺にタレがかかっているもの?)
         夕食(部屋でご飯、納豆、冷や奴、野菜サラダ)

10時ぐらいからインド人街の両替屋に行く。最近US$が¥120.50位になり、
対リンギも円は安くなり、マレーシアに来たときは、¥119.50位だったので、
¥10000でRM316の両替レートが今日はRM312で,交渉しても、為替の
傾向が円が安くなる方向という見方で、なかなか渋い。(写真は両替商街)

直ぐ近くには中国系の寺(Kuan Yin Temple)があり、完全に正月が明けない
のか沢山の方がお詣りをしている。少し歩くと、初めてバスの案内図を見る。
町の中心を2つのルートで巡回しているようなので、帰りに乗ろうと思う。
ガイドブックに掲載されている教会を外から見た後、隣の博物館に行く。

   セント.ジョージ教会                    博物館                   シャトルバス案内図
.................

観覧料はRM1でコインを買い、入り口のコインの入り口に入れて中に入る。1870位からのマレーシアの
歴史的なものが、たくさん展示されているが、中には日本の占領時代の軍部が発行した現地人の移動
許可書や昭和20年2月のカレンダー(2月11日は日曜日であったようです)日本軍人の写真等見学は
あまり大きくないので1時間ぐらいで終わったが、見学者は欧米人夫婦と自分の3人だけであった。
しばらくシャトルバスを待ったが何時来るかわからないので、タクシーでスーパーまで行く。
今日はどうしてもサランラップ買おうと決めてやってきた。過去2回色々探すが見つからなかった。店員に聞い
ても無いとか、全く違うもの教えてくれたりで結局見付けられなかったが、今日は以前買った日本人の方に名前
を聞いてきたのでやっと買うことが出来た。名前は”クリーニングラップ”と書いて有るという。
実際商品に書いて有った名前は(Super PE Wrap)(マレーシア語Super PE Pembalut)と書いてあった。

2月12日(曇り、昼間晴れ、夕方1時間のすごいスコールでNHKも送信ストップ)

今日は特別なにもする予定はない。朝のジョギングはいつものコースに行く。ジョギングが終わってしばらく
休んでから、ジョギングコースの途中にある肉骨茶(バクテー)屋さんで食事をして帰ろうと、中に入り注文する。
あまり混雑もなく、スムーズに食事をして勘定してくれと言ったら、代金がRM12.90となっている。
ここの店は2回目で、1回目は駐在員のT氏のおごりで食べたことがあり、そのとき参考に聞いたらRM4〜5
位と言ったので、そのつもりで尚かつジョギング途中なのでRM10しか持っていない。
一瞬どうしょうかと思うと同時に間違っているのではないか?と言うと勘定専門のおばちゃんはマレー語で
”なんとかなんとか”とマレー語で違ってないと言うことを言っているようだ。困った。明日でも持ってくると
言うしかない。困り果てていた。
とそのとき頼みの神がいた。駐在員のT氏が向こうの方で誰かと食事をしている姿が見えた。事情を話し
RM10を借りとりあえず難を逃れた。

午後T氏の事務所にお金を返しに行くと、おくさんと(中国系)娘さんの麻弥チャン(17歳高校生)がいた。
初めて有ったにも関わらず、明るく色々しゃべってくれる。途中お母さんが外出したので2人になったが、
学校のことや遊びのこと、来年の9月に高校を卒業するので大学をどうするか、食べ物は何が好きかとか
2時間ぐらいあっと言う間に過ぎてしまった。言葉は大変綺麗な日本語を話し、インタースクールの高校2年
生のかわいい女の子であった。男性にもてるのではと聞くと、マレーシアは色の白い子が、顔や気性より
好かれる大事なポイントだと言い、自分は黒いのでもてないと言う。そんなに黒いこともなく、常夏の国に
住んでいるので有ればこのくらいはと思ったが、そうではないと言う。日本では絶対にもてると思うが、国が
違えば、見方も違うのか?楽しい1日であった。
昼食 日本食屋で”てんぷら定食”RM12  夕食 ペペロンチーノ(自炊)

2月13日(晴れ、夜の夕食時すごいスコール)

