ペナン1 生活日記2


2月15日(曇り後晴れ、スコール温度夕方25度涼しい)

          パヤ島全景                        パヤ島ビーチ                    浮きドッグ
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今日はパヤ島に行こうと決め、昨日予約をして8時30分シェラトンホテル前ピックアップと言う事になっている。
パヤ島はペナン島とランクワイ島との中間地点にある、無人島である。白浜と透明度、そして魚と戯れようと言う
コースである。値段は
230RM(フェリー乗り場までの送りと、帰りもピックアップ地点まで。往復3時間20分
のフェリー代金、昼食代、シュノーケル1式、ライフジャケット付き)
(もちろんダイビングパッケイジもあって、+69RMで初めてでも教えてくれる)

8時15分にシェラトンに到着、ロビーで待っている間、他には誰も行きそうな人はいない。バスで迎えが来ると
聞いていたが、8時27分にワンボックスカーが1台ホテルに入って来たので、パヤ島行きか?と聞くと
そうだというので車に乗る。中には日本人の親子ずれが1組だけ乗っている。フェリー乗り場へは5分ほどで
到着。

フェリー乗り場の入り口で、Langkawi Coral社の受付があり、フェリーの切符と赤地に白文字でLangkawi Coralと
書いたテープを手首に巻いてくれた。入り口からフェリー迄は500m位歩いて、乗船し9時に出航した。我々の
グループは5人であったが、乗船客は150人ぐらい。欧米人、日本人が各10%位である。
空はこの日に限り曇り空、高速船である。半袖、半ズボン、草履ばきでのいでたちである。船内はもの凄く冷房
が効いており、寒いのでデッキに上がる。ペナン島を左に、本島を右に北へと進む。
1時間ぐらい過ぎると、島影が見え、1時間40分(10時40分)で到着した。沖合100M位に30×100m位の
浮きドッグがあり、そこに全員下船する。

丸いテーブルに適当に座っていると、簡単な注意とシュノーケル1式を貸してくれる。数カ所海に入る階段と
海に浸かったデッキがあり、魚がウジャウジャと泳いでいる。浮きドックの上からでも、また階段を下りたデッキ
でもまた泳ぎながら、パンを小さく切ったものを投げ入れると、表現が難しいが、ウジャウジャと魚が寄ってくる。
飼い慣らされているのか(飼っているわけではない)人間に寄ってくる。
熱帯魚と言いながらもあまり色の付いた魚は少ない。鮫も一緒に泳いでおり、大きいものは1m位はある。
100m先の砂浜まで泳いで渡り、しばらく長椅子で寝そべっていた。到着したとたんに晴れて、強い日差しである。

12時15分からバイキング形式の昼食が浮きドックの上で食べられる。食事後はそれぞれで、魚と戯れる人
横になる人、おしゃべりをする人、泳ぐ人と3時まで楽しんだ。餌をやるとき手をかじられたりするが、自分は
足を咬まれて少しのキズが出来た。船底にはガラス張りで、水族館のように魚の自然が見られ、ダイビングを
初めてやる人には、船底に練習デッキも備わっている。到着後中国系マレー人の新婚さん夫婦と仲良くなり、
写真を撮りあったり、泳ぐのも、島で休むのも、食事も帰るまでなぜだかわからないが、一緒に過ごし、話しも
英語で困りながらもお互い意志を通じ合ったと勝手に思っている。
3時40分出航、途中からスコール、マンションに着いたのは、6時であった。子供ずれには最高の場所である。
朝食(トースト) 夕食(ラーメン、ご飯)貧しい食事????

   エンゼル.フィッシュの群                    餌付け                メニュー、識別ワッカ、切符
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2月16日(午前中曇り、午後薄曇り、スコール)

今日はマレーシアに来てから、2回目の日曜日。昨日の疲れもあるので、朝のジョギングに行った後は、
NHK衛星放送の日曜討論を聞いたり、本を呼んだり、パソコンでホームページに書き込んだりと、1日部屋
で過ごす。

マレーシアの道路事情を少し書く。片側2車線で、たまに1方通行で3車線もある。信号はまれにあるぐらいで
交差点は全てロータリーになっている。渋滞はほとんどないが、車のキレ(空き)がないため、横断は大変。走っ
ている車は、乗用車が90%程を占め、軽自動車的なものは、内20%位である。残り10%がバス、スクール
バスで、トラックは見かけない。その他にバイクが車の3分の1位走っており、交通マナーは普通(悪くない)
である。イギリスの名残で右側通行なので、違和感はない。ドライバーは日本と同じぐらいの男女の運転である。
歩行者は少なく、歩道も大きな樹木が植えてあり、歩行者が歩道を歩くのに歩きにくく、道路の横断は
車のキレがないので、なかなか渡るのに苦労する。比較的車もきれいで、ガソリン単価は1RM/L位である。
バスの運転はかなり荒く、ドアは開けっ放しか、または走ってから閉める。
駐車場はかなりあり、また道路に駐車することも大丈夫であるが、係員が回りながら駐車の切符を切っており
そこから出るときに、その辺にいる係員に払うようである。

2月17日(晴れ、昼頃から曇り、スコール)

 バターワース駅の発車時刻表             フェリーの船内                       フェリー
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朝食(トースト、目玉焼き、パイナップル)...........夕食(サユリの塩焼き、卵焼き、ロールキャベツ、ごはん)
夕食は警備会社の会長さんが作ったものをもらった。あまりのうまさにびっくりし、ロールキャベツと言い
魚の塩焼きと言い、卵焼きと言い料理人では無いかと思うほど上手に作られていた。

