1960年3月21日
サンパウロ(ブラジル)生まれ
1983年:23才
イギリスF3チャンピオン
マカオGP(F3世界一決定戦)でも優勝
10年に1人の天才と騒がれる
1984年:24才
トールマンという下位チームからF1デビュー
第2戦で6位入賞
第6戦(雨のモナコ)では、あわや初優勝の2位表彰台
1985年:25才
ロータス・ルノー(というチーム)に移籍
第2戦で初ポールポジション(予選1位)
翌日、雨となった決勝レースで初優勝
ベルギーGPでも優勝
デビュー2年目で2勝、全16戦中ポールポジション7回
1986年:26才
全16戦中ポールポジション8回、2勝
当時のホンダは、予選で1500馬力以上
それでもセナには勝てない!
……と注目、アプローチ
1987年:27才
ロータス・ホンダ(というチーム)で2勝
1988年:28才
マクラーレン・ホンダへ移籍
第15戦、日本GP(鈴鹿)で優勝
1988年、1990年、1991年、F1ワールドチャンピオン
1992年:32才
ホンダがF1から撤退
1993年:33歳
第15戦、日本GP(鈴鹿)で優勝
(鈴鹿での2勝目)
1994年5月1日:34才
サンマリノGPで事故死
ホンダの黄金時代、いわゆる第2期ホンダF1の、ナンバー1ドライバー。
しかも、3度のトリプル・クラウンはいずれもホンダの地元、日本GP(鈴鹿)で決めました。
日頃から「日本が大好き」と公言し、 ブラジルから片道24時間のフライトさえ「まったく苦にならない」とも。
毎年の日本GPでいろんな勝ち方や負け方をしたこともあり、 年を追うごとに日本のファンが急増していきました。
モータースポーツに縁のなかった女の子達まで巻き込んだ「セナ様ブーム」にまで発展。
私は、自分の娘に「瀬奈」という名前をつけようとしましたが。
当時、一緒に鈴鹿に行った先輩夫婦(当時は彼氏彼女)からの年賀状。
お嬢さんの名前は、「鈴加」でした。
あの頃、こういう名づけはけっこうありました。
自分の名前の由来を知らなかったお嬢さん達。
変な名前だ思ってませんか?
ちっとも変じゃないよ。
素晴らしい名前なんだと、自信とプライドを持ってほしいです。
でもね。
最高のマシンを与えられ、わがまま放題に勝ちまくった天才ドライバー。
そう思っているなら、大きな間違いです。
余談ですが。
鈴鹿で観たセナに憧れてレースを始め、イギリスF3ではセナの記録を塗り替える快進撃でシリーズチャンピオンを獲得。
F3世界一決定戦(マカオGP)でも優勝して、F1にデビュー。
F1でも3位、表彰台に立った日本人。
それが、佐藤琢磨です。
知ってた?
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