そくいんのじょう。
日本語です。
去年の夏にハマった韓流ドラマ、「華麗なる遺産」で出てきた言葉です。
困っている人を見かけた時に、同情して、余っている物を分け与える人は多い。
だけど、自分も一緒に困ってる状況で、自分も必要としている物を分け与えることができる人は、とても少ない。
余裕を分け与えるのではなく、貧しさを共に分かち合う心。
どんなに自分が困っていても、困ってる人を放っておけない心。
そんな説明でした。
たとえば……
社長がウソばかりついて、給料を払わない会社があったとしましょう。
社員は当然、生活に困窮します。
また今日も社長に裏切られた。
所持金が、2人合わせても52円しかない。
週明けまで、どうやって生き延びよう?
いや、週明け、月曜日に給料を払ってもらえるという保証はない。
こういう状況で、自分の部屋にある米を炊いて、冷凍してあった肉を焼いて、冷蔵庫にあった納豆も一緒に持ってきてくれる人がいます。
その一方では、自分は(それなりに)給料をもらえたにも関わらず、知らん顔して帰ってしまう人もいます。
さらには……
「私ももらってないの」
「ホントに困っちゃう!」
……など、平気でウソをつく人もいます。
昔の日本は、士農工商という制度。
武士は、身分が一番高いとされていたけど、お金は持ってなかった。
(武士は食わねど高楊枝、ってやつ)
その一方で、商人はお金をたくさん持っていた。
でも、お金を持ってるだけでは、身分は上がらなかった。
その辺のバランスが、うまく取れていたのかもしれません。
現代は、ちがいます。
お金を持ってる人が、いちばん身分が上とされています。
お金だけは持ってて、セレブなどと言われてチヤホヤされてるけど、一緒に食事をしてみると、汚い食べ方にびっくり!
……というようなケースも、けっこう多いです。
そういう人は「成金」とか呼ばれて、見下されていたんですけどね。
ちょっと昔までは。
そんな成金でさえチヤホヤされる現代。
お金を目当てに平気でウソをつく人がたくさんいます。
人として恥ずかしいことをしてでも、お金を手に入れたい。
そんな人も、たくさんいます。
そういう人達に腹を立てても、非難しても、ほぼ間違いなく治りません。
そして、1円にもなりません。
そういう人だと早めに見切って、付き合い方を工夫する。
それが、限りある自分の人生を楽しむコツではないかと。
さて。
今回の震災に関して、皆さんはどうでしょうか?
↑の給料の話と同じ。
知らん顔して我れ関せず、という人もいるでしょう。
「うちも被災しちゃって」とウソをついてる人も、いるかもしれません。
その一方では、同情して、余分に持っている物を分け与える人もいると思います。
どこまで自分の生活を犠牲するか?
その境界線の引き方に悩みつつ、少しでも募金したくて、生活費を切り詰めてる人もいるかもしれません。
しかぁ〜しっ!
それはあくまでも、余裕があるから。
自分が被災してないから、だと思うんです。
仮に、もし、自分も被災していたら?
着の身着のまま逃げてきて、財産も何もない状態。
これから、どうやって妻子を養っていこうか?
そんな状況で、1万円札を拾ったら?
周りのみんなに黙って、全額を妻子のために使うんじゃないか?
あるいは、妻子にも黙って、自分で使うんじゃないだろうか?
困っている仲間、仲間の家族と分け合えるだろうか?
そうありたいとは思ってます。
相手の心の痛みを自分の心の痛みとして感じ取れる、野比のび太や車寅次郎のような人間でありたい。
……とは思ってます。
でも。
実際にそういう状況になった時に、そこまで強い人間でいられるだろうか?
被災地では、いろんな話を聞きます。
いい人だと思っていたのに汚いヤツだった、とか。
あいつは震災で人間が変わってしまった、とか。
信用できないヤツだと見下していたら、ものすごくいいやつだった、とか。
妻子にお金を残すために、自殺しちゃった人もいるそうです。
その中には、生命保険がおりなかったケースもあったそうです。
政治家や経営者としての資質は、想定外の緊急事態でハッキリするようですが。
家も職場も何もかも失って、所持金も底を尽き、先がまったく見えない状態で1ヶ月以上。
そんな極限状態では、その人の本性や生き方が、ハッキリ出るみたいですね。
でも……
正しいとか間違ってるとか、賢いとか愚かだとか、そういう対立軸で語ることではない。
自分はどういう生き方(死に方)をしたいか?という、選択肢の問題。
だから、他人の結論を非難することはできません。
惻隠の情。
あるいは、経営者としての責任、夫や父親としての責任。
この辺、あなたはどうですか?
被災してない現時点でのキレイ事を、最後まで貫けそうですか?
正直、私には自信がないです。
実際に被災地に来てみたら、そんな自信とかプライドは消えました。
寝たきりの患者さん達を放置して逃げて、助かった医者がいるそうです。
被災してない人達の間では、非難轟々だそうです。
でも、逃げてしまった気持ちがわかる光景が、目の前にありました。
私が医者でも、逃げてしまったかもしれません。
自分が持ってるつもりの惻隠の情は、見せかけだけかも。
被災地に来るたびに、そんなことを自問自答しています。
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2012.-2.-4 Sat 22:00 from 気仙沼
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