9階のS氏と一緒に出かけた。バターワース(本土)に渡ろうと言うことで、フェリー乗り場を目指して歩く。途中
2回ほど道を聞きながら、約30分位で到着。陸橋を渡り、大変長い通路を歩いて、フェリーに乗り込んだ。
まもなく出航、15分で対岸の本土、バターワースに到着した。列車のバターワース駅に行ったが、乗客は誰も
いない。1日5本の列車で(1日の時刻表)、11時の列車は出た後なので、誰もいないのか?
次ぎに長距離バスターミナルに行き、チケットの買う場所をタクシーのおじさんに聞いたがわからない。
乗るわけでもないので、どうでもいいが、ターミナル前はただ沢山のバスがあるだけであった。
元のペナン島に戻ることにした。来るときは無料で、帰りは0.6RMの料金である。

     水上生活者                   水上生活者の住まいと道路                水上生活者の住居
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フェリーターミナルの直ぐとなりが、水上生活者の町のような1画があり、中まで入って色々通路を歩いたが、
1軒1軒の家はそんなに大きくはないが、こぎれいな家で、多分中国系が多いのか、その様な水上にも
中国寺のようなところが、いくつもあるようであった。真ん中の写真は漁師の家で、取った魚を桟橋の上に
干していたものである。
昔船の荷下ろしの苦人が、この水上の家屋を造ったようだが、今は貨物船も少なく、何をしている人が住んで
いるのか???当然長い間家の下の海は下水の変わりをしていたため、臭いがすごい。帰り道に
中心のコムタに行くのにバスの挑戦をした。バスターミナルと地図には書いて有るが、行ってみるとビルの裏手
にある空き地のようなところで、バスが3台止まっており、バスを待っている人にコムタに行くバスを聞いたが、
遠回りしていくか、近回りで行くかの違いで全てが行くのでどのバスに乗ってもかまわないと教えてくれた。
そうこうする内に1台のバスが発車するようになり、乗り込んでバスの料金を運ちゃんに聞くと、0.8RMと言うので
料金箱に入れると、レシートをくれた。ドアーを開けたまま発車、比較的近回りのバスで直ぐに到着。
スーパーで買い物をして帰宅。部屋に戻ると、ハウスキーピングのおばちゃんが掃除中、少し話し込んで、
自分はプールへ、プールサイドで会長のTさんとしばらく話し込む。
戻ってもまだ掃除中、久しぶりに部屋が爽快、テーブルでしばらくおばちゃんとコーラーを飲みながら雑談。

2月18日(晴れ)

今日はジョギングを中止、多少疲れが残っている。朝食後10時にマンション
を出て、Gurney Plazaに出かける。駐在員のT氏の娘さんと話した時の話題で
若い女性が買い物に行く場合、何処に行くのかと聞いたことがある。
今まで街の中心の買い物をできるような場所に行っても、まがい物、安物?
等々で、おしゃれな買い物をする場所が無かった。ブランドもの、高級物、
若い人のおしゃれな物等、それぞれの店が、どのくらい格調高いか等を
確認するためにGurney Plazaに行った。

Gurney Plazaに行く前に、タイのお寺に寄ろうと地図で昨日調べた。左の写真
は、WAT CHAYAMANGKALARAM(泰仏寺)で、32mの寝釈迦仏寺院である。
拝観は無料、ガイドブックでは写真撮影禁止と書いて有るが、注意書きにはなく中で
他の方達も撮影していた。脱帽、靴を脱いで中に入ることになっている。
上のお寺の前には、ビルマのお寺がある。BURMESE BUDDHIST TEMPLE
(緬仏寺)でここも撮影は良いが、脱帽、靴を脱いで中に入る。黄色い衣を着た若い
お坊さんが、管理のため立ち番をしているが、日本人の女性が写真を撮らしてくれと
頼んでいたが、気軽に撮らせていた。

Plazaはここから10分(1Km)位のガーニードライブに面して建っている。外は30度を
越えるほどの暑さだが、中は寒いぐらいの冷房で、ほっとする。
たしかに聞いていたとおり、大変きれいな洗練されたデパートと専門店があり、店の
中央に、上下のエスカレーターがある。6Fまであるが、6Fはまだ店が入っておらず、
5Fまでに色々な店がある。5Fにあるレストランは、名前がHOT WOKと言い、ガーニ
ードライブの海を眺めながら、ゆっくりと食事が出来るグッドロケーションである。また
店の雰囲気に合わない日本の¥100ショップのような店がある。ホットマーケット0.99(30円)RMショップである。だいたい
の商品が、O.99RMであるが、中には9RM位までの値段の品物もある。
物は粗雑品と言うような物で、とても買う気になれず。1Fの広場では、バザールのような衣類をバーゲンセールしていた
が、中に子供服が1RM〜3RM位の値段で売っており、これは安いと感じた。大人のTシャツ、Yシャツは9RMであった。

次ぎにここから10分ぐらいの所にある、MIDLANDS PARK CENTERと言うPLAZAに行った。ここは7階建てで、
Gurney Plazaにない、電器屋、CD、DVD、ゲームソフト等の店が軒を並べていた。
DVDソフト51RM(3%〜10%値引き有り)、CDーR10RM/10枚 35〜40RM/50枚の値段だった。
ここのスポーツ店でランニングパンツ(セミロング)を買い求め、値切ったが安くはならなかった。
基本的にタクシー代でも誰もがリーズナブルな値段を言い、各種商品も正札なのだと思う。

2月19日(晴れ)

関東地方の天気予報では、天気が良くないようで、また気温も7度前後と所によっては雪の予報である。
2週間が過ぎた今は、すっかり慣れ、時には日本にいるような錯覚を覚えるときがある。温度は26〜30度
とあまり変わらないが、ここしばらく夜にはスコールが続いたので、吹く風も涼しい。枯れ葉も一段と多く散り
掃除も大変だ。

為替が$1=119ジャストぐらいであったので、両替すると¥1=0.0316とレートが良かった。朝から涼しい
ので、今日のジョギングは8kmを走り、疲れたので午前中は休養。午後コムタに両替、スーパーでの買い物
をして、プールで泳いだ後は昼寝。.........家でぶらぶらの1日でした。