日本の2月は梅見月とも言い、衛星放送では各地で梅の開花が放送されている。先週末から今週はじめに
かけて、日本の各地は暖かい日を迎えており、関東から西の地方は15度と放送している。
今日のペナンは朝からカラリと晴れているが、昨日のスコールのせいか25度と大変涼しく、ジョギングも
海からの風が心地よく、気持ちよく走ることが出来た。

11時頃からチャオラスマ市場にぶらりと出かける。コムタの近くのペナン道路に面した所にあるマーケットで
肉、野菜、くだもの、雑貨、魚、おもちゃ、お菓子、鞄、衣類など何でもそろう。生きた蛙も売っているが、
何匹かは、皮をはがれて人形のようだ。帰り道”福建麺”の看板を見付け、昼食に食べたが、あまり美味しく
なかった。中華麺にそーめん的なものが入り、すこしの肉、モヤシなどが入ったスープのある麺であるが、
やはり味は甘い。

月に2回発行される日馬プレスと言う日本語の新聞がある。おもしろい記事を紹介しよう。
1、不法狩猟によりサラワク州南部全域に生息していたオラウータンが、保護区で2000頭位になっている。
2、ケダ州でザイトンさんと言う農園主が、罠でトラを捕獲しペットで飼っているが、法律違反だという
3、マレー人の一夫多妻の規定緩和の議論が記事になっている
4、マハティールの後継者、アブドゥーラ副首相も現在の政策の継続を発表
5、中国新年、誕生日、バレンタインデー等にカードを送るのが習慣になっているが、最近コンドーム入りの
  カードが市場に出回り、内務省が没収に乗り出した。
6、iモードと迄はいかないが、携帯電話の便利なサービスが紹介(こちらの子供も少しずつ携帯を持ち出した)
7、熱帯雨林と象の観察ツアーRM100と言う広告(行ってみたい........)

朝食(トースト、スクランブルエッグ、フランクフルト、グレープフルーツ) 昼食(福建麺)
夕食(焼き鳥、カキと玉子、ご飯、ビール)

2月14日(晴れ、涼しい、今晩もスコール)

ジョギングの後朝食を作る。パソコンをやったり、プールサイドで泳いだり、本を読んだり、居眠りをしたり
勝手気ままな時間を過ごした。携帯MDのバッテリーのチャージをしょうとして失敗する。100V対応を忘れ
コンセントに差し込んだためブレーカーが落ちた。ブレーカーが何処にあるか色々調べたら、入り口にあったが
日本と全然違う。11個の小ブレーカーと1個のメインブレーカーになっている。1個の小ブレーカーとメイン
ブレーカーを入れるが何回やっても元に戻る。日本から持っていった240V対応のSー3プラグをはずして、
ブレーカーを入れると、電灯はついた。しかしクーラー、冷蔵庫、パソコンの電源は電気が通じない。
管理人さんを呼ぶと、30歳代の女性が子供連れで来てくれた。クーラー、冷蔵庫はもう一つブレーカーを入れる
ようになっており元に戻ったが、コンセントは復旧しないので、専門家のMr金さんを呼んでくれた。お母さんとの
対話はマレー語で話が通じなくて、手まねと英語でなんとかうまく行ったが、終わるとやっとと言う気持ちになる。
Mr金さんはコンセントのフューズ2Aが切れているので、修理をすると言う。事務所に戻り修理は出来たが、2Aの
フューズがなく4Aを入れたという。金さんは大丈夫と言うが、パソコンにつなぐのに本当に大丈夫か心配である。
ようやく1時間半位かかって電気トラブルが元に戻り一安心である。

昼間や夕方になるとコーランが聞こえてくる。マンションの立地条件にコーランが聞こえないことも重要な条件と
聞いたが、ここは気にならない程度に聞こえてくる。何とも言えない感じを覚える。7年ぐらい前に宿泊した
バツーフェリンギのホテルは朝早く、拡声器からかなり大きなコーランが聞こえていたことを思い出す。
久しぶりのドラマを見た。アパルトヘイトの南アフリカがドラマの中心で大変感動しながら観賞した。


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