史上最多の通算91勝
世界チャンピオン7回
今の人たちは、皇帝と呼ばれ、独り勝ちを続けたシューマッハしか知らないと思います。
でも、そんなシューマッハにも、若手と言われた時代はあったんだよ。
開幕戦の南アフリカでは、鉄壁のブロックを続けるセナを、ようやく追い越したのに。
タイヤ交換競争で、また前に出られてしまった。
ワークスエンジンで走る、若手シューマッハ。
型落ちの市販エンジンで走るセナ。
……という、フォード対決。
追いつけるんだけど、追い越せない。
ぴったり張り付いてプレッシャーをかけても、チャンスを待ち続けても、まったくスキがない。
そして終盤、勝負に出てセナと接触、自滅。
その後も何回か、無理に仕掛けて自爆したり。
追突して2人そろってリタイアし、セナに叱られたことも。
セナの前に出るにはどうしたらいいのか?
若手シューマッハが真剣に試行錯誤していたのが、1993年のもう1つの側面です。
コース上で接戦が続けば、当然ピットインの回数とタイミングが勝負を分けます。
もちろん、マクラーレンのピット作戦も、素晴らしいものがありました。
タイヤ交換だけなら最速4秒台の、いわゆる「マクラーレン・イリュージョン」だけじゃない。
状況が急変した時の判断も、やはりトップチーム。
そのセナとマクラーレンを相手に、ピット作戦でも張り合う。
シューマッハほどの才能と頭脳をもってしても、生半可な努力じゃなかったはず。
この経験が後年、皇帝と言われ独り勝ちを続ける、シューマッハの大きな武器となるわけです。
ところで当時、セナのファンの多くはシューマッハを嫌っていました。
「セナ様にからむ生意気な若者」といった感じです。
私も長いこと、そういう印象を抱いてました。
確かに、才能はすごい。
でも、あまり応援する気にはなれない。
……と。
やがて、セナが死んで数年後。
いつものようにレースが終わって、シューマッハの優勝会見でのこと。
今日の優勝で、セナの通算41勝に並んだね、と聞かれて。
有名な話だけど、シューマッハは涙を流しました。
「実はずっと、セナに憧れていた」と。
あれ以来、私はシューマッハを応援しています。
今はもう、「セナ様に追突した生意気な新人」ではない。
「世界中のファンを代表して、特等席で鍛えられた後継者」なんだ、と。
Last Update
2012.-2.-3 Sat 15:00 from 仙台
![]()
Twitter@and_273
YouTube and273jp
and_273@yahoo.co.jp
Feel free to link here.
自由鏈接
Since 1997.-7.21