2月20日(晴れ)

ランカイ島に行こうと思い、依頼したがなかなか決まらなかったが、昨日予約が取れたとのT氏から連絡が入る。
ランカイ島は西マレーシアの西海岸に浮かぶ、タイ国境に近い位置にある。
西マレーシアの西海岸の中間に浮かぶ島がパンコール島で、北に約100キロ行ったところにペナン島がある。
その107キロ北にランカイ島がある。東西25K、南北15K(ペナン島は東西15K、南北24K)でペナン島は
南北に細長く、ランカイ島は反対に東西に細長い面積的にはほぼ同じぐらいの島である。
しかしペナンは50〜60万人が住んでおり、ランカイ島は3000人ぐらいで、内クアの町には2000人が住んで
いるため、全ての場所が田舎で、家もパラパラある程度である。マハティール首相はクダー州の首都にしようと
新聞に発言している記事があった。

Mr GOH(タクシーの運ちゃん)に7時50分マンションに迎えに来てもらう。8時30分発のフェリーである。
8時前に乗り場に着いたが、フェリー会社の社員が出社しておらず、受付が出来ない人が群がっている。先日
パヤ島に行ったので、チェックが必要なことと、場所はわかっていたので助かった。かなり廣いターミナルで、
税関まである。
8時過ぎに社員が来て、フェリーの切符を渡され、乗り場まで500メートル位歩いて、埠頭の端間で行くと、
先日パヤ島に行ったときの船と反対側にもう1船停泊していた。T氏からはパヤ島経由と言われていたので
先日の船かと思ったが、ランカイ島への船を聞くと反対側の船だという。多少心配したが信用するしかなく
乗船する。8時33分出航。先日の船と同じく乗り心地はよくなく、エンジン音はもの凄い。デッキはなく
船室にいるしかない。船の一番後ろに少しのデッキのような物があり、船室から外に出て、そこに立ちながら
海を眺めるしかない。最初は1人だったが、欧米人の若者が外に出てきて、タバコを吸いながら、こちらにも
勧めてくれる。断りながら2人なので、何処に行くんだ、何処に宿泊するのか、何日か等々たわいもない話しで
多少は気が晴れる。途中エンジントラブルで、海の真ん中で立ち往生、若い船員が、エンジン室に入ったり
出たりとしていたら、エンジンが掛かり、後はランカイ島までスムーズに到着。トラブル時間10分位を引くと
2時半で到着したことになる。3時間と聞いていたのも違った。

フェリーターミナルの出口には沢山のタクシー運転手が、客待ちである。本では12RMと書いて有ったが、
いくらかと聞くと16RMと言う。熱いのでOK、OKと言いながら、乗り込んだのはワンボックスカーで、8人ぐらい
乗れるのに1人、運転手の横に乗る。20〜25キロ先のPantai TengahビーチのLangkawi Village Resort
ホテルである。ガイドブックなどに夕日がきれいなところと書かれていたので、このホテルに決めた。
車の中では、運ちゃんから島を案内するから、行かないかとお誘いがある。明日にでも行こうと思っていると言
うと、名刺を出し、絶対に電話をくれと何回も言われたが、こちらは気にしていなかった。12時にホテル到着。

直ぐでもチェックイン出来るかと聞くと、問題がないという。しかししばらく待ってもらわないといけないかもしれない
とも言う。直ぐ横がビーチで熱いので、何でも良いからチェックインをした。手続きをした後にくれたのは、名前と
部屋番号、建物形式、有効日、ゲスト人数の書いた7×15cm位の紙をくれた。その紙をポケットに入れ
コテッジを探すと、ほぼ受付から一番遠い場所の少し手前にあった。
鍵もかかっておらず(受付で鍵を請求したが無いというので、特別鍵は無いかと不思議だなあ、とおもいながら
も納得)部屋の中に入ると、部屋の掃除が終わっていない。直ぐ近くにマレー人の女性が別の部屋の掃除をし
ていたので、掃除が済み次第、自分の部屋の掃除を直ぐやってくれるように頼み、荷物だけ置いて、ビーチで
待っているから終わったら教えてくれと頼んだ。

ニコニコしながらわかったと言ってくれたので、ビーチに出たが昼御飯を食べてないのに気が付いてプール
サイドのレストランに行く。Pizzaを注文をし食べたが、久しぶりにうまいと思った。食べていると、どうしてここで
食事をしているのを知ったのか、掃除が済み、セッティングが完了したのでどうぞ部屋を使ってくださいと、
ウエイトレスさんが伝えてくれた。食事が終わり、部屋に行くと鍵が閉まっており入れない。ここで気が付いた。
(遅すぎる?)
チェックイン時の受付の話しは”掃除が終わってないので、しばらく待ってくれ......鍵も今はまだ返却されていない”
との受付時の話しに気が付いた。
部屋掃除の女性に依頼をして、受付に鍵をとりにやらせ、ようやく部屋にはいることが出来た。一安心...........
(ランカイ島から戻り、7×15cm位の紙を見ていたら、下の方に、ドリンクをサービスがあると書いて有ることが
わかった。この紙のタイトルはマレー語でSelamatDatang(ウエルカムの意味だそうだ)と書かれており、ただの
チェックインの紙だと理解していたが、部屋の掃除が済むまで飲み物でも飲んで待っていてくれとのことだった。)

     ビーチとコテッジ                 プライベートビーチ                ビーチからの夕日
.................

