1903年、キエフ(ウクライナ)生まれのピアニスト。
1912年(9歳)
キエフ音楽院に入学
1919年(16歳)
キエフ音楽院を卒業
演目は、ラフマニノフのピアノ協奏曲3番
1920年(17歳)
初のピアノ リサイタルを開催
1921年(18歳)
旧ソ連で70回のコンサート
1917年から1922年にかけて、旧ロシア帝国領で内戦。
1917年のロシア革命後に成立したボリシェヴィキ政府は、ドイツ軍の進撃を食い止めることができず、現在のバルト三国、ベラルーシ、ウクライナにあたる広大な領域をドイツに割譲した。
1924年(21歳)
革命を逃れてベルリンでデビュー
1926年(23歳)
初の国外コンサートを開催
ロシア語名 Gorovitz → 西欧風 Horovitz に改名
1928年(25歳)
アメリカデビュー
チャイコフスキーのピアノ協奏曲1番では聴衆の反応を見てペースアップ。
オーケストラより数小節はやく弾き終わって、聴衆はやんややんやの大喝采。
「奇跡的なピアニストの登場」と報じられる
楽壇の寵児として年間100回のコンサート活動
「ピアニストにとって一番大切なのは、ピアノを打楽器から歌う楽器にすることである」
1953年(50歳)
アメリカデビュー25周年記念リサイタル
1965年(62歳)
12年ぶりに「ヒストリック・リターン」
リスト、ショパン、ベートーヴェン
1978年(75歳)
当時のカーター大統領が「ホロヴィッツ氏は国宝です」と宣言
1983年(80歳)
初来日
1986年(83歳)
モスクワとベルリンでコンサート
再来日
1989年10月20日〜11月1日(86歳)
ソニークラシカルがホロヴィッツの自宅に機材を持ち込んで録音
1989年11月5日(86歳)
NYの自宅で逝去(心臓発作)
晩年のホロヴィッツの演奏は、映像が残っています。
それをiPadに入れてスロー再生。
指の角度、腕の動かし方、体重のかけ方、等々。
いくつかの演奏方法の使い分け。
「この瞬間にこの音色を出すには、こういう弾き方か!」
……などと、今なお研究している人もいるようです。
私は、両手が同時に動いてしまう、ロンドン橋も落とせないレベル。
聴衆専門なんですが。
歴代の巨匠と言われるピアニストの演奏をスロー再生して、タイミングの正確さを統計解析したら、ずば抜けて音価が正確だったとか。
ちょっと検索してみると、ホロヴィッツだけに特化したHPも多数あります。
名前を知ってしまったのも、何かの縁。
5年か10年ぐらい、どっぷりと深みにハマってみるのも楽しいかもしれません。
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2012.11.10 Sat 3:00 from 東京
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