水着に着替えてビーチに行くと沢山の欧米人がゆっくりとサンデッキに座って、本を読んだり、話し込んだり
ゲームをしたり、または甲羅干しをしたりとあまり泳いでない。サンデッキには青色の大きなタオルが敷いて
あり、余分のサンデッキがない。各人が部屋からタオルを持ってきているのかと思ったが、部屋にあるタオル
は、白色で違う物である。どう言うシステムかわからない。全く日本人はいない。黄色人でもマレー語を
しゃべっており、欧米人に詳しく聞く勇気がない。リクライニング的デッキは無く、普通の椅子が1脚近くに
あったので何か言われるまで座っていようと思いしばらくそこに座り続けるが誰も何も言ってこない。
そこに自分で持参したタオルを掛け、泳いだり、本を読んだり、居眠りをしたりとゆっくり過ごす。

夕方から夕日を撮影するため、3脚等を準備しながらビーチで時間待ちをしていたら、1人の女性がシャッター
を押してくれないかと、英語で話しかけてきた。当然中国系の方だと思いながらも、”いいですよと”言い
シャッターを押し終わると、別な角度からの要求もあり、結局3枚のシャッターを押した。そのうち夕日をバックに
シャッターをと言うので、AgainstSunと適当な英語で言うと、急に日本語のようなことをしゃべったので、
日本人ですかと聞くと、日本人と中国人のハーフだとのことで、”日本語?”はOKですかというと、大丈夫とのこ
と.........一安心
年格好は30歳過ぎぐらいか?美人である。撮りましょうかと言ってくれたので、何枚か頼みながら、1枚だけ
あなたを撮らせてくれと言うと、どうぞどうぞと大サービスでこちらの方がびっくりした。
1時間ぐらい夕日をとり続け、自分は部屋に戻った。女性はまだ一人サンデッキに座って海を見ていたが、
8時も過ぎ、とっぷりと日が暮れた。

シャワーを浴びて、9時前にプールサイドレストランに食事に行く。ほとんどが欧米人で、中には少しマレー人
の女性が頭を覆っている。ビーチに一番近い2人掛けのテーブルに1人淋しく、ビールとチャーハンを注文
するが、熱いせいか、ビールがうまい。3杯のジョッキーを飲み終えたころ、先ほどの女性が一人食事にきた。
こちらに気が付いてくれればと神に願ったが、ボーイが奥の席にエスコートした。
チャーハンを食べながら、何とかこちらに気が付いてくれないかと思いながら、そちらをチラチラ見ながら
食事は済んだ。もう1杯またビールを注文、しかしこちらの気持ちは通じない。このままじゃ、あきらめられない。
断られればそれまでと、勇気を出して女性の席に行き、同じ席に座っていいかと聞くと、どうぞどうぞと少し
気持ちが悪いほど簡単に、気持ちよく勧めてくれた。

お互いビールを飲みながら、楽しく1時間歓談。現在は香港で日本人との商売の橋渡しのような事を、仕事と
しており、たまたま時間がとれたので3泊の予定で時間を忘れるように時計をはずして過ごすと言うような
事を言っていた。大阪出身と言っていたが、関西弁らしきアクセントはなかった。

        夕日                      コテッジ                    マレーの伝統的高床式家
.................

部屋に帰り、ホテルの案内を見ていると、サンデッキの利用方法が載っていた。サンデッキは早い者勝ちで
場所もいい場所(椰子小屋など)取りをし、サンデッキに敷くタオル、マットは半日単位の有料であった。
夕方7時までに戻さないと35RMの有料だとも書かれていた。明日は早めに”位置取りだ”ときめる。

2月21日(曇り)

今日は1時間早く日本時間で起きてしまった。7時半になっても明るくならないので、おかしいと思っていたら
日本時間の時計を見て起きたことがわかる。夕方17時30分発のフェリーまでどう過ごすか、今日の
スケジュールを決めなくてはならない。それには何時にチェックアウトしなければならないかを、ホテルに
聞かなくてはと思っていたら、ドアーの下からメッセージが投入されていた。12時チェックアウトで、それ以降
滞在したときは、150RMの追加料金と書かれていた。

7時半にビーチに出てサンデッキの確保と自分のタオルを椅子に掛け、曇り空の清々しい海岸を裸足で2キロ
走る。何人かの泊まり客も走っている。ビーチの直ぐそばで、現地の人が投網を投げている。
ビーチの砂は硬くて、裸足で走るのに都合良く、また何とも言えない気持ちよさがある。お互いモーニングの
朝の挨拶をしながらにこにこと走っていく。のんびりとした雰囲気の朝、ゆったりと迎えた朝、波の音しか
聞こえてこない。静かなランカイ島PantaiTengahの朝である。

9時過ぎビーチサイドレストランで、バイキング形式のお粥、卵焼き、果物の食事をした後、しばらく泳いで
本を読みながら、居眠りであっと言う間に11時半になる。チェックアウトをし、再びサンデッキで本を読む。
13時半になってから、ツナサンドイッチの昼御飯を終え、タクシーで島を1周する事にした。人の良さそうな
マレー人の運転手、有料の観光施設などには入らず、風光明媚な所や田舎の高床式の家、高級リゾート地の
TanjungRhuBeachを指定し、後は運転手まかせで適当に廻ってもらうことにした。

      タンジュン.ルービーチ             タンジュン.ル-ビーチ                ランカイのシンボル
.................

PantaiTengahのビーチからPantaiCenangビーチを通り、飛行場の脇をU字型に周り、ルート115からPantaiKok
の橋で写真を撮り、ルート113から左に折れ、TamanBuayaのワニ園(CrocodileFarm)に寄るが、ショウまで
時間があるので中に入らず、ルート113に戻る。このまま奥に行くと、滝とケーブルカーで登るMatCincangがある。
ルート113(EWA通り)は大変田舎で、時々マレーシアの昔からの高床式の家が点在している。
運転手さんにどこかの家に入れないかと聞くと、探してくれそこに住んでいるお母さんに交渉してくれ、写真を
撮らしてくれた。子供達も家の前の庭で遊んでいる様子もVTRに取ることが出来た。
その後ルート111へと左に曲がり、高級リゾート地とガイドブックなどに書かれている、TanjungRhuBeachにゆく。
高級ホテルが1軒しかないが、プライベートビーチではなく、ビーチ入り口には少しの食堂、商店はある。入り江
になっており、静かな海であるが、ガイドブックに書いて有るほど海の水の透明度は良くない。しばらく休憩を
しながら静かな海を眺めていたが、上の写真の左のホテルの日除け小屋の付近に西欧人達が寝そべっている
だけで、ビーチには、人はいなかった。ここはカヌーが出来るところで、ビーチに2隻のカヌーがあった。
ルート113からルーと112に入ると、少しずつアパートメントの家並みが見え始め、Kuahの町に入る。フェリーの
のりばの直ぐ手前にEagleSquareがあり、写真撮影に立ち寄ると、沢山の日本人がいた。何故かと不思議に
思いながらタクシーに戻ると、運転手がある広告を指さししながら、明後日(23日)トライアスロンがここであるん
だと教えてくれ、先ほどの日本人の多さは納得でき、その方達は参加者のようだ。
トライアスロンの名称はTHE TOUGHEST SHOW ON EARTH(水泳3.8k自転車180.2kマラソン42.195)とすごい
大会である。
フェリー乗り場について受付をし、待合室に行く途中”オーと”声をかけられた。びっくりして声の方向を見ると
昨日のタクシー運転手で笑いながら何故電話してくれなかったのかと言ってきた。昨日はたしかに電話をくれと
言っていたが、あまりこちらは気にしていなかった。知らない運転手に島を1周してもらったが、顔見知りの彼に
すれば良かったのかと、少しの後悔と運ちゃんには”スマナイ、スマナイ”と謝るしかない。握手で別れた。
フェリー埠頭にはマレーシアの正装をした人達がたくさん誰かを迎えるため待っている。しばらくすると船体に
ポリスと書かれた船が到着、お年寄りの偉い人がご婦人と降りてきた。誰だろう。???

フェリーは定刻に出航した。一応シート番号が書かれたチケットなので何処かと聞くと(シート番号が書かれてい
たり、書かれてなかったり、書くのもチョークで書かれている)自由席だというので、一番前の見晴らしのよい
一番良い席が、空いているので座った。後から船室に入ったが、誰も座っていない。特別席かもしれないと
少しどうしょうかと思ったが、言われればどければいいのではと思いつつ、結局到着までOKだった。
帰りも2時間半、戻ったのは8時過ぎだった。夕食は日本料理屋でカキフライを食べた。

2月22日くもり昼過ぎ少し晴れる

1日中コンドミニアムの中で過ごす。8時起床、いつものガーニードライブのジョギング、写真の整理、
パソコン整理、プールサイドでの昼寝、会長T氏と長期滞在者の色々な人間模様や駐在員T氏のサービス内容
の雑談などで今日は終わる。今日は朝食納豆、卵焼き、のり、カレーの仕込みで夕食はカレーライス

2月23日はれ

ジョギング中止でゆっくり起きる。テレビとプールとパソコンと雑談
雑談 1、男子1人(65歳旭川より)気温差50度のマレーシアに来て2日ほど体調整わず。
      どこかの農業の手伝いのようなことをしているらしい。どうしてか家族と別れて住んでいる。
      特別の目的を持って長期滞在に来たわけでもないようだ。

    2、夫婦(東京町田、75歳前後)寒さをよけての滞在か?
      3週間の自分で歩いてきたジョージタウンや買い物食べ物などの経験を話した。

    3、警備会社の会長さん(58歳東京)経営を実質的に社長に譲ったが、会社に居ると口出しするので、
      しばらく逃避しているようだ。東京での金使いの荒さのことや、料理のうまい人でよく作ってくれる。

2月24日晴れ

敷島マラソン(3月9日)まで日時が迫ってきたので、久しぶりに10kmを走る。体全体から汗がしたたり落ちる。
シャワーで汗を流した後、朝食(のり、卵焼き、納豆、ご飯)をとり、海水浴にバツーフェリンギに行くことにした。

先日写真の取り残しをしたタイとビルマのお寺に廻り撮影、ミッドランドプラザからバスに乗ることにした。ガイド
ブックには、ブルーバスのNO93、94、102と書いて有るが、ブルーかブラックかもわからないぐらい汚れた
使い古した、クーラーのないバスである。番号も書いてない物がある。来たのでフェリンギの行くのかと聞くと
運転手も切符売りのおじさんも大丈夫と言ってくれたので乗る。バス代は1.30RM(約¥40)である。
時間は30分ぐらいかかる。相変わらず運転は荒い。ドアーは開けっ放しで走っているが、一番前の席に
掛けているので、外からの風が涼しくて気持ちがいい。
切符きりのおじさんにフェリンギに着いたら教えてくれと頼む。言葉のやりとりが少し通じなかったら、乗客の
インド人のおばさんが何処に行くのかと聞いてくれる。フェリンギだというと胸を叩いて、まかしておきなさいと
言ってくれる。途中もまだもう少し時間がかかると、親切にもフォローをしてくれる。
到着したよと、ふたりが教えてくれ、親切に感謝、感謝である。バスから降りたら、同じに降りたお客さんの若い
女性が何処に行くのかと聞くので、ビーチだと言うとまたまた親切に教えてくれた。

7〜8年前に半導体の組立会社を探しにペナンに来て、泊まったホテルが、バツーフェリンギのパークロイヤル
ホテルだったので、懐かしく最初に探したが直ぐ見つかり、中に入って少し懐かしさを思い出した。
パークロイヤルホテルの直ぐ横からビーチに入れる道があり、多少のお店が開いている。沢山の屋台があるが
昼間なのでほとんどが閉まっている。リュックをしょってビーチにはいると、水上バイクやパラセリングの誘いの
おにいちやんが、日本語で盛んに誘いかけてくるので、誘いに応じてまず乗ることにした。

まだ着替えてもいないので、水上バイク屋さんの前で着替えて、まず写真を撮り、何枚かの写真を撮ってくれる
ように頼み、VTRとデジカメを渡す。エンジンを掛け、ハンドルのクラッチを握るとアクセルで、初めての経験
だが、おもしろくビーチ沖を何回も廻って楽しんだ。降りるとパラセーリングの誘いがまたまたきびしい。
ことわってビーチで泳いだり、寝ころんだりしながら過ごす。かわいい西洋人の子供達4人が水際で遊んで
いたので、親にことわり写真を撮らせてもらおうとしたら、”NO,NO”と、絶対ダメとことわられる。何故か???

    バツーフェリンギビーチ               パラセーリング                     水上バイク
.................

2時間半楽しんで、帰りもバスにしょうと待つことも覚悟してバス停方向に向かうとバス停に着く前にバスが来た。
手をあげると多少バス停でなかってもOKなのか止まってくれ、待つこともなく元の場所まで乗る。
バス代は1.20RM行きより、0.10RM安い。多分適当に値段を決めているんだろうと思う。タクシーでは25RMは
かかるので、20分の1の安さである。帰りもドアーは開けっ放しの、涼しい風で居眠りが出るようだ。
乗るときに行く場所を言ってお金を払うシステムだが、降りるとき1つ先の停留場で降りようと途中で降りる
バス停を変えたら、はじめのバス停に着い時、運転手が心配そうに”ここだが”と言うような顔をこちらに向け
たが、しらん顔をして、次ぎにボタンを押した。

バス停の近くのサロン(駐在員のT氏のいる事務所があり、日本人が時々来ている。現地に根を下ろしている
人も来る)によると、T氏は脚が痛くて欠勤状態、奥さんと会長のT氏がいてアイスクリームやコーヒーを飲みな
がら笑い話に花が咲いてあっと言う間に1時間半...........帰宅4時半

同じマンション住人(同じ会社のロングステイ者)の、会長のT氏、S氏、A氏夫婦5人を誘い、安順園に
シーフードの食事と近くの老金鷹の屋台にステージを見ながら、ビールを飲みながらの談笑を楽しんだ。

2月25日晴れ

同じマンションに住んでいる日本人の方達と近くの市場に出かけた。8時集合でLogan通りから、Anson通りに
出て、右に曲がり、交差点を渡った直ぐの所(SeangTek通り)に小さな市場(AnsonRoadMarket)がある。
八百屋、肉屋、朝の食堂、魚屋等が店を並べている,結構活気はある。みんな計り売りで、少し買うのに適し
ている。玉子大は1個0.2RM(\6)位で売っている。パパイヤやバナナなども安く売っているが、バナナは別にして
他の果物は甘みが足りない。パンケーキと書いた店では、10cm位の鉄板に小麦粉的な物を薄くのばして焼き
その中にトウモロコシとココナッツを入れ、包んで焼く、マレーのパンケーキを買った。朝の食事にピッタリの
甘さと量がなによりでした。揚げパンと大根を買って帰る。朝食後バスでコムタの近くまで買い物。

プールサイドで居眠りをしたり、パソコンの中を整理したりで今日も終わった。夜は会長のT氏が餃子とポテト
サラダを作ってくれたので、夜の食事はご飯をチンするだけだった。

2月26日晴れ

今日のジョギングは体が重かった。食事後椅子に座って休んでいると、少し冷たい風が入ってきて、眠気が
してきて、どこかへ行く気になれず、また1日プールサイドで甲羅干し。毎日何処かえ行くこともないし、気が
向けば出かける程度で、日本と同じ生活を出来るだけしょうと思うが、なかなか難しい。

ロングステイなので、日本の生活をマレーシアでやっているだけで、何処かえ無理をして出かける必要もない。
1つのことを集中してやれることがあればベターである。(習い事はたくさんある)


日馬プレスの紹介..............イスラム教の巡礼についての記事である。巡礼とは聖地であるメッカを訪れること迄は
通常知っている人も多い。巡礼と言っても2種類あるそうだ。1つはズルヒッジャ月(イスラム歴の第12月)に
行われる巡礼を”ハジ)(大巡礼)と言い、それ以外の月の巡礼は”ウムラ”(小巡礼)と言うそうです。
大巡礼を行った男の人は”ハジ”女性は”ハジャ”の称号を与えられる。

ハジを行う巡礼者はズルヒジャ月7日迄にメッカに入り、聖モスクのカーバ神殿の周りを7回まわり、モスクに
隣接する回廊を早足で3往復半する。翌日8日には、メッカの東方6kmのミナにうつり、ここで一晩過ごす。
翌9日には14km東方のアラファトと言う地に赴く。アラファトに足を踏み入れる事が巡礼で、一番大切なことだ
そうです。10日の夜明けまでに到着しないと巡礼自体が無効になる。その夜は、アラファタとミナの中間にある
ズダリファで過ごし、10日にはミナで悪魔の象徴の石塔に石投げを行い、犠牲の家畜を捧げる。その後メッカに
戻り、カーバ神殿を周回する。最後の儀式は、再びミナで石投げをして終わる。
巡礼もお金がかかるので、タブン.ハジと言う機関に積み立てを行う。行きたい人がすべていけるわけではなく、
イスラム諸国会議機構で、毎年1カ国当たり、人口1000人に1人の巡礼者と決められているので、行けない人
も多い。それでも人口80万のメッカでは、300万人の受け入れをしていることになるそうです。

夜ご飯に会長のT氏がおかずをくれた。オクラと納豆和え、ほうれん草のおしたし、ブタのショウガ焼き、
ナスのショウガ焼き、卵焼きと豪華な夕食であった。7時半頃から夜のガーニードライブに行く。8時少し前で
まだ少し明るく、渚では釣りをしており、ちょうど女性が15cmぐらいのナマズを釣り上げたところに出会った。

だんだん暗くなり、屋台が明かりを付けて、沢山の人が夕食に訪れてくる。昼間のガーニーも店を開いているが
やはり閉めている店も多く、いくつもの多くの屋台でにぎやかさが増している。ガーニープラザのショッピングセン
ター4F(実際は5F)のレストランで、ビールを飲みながらしばらく、上から下の喧騒を眺めていた。
ガーニードライブの北の端には、屋根のない屋台車だけの大きな1画があり、串揚げをあげてもらいながら
ここでも屋台の様子を眺めていたが、沢山の現地の人は屋台料理を食べながら談笑していた。

2月27日晴れ

今日は10時過ぎにS氏とTelukBahangにバスで行こうと昨日決めた。近くのお寺も行ってないと言うので、
先に案内して、日本人サロン事務所のあるBurma通りとCantonment通りの交差する信号手前から、NO93の
バスに乗る。珍しく若い運ちゃんで、冷房のある車だが、古さは年期がいっている。タバコを吸いながらの
片手運転であまり愛想は良くない。日本人の若者もこんなものかもしれない。
このバスはTelukBahang行きなので終点まで乗っていればよいと思い、ゆっくりと外の景色を眺めながら約30分
まだ最終じゃ無いのに無口な運ちゃんが、TelukBahangだよと声をかけてくれた。やはり親切さは同じだと感じ
お礼を言って降りた。適当にだれも行きそうもない、細い道をビーチ方向に向かって歩く。
ビーチのはずれの漁村にでた。小さい川が流れ、ビーチに出るには困ったと思っていたら、小さい木の板の橋
が架かっており、体のバランスをとりながら、橋を渡って白い砂浜に出る。

ペナン島の一番北にあるTelukBahangビーチである。
ホテルはPenangMutiaraBeachResort1軒である。客も少なくひっそりとしている。
周りにも屋台が少なく、静かな場所を選ぶにはいい場所かもしれない。白砂の
浜辺はいいが、海水はやはり透明度はない。マレーシアの西海岸はガイドブック
に書いて有る程きれいでない。
ビーチから車の通る道路に出ると、タイミング良くバスが来たので、フェリンギまでまたバスに乗る。フェリンギは先ほどのビーチよりにぎやかで早速水上ボートや
パラセリングのお誘いである。S氏が直ぐにパラセリングに挑戦、直ぐ後ボートに
挑戦一生懸命写真を撮ってあげた。ビーチで昼食、ピザとローティー、ビールと
ゆっくり食事をした。ローティーは小麦粉をといて、薄く焼き、中に色々な物を包み
焼きし、カレー等を付けて食べる。今日のは色々な野菜と玉子が入った物で、カレールーを付けて食べた。
食事....朝食(納豆とオクラ、卵焼き、ご飯ですよ)、夕食(会長Tさんのトンカツ)オールドの水割り

2月28日晴れ

あっと言う間に2月も今日で終わりである。7時半過ぎジョギングで外に出ると、清掃車がゴミの収集をしてい
た。7時半はようやく明るくなったばかりで、タブン暗い内から収集しているようだ。アパート、コンドミニアム等の
大勢の人が住んでいるところは、ドラム缶を一回り大きくした中に選別無しで各人がゴミを捨てる。
ゴミ収集人は手押し車のような物で、道路まで運び出し(各人の家の中から外まで運び出してくれる)車について
いるジャッキのような物で、ドラム缶を挟んで持ち上げ、収集車にドラム缶を回転させて入れるやり方でゴミ収集
をしている。
道路では、今朝までに落ちた落葉を竹箒と竹熊手で集め、毎日年中枯れ葉の掃除をMPPP(政府系清掃会社)
と書いたシャツを着た人がやっている。

1日のんびりジョギング、プール、パソコンでホームページ更新、昼寝と今日は
何処にも出かけなかった。
夜は近くの中華料理店で、コンドミニアムで滞在している会長のT氏、旭川
のS氏、Aご夫婦、Yご夫妻、Mご夫妻、幹事役のT氏ご夫妻の11人で7時から
10時過ぎまで、親睦を深めるという意味合いも含めて楽しく、美味しい楽しい
食事会でした。北京ダックや色々のコースメニューに従った料理であったが、
その中に珍しい魚料理があった。魚の名前は中国語で河八丁、英語はCatFish
マレー語はPardinで,多分日本語ではナマズではないかと思うが、味もさっぱり
とした味で形はグロテスクにも見えるが美味しかった。

駐在員T氏と今までは書いてきたが、そうではなく、T氏が経営する会社で奥さんがお手伝いをして
ご夫婦で経営をしているようだ。奥さんも子供さんも大変明るく、今夜は奥さんも同席してくれ、楽しい夜を持つ
ことが出来た。T氏は日本人、奥さんは中国系マレー人で、子供さん2人をもつ4人家族のようである。

3月1日晴れ

いつものジョギングを済ませ、朝食(納豆、卵焼き、のり、ご飯ですよ)を食べ、ゆっくりしていると福井のT氏の
奥さんが訪ねてきてくれた。時間があったらバスでTelukBahang、BatuFeringghi方面のビーチに連れていって
くれないかとのことで、案内することにした。T氏ご夫妻、A氏ご夫妻の5人連れ、ビルマ通りまで歩き、バス停で
バスを待つこと20分、クーラー無しの黒の番号無しのバスが来た。行く先を確認すると大丈夫なので、乗ること
にしてお金を確認すると5人で10RMと言う。前回は1.80RMだったので、9RMであるはずが、1.80RM×5の計算
が出来ないのか適当なのかわからないが、払うしかない。海辺の道路に出ると、開けっ放しの窓やドアーから
涼しい風が吹き込んで気持ちがよい。約30分で荒っぽい運転から解放された。

PenangMutiaraBeachResortのビーチに出るとマレー人のお兄ちゃんが早速水上遊びのお誘いのお呼びである。
水上バイクは乗らないと言うと、色々日本語で話しかけてきたので、木陰でこちらも色々話しをしていると、突然
お見合いをして、来年の2月に(1年先)結婚が決まったんだと大変喜んでいる。
自分はまだ力がないので、3人の妻はもてないがとも言う。どのような結婚式なのかと聞くと、招待者は2000人
位の予定で(特別ではないようだ)お父さんが色々と準備をしてくれると言う。ご飯とおかずと甘いジュースの
ような物だけなのでお金はあまりかからないようだ。明日の午後12時から18時までちょうどこの近くで兄ちゃん
の友達が結婚式(披露宴のようなもの)をするのでこないかという。大丈夫なのか????と言うと、話の内容から感じたのは、みんなで祝ってくれるのがとてもうれしいようだ。丁寧にことわりつつも、内心行ってみたい気は
した。

イスラム教は酒が飲めないのが可哀想だとこちらから水を向けると、

”家では飲まないよ、こうやって仕事に来たら飲んでるよとも言う、断食の時期なども家では断食やるよ、浜辺に
来るとたべてるよ、まあ.....適当にやってるよ”
と言う事だった。そんな話しをしていたら今までパラセリングを引っ張っていた、モーターボートのマレー人の
運ちゃんが、戻ってきた。手には冷えたビール缶を持ってである。飲んじゃいけないんじゃないのかと(運転と
イスラム教との意味で)言うと、にこりと笑って、大丈夫、大丈夫と適当な規律と思わざるを得なかった。

兄ちゃん(27歳)は結婚もするので、4月から持っている水上バイク3台を売って、日本へ竹、木材を輸出を
する仕事に変わるので、1台100万円(日本では80〜85万円のヤマハ製)の水上バイクを3台売るんだとも
言う。あまり話しがうまいので、何故これだけ日本語がうまいのかと聞くと、1年半新宿、渋谷でウエイターの
仕事をしていたが、日本の神奈川県人の女性に振られて、心を痛めて日本から帰ってきたと言う話しまでして
くれた。

ビーチを歩いてバス停を目指して田舎道を歩いていると、日本の昔のアイスキャンデー屋さんが自転車で通り
かかったので、熱い昼時冷たいアイスが何とも美味しかった。ランチはインド料理のローティを食べ、この周辺
では有名なラササヤンホテルでコーヒーを飲みながらの談笑、庭を散策した後、バスでジョージタウンに帰る。
途中バスの運ちゃんがバス停になっても降りる人は降ろすが、乗りたい人は手をダメダメと言って乗せない。
車もゆっくり走る。ナンだろうと思っていると、降りようと思っているバス停2つ手前で降りろと言い、全員が降り
たら、後ろの車からモクモクト煙が上がり、油のにおいも立ちこめる。炎上でもしたら大変とコンドミニアムまで
10分ぐらい歩いて帰るしかなかった。

しばらく休んでプールで涼をとる。プールから部屋に戻る途中、今週火曜日に同じコンドミニアムに入った
Mさん夫婦から道案内を頼まれた。一般的なガーニードライブの夜の屋台を案内しながら約7キロの道案内を
して部屋に戻ったのは9時前であった。

3月2日晴れ

8時前に起床、NHKの日曜討論を見た後、写真の整理。午後琵琶湖毎日マラソンを見たが、中大生の藤原の
がんばりに感動しながら応援をしていた。夕方歩いて15分のマッサージやさんに行く。足裏マッサージをして
もらったが、40分約600円で気持ちが良く、テレビなどで見ていると悪いところがあると壺をもまれるともの凄く
痛がっているのをよく見たことがある。痛くないのか心配したが、一カ所もまれると少し痛く、何処かと聞くと
尾てい骨だと言われ、なるほどと言うところもあったが、他は何処をもまれても、痛く感じるところはなく安心
をした。癖になるほど気持ちが良く、こんなものならもっと早く行けば良かったと思った。紹介なので一般的な
値段と比較すると、時間と値段の総合で約半分ぐらいの値段であった。


夜はコーンウォーリス要塞裏の屋台街、インド人街を散策することにした。要塞裏の屋台は
ガー二ードライブの屋台より規模が小さいが、
やはりここも沢山の人が、夕食を楽しんでいる。
フェリー乗り場、時計台を通り、インド人街に行く。
宗教関係道具の店、衣料の店、インド料理の店
などが沢山連なっている。一軒の店に入り
写真のOnionRavaと言う料理を食べた。バナナの

葉っぱに焼き上がったRavaを乗せてくれ、左のカレールーをスプーンですくい、バナナの葉っぱに乗せ、Ravaを
ちぎり、ルーをつけて食べる。小麦粉とコーンのといだ粉を薄く焼いたものだが、1枚で結構食べがいがあり、
時間が経ってもおなかはなかなかすかない物だ。
戻る途中インド人のおじさんが漕いでくれるトライショウ(人力自転車)に乗って、夜の涼しい風を受けながらゆっく
りとコンドミニアムまで戻る。

3月3日くもり(雛祭り)

いよいよコンドミニアムを去る日を迎えた。1ヶ月の滞在は、当初少しどうして過ごそうかと戸惑いはあったが、
過ぎ去ってみるとあっと言う間の時間であったように感じる。楽しい毎日だったからだろうか?再度来年訪れてみたい
と思っている
昨晩S氏と夜のコーンウォーリス要塞、インド人街等の散策から戻ってから会長のT氏とお別れを惜しんで、
1杯飲んで寝た。今日も出発の10時前にT氏は見送りに送りに来てくれ、再会できるかわからない、別れをした。
コンドミニアムを出た後、一人でKLの街を見学しようと思ったが、一人では心許ないので、S氏を誘い
一緒にKLに行くことになった。.......後はKLの旅を見てください。

10時にコンドミニアムをS氏とアレンジ会社のT氏の車に乗って、空港へ向かう。
30分位で到着、しばらく空港ロビーでコーヒーを飲みながら出発時間を待つ